Summon Devil   作:ばーれい

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第60話 ゼラム事変

 悪魔でありながら人の心を知り正義に目覚め、人間の側に立って魔帝率いる巨大な魔界の軍勢と戦った伝説の魔剣士スパーダ。そんな父と自分は似たような道を歩いているのではないか、そうバージルは思う時がある。

 

 バージルは悪魔として生きる道を選び、テメンニグルでの戦いを経てこのリィンバウムへと辿り着いた。そこでアティと出会い、そして守るべき存在を得た。全くの同一ではないものの、人と触れ合うことで変化したという点では共通している。

 

 もちろんバージルは父のように生きようと思ったわけではないのにもかかわらず、ここまで類似しているのはやはり親子だからだろうか。

 

 とはいえ、共通点ばかりではない。最も大きな違いは、バージルは人のために戦うことはないということだ。スパーダは人を守るために魔帝と戦ったが、バージルはアティを守るために戦っても、人という存在の全てを守ろうとは思えないのだ。

 

 これはバージルがサイジェントのいた頃も、僅かに考えていたことではあったが、実際にアティへの想いを自覚した後でも、それは変わらなかった。

 

 果たしてスパーダが見出した「人間を守る理由」とはどんなものなのか。バージルはそれを知りたいと強く思った。それは伝説の魔剣士の血を引く者としてだけではなく、父と同じ道を歩んでいる子としても知りたかったのだ。

 

「……二年前、貴様らも戦っていたそうだな、なぜだ?」

 

 バージルはそのために、まず人が戦う理由を知っておくべきだと考えた。スパーダもそんなところに影響を受けた可能性も捨てきれないためだ。

 

「いや、なぜって言われても……」

 

 その対象となったハヤトとマグナは顔を見合わせながら困惑気味に言葉を濁した。バージルの言葉だけではどう答えればいいかわからなかったのだ。

 

 そもそも、この二人がバージルと話すことになったのは、ある意味ではクラレットとアメル、アティが原因だった。

 

 

 

 導きの庭園でバージルとアティを見つけたハヤト達は邪魔をしない方向で考えていたのだが、逆にアティの方から声をかけられたのが始まりだった。

 

 それからどうも、クラレットやアメルはアティと意気投合したようで、三人で屋台の方を見て来ると言って行ってしまったのだ。一応、すぐに戻ってくるとは言っていたが、それでもあまり話したことがないバージルと一緒にいるのはなかなかに厳しいものがあった。

 

「あの戦いは全て騎士団や派閥に任せても問題はなかったはずだ。にもかかわらず貴様らは悪魔と戦った。その理由だ」

 

 このあたりは蒼の派閥からの報告書から得た情報だ。それによるとハヤトやマグナ、クラレットとアメルは初期に大平原にいたものの、その後は禁忌の森と称されるアルミネスの森にある遺跡でサプレスの大悪魔メルギトスを倒したのだ。こんな危険なことどれだけの大金を積まれても引き受ける者はいないだろう。

 

「……あなたは知っていると思いますけど、俺の祖先は許されないことをしました。だから、俺にはそれを全部終わらせる責任が、全ての元凶のメルギトスと決着をつけなければならなかったんです」

 

 マグナの祖先が何をしたかは以前に当のマグナからも聞いているし、あのおとぎ話が書かれた蒼の派閥の本もその話を裏付けていた。ただ、その黒幕があのメルギトスだったということは初耳だった。

 

 バージルが知るメルギトス、ひいてはレイムは自分より弱い相手に強く出る典型的な小物のイメージのしかなかったので、マグナの言葉には少しばかり驚いていた。

 

「祖先が許されないことをしたとは言っても、貴様には関係ないはずだ。……向こうから仕掛けてきたのなら別かもしれんが、わざわざ自ら動く必要はないだろう」

 

 祖先のやったことが自分に影響を及ぼす。それ自体はスパーダの血族として、二千年経った今でも悪魔に忌み嫌われるバージル自身の経験もあり理解もできるが、マグナはそうではなかったはずだ。例えばメルギトスがかつてのムンドゥスのように、マグナ自身を害そうとしたのなら戦う理由はあるだろうが、そうでないなら顔も知らぬ祖先の尻拭いをする必要などないはずだ。

 

「確かに今の俺には責任はないって言われましたけど……それでも、その時の因果が今も仲間を苦しめているのに、何もしないなんて選択、俺にはできませんでした」

 

 召喚兵器(ゲイル)を開発したライル一族の生き残りであり、融機人(ベイガー)としての特性から全ての記憶を受け継がなければならず、また迫害もされてきたネスティ。そして豊穣の天使のアルミネの魂の欠片が人の形をとって生まれたアメルは、メルギトスの謀略によって生まれ育った村を滅ぼされた。

 

 どちらもクレスメントが犯してしまった罪の因果に巻き込まれたのだ。

 

 これが自分だけならまだしも、大切な仲間も望まぬ運命に苦しんでいるというのは、どうしても見過ごすことなどできなかったのだ。そもそも、マグナが過去の罪を知った時にはもう事態は差し迫っており、何もしないという選択をするのは事実上、不可能だったが。

 

「自分ではなく、仲間のため……」

 

 バージルはぽつりと呟いた。他者のために戦う。それ自体はいくつもの創作物でも取り上げられているように、人間の戦う理由としてはある意味ではありきたりなものかもしれない。

 

 だが、己の欲望のままに振舞う悪魔にとってはまずありえないことなのだ。

 

 しかし、その悪魔であるスパーダは人間のために戦った。

 

 それを考えるに、やはり父は人の感情を理解し己のものにしていたのだろう。実際、バージルが知る父も滅多に顔には出さないものの、二人の息子に対しては人間らしい愛情もって接していたのだ。

 

 バージルがそんなことを考えていると、ハヤトが口を開いた。

 

「俺はマグナみたいに特定の誰かのためってわけじゃないけどさ……。この力は与えられたものだから、その責任は果たさなくちゃいけないと思って戦ってきただけなんだよ」

 

 力には責任が伴う。ハヤトはそのことをこの世界に召喚された時から自覚していた。ただの高校生でしかなかった自分では持ちえなかった力を、使いようによっては容易く人を殺すこともできる力を持った時から。

 

 それは界の意志(エルゴ)から力を授けられてからも変わらなかった。むしろ、より強力な力を得たことによる重責を感じていたほどだ。

 

「二年前の戦いもその責任を果たすため、ということか?」

 

「それもあるけど、それだけってわけでもないんだ。……実際のところ、ああいう悪魔は許せないし、マグナ達も放ってはおけなかった。……結局、俺はその場その場で正しいと信じることをやってきただけなんだよ」

 

 とは言うもののハヤトが力を振るう相手は、原則リィンバウムに過剰に干渉し害をもたらす異世界の相手だけだ。これは初代誓約者(リンカー)が結界をこの世界に張った理由と、界の意志(エルゴ)がそれをハヤトに力を授けてまで修復したことを考えれば、至極当然のことなのである。

 

(責任感だけではなく、正しいと信じること、か……)

 

 言葉だけなら簡単に言えるが、それで危険を顧みず戦える人間は決して多くはない。それができるハヤトという人間は勇敢で善良なのだろう。

 

「……ところでバージルさんは?」

 

 おそるおそるといった風にマグナが問い掛けた。

 

「……悪魔を殺すためだ」

 

 バージルの言葉は確かに事実ではあったが、少なくとも二年前の一連の戦いでこの男が本気で殺しにかかった相手はベリアルだけだった。

 

「あの、どうしてそこまで?」

 

「…………」

 

 マグナの言葉を聞いたバージルは答えるつもりはないとばかりに顔を逸らした。彼が悪魔を殺す理由を話したのはアティとポムニットだけだ。その二人ほど親しければ話してもいいだろうが、少なくとも今のマグナやハヤトはそうではない。

 

 彼らにばかり聞いて不公平ではあるが、それでも話すつもりがないところはある意味彼らしいと言えるかもしれない。

 

「あー、二年前といえば一つ聞きたかったがあったんだ!」

 

 この冷たくなった空気を何とかしようとハヤトが声を上げた。

 

「何だ?」

 

「あのさ、メルギトスに何か仕掛けをしたことってある? あいつ俺達と戦っていた時に勝手にボロボロになっていったんだけど……」

 

 それはもう二年も前に終わったことだが、ずっと心の片隅に引っかかっていたことだった。

 

 あの時はメルギトスも自身の体に起きたことが信じられないような悲鳴を上げていたのだ。ハヤトが知る限りそんなことをできそうなのはバージルしかいなかったため、この機会に尋ねてみたのだ。

 

「……いつの話かは知らんが、俺は何もしてはいない」

 

 バージルとて広範囲に渡って繰り広げられたあの戦いの全てを知っているわけではない。そのため自分がいなかった場所の状況についてはどうしても派閥の報告書頼みになってしまうのだ。しかし、それも正確な時間までは記載されていなく、結果として全体の時系列は把握できていないのが現実だった。

 

 それでもあの戦いの中でバージルが力を振るった相手の中にメルギトスはいなかったのは確かだ。もっとも、バージルがその魔王の相対していたのなら、彼はバージルと戦った悪魔と同じ末路を辿り、ハヤトやマグナと戦うことはなかっただろう。

 

「そりゃそうだけどさ。それにあの場には俺達もいたから、誰か来たらさすがに気付くだろうし……」

 

 それは自身を納得させるような言葉ではあったが、それでもハヤトは腑に落ちない様子だった。

 

「それにあの時のメルギトスは……なんて言うか、内側から弱っていくような様な感じだし……。やっぱりあの魔力が何か関係するのかなあ」

 

「魔力?」

 

「ええ、メルギトスが苦しみ出す直前、ゼラムから大きな魔力を感じたんです」

 

 聞き返したバージルにマグナが説明する。

 

 それを聞いたバージルには一つ心当たりがあった。

 

「……それは俺だろうな」

 

 ベリアルを相手にした時、バージルは難しいことなど考えずに心の、魂の叫ぶままに己の全ての力を解放し、真魔人へと変じた。その際に発生した魔力こそが彼らが感じたものだろう。

 

「え? でも、確かあの時は北の方に向かうって言ってなかったっけ?」

 

 ファナンで別れる前に聞いたことを覚えていたハヤトが疑問を呈した。

 

「そちらと国境近くの悪魔を始末した後に移動しただけだ」

 

「そんな簡単に言える距離じゃないんじゃ……」

 

 マグナの言う通り、帝国との国境からゼラムへの距離は決して近くはない。おまけに最短ルートを通るのなら激戦地となっていた大平原を抜けなければならなかったはずなのだ。

 

「やめとけ、マグナ。この人に常識は通じないって」

 

 半ば諦めたのかハヤトが投げやりに言う。サイジェントの時もこの男はいつの間にか戦場にいたのだ。おまけにあの桁外れの強さ。真面目に考えるだけ馬鹿らしくなったのだ。

 

「まあ、それで、魔力の源がバージルさんだとして、それがメルギトスにどう影響を与えたか、ですよね」

 

「そうだけど、俺たちは何ともなかったしなぁ……」

 

 もしバージルの放った魔力がメルギトスに影響を与えたとすれば、自分達も何らかの変調をきたして然るべきだと思うのだが、実際変化があったのはメルギトスだけだった。

 

 この時、もし二人にサプレスの悪魔について詳しい知識でもあれば、原因を理解することも可能だっただろう。しかし、ハヤトはそうした四界の生物についてはクラレット頼りであり、召喚師のマグナに至っては召喚術より剣術の方に力を入れていたのだから、推して知るべきである。

 

 二人はそれからしばらく考えていたが、結局、答えは見つからなかったようだ。

 

 

 

 

 

 同じ頃、アティ達女性陣は屋台で買った物を食べながら男性陣のもとへ戻っていた。

 

「どう? おいしい?」

 

 アティが尋ねる。自分がおすすめした屋台で買ったものだけにクラレットとアメルの様子が気になるようだ。

 

「ええ、特にこの甘すぎないクリームと果物の組み合わせがいいですね」

 

「とってもおいしいです!」

 

三人が食べているものはクレープだった。薄い生地でたっぷりのクリームとフルーツを巻いており、甘さ控えめのクリームが果実本来の甘味を見事に引き立てている逸品だ。

 

「よかった。口に合わなかったらどうしようかと思ったよ」

 

 ほっとしたような様子で手にしたクレープを食べる。

 

「そんなことありませんよ。いつもはほとんど甘い物は食べませんから、むしろこうしたものをおすすめしてくれて嬉しいです」

 

「あたしも甘い物なんてめったに食べないなぁ」

 

「ハヤト君とかマグナ君は食べないの?」

 

 一通りの紹介は既に済ませていたため、アメルとマグナの関係性については知っていた。

 

「マグナは甘い物は嫌いではないと思いますけど……」

 

 アメルが知る限りマグナが甘い物を食べたいと口にしたことはなかった。彼は特に好き嫌いもないため、甘い物も嫌いではないだろうが、そもそもアメル達が住んでいるレルム村ではそういった物も手に入りにくいのだ。

 

 なにしろレルム村は立地も悪く人も少ないため、元々あまり行商人が訪れない村なのだ。今は金の派閥の出資もあり、はぐれ召喚獣の移住先として再建してきているものの、立地という根本的な問題は解決していないため、自給自足の生活に変わりはないのである。

 

「ハヤトもそうです」

 

 クラレットはハヤトの好物がラーメンであることを知っていた。話自体は以前から聞いていたが、那岐宮市に行った際に彼に連れられてお気に入りのラーメン店に連れて行ってもらったこともあった。

 

 また、少し前にクラレットが手作りのお菓子をプレゼントした時、ハヤトはとても喜んで食べていたこともあり、少なくとも嫌いではないだろうと彼女は思っていた。ちなみにハヤトが喜んだのはお菓子をもらったからではなく、クラレットからプレゼントをもらったことが理由ではあるが。

 

「あ、そうなんだ。バージルさんも好きだから、てっきり好きな人が多いと思ったんだけど」

 

「……あの人も甘い物が好きなんですか?」

 

 見るからに不愛想で甘い物とは無縁そうなバージルが甘味好きだとは驚きだった。

 

「うん。これを買った店を選んだのもそうだよ」

 

「へ~、そうなんですか。ちょっと意外ですねぇ……」

 

 アメルは正直に答える。けれどもその言葉に全く嫌味を感じないのは彼女の人柄がなせるわざだろう。

 

「まあ、やっぱりそう思うよね。私もそうだったし」

 

 アティも苦笑しながら同意した。バージルが甘い物が好きなのを知ったのは二年前にゼラムに来た時だ。それまで長い間一緒に暮らしてきたにもかかわらずそれを知らなかったことには少し悔しさも感じたが、同時に好きな物があることに親近感を覚えたのも事実だった。

 

「……あの、バージルさんとはもしかして……?」

 

 アティのバージルに対するスタンスが、以前に会った時と異なっているように感じたクラレットは思い切って聞いてみることにした。

 

「えっと、……うん」

 

 アティは恥ずかしそうにしながらも、はっきりと肯定した。

 

「わあ、素敵ですね! おめでとうございます!」

 

「あ、ありがとう」

 

 今日初めて会った相手であるアメルからの祝意にお礼の言葉を返した。彼女のように素直に祝福の言葉のみを言われたのは意外と少なかった。島の多くの者にはようやくか、と呆れられつつの祝福だったのだ。もっとも、それだけアティが慕われている証ではあるのだが。

 

「やっぱりそうだったんですね。おめでとうございます」

 

「……やっぱり?」

 

 クラレットの言葉の一部に気になったところがあったアティは聞き返した。バージルとの関係は島の者以外には、アズリアを除いて話していないにもかかわらず、何故気付いたのかと疑問に思ったのだ。

 

「え? だって前に会った時よりとても仲良さそうにしていましたし……」

 

 どうしてそんなことを聞くのかと不思議がりながらも、クラレットは自分が感じたことをそのまま口にした。そしてアメルも続けた。

 

「ええ、そうです。 腕を組んでとても幸せそうでしたよ」

 

「うぅ……、い、一応、教師だし自分では気を付けてるつもりなんだけど……」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめながら言う。アティとしてはバージルとの関係は前進したとはいっても、彼女自身は前と比べてもたいして変わっていないと思っていた。確かに随分と優しくなったバージルに甘えてしまうことがあるのも事実だが、それでも人目のあるところでは自重しているつもりだったのだ。

 

「それだけ先生が幸せだってことです」

 

「ええ、そうですね。それにせっかくの旅行という話なんですから、わざわざ我慢する必要なんてないと思いますよ」

 

「そ、そうかなあ……」

 

 二人にそう言われ、アティは若干心が揺らいだ。彼女が甘えるのを自重しているのは、教師という立場にある自覚がそうさせているのだが、ここゼラムでは生徒はおろか島の者などいないのだから、クラレットの言葉通りここでは我慢はする理由がないのである。

 

(確かにここでなら少しくらい我慢するの、やめてもいいよね……)

 

 結局アティも心の奥ではもっと甘えたいと思っていたようで、もっともらしい理由さえあれば案外あっけなく自重しない方向に行くのも無理らしからぬことだったようである。

 

 そうして三人は歩きながら先ほどの場所を目指すのだった。

 

 

 

 

 

「ようやく来たか」

 

 いろいろと考えながら女性陣を待っていたハヤトとマグナはバージルの発した声で意識を現実に戻された。バージルの視線の先にはこちらに歩いてくるアティ達の姿が見えた。

 

「しかし、随分と時間かかったな」

 

「まあ……そうですね」

 

 実際のところ、移動時間や商品を見定める時間を考えれば妥当な時間だったのだが、バージルと一緒にいたハヤトとマグナにしてみれば実時間以上に長く感じたのである。

 

「お待たせしました……ってどうしたんですか?」

 

 戻ってきたアティが先ほどとは異なり、少し目つきを鋭くさせながら周囲を注意深く見回していたバージルに尋ねた。

 

「いや……」

 

 生返事を返しながらもバージルは辺りに目を配るのをやめない。その様子にハヤトとマグナも怪訝な顔で同じように辺りを見回した。

 

「何も、ないよな?」

 

「ええ……そうですね」

 

 そう確認し合った時、北の方、より正確には城のある方向から助けを呼ぶ声や悲鳴が聞こえてきた。

 

「今のって……!?」

 

 直感的にハヤトはそれこそバージルが周囲を見ていた原因だと悟り、詰め寄るように尋ねた。

 

「……ああ、悪魔だな」

 

 短くも的確な答え。しかしそれが意味することの危険性をマグナは悟った。

 

「悪魔……!」

 

 今は王城には聖王はいないとはいえ、その城の広場はゼラムでも賑わっている場所の一つだ。そんなところに悪魔が現れたのであれば、惨事を免れないだろう。

 

 故郷とも言うべきゼラムに危機が迫っていることを実感したマグナはアメルと視線を合わせ、そこへ向かうと決めた。

 

「早く行きましょう!」

 

 ハヤト達に急かすようにアメルが言うが、そこへバージルの制止の言葉が入った。

 

「やめておけ、もう騎士団が向かっている」

 

 騎士団が対応している場所に指揮系統が違うマグナ達が行っても余計に混乱するだけだ。事実、彼らは二年前も戦いでも同じ理由で、大平原で戦った聖王国の軍勢に加わらなかったことがあり、バージルの言葉に納得せざるを得なかった。

 

 しかし、バージルの言葉はそれで終わりではないようだ。

 

「……ただ、貴様らがどうしても悪魔と戦いたいのなら、向こうに行くことだ」

 

「向こうって、あっちにも現れたってことか……!」

 

 ハヤトがバージルの示した方向を見ながら口走った。ちょうどハルシェ湖に出るための港があるあたりだ。この時間に船の乗り降りが行われているかは、ハヤトには分からなかったが、それでも多くの人がいることは間違いない。悪魔は王城前に続き、また人が多くいるところに現れたのだ。

 

(まるでサイジェントの時みたいだ。……まさか、今も誰かが……!)

 

 三年前のサイジェントも一時は、今のように唐突に現れる悪魔に苦しめられていたのだ。その時は人為的に悪魔が呼び出されていたため、まさか今回も同じように呼び出していたのではないか、考えたのだ。

 

「なあ、もしかしてこれは――」

 

「ハヤト先輩、早く!」

 

 それをバージルに確認しようとした時、マグナに声をかけられた。確かに今は一刻も早く向かうべきだろう。少しでも多くの人を悪魔から助けるには初動がもっとも重要なのだ。

 

「っ、ああ!」

 

 それにハヤトにはバージルにわざわざ確認せずとも、彼ならば今回の悪魔の出現が人為的なものであるか、ということくらい分かるだろうという計算もあった。なにしろ、サイジェントの時もそうだったのだから。

 

「わ、私も……!」

 

 アティは彼らを手伝おうとしたのだが、バージルに腕を掴まれた。

 

「お前はここにいろ」

 

「ど、どうしてですか!?」

 

 今は少しでも早く悪魔を倒すべきではないのか、と言いたげにバージルを問い質した。

 

「まさかこれで打ち止めだと思っているのか?」

 

「……え? まさか、これって……?」

 

「ああ、これでは終わらんだろうな。……悪魔を呼んだ奴らの目的は知らんが」

 

 話の趣旨を理解したアティに言う。武闘大会が開催されている今日という日に悪魔を召喚したのは偶然か、それとも何か目的があってのことなのか、それはバージルにも分からない。

 

「……分かりました。今は待ちます」

 

 それでも現状のところは騎士団とハヤト達で最低限の対応ができているため、とにかく今は次の動きを待つことにした。彼にしても、下級悪魔程度なら他の者にくれても惜しくはないため、待つことに抵抗はないようだ。

 

「…………」

 

 アティは何もできない無力感からか、無言でバージルの腕を掴んでいた。そんな彼女にバージルが彼なりの励ましの言葉をかけた。

 

「どうせすぐに出番は来る。今は大人しくしていることだ」

 

 言いつつ、バージルは心中で思った。――島から出ると必ず何かに巻き込まれるな、と。それがただの偶然か、それともスパーダの血によるものか、はたまた自分自身の宿命なのか、それは分からない。しかし何であろうと、こんなくだらないことで暗い顔をしているアティのためにもさっさと片づけようとバージルは心に決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




やっぱり何も起こらないわけありませんでした。バージルいるところ事件ありと言ったところでしょうか。

さすがに某名探偵ほどではないでしょうが。

ちなみに次回更新は10月8日(日)頃を予定しています。

ご意見ご感想や評価等お待ちしてます。

ありがとうございました。

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