Summon Devil   作:ばーれい

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第16話 きっかけ

 聖王国北東部の山間にある小さな廃村にバージルはいた。周りを山で囲まれ村人もいない、一種の隔離状態にあるその廃村は、無色の派閥の拠点だったのだ。

 

 彼が村にやってきたのは数時間前のことである。これまでと同じように無色の派閥の施設を探しに来たのだ。これまでの経験から言って派閥の施設があるのは、この村のように人の往来が少ない場所であることが多かった。

 

 そのためいちいち各地の隅々にまで足を延ばさなければならなかった。正直、あてもなくただ地図を塗りつぶすように歩きまわるのは、無駄を嫌うバージルにとって好ましい事ではない。しかし、それしか派閥の施設を探し当てる方法がないのも事実だった。

 

 だが、今回は久々の大当たりだった。

 

 おそらくこの村の人々は、無色の派閥の実験に巻き込まれてしまったのだろう。そうして無人となったこの場所に、彼らは拠点を造ったのだ。

 

 バージルがこのような所を見るのは初めてではない。帝国で同じように無色の派閥を探していた時にも、同じような村を見たことがあった。

 

 地理的に考えて、ここは聖王国北部一帯をまとめる拠点といったところか。こうした拠点は規模も大きく、それに比例して保管している資料等の量も多い。これまでスパーダについて書かれた本の半分以上は、こんな所で手に入れてきたのだ。

 

 一際大きな建物の中でバージルは、人名が書かれた一つのリストを手にしていた。

 

 彼の周りには閻魔刀に斬り捨てられた多くの死体が転がっている。そのほとんどが派閥の兵士たちだったが、中にはあの島に来た暗殺者と似たような者達もいた。

 

(たぶんこいつらが「紅き手袋」とかいう連中だろうな)

 

 リストと死体を眺めながら思案した。

 

 紅き手袋とは暗殺や誘拐といった犯罪を多額の金銭と引き換えに行う非合法組織であり、バージルもその名は何度か耳にしたことはあった。リストに書かれていたのは人名と紅き手袋の名前だけだったが、兵士との服装の相違、戦い方から暗殺者は紅き手袋の構成員だと考えたのだ。

 

 恐らく紅き手袋は無色の派閥と協力関係にあり、人員を派遣しているのだろう。バージルが島で無色の派閥と戦った時の暗殺者達もこの組織の構成員だったのだ。

 

(こいつらを調べれば派閥の居場所も調べやすいかもしれん)

 

 紅き手袋と無色の派閥が人員を融通するほどの密接な協力関係にあるのなら、何らかの形で派閥の拠点の場所を把握しているのではないかとバージルは思ったのだ。

 

「となればゼラムか」

 

 単純な距離ならグライゼルが最も近い都市だが、既にグライゼル周辺は調べ尽くし、派閥の拠点がないことは確認していた。そのためバージルは次の目的地を聖王都ゼラムに定めた。

 

 

 

 

 

 夜の帳を切り裂くように、一つの影が闇に包まれた街を駆け抜ける。電灯もガス灯もなく、月も出ていない暗闇の中を走り回ることは、普通の人間にできることではないだろう。

 

 既に時刻は丑三つ時。草木も眠る時間である。当然、周囲の道路には人っ子一人見当たらず、建物の明かりも消えている。にもかかわらずその影は、不自然すぎるほど周りに注意を払いながら走っていたのだ。

 

 しばらくそうして走ると歓楽街についた。ここは夜間だけ開く劇場やカジノがあるため、深夜でも明るく賑わいがあった。影は酒場と思われる建物の中に入った。

 

「…………」

 

 そして、それを無言で見ている一人の男――バージルがいた。彼はあの影の後を追い、ここまできたのだ。

 

 数日前にゼラムに着いてからバージルは、紅き手袋につながる手掛かりを探していた。

 

 聖王国の中心であるゼラムでは日夜、権力闘争に明け暮れている者がいることは誰もが知る事実であった。バージルはこのような都市にこそ紅き手袋の窓口になる場所があるのではないかと見ていたのだ。

 

 なにしろ大金をはたいて紅き手袋に暗殺や誘拐を依頼するのは、貴族のような身分や地位のある人間がほとんどだ。紅き手袋は非合法な行為を行っている組織であるためあらゆる国で手配されているが、皮肉なことにその顧客は各国の支配者層なのが実情なのだ。

 

 バージルは特に夜間の捜索に力を入れていた。夜は人目につきにくく、姿も隠しやすいため、犯罪組織と接触するには絶好の機会であるといえる。彼はそうして誰かと接触している紅き手袋を見つけ出そうと考えていた。

 

 そんな中、視界に入ってきたのがあの人影だった。暗闇でも普段通り行動できるバージルには、その正体が自分の知り合いであることはすぐに分かった。

 

 それだけなら特に気に留めることはないが、その動きがまるで暗殺者のようであったため、もしかしたらと思いここまで追跡してきたのだ。

 

 人影が入った酒場は閑散としていて営業しているようには見えない。もっとも酒場の中には深夜までは営業しない店もあるので、閉店していたとしても珍しい事ではないが。

 

 バージルもその酒場に入った。中には明かりがついており、店主と思わしき剃髪した若い男が掃除をしていた。

 

「お客さん、悪いけどウチはもう店じまいだ。よそに行ってくれ」

 

「さきほどこの店に知り合いが入ったのを見たのでな。てっきり営業しているのかと思ったが……」

 

 その言葉に店主の体がこわばり、緊張したのを感じた。

 

「……で、あいつはどこにいる?」

 

「誰を探しているのかは知らんが、ここには俺しかいないよ」

 

 店主ははっきりと答えた。しかし魔力を感知することができるバージルには、それが嘘だということが分かっていた。この店の地下から十人ほどの魔力を感じていたのだ。

 

「そうか、では勝手に会いに行くとしよう。……ついでに一緒にいる奴らにもあいさつしてやるとするか」

 

 馬鹿にするように笑いながら言う。

 

「っ!」

 

 瞬間、店主は隠し持った短剣を取り出した。その動きはまるで暗殺者のようによく洗練されており、彼がただの酒場の店主ではないことを証明していた。

 

 しかし、店主がバージルに仕掛けることはなかった。その前に制止されたからである。

 

「はいはい、物騒なことはダメよ」

 

 さきほどまで追っていた、人影の正体であるスカーレルに。

 

 

 

 

 

 場が収まると、店主には席をはずしてもらい五年ぶりに再会したスカーレルと話をすることにした。

 

「なるほどねえ。それでゼラムに……」

 

 バージルはスパーダや界の意志(エルゴ)について調べるため、紅き手袋や無色の派閥を探していることを伝えた。

 

「ああ。……ところで、あの暗殺者共と似た動きをする貴様は、何か知らないか?」

 

 意地の悪い聴き方だが、バージルはスカーレルが紅き手袋と何らかの関連があると確信していた。

 

 先刻までの追跡の過程で、スカーレルの動きは紅き手袋の暗殺者の動きと酷似していた。島にいた頃は特段気にしたことはなかったが、これまでの暗殺者達との交戦経験がバージルを確信させるまでに至らせたのだ。

 

「……やっぱり、わかっちゃうものなのねぇ」

 

 過去に思いを馳せるように何もない空中を見つめ、どこか諦めたように呟いた。そしてバージルに向き直りおどけたように言う。

 

「私が昔、紅き手袋で『珊瑚の毒蛇』って呼ばれたって言ったら驚くかしら?」

 

「……そうか」

 

 スカーレルの言葉はバージルの予想の範囲内のものだった。というより、そうでなければ説明がつかない。

 

 島では暗殺者だけでなく、無色の派閥にも抗戦の構えを見せていたため、少なくともあの時点においては、スカーレルが紅き手袋ではないだろう。任務のためなら同僚は見捨てるかもしれないが、深い協力関係にある無色の派閥に敵対することは考えにくいからだ。

 

「へえ、驚かないのね?」

 

「大方、そんなところだろうと予想していただけだ。……それでその紅き手袋はどこにいる?」

 

 スカーレルの過去をこれ以上追究するつもりはない。バージルの目的はあくまで紅き手袋の居場所を探すことなのだ。

 

「知ってどうするつもり?」

 

「無色の派閥との関係について調べるだけだ」

 

「奴らは死んでも話さないと思うわよ。……特に派閥がらみの事については、ね」

 

 依頼人の情報を流す犯罪組織がいたら誰からも相手にされないだろう。犯罪を請け負う組織である以上、信用がなによりも重要なのだ。当然、紅き手袋の暗殺者が簡単に口を割るとは考えにくい。それが協力関係にある無色の派閥のことになると尚更だろう。

 

「始めから期待していない。書類でもあればそれでいい」

 

 表情一つ変えない目の前の男を、見極めるように眺めていたスカーレルが意を決して言った。

 

「……わかったわ、教えてあげる。ただし、私に協力してくれたらね」

 

「協力?」

 

 バージルが眉をひそめ、怪訝な表情を浮かべた。

 

「そうよ、私と一緒にある子供を助けてほしいの」

 

「……そのガキはどこにいる?」

 

 正直なところ、子供の救出の協力ということはあまり乗り気ではないが、その提案を諾否は判断は全ての情報が出てから下すことにした。

 

「場所はこの聖王都ゼラムの紅き手袋の拠点よ。もちろん報酬もきちんと支払うわ。……決してあなたにとっても悪くない話だと思うけど、どうかしら?」

 

「……救出はお前がやれ、俺は奴らの相手をする」

 

 スカーレルの提案は確かに魅力的な提案だった。紅き手袋の拠点に行けるだけでなく、金も支払われるのであれば受ける価値もあるだろう。ただバージルは、顔も分からん相手を助けるつもりはないので、あくまで協力は戦闘に限定するつもりだった。

 

「契約成立ね。……実行は明日でもいいかしら?」

 

 日時を確認する。スカーレルとしては少しでも早く実行したいのだろう。

 

「かまわん」

 

 バージルとしても早くやってしまいたかったので、その提案を断る理由はない。

 

 そして、話は全て済んだと判断したバージルは席を立ち、店を出て行く。その背中にスカーレルは一言だけ投げかけた。

 

「明日、日が沈んだらここに来て」

 

 それは暗に、救出は夜間に行うことを示したものだった。

 

 バージルが去ってしばらくして、両手に湯気が立ち上っている温かい飲み物を持った店主が姿を現した。彼はスカーレルの正面の席に座るとカップをテーブルに置いた。

 

「なあ、あいつは本当に信用できんのか?」

 

 店主はバージルのことを信頼できない様子だった。もっとも、初対面の相手をいきなり信頼しろというのも難しい事かもしれない。

 

「大丈夫よ。それに万が一、彼に奴らの場所が知られたら、それこそ取り返しのつかないことになるわよ」

 

 スカーレルとバージルはあの島で数ヶ月を過ごした間柄だ。彼の性格は分かっているつもりだ。

 

「はっ、あんな優男にそんなことができるとは思えないがね」

 

「直に見ていないあなたには分からないのよ。彼の強さはね」

 

 頬杖をつきながら、手元のカップから立ち上る湯気を見つめる。

 

 バージルのまともな戦闘をスカーレルが見たのはわずか二回に過ぎない。一度目は無色の派閥の軍勢を相手にした時、二度目は遺跡でフロストと戦った時だ。

 

 そのどちらでも彼は圧倒的な力を見せ付け、完膚なきまで敵を叩き潰した。特に遺跡で見せた怪物のような姿は、今思い出しても寒気がする。

 

「……まあ、あんたが信じるって言うならいいけどよ」

 

 どこか釈然としない様子ではあったが、店主はそれ以上何も言うことはなかった。

 

 

 

 

 

 翌日の深夜、バージルのスカーレルの二人は、周囲より一際高い建物の屋根から下を眺めていた。

 

「あれが奴らの拠点か?」

 

「そうよ」

 

 バージルの確認するような言葉にスカーレルは短く答えた。

 

 紅き手袋の拠点は歓楽街から少し離れた路地裏に入ったところにあった。表通りはいつものように賑やかで明るく人も多いが、そこから一本裏に入ると人もまばらになり、明かりもほとんどなかった。

 

 件の拠点は三階建で一階と二階には明かりはついているようだったが、三階は暗くなっていた。そして話し声はどこからも聞こえてこなかった。

 

「入口には三人、おそらく見張りね。……どうする?」

 

 一見すると中には誰もいないように見えるが、時々映る影からおそらく三人程度がいることがわかる。

 

「一階に四人、二階に十八人、三階に三人、地下には結界、その中にも一人……人間ではないな」

 

 バージルは魔力を感知することで建物の中にいる人間を割り出した。しかし、地下にいる者の魔力は人間のそれとは似ているようで違う奇妙なものだった。

 

「わかるの?」

 

「どこに目的のガキがいるかはわからんがな」

 

 スカーレルの疑問にバージルは淡々と答えた。

 

「全部で二十六人、内一人はあの子だとして、地下にいるのはたぶん『毒笑婦』……組織の幹部の一人だと思うわ」

 

「思ったより少ないな」

 

 建物の大きさから考えても四、五十人いてもおかしくはないのだが、実際に中にいるのは三十にも満たない数だったため、肩透かしを食らった気分だ。

 

「……好都合よ。それじゃあ、始めましょう。いい、合図したら――」

 

「必要ない」

 

 段取りを話そうとしたスカーレルを遮り、バージルは建物の屋上から飛び降りた。相手が人間である以上、彼にとっては作戦など必要ない。ただ、圧倒的な力で叩き潰すだけだ。

 

「ああ、もう!」

 

 建物から飛び降りるという行動に驚いたスカーレルは、急いで後を追う。そうはいっても地上五階ほどの高さがある場所から飛び降りるわけにはいかず、ここに上った時と同じように降りるしかなかった。

 

 かつてテメンニグルの頂上から飛び降りても無傷だったバージルであれば、この程度の高さは全く問題ないが、鍛えられたといっても人間の域を出ないスカーレルにとってはリスクが大きすぎるのだ。

 

 驚くほど静かに着地したバージルは紅き手袋の拠点へ向かい歩いていく。

 

 そのまま拠点に近づくと、見張りがさりげなくこちらを窺っているようだった。

 

 彼らがこちらに意識を向けた瞬間、バージルは幻影剣を放った。ただ、いつものように自分の周囲から射出したのではない。入口にいる三人の背後から射出したのだ。

 

 意識を集中させている時に死角から放たれたのだ。見張りは反応すらできず、頭を貫かれ絶命した。

 

 瞬く間に三人の見張りを殺害し、悠々と建物の中に侵入する。そこへ入口の異変を感じ取ったのか、一階にいる残りの一人がおっとり刀で駆け付けた。

 

「遅い」

 

 閻魔刀の一閃。駆け付けた男は声も上げられず一瞬で無惨な姿になり果てた。

 

 これで一階にいる四人は片づけた。しかし、彼が倒れる音を聞いた二階の者がここに来るのも時間の問題だった。

 

 もっとも普段なら人間風情がいくら向かってきても、片っ端から斬り捨てるだけだ。しかし、今はそうはいかない。今のバージルは子供の救出に協力するという依頼を請け負っている。この場で降りてくる暗殺者を迎撃しては、紅き手袋が子供を道連れにすることも考えられる。

 

 一応、仕事としてスカーレルから頼まれている以上、バージルはわざと失敗するつもりなどはさらさらなかった。

 

(まずは頭を潰すか)

 

 集中し、鞘に収まった閻魔刀に手をかけ、目にも止まらぬ速さで抜刀する。

 

 床越しであるため姿を視認することはできないが、魔力を目印にして次元斬を放った。全てを断つ斬撃が、地下にいる紅き手袋の幹部「毒笑婦」を結界ごと斬り飛ばした。

 

 手加減なしの一撃だ。おそらく原形を留めず粉々になったことだろう。

 

 バージルは毒笑婦の魔力の消失したのを確認しながら、抜刀した閻魔刀を右手に持ち跳躍した。そして、まるで豆腐でも斬るかのように天井に丸い穴を開け、そこから二階に侵入した。同時にすばやく周囲を目視で探り、救出対象の子供の有無を確認する。

 

(ここにいない、か)

 

 地下にも、一階にも、二階にもいない。それはつまり子供が三階にいるということを意味していた。

 

 バージルは幻影剣を発射しながら閻魔刀を投げた。閻魔刀はまるで意思を宿したかのように回転しながら周囲の敵を斬り刻んでいく。幻影剣は閻魔刀の範囲外の暗殺者へと突き刺さっていき、彼らを針鼠のようにしていった。

 

 まともな抵抗はおろか悲鳴を上げることすらできず、彼らは次々と血の海に沈んでいく。その地獄を作った張本人は周りの惨劇に目もくれずギルガメスを装着し、拳を突き上げながら飛び上がる。

 

 天井を打ち破る大きな音と共に三階に到達した。着地したバージルの前と後ろに暗殺者が一人ずつおり、さらに前方の敵の奥にはベッドで寝かされている幼児がいた。

 

(あいつか)

 

 遂に目標を見つけたバージルは閻魔刀を呼び戻した。下の階から呼び戻された魔剣は、階を隔てる木材と運悪くその軌道上にいた暗殺者を切り裂き、主の下に戻った。

 

 バージルは逆手で握った閻魔刀を、唯一人残っていた後方の暗殺者に突き立てた。喉を貫いた一撃によって最後の一人も息絶え、残されたのは静寂だけだった。

 

 その中で彼は、戦闘の余韻を味わうかのように、閻魔刀をゆっくりと鞘へ納めた。

 

 数分後、ようやく追いついたスカーレルは場の惨状を見ながら言った。

 

「相変わらずとんでもない暴れっぷりねえ」

 

「例のガキはそこだ。さっさと持って行け」

 

 顎でベッドを示し、部屋の隅に一角を占めていた本棚へ向かう。

 

「あなたは戻らないの?」

 

「探し物があるのでな」

 

 バージルの目的が紅き手袋や無色の派閥であることを思い出したスカーレルは、それ以上何も聞こうとしなかった。

 

「それじゃあお先に失礼するわ。……そうそう、お金の方は三日後くらいには用意できると思うから店の方に取りに来て」

 

「わかった」

 

 短く返事をする彼の後ろで、スカーレルは子供を抱きかかえると部屋から出て行った。残ったバージルは黙々と書類に目を通し続けた。

 

 

 

 

 

 三日後、店を訪れたバージルを待っていたのはスカーレルだけだった。店主もおらず、店の中もメニューや調理器具が片付いているところを見ると、ここはあの子供を助けるためだけの一時的なアジトに過ぎなかったのだろう。

 

「待ってたわ」

 

 そう言ってバージルにテーブルに座るよう勧めた。席に着くとスカーレルが飲み物を持って対面の席に腰を降ろした。

 

「まずこれが今回の報酬よ。受け取って」

 

 机の上に金の入った袋が置かれた。中を確認すると、バージルがこれまでに受けたはぐれ召喚獣の討伐等の依頼とは比べ物にならない金額が入っていた。

 

「報酬は一般的な暗殺の依頼料に、紅き手袋を相手にしたってことも加味してだいぶ色を付けたつもりよ。不満かしら?」

 

「いや、問題ない」

 

 バージルにしてみれば、あの程度の人間を殺すだけでこれほどの報酬をもらえるのだから、相当に割のいい仕事だったことは間違いない。

 

「…………」

 

「……何だ?」

 

 本来ならこれで話は終わりだろうが、スカーレルは何かを言うべきか迷っているようだった。しかし、バージルには最も危険な役目を請け負ってもらっているため、もはや無関係ではないと考えたのか、ゆっくり話し始めた。

 

「あなたはヘイゼルのこと覚えてる? 島であなたと戦ったマフラーの女よ」

 

「……ああ」

 

 確かにバージルは彼女とは戦ったが、一撃で吹っ飛ばしたためかあまり記憶に残ってはいなかった。正直マフラーの女という特徴を言われなかったら思い出せなかったかもしれない。

 

「今回助けた子はね、ヘイゼルの子供なのよ。彼女、子供を人質に取られてすごく危険な暗殺を命じられたってわけ」

 

「それで助けようとしたわけか」

 

「ええ、あなたが協力してくれたおかげで無事に助け出すことができたわ」

 

 実のところスカーレルは別な助っ人を頼んでいた。しかし、その者達が来るのはまだ三日以上先のことであったため、少しでも早く子供を助け出したいスカーレルにとって、バージルが現れたことはまさに渡りに船だったのだ。

 

「そうか」

 

「……こっちが勝手に話してしまった事だけど、今聞いた話は他言無用でお願いね」

 

「もとよりそんな話に興味はない」

 

 島にいた時から全くと言っていい程変わっていない無愛想なバージルに、スカーレルは思わず笑みが零れた。それを隠すようにカップを手に取り飲み物を口に含み、一息ついた。

 

 そして、いつかの光景を思い出すように手元のカップを眺めながら、ぽつりと言葉を漏らした。

 

「自分も大怪我したっていうのに、自分のことより子供のことを気にするなんて……やっぱり、母の愛ってやつなのかしらねえ」

 

 スカーレルの独白のような言葉から、ヘイゼルが怪我をしたことがわかったが、それ以上にバージルの気を引いた言葉があった。

 

「母の愛、か……」

 

 無意識の内に、胸元に手を置く。服に隠れしまってはいるが、そこには母の形見であるアミュレットがあるのだ。

 

 あの時、バージル達兄弟を命と引き換えに守った母、エヴァの行動も母の愛によるものなのか。

 

 以前、アティがアリーゼを守った理由を聞いた時、彼女は大切な生徒だから守らなくちゃと思った、そう言っていた。

 

 母も己や弟が大切だから自分の身を顧みず、身を呈したのだろうか。

 

 それが、愛なのだろうか。

 

「…………」

 

 目を閉じて大きく息を吐き出す。

 

 これ以上考えても無意味だ。それで母が生き返るわけでもなければ、過去が変わるわけではない。そう自分に言い聞かせ、バージルは目を開いた。

 

「話が終わりなら俺は行くぞ」

 

 スカーレルの返事を待たず席を立ち、店から出て行った。

 

 だがバージルの心の中には、彼の知らない感情が消えることなく渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




無色に続き紅き手袋も狙われるようになった第16話いかがだったでしょうか。

なお、次話につきましては現在PXZ2を絶賛プレイ中ですので遅くなると思います。気長にお待ちください。

ご意見ご感想お待ちしております。ありがとうございました。

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