Summon Devil   作:ばーれい

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第58話 暗躍の王都

 かつてリィンバウムが四界からの侵攻を受けていた時代、永きにわたるその戦いを終わらせたのは、現代においてエルゴの王と呼ばれる一人の青年だった。

 

 彼はその後王国を打ち立て、死の間際まであらゆる世界の者たちが共存共栄できる理想郷を創るという理想の実現を求め続けたのだ。

 

 しかし、彼の死後から今に至るまでその理想が叶えられることはなかった。エルゴの王の建国した王国は、直系の子孫が治める聖王国、エルゴの王の庶子の血を引く者を元首とする旧王国、そこから分裂した帝国の三国へと分断されたのだ。

 

 こうした経緯もあり、三国間では昔から争いが絶えなかった。近年では最も好戦的だった旧王国の国力も衰え、大規模な侵略戦争は少なくなったが、小競り合いは頻繁に発生していたのである。

 

 そうした動乱期に聖王国で重要な役割を果たしたのは「聖王国の盾」の異名を持つ三砦都市トライドラだった。旧王国、帝国へと睨みを利かせることができる要衝のトライドラは優秀な騎士が常駐しており、小競り合いから聖王国を守ってきたのだ。

 

 中央と各地方の政治的繋がりは希薄で、都市ごとの統治が行われている聖王国において、トライドラは異名通り聖王国の国境警備部隊としての性格も持っていたのだ。

 

 しかし、そのトライドラも二年前にメルギトスの策略で壊滅してしまった。ただ、同時期に旧王国も有数の軍事都市である崖城都市デグレアを失ったのだから、国内の政治的混乱の終息と軍の再編が済むまでは、さすがに大きな動きは見せないだろうという見方が優勢だった。

 

 それでも現状の聖王国の軍備の脆弱さに警鐘を鳴らす者は少なくない。いくら旧王国がさらに弱体化し、帝国も国境警備隊を常設した程度の動きしか見せていないとはいえ、今の聖王国の戦力は守るべき民や領土と比較しても十分とは言えないのだ。

 

 なにしろ二年前の大悪魔ベリアル率いる悪魔との戦いで、各都市から選抜された騎士団も大きな打撃を受けたのだ。通常であれば欠けた人員や装備を補充する必要があるのだが、復興を優先するという方針が示されたことで軍備の回復まで金が回ってこなかったのである。

 

 装備の購入にも金はかかるが、人を育てるのにも金が必要だ。そのため、辛うじて回ってきた金は装備の充足にあてたため、人員の充足率は六割を切る有様だった。

 

 そのせいでゼラム各所の警備も十分な数の騎士が配置されているのは、正門や王城などの重要な場所に限られているのが現状だった。それでも最近は悪魔の出現も減少傾向であるため、それでもなんとかなっていたのである。

 

 ただ、今回の武闘大会は会場となる大劇場に聖王家が姿を見せるということもあって、騎士団はその半数以上が会場の警備に回されており、その他の場所の警備はこれまで以上に甘くなっていた。

 

 そしてそれを狙って暗躍するものも確かに存在しているのである。

 

「…………」

 

 まだ朝日が昇ったばかりの時間にバージルは目を覚ました。とはいえ、彼がこの時間に目を覚ますことは珍しいことではない。日課の一つである瞑想のために朝早くから起きることはいつものことだったのだ。

 

 ところが今日、目を覚ましたのは瞑想するためではなかった。

 

 バージルはベッドから起き上がるとそのまま窓のほうまで歩いていく。窓にはカーテンが閉められているとはいえ、僅かな朝日は部屋の中に入ってきており、それが今の時間を教えていた。

 

 しかし、バージルはカーテンを開け放つようなことはしなかった。さすがに気持ちよさそうに寝ているアティを起こしたくはなかった。

 

「……さすがにもう感じないか」

 

 カーテンをくぐり、窓から外から眺めながらバージルは呟いた。

 

 彼が目を覚ましたのは殺気を感じたからだ。さすがに自分を狙う奴がいるとは思わないかったものの、確認のために窓から外を確認したのだ。

 

 だが、言葉の通り窓の外からは殺気を感じることはなかった。そもそも殺気を放つということ自体、喧嘩や戦闘中など非日常的な状況でしかありえない。それは騎士や軍人のように戦うことが本分の者であっても同じであり、殺気を感じなくなったことはおかしいことではない。

 

 そして次に気になるのはそれを放った者のことである。

 

「武闘大会の関係者か、あるいは……」

 

 既に予選が始まっている武闘大会に出場する者は腕に覚えのある者ばかりという話だ。それを考えれば先ほど感じた殺気は、そうした出場者が放ったものかもしれない。そうした者は血気盛んな者が多く、喧嘩も往々にしてよくあるものだ。

 

「…………」

 

 それともう一つ、言葉にはしなかったがバージルには思うところがあった。

 

 暗殺である。

 

 今回の武闘大会には聖王家が発起人となっていることもあり、聖王が姿を見せるだろうということは誰もが考えているところだった。

 

 二年前に城の一部が崩壊したとはいっても、被害を免れた部分だけでも日常生活を送ることは容易であるため、聖王家はこれまで通りほとんど姿を見せなかったのだ。

 

 その聖王が武闘大会の会場となる大劇場に姿を現すのだから、警備も厳重なものになることは想像がつく。しかし、そうした状況における警備のノウハウが騎士団にあるのかは疑問に残る。特に今回のような大観衆の前に聖王家が姿を現すのは前例がないという話は聞いているため、尚更その疑念が強くなったのだ。

 

(いずれにせよ、関わらなければいいだけだ)

 

 バージルの考えではどちらにも武闘大会が関わっているため、それに関わらないようにしようと心に決めた。そもそも、今日の予定は決まっていなかったため、そうするのは難しいことではない。

 

 ちなみに今回の聖王国への滞在日数は、カイル一家が次に島へ船を出すまでの日程を考えてひと月ほどとなっている。もっとも、ゼラムのハルシェ湖の港から出ている船を使えばもう少し余裕ができるが。

 

「あれ……? もう朝、ですか?」

 

 そこへアティから声がかけられた。彼女はどうやら起きたばかりのようで、眠い目をこすりながら欠伸をしていた。

 

「まだ早い。もう少し寝ていろ」

 

 言いながらバージルはベッドの方へ歩いていく。とはいえ、彼は二度寝しようと思ったのではなく、ベッド脇の台に置いた件の報告書を取ろうとしたのだ。

 

 そして目的の物を手にした時、アティがバージルのシャツを引っ張っていた。

 

「何の真似だ?」

 

「あの、一緒に……」

 

 アティは時折、こうして子供のように甘えてくることがある。彼女の両親はアティが幼い頃に殺されたのだという。それ以来、彼女は村の者によって育てられてきたというが、そこにはどこか遠慮があったのかもしれない。だからバージルというパートナーを得たアティはその反動で甘えたくなるのかもしれない。

 

「……仕方のない奴だ」

 

 溜息をついたバージルは諦めたようにベッドで横になった。するとアティはそこが自分の定位置であるように、すぐさま腕の中へ潜り込んだ。必然的にバージルは彼女へ腕枕するような形になった。

 

「よく飽きないな」

 

 その様子にバージルは思わず呟いた。それこそ腕枕はそう珍しいものではない。共に寝るようになってからは、よくしていることだ。

 

「いいじゃないですか、好きなんですもん」

 

 どうやらバージルの言葉はアティの耳にも届いていたようで、彼女は開き直ったように答えた。

 

「文句を言ったつもりはない」

 

「えへへ、わかってますよ」

 

 釈明するような言葉にアティはいたずらっぽく笑いながら答えた。何のことはない。彼女は報告書なんかより自分に構って欲しかったのだ。それを証明するかのようにアティは、密着するほどバージルに体を寄せた。

 

「なら、さっさと寝ろ」

 

 バージルはアティの枕となっている左腕を動かし、彼女の頭を包みこんだ。

 

 そうしてしばらくするとアティは穏やかな寝息を立て始めた。そんな彼女をバージルは優しげな視線で見ていた。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、バージルとアティは昨日に続きゼラムの街に出ていた。特に行く当てはなかったが、せっかくなので観光も兼ねて街を散策することにしたのだ。

 

「やっぱりここも賑わってますね」

 

「そうだな」

 

 二人がやってきたのはゼラムの東から南東にかけて位置するハルシェ湖だった。

 

 ハルシェ湖は城の上手にある至源の泉の水がたまってできた湖であり、潮の満ち引きによっては運河を通じて海水が流れ込む汽水湖でもある。そうした性質を利用しているのか、ここには大規模な港が整備されていて聖王国のみならず各国からも多くの船が訪れるのである。

 

 大劇場で武闘大会が開かれている今も、積み下ろしは行われている。彼らのような積荷の積み下ろしに携わっている者には武闘大会のようなイベントとは無縁なのかもしれない。

 

「あ、バージルさん、あそこで釣竿の貸し出しをしてるみたいですよ!」

 

 アティが見つけたのは釣竿をレンタルする店だった。ハルシェ湖の水は飲料水にも使えるほど水質がよく、汽水湖の性質上、淡水魚も海水魚釣れるため釣りをしに来る者も多いのだ。

 

「時間はある。やるか?」

 

「はい! 借りてきますね!」

 

 どうせ、もうしばらくはゼラムにいる予定なのだから、一日くらい釣りをするのもいいだろうと考えたバージルは言った。するとアティはその言葉を待っていたといわんばかりに、すぐに釣竿を借りに行った。

 

(そういえば島でもやっていたか……)

 

 思い出しように胸中で呟く。アティは島にいた時から学校のない日はよく釣りをしていたのだ。その釣果が夕食に並んだのは一度や二度ではないため、腕前も相当のものなのだろう。

 

「借りて来ました!」

 

 そう言ってアティは釣竿を差し出した。一緒にやろうということなのだろう。

 

「やると言った覚えはないが……」

 

 そもそもバージルは釣りをした経験などない。そのため、釣りをするのはアティに任せるつもりだったのだ。

 

「別に釣れなくてもいいですから一緒にやりましょう?」

 

「……まあ、いいだろう」

 

 どうせ暇つぶしであり、結果にこだわらないのであれば、とバージルは了承した。

 

 そして二人は人通りが少ない港の隅の方を釣り場に選び、糸を垂らすことにした。

 

「そういえば武闘大会が開かれるのは今日みたいですね」

 

「らしいな。……それにしても随分と暇な奴らが多いな」

 

 会場周辺の魔力を探ったバージルが呆れるように言った。その数から判断して大劇場には溢れんばかりの人が押し寄せていることだろう。

 

「仕方ありませんよ。今日は聖王家の方々も来られるんですから」

 

「……前々から思っていたのだが、エルゴの王とやらはそこまでの存在なのか?」

 

 聖王家や旧王国や帝国の元首に流れる血が、元を辿ればエルゴの王に行き着くことはバージルも知っている。三国ともエルゴの王の血を引く者を元首に据えることで国家の正当性を訴えている。

 

 そこにはまるでエルゴの王こそがリィンバウムの唯一の王であるという認識が下地にあるような印象を受けるのだ。

 

「まあ、やっぱり戦いを終わらせた人ですし、王としても名君ですから。……少なくとも悪い感情を抱く人はいないと思いますよ」

 

 戦争を終結させた英雄であり、今のリィンバウムの礎を築いた伝説の英雄。確かに歴史に残る傑物であると言えるだろう。だからこそ三国とも彼を半ば神格化された存在として扱っているのかもしれない。

 

(どちらかと言えば、後の人間が過度に偶像視した神のような存在、というところか……)

 

 リィンバウムは人間界における宗教や神話で見られるような神が存在しない世界である。だからこそ、エルゴの王を神のように崇め偶像視しているのかもしれない。

 

 当然、その神の血を引く聖王家など各国の君主は、リィンバウムの人々にとっては、王であるとともに、同時に神に近しい存在でもあるのだ。

 

 そんな神格化された己のことを、果たしてエルゴの王はどう思うのだろうか。

 

 そしてそれはバージルの父であるスパーダにも言えることだ。彼は人間界のフォルトゥナという都市で神として祭り上げられていることをバージルは知っている。しかしそれは、父の足跡を追っていく中で知ったことであって、直接聞いたわけではない。

 

 あの厳格な性格の父なら己が祭られることに良い顔はしないだろう。なにしろ父はそんなことのために魔帝に反旗を翻したわけではないのだから。

 

(魔帝か……)

 

 ふとムンドゥスのことが頭をよぎる。いまだ動きを見せない魔帝だが、いずれリィンバウムに侵攻するのは既定の未来である、少なくともバージルはそう信じていた。

 

 もちろんバージルは今でも魔帝を滅ぼすことを目的の一つとしている。しかし、その理由は昔と少しずつ変わってきているということを自覚していた。まだはっきりとは見えてこないが、何かきっかけがあればすぐに明らかになるような気がしていた。

 

「あ、動いてます! 引っ張ってください!」

 

 アティの言葉で思考を打ち切ったバージルは釣りに意識を向けることにした。

 

 

 

 そしてそのまま二時間ほどの時が経った。

 

「バージルさん、意外と上手ですね」

 

「お前ほどではないがな」

 

 アティはバージルが釣り上げたものを見て言った。それなりの大きさの魚であり、今回だけでそれなりの数の魚を釣っているため、初心者にしては十分な釣果だろう。もっともアティはバージルの倍以上釣っていたようだが。

 

「そろそろ切り上げましょうか? もういい時間ですし」

 

 太陽も正中近くに位置しているところでアティが言った。暑くはないが、日差しはだいぶ強くなっている。もっと続けるにしろ、少し休憩を挟んだ方がいいと思ったのだ。

 

「……なら、食事にでも行くか」

 

 少し小腹も減っていたのでそう提案した。これにはアティも賛成だったようで「いいですね!」と答えた。

 

 そして借りた釣竿を返却した二人は並んで船着き場の近くを歩いていた。

 

「それじゃあ、どこに行きましょうか?」

 

 ゼラムには様々な飲食店が軒を連ねている。繁華街だけに絞っても会員制の高級店から屋台までありとあらゆる種類の店があるのだ。それだけにどこで食事をするかという悩みはいつになっても終わることはないのである。

 

「とりあえず大劇場の周辺はなしだ」

 

 とはいえ今日は武闘大会が開かれているため、その会場周辺は非常に混雑している。そんなところで食事をとろうという気にはなれなかった。

 

「うーん、それなら導きの庭園はどうです? あの近くにも屋台が出ていましたし」

 

「そうだな。あそこなら他よりもマシだろう」

 

 昨日訪れたときのことを思い出しながらのアティの言葉にはバージルも文句はなかった。一応、その他の候補としては王城周辺もあったが、あそこも、この時間帯は混雑することは予想できるため、できれば避けたかったのだ。

 

 そうして目的地が決まり、そこへ行こうと進路を変えた時、後方から声をかけられた。

 

「……アティ?」

 

「え? ……アズリア?」

 

 不意に名を呼ばれたアティが振り向いた先にいたのは帝国の軍学校の同期であり、島では敵対したこともあった友人であるアズリア・レヴィノスがいた。

 

 

 

 

 

 思いがけない人物と再会を果たしたアティはこのまま別れるのは惜しいと思い、少し話をしようと誘った。そうしてアズリアを含めた三人は、導きの庭園までやって来ていた。

 

「今回は観光で来たんですか?」

 

「まあ、イスラも聖王国にいるというし、観光も兼ねて、な」

 

 アズリアは少し迷ったように一瞬、視線を伏せて答えた。アティはその様子に引っかかることを感じながらも、それを気付かせないように口を開いた。

 

「それにしても珍しいですね、アズリアが休暇なんて」

 

 国境警備の任に就いてからというもの、まともな休暇を取ってこなかったことは、手紙のやり取りをしていたアティはよく知っていたのだ。

 

「自分でもそう思うよ。ただ、部隊の編成も目途が付いたし、それにギャレオもうるさくてな」

 

「やっぱり将軍になるのは大変なんですか? 手紙を見る限りで随分大変そうですけど」

 

 苦笑しながら答えるアズリアにアティが尋ねる。

 

 二年前の戦いでの功績でアズリアは帝国初の女性の将軍に昇進していた。それと並行して彼女の率いる部隊も増強されることとなったのだ。これは国境警備の重要性が帝国軍の上層部にも改めて認識された結果だった。

 

 そうした経緯もあってアズリアはしばらく部隊の指揮をギャレオに任せ、新規兵士の選抜のため軍学校のある帝都ウルゴーラや丘段都市ファルチカと自分の部隊を往復する生活になり、休暇を取れる状況になかったのだ。

 

「まあ、大変じゃないと言えば噓になるが……おかげで実家への借りも返せたしな」

 

 島での一件で部隊を失った責任を取らされ、当時の閑職である聖王国の国境警備部隊へ転属となったものの、それは彼女の実家である多くの軍人を輩出してきたレヴィノス家の力があったためだ。事実、部隊の構成員のほぼ全てを失った上に任務も失敗したという事実は、不名誉除隊になっても不思議ではないほどの失態だったのだ。

 

 しかし、今回アズリアが帝国初の女性将軍になったことでレヴィノス家は失った名声を取り戻した形となったのだ。

 

「……もっとも、私が将軍になれたのも、あの時にあなたが協力してくれたからだがな」

 

 バージルに向かって言う。アズリアが将軍となるに足る功績を上げた戦いはバージルも助力していた。というより、彼女の部隊が交戦していた悪魔を横から殲滅したと表現した方が適切かもしれないが。

 

 とはいえ、そんな経緯は記録には残らず、悪魔の撃退の功績は全てアズリアのものとなった。それは彼女にとっては複雑な思いではあったが、バージルにとってはどうでもいいことだった。

 

「終わったことだ。……それに俺がいなくとも最終的には貴様らが勝っていただろうしな」

 

 それは正直なバージルの感想であった。あの時のアズリア率いる部隊の動きは見事なものだった。少なくとも急造の聖王国の軍勢よりも統制された動きを見せていたのだ。それに加えてイスラの紅の暴君(キルスレス)の力があれば、相応の被害を出るだろうが最終的に悪魔を殲滅できていただろう。

 

「そうか。……ところでアティ、お前たちは……結婚記念の旅行か?」

 

 アズリアはアティとバージルを見ながら言った。この二人の関係が進んだという話は聞いていたが、こうして直接見てみるとやはり距離が近く感じる。そもそも彼女自身はそれぞれと個別になら何度か会ったことはあるが、二人揃ってとなると島にいた頃以来であったが。

 

「えっと……まあ、そんなところです」

 

 少し赤い顔をしながらも幸せそうな顔で笑いながらアティは答えた。これがアズリアの知るかつての彼女なら、しどろもどろになりながら否定していたところだろうが、やはりバージルとの関係が進んだことで変わったのだろうと判断した。

 

「それはなによりだ。いろいろ相談に乗ってやった甲斐もあるというものだ」

 

「相談?」

 

「ア、アズリア! それは……!」

 

 アティが慌てるのも無理はない。彼女は以前からバージルとの関係についてアズリアに手紙で相談していたことがあったのだ。島の誰かに相談ということも考えられたが、教師という立場と文化的な違いから、アズリアに相談してきたのである。

 

「む……、その、すまない……」

 

 アズリアにしてみれば、先ほどの言葉は友人のことを思ってのものだったが、肩の荷が下りた安堵からか、不用意にもいろいろと相談を受けていた事実を暴露してしまったのだ。勿論口止めされていた訳ではなかったが、アティの反応から知られたくなかったことだと悟った。

 

「終わったことだ。別に気にするようなことではないと思うがな」

 

「だって……私が一人で勝手に一喜一憂してるようなものですし……」

 

 相談の内容自体は小さなことだがアティにしてみれば、昨日の魔剣のことと似たようなもので、ずっとバージルのことを意識してきたことを暴露されるのは恥ずかしかったのだ。

 

「……本当にそれは自分だけだと思っているのか」

 

 ぼそりと呟いたバージルの呟きが耳に入った。

 

「そ、それって……もしかして――」

 

 私を意識してくれていたってことですか。そう消え入りそうな声で尋ねる。

 

「……さあな」

 

 もちろんバージルから明確な返答はない。しかし、その言葉からは「察しろ」という意思が込められているように感じた。

 

 実際、島で己を見つめ直して以降は、アティを他の者に比べ意識していたのは事実だった。結局、その気持ちの正体は、つい最近になるまで気付かなかったが、その芽生え自体はずっと前からあったのかもしれない。

 

「……バージルさん」

 

(……似合いとはいえ、面倒な奴らだ)

 

 そっぽを向いたバージルに熱い視線を送るアティに、アズリアは溜息を吐きながら話しかけるタイミングを探りつつ、心中で愚痴を呟いた。どうやらこの帝国初の女性将軍は根っからの苦労人なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 




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ありがとうございました。

なお、次回更新は9月23日(土)か24日(日)頃を予定しています。

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