Summon Devil   作:ばーれい

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第03話 新たな力

 船の修理は順調とは言えないながらも確実に進んでいた。船を修理することがこの島から脱出する唯一の方法であるためか、珍しくバージルも協力していた。

 

 とはいえ、バージルの役目は木を切り出すことであったため、ものの数分で終わらせいつものように瞑想をしているのだ。

 

 あの森での帝国軍とのいざこざ以来、アティはバージルへどう接すればいいか悩んでいるようだった。敵であれ味方であれ殺すことはおろか、傷つけることすらためらうアティに対して、自らの目的を邪魔するのであれば血を分けた弟であっても殺すことを躊躇わない合理主義者のバージルは正反対なのだ。

 

「……あの、バージルさん」

 

「なんの用だ?」

 

 昼食を食べ終えた後、話しかけてきたアティにバージルはそっけなく返した。

 

 これはあの帝国軍との戦い以来、何度かあった光景であった。これまでは会話が続かずそのまま終わってしまうのだが、今回の彼女は違うようだった。

 

「さっき話したお店なんですけど、これから行ってみませんか?」

 

 アティがメイメイという女性が営んでいる店に行ったという話はバージルも聞いていた。服や武器だけでなくアクセサリーや食材もある一種の雑貨屋のような店だそうだ。

 

 アティとしてはこれを機にバージルと話をして、自分の考えを伝えたいと思っていた。あの時のように殺し合うなんてすごく悲しいことだ。そんなことをしなくても話し合って解決することで仲良くなることもできるはずだ、と。

 

「いいだろう」

 

 服やアクセサリーに興味はないバージルだが、この世界の武器はどのようなものがあるか気になっており、いつか行ってみようと思っていたのだ。

 

「本当ですか!? それじゃあ案内します!」

 

 アティは嬉しそうにバージルの手を引き、船から連れ出した。

 

 それからしばらくはアティが当たり障りのない話しをしていたが、意を決してアティは口を開いた。

 

「あの、この前のことなんですけど……」

 

「なんだ?」

 

「あの人たちを殺す必要はあったんでしょうか?」

 

「あいつらの協力を取り付けるには、その方が都合がよかっただろう」

 

 あいつらとは護人達のことである。彼の言葉通り、あの場にいたファルゼンは人間相手に明確に敵対してみせたバージルを見て、多少の歩み寄りを見せたのだ。それを考えれば、少なくともバージルの行動が護人達との関係を悪化させたとは言えない。

 

「でも……」

 

「くどい」

 

 なおも諦めないアティをバージルはそう言い捨てると、一人で歩いていってしまった。

 

「あ、ちょっとバージルさん! お店がどこにあるのか分かるんですか!?」

 

 彼女は大きく声を上げながらバージルを追いかける。不思議と、彼が向かう先は目的の店の方向だった。

 

 バージルが迷わずにこの「メイメイのお店」に辿りつくことができたのは、この店から大きな魔力を感じ取ったからだ。剣を使用している時のアティのように魔力を解放しているのではない。

 

 普通の人間はおろかよほど魔力の扱いに長けていない限り、判別できなように巧妙に魔力を隠しているのだ。戦技だけでなく、魔力の扱いにも長けているバージルでも、近くまで来なければ気付かなかったほどだ。

 

 そこへようやくアティが追いついた。走ってきたのか呼吸が乱れていた。

 

「ど、どうしてここがわかったんですか?」

 

「そんなことはどうでもいい、行くぞ」

 

 そう言って店の中に入って行く。店内はアティが言った通り、服や武具から食材まで様々なものが並べてあった。

 

「あら、先生いらっしゃーい。あら? そっちの彼は恋人か何か?」

 

 暖色系の派手なチャイナ服を着て、酒の匂いを漂わせているこの女性が、この店の店主のメイメイだ。アティが顔を赤くして「ち、ちがいます!」と否定している横でバージルはメイメイを睨みつけた。もっとも、自分に敵対する存在ではないと判断したのかすぐ視線を外したが。

 

「剣を見せてもらう」

 

 そう言ってバージルは、手近なところにあった剣を手にとって眺めたり、軽く振ったりしていた。メイメイはそんなバージルを興味深そうに眺めていた。

 

「たぶんここにはあなたが満足する物はないと思うわよ」

 

 メイメイはそう声をかけた。バージルが彼女のほうに顔を向けると、にゅふふと笑いながら言った。

 

「ついてらっしゃい。あなたにおあつらえ向きな場所があるわよん」

 

「…………」

 

 バージルは少し考え、ついていくことにした。アティも二人に続いていく。

 

 メイメイが二人を連れてきた場所は集いの泉という、以前に四人の護人と会った場所だった。

 

「ここはね、四つの世界の魔力が集まる場所だったりするのよね、これが。聖王家が保有してる至源の泉に比べたら、たわいもない程度のものだけど……エルゴの王の遺産に変わりはないもの。やり方を知っていればこういうものだって喚び出せちゃうのよ!」

 

 メイメイが呪文のような言葉を唱えると、集いの泉から白い門が現れた。

 

「泉の中に、門!?」

 

 アティが驚き声を上げていると、メイメイが笑いながら説明した。

 

「これが無限界廊の門よ。」

 

「無限界廊?」

 

 聞き慣れない言葉にアティは言葉を返した。そしてメイメイはさらに詳しく無限界廊について説明した。その話によると、この無限回廊の門は世界の狭間にある特別な空間に繋がっており、あらゆる世界で様々な戦いを試練として受けられるという。

 

「どう? あなたにぴったりでしょ」

 

「……そうだな。さっそく使わせてもらうぞ」

 

「ごゆっくり~」

 

「ちょっ、ちょっと待ってください」

 

 その言葉にバージルは短く返事をすると、すぐさま門の中に飛びこんでいった。アティも彼を追い門の中へ入って行く。それを見ながらメイメイは呟いた。

 

「ま、あなたを満足させられる相手はいないでしょうけど」

 

 バージルの力を見抜いていたのか、メイメイはそう言った。

 

 

 

 

 

「つまらん」

 

 結果から言って、少なくともこの階層の相手であった幻影の戦士は、バージルの期待に応えられるほどの強さを持っていなかったのだ。

 

 しかし、それほど落胆はしていない。メイメイの話では、先に進めば進むほど相手は強くなっていくのだという。それを考えれば、最終的にはそれなりの相手と戦えるだろう。

 

 もっとも、バージルにとっては大したことのない相手でも、ついてきたアティにはかなりの強敵だったようでだいぶ息があがっていた。

 

「ついて来いと言った覚えはない」

 

「だ、大丈夫です」

 

 そう答えるものの、乱れた呼吸は戻らない。

 

「勝手にしろ」

 

 言い捨て次の戦いの場へ向かう。アティも彼を追うように駆けて行った。

 

 もっとも、次の戦闘も一分とかからず終了した。今回、全ての敵を倒したのはバージルであった。さすがに厳しいと悟ったアティは少し離れた所からその戦いを見守っていたのだ。

 

「あ、あのバージルさん……」

 

 戦いを全て任せてしまったことを謝ろうと彼に近寄るとその瞬間、彼の周囲に突如赤い魔法陣が現れ、そこから黒い服を着た幽鬼のような者達が現れた。その数は五体だけだが、どれも鎌をバージルに振り下しながら現れたのだ。

 

「っ!」

 

 アティは思わず目を瞑る。だが、バージルは突然のことにもかかわらず、至極落ち着いていた。

 

「ヘル=プライドか……」

 

 呟きながら閻魔刀で鎌を弾く。最初の攻撃を凌ぎ切ったバージルは攻勢に転じた。幻影剣を自分の周囲に展開、回転させ、それと閻魔刀で敵を切り刻んでいった。ヘル=プライドは攻撃しようにも幻影剣に阻まれ、為す術なく次々に倒されていった。

 

 一分もかからず全てのヘル=プライドを倒したバージルだったが、未だに先へ進もうとはしなかった。

 

 彼の鋭い感覚はこの場所に来た時から悪魔の存在を感知していたのだ。しかし、現れたヘル=プライドを殲滅しても悪魔の気配はなくならない。

 

 ところが、あたりには自分とアティ以外には誰もいない。バージルとの戦いを避けようとどこかに隠れているか、何らかの意図をもって隠れているかのどちらかだ。ただ、前者はバージルが魔界全土から恨まれているスパーダの血を引いている以上、逃げるかのように隠れているなどまずありえないことであるため、実質的に考えられるのは後者だけだろう。

 

 そこまで考えるに至り、バージルはにやりと口角を上げた。完璧とまではいかないが、これほどまで巧みに空間を隠せる程の力を持った悪魔は決して多くはない。かなりの力を持つ悪魔であることは間違いなかった。

 

(This may be fun)

 

 胸中で呟きながら、集中する。そして閻魔刀を抜き放った。空間にかけられた魔術を閻魔刀で切り裂いたのだ。

 

 だが、そこにいたのはバージルが期待していたような悪魔ではなく、大きな門のような物体と氷を纏った悪魔が十体ほどいるだけだった。

 

(あれは……フロスト、だったか)

 

 そこにいたのはかつてフォルトゥナで読んだスパーダに関する本に記載されていた悪魔、フロストだった。フロストは二千年前、魔帝ムンドゥスが人間界侵攻のために創り出した氷を操る能力を持つ精兵である。

 

 そのフロストは自分の創造主を封印したスパーダの血を引くバージルを見て襲いかかってきた。氷で作った爪を振りかざしながら、飛びかかってくるフロストもいれば、爪を飛ばしてくるフロストもいた。

 

 バージルはフロストの群れよりその背後にある門のような物が気になっていたが、まずはフロストの群れを殲滅する方が先と考え、閻魔刀で飛びかかってきたフロストを切り上げ両断する。更に幻影剣で飛ばしてきた爪を迎撃した。

 

 そして居合の構えをとる。閻魔刀を握る手が動いたかと思うと、一体のフロストが切り裂かれていた。それだけでは終わらず、彼の手元が動く度に次々とフロストが斬殺されていった。

 

 それは次元斬だった。

 

 名前の通り空間そのもの、次元すら斬る大技である。大悪魔ですら一太刀で葬る威力を秘めた一撃だ。フロスト程度の悪魔が耐えられる道理はない。

 

 フロストを容易く殲滅させたバージルは、改めて気になっていた門のような物を見た。大きさこそ異なるが自身の記憶の中のものと同じだった。

 

 それは魔界と人間界を繋ぐ装置である地獄門だった。フォルトゥナにあったものより小さく高さも六メートルほどしかないが、間違いなく地獄門だった。

 

 だが、目の前の地獄門はその機能を完全に喪失しているようだった。門自体は無傷で残っているが、魔力を供給する部分が破壊されていたのだ。これでは何の意味もない。

 

 恐らく先程のフロストはこの地獄門を守るのが役目だったのだろう。その機能を失っても忠実に命令を守っていたのだ。

 

 もはや興味を失い、踵を返そうとしたバージルの目にあるものが飛びこんできた。

 

「これは……」

 

 起動装置から門を挟んだ反対側にもう一つの装置があったのだ。おそらくこの空間を周りから隔絶させ、隠していた装置だろう。

 

 だが、そんなことはどうでもよかった。重要なのは、その装置を稼働させるための魔力の供給源があることだった。恐らくは相当な力を持った魔具であることは間違いない。

 

 バージルはかつて自らが斬殺した大悪魔の力を吸収したように、装置に右手をかざして力の源を奪い、それを取り込んだ。

 

 それはやはり魔具であり、力もなかなかのものだった。

 

 早速、その魔具を出現させる。それは彼が以前使っていたフォースエッジや、彼の弟が使っていた魔具のように手や足で使用するものではなく持ち主と同化する魔具「衝撃鋼ギルガメス」だった。同化するとともに両手両足を硬質化させ、籠手と具足の形状に変化させた。背中や肩にも小さな羽根が装着され、口元はフェイスマスクによって覆われた。

 

「…………」

 

 バージルはまるで鎧を着けたように硬質化した自分の手を、握ったり開いたりした。二、三度それを繰り返すと、今度はまるで力を溜めるように腰を低く落として右の拳を構えた。そうすると右手から蒸気のようなものが噴出した。

 

 それを確認し、溜めていた力を解放した。狙いは地獄門。恐るべき力が込められた拳が門に直撃する瞬間、右腕から杭のような物がパイルバンカーのように飛び出した。その強烈な威力と衝撃に地獄門が耐えられるわけもなく、呆気なく破壊さればらばらになり吹き飛んだ。

 

 だが、それで終わったわけではない。飛ばした破片を逃がさぬようにエアトリックで回り込むと、今度はそれを上空に蹴りあげていった。それもただ上に飛ばしたわけではなかった。上下に一直線になるように絶妙なコントロールを行いつつ蹴り上げていたのだ。

 

 そして、最後の破片を蹴り上げると同時に自らも跳躍し、ひとまとまりなった破片を月輪脚で両断した。着地しフェイスマスクが外れた彼の口元には珍しく、嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「なんだ、まだいたのか」

 

 バージルが未だこの場にいたアティに冷たく声をかけた。

 

「えっと、バージルさん……今の生き物は……?」

 

「悪魔だ。……もっとも貴様らが知っている悪魔とは違う存在だろうがな」

 

 そう言うと踵を返し、無限界廊の出口へ歩いていく。アティも慌ててそれに続く。

 

「あの、訊いてもいいですか?」

 

 少し歩いたところでアティが少し先を歩いているバージルにそう尋ねた。

 

「何だ?」

 

「どうして……どうして、そんなに戦うんですか?」

 

 その問いかけにバージルは足を止めた。しかし振り向くことはせず、ただ一言答えた。

 

「I need more power」

 

 ダンテに敗れはしたものの、いや、敗れたからこそバージルの魂は以前より強く、そう言っているのだ。

 

バージルの目的は今でも変わっていなかった。もっと力を、父スパーダのような絶対的な力を手に入れるのだ。

 

 力こそが全てという考えは、未だに変わることはなく彼を動かしていた。

 

「バージルさん……」

 

 圧倒的な強い意志の宿る言葉。力への渇望。バージルの本心を垣間見たアティは何も言えなかった。

 

 あの森での戦いのときどうすることもできずただ見ているしかできなかった自分が、確固たる意志を持って戦っているバージルに何か言う資格はないのかもしれない。

 

 それでも彼女は諦めたくはなかった。

 

(いつかきっと……)

 

 彼をその言葉から解放したい。

 

 その決意はバージルの言葉の内に潜んでいた強い憎しみ、怒り、そして、悲しみを感じ取ったからこそ生まれた、彼女の心からの願いだった。

 

 

 

 

 

 

 


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