Summon Devil   作:ばーれい

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第47話 一時の安穏の中で 後編

 ファナンでの生活の拠点となっているモーリンの家で、マグナは深呼吸するように両手を大きく広げた。

 

「はぁー」

 

 そしてこれまでの疲れを吐き出すように大きく息を吐き出す。昨日の悪魔との戦いからマグナは休む暇なくずっと動き続け、夜が明けるころようやく眠りに就くことができ、それから昼過ぎの今までぐっすり寝ていたのだ。

 

 戦いが終われば、すぐ休めるなど夢物語に過ぎない。特に今回は負傷者が少ない代わりに、夥しい数の死体が残されていた。全て黒の旅団の兵士達のものだ。

 

 黒の旅団とはこれまで何度も戦った間柄であり、親近感など抱けるわけはないし、兵士ではないマグナ達が死体の処理までする必要などないのだが、それでも死体で埋め尽くされた光景を見て関係ないと言えるほど、彼らは酷薄ではなかった。

 

 昨日の戦いの戦死者は、大多数を黒の旅団の兵士が占めており、その他にはファナンの正門を守っていた金の派閥の兵士が戦死したくらいだ。幸いマグナ自身は多少のかすり傷を受けた程度で済み、彼の仲間も多少の傷を負った者はいても、命に関わるような大怪我をした者はいなかった。

 

 ただこれはあくまでも結果に過ぎない。もしもバージルの助けがなく、あのまま戦い続けていれば、きっと全員で生き延びることなどできなかっただろうと、今になってマグナは思うのだ。

 

 実際、最初の内はまだ多少なりとも余力があったため、連携し合えば身を守ること自体は決して難しくはなかった。それでも体力にしても魔力にしても、無尽蔵ではない。いずれは尽きるものだ。そうなってしまえば、もはや身を守ることすらできないのである。

 

 あの時、バージルが現れたことは本当に幸運だったのだ。

 

「あの人、本当に人間なのかな……」

 

 バージルの戦う姿を思い出しながら呟く。ガレアノ達サプレスの悪魔を怯えさせていたことからも強いことは分かっていたが、実際に彼が戦うところを見ると、遠くから見ていても分かるほどの異常な強さを感じた。

 

 きっとどんな召喚獣、いや、存在であろうとも彼には勝てない。バージルにはそう思わせるだけの何かがあった。

 

 だからこそマグナはバージルが人ではない存在であると思ったのだ。

 

「……まあいいか」

 

 しかしあっけなく思考を放棄した。たとえバージルが何者であろうと自分たちを助けてくれたことには変わりない。少なくとも今はそれだけでいいと思えた。

 

「時間もあるし、釣りでも行こうかな」

 

 少し庭をぶらぶら歩いたマグナは何となくそう思った。他のみんなは飲食店街まで食事に出かけたり、いつものように稽古をしたりと各々の時間を過ごしている。ただシャムロックだけはルヴァイドら黒の旅団の生き残りと共に、金の派閥まで出向いているらしいが。

 

 マグナは物置にある釣竿を手に取ると海へと向かった。ゆっくり歩いて顔に当たる潮の香りを楽しむ。こればかりはゼラムいては味わえないものなのだ。

 

 しばらくして、いつも彼が釣り場にしている場所が視界に入るが、そこには人の姿があった。

 

「誰だろう? 珍しいなあ」

 

 マグナは何回もこの場所で釣りをしたことがあるが、誰かがいたことは一度もなかった。ましてや昨日は街中も戦場になった。はっきり言って今のファナンは呑気に釣りをできる雰囲気ではない。

 

 しかし、そんなことなど全く気にしないマグナは、釣り人の隣に腰かけ同じように釣りを始めた。

 

「釣れますか?」

 

「いや、全然」

 

 マグナの興味本位の質問に釣り人は苦笑しながら答え、さらに言葉を続けた。

 

「実は釣りは二の次で、少し考えごとをしていたんだよ」

 

 話してみると釣り人は随分と若い。自分よりも少し上くらいか、とマグナは思った。

 

「それなら一緒ですね、実は俺もなんとなく来ただけで……」

 

「はははっ、なんだよそれ」

 

 釣り人が声をあげて笑う。笑うと思ったよりも子供っぽく見えた。

 

「ハヤトっていうんだ、そっちは?」

 

 ひとしきり笑った後、釣り人は名前を名乗った。

 

「俺はマグナです。見ての通りの召喚師をやってます」

 

「召喚師、ってことは金の派閥の?」

 

 この街で召喚師といえば、まず思い浮かぶのは本部のある金の派閥だろう。そのためハヤトがそう尋ねたのは、おかしいことではない。

 

「いや、一応、蒼の派閥の所属で……」

 

 マグナは歯切れの悪い答えを返した。派閥からはほとんど追放同然で、修業を兼ねた視察の旅を命じられたのだ。形式上は蒼の派閥に所属しているとはいえ、任務の途中報告すら行っておらず、自信を持って蒼の派閥の召喚師を言えるかというと微妙なところだ。

 

「蒼の派閥かぁ……なら、ギブソンとかミモザって知らないか? 一年前に出会ったんだけどさ」

 

 その言葉でマグナは、以前に派閥の先輩であるギブソンから聞いた、サイジェントでの無色の派閥の乱のことを思い出した。

 

「もしかして一年前に先輩たちと一緒に戦った人ですか!?」

 

「そうだよ。……って、マグナはあいつらの後輩になるのか。二人は元気だった?」

 

 意外な関係にハヤトは感心しながら頷きながら尋ねた。

 

「ええ、元気ですよ。何でも今は召喚師の失踪事件について調べているみたいで、毎日調べ物してますよ」

 

 マグナの言葉にハヤトは安心したように「ならよかった」と笑顔を浮かべた。やはり仲間が元気にしているのは嬉しいことだ。

 

「それでマグナはどうしてファナンに?」

 

「……えっと、離せば少し長くなるんですけど……」

 

 ハヤトの疑問にマグナは一瞬、話すべきか迷ったが、やはり彼が、尊敬する先輩の知り合いだということで全て話すことにしたのだ。

 

 彼が話している間、ハヤトは真面目な顔で聞いていた。

 

「そうか、それでデグレアと戦ってたら悪魔が……。なあ、もし、ヤバイことになりそうだったら言えよ、俺も力になるから」

 

 旧王国のデグレアに、聖女に、悪魔と、どうやらマグナは相当深刻な状況に陥っていたらしい。おまけに昨夜はその悪魔と戦っていたらしく、それを聞いたハヤトは無意識の内に助力を申し出ていた。

 

「……そうですね。その時はお願いします」

 

 そうは言ったものの、さすがに知り合ったばかりの人を、危険な目に遭うのが分かっていることに巻き込むつもりはなかった。

 

「あの、あなたはどうしてファナンに来たんです?」

 

 ふと不思議に思ったマグナは尋ねた。

 

「ああ、それは――」

 

「マグナ! そこにいたのか! すぐ戻ってきてくれ!」

 

 ハヤトがそれに答えてようとした時、遠くからネスティがマグナを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「その話、今度聞かせてくださいね。できれば一年前の話と一緒に」

 

 自分を呼ぶ声に、マグナは早口で告げた。それを聞いたハヤトは苦笑しながら答えを返した

 

「わかった。しばらくはここいるからさ、また今度話をしよう。……さあ、早く行った方がいいよ」

 

 ハヤトはマグナの背を叩きながら言った。それを受けたマグナは急いで釣竿を片づけると立ち上がり、口を開いた。

 

「それじゃあ、また会いましょう。ハヤト先輩!」

 

 先輩という言葉に驚いて目を白黒させるハヤトを尻目に、マグナはそう言ってネスティのもとへ走っていった。

 

 それでも聞こえなくなるほど離れる前にハヤトはそう声を上げた。

 

「また会おうな、マグナ!」

 

 まだ話してから大して時は経っていないが、二人は互いのことを気の置けない友人のように思っていた。

 

 砂浜を走っていくマグナを見届けたハヤトは釣竿を片づけた。今回はボウズだったが、別な分野では収穫があったのだ。

 

「さーて、悪魔との戦いに備えて飯でも食べに行くかな」

 

 ハヤトはファナンに残ることにしたのだ。

 

 そう決めたのはマグナとの会話が影響したのは間違いない。しかし、よくよく考えてみると心の底ではファナンに残りたいと思っていたのだ。

 

 しかしその想いは、バージルがいるから自分はいる必要などない、むしろ早くゼラムに行って悪魔出現の原因を探るべきだという、一見すると合理的な考え方によって抑えられおり、踏ん切りがつかなかったのだ。

 

 何のことはない。少しだけ背中を押してくれるような、この街に残るための理由が欲しかったのだ。それがマグナとの約束になったのはただの偶然に過ぎない。しかしハヤトは、マグナとの出会いがそれだけの意味では終わらないことを何となく悟っていた。

 

 

 

 

 

 ハヤトとクラレットが今日の宿としたのは、バージル達が宿泊している宿屋だった。アティからの紹介もあり、比較的安価だったのでここに決めたのである。

 

 ハヤトは自分の部屋に荷物を置くなり、すぐに出かけて行った。きっと彼はどこかでファナンに残るか否かについて、悩んでいるのだろうとクラレットは思っていた。

 

 それでも彼女が何もしないのは、ハヤトが一人で出かけたからだ。もし彼が誰かの意見が欲しいのであれば、まず自分の部屋に来るだろう。

 

 彼女にはこの世界で、最もハヤトのことを知っているのは自分だという自負がある。付き合いもガゼルたちと並び最も長く、ハヤトの故郷に行った時は彼の両親から子供の時の話を聞かされもしたのだ。

 

 だからこそ、今のハヤトには必要なのは考えを深めるための意見ではなく、決断するためのきっかけだというくらいクラレットは理解していた。

 

「ハヤト……」

 

 荷物を整理しながら名前を呟く。ハヤトに必要なことを理解していても、一緒にいたい、何かしてあげたいという気持ちが収まることはなかった。頭と心は別なのだ。

 

 ふと視線が首から下げているペンダントに向いた。ハヤトからプレゼントされた彼とお揃いのものだ。クラレットはこれを肌身離さず身に着けていた。

 

「私も何かプレゼントできればいいんですけど……」

 

 そういえばハヤトと出会ってから一度も贈り物をしたことはなかった。彼がペンダントをくれたように、自分も何かプレゼントしたいと思うのは普通の感情だろう。

 

 しかし、これといったものは何も浮かばない。あまり高いものではハヤトも遠慮してしまうだろうし、だからといって安物を贈る気になどなれない。

 

「先生に聞いてみようかな……」

 

 アティなら何かいいアドバイスをもらえるかもしれないと思ったクラレットは、彼女の部屋に行くことにした。

 

 自分から廊下に出る。そこでクラレットはバージルが階段を下りて行くのが見えた。どこに行くかは分からないが、アティが一緒ではないのできっとまだ部屋にいるだろう。

 

 そうして、アティの部屋の前まで行き、ドアをノックする。

 

「はーい」

 

「すいません。ご相談したいことがあるんです」

 

 部屋に入ったクラレットはそう言って、アティに事情を説明した。とはいえさすがにハヤトへの贈り物というのは気恥ずかしさもあって、そこははぐらかして伝えた。

 

「う~ん、贈り物かぁ」

 

「はい、何かありませんか?」

 

 アティは唸って考え込んだ。そのまましばらく悩んでいたようだが、ようやく何か思いついたのか口を開いた。

 

「お菓子とかどうかな?」

 

「お菓子、ですか?」

 

 お菓子自体はクラレットも候補の一つとして思い浮かんだことがある。しかし作ったことはおろか、作り方すら知らないのだ。

 

「うん、これならあまりお金もかからないよ。……あっ、それに作り方なら教えられるし。……といっても、私も複雑なものは作れないけどね」

 

「そうですね。……教えていただいてもいいですか?」

 

 多少の手間はかかっても、これならハヤトも気兼ねなく受け取ってくれるだろうと思ったクラレットはお菓子を作ることにした。

 

「それじゃ、まずは材料を買いに行きましょう」

 

 善は急げと二人は街中へお菓子の材料を買いに出かけるのだった。

 

 

 

 幸いお菓子に必要な物は生きるのに必要な食料品であるためか、簡単に手に入れることができた。そうして町を見て回って気付いたのだが、下町でもだいぶ人が少なくなっている様子だった。レイムの流した噂だけではなく、現に悪魔が襲来したという事実が、住人の間に広まっている証拠だろう。

 

「うん、飲み込み早いね。これなら簡単なものならもう一人でできるんじゃないかな」

 

 必要な物を手に入れたクラレットは宿の厨房を借りてアティからお菓子の作り方を教わっていた。生来真面目で落ち着いた性格であることもあってか、こうした繊細さを要するお菓子作りは性に合っているようだ。

 

「そんなことありません。まだまだです」

 

 アティの言葉を否定する。しかしクラレットの言葉とは裏腹に彼女の手際の良さは、とても始めて一日の素人のものとは思えない程だった。

 

「そんなことないよ。これならハヤト君へのプレゼントもすぐできるよ」

 

 その言葉が耳に入った途端、クラレットの顔が赤く染まった。そして彼女にしては珍しく焦りながら言い放った。

 

「わ、私、ハヤトへのプレゼントなんて言いましたっけ!?」

 

「あれ、違うの? 私はてっきりそうだと思っていたんだけど……」

 

 首をかしげながらアティが言う。どうやら彼女はからかいの意を含んで言ったのではなく、純粋にそう考えて言っただけのようだ。

 

「……ち、違わないです。いつも貰ってばかりだから、私も何かしてあげたくて……」

 

 恥ずかしそうにしながら小さな声で言った。

 

「大丈夫、心を込めて作ればきっと喜んでくれるから」

 

 アティは優しげな顔で穏やかに言った。このあたりはさすが教師をるだけはある。

 

 クラレットはそれを聞いてこくりと頷いた。

 

「あの、もう一つ伺ってもかませんか?」

 

「どんなこと?」

 

「……お、お二人はその、どちらから告白したんですか?」

 

「え? ……ち、違うの! 私とバージルさんはまだ付き合っていません!」

 

 一瞬、言葉の意味を理解できなかったアティだったが、一拍置いて意味を理解したとたん赤い顔で必死に否定した。

 

 クラレットにしてみれば今後の参考に、と思い気恥ずかしさに耐えながら聞いたのだが、帰ってきた言葉は、恋人同士ではないという答えだった。

 

「……あの、恋人でもないのに同じ部屋で寝泊まりして大丈夫ですか?」

 

 アティは同性のクラレットから見ても相当の美人だ。特にプロポーションに関しては同性の自分から見ても羨ましいくらいだ。そんな彼女がいくら長い付き合いとはいえ、男であるバージルと同じ部屋とはいささか危機感が足りないのではないか。

 

「そ、それはっ……! そう、島では一緒に暮らしていたから、それでなの!」

 

「え? ど、同棲しているんですか?」

 

 同じ島に住んでいるということは聞いていたが、まさか一つ屋根の下で暮らしているとは思っていなかったため、思わず聞き返した。一応クラレットもハヤトと同じ建物で住んではいるが、他のフラットメンバーも一緒のためアティとは事情が違うと考えていた。

 

「そうじゃな……、いや、そうなんですけど……。と、とにかく私とバージルさんはまだお付き合いしていません!」

 

 墓穴を掘りまくったアティは、とにかく否定した。そこには先ほど教師らしい凛とした姿はどこにもなく、年甲斐もなく慌てた情けない姿を晒していた。

 

 

 

 

 

 宿泊した部屋を出たバージルは、人通りが少なった大通りを横切りながら歩いていた。目的地は波止場だ。そこである人物に会うことになっているのだ。

 

「待たせたようだな」

 

 波止場に到着したバージルは、すぐに目的の人物を見つけることができた。今は船が停泊していないため、波止場にいる人自体ほとんどいないというのも理由の一つだが、それ以上にその人物が波止場で働く者は着ないような、特徴的な服を着ているというのが第一の理由だった。

 

「いえいえ、私も今来たところですよ。……ってこれじゃデートの待ち合わせみたいですね。先生に怒られちゃいます」

 

 そう軽口を叩いたのはパッフェルだ。今回バージルが波止場まで足を運んだのは、彼女から話を聞くためだった。

 

 そもそもここに来ることになったのは、宿の女将から自分に宛てられた伝言を聞いたからだった。それによると、どうやらパッフェルはバージル達が、金の派閥へと出かけている間に一度訪ねてきたらしいのだが、不在だったため言伝を頼んだようだ。

 

「それにしても、わざわざ来ていただけるとは思っていませんでしたよ」

 

 パッフェルは別に来てもらえなくとも、また改めて尋ねるつもりだったのだ。

 

 しかし彼女がここまで呼びつけたのは、話の内容が他人の耳に入ることは避けたい類のものであるため、今の波止場のような、人が少ないところで話したかったのだ。もし、パッフェルが最初に宿に行った時にバージルと会えていたとしても、ここまでご足労願っていたことだろう。

 

「暇だったのでな」

 

 バージルがリィンバウムに姿を現すのを待っている悪魔の親玉――すなわちサプレスにいるはずの魔界の悪魔は、いまだ影も形もなかった。その配下と思われる悪魔は今も、トライドラを中心に存在しているにもかかわらずだ。

 

 一応、現れた悪魔はいまもトライドラに留まっているため、何らかの命令を受けていると考えられるが、いい加減ただ待つのも面倒になったため、バージルは待つのは明日の朝までと決めた。それまで待って何も動きなければ、悪魔を殲滅するために動くつもりなのだ。

 

「なら私は運がいいですね~、昨日も助けてもらっちゃいましたし」

 

 そういえば昨日の街中でのいざこざの時も、悪魔との戦いのときもパッフェルはマグナ達と共に戦っていた。

 

 彼女が完全な善意で協力しているとは考えられないため、金で雇われているか、エクスの命令で行動を共にしているかのどちらかだろう。彼らが蒼の派閥の機密情報に関する人物であることは禁書の記述からも明らかであるため、後者の可能性が高いかもしれない。

 

「確かに運はいいようだ。あの時、もう少し俺の近くにいたらまとめて斬っていただろうからな」

 

「あはは……、冗談でも笑えませんてばぁ」

 

 くすりともせずに言ったバージルの言葉を、パッフェルはできるなら冗談だと信じたいところだった。

 

「……冗談だと思っているのか?」

 

 声も表情も先ほどから変わらず、いつも通りだった。それでもパッフェルは背筋に冷たいものを感じた。きっと無意識の内にバージルが本気だったということを悟ったのだろう。

 

「そんな凄まないでください……、私、泣いちゃいますよぉ」

 

 もちろん彼女の言葉は冗談なのだが、ずっと前に島で戦った時のことを思い出して、体が震えたのは事実だ。パッフェルにとってバージルと戦ったことは、半ばトラウマになっているのだ。

 

 そしてバージルは、そろそろ本題に入ろうと口を開いた。

 

「……それで? わざわざこんな話をするために呼んだわけではないだろう」

 

「ええ、まあ。ちょっとこっちの情報をお知らせしておこうと思いまして」

 

 どんな情報であれ全くの無駄ということはないだろう。とりあえず聞いておいて損はなさそうだ。そう考え先を促した。

 

「ファミィ議長は自身が兵を率い、ゼラムを出発した騎士団と合流して大平原に防衛線を引くようで、エクス様もそれに協力するみたいです」

 

 これは大平原で戦うという意思表示で間違いない。街を戦場にしたくないという考えは理解できるが、正面切っての会戦となれば数が勝敗を分ける重要な要素となるが、正直なところ、悪魔以上の数を揃えるのは難しいと言わざるを得ない。

 

 おそらくエクスやファミィあたりは、その戦力差を召喚術で埋めようと考えているのだろう。街を戦場にしないのはこのあたりも関係しているのかもしれない。街を戦場にすれば建物の一つ一つが防御陣地として機能するメリットはあるが、召喚術のような大規模な攻撃は効果が薄くなるのだ。

 

「ふむ……ならば北か西だな」

 

 大平原に布陣する者達に邪魔されたくないのであれば、トライドラの北か西、すなわちデグレア方面かサイジェント、帝国方面で待ち構えればいいだろう。もしも大平原方面にしか動かないのなら、邪魔をされるのも承知で戦うつもりでいるが。

 

 とはいえ、それは悪魔が動いた場合の話だ。今のままトライドラ周辺でかたまっているのであれば、そのまま攻め込めばいいだけだ。

 

「あの、もしよければどうするか教えていただけませんか? 私たちもあなたの攻撃に巻き込まれたくはないですし……」

 

 至極もっともな話だ。バージルとしても邪魔が入らないようにできるのであれば、自身の行動を教えるのにためらいはない。

 

「……悪魔が動くなら北に行く」

 

 デグレア方面を選択したのは、最近行ったことがあったからで、それ以上の理由はない。それに状況が変わればこの言葉に拘るつもりは全くなかった。

 

「北、ですね。わかりました!」

 

 しっかり記憶できるように呟いたパッフェルは、大きな声でお礼を伝えると踵を返して、街の中の方へ消えて行った。

 

 バージルの視線は彼女を見ているようで、実はその方向にいる悪魔の大軍勢に向けられていた。

 

「さて、どう動いてくるか……」

 

 悪魔に問い掛けるように呟く。タイムリミットは明日の朝。それまでの間に悪魔がどう動くか、バージルはその動きを見逃さぬように、より一層悪魔に注意を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は6月11日(日)に投稿予定です。

ご意見ご感想等お待ちしてます。

ありがとうございました。

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