Summon Devil   作:ばーれい

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第52話 真魔人

 真魔人と化したバージルの魔力はあまねく世界に広がった。

 

 そして境界すらも飛び越え、人間界にまで到達した。

 

 ダンテがそれを感じ取ったのは、いつものように事務所の机に足を乗せ、オリーブ抜きのピザを食べていた時だった。

 

「……ッ!」

 

 魔力の波動が体を駆け巡る。突然の衝撃にダンテは手にしたピザを床に落としてしまった。

 

 落ちてしまった大好物をそのままにダンテは、まるでそこに答えがあるかのように、じっと宙を見つめた。

 

 それとほぼ同時に彼の体は、魔力に呼応して魔人のそれへと変じた。既に父スパーダを超えているとすら言われる、伝説のデビルハンターのもう一つの姿がそこにはあった。

 

 一瞬の後、魔人の姿から戻ってもダンテの視線は宙に浮いたままだった。

 

「バージル……」

 

 ダンテの知るバージルなら、今のように魔力を放つことなどありえない。無駄な力を使うところは合理的な兄にとって、なにより忌むべきことであるからだ。

 

 もちろん魔帝クラスの存在が相手であるときや、示威目的であればそれもあり得るだろうが、少なくともダンテは、それはないだろうと思っていた。

 

 同じ血を引くためかダンテには魔力に込められた魂の叫びが聞こえていたのだ。それは強い怒りの感情だ。誰だか知らないがどこかの馬鹿が、よりにもよってあの兄を激怒させたのだ。

 

 経緯はどうであれこうなってしまっては、もはやその「誰か」はおしまいだ。今のバージルを止められるほどの存在など、自分以外に存在するわけがない。

 

「ま、元気そうでなによりだな」

 

 ニヤリと笑ってふてぶてしい表情を浮かべたダンテは、あっけらかんと言ってのけた。一応、魔帝との戦いの際に兄の生存は知っていたのだが、あれ以来何の音沙汰もなかったのだ。それが今も生きているということが分かったのだから、それだけでもダンテにとっては大きな収穫だったのだ。

 

 そしてそのまま、先ほどよりも上機嫌な様子で、ピザの箱に手を伸ばした。

 

 しかし、そこに彼の大好物は一つとして残っていなかった。

 

「Oh...」

 

 どうやら先ほどの衝撃で落としてしまったピザが最後の一枚だったようだ。

 

 それからしばらくの間、事務所の中ではこの落としたピザを食べるかどうかで、真剣に迷うダンテの姿が見られたという。

 

 

 

 

 

 同時刻、同じく人間界の「フォルトゥナ」という都市にある「Devil May Cry」の看板を掲げた事務所で、そこの主にして若きデビルハンター「ネロ」が銃の手入れをしていた時のことだった。

 

 ネロはふとその手を止めた。右腕が薄く光を放ち疼いたのだ。

 

「…………」

 

 無言のまま腕を見つめる。不思議な感覚だった。彼の右腕は近くに悪魔がいるとき決まって疼くのだが、今回はどうもいつもとは違う気がする。体から力が際限なく湧き上がるような感覚がある。おまけにどことなく優しさすら感じた。

 

 まだまだ年若いネロだが、これまで多くの悪魔と戦ってきた。しかしその中で今のような反応をした相手はいない。あのダンテでさえも普通の悪魔と大して変わらぬ反応だったのだ。

 

「どういうことだ?」

 

 ほどなくして右腕の疼きも光も消え失せた。一体、今感じたのは何なのか。少なくとも悪魔が近くにいるというわけではないだろう。時刻はまだ夕方にも早い時間帯だ。事務所の周りにもフォルトゥナの市民がいるはずだ。そんな状況で、ネロの右腕が反応する距離に悪魔がいれば、大きな騒ぎなることは間違いないのである。

 

 しばしの間、腕を見つめるが二度と同じ反応をすることはなかった。

 

「やれやれ、原因不明っていうのは、いい気はしねえな」

 

 皮肉交じりに呟く。こうした人知を超えた事象の大本は、自身の中に流れるスパーダの血によるものなのは間違いない。別にスパーダを恨んでいるわけでも、自身の境遇を嘆いているわけでもないが、悪魔退治の中でスパーダを親の仇のように憎む悪魔と戦った時なんかは、どこか尻拭いをさせられているような感じがして、あまりいい気はしないのだ。

 

 とはいえ、今回に関しては不思議と嫌な感じはしなかった。きっと先ほど感じた優しさのせいだろう。

 

 実はそれを感じ取ったのは初めてではない。まだ今のように右腕が変わる直前、キリエを守るために悪魔と戦い負傷した日に見た夢。それに出てきた男の言葉から先ほどと同じような優しさを感じたのだ。

 

 もしかしたらその男が実在して生きているのかもしれない。

 

 そして、もしそうなら会ってみたい、ネロはそう思っていた。その出会いが自分にとって大きな意味があることを半ば確信しながら。

 

 そして数年後に二人は出会うことになる。ただし、その場所となるのは人間界ではないのだが。

 

 

 

 

 

 バージルが真魔人へと姿を変えた余波は、他の戦場にも多大な影響を齎そうとしていた。

 

 エクスの頼みを果たすため、そして何よりかつて共に戦った「王」との約束を守るため、メイメイは正門を守りながら戦っていた。それには少し前にここに来たポムニットと、ミントも協力していた。

 

 とはいってもゼラムに現れた悪魔の数はそれほど多くなかったようで、ひとしきり戦うと打ち止めとなったのか、悪魔はめっきり現れなくなったのだ。

 

 そうして、ようやく一息つけると思っていたところで、あの魔力を感じたのだ。

 

「これは……随分と大盤振る舞いねえ……」

 

 メイメイは冷や汗を流しながら呟いた。彼女は相当に古き時代より生きているが、これほどの力を感じたことは一度としてない。しかしそれ以上に気にしていたことは、この魔力にリィンバウムという世界が耐えられるか、という点だった。

 

 世界とは風船のようなものだ。それ故、魔力という名の空気を送り込み過ぎれば容易く破裂してしまうのは自明の理だ。さすがにすぐさま崩壊こそしなかったものの、その予兆は既に現れていた。

 

「空が……!」

 

 ミントが空を見て言う。彼女の視線の先には割れた空があった。しかし、それは雲が割れているのでも、光芒が差したわけでもなかった。比喩でもなく実際に()()()()()()()のだ。

 

 ちょうどバージルがいると思われる場所の上空に数十メートルはあるだろう亀裂ができていた。それは漆黒に塗り潰されその先がどうなっているか窺い知ることはできない。

 

「バージルさん……」

 

「大丈夫よ。彼を信じてあげなさい」

 

 不安そうに魔力を発した者の名を呼ぶポムニットにメイメイはそう言葉をかけた。バージルがなぜこれほどの力を解放したのかはわからない。それでも彼が無闇にこの世界を壊そうとはしないだろうと思っていた。

 

「……はい」

 

 ポムニットもメイメイの言うことは分かる。もしバージルがリィンバウムを壊そうとしているのならもっと前にしているだろう。この力は何も今手に入れたわけではないのだから。

 

 それでもポムニットには不安があった。この魔力からは激しい怒りを感じたのだ。これはバージルと長く共に居て、なおかつ負の感情に敏感な悪魔の血を引いている彼女だから感じ取れたことだった。

 

 普段から滅多に感情を見せないバージルがこれほどの怒りを見せるのだから、きっと並々ならぬ状況に違いない。

 

(無事でいてください)

 

 そこへ行くことはできないポムニットにできることは、ただ祈ることだけだった。バージルといまだ戻らぬアティの無事を願い、彼女は一心に祈った。

 

 

 

 

 

 怒りの感情が乗った魔力はいまだ戦いが続く大平原を覆い尽くした。決して視認することはできないが、確かにこの戦場まで到達したのである。

 

 それを証明するかのように多くの者がそれに気付き、さらには一部のサプレスの悪魔は次々と破裂するように死んでいった。

 

「な、何!? ネスがやったの!?」

 

 その光景を見たトリスはさっきほど召喚術を発動させた兄弟子がやったのかと尋ねた。

 

「いや……、僕じゃない……!」

 

 ネスティを見ると若干取り乱した様子で答えた。

 

「召喚術!? ……いや、そんなはずはない……」

 

 大きな魔力を感じたことから最初は誰かが高位の召喚術を使ったものと考えた。だが、この魔力はゼラムの方から発生しているようだが、今のゼラムにこれほどの魔力を持つ存在を召喚できる者などいないはずだ。

 

「ネス!」

 

「っ!」

 

 トリスの大声ではっとすると目の前にサプレスの悪魔がいるのに気付いた。すっかり考え事に夢中になり、注意散漫になっていたようだ。咄嗟に攻撃を杖で防ぐが、体力的に劣るネスティではそう長くは持たない。

 

「ハアッ!」

 

 そこへルヴァイドが横合いから突っ込み悪魔に斬撃を浴びせ吹き飛ばした。

 

「イオス、ゼルフィルド、追撃だ!」

 

「はっ!」

 

「了解」

 

 その命令を受けて二人が悪魔に追撃を加えた。ルヴァイド自身はネスティを庇うように彼の前面に立っていた。

 

「……すまない。助かった」

 

「何を考えていたか分からんが、今は目の前の敵に集中しろ。次は助けられんぞ」

 

「分かっている。……コマンドオン!」

 

 言葉と共に召喚術を発動させる。狙うは今しがた自分を狙った悪魔だ。

 

「下がれ!」

 

 短いルヴァイドの命令だが、それでイオスにもゼルフィルドにも通じたようだ。ゼルフィルドの銃撃の支援を受けながら、イオスは悪魔と距離をとった。

 

「ジェミニレイ!」

 

 ネスティによって召喚された深淵の魔導機(ディアブロ)が放った交戦が悪魔に直撃する。範囲を絞った一撃であるため、若干の砂埃が宙を舞ったものの、視界を遮るほどではなかった。

 

「ッ! トリス、とどめを!」

 

 その中で悪魔が鈍く動いていたのを見たネスティはトリスに叫んだ。どうやら悪魔は予想以上に頑強だったようで、ネスティの召喚術だけでは仕留めきれなかったのだ。

 

 サプレスの悪魔は魔界の悪魔に比べ、自分の体を顧みない攻撃をすることは少ないが、魔力があれば何度でも復活できるのだ。

 

 魔力が豊富なサプレスでは不死にも等しい存在だが、リィンバウムではそうはいかず魂殻(シエル)と呼ばれる魂を包む器を作るか、力が減衰することを承知の上で受肉することで存在を保つ必要がある。そしてこの場の悪魔は前者の方法を使ってこの場に存在するのである。

 

 ただ、魂殻(シエル)というのは維持に魔力を費やす必要があるのだが、それは同時に魔力でいくらでも再生可能であることを意味する。そして負の感情を糧とし魔力に変えることができる悪魔であれば、恐怖や憎しみ、怒りが蔓延する戦場ではサプレスに近い不死性を発揮することができるのだ。

 

 それを防ぐには再生を上回るほどの攻撃を加える必要があるのだ。ネスティが叫んだのも再生をさせないためなのだ。

 

「わかっ……!?」

 

 ネスティの言葉に従い召喚術を使おうとしたトリスだったが、その瞬間に先ほど同じように目の前の悪魔が破裂した。

 

「また……? どういうことだ……?」

 

 そう呟くと、先ほど破裂した悪魔もだいぶ消耗していたことを思い出した。もしかしたらこの現象のトリガーは悪魔が回復しようとすることかもしれない。

 

(きっと悪魔の回復を阻害する何かが……)

 

 そこまで考えたところでふとさきほど感じた魔力のことに意識が向いた。それは今も変わらずゼラムの方から発せられている。思えば悪魔に今のような現象が起きるようになったのはこの魔力を感じてからのことだ。

 

 もしかしたら悪魔の回復を阻害する何かは、この魔力の中に隠されているのかもしれない。

 

 ネスティはそこまで推測するものの、その魔力によって発生したもう一つの現象、ゼラムの上空にできた空の割れ目については、彼らの戦場であるこの場所がファナンの近くということもあって気付くことはできなかった。

 

「また来るぞ!」

 

 ルヴァイドが注意を促すように叫んだ。まだ豆粒程度にしか見えないが、確かにこちら向かっている悪魔が見えた。数はおよそ十五体ほどだ。仲間全員で戦うのならともかく、半数では接近戦に持ち込まれたら数で押し負けてしまうだろう。

 

「ネス!」

 

「ああ、分かってる!」

 

 トリスも自分と同じ考えを持っているようだ。すなわち強力な召喚術で一気に大打撃を与えるのだ。

 

 二人は集中し、機界ロレイラルから召喚獣を呼び出した。

 

 それは数多くの機械兵士を作った名匠ゼルの作品の一つにして、その完成度の高さから芸術品とも称される二体一対の召喚獣だった。

 

「焼き払え! ファランクス!」

 

 ネスティが呼び出した召喚獣は肩からロケット弾を猛々しく撃ち出した。悪魔たちの中心で炸裂したそれは直撃を受けた悪魔を吹き飛ばしただけでなく、それ以外の悪魔にも確実にダメージを与えた。

 

「斬り裂いて! クロスラッシュ!」

 

 トリスが呼び出した両腕に鋭利な刃を装備した召喚獣は、疾風の如き速さで駆け抜け、彼女の言葉通り悪魔を斬り裂いた。

 

 それでもまだ悪魔は十体近くが健在だった。

 

「トリス、合わせてくれ!」

 

「任せて!」

 

 言葉だけで目も合わせることなく完璧に合わせるあたり、さすがは兄妹弟子といったところだ。

 

 二人が呼び出した二体の召喚獣もそれに合わせ変形する。そしてネスティの召喚獣が下半身となり、トリスの方は上半身となる形で合体した。これが変形合体機構を備えた機神とも呼ばれる機械兵士、暁望の大機兵(ゼルガノン)だ。

 

「神剣! イクセリオン!」

 

 二人が同時に発したその言葉を合図に、一対の巨大な機械兵器は手にした巨大な剣を悪魔に叩き付けるように投げた。

 

 その強力な一撃に悪魔はほとんど壊滅したようだ。それでも最も外側にいた二体の悪魔はまだ戦闘能力を持っていたようで、こちらに向かってきた。

 

「後は俺たちに任せろ!」

 

 力強くそう言ったルヴァイドを先頭にイオスとゼルフィルドが残った悪魔を殲滅するために走っていった。

 

「何とか、なりそうだな」

 

 息を吐きながら戦場を見た。一時に比べれば悪魔の数も目に見えて減ってきている。その上、サプレスの悪魔の再生能力も封じたとすれば勝利も近い。

 

「…………」

 

 だからこそ、ネスティは精神を集中させた。勝てるかもしれないという考えが油断を生むことになるのを警戒しているのだ。ここまで来て仲間を失うなどごめんだ。

 

 あまり人を近づけなかった彼だが、マグナやトリスとの旅の中で少しずつ変わっていたのだ。

 

 

 

 

 

 同じ頃、アルミネスの森ではハヤトやマグナたちが機械遺跡を依り代に復活したメルギトスとの戦いが続いていた。

 

「ひゃはははは! さすがは調律者(ロウラー)誓約者(リンカー)だ、やりますねえ!」

 

 メルギトスは目に見えて消耗しているというのに余裕の態度を崩してはいない。相変わらずの下品な高笑いをしていた。

 

「まったく……とんでもなくしぶとい奴だな」

 

 サモナイトソード構え直しながら、ハヤトは嫌気が差したように呟いた。

 

「……どうします? このままじゃジリ貧ですよ」

 

 呼吸を整えながらマグナが尋ねる。それには言外に別な方法をとったほうがいいという意味も込められていた。

 

 単純な力の話では機械遺跡と融合したメルギトスを倒すことは不可能ではなかった。

 

 四人しかいないとはいえ、かつては最強の召喚師と呼ばれた調律者(ロウラー)の名に相応しい魔力を持つマグナと、現代のエルゴの王たる誓約者(リンカー)のハヤトに加え、サプレスのエルゴの守護者を務めるクラレットに、かつてメルギトスと相討ちとなった天使アルミネの生まれ変わりであるアメルである。

 

 そして実際に彼らは、メルギトスを今のボロボロの状態まで追い込んだのだ。しかし、その顔は明るくはない。

 

 実はここまでメルギトスを追い詰めたのは今が初めてではない。少し前にも相当のダメージを与えることはできたのだ。しかし、手数の問題か殺しきることはできず、再生を許してしまったのだ。

 

 メルギトスもまたサプレスの悪魔である以上、負の感情を魔力へと変えることができる。おまけに魂殻(シエル)の代わりに機械遺跡を依り代としているため、存在の維持に費やす魔力も生じない。

 

 この機械魔を倒すには依り代たる遺跡を破壊した上でメルギトス本体に攻撃を加える必要があるのだが、大平原から伝わる負の感情を源泉にした魔力で、自己修復機能まで作動させるこの相手には、どうしてもとどめを刺すまでには至らないのだ。

 

「おや、来ないのですか? それならそろそろ終わりにしてあげましょう!」

 

 勝利を確信していたメルギトスは再び己の体たる遺跡の修復機能を作動させるため、負の感情を魔力に変えようとした。

 

「グアアアアアッ!」

 

 その時、メルギトスが聞き苦しい悲鳴を上げたかと思うと、悪魔が憑りつき変容した遺跡のいたるところが一瞬、膨らんだかと思うと次々と爆発していった。

 

「これは……?」

 

「どういうこと……?」

 

「そ、そんな、バカな! ありえない、ありえないぃぃ!」

 

 突然のことに唖然しながら機械魔の体が崩壊していく様を見続ける四人とは裏腹に、メルギトスは取り乱しながら躍起になって体の崩壊を止めようともがいていた。

 

 しかし、機械の体はまるで言うことを聞かず、完全崩壊への道を一直線に向かっていた。何も特別なことはしていない。先ほどもしたようにこの怒りの感情を魔力に変えただけだ。

 

 そう思った時、凄まじく巨大な魔力が放たれているのに気付いた。ゼラムの方角からだ。

 

「これは……!? まさか、まさかアノ男ガ……!」

 

 メルギトスはその魔力に覚えがあった。何度も自分の作戦の邪魔をしたバージルの魔力に違いない。

 

 もしかしたら自分に起こったこの異変は、目の前の者たちを助けるためにその男が起こしたものかもしれない。混乱したメルギトスはその考えすら頭をよぎった。

 

 実際、これまであの男には何度も煮え湯を飲まされている。二十年近く前、聖王国北端の町近くの森で行っていた新たな依り代となる人造生命体(ホムンクルス)の培養。その実験施設に乗り込んできたのを皮切りに、ゼラムでは殺気を浴びせられた。さらにあの男が行ったという証拠はどこにもないものの、レイムは傀儡としていたデグレアの元老院議員を斬ったのも彼ではないかと思っていた。

 

 そのせいで実験施設は廃棄せざるを得ず、かつ新たな場所を確保する必要に迫られ、ゼラムには近づけず、デグレアの支配計画も破綻したのだ。

 

 言ってしまえばバージルという存在は、メルギトスにとって疫病神以外の何物でもないのである。

 

 そしてその疫病神が生み出した魔力の波は、メルギトスの命運を奪って行こうとしていた。バージルの魔力には強い怒りが込められており、メルギトスを始め大平原の悪魔たちはこれを魔力に変えようとしたのが運の尽きだった。

 

 バージルは自身に眠る力を全て解放し真なる魔となったのだ。いかに半分は人の血を引くとはいえ、そんな存在の感情を扱って無事に済むはずもない。

 

 魔界の悪魔という存在は四界やリィンバウム、さらには人界の者とは根本から全く異なる。そんな悪魔の、それも最上位の力を持つバージルの感情を糧にするなど自殺にも等しい行為なのだ。

 

 図らずも自殺行為をしてしまったメルギトスが徐々に弱っていく様子を見ていたマグナは、はっとした様子でハヤトに声をかけた。

 

「ハヤト先輩!」

 

「……ああ!」

 

 どんどん朽ちていく今のメルギトスなら仕留めることができる。そう確信した。

 

「ナ、ナメルナァァァァ! 私はあまねく世界を支配する機械魔めるぎとす! 力なきニンゲンに負けるハズがなァァァァい!」

 

 遺跡の崩壊と共にメルギトスの言葉も少しずつ歪んでいた。それでも残された力で道連れにしようというのか全身に魔力を漲らせていた。

 

「させません!」

 

 背中に光り輝く天使の羽を出したアメルが三人の前に立って結界を張った。

 

「お願い、みんなを守って!」

 

 さらにクラレットもサプレスから聖盾の守護天使(ロティエル)を召喚し、アメルの結界をさらに強固なものとした。

 

 その僅かに後、メルギトスは魔力を放出し周囲一面を吹き飛ばした。

 

「マグナ……お願い!」

 

 アメルの声を受けてマグナは召喚術を発動させた。それはここに来る前ネスティから預かったサモナイト石を使ったものだった。

 

「降り注げ! サテライト・レイン!」

 

 遥か上空に召喚した衛星から放たれた交戦の雨がメルギトスに降り注いだ。いかにロレイラルの技術で作られた遺跡とはいえ、同じ機界の技術で作られた兵器には耐えられなかったようだ。

 

「我が友ゲルニカよ、もう一度力を貸してくれ!」

 

 ハヤトの願いに答えて現れた剣竜とも呼ばれるメイトルパのエルゴの守護者、ゲルニカは息も絶え絶えのメルギトスに炎を吐き出した。

 

 一点に集中されたその炎熱は確実に機械魔を消耗させたが、まだ倒すには至らない。

 

「行け! マグナ!」

 

「はい!」

 

 しかし、この好機を逃すつもりはない。マグナは剣に魔力の大半を注ぎ込みながらメルギトスに向けて走り出した。

 

「終わりだああああ!」

 

 そして跳躍し、メルギトスのちょうど額にあたる部分に剣を突き刺した。

 

 一瞬の沈黙。それが明けるとメルギトスは断末の叫びをあげた。

 

「オノレ、オノレェェェェ! ニンゲンガァァァァ! イツカ、イツノ日ニカ必ズ――」

 

 そこでメルギトスの言葉は途絶えた。ようやくこの魔王との戦いは終わったのだ。

 

 

 

「お疲れさん」

 

 座り込んだマグナにハヤトは手を差し伸べた。

 

「何とかなりましたね」

 

 彼の手を借りて立ち上がりながらマグナは笑った。そんな二人にアメルとクラレットも歩いていく、

 

「もう周りには敵はいないようです」

 

 ゲルニカから周囲の状況を聞いたクラレットが伝えた。ここは召喚兵器(ゲイル)が封じられた遺跡だ。メルギトスは倒しても襲われる可能性はあったのだが、彼女の話を聞く限りその心配は無用のようだった。

 

「マグナ、じっとしててください」

 

 四人の中でもっとも消耗していたマグナがアメルの治癒の奇跡を受けていた。

 

「それにしてもよかったな。ここに来る前の話だとあいつの他にも仲間がいたんだろ? もし一緒に戦っていたらかなりきつかったと思うぜ」

 

「確かに……でもそれならあいつらはどこに……」

 

 マグナが不審に思ったのはガレアノたちメルギトスの配下の三悪魔のことだ。ファナンでは共に行動していたのだが、ここではついぞその姿を見せなかった。

 

「……とりあえず少し休んだら戻りましょう。あちらの方も心配ですし」

 

 クラレットの提案にみな一様に頷いた。

 

 こうして一抹の不安を残しながらアルミネスの森での戦いは終結した。

 

 

 

 

 

 各地の戦況を一変させるだけの魔力を解放し真魔人へと至ったバージルを見て、ベリアルが抱いたのは驚きだった。

 

 しかしこの大悪魔が驚いたのは、力の大きさではなかった。

 

 真魔人の姿へと変じる前の姿は以前、己に勝利したスパーダの息子に似ていたのだ。

 

 かの魔剣士にもう一人息子がいたのか、ベリアルは最初そう考えたが、この真魔人の姿を見るともう一つの考えも浮かんだのである。

 

(まさか……この男は――)

 

 ――魔剣士本人ではないのか、そうベリアルは思ったのだ。実際にあの男は、話に聞くスパーダのように寡黙で冷徹だった。特にあの目、炎獄の覇者にまで登り詰めたベリアルですら恐怖を抱きかけさせたあの目は、まさしく悪魔のそれだ。

 

 しかし、同時にそれに対する疑念もある。最初に魔人の姿でこの場に訪れたときは純粋な悪魔と区別がつかなかったが、あの人間のもとでそれを解いた時は、はっきりとそう断言はできなくなったのだ。

 

 つまりこの男は純粋な悪魔ではなく、最初に考えたようにもう一人のスパーダの息子だろう。だが、少なくとも血のような色の服を着た方の息子よりもずっと悪魔に近い存在のように感じられた。

 

「貴様はっ――!」

 

 それを確かめようと口を開いた瞬間、目の前の男の姿が消えた。

 

「Down you go!」

 

 さすがに大悪魔たるベリアルは、己の目の前まで来たことに辛うじて気付くことができたが、その攻撃を止めることはできなかった。

 

 空中で鞘に納められた閻魔刀を抜き放ち、一閃。さらにそのまま体を回転させ、叩き付けるような斬撃をベリアルの頭部に直撃させる。

 

 ベリアルの身を守る炎などまるで意味をなさず、紙きれのように斬り裂いた。しかしそれだけでは終わらず、ベリアルの肉体にも多大な打撃を与えていたのだ。

 

「まだだ! まだ終わるわけにはいかぬのだ!」

 

 それでもベリアルが膝をつかなかったのは悪魔としての誇りだった。魔界の一角を治めていた己が、仇敵の血を引く男に何もできずに負けるなどあってはならぬ。せめて一矢報いてやる。その意地だけでベリアルは立っていたのだ。

 

 全方位に炎として放つため、体に魔力を充填させる。あるいはこの男なら避けるのも容易いだろうが、そうすれば奴が執着していた人間なんぞ跡形もなく消し飛ぶだろう。

 

「Kneel before me!」

 

 今度もベリアルには何をしたか見えなかった。気付けば己の体に斬撃が襲っていたのだ。

 

 先ほどのものとは全くの別種と感じてしまいそうな斬撃だ。まるで空間ごと斬ったかのように、体の奥深くまでそのダメージは及んでいた。これにはサプレスの悪魔や天使の攻撃など寄せ付けなかった、ベリアルの頑強な体も力なく地に伏すしかなかった。

 

(何という速さ、何という重さだ……! これがスパーダの息子の力か……!)

 

 スパーダの血を引く者と戦った経験はあるが、全力を出した魔剣士の血族と相対したのはこれが初めてだった。

 

 そしてこの男の持つ圧倒的な力こそ、かつてこの大悪魔ベリアルが憧れたスパーダが持っていたものだ。

 

 ベリアルはこのスパーダの息子に畏敬の念を抱きかけていた。

 

「You shall die」

 

 いつの間にか地に降りていたスパーダの息子は、言葉と共にその身に先ほどとは比較にならない魔力を宿しながら居合の構えをとっていた。

 

 その体から僅かに漏れる魔力だけで空間にも影響を及ぼしているのか、その姿はどこか歪んで見えた。

 

 一瞬の後、その場から姿を消したかと思うと分身が現れた。

 

 しかし、ベリアルに見えたのはそこまでだった。気付くと男は消える前と同じ位置で己に背を向けたまま、得物を鞘に納めようとしていた。

 

 それが己の命の終わりであると本能的に悟ったベリアルは残された力言葉を絞り出した。

 

「見事だ……!」

 

 それが炎獄の覇者ベリアルの最期の言葉だった。憎しみや怒りではなく称賛の言葉だったのは、より大きな力で己をねじ伏せたバージルという悪魔を認めた為かもしれない。

 

 バージルが閻魔刀を納め、人の姿に戻った瞬間、分身が放った次元すらも裂く斬撃が一斉にベリアルに襲い掛かった。

 

 そして後に残ったのは、斬り刻まれたゼラムの街並みと、燃え尽きた山のような黒い塊だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




魔人化すらしてないダンテにもベリアルは遊ばれていたので、真魔人になった上、殺す気満々なバージルには手も足も出ませんでした。

ちなみの今回ではこの章を終わらせることはできなかったので、明日9日も午前0時に投稿します。

ご意見ご感想等お待ちしてます。

ありがとうございました。


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