「鬼の御殿」から出た二人は一旦、家に帰ろうと来た道を戻っていた。空は来た時と同じように雲一つない晴天で、島には強めの日差しが降り注いでいるが、穏やかに吹く風によってさほど暑くは感じなかった。
「今日もいい天気になりましたねぇ、……そういえばバージルさんは休みの日って何してるんですか?」
並んで歩いていると、唐突にアティが首を傾げながら尋ねた。
「いきなりなんだ?」
「いえ、私って昔から休日ってなにしたらいいかわからなくて……、今は授業の準備とかして、後はポムニットちゃんの手伝いとか、後はお昼寝するくらいなのですし」
アティは軍学校に在籍していた頃から、休みの日と言えば、勉強するか寝て過ごすくらいだったのだ。
そしてアティが知る限り、バージルも似たようなもの、というイメージがある。いつも本を読んでいるか、瞑想をしているかのどちらかしか見たことがなかった。だからそれ以外に何かしているのか気になったのもあった。しかしそれ以上にせっかく一緒に住んでいるのだから、休日くらい一緒に何かできないかと考えたのだ。
いつも他人のことばかり気にかけているアティも、ようやく欲が出てきたということかもしれない。
「別に、いつもと変わらん」
そもそも、まともに働いてないバージルは毎日が休日のようなものだ。むしろ、瞑想しているときにアティが隣で寝息を立てたりすると、その日が休日であることを実感するほどだ。
「そうですか……せっかくのお休みだし、一緒に何かしたいなぁって思っていたんですけど……」
残念そうにしゅんとするアティに、バージルは仕方ないといったように溜息を吐きながら口を開いた。
「……海と山、どちらがいい?」
「え? えっと……」
バージルの考えていることが分からず、アティはどう答えたらいいか悩んでいる様子だ。それを見たバージルは、さすがに言葉が少なすぎたか、と思い少し補足して説明することにした。
「どうせならどこかに出かけた方がいいだろう。幸い心当たりはある」
「そ、それなら海の方でお願いします」
まさかバージルにそうした場所の当てがあったとは思わなかったアティは目を丸くしながら答えた。もっとも海を選択したのに特に理由はない。アティとしては一緒に行けるなら場所は二の次なのだ。
「わかった。……で、行くのはいつがいい? 俺はいつでも構わんが……」
「あの、今日はダメですか? ポムニットちゃんも誘って三人で行きたいなー、なんて」
善は急げ、というわけではないが、今日はミスミのもとへ行く以外の予定はなかっため、時間に余裕はある。なによりせっかくの休みを無為に過ごしたくはなかった。
「ポムニットの時間があれば、この後行くとするか」
「はい! きっと大丈夫ですよ!」
ポムニットの予定は確認していないが、バージルと出かけると言えば彼女は必ず来るだろうとアティは見ていた。自分もバージルから誘われたら、その時やっていたことを放り出して一緒に行くだろうからだ。
思いがけず出かけることになり、機嫌が良くなったアティと、そんな彼女の姿を見て僅かに口元に笑みを浮かべたバージルは、家へと向かう足取りを速めた。
「ただいま戻りました」
「あ、お帰りなさい。早かったですね」
家に戻った二人を迎えたのは、掃除をしていたポムニットだった。彼女はこうして毎日家の掃除をするのが日課だ。あまり広くない家とはいえ、毎日毎日飽きもせずできるものだと、バージルは感心していた。
「うん。それほど難しい話じゃなかったから、すぐにまとまったの」
それを聞いたポムニットは掃除をしていた手を止めて、興味津々と言った様子で尋ねた。
「それでどんな話だったんです?」
「あれの息子に稽古をつけるという話だ」
ミスミのことを「あれ」呼ばわりするバージルだが、それでもその言葉が指している人物のことは、ポムニットにも問題なく伝わっているようだった。
「それってスバル君のことですよね。……バージルさん、本当に稽古なんかつけるんですか?」
ポムニットとスバルは単なる知人ではない。共にアティのもとで学んだ友人なのだ。そんな友人がバージルの稽古を受けるという話を聞いて、彼女は心配せずにはいられなかった。
なにしろポムニットは自分の力をコントロールする術を学ぶという名目で、バージルの稽古を受けたことがある。今でもその時のことを思い出すだけで体が震えるほど、苛烈なものだった。
「たいして時間をとられるわけでもないからな」
バージルが稽古をつける気になっているのを確認したポムニットは、友人の無事を祈ることにした。
「そうですか……。でも、ちゃんと手加減はしてあげてくださいね」
「当然だ。命まで取っては稽古の意味はない」
無用な心配だ、と言わんばかりにバージルは答えた。もちろん天井知らずの力を持つバージルにしてみれば、いくら身体能力に優れている鬼人族と言えど、他の人間と大差なく感じられるだろう。
とはいえ、それは手加減するのが難しいという意味ではない。むしろ繊細な力のコントロールを要することを考えれば、バージルの得意分野と言えるかもしれない。
バージルの言葉を聞いて安心した様子を見せるポムニットに、アティは先ほどバージルと話したことを伝えることにした。
「あ、そうそう、これから時間ってある?」
「作ろうと思えば作れますけど……、何かあるんですか?」
アティの言葉の意味するところを分からなかったポムニットは、首を傾げながら訝しむ視線を向ける。一応彼女はこれからやることはあるが、必ずしも今する必要はないので、時間を取ることは可能だった。
「うん、実はね、バージルさんの案内でお出かけしようって話になってるの。だからもし時間があるんだったら、これから行かない?」
「え、バージルさんが……!?」
よほど信じられなかったのだろう、ポムニットは素っ頓狂な声を上げた。それを見たバージルは僅かに憮然とした表情を浮かべると口を開いた。
「行きたくないなら無理に――」
「そんなことありません! 私も行きます!」
しかしバージルが全て言い切る前に、ポムニットによって遮られた。そもそも
「なら決まりだね。それじゃあ、準備ができ次第すぐ行きましょう!」
「はい! ……あ、せっかくですし、お昼も向こうで食べるなんてどうですか? 簡単なものならすぐ作れますし」
アティに同意して大きく頷いたポムニットだったが、これから出かけるのでは昼食をどうするか考えたところ、弁当を持っていくことを思いついた。
「私もお手伝いします。だから、いいですよね?」
アティはその案に無条件で賛成だったようで協力を申し出た。最近はもっぱらポムニットが作っているが、アティも人並み程度に料理は作れる。少なくとも足手まといにはならないだろう。
「……構わん」
アティとポムニットに任せておくと、勝手に話が進んで行くことはよくわかっているが、だからといって反対しようとは思わない。むしろ二人が望んでいるのなら好きにさせてやろうと思っていた。
「それじゃ、すぐ作りますから少しだけ待っててください」
言い残してアティとポムニットは仲良く台所へ入っていった。それを見送ったバージルは、手持ち無沙汰でただ待つだけというのも、もったいなく思ったのか閻魔刀の手入れでもすることにした。
それから少しして、アティとポムニットお手製の弁当を手に、三人は海岸線を歩いていた。進んでいるのは道のようなものだが、あまり人が通ったことはなさそうだった。
その道をバージルが先導し、残りの二人がそれに続くという形で進んでいるのだ。
「ところで、先ほどは詳しく聞かなかったですけど、どこに行くんですか?」
具体的な場所を聞いていなかったポムニットは横を歩くアティに尋ねた。
「うーんとね、実は私も聞いてないの」
そう言ってアティはバージルに視線を向ける。正面を向いたままのバージルだったが、当然のようにその視線には気付き、簡単に説明することにした。
「『イスアドラの温海』というところだ。元は無色の召喚師の厚生施設に利用されていたという話だ」
「はー、そうなんですか。……でもどこでそこのこと知ったんです?」
感心しながらそう言うアティは、イスアドラの温海のことを知らなかった。島に住んでずいぶん経つが、まだまだ行ったことのない場所は多かった。
「ラトリクスのデータベースだ。たまたま見かけたのを覚えていただけだが」
アルディラが普段いる中央管理施設にはその名の通り、多くの情報が集められていた。おそらくかつてこの島が無色の実験場だった頃は、そこで情報の解析や管理を行っていたのだろう。
そうしたものの中にはバージルにとって有意なものもあるため、たまにラトリクスに出向いて、そうした情報を漁っているのだ。現在向かっているイスアドラの温海もそうした時に偶然見つけたもの一つだった。
「たまに出かけるなぁって思っていたら、ラトリクスに行っていたんですか」
バージルが出かけるのは珍しいことではないが、どこに行ったかまでは知らなかった。バージルが言わなかったのもあるが、ポムニットも行き先を聞こうとしなかったのが原因だった。
「よく行くわけではないがな」
付け加えるようにバージルが言った。頻度で言えばラトリクスに行くのは五日から十日に一回のペースなのだから「よく行く」という表現は適切ではないだろう。
ちなみにラトリクスを除き、バージルが他の集落に行くことは少ない。悪魔関係で呼ばれることはあるものの、それ以外で自発的に訪れるのはキュウマやファリエルあたりと簡単な手合わせなどをするときくらいだ。
それ以外ではほとんど家か、あるいはその周辺にいるのがバージルの生活だった。
とはいえ、他人との関わりが少ないわけではない。時折、ヤードやアリーゼなどが尋ねてくることがあるのだ。
アリーゼは主に教師としての先輩にあたるアティを尋ねてくるのだが、知らない間柄ではないので少なからず話をしている。それに対し、ヤードはよく自分で育てた茶を持ってやってくる。バージルはその茶を気に入っているのだ。
ヤードにとってバージルは数少ない同好の士であるといえるかもしれない。
その他にも悪魔が現れた日には、労いも兼ねているのかヤッファが酒を持って来ることもあった。
総じて、バージルは人並みの付き合いをしていると考えていい。そうした人付き合いも以前なら面倒に感じたかもしれないが、今では全く苦にならない、これもバージルが変わった証だろう。
「あれ? 向こうの方から湯気のようなものが立ち昇っているんですけど……」
「そこが目的地だ。地熱で熱せられた海水から湯気が出ているらしい」
正面に湯気が立ち昇っているのを見つけて、不思議そうに言うポムニットにバージルが答えた。もっとも場所は知っているとはいっても、バージル自身は実際に来たことはないないため、覚えていた情報をそのまま話しただけだったが。
「それならもう少しですね」
既に湯気どころか、それが立ち昇っている場所も視認できるところにいる。目的地はもうすぐ近くだった。
それから少しして、イスアドラの温海に辿り着いた。そこは小さな湾のようになっており、その中の海水から湯気が立ち昇っているのだ。
「わぁ、本当に海から湯気が出てるんですね!」
リィンバウムの各地を旅してきたバージルも見たことがないほど珍しい光景に、アティは驚嘆の声を上げた。
「でも熱くないです。むしろ丁度いいくらいかも……」
ポムニットがそれに指を入れてみたところ、そのまま入ってもいいくらいの水温だったようだ。
「あ、向こうには花も咲いてますね。……そうだ! せっかくですし、あそこでお昼にしましょう?」
周囲を見回したアティが少し離れたと所を指さした。そこには小さな花が多く咲いており、花畑のようになっていた。岩ばかりのここで弁当を食べるより、花に囲まれた向こうで食べた方が気分もいいだろうと考えたようだ。
「素敵ですね、そうしましょう! ね、バージルさん、いいですよね!」
「そうするか」
ポムニットもそれには大賛成のようで腕を掴みながら頼むと、バージルはすぐ了承した。それを聞いて、嬉しそうに花畑へ歩いて行くアティとポムニットの後をバージルはついて行く。
そして花畑の一角に座り、アティとポムニットが作った弁当を開けた。
「あまり時間がなかったので、手の込んだものは作れませんでしたけど……」
「これは……」
「あ、そういえば『おにぎり』は初めてつくりますね。これはシルターンの料理で、ご飯の中にいろいろな具材を入れたものなんです」
弁当の中に入っていたのはおにぎりだった。これはポムニットの言う通り、リィンバウムでは見たことのないものだったが、その存在自体はずっと前から知っていた。
もっともバージルの知るおにぎりは人間界の日本という国の食べ物で、決してシルターンの食べ物ではなかったが。さらに言えば、バージルは知らなかったが、以前彼やポムニットがゼラムで食べたソバや天ぷらも、おにぎりと同じく日本にもある料理だ。
(偶然か……? いや……)
全く異なる世界に同じ名前の同じ料理がある。そのことはバージルに疑問を植え付けた。それにこれまで意識したことはなかったが、これまで当たり前のように食べてきた料理も人間界の料理を類似点が非常に多いことに気付いた。こうまでくると単なる偶然で片付けることはできない。
「どうしました?」
「……いや、なんでもない」
アティに顔を覗き込まれ、わざわざ今考えることでもないか判断したバージルは思考を中断する。するとそこに、ポムニットが小さめのおにぎりの入ったバスケットを差し出しながら言う。
「それじゃあ、どれから食べますか?」
とりあえずバージルはそこから適当に一個を選ぶことにした。その形は多少不格好ではあったが、気にせず一口食べた。
その中に入っていたのは焼き魚で、それが実によく米に合っている。米にまぶしてある塩が魚の旨みを引き出すことによって、米がどんどんすすむ。
「あの……おいしい、ですか? それ私が作ったんですけど……」
さらにバージルが二口目を食べたところで、アティが伺うような様子で尋ねてきた。おいしくできたか不安だったようだ。
「悪くはない」
バージルは正直に答えた。言葉だけならあまりいい意味ではないが、バージルが言ったことを鑑みれば、その言葉は「うまい」と同義だ。
もっとも当の本人は、具を入れて握るだけのため、よほどのことがない限り不味くなることなどありえないだろうと考えていたのだが、それはあえて口に出さなかった。アティとの関係が進んで少しはバージルも、女心は理解できるようになったのかもしれない。
「あ、ありがとうございます……」
バージルの感想を聞いたアティは照れながら答えた。それを聞いただけでも作った甲斐があったというものだ。
「次! 次は私が作ったの食べてください、これ自信作なんです!」
おにぎりを作ったのはアティだけではないのだから、自分が作ったおにぎりの感想も言って欲しいと思ったポムニットは、おにぎりを突き出しながら身を乗り出す勢いでバージルに迫った。
「それは構わんが、お前らも食べたらどうだ?」
おにぎり自体はたいして大きくもなかったので、ポムニットが差し出したものを受け取ったが、アティとポムニットはまだ一個も食べてない。それどころか先ほどからバージルが食べるところをじっと見ていた。いくら自分が作ったものの味が気になるといっても、さすがのバージルも気になっていたようだ。
「そ、そうですね。ほら食べましょう」
「は、はい……」
アティがはっとしたようにおにぎりを手に取ると、ポムニットにもそれを促した。彼女は一応その言葉に従って適当におにぎりを手にしたものの、視線はバージルに向けられたままだ。
「……これも文句ない出来だ」
それの意味するところを悟ったバージルは、手にしたおにぎりを食べて感想を言う。ちなみに中身は濃い目に味付けされた肉だ。甘辛い味付けが肉にも米にもよく合っていた。
「本当ですか! よかったぁ……」
「ふふ、よかったね」
ぱあっと笑顔になるポムニットに、アティは微笑みながら声をかけた。
そんな和やかな雰囲気のまま食事の時間はゆっくりと過ぎていった。
食事を終えた三人は緩やかな潮風が吹く中で周囲を散策したり、腰を落ち着けてのんびりと花を見ながら話をしたりして過ごした。やはり無色の派閥も厚生施設に利用していただけのことはあって、ゆっくり羽を伸ばすことができた。
「はぁー、気持ちいいですね……」
そして最後に温かい湯につかることにしたのだ。とは言っても着替えは持って来ていないため足だけだ。それでも三人並んで足を浸けているだけで、体はだんだんと温まっていく。
「はい。……あ、こんなあったかいのに魚もいるみたいです」
スカートを着ていたポムニットは少したくし上げて湯に足を浸けている。
彼女の視線の先には虹色の体を持つ魚が何匹も元気に泳ぎ回っていた。特に弱っているわけでもないので、この程度の水温なら生存できる魚なのだろう。
「ほんとだ。キラキラ光って綺麗……」
編み上げブーツを脱いで足を浸けていたアティは、光を反射して宝石のように光る魚に目を細める。
そんな中ズボンの裾を膝まで上げながら入っていたバージルは、カニや貝といった他の生き物の存在に気付いていた。
「随分と多くいるものだな」
「もしかしたら他の生き物にとっても、ここはいい場所なのかもしれませんね」
バージルの呟きに簡単な推測をアティが口にする。特に考えて言った言葉ではないだろうが、案外的を射ている答えかもしれないとバージルは感じていた。
「あの、バージルさん。今さらですけど、それって錆びたりとかしないんですか?」
バージルが今日もいつものように持って来ていた閻魔刀に視線をやりながらポムニットは尋ねた。とはいえ、内心、それはないだろうと思っていたが。
なにしろ閻魔刀は、彼女がバージルと初めて会った時には既に彼の手元にあり、数えきれないほど悪魔を斬ったにも関わらず、刃こぼれはおろか、切れ味も衰えを見せていないのだ。その上、あのバージルが使っているのだから、ただの武器であるとは思えなかった。
「そもそも、これは親父が使っていたものだ。そんなヤワなものではない」
「それじゃあ、その刀って……」
バージルの父であるスパーダが悪魔であることは既にアティのみならずポムニットも知るところだ。そのため遠回しではあったが、閻魔刀が悪魔に由来するものだと気付いたのだ。
「ああ、お前の思っている通りだ。……もっとも俺も閻魔刀の生まれについては知らんが」
「もしかして他にバージルさんが使っているのも……?」
ポムニットが続けて質問した。閻魔刀以外にも、バージルは籠手と具足のようなものを装着して戦うのをポムニットは知っているが、バージルはそれの着脱を一瞬で済ませるのである。少なくともリィンバウムで作られている品ではないような気がしていた。
「たぶん、そうだと思うよ」
以外にもそれに答えたのはアティだった。バージルがリィンバウムに来たばかりの頃、無限界廊でギルガメスを見つけた時に彼女も同行していたため、そう思ったのだ。
「アティの言う通り、ギルガメスも魔具だ」
「……あの、そもそも『魔具』ってどういうものなんですか?」
「簡単に言えば悪魔の魔力が込められた物のことだ。……その意味ではアティの持つ剣も魔具にあたる」
ポムニットの疑問にバージルが淀みなく答えた。
人間界では魔力が扱われていないため、魔力を宿した物という説明で十分だが、このリィンバウムにおいては普通に魔力について扱われているため、悪魔の魔力と明確に区別する必要があった。
「それって……、バージルさんの魔力があるからですか?」
「そうだ」
確かめるような口調のアティにバージルが同意する。二度の破壊を経て、アティの魔剣はバージルの魔力を大量に吸収した。特に二度目に至っては真魔人状態のバージルの魔力を取り込んだため、相当に強力な魔具と化しているのだ。
「先生の剣も……」
ポムニットはうらやましげにアティを見る。自分だけが仲間はずれにされた気分だ。
「……どうしてもと言うのならくれてやるが?」
自分の身を守るのに必要だと言うのなら、バージルとしてはポムニットに魔具を与えるのはやぶさかでなかった。普通の武器に魔力を付与することくらいならたいして難しいことではないのだ。もっとも、さすが市販品ではアティの魔剣クラスの魔力を付与することはできないだろうが。
「……大丈夫です。やっぱり戦うのは苦手ですから……」
少し考えるように顔を伏せてポムニットは答えた。彼女は先の戦いで悪魔と戦ったが、それは必要に迫られたからに過ぎない。今でもできるなら戦いたくはないのだ。
「そう言えば
既に
そうしたこともあって、アティはこの機会に新たに名前をつけようと考えたのだ。
「確かに、最初とはだいぶ色も変わっているしな。好きにすればいいだろう」
今から二十年ほど前に、
「それで、何かいい名前ありませんか?」
「お前の剣だ。自分で考えるべきだ」
アティの問いに、バージルはもっともらしい理屈を言ってはぐらかした。その実、何も案が思い浮かばなかっただけなのだが。
「……ただ、何も思いつかないのであれば、メイメイにでも話してみることだ」
ただ、それではあまりにもアティに酷だったため、メイメイの名前を出した。だらしなく見えるが彼女はこの世界でもトップクラスの知識を持っているだろう。相談すれば、案の一つか、そうでなくとも参考になりそうなことくらい捻り出すだろう。
「メイメイさんですか……、確かにたまに来ることありますから、何も思い浮かばなかったら相談してみます」
アティは納得したのか頷いた。
メイメイは昔のようにいつも島にいるわけではないのだが、時折ひょっこり顔を出しているのだ。特に宴会の時のように酒が振舞われる時は、いつの間にか混ざっていることがままあるのだ。
アティの剣の話も落ち着いたところで、ポムニットは名残惜しそうに切り出した。
「あの、そろそろ戻りませんか? お夕飯の支度もありますし……」
今日の夕食はバージルが希望した天ぷらがメインとなる予定だ。その準備も考えるとそろそろ戻った方がいい日の傾き具合だった。
「そうだね、そうしようか」
「ああ」
二人にも反対はなかった。
「それじゃあ、バスケット取ってきますね」
ポムニットが置きっぱなしのおにぎりを入れてきたバスケットを取るために、花畑に駆け出して行った。
「それにしても。今日はありがとうございました。すっごくよかったです! また、三人で来ましょうね!」
こんないい場所に案内してくれたバージルにアティは満面の笑顔でお礼を言った。
「それならなによりだ」
喜んでくれたのなら案内した甲斐もあるというものだ。バージルは口元に笑いを浮かべて答えた。
アティやポムニットのみならず、バージルにとっても今日という日は忘れえぬ一日となったようだった。
今後の予定としては、次回から8話~9話くらいの中編をやってから、4編に入りたいと思っています。今年中にいけるかは微妙なところですね。
さて、次回は9月3日(日)午前0時の投稿を予定しています。
ご意見ご感想や評価等お待ちしてます。
ありがとうございました。