Summon Devil   作:ばーれい

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第28話 覚悟

 サイジェント街から一時的にせよ悪魔は消えた。しかしそれで問題が全て解決したわけではない。これまで対立していたフラットとアキュートは、悪魔への対応のため一時的にでも手を組んだことが関係改善の糸口となり、和解することができた。

 

 これはもともと、どちらのグループも私利私欲のために動いているわけではないからできたことだ。

 

 しかし、フラットにはまだ敵対しているグループがあった。北スラムの不良グループ「オプテュス」である。これまでの何度も戦ったことがあり、その都度フラットが勝利してきたが、オプテュスのリーダー、バノッサは執拗に何度も勝負を挑んできているのだ。

 

 それでも悪魔が現れていた頃は大人しかったようだが、昨日オプテュスは幾度目かの戦いを挑んだという。

 

「……要は、俺にあいつらを探せ、というわけか」

 

 バージルはスカーレルの家で私室として使っている部屋で、窓から外を眺めながら呟いた。

 

 後ろにはアティがいる。彼女は先日の「告発の剣」亭でフラットと面識ができて以来、たまに彼らが住み着いている孤児院でそこに住む子供のために授業を行っていた。今日もいつものように出かけて行ったのだが、普段より早く帰ってくるとバージルに相談を持ちかけたのだ。

 

「はい……、リプレちゃんもすごく心配しているみたいで……。バージルさんなら探してる人の場所もわかるんですよね?」

 

 アティはそのリプレというフラットの家事全般を引き受けている少女から、ハヤト達がいなくなったことを聞いていた。また当然ながら、今のフラットにはリプレとアティが授業をしていた三人の子供しかいないため、また悪魔が現れたらと思うとアティは気が気ではなかった。

 

 バージルは溜息を吐きながらも頼まれた通り、フラットの魔力を探っていく。

 

「……いないな。少なくともこの街の周辺には」

 

 周辺の魔力を探ったバージルはその結果を伝えた。ただ、いくらバージルの感知能力が高くとも、人間程度の魔力を広範囲に渡って探ることはできない。できてこの街の周辺までだった。

 

「街の周辺にはいない……?」

 

 バージルの言葉を繰り返した。リプレの話では彼らが出かけて行ったのは夕方より少し前、戦いの舞台がどこかは不明だったが、街からそれほど離れていないだろう。

 

(まさか、みんな……)

 

 一瞬、最悪の事態を想像するが、すぐにそれを取り消した。オプテュスとの戦いにはアキュートも協力しており、中でもレイドやラムダは騎士団でも指折りの実力者だったのだ。いくら相手が強かったとしても全員が命を落とすとは考えにくい。

 

「……あいつらは戻らないというが、オプテュスとかいう奴らは戻ったのか? 北のスラムにはほとんど人がいないようだが」

 

 ここに来た時バージルはスカーレルからこの街についてある程度教えられていた。その際にオプテュスと彼らが根城にしている北のスラムについても説明を受けていたのだ。

 

 だからこそ、さきほど魔力を探った時に北スラムの人が少ない事が気になったのだ。これまで負け続けだった仇敵に勝ったのであれば、バカ騒ぎしていてもおかしくはないのに、今の北スラムは人すらまばらなのだ。

 

「バージルさん、もしかして……」

 

 何かに気付いてようにアティが言う。対してバージルは窓の外を眺めたまま目を細めた。

 

「おそらく、お前の思った通りだろうな」

 

 彼の視線の先には足早に去っていく男の姿が見えた。フードがついたローブを着ていたため顔はわからない。しかしその男は先程まで探るようにこの家を見ていたのだ。

 

 かつてのスカーレルならまだしも、今の彼に探りを入れる理由はない。おそらく男の目的はバージルだ。そしてその裏で糸を引いているのは。

 

「無色の派閥。あの愚か者どもが関わっている」

 

 侮蔑するように薄く笑いながら断言する。バージルの力を知っていて、なおかつ探りを入れなければならないのは無色の派閥か、それと協力関係にある紅き手袋だけだ。どちらもバージルから手痛い被害を被っている。特に無色の派閥は潰された拠点だけでも五十を超える。彼らにしてみればまず第一に警戒すべき相手に違いない。

 

 だからこそ、彼らは探りを入れているのだ。力で劣るのならば戦力を増強するとともに情報を収集し、力の差を少しでも埋めることが肝要だ。その観点からいけば探りを入れること自体は正しい。しかし、無色の派閥はバージルの戦闘力ばかりに気を取られ、重要なことに気付いていなかった。

 

 すなわち、探りを入れるということは、探りを入れられる、ということでもあるのだ。

 

 既に今回の一件が無色の派閥の企みであることは看破され、バージルはそれを叩き潰すつもりでいる。それはつまり、今後彼らがサイジェントで行動する場合はバージルに感知される可能性が高いということだ。

 

 もはや無色の派閥は正面からバージルと戦わなければならないのである。

 

 

 

 

 

(みんな、あんなに強がって……)

 

 焦りを含んだ思いが胸中に燻り続ける。彼女は先程まで再びリプレと子供達のもとへ行っていた。表面上はみんな元気そうにしていたが、長く教師をしているアティは、内心では不安でいるのを感じ取っていた。

 

 いくらリプレがしっかりしているとはいえ、まだ十七歳の少女なのだ。家族のように親しい者達がいなくなって不安にならないわけはないのだ。

 

 だからこそ、早く仲間を見つけてあげたい。そう思うのだが、ハヤト達の行方不明にも悪魔の出現にも無色の派閥が関与している可能性が浮上している以上、軽率な動きはできない、してはならない。派閥の恐ろしさはアティも身を持って体験していた。

 

「無色の、派閥……」

 

 以前アティは無色の派閥と戦ったことがある。派閥が遺跡を手に入れるため島に上陸してきたときのことだ。その時、アティ達とともにその場に居合わせた帝国軍は、もはや戦う力が残っていなかったにもかかわらず、二人を残して派閥の兵士に殺された。ゴミ共の始末と称して。

 

 戦えない人も容赦なく殺す派閥のやり方は決して許せない。しかし、派閥の名を聞くとアリーゼを失いかけたあの時のことが今でも蘇るのだ。

 

 確かに今は、もうあの時感じた恐怖はない。あの時持っていなかった力も持っている。それでもアティは思ってしまう。果たして今の自分は誰かを守れるような力があるのか、と。

 

(これまでだって、ずっとバージルさんに、おんぶにだっこだし……)

 

 派閥との戦いの時も、遺跡から悪魔が湧いて出た時も、これまで関わってきた大きな戦いはバージルがたった一人で終わらせてきたのだ。アティ自身も戦いに身を投じ、その結果大切な人達の命を守ることができたが、果たしてそれは自分の力によるものかと問われれば、否であると答えるだろう。

 

 頼もしく気の置けない仲間と共に戦えたから守ることができたのだ。自分一人で守ることができたとは到底言えない。

 

 だからこそアティは自分の力に自信が持てない。より正確に言えば自分の持つ力がどれほどのものか、客観的に見ることができないから自信が持てないでいるのだ。

 

 もとより彼女が、自身の力である魔剣碧の賢帝(シャルトス)を使うことなど滅多にない。使うのはいつも差し迫った危機に直面したときだけである。

 

 これで力を把握しろというのは無理な話だ。

 

「……このままじゃいけないよね」

 

 だからこそ彼女は一つの決断をした。

 

 いつのまにか家に着いていたようで、ドアを開けて中に入る。そしてソファで本を読んでいたバージルの前へ行った。

 

「……何だ?」

 

 本から目を逸らさずバージルは答えた。

 

「私と、戦ってください」

 

 それがアティの出した答えだった。

 

 

 

 

 

 サイジェント郊外の荒野にバージルとアティはいた。

 

 さきほどのアティからの求めに応じ、戦うためにここに来たのだ。バージルはいつもの青いコートが洗濯中だったため、インナーの黒いシャツを着ているだけだった。

 

「……お願いします」

 

 アティが碧の賢帝(シャルトス)を握る。すると姿が変わり巨大な青い魔力が彼女を包んだ。

 

 この戦いの目的はアティが自分の持つ力を知ることだというのは、バージルにも伝えてある。そのためかいつもの閻魔刀を使うつもりはないようで、右手にはかつて手にした父の形見フォースエッジほどの大きさの青く大きな幻影剣が握られている。それがコートの着ていないバージルのイメージカラーを象徴していた。

 

「Let's have some fun,Come on」

 

 幻影剣を持っていない手で手招きする。

 

 それが開始の合図となり、アティは碧の賢帝(シャルトス)を大きく振りかぶり、袈裟掛けに振り下した。

 

 強大な魔力を宿した一撃をバージルは幻影剣で受け止める。そこらのありふれた剣であれば碧の賢帝(シャルトス)の一撃を受け止めることなど到底できなかっただろう。

 

 しかしこの剣は違った。通常の幻影剣は、耐久性は高くなく人間でも破壊することは不可能ではないが、バージルが手にしている両手剣サイズの幻影剣は込められている魔力が桁違いなのか、碧の賢帝(シャルトス)の一撃を受け止めてなお、悠然とその姿を保っていた。

 

「ぐっ……!」

 

 鍔迫り合いの格好となったが、いくらアティが魔剣の力で身体能力が大幅に上昇したといっても、相手は正真正銘規格外の存在、バージルだ。いくら手加減されているとは言え、押し切れるわけがない。

 

「…………」

 

 無言で碧の賢帝(シャルトス)を弾き上げる。しかし、がら空きになった体に追撃はしない。

 

 この戦いはあくまでアティの力を理解させるものだ。バージルもそれを十分に分かっている。そのため魔を食らう魔剣である閻魔刀は使わず、幻影剣を使っているのだ。すぐに決着をつけては意味がない。

 

「はああっ!」

 

 掛け声と共にアティが再び攻勢をかけた。だが、今度は鍔迫り合うことはせずに、速度に重点を置いた剣撃で攻めた。速度重視とはいえ並みの召喚獣であれば一撃で戦闘不能になりかねないほどの威力があった。

 

「…………」

 

 バージルは無言を保ったまま、その連撃を全て防ぎきっていた。幻影剣は碧の賢帝(シャルトス)より大きいため、取り回しのよさで言えば劣るものの、バージルはそれを自身の身体能力と剣速で補っていた。

 

「So slow」

 

 これまで受けに回っていたバージルが攻めに転じた。直前までのアティの剣撃を上回る力と速さの連撃だ。

 

 それでもアティは一撃、二撃と防いでいくが、反撃に移る余裕も隙も無く守りに徹するので精一杯だった。

 

「っ!」

 

 一歩踏み込んだ刺突にも反応し、辛うじて碧の賢帝(シャルトス)による防御が間に合ったが、バージルの一撃は予想以上に重く強烈でアティは数メートルほど吹き飛ばされてしまった。

 

「はあ、はあ……やっぱり、強いですね……全然敵いそうにないです」

 

 大したダメージはなかったものの、立ち上がったアティは息が切れていた。

 

 バージルの強さはこれまで何度か目にしており、理解もしていたつもりだったが、こうして戦ってみるとその凄まじさをあらためて理解させられた。

 

 もちろんアティは勝てるとは思ってなどいない。それでも、もう少し戦えるとは考えていたのだ。

 

「その力をもっと使っていれば、少しはマシになっていたかもしれんがな」

 

 バージルは今でも力を高めることに余念がない。しかし、アティは争いごとを好まず、平和な時も教師としての仕事がある。それゆえ、力を衰えさせないようにするのが精々なのだ。

 

 そう考えればこの結果も当然なのかもしれない。

 

「まだ、終わりじゃありません!」

 

 確かに全力の剣撃は出し切った。しかし、まだ魔力を使った攻撃は使っていない。

 

 碧の賢帝(シャルトス)を掲げ魔力を集中させる。魔剣の刀身に青白い魔力が満ちていく。バージルはそれを見つめているだけだ。

 

「Hm...」

 

 正直、その気になればこの隙にいくらでも攻撃を叩き込めるだろう。しかしバージルは攻めるつもりも、避けるつもりもなかった。

 

「これで、最後です!」

 

 掲げた碧の賢帝(シャルトス)を振り下す。込められた魔力が光の帯を形成し、バージルに向けて放たれたのだ。

 

 バージルは幻影剣を風車のように回転させ、魔力の帯を受け止めた。一見すると大道芸のようにも見えるが、彼のような技量を持つ者が行えば音速を超えて迫る銃弾をキャッチすることすら不可能ではないのだ。

 

 もしこれを閻魔刀で行えば魔力そのものを喰らい尽くし、消滅させることも不可能ではないが、魔力で造られた幻影剣でできるのは魔力を散らし霧散させるのが精一杯だ。それでも無効化できるのに変わりはないが。

 

「はあ、はあ……ありがとうございました」

 

 魔力が消え去って、なお平然としているバージルに言って、へたり込んだ。ここまで力を使ったのはいつ以来だろうか。

 

「あの……」

 

 息を整えながら言う。

 

「何だ?」

 

 いつの間にか近くまで来ていたバージルが答えた。その手にはもう幻影剣はない。

 

「私にみんなを守る力はありますか?」

 

 ある意味ではアティが手にする力を理解できなかった原因はバージルにもあった。アティは圧倒的なバージルの力と自分の力を無意識に比較していたため、自分の力を過小評価してしまい、正確に理解できなかったのだ。

 

 だからこそ、アティは戦いを挑んだ。確かに目的は己の力を知るというものであったが、それは確かに戦いの中で力を使うことで理解するという意味もあったが、バージルにも評価してもらうという意味もあったのだ。

 

「……俺に挑んだのはそのためか」

 

「えへへ……、バージルさんなら公正に判断してくれるってわかっていましたから」

 

 アティの狙いを悟り、やれやれと額を押さえたバージルにアティは笑いかけた。

 

 そして少し間を置いてバージルは口を開いた。

 

「……確かにお前の力は人間にしてはやる方だ。たとえフロストが相手でも問題あるまい」

 

「フロスト……あの遺跡に現れた氷の悪魔ですよね?」

 

「そうだ」

 

 あの時アティが戦ったフロストは一体だけだった。碧の賢帝(シャルトス)こそ最後に使ったが、それでもカイル一家や護人とともに猛攻を加えてやっと倒した悪魔だった。

 

「あの、無色の派閥とはどうですか?」

 

 フロスト以上の力を持っていることがわかっても、やはり一番知りたいのは今後戦う可能性が高い無色の派閥とのことだった。

 

「……その気になれば、俺と同じことはできるだろう」

 

 少し考えてから言った。言葉通り、アティにその気さえあればバージルが島で派閥との戦いで見せたのと同じ結果を齎すことができるだろう。

 

「……はい」

 

 バージルと無色の派閥の戦いは、もはや戦いとすら呼べず一方的な殺戮。血と悲鳴が蔓延するこの世の地獄。それを再現できると言われたアティは、あらためて剣の力を思い知らされた。

 

「……ただ、その力で守れるかどうかは知らん。お前次第だ」

 

 力は意思を持たない。どんな力だってそれを使う者の意思によって変わる。所詮は道具と同じなのだ。人の役に立つよう造られものでも、使い方次第では人を傷つける凶器となりうるのだ。

 

 逆に人を害する悪魔の力でも、スパーダのように使い手次第では人を守ることにも使えるのだ。

 

「そうですよね、ありがとうございます」

 

 どんなときでも自分は守るためにこの力を使う。決して誰かを傷つけるために使わない。アティはそう心に決めた。

 

 

 

 

 

 サイジェントのある北部インダリオス地方南部の荒れ地に無色の派閥のオルドレイク・セルボルトはいた。手勢を率いここまでやってきた彼は配下から現在のサイジェントの報告を受けた。

 

「バノッサ……思ったよりはやるようだな」

 

 オプテュスのリーダーの名を口にする。オルドレイクはオプテュスに武器などの物資を援助し、悪魔召喚の邪魔をしていたフラットと戦わせたのだ。

 

 ただ、いくら物資を援助していたとはいっても、フラットを始末することまで期待したわけではない。精々、半数に手傷を負わせ戦力を落とせれば御の字と考えていたのだ。

 

 それを追い詰めたのだから期待以上の働きをしたのだ。もっとも、死体を確認することはできなかったため、まだ生存している可能性は十分にあるが。

 

「とは言え、いくら出来損ないでもそれくらいやってもらわねばな」

 

 バノッサはオルドレイクの血を引く実の息子だった。もっとも召喚術の才能はほとんどなかったのでずっと昔に捨てたのだが。

 

 そしてそのバノッサは、オルドレイクの率いている無色の軍勢と合流しこの野営地にいた。彼にはこの後にやってもらわなければならない役目があるのだ。

 

 もっともそれはまだ先のことで、当面は新たなサイジェントの支配者にさせるなどと吹き込み、こちらの手駒として動いてもらう予定でいた。

 

「後は奴の注意を引きつけなければな」

 

 オルドレイクの唯一の懸念材料、バージル――銀髪の男であり、名前は今回の報告で分かった――のことだった。オプテュスと合流したとはいえこちらの戦力にはまだ不安があり、この野営地では今後必要な儀式を行う準備も行っている。数日後には後詰の軍勢が合流する予定だが、それまでにこちらに気付かれたら元も子もない。

 

 オルドレイクは部下を呼び、ある命令を下した。

 

 それは再びサイジェントで悪魔の召喚を行うことだ。これは彼と協力関係にある悪魔からの要請であり、バージルをサイジェントに釘付けにする方策でもあった。

 

 これまで行動からバージルは悪魔の召喚を止めようとしていると思われる。だからこそ再び悪魔を出現させることで注意をサイジェントに向けさせるのだ。

 

 しかし、それは同時に悪魔を召喚できる貴重な人間を死地に送り込むことでもあった。いまだ研究が進んでいない悪魔の召喚できる者は無色の派閥でもオルドレイクの教えを受けた数十人だけなのだ。

 

 だが、そうでもしないとあの男の目を欺くことなどできない、そうオルドレイクは確信していた。例え貴重な人材を失おうとこの計画に失敗は許されない。

 

「ククク、あと少し……あと少しだ……」

 

 笑い声が響く。狂気に満ちた悪意は、もはや誰にも止められない。

 

 束の間の平穏は終わりを告げようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




第28話いかがだったでしょうか。

ご意見ご感想お待ちしております。

ありがとうございました。
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