早朝、バージルは船のすぐ傍で閻魔刀を脇に置き、座り込んで瞑想していた。全身の感覚を研ぎ澄まし、体全体を魔力で満たしていく。そして魔力をコントロールし、練り上げる。
そうすることでより大きな魔力に耐えられる体になっていくのだ。
ただし、悪魔にとって自分の力を高めるのに最も合理的な方法は強い敵と戦うことであり、それはバージルにとっても例外ではないのだが、少なくとも現状ではバージルとまともに戦える相手はいないため、この方法をとることは不可能なのだ。
「よう、バージル。朝から瞑想とは精がでるねぇ」
「カイルか……」
バージルに背後から声をかけたのはカイルだ。この時間に起きているあたり彼も何かやるつもりなのだろう。
「俺もこの辺でストラの稽古をしてもいいかい?」
「ストラ?」
聞き返す。カイルの言葉から何か戦闘に関する技術であることは察したため、興味がわいたのだ。バージルは特に「力」については非常に熱心であり、惜しげもなく時間も労力も使うのだ。そのためストラと言う技術に興味を持つのも必然であった。
「ストラって言うのはな、気の力を利用した治療法のことで、他にもぶん殴る力や打たれ強さも増すことができる。ま、俺はどっちかといやぁぶん殴るほうが得意なんだがな」
「そうか……、好きにしろ」
カイルはその返答を先の質問に対する答えだと受け取り、バージルの近くで稽古を始めた。その方法を見るとストラは気功に近い技術である、とおぼろげながらも推理できた。
そうしてバージルはしばらく瞑想を続けながら、さらにカイルの動きを観察してみると、やはり思った通り気功に近い技であると確信すると共に、それを学ぶ必要もないと判断した。
ストラは悪魔が魔力を使って体を強化するのと似たようなことができるのだ。違うのは回復に使えるかどうかの違いだけだった。
そもそも悪魔は非常に回復力が強く、大抵の傷はすぐ回復することができる。それはバージルも同様であり、事実ほぼ同等の力を持つ弟ダンテにつけられた傷でも多少時間はかかっても回復したのだ。
無論それも万能ではなく、断続的に連続で攻撃を受ければ回復する前に命を落とすだろう。さすがに彼ほどの存在になると大抵の攻撃では傷つけることすらできないが。
そんなこともあってバージルは再び瞑想に集中し、カイルはストラの稽古を続けた。
そうしてしばらくすると稽古の掛け声を聞き付けたのかアティがやってきた。
「なんだ、先生も早いじゃねぇか」
「カイルさんもバージルさんも早いですね、朝から稽古ですか?」
そうしてアティとカイルがストラについて話していると、
「みんなー、朝ご飯できたよー!」
というソノラの声によって中断され、朝食をとることになった。
朝食を終えたバージルは本を読んでいた。
再び瞑想をしようとも考えたが、やはりこの世界に関する知識を身につけるのが先決だと判断し、ヤードから本を借りて読むことにしたのだ。また、彼から本を借りたのはバージルだけではなく、アティも借りに来ていた。彼女はそれを使って授業をするのだそうだ。
(同じ悪魔と言っても共通点は一部だけ、か……)
彼が読んでいる本は、リィンバウムやその周りの四つの世界について書かれている本だった。大まかな概要自体は以前にアティに聞いていたのだが、やはりより詳しく書かれている書物を読むほうが、より深く理解できるのだ。たとえば霊界サプレスにも悪魔がいることは聞いており、バージルは自分の知る悪魔とある程度似たような存在だと考えていたが、実は全く違ったのだ。
サプレスにおける悪魔は実体を持たず、リィンバウムに召喚された際はマナによって体を構成しており、怒りや憎しみを糧としているのだという。確かにバージルの知る悪魔も人間界に姿を現す際には大多数の悪魔が実体で出現することができず、依り代を必要とするが、決して自分の肉体がないわけではない、魔界にいる時は己の肉体を持っているのである。
またバージルの知る悪魔は、生きるために何かを食べることもない。そしてなにより、戦うことに対する欲求は非常に強く、魔界は常に闘争に渦の中にある。魔界に争いがなかった唯一の期間は、魔帝ムンドゥスが君臨していた時だけであった。もっともその期間はムンドゥスが他の世界を侵略をしていたため、魔界が内乱状態である方が他の世界にとって平和なのかもしれない。
そんなことを考えながら本を読んでいると、扉をノックする音がした
「入れ」
「はぁ~い、ちょっといいかしら?」
手を振りながら入ってきたのはスカーレルだった。
「何の用だ」
「カイルがこれからのことで話し合いたいから、船長室へ集まって欲しいそうよ」
「……わかった」
本を閉じながらそう答えた。これがどうでもいい用事ならば断るところだが、これからのことと言われれば出ないわけにもいかなかった。
そうして部屋を出たバージルが船長室に入り、腕を組んで目を閉じながら少し待っていると、アティとアリーゼが到着した。そして全員集まったことを確認したカイルは神妙な面持ちで話し始めた。
「さて……集まってもらったのは、新しい客人達に俺らの事情を説明しておくためだ」
カイルがそう言って威儀を正し、再び口を開いた。
「バージルも知ってるとは思うが、先生達が乗っていた船を襲ったのは俺らだ。その理由が――」
「私が持っている剣、ですよね?」
カイルの言葉を確認するようなアティの言葉に、カイルが「そうだ」と同意を示すとヤードが続く。
「使っているあなたが一番理解していることでしょうが、膨大な知識と魔力が秘められたあの剣は、ある組織で保管されていた二本内に一本なんです」
「それが、どうして帝国軍に……?」
「それは……」
「ヤードがその組織を抜ける時にかっぱらってきてね。でも組織の追手との戦いで、帝国軍に回収されてしまったみたいなの」
言いにくそうに口を噤んだヤードの代わりに、スカーレルがあっさりと話した。
「よほど価値のあるものなのか、その剣は?」
バージルが尋ねた。追手を放つような組織を抜ける時に、盗みを働くなどさらに恨みを買いかねない危険極まりない行為だ。しかし逆に言えば、その剣はそれだけのリスクを背負う価値がある、という見方もできる。
「……『無色の派閥』、という組織をご存知ですか?」
「確か、あらゆる国と敵対している召喚師の集団、ですよね?」
バージルの質問には答えず聞き返したヤードに、アティがバージルにも配慮した答えを口にした。
「ええ、そうです。彼らの目的は召喚師を頂点とする国家、そして世界を作り上げること。……私はそこに所属していました」
「え!? ヤードさんが……?」
アティが信じられないといった顔でヤードを見た。見るからに落ち着いていて物腰も柔らかい彼が、国家転覆や暗殺などの過激な行動を行う、無色の派閥の一員だったとはとても信じられなかった。
「その通りです。……そしてあの剣も、派閥の新たな作戦のカギとして投入されるはずでした」
「ヤードはそれを阻止するために剣を盗んだってワケ」
スカーレルがヤードの説明を補足するように言った。しかしバージルはスカーレルが、随分と事情に精通していることに気になった。
「随分と詳しいな?」
「……ヤードとは昔、ちょっとした縁があってね。赤の他人じゃないのよ」
昔を懐かしむような、それでいてどこかもの悲しさを漂わせながらスカーレルが言った。
「それでスカーレルを通して事情を聴いたあたし達が協力したのよ」
「ああ、剣を誰の手にも渡らない場所まで捨てに行く。そのためにまずあの船を襲ったのさ」
ソノラとカイルの説明で、ようやく前にアティに聞いた話と繋がった。
「……事情は理解できた。それで、これからどうするつもりだ?」
強大な魔力と知識が封じられているという剣には多少興味が湧いたが、バージルにとって重要なのは今後のことだ。船の修理にはどれほどの時がかかるのか、それがバージルにとって最大の関心事であった。
「それが思ったより船の傷が酷くてな。……それで船の修理に必要な木材の切り出しも兼ねて、この島を調べてみようかと思うんだ」
「でも簡単に調べられるほど小さい島ではないと思いますけど……」
少しだがこの島を見て回ったことがあるアティが言った。だがカイル達はこの島に来る時、海から島を取り囲む灯りのような光を四つ見かけたのだという。それが見間違いでなければこの島に住人がいるということになるだろう。そうであるなら修理用の材料を分けてもらおう、という腹積もりのようだ。
「それで……どこへ行くつもりだ?」
バージルにとっても島の探索については異論はないようで、話を進めることにした。候補は四ヶ所あるが、どれを選べば良いか判断する情報はなかった。強いていえば黒の光と緑の光はここから遠く、赤の光と紫の光はここから近いという程度だ。
「そうですね……それなら紫の光ではどうですか?」
アティが少し考え言った。彼女は特に理由を話していないが、誰も気にしていない。今回重要なのは、とにかくどれか一つに決めることであったため、理由などあってもなくてもいいのだ。
その後、ヤードは魔剣について調べたいことがあるということで彼に留守番を任せ、他のメンバーで調査に向かうことにした。ただ危険があるかもしれないとのことで、アティはアリーゼの同行を認めず彼女も不満そうな顔をしつつも留守番となった。
バージル達は海岸からすこし離れたところにある森の中を歩いていた。道らしい道はなく、足元にも草が生い茂っている。普通ならこのようなところを通る必要はないのだが、目的の紫の光が見えた場所が、この森の中であるため通るしかなかった。そうしてしばらく歩いていくと、周りの木が減り、代わりに岩や水晶が多く見られるようになった。
「…………」
「ん、なにかあった?」
ソノラは急に立ち止まったバージルを不思議に思い、声をかけた。
「……なんでもない」
バージルはそっけなく返し、再び歩き出した。
さらにそのまま進んで行くと、周りから幽霊のような何かが数多く現れた。
「ひぃ、オバケ!?」
「さ、サプレスの召喚獣!?」
どうやらソノラはこうした類のものは苦手なのか、悲鳴をあげていたが、さすがにアティは冷静にその正体を見破っていた。
「ったく、何だって急に!」
「話は後、来るわよッ!」
(なぜ今になって……縄張りにでも入ったか?)
カイルやスカーレルも事態の急転に、多少なりとも混乱していたがバージルは違った。彼はあたりに満ちる魔力が強くなった時から、こちらを見ている視線に気づいてはいた。だが少なくともその時点では、こちらに対する敵意がなかったため無視したのだ。
ところが今になって襲いかかってきたところみると、奴らの縄張りにでも入ってしまったのだろうとバージルは当たりを付けていた。
(……今度はもう少し強い奴らかが来る、か)
実際のところ召喚獣達は大した強さではなく、バージルはおろかアティ達だけでも十分勝てる程度だった。彼は襲いかかってくる召喚獣を鞘で吹き飛ばしていると、こちらへ近づいてくる気配を感じた。今戦っている相手よりは強いが、それでもアティ達と同程度。注意は払うものの、先制するまではないと判断した。
少しして召喚獣との戦いに決着がついた時、木々の間から気配の主は姿を現した、周囲の召喚獣に命じた。
「モウ、ヨイ。サガレ……」
その体は大きな鎧であり、関節部分が露出しているにも関わらず、そこには生身の腕はなく籠手の部分が浮いていた。
幽霊たちが命令に従い消えていった時、今度は空から羽根の生えた人間が降りてきた。
「て、天使!?」
「ええ、そうですよ、お嬢さん。私はフレイズ。護人であるこのお方、ファルゼン様の参謀を務める者です」
「護人?」
おうむ返しにアティが尋ねる。
「この地の秩序を守る者のことです。冥界の騎士であるファルゼン様もその一人なのです」
「で、その護人が何の用だ? いきなり襲いかかってきやがって……!」
たいした傷は負っていないとはいえ、急に攻撃を仕掛けられたカイルは、少し頭に血が上っているようだ。
「排除するために決まっているでしょう? 我らの暮らす領域に入り込んだ侵入者をね!」
「っ!」
語気を強めて言うフレイズに、カイル達は武器を構えたが、ファルゼンが声を上げた。
「マテ、ふれいず。カレラハ、マヨイコンダダケ、ナノダロウ……」
「そ、そうです! 私達、この島に流れ着いたばかりで……」
少し気が早いところのあるフレイズに比べ、ファルゼンは口数こそ少ないものの、こちらの事情を推察してくれたようで、アティは自分達の潔白を主張した。というより、バージルが閻魔刀に手をかけているところを見たので、このままだと大変なことになると思い、必死になっていた。
「そう、ですか」
アティの言葉を信じることにしたのか、フレイズはほっとしたような様子で呟いた。
「ツイテコイ。コノシマニツイテ、オシエヨウ……」
そう言ってファルゼンは歩いて行った。
「とりあえずついていってみましょう」
「ああ、このまま島中を探し回るよりはマシだ」
アティの提案にはバージルも賛成した。たとえ相手が友好的でなくとも、情報を得られるだけでも行く価値はある。
カイル達からも反対の声は上がらなかったので、ファルゼンを見失わないように走って追いかけた。
ファルゼンに案内されて着いた場所は、島の中央にある泉のすぐ近くに作られた場所でファルゼン曰く会議場であるという。
そこには既に三人の人物が待っていた。内一人は獣人といっても差支えがない容姿で、残りの男と女はほとんど人間と変わりない。獣人のほうはおそらく幻獣界メイトルパの召喚獣なのだろう。残りの男は額に角のような物が生えている点で、女のほうは体に機械を埋め込んでいる点でそれぞれ人間とは異なっていた。
「機界集落ラトリクスの護人、アルディラ」
「鬼妖界・風雷の郷の森ビロ、キュウマ」
「さぷれす・冥界の騎士、ふぁるぜん」
「幻獣界・ユクレス村の護人、ヤッファ」
獣人の男は幻獣界「ユクレス村」の護人ヤッファ、角の生えた男は鬼妖界「風雷の郷」の護人キュウマ、機械が埋め込まれた女が機界「ラトリクス」の護人アルディラと言うようだ。
「四者の名の下、ここに会合の場を設けます」
四者がそれぞれ名乗りを上げ、アルディラが宣言することで、この会合は成立したようだ。
「マズハ、セツメイシテクレ。ドウヤッテ、ココニキタ?」
「は、はい。えっと――」
この独特の雰囲気に気圧されながらも、アティはここに遭難して流れ着いたことを説明した。ただそこにバージルについての説明はなかった。
(わざわざ話す必要はないな)
しかし、あえて説明してやるつもりなどバージルにはなかった。
「……そんな偶然、本当にあるものでしょうか?」
「嘘じゃないよ、うちの船を見れば分かるってば!」
何らかの意図を持って上陸したのではないかと、訝しんでいるキュウマにソノラが言う。どうも護人達は島の外からの来訪者に、相当の警戒感を持っているようだ。
「ともかく、うちとしては船さえ修理できればすぐに出て行く。だから必要なものだけ貸しちゃあ貰えないか?」
「悪いけど、協力はできないわ」
カイルの依頼にアルディラが即答した。他の護人も口を挟まないところをみると、彼女の答えが護人の総意であるようだ。
「なぜ? 私達のことが気に食わないなら、早く出て行った方があなた達にとってもいいんじゃないの?」
「あんた達がリィンバウムの人間だからさ」
「この島に住む者たちはリィンバウム以外の四つの世界から呼ばれた者ばかり……」
「そしてそのまま、元の世界に還されなかったはぐれ者たちの島、この島は召喚術の実験場だったのです」
スカーレルの問いにヤッファが答える。それにアルディラとキュウマが補足した。三人とも淡々と答えてはいるが、それは無理に感情を抑えているからだった。
そして過去を思い出したのか、目を閉じながらヤッファが再び口を開いた。
「俺達は召喚術の実験台として召喚され、そして、島ごと捨てられたのさ」
「モウ、ショウカンシハシニタエタ。カエルスベハ、ナイ……」
(召喚獣を還せるのは、それを召喚した者だけ、だったか)
前にアティに聞いた召喚術のことを思い出しながら、バージルは話を聞いていた。一応彼も立場としては護人達と変わらないのだが、バージルは帰還を諦めてはいなかった。なにしろ彼は存在自体が規格外の伝説の魔剣士の血を引いているのだ。不可能などありはしない、
「そんな人間を私達は信用しない。関わりたくもない」
「お互いに干渉しない、それが妥協できる限界なのです」
それだけ伝えると、護人達は席を立ち、帰って行った。
「さすがにこれはまいったな……」
「うん……」
残されたカイル達は協力を得るのは難しそうだと半ば諦めていた。
(たとえ脅しても、奴らに協力させるのは難しいか……)
バージルも力でもって協力させようかと、一時は考えていたが彼らの顔を見る限り、最後まで抵抗しそうで、協力させるのは難しいと判断していた。幸いこちらの邪魔をすることはなさそうだったので、船は地道に修理していくしかない。
「仕方ない、引き上げようぜ」
「それしかないわね」
「ああ」
護人達の協力を得られなかったバージルとカイル達はとりあえず船に戻ることにした。しかしアティは、どうしても諦めきれないようだった。
「……先に戻っていてください。私、さっきのは納得できません。だからもう一度話してきます!」
「え!? ちょっと先生っ!?」
ソノラの制止も聞かずアティは走って会議場を出て行った。方向からして、追って行ったのはファルゼンだろう。
「なあ、どうする?」
「放っておけ、しばらくしたら船に戻ってくるだろう」
「まあ、そうだよなぁ。とりあえず先に戻ろうぜ」
アティもああいった以上、ここにいても意味がないため、一旦船に戻ることにした。
バージルが朝と同じように船の前で瞑想をしていると、アティは嬉しそうに船に帰ってきた。正直なところバージル自身も、無駄だろうと思っていたので、意外だった。
「バージルさん! ファルゼンさんがもう一度話をしてくれるみたいです!」
「もう一度、話をしても同じことだと思うが……」
「さっきのはただ、お互いの状況を説明しただけです。話っていうのは、もっとお互いのことを知ることから始まると思うんです!」
「……なんにせよ、話をつけてきたのはお前だ。任せる」
バージルとしては船の修理が早まるのであれば、それに越したことはない。だから、もう一度話し合いをすることには文句はない。ただお互いのことを知ることから始めるとはいうのは、回りくどすぎると思い、話し合いの一切はアティに任せることにした。
「それじゃ、私、他のみなさんにも知らせてきますね!」
アティはカイル達にも話をするため船の中へ入っていった。バージルは特にやることもなかったため、先ほどのまま瞑想を続けることにした。彼は時間があれば瞑想するのが常なのだ。
しばらくそうしていると、ラトリクスのあたりから爆発音が聞こえた。その方角から魔力の動きがあったため、誰かが戦っているだろうと考えたが、こちらに影響はないため気にせず瞑想を続けた。
「バージルさん、一緒に来てください!」
走ってきたアティに声をかけられた。おそらく今の爆発が気になり、その場所へ行くつもりなのだろう。
「一人で行け」
「そんなこと言わずに手伝ってください!」
バージルの冷たい言葉も気にせず、さらにはアティにしては珍しく強引に腕を引っ張った。もちろんその気になれば無視することもできたが、ここで護人に貸しでも作っておけば後々有利になるかもしれない、そう考えついていくことにした。
途中でファルゼンと合流し、ラトリクスに着いた時には周りに機械の残骸が転がっており、アルディラが十数人を相手に1人で戦っていた。
「て、帝国軍!?」
アティが驚きながら言った。おそらくアティ達と同じ船に乗っていた軍人だろう。彼らもこの島に流れ着いていたのだ。
おそらく帝国軍は偵察をしていたのだろう。それがこの島が召喚獣ばかりの島と分かり、攻撃を仕掛けてきたのだ。
「ニンゲンハ……ワレラトチガウ。オマエノイウコトハ……リソウダ」
「……っ」
ファルゼンの言葉に返す言葉が見つからないアティは悔しそうに唇をかんだ。
「オマエタチハ、ドウスル? ワレラニミカタスルノカ? ソレトモ……ニンゲンニミカタスルノカ?」
「私、決められません……でも……!」
決心したようにアティが前に出ていく。しかし、バージルがそれを止めた。
面倒なことに巻き込まれてしまったと内心溜息を吐いていたが、このままアティに任せていては余計に時間がかかりそうだったので、バージルは自分で始末をつけることにした。
「お前では埒が明かん、俺がやる」
そう言って閻魔刀を手に前に出る。
「誰だ、テメェは! この人数を一人でなんとかできると思ってんかよ! まとめてブッ潰してやる!」
その言葉が合図になったのか、帝国軍の兵士たちは一斉に襲い掛かってきた。アティやファルゼンはそれを迎え撃つように剣を構えた。
しかしバージルは、構えるどころか左手に持った閻魔刀すら抜いていない。ただ変わらずに歩みを進めるだけだった。
剣を持った兵士と槍を持った兵士の二人が襲いかかってくるが、槍は体を横にずらして避け、剣は鞘で弾いた。そして二人が並んだところで抜刀し、まとめて両断した。
「!?」
一瞬の出来事にこの場にいる全員が呆然としているのを尻目に、バージルは閻魔刀の刀身についた血を振り払う。そのまま次の敵を見定め閻魔刀を構える。
「Die」
今度は一気に軍人達の群れを駆け抜けた。右手の閻魔刀は鞘から完全に抜き放たれ、刀身はまるで磨き上げられた鏡のように夜空を映し、月の光を浴びて煌めいていた。
それを背中で鞘に納めた瞬間、軍人達の体が上下に別れ一斉に血が噴き出した。
あまりの早技に彼らは、自分が斬られたこともわからぬまま絶命した。
残ったのは、斬殺された兵士とは離れた場所にいた、軍人たちのリーダーと杖を持った兵士だけだった。そして生き残った二人にもバージルは容赦なく幻影剣を射出した。
「ば、化けも……!」
それが隊長らしき男の最期の声だった。