デグレアからゼラムに戻るには三砦都市トライドラの近くを通る必要がある。聖王国の盾と呼ばれるトライドラは三砦都市の名の通り、スルゼン、ローウェン、ギエンの三つの砦を持っているのだ。
トライドラを中核として北にはローウェン砦、東にはスルゼン砦、西にはギエン砦があり、旧王国に睨みを利かせているのである。また過去何度かあった旧王国との小競り合いに際しては、それぞれの砦間で相互に支援や援護を行い、聖王国への侵攻を幾度となく防いできたのだ。実際にバージルはデグレア向かう道中で旧王国の侵攻に備えるローウェン砦とスルゼン砦を遠目にだが見ている。
同じく帰りも往路と同じようにローウェン砦を通った。とはいえ、さすがに正面から堂々と行ったわけではない。デグレアから来たことに関して勘繰られては面倒なため、見つからないようにルートを考えて通過したのだ。
そしてトライドラの付近を通り、街道に沿ってゼラムへ向かう。
「……雨か」
その途中、雨が降り始めた。トライドラを過ぎた辺りから雲行きが怪しくなってきたと思っていたが、とうとう降ってきたようだ。しかも大きめの雨粒が土砂降りのように降っている。
バージルは脱いでいた外套のフードを被った。雨は非常に強いものの、風はさほどではなかったため、外套を着るだけで体が濡れることは防げるようだ。
そのまましばらく歩くと、街道からはずれたところに城のような建造物が見えた。あれがスルゼン砦である。もっともそこに立ち寄る必要はないため、バージルは特に見向きもせず進んだ。
しかし魔力の感知範囲に入ったところで、砦からは弱いサプレスの悪魔の魔力を見つけた。数もかなり多い。
(悪魔だと? なぜあんなところに……?)
通常、砦に滞在するのは聖王国に仕える騎士たちだ。中には召喚師もいるため、彼らが召喚した悪魔とも考えられないわけではないが、それにしては数が多すぎる。あれだけの悪魔を召喚するには相当数の召喚師が必要だろう。
それに感じる悪魔の魔力はどことなくデグレアの元老院議員に憑依していた悪魔のものと酷似していた。
(とりあえず様子だけでも見ておくか)
何らかの手がかりでも得られれば御の字と思い、バージルは様子を窺うためにエアトリックで砦まで移動した。
スルゼン砦までの距離はまだ相当あるとはいえ、肉眼で見える位置にあれば、寸分違わない正確な移動が可能だ。事実バージルは狙い通りに城壁の上に姿を現すことができた。
砦の中では戦闘が行われており、デグレアの議員のように悪魔に憑依された者達と、ゼラムに戻ったら話を聞こうと考えていたマグナとトリス、それに彼らの仲間と思わしき者達が戦っていた。
さらに戦場となっている場所とは別にもう一つの見知った姿を見つけた。
(パッフェルもいるのか)
彼女はエクスのエージェントをしているとは言っても、普段はゼラムでバイトをしているはずだ。それがなぜこんなところにいるのか気になった。
「パッフェル」
再びエアトリックで移動し、パッフェルの背後から声をかけた。
「ッ! って、あなたですか、急に後ろから話しかけないでくださいよ。びっくりしたじゃないですか!」
剣呑な様子で振り返ったパッフェルだったが、声をかけたのがバージルだと分かると、いつものような軽い感じに言った。
「こんなところで何をしている?」
「仕事ですよ、お仕事。……でも、まさかこんなことに巻き込まれるとは思いませんでしたけど」
どこか自嘲気味に答えるパッフェルにバージルは尋ねた。
「……それで何か掴んだのか?」
「う~ん、少なくともあなたが興味を持ちそうなことは何も……」
その答えを聞いたバージルは前に彼女から聞いた聖女について聞くことにした。
「レルム村の聖女とかいうのはどうなった?」
「それなら今は……ほら、あの中にいると思いますよ」
そう言ってパッフェルが指し示したのは、砦で戦っている者達だった。と言うことは聖女はマグナ達と行動を共にしているということだ。
「……思ったより近くにいたということか」
まさか先日会ったマグナやトリスのもとにいたとは思いもしなかった。そもそも、バージルがレルム村に向かった時に彼らとすれ違ったことを、もっと深く考えていれば聖女が彼らと共に逃げたことは想像できたかもしれない。
「さて、そろそろ私は失礼しますよ」
少し考え込んでいたバージルにパッフェルは一声かけて砦を出て行った。もう仕事は終わったのだろう。
バージルは周囲の様子を確認するべく再び城壁の上に移動した。既に戦いの大勢は決しているようで、悪魔に憑依された兵士たちは倒れていた。そして砦の上の方では悪魔達のリーダーらしい男が包囲されていた。
「奴の魔力、たしか……」
呟きながらバージルは感じた魔力の正体を思い出した。少し前にポムニットとミントに話しかけていた、レイムとかいう悪魔の周囲に感じた三つのうちの一つがこの魔力だ。
デグレアと同じ悪魔を憑依させて死体を使っていることを考えれば、レイムの一派によって、デグレア、ひいては黒の旅団は操られているのではないか。
少なくとも現時点では最も黒幕に近い存在と言えるだろう。
そんなことを考えていた時、包囲されていた男が召喚術を使い下級悪魔を死体に憑依させた。サプレスの召喚獣は召喚できなくなっていることが多いらしいが、このような矮小な召喚獣はそうでもないのかもしれない。
男の耳障りな笑い声がここまで聞こえてきた。
「……!」
その直後、マグナ達の中にいた少女が不思議な光を放った。それに浄化されるように悪魔に憑依されていた死体は力なく倒れていく。憑りついていた悪魔の魔力も消えていた。
それとほぼ同時に一発の銃声が響き、銃弾が当たったらしい悪魔を召喚した男が、砦の下へ落下していった。しかし、バージルの関心はもっぱら光を放った少女に向いていた。
(あの力、天使のものか、しかしなぜ人間の娘が……?)
少女の放った力はサプレスの天使のものだった。バージルは島にいた時にサプレスの天使であるフレイズの力を見たことがあるため、間違いないだろう。
別にあの少女がサプレスから召喚されたのであれば、バージルも特に不思議に思わなかったに違いない。しかし、その少女は力を見せるまでは普通の人間と同じ魔力しか感じなかったのだ。ポムニットのようにハーフであれば人間とは異なる魔力を感じるため、天使と人間のハーフという可能性はまずないだろう。
考えを進めるのはここまでにしてとりあえず彼らから話でも聞いてみるか、と頭を切り替えた矢先、あたりに悪魔の気配がした。今度はサプレスのものではない。魔界の悪魔だ。
「……面倒な」
吐き捨てるように言う。バージルの眼下ではセブン=ヘルズの一種、赤い体色が特徴的なヘル=エンヴィーが現れていた。この悪魔は魔物の体液を媒介に現れるため、あまり遭遇することは多くない悪魔なのだ。
しかし周囲を見回してわかったが、どうやらこの砦では相当凄惨な戦いがあったようで、そこら中に死体が転がっている。今でこそ雨で誤魔化されているが、かなり量の血も流れたことは想像に難くない。おまけにその血を流したのは悪魔に憑依された者達も含まれていただろう。
おそらく悪魔に憑依された影響で、人間の血液でもヘル=エンヴィーの依り代となり得たのだろう。
しかしバージルにとってはヘル=エンヴィーが現れた理由はさして問題ではない。彼にとって重要なことは自分の邪魔をする存在が現れたことなのだ。面倒だとは言っても障害となるならば排除するしかない。
そう決めたバージルの行動は早かった。外套をヘル=エンヴィーが現れている城壁の下に向かって脱ぎ捨てると、彼自身も同じように城壁から飛び降りた。
そのまま中空で閻魔刀を抜き放ち、悪魔達の只中に着地するのと同時に一体の悪魔を両断した。そのまま残像が残るような速度で、流れるようにヘル=エンヴィーを斬っていき、一旦、群れの中から抜け出すと閻魔刀を鞘に納めた。
そして閻魔刀を納めたまま再度群れの方で体を向けた。次の瞬間にはバージルは群れの中を抜けており、いつの間にか抜刀していた閻魔刀を再び鞘に納めようとしていた。
よく見ると彼が駆け抜けた群れの中の悪魔には一本ずつ幻影剣が刺さっていた。
「Die」
言葉と共に閻魔刀を納めた瞬間、一斉に幻影剣が炸裂し、ヘル=エンヴィーたちは一つの例外なく仮初の肉体の損傷に耐え切れず死んでいった。
そして構えを解いた時、上から彼自身が投げ捨てた外套が落ちてきた。一時よりはかなり弱まっているとはいっても、まだ雨は降り続いている。こんな望みもしない戦いのせいで、これ以上服が濡れるのを嫌ったバージルは再び外套を身に着けた。
砦の上を見るとマグナやトリス達がこちらを見ていた。向こうも戦いは完全に終わったようだ。バージルは軽く跳んで彼らのもとへ移動すると言った。
「聞きたいことがある。答えてもらおう」
港町ファナン。マグナ達は現在、この町の用心棒的な存在であるモーリンの家である拳術道場で寝起きしていた。彼女は彼らが行く当てもなくファナンに辿り着いた時、いろいろと世話をしてくれた姉御肌の人物である。
先日起きた海賊騒動を解決した後、共に旅をしてくれることになったのだが、昨日はスルゼン砦での一件でここに戻らざるを得なかったのだ。
「さーて、ご飯も食べたしそろそろ行こうか?」
一晩十分休息を取り、すっかり元気を取り戻したマグナが言った。
結局、スルゼン砦で会ったバージルとは日を改めて話をするということでまとまった。その際の条件として、レルム村の聖女として祭り上げられていたアメルを連れてくることを彼は提示したのだ。
その時のアメルは不思議な力を使った反動か、意識を失っていたため話ができる状態ではなかった。もしかしたら彼女に聞きたいことがあるのかもしれない。
「本当に君達だけで行くつもりなのか、ワナかもしれないんだぞ!?」
「心配し過ぎだよ、ネス。もしもあの人にそんな気があれば、あの時にやってるって」
バージルと会ったことのあるマグナとトリス、それに指名されたアメルの三人だけで行くことを危険だと考える兄弟子のネスティに、マグナはあっけらかんとした様子で答えた。
アメルが今、デグレアの黒の旅団に狙われていることは周知の事実だ。そのこともありネスティは警戒しているのだが、そもそも黒の旅団のことを最初に教えてくれたのは他ならぬバージルなのだ。
「ならせめて彼らくらい連れて行ったらどうだ? 君たちの護衛獣だろう」
「自分モねすてぃ殿ニ賛成デス。自分ノ任務ハあるじ殿ノ安全ヲ守ルコトナノデスカラ」
「ボ、ボクだってご主人様の護衛獣なんですから、お供くらいはできます!」
トリスは自分の護衛獣であるロレイラルの機械兵士「レオルド」とメイトルパのメトラルという種族の「レシィ」の言葉を聞きながらも、考えは変わらなかったようで少し困った顔をしながら答えた。
「気持ちは嬉しいけど、あの人、気難しそうだし、大勢で行ったら逆に警戒されると思うの」
「そうそう。それに俺は気が合うかもしれないし」
あかなべで自分と同じ天ぷらソバを食べていたからか、マグナもバージルにはそれほど悪い感情は持っていなかった。
「ケッ、だからテメエはお人好しなんだよ。いい加減に疑うことを覚えたらどうだ?」
「ハサハ、おにいちゃんについていくから」
マグナの護衛獣であるサプレスの悪魔「バルレル」とシルターンの妖狐「ハサハ」も彼らだけで行くのは賛成しかねるようだった。
ちなみに召喚師が傍に置く護衛獣は基本的に一体だけである。しかし、派閥の試験で二人が護衛獣を召喚しようとした時は、彼らの意図していなかったにも拘らずそれぞれ二体の召喚獣を召喚できてしまった。
これには立ち会っていた幹部も相当驚いたようだ。そのせいかは不明だが、試験に合格した二人に言い渡された任務は見聞の旅という事実上の追放処分だった。
お目付役として同行するネスティと旅の最初に知り合った冒険者のフォルテとケイナの共にレルム村を訪れてアメルに会ったところから、今に続く大きな事件の只中に身を置くことになったのだ。
それでも二人が自分の信じる道を進んでこられたのは、彼らの心が強いからか。
「むぅ、それなら近くまでついてくるのはどう?」
この場にいる全員から反対されたトリスは少しむくれながらも折衷案を出した。マグナはそれに賛成しつつのんきに言う。
「そんな悪い人じゃないと思うんだけどなあ」
「……仕方ないな、それで妥協するとしよう。ただし、僕だけは同行させてもらうからな」
ネスティは溜息をつきながらトリスの提案を受け入れることにした。それでも自分だけは同行するのは、彼なりにお目付役としての責任を感じているからだろう。ちょうどそこへ片付けが終わったらしいアメルがやってきた。
「お待たせしました。早速行きましょう?」
アメルも昨日は不思議な力を使ったせいか、熱があり風邪っぽかったため心配していたのだが、この様子では全く心配の必要はないだろう。
揃って道場から出る。護衛獣も含めて総勢八人。他の仲間はいないとはいえ、それでも結構な大所帯だ。おまけにレオルドやバルレルは遠目に見ても召喚獣と分かるような姿であるため、随分と目立っている。
「あの人、もう来てるかな?」
「少なくとも僕には、君のように寝坊するような人間に見えなかったな」
マグナの言葉にネスティが辛辣な言葉を返す。しかし今朝もっとも遅くまで起きてこなかったのは紛れもないマグナ自身であるため、痛い事実を突かれた彼は反論することはできなかった。
「まあまあ、昨日は大変だったんですから、あまりマグナさんを責めないでくださいね」
「それを言うならアメル、君も同じはずだろう? それなのに、この二人は僕が何度起こしても……」
ネスティが今朝のことの思い出して少し不機嫌になっているところに、トリスが心外だと言わんばかりに嚙みついた。
「ちょっとネス、あたしはマグナより早く起きたでしょ!」
「早く起きたと言ってもほんの少しだけだろう、そんなの五十歩百歩だ」
「それでも早く起きたのは事実じゃない!」
この二人にとってはこの程度の言い争いは日常茶飯事だが、さすがに人を待たせている今、こんなことを続けるわけにはいかないためマグナは二人を止めるため口を開いた。
「ま、まあまあ、そのくらいにして早く行こう? あまり待たせちゃ悪いしさ」
「元はと言えば君のせいだろう!?」
「元はマグナが原因でしょ!?」
今までいがみ合っていたくせに、トリスとネスティは驚くほど息ぴったりに同じような言葉を返してきた。
「……ア、アメルぅ」
身から出た錆とは言え二人の剣幕にマグナはたまらずアメルに助けを求めた。
「お二人とも、マグナさんも反省しているようですし、そのあたりにしてあげてくださいね。それに明日からはあたしが起こしますから」
「えっ」
アメルは朝食の用意などがあるため起床時間はかなり早いほうだ。そんな彼女に起こされるのではたまったものではない。
「それはいい案だ。是非そうしてくれ」
「うわぁ……大変ね、マグナ」
しかしそんなマグナの様子を知ってか知らずか、ネスティはアメルの考えに賛成した。マグナと同じように起きるのが遅いトリスは、自分まで巻き込まれるのを恐れたのか、ただ慰めの言葉を言うだけだった。
マグナが早朝の起床を確定させられたところで、バージルとの待ち合わせ場所である銀沙の浜に着いた。かつてファナンが漁村だった頃から漁に使われていたこの砂浜は、場所さえ考えればほとんど人もおらず聞かれたくない話をするのにも適している。実際、砂浜にはほとんど人がいなかった。
「……あ、あっちだね」
人がほとんどいない砂浜でバージルのように長身で銀髪の男を探すのはたいして手間でもなかった。目的の人物を見つけたマグナ達は護衛獣達を少し離れたところに待機させると、バージルに向かって歩いていった。
「……来たか」
彼らがようやく来たこと感じたバージルは組んでいた腕を解いて振り返った。来たのは四人、昨日バージルが言ったようにちゃんと聖女も連れてきたようだ
「早速だが、話を聞かせてもらおう」
四人が目の前に来たところでバージルは彼らが口を開く前にこちらの要件を伝えることにした。昨日は件の少女が体調を崩していたため、話を聞くことができなかったのだ。もうこれ以上、無駄に時間を費やすようなことをしたくはなかった。
「貴様はなぜ天使の力を使える?」
バージルは昨日砦で天使の力を行使した少女であるアメルの魔力を確認しながら言った。少なくとも今の彼女からは天使の魔力は感じない。
「あの時使ったのは天使、の力ってこと……!?」
驚いて確認するように言ったトリスにバージルはばっさりと告げる。
「普通の人間にあんなことができると思っているのか」
確かにこのリィンバウムという世界には召喚術などの独自の技術がある。しかし、そこに住む人間はバージルのいた世界の人間とほとんど変わりない。だからこそ、アメルのように不思議な力を使える者には、ただの人間とは異なる点があるはずなのだ。
「っ……、あたしは、人間です」
お前は人間ではない。バージルの言葉をそんな意味で受け取ったアメルはそれでも自分は人間であると告げた。
(自覚はなし、か……。これ以上の問答は無用だな)
バージルはアメルの様子を見ながらそう判断した。少なくとも彼女が嘘をついているようには見えない。本当にこれまでは普通の人間だと思って生きてきたのだろう。
「ならば次だ。……例の黒の旅団が何を狙っているか、知っているか?」
今度はマグナやトリス、ネスティに向けて言った。デグレアの元老院議会を通じて黒の旅団に命じている任務を探る数少ない手掛かりの一つが彼らだった。もちろん、たとえ分からなくともバージルに悪影響があるわけではないが、疑問を解決せぬまま放置しておくことを彼はよしとしていなかった。
「それは――」
「そんなことを僕達に聞かれても。デグレアに行っては?」
トリス答えようとしたところをネスティが遮った。彼はまだバージルのことを警戒しているようだ。もっともそれについてネスティを責めるわけにはいかないだろう。バージルは自分の素性一つ話していない。これでは信用しろというのは無理だろう。
「もう行った。……もっとも、デグレアの元老院議員は先日の砦の人間のようになっていたがな」
「なっ!?」
これにはネスティだけでなく他の三人も驚愕の表情を見せた。あんな恐ろしいことが他の場所でも起きている。その事実にアメルは悲しそうに言った。
「そんな、どうして……?」
「だから聞いているのだろう? 奴らの目的は何だ、と」
「あいつらの目的……」
再び聞いたバージルにマグナは無意識の内に、黒の旅団の目的であるレルム村の聖女アメルに視線を向けた。そしてそれを見逃すほどバージルは愚かではなかった。
(……なるほど、その娘か)
アメルを狙っていたとすれば奴らは彼女の天使の力について知っているのだろうか。もっとも、そうでなければいくら不思議な力を持っているとは言ってもただの娘をつけ狙う理由はないが。
「一体誰が……?」
考えを整理しているのかネスティが独り言のように呟く。
「手がかりはスルゼン砦で死体を操っていた男とレイムとかいう奴だ」
バージルとしてはわざわざ彼らに情報を与える必要はないのだが、この前ゼラムで情報を提供しなかったために今回もう一度彼らに会う羽目になったこともあって、今日はあえて情報を提供することにした。
「ねえ、あなたはレイムさんのことを知ってるの?」
トリスはバージルの言ったレイムという名前が気になった。彼女やマグナはレイムという名の吟遊詩人に何度か会ったことがあったのだ。その時の印象は決して悪いものではない。柔らかい物腰でこちらの話をよく聞いてくれたのだ。
「俺が知っているのは長い白髪で若い男だ。……もっとも、人間ではなく砦の男のように悪魔が死体に憑依しているのだろう。それもそこらの召喚獣よりはずっと強い力を持っている悪魔が、な」
「そんな……」
バージルの言った特徴はマグナが知るレイムと合致している。それを聞かされてはさすがにレイムがアメルを狙っているのではないかと疑わざるを得ない。
「ちょっと待ってくれ、それならあのガレアノは悪魔なのに召喚術を使っているということか?」
どうやらスルゼン砦にいた男はガレアノというらしい。
「召喚師でなくとも召喚術は使えるのだろう? なら悪魔でも使う方法があると考えるのが自然だと思うが?」
現にバージル自身もリィンバウムの人間ではないにも関わらず、召喚術は一通り使える。島の護人も召喚獣であるにもかかわらず召喚術を使用することができる。だから同じように、悪魔であっても使うことは可能なはずだ。
「……話は終わりだ。帰らせてもらうぞ」
バージルは四人の反応を見てこれ以上は情報を引き出すことはできないと判断した。それでも黒の旅団の目的が分かっただけでもよしとしよう。踵を返して銀沙の浜を後にする。
それと入れ替わるように四体の召喚獣がマグナ達とのもとに向かっていった。
バージルは一瞬それを見るとすぐに興味を失ったのか、すぐに正面に向き直りゼラムへと戻るべく歩を進めた。
バージルが去った砂浜では護衛獣と合流したマグナ達が先ほどの内容について話し合っていた。
「今の話、ネスはどう思う? 俺には嘘を言ってるようには見えなかったけど」
「今のところ、彼が言ったことが真実であるという確証はない。……だが、同時に虚構であるとも言い切れない」
「それって結局、何もわからないってことじゃん」
マグナに意見を求められたネスティの言葉にトリスが噛みついた。
「君はバカか? だからこそ、用心しなくちゃいけないってことに決まっているだろう。ただでさえ君達は不用心なんだから、少しは言動に注意したらどうだ?」
マグナやトリスのお人好し具合は用心深いネスティにとって非常に無防備であるように見えるのだ。特に今回のように得体のしれない相手に無警戒に会いに行こうとするなど言語道断だった。
「分かった、分かったって!」
いつの間にか自分も非難されていたマグナは、もう勘弁してくれと言わんばかりに声を上げた。ネスティの小言が嫌がらせで言っているのではないということは理解できるが、それでも毎日のように聞かされたらさすがに嫌気が差してくる。
「……それで、これからどうするんです? あの人の言葉が本当か確かめるんですか?」
今度はレシィが少し不安そうな顔で聞いてきた。バージルの言葉の真偽を確かめるなら多少の危険があるかもしれないと思っているのだろう。
「いや、それは難しいだろう。昨日戦ったガレアノは死体も見つからなかったし、レイムという男もどこにいるか分からないんだ」
「なら、デグレアってところに行ってみるかぁ?」
ネスティに続き、バルレルがニヤリと笑いながら言った。
「我々ノ戦力デ敵性都市ヘ潜入スルノハ無謀デス」
「そうだろうな。それにわざわざ敵の本拠地まで行くなんてリスクが大きすぎる」
レオルドの言葉にネスティが賛成した。この二人に反対されてはさすがにバルレルもそれ以上、デグレアに行こうとは言い出さなかった。
「なら、とりあえずはこれまで通りにアメルの言ってた村を目指すってことだよな?」
「ああ、そういうことだ」
元々昨日にファナンを出発したのもその村に行くつもりだったのだが、急に降ってきた雨を避けるためにスルゼン砦に立ち寄ったために巻き込まれてしまったのだ。
マグナ達が話を進めている間、アメルはずっと黙りっぱなしだった。それを心配してか、ハサハが彼女に声をかけている。
「アメルおねえちゃん……げんき、だして……」
「うん、ありがとう……」
そうは言うもののアメルは先ほどバージルに言われた言葉がずっと気になっていた。彼はアメルの力を天使のものだと断言していたが、アメルがそれについて考えると不安な気持ちになった。知りたいけど知りたくはない、そんな相反する二つの想いが混在し彼女を不安にさせていたのだ。
そしてその気持ちは、彼女が自分の出生を知る時まで抱き続けることになり、結果的にバージルの言っていたことは正しかったと証明されることになったのである。
次回は3月26日(日)に投稿予定、久しぶりにアティ先生が登場します。
ご意見ご感想お待ちしています。
ありがとうございました。