Summon Devil   作:ばーれい

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第04話 結界と魔剣

 無限界廊。その最深部で最後の敵を倒したバージルは、油断なく周囲を探っていく。物音一つしないこの空間に隠れている存在を見つけるために。

 

 しばらくそうやって辺りを注意深く調べるが、何も見つからない。さきほどまで戦っていた相手の残留する僅かな魔力を除き、なんの力も感じない。どうやらお目当ての存在である悪魔はいないようだった。

 

(無駄足だったか……)

 

 心中で呟きながらバージルは、もうここには用は無いとばかりに出口へ向かっていった。

 

 ここ最近、バージルはほぼ毎日のように無限界廊の中を探索していた。彼の力なら、ただ進んでいくだけであれば二日もあれば余裕を持って最下層まで辿りつくだろう。しかし、そうしなかったのは先程までしていたように、戦闘終了後に辺りを念入りに調べていたからだ。

 

 もしかしたら、ギルガメスを手に入れた空間と似たような場所があるかもしれない。バージルはそのように考えていたのだ。しかし現実にはなにもなく、全くの骨折り損だったが。

 

 無限界廊から出た時には、既に空は赤く染まり夕方になっていた。バージルはメイメイに戻ったことを伝え、船に戻ることにした。

 

 船への帰路でアティやカイル達にばったり会った。彼女達の服には砂埃がついており見るからに疲労していたので、なにやらひと悶着あったのは間違いないようだ。

 

 カイルの話によると、アリーゼが帝国に捕まってしまい、彼女を助けるために先程まで戦っていたのだという。なお、バージルを呼ばなかったのは、無限界廊まで呼びに行く時間がなかったためだという。

 

最もバージルはまったく構わなかった。つい先日は、島の畑を荒らす泥棒を捕まえるというバージルにしてみれば至極どうでもいいことに付き合わされ大いに迷惑したのだ。ちなみにその泥棒は、カイル達と同業者にして顔見知りのジャキーニ一家という海賊だった。

 

 幸い彼らはバージルの殺気にあてられたのかすぐに降参したため、閻魔刀で切り刻まれることも、ギルガメスでミンチにされることもなかった。今は罰として、ユクレス村で農作業に従事している。

 

「そういやよ、昨日ジャキーニから気になることを聞いたんだが……」

 

 前置きしてカイルが話したのは、ジャキーニ達が船でこの島を出ようとするたび、嵐が発生してこの島に戻されてしまうということだった。それが正しいとすれば船が直っても、この島から出ていくことができないことを意味している。

 

「結界か?」

 

 バージルの疑問にヤードが答えた。

 

「現時点では何とも言えませんが、おそらくは……」

 

「……そうか」

 

 当面の目的を、この島から出ていくこととしているバージルにとっては非常に不都合な話であり、まずはその真偽を確認しなければならないだろう。

 

 

 

 

 

 その日の夜、バージルは砂浜から海を眺めていた。無論、ただ漠然と眺めていただけでない。意識を集中し、この島に張り巡らされていると思われる結界を探っているのだ。

 

「面倒だな……」

 

 確かにヤードの推測通り、この島の周囲には結界が張り巡らされているようだった。だが、それを発生させている源の位置は分からなかったのだ。

 

 それでもバージルだけ通り抜けるならば、その時に結界を閻魔刀で斬るなり魔力で吹き飛ばすなりして一時的に無効化すればいいし、最悪でも嵐の中を突き抜ければいい。

 

 もっともそれができるのは陸上での話だ。船で抜けるとなれば話は違ってくる。結界を無効化するにしても船が通り過ぎるまで無効にできるとは限らない。嵐の中を突き進むのはジャキーニという失敗例があるので論外だ。

 

(やはり根本から断つしかないか)

 

 結論を出し船に戻るため踵を返した時、不意に声を掛けられた。

 

「あれ、バージルさんじゃありませんか?」

 

 バージルは声をかけてきたその存在が近くにいることを魔力で感じ取っていたのだが、声をかけられるとは思っていなかった。彼の知るその人物は寡黙であり、無駄な会話をほとんどしないからだ。

 

 しかしかけられた声はバージル思っていた声ではなく、女性の声だった。

 

「…………?」

 

 不思議に思い振り向くとそこにいたのは、薄い青と白の二色で彩られている少女だった。

 

「……ファルゼンか?」

 

 バージルに声をかけた少女は霊界の護人ファルゼンとは似ても似つかない。しかし、彼の感じた魔力はファルゼンのそれと全く同じだった。

 

「あれ、どうしてわかったんですか? これでも普段は隠しているんですけど」

 

「魔力、いや貴様らの言い方だとマナ、か。……いずれにせよそれが同じだ」

 

「そんなことまでわかっちゃうんですか、凄いですね~」

 

「……それで、俺に何か用でもあるのか、ファルゼン?」

 

「できればこの姿の時はファリエルって呼んでくれませんか? もう他にそう呼んでくれる人もいませんし……」

 

「…………」

 

 どんどん話を進めていくファリエルに、バージルは呆れたように無言で彼女を眺めていた。

 

「あっ、ごめんなさい。私ったら一人で勝手に話を進めちゃって。……えっと、それでとくに用事はないんですけど、偶然見かけたから話しかけただけなんです」

 

「そうか」

 

 用がないのならばこれ以上話を続ける必要もないと判断し、バージルは船に戻ることにした。

 

「あの、できればこのことは他の人達には黙っていてもらえませんか」

 

「わかった」

 

 振り向かず短く返した。ファルゼンの正体が誰であろうと彼にとってはどうでもいいことなのだ。

 

 そもそも正体を隠しているのなら、先程のように誰かに話しかけるようなことはすべきではないとバージルは思っていた。完璧主義の彼からすれば正体が露見する危険性があることは必要な時を除き極力すべきでないのだ。

 

 そんなことを考えながら船に向かって歩いていった。

 

 

 

 

 

 翌日、バージルはこの島の結界について話すためにヤードの部屋を訪れていた。彼の部屋もバージルと同じように客室であるらしく、基本的な間取りは同じだった。ただ、机の上や小さな本棚には本が所狭しと置いていあった。

 

「やはり、結界でしたか」

 

「……ここは召喚術の実験場だったらしいな」

 

 バージルは椅子に座りながら自分の考えを話した。それは、実験場というこの島から召喚獣が逃げ出さないようにするための結界ではないか、というものだった。

 

「そうでしょうね。さらに言えば、外部からの侵入を防ぐ防壁の役割も兼ねているのではないでしょうか?」

 

「その割に多くの侵入者を許しているようだが」

 

 ヤードの推論を否定した。彼の推論が正しければカイル一家や帝国軍、ジャキーニ達がこの島にいるのはおかしいだろう。

 

「いえ、そうとも限りませんよ。私達も彼らもこの島に来た原因は『剣』が巻き起こした嵐が原因でしたから」

 

「つまり、あれには結界を無力化する何かがある、ということか」

 

「はい、……もしかするとこの島は無色の派閥に関係ある施設かもしれません」

 

「無色の派閥……確か、召喚師を頂点とした国家の誕生を目指している集団だったな」

 

 以前カイル達と会ったばかりの頃に聞いた話を思い出したのだ。無色の派閥は目的のためなら手段を選ばず、過激な思想の持ち主が多いテロリストのような集団である。

 

「その通りです。……ただ、この島についてはもっと調べてみないとなんとも言えません」

 

「そうか」

 

 バージルは座っていた椅子から立ち上がった。もう話すことはない。

 

「お役に立てず申し訳ありません」

 

「礼を言う、おかげでやるべきことが見えてきた」

 

 これから為すべきことは島を取り巻く結界の解除。そのためにアティの持つ剣とこの結界ひいてはこの島との関連性の調査だ。

 

(まずはこの島を調べるとするか)

 

 島の調査を優先すると決めたバージルは早速外へ出かけていくのだった。

 

 

 

 

 

 まずバージルが行ったことは、この島の実験施設の場所を探すことだった。結界が檻としての意味があるなら、それを発生させているのも実験施設ではないかと考えたのだ。

 

 そのためにまず、近くにある霊界集落「狭間の領域」と鬼妖界集落「風雷の郷」を回ったのだが、どちらも言い方は別だが教える気はないようだった。

 

 おまけに途中でイスラという記憶喪失の少年を連れたアティに会ってしまい、時間を浪費してしまったのだ。

 

 彼女の話によるとイスラは少し前に海辺で倒れていたところを助け、機界集落「ラトリクス」のリペアセンターで治療を受けていたが、今は気分転換も兼ねて島の中を案内しているとのことだった。

 

 その後もラトリクス、幻獣界集落「ユクレス村」と回ったのだが、やはり色よい返事はもらえなかった。

 

 ならば、とバージルは直接探すことにした。結果的に無駄足になってしまったが、4つの集落を自分の足で回ってみたことでこの島の位置関係をある程度把握することができていた。

 

 まだ調べていない場所で、なおかつそういった施設がありそうなのは、中央部から北部にかけてある山の周辺だけだった。

 

 そう考え山の方を調べると、山の麓の辺り、鬱蒼と生い茂る森の中に建造物を見つけたのだ。それは戦闘で破壊された形跡があり、かつてその場所が戦場であったことがうかがえた。

 

 さらに詳しく調べようとその遺跡に近付いたとき、この場に近付く気配を感じた。

 

 実験施設について各集落に聞いて回った際に住民が何も答えなかったように、実験施設について、ひいてはこの島の過去に付いて、島の住民は触れられたくない部分のようだった。そんな彼らに、見るからに怪しく戦闘の形跡すらある場所を調べている姿を見られるのは得策とは言えない。

 

 そのため、バージルは近付いてきた存在がこの場を離れるまで隠れていることにした。

 

(あれはアティと……アルディラ、だったか)

 

 姿を現したのはラトリクスの護人であり、融機人でもあるアルディラと彼女に案内されるように後ろを歩くアティだった。融機人とは機械と人間が融合した機界ロレイラルの人類である。

 

 バージルは木の陰に身を隠し二人の話を盗み聞くことにした。剣の持ち主であるアティを連れてきたアルディラには、何らかの考えがあるのではないかと思ったのだ。

 

 遺跡の前で立ち止まったアルディラは話し始めた。彼女の話によるとこの建造物は「喚起の門」といい、召喚とそれによって呼び出した召喚獣を使役させるために必要な誓約を自動で行う装置だというのだ。

 

 この門を作った召喚師はより強い力を得るために、喚起の門によって呼び出された召喚獣を使って実験を行った。その挙句、召喚師達は互いに争い自滅した。その際にこの門も中枢部を破壊され制御を受け付けなくなってしまい、現在では偶発的に作動しては何かを呼び出すだけのものになった。

 

 しかし、アティの持つ碧の賢帝(シャルトス)には喚起の門に働きかける力があり、その力を使えば遺跡を正常に戻すことが可能であるという。現に魔力の共鳴現象によって喚起の門が鳴動していた。

 

(やはりこの遺跡と剣は関係があるようだな)

 

 アルディラの話を聞きながら思考を進める。遺跡と関係のある剣の持ち主であるアティをこの場に連れてきた彼女の目的はなんなのか。バージルにはそれが門の制御であるとは思えなかった。むしろもっと個人的な、それこそ他の護人に知られては都合の悪いことなのかもしれない。

 

「うあ、ああああっ!」

 

 突然アティの手に碧の賢帝(シャルトス)が現れ、彼女は悲鳴を上げた。他の者にはただ苦しんでいるようにしか見えないが、バージルには見えていた。喚起の門からアティに魔力が流し込まれているのを。

 

「しかたない、か」

 

 バージルはアティを自分の手で助けることにした。結界を解除できる可能性を持った剣の所持者である彼女を死なせるわけにはいかないのだ。

 

 一応、すぐ近くまでファルゼンが来ているのは先程から感じていたが、彼女があの状態のアティを抑えるとは限らないし、そもそも味方であるという保証もない。最悪アルディラと組んでいる可能性すらある。

 

 一飛びでアティの前に降り立ち、門との繋がりを閻魔刀で切断した。それによってアティの手から剣は消え、いつもの姿に戻った。

 

「あ……バージル、さん……」

 

 アティは自分を守るように、アルディラとの間に立っているバージルの名前を呟いた。

 

「なっ、どういうつもり!?」

 

 邪魔をされたアルディラは悔しさと驚きの入り混じった顔で叫んだ。

 

「こいつに手出しはさせない」

 

 閻魔刀を鞘に納めながら睨み返した。

 

「邪魔するなら容赦しないわ」

 

「愚かな女だ……」

 

 力の差を弁えず戦いを挑むつもりのアルディラを、鼻を鳴らしながら嘲笑しつつ、ギルガメスを装着する。

 

「ダメええええ!」

 

 

 今まさに戦端が開かれそうになっているところへファルゼンが割り込んできた。よほど焦っていたのかその声はファルゼンのものではなく、本来の、ファリエルのものだった。

 

 だが、割り込んできたのは彼女だけではなかった。喚起の門の台座から巨大な蟻のような召喚獣が現れた。それも一体や二体ではなく、少なく見積もっても二十体を超えているだろう。

 

(まあいい、今はあっちを片づけるのを優先すべきか……)

 

 本来ならアティの命を脅かすのならば生かしてはおかないのだが、相手は護人である。今後のことも考慮し、今はアティを助けられただけでも良しとしたのだ。

 

 そしてバージルは新たに敵と見定めた巨大な蟻に向かって悠然と歩いていった。

 

 

 

 

 

 喚起の門から現れた強大な蟻のような召喚獣。その正体は幻獣界の辺境に生息する虫の魔獣ジルコーダである。興奮すると周囲のものを手当たり次第に噛み砕く危険な召喚獣だが、本当に恐ろしいのは餌となる植物がある限り驚異的なスピードで繁殖することである。

 

 そのため、アティ達と護人は協力してジルコーダに対処することにした。陽動が多くのジルコーダを引きつけている間に、巣である廃坑の奥にいる女王を倒すという作戦だ。

 

 そして廃坑の入り口まで来た一行は、ここで陽動を担当する者と別れることになっていた。既に入り口からも見える程ジルコーダは繁殖しており、もはや一刻の猶予もなかった。

 

「それじゃ、そっちは頼んだぜ」

 

 ヤッファがここに残る者に声をかけた。

 

 女王を倒す役目を引き受けたのは、アティにカイル達四人、そして護人のヤッファとキュウマだった。残る護人のアルディラとファルゼン、そしてバージルは陽動である。

 

「ええ、任せてちょうだい」

 

「さあ、行きましょう!」

 

 アルディラの返事を聞いたアティ達は、廃坑の奥へ走って行く。それを阻止せんとジルコーダが向かうが、数歩と動けず息の根を止められた。

 

「…………」

 

 それをしたのはバージルだった。そのまま無言でしばらく幻影剣を放っていると、廃坑から多くのジルコーダが湧いてきた。とりあえずこれで最低限の仕事は果たしたことになる。

 

「それにしても意外だったわ、あなたが残るなんて。てっきり彼女達と一緒に行くと思っていたのだけれど」

 

 召喚術を発動させたアルディラが、機界ロレイラルから呼び出した紅蓮の騎士(フレイムナイト)にジルコーダを焼却させながら、バージルに言った。

 

「貴様には聞きたいことがあるのでな」

 

「…………」

 

 その言葉にジルコーダを強烈な一撃で吹き飛ばしていたファルゼンが、バージルの方に顔を向けた。やはり先ほどの件が気になるのだろう。

 

「あの剣のこと、何か知っているな?」

 

「……なぜ、そう思うの?」

 

 質問に質問で返されることは好きではないバージルだが、ここは相手の動揺を誘う意味も込めて答えてやることにした。

 

「あの門から剣を通じて魔力が流れていたのを知っていて、無関係だと思うはずがないだろう」

 

「っ……!」

 

 アルディラは無表情を保っていたが、一瞬その瞳が揺れたのをバージルは見逃さなかった。

 

「だが、どうしても答えたくないなら仕方ない。あいつの為にもあれは遺跡もろとも破壊するとしよう」

 

 アティの為、などともっともらしいことを言っているが、アルディラの動揺を誘うためのブラフに過ぎない。もっとも、必要に応じて門を含めた遺跡そのものの破壊も視野に入れていることは事実だった。

 

「……そんなこと、させないわ」

 

「ならば知っていることを全て話せ。……少しくらいなら待っても構わん」

 

 時間の猶予をやるなど、バージルにしては随分と甘い条件だが、どうしてもアルディラが持つ情報が欲しいというわけではなかった。ただ、自分の言葉で彼女がどんな形であろう行動に移せば、そこから情報を得られると踏んでいたのだ。

 

「…………」

 

 ファルゼンは二人の会話を黙って聞いているだけだったが、何も感じていないわけはないだろう。ただバージルとしては、アルディラを止めようとしていたため、特に何かするつもりはないはなかった。

 

 そうこう話していると、廃坑の入り口から一段と多くのジルコーダが湧いて出てきた。その光景は虫が嫌いな者がみたら、卒倒しそうな様相を呈していた。

 

「……醜い」

 

 バージルはそう呟くと、廃坑の入り口を封鎖するかの如く、弧を描く様に幻影剣を大量に出現させた。もちろんその切っ先は全てジルコーダに向いている。

 

 無数の浅葱色の剣が一面を埋め尽くすという、ある意味壮観な光景に一瞬目を奪われたアルディラとファルゼンだが、次の瞬間にはその剣はジルコーダを無惨に突き刺さり、肉片へと変えていた。

 

「後は中だけだな……」

 

 バージルが託されたのは陽動という役目ではあるが、そもそもの目的はジルコーダの駆除だ。引き付けた敵を殲滅したのだから、後は中にいるジルコーダを始末していっても文句は言われまい。

 

 そう考えたバージルは、多くの死骸が転がる廃坑の入り口を通り、アティ達の後を追うように廃坑を進んで行く。アルディラとファルゼンは入り口に残るかと思っていたが、手持ち無沙汰となった二人も後ろをついてきていた。

 

 しばらく、無言で進むと開けた場所に出た。かつてはここで有用な鉱物でも採掘していたのだろう。だが今は、ジルコーダの女王とアティ達の戦いの場になっていた。

 

 その戦いも既に佳境で碧の賢帝(シャルトス)を抜いたアティが、女王に魔力による強力な一撃を浴びせていた。

 

「おう、そっちも片付いたみたいだな」

 

「これで一件落着、ですね」

 

 アティと共に戦っていた二人の護人が、戦いが終わったことを告げる。どうやらバージルは一足遅かったようだ。

 

 

 

 

 

 ジルコーダとの戦いが終わり、皆で鍋を囲んで宴会をしていた。これまで良好とは言えなかった島の者達との関係だが、共通の敵を得てようやく改善に向かったのである。

 

 そんな中、バージルとキュウマが酒を飲みながら、話しているのを見かけたカイルが、物珍しさから声をかけた。

 

「お、珍しい組み合わせじゃねぇか、何の話をしていたんだ?」

 

「シルターンの戦闘術について話をしていたのですよ。居合などはバージル殿も使われるようですからね」

 

「へぇ……、そういや俺の使うストラも、元はシルターンから伝わってきたって話を聞いたな」

 

 キュウマの話を聞いて、カイルが昔聞きかじった話を思い出した。

 

「ええ、確かそうです」

 

 今でこそリィンバウムでも使う者が少なくないが、ストラはシルターンの技術なのだ。ただ、それを使うのに理論的な理解は必要ない。技術さえ習得すれば使えるようになるのだ。おそらくそうした特徴が、ストラがリィンバウムでも広まった理由だろう。

 

「なら、お前も使うことができるのか?」

 

「いえ、自分は使えませんよ。シルターンでも習得するのは、徒手空拳で戦う者がほとんどなのです」

 

 バージルの問いにキュウマは苦笑しながら答えた。

 

「なるほどな。ということはさっき言ってた居合も使えないのか?」

 

「私は戦忍ですし、ある程度は使えますよ。さすがに本職には劣りますが……」

 

 話を聞きながらバージルは酒の入った杯を傾け、残った酒を飲み干した。

 

「……少し風に当たってくる」

 

 元より酒には強くないことを自覚しているバージルは、酔いを醒ますために立ち上がった。そして喧騒を離れ一人静かに佇んでいると、そこへアティが声をかけた。

 

「あの……、バージルさん」

 

「なんだ」

 

「遺跡の時は助けてくれてありがとうございました」

 

「ああ……」

 

 アティの礼の言葉に、バージルはぶっきらぼうにそう返した。

 

「あの、どうして助けてくれたんですか?」

 

 彼は自分に敵意のある者には容赦はないが、それ以外には非常に無関心なことはこれまでの共同生活で理解していた。喚起の門の時もバージルには何の害もない筈なのに、どうして助けてくれたのか疑問だったのだ。

 

「お前に死なれては困るからだ」

 

「…………へ?」

 

 たっぷり五秒ほどかけてアティはようやく反応した。もし同じ言葉をカイルやソノラに言われたのならば、こうはならなかっただろう。だが、それを言ったのはアティから見ても、他人を気にかけるような真似はまずしないバージルである。

 

 そんな彼が自分にこんな言葉をかけるなんてまるで―-

 

「え、ええと、あ、あの、それってどういう……」

 

 ――自分のことを特別に想ってくれているんじゃないか。そんな風に考えてしまった。

 

「言葉通りだ」

 

「つ、つまり、その、バージルさんは――」

 

 彼の真意を確かめようとするが、その言葉を最後まで言うことはできなかった。

 

「おーい、二人ともそろそろ帰るよ~」

 

 宴もお開きなったようでソノラが呼びに来たのだ。

 

「ああ」

 

 バージルは短く返答し戻っていった。

 

「あれ、先生顔真っ赤だよ。お酒飲み過ぎたの?」

 

 顔がこれまでにないほど紅潮したアティを心配したのか、そう問いかけた。もちろん正直に答えられるわけがない。

 

「だ、大丈夫です!」

 

 慌てて歩き出す。

 

 アティは先程までの自分の言動を振り返って、顔から火が出る思いだった。彼のことだから、きっと自分が思っていたような意味で言ったのではないのだろう。それなのに早とちりして、あんなことを口に出そうとしていた少し前の自分を叱ってやりたかった。

 

 しかし、彼女の中にはさきほどの言葉に期待してしまう部分もあった。

 

(もし、ほんの少しだけでも私のことを考えてくれてたら……)

 

 そこまで考えてはっとなり、頭をぶんぶん振ってその想いを追い払おうとする。その横でソノラが不思議そうな顔をしながらが見ていた。

 

 結局、彼女の顔の紅潮は船に戻るまで取れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は戦闘はカットしてバージルのこの島での目的、そして剣と遺跡の秘密に迫る部分を中心に描きました。

なにしろバージルの性格を考えると、戦闘では特別な理由がない限り相手を殺すでしょうし、なかなか序盤の敵と戦わせるのは難儀なのです。

それはさておき、最後まで読んでいただけたのなら幸いです。

ありがとうございました。



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