Summon Devil   作:ばーれい

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第62話 乱戦

 ゼラム中に悪魔が現れて少しの時が流れた頃、武闘大会の会場となっている大劇場を守る騎士たちは焦りながら各所を奔走していた。

 

 ゼラムに悪魔が現れたという話を聞いた彼らは、警備の人員を割いて対抗戦力を派遣するとともに守るべき王と王女を城に護送しようと考えたのである。

 

 城の前の広場にも悪魔が現れたという話も聞いているが、そちらには十分な数の騎士を派遣したし実際に、悪魔を駆逐しつつあり、という報告も受けている。それに大劇場は戦闘に向いた場所だとはお世辞にも言えず、最悪の事態を考えれば城に戻ったほうがいいと判断したのだ。

 

 しかし、その時に重要な問題が発覚した。王妃と王女は今も観覧席で試合を見ているようだが、聖王スフォルトの姿が見つからなかったのだ。

 

 それを知った時、騎士達は顔から血の気が引くような気がした。確かに聖王はエルゴの王が用いたと言われる「至源の剣」を扱えるため、強大な戦闘力を持っている。そのことは二年前の悪魔との戦いで聖王の指揮のもとで戦った騎士達もよく知っている。

 

 しかし、どんなに強大な力を持っていてもその使い手は普通の人間、それも肉体的にはとうにピークを過ぎたものなのだ。それを考えれば、人とはまるで違う悪魔を相手に不覚をとる可能性も否定できないのである。

 

 だからこそ、騎士達は必死で聖王の姿を探していたのである。

 

 

 

 同じ頃、トリスはネスティや護衛獣達、さらにはミニスとパッフェルにファミィを加えた大所帯でシャムロックとサイジェント騎士団の顧問ラムダの試合を見ていた。大劇場の各所では騎士達が聖王の姿を血眼になって探していたが、試合を見ていたためそれには気付いていなかった。

 

「え、何これ? どうしたの!?」

 

大劇場の上部にある貴賓席で、そこの窓に映し出された映像で試合を見ていた彼女達だったが、シャムロックが勝利し試合場を去った少し後、急に誰かが落ちて来て倒れ伏したのを見て、トリスが声を上げたのである。

 

 服装と落下の前後の状況から一般の見物客だと判断したが、それより目を引いたのが、服が赤く染まっていたことだ。まるで何かに切り裂かれたように。

 

「これは……観客席で何かが起きているのか……?」

 

 ネスティがずっと下の方にある観客席を凝視しながら言う。確かに人が落ちたであろう観客席の周りは混乱しているように見える。しかし、さすがに距離があり過ぎて詳細は分からなかった。

 

「っ! また……今度はあっち!?」

 

 今度は先ほどとは随分離れたあたりから同じように試合場に血を流した人間落ちたのが見えた。さすがにこう立て続けに起こったのではトリスも作為的なものを感じずにはいられなかった。

 

「あれは……悪魔、か? レオルド、君も確認してくれ」

 

「……確カニ、ねすてぃ殿ノ言ウ通リ、悪魔デス」

 

 ネスティに確認を求められたレオルドははっきりと答えた。このあたりはさすが機械兵士と言うべき判断の速さだった。

 

「なら早く行かなきゃ!」

 

 あんな人の密集しているところに悪魔が現れたのであれば大変なことになる。事態の深刻さを理解したトリスがそう告げてレオルドとレシィと共に部屋を出て行こうとした時、ネスティに呼び止められた。

 

「待つんだトリス、僕も行く」

 

「なら早く行こう!」

 

 急かすトリスの言葉を無視し、ネスティはマグナの護衛獣に顔を向けた。現れた悪魔が少数なら自分とトリス、それに彼女の護衛獣だけで片付けられるだろうが、もしものことも考えてマグナとアメルに状況を伝えおこうというのだ。

 

「……バルレル、ハサハ。二人はこのことをマグナに伝えてくれ」

 

「ケッ、分かったよ。……ったく、なんで俺がそんなメンドくせぇことを」

 

「いこ……」

 

「おいチビすけ、引っ張るなよ!」

 

 了承はしたがぶつくさと文句を垂れるバルレルをハサハが少し強引に連れ出していった。

 

「それじゃ行くよ、ネス! あ、二人はファミィさんのことをお願いね!」

 

 ミニスとパッフェルに向けた言葉の返事を聞く前にトリスは貴賓席から出て行ってしまった。それを見たネスティは「相変わらず忙しない奴だ」と思いつつも後を追って行った。

 

 後に残されたのは仲間外れにされたと憤るミニスとそれを宥めるパッフェル、そしてファミィはいつものような笑顔を浮かべながらも、どこか不安げな視線で窓の外を眺めていた。

 

 

 

 

 

 それから少し後のこと。ハルシェ湖畔の波止場に現れた悪魔はハヤトやマグナ達の活躍と騎士の応援もあって、駆逐されつつあった。さすがに被害はゼロとはいかなかったが、癒しの力を持つアメルの尽力もあり怪我人はみな快方に向かっていた。

 

「こっちはこれで終わりか……」

 

 ハヤトは大きく息を吐いた。波止場に着いた時は全ての悪魔を相手にしていたのだが、騎士の来援で多少は余裕が生まれたのと、アメルが怪我人の治療を始めたため、彼らは生存者の防衛に重きを置いて戦っていたのだ。

 

「みんな怪我はないよな?」

 

「ええ、あたしは大丈夫です。みなさんが守ってくれましたから。でも……」

 

 マグナの言葉に答えたアメルは顔を曇らせながら後ろを見た。そこには彼女が治療した人々が横になっていた。自力で動けるものはもうここを離れており、残されたのは意識を失っている者か、二度と目が覚めることはない者だけだった。

 

 いくら天使の生まれ変わりであるアメルでも、死人を蘇らせることはできないのだ。

 

「……仕方ありません。ここに運んできた時にはもう……」

 

 自分に言い聞かせるようにクラレットが言った。生き残った人を守るためにも、この港の一角に怪我人を集めようと提案したのは彼女だった。その際、倒れ伏している者は生死の確認をせずに連れてきており、アメルによる治療の前に命を落としていた者も少なからずいたのだろう。

 

「…………」

 

 そんな人達に少し頭を下げ、ハヤトは黙祷を捧げた。彼らを助けることはできなかったが、せめて彼らのために祈ろうと思ったのだ。

 

 ハヤトに続きマグナやクラレット、アメルも祈りを捧げる。生者が死者にできるのはどの世界でも祈るくらいしかないのだ。

 

「……さて、これからどうするか、だな」

 

「ですね。とりあえず大劇場に戻りますか?」

 

 本来であればバージル達と話した後には戻るつもりだったのだが、悪魔が現れたことによってその予定は崩れてしまっていたのだ。ネスティには叱責を受けるかもしれないが、一度戻った方がいいと思いマグナはその言葉を口にしたのだ。

 

「そもそも、まだ大会はやっているんでしょうか?」

 

 城の前の広場と今いる波止場、少なくとも二箇所に悪魔が現れ少なくない人が犠牲になったのだ。そんな状況で武闘大会を続行するだろうか、とクラレットは疑問に思った。

 

「あたしは先生やバージルさんが気になります。こんな状況だし……」

 

「まあ、確かに俺も気になるけどさ。バージルさんがいるし、心配はいらないと思うよ」

 

 マグナが答えた。バージルは自分たちに悪魔の現れた場所を教えはしたものの、彼自身もアティもこの場には来なかった。きっと何か理由があるのだとは思うが、バージルがいる以上、心配はしていなかった。

 

 ただマグナやアメルは、アティが戦っているところを見たことはなかったため、彼女の強さについては分からなかったが。

 

「そうそう。それにああ見えて、先生もかなり強いんだぜ」

 

「ええ、私たちは自分にできることをすればいいんです」

 

 その点、ハヤトとクラレットは三年前のサイジェントでアティの力を目の当たりにしている。彼女はああ見えて相当に強力な魔剣を所持しており、そこらの悪魔に後れをとることはないのだ。

 

「なら……あれ? バルレルにハサハ?」

 

 マグナが自分の考えを口にしようとした時、ゼラムの中心部に通じる道の先からバルレルとハサハの姿が見えた。

 

「こんなところに居やがったか……、探したぜ」

 

「おにいちゃん……たいへん、なの……」

 

「一体どうした? 何があった?」

 

 当惑した様子でマグナは思わず聞き返した。ハサハもバルレルも大劇場にいたはずだ。その二人が探しに来たということは、もしかしたら大劇場で何かあったのかもしれない。そう思った。

 

「ああ、少し前に悪魔が現れたんだ。……それでオレたちはメガネの野郎にテメエに伝えろって言われてよ。それでわざわざ探しに来てやったんだよ」

 

「悪魔!? そっちにも現れたのか……!」

 

 バルレルの説明を聞いていたハヤトが顔を顰めた。

 

「ちょっと待っててくれ、騎士の人たちに話してくる!」

 

 この場を離れるにしても残された怪我人のことは騎士達に話しを通さなければならない。そしてそれには確固たる身分を持っていないハヤトよりも、蒼の派閥の召喚師という肩書を持つマグナの方が適しているのだ。

 

 マグナは悪魔を殲滅し周囲の安全を確認している騎士に向かって走っていった。

 

(大劇場にも現れたってことはこれで三箇所か。……やっぱり誰かが呼び出しているんだろうな)

 

 手持ち無沙汰になったハヤトは頭の中で考えをまとめていた。ただついさっきまで戦っていた彼には、繁華街にも悪魔が現れたことは伝わっていなかったため、王城前と波止場、それに大劇場の三箇所で現れたものと思っていた。

 

 もっとも、広範囲に渡る魔力の探知能力を背景に戦況を正確に把握しているバージルが反則染みているだけで、ハヤトが直面している情報の不足は混乱した状況にはつきものなのである。

 

(どうする? この際、別々に動くか?)

 

 自問自答する。大劇場はマグナとアメル、それに二人の護衛獣に任せ、自分とクラレットは別行動をとるべきかと迷っていた。みんなの安全面を考えれば共に行動するのが一番だということは分かっているが、多少の危険を冒しても原因を探し出した方がいいとも思っていたのだ。

 

(……いや、まずは安全の確保が最優先だ。……それに、あの人もいるし)

 

 ハヤトが最終的に決断したのは安全を重視し、共に行動することだった。必要なら危険に身を晒すことを躊躇わない勇気を持つハヤトだが、同時にこれまでの悪魔との戦いで、彼らがどれほど油断ならない相手であるか骨身に染みていたのだ。

 

 またバージルの存在もハヤトに安全を重視させた要因の一つだった。いまだ底知れぬ力を秘めた彼が動いているのではないか、という期待があったのである。今回唐突に戦う理由を聞かれたことといい、アティとの仲といい、ハヤトの目から見てもバージルは変わっているように見えたため、そうした期待を抱いていたのだ。

 

 そして実際にバージルはハヤトの思った通り、悪魔を倒すために行動しているのも事実だった。

 

「話は通したよ。怪我人は騎士団で面倒みてくれるってさ」

 

「よかった……」

 

 マグナの話を聞いたアメルは安どの声を漏らした。

 

「急ぎましょう、劇場通りがどれほど混雑しているかわからないですし……」

 

「すごく……こんでるよ……」

 

「あんなところ二度と通りたくねえよ。少し遠回りになるけど、裏通りを行こうぜ」

 

 波止場から大劇場まで行くのならまっすぐ劇場通りを進むだけで着くが、実際にそこを通ってきたらしいハサハとバルレルは再び行くのは反対のようだった。

 

「わかった。裏通りにしよう。道は分かってるし俺が案内するよ、ついて来てくれ」

 

 マグナはバルレルの提案を採用し、先導するように前に出た。ゼラムで育ったためかマグナは主要な通り以外の地理も把握しているようだ。

 

 ハヤトは先導するマグナについて行きながら考える。

 

(でも、一体何で悪魔を呼び出したんだ……?)

 

 この時のハヤトは、まさか悪魔を呼び出した者達の標的たる人物とこの先で出会うことになろうとは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 召喚師が護衛獣をリィンバウムに留めておくためには、常時魔力を消費し続ける必要がある。従って召喚師の持つ魔力によっては、護衛獣にできる召喚獣には限界があるのである。通常は召喚師一人につき護衛獣一体という組み合わせではあるが、ネスティのようにそもそも護衛獣を持たない召喚師も少なくない。

 

 そんな中でマグナとトリスはそれぞれ二体の護衛獣を従えている。これは二人の内包する魔力が他者とは比較にならない程に膨大であることを意味している。当然持っている魔力が多いほど強力な召喚術が扱えるし、連続使用も可能なのだ。

 

 そしてトリスはその莫大な魔力を、大劇場に現れた悪魔に対抗するために行使していた。

 

「トリス、遠慮なくやれ」

 

 ネスティの声が試合場に響いた。彼らは上部の貴賓席からここまで降りてきていたのだ。悪魔が現れたのは試合場のすぐ上にある観客席なのだが、その出入り口は我先に逃げようとする人々で混乱していたため、試合場まで降りてそこからレオルドの銃撃やネスティの召喚術で悪魔を誘き寄せたのだ。

 

「よしっ、任せて! 来て、レヴァティーン!」

 

 トリスはこれまでの鬱憤を晴らすかのように、一つの召喚石に魔力を注ぎ込み召喚獣を呼び出した。彼女が召喚したのは霊界サプレスの召喚獣であり、力を求め竜へと姿を変えた天使レヴァティーンだった。

 

 その霊竜の口から放たれた魔力弾が、誘き出された悪魔達の中心に着弾、炸裂した。手足といくつもの羽を持つこのレヴァティーンはサプレスの召喚獣の中でも非常に強力な召喚獣であるため、影響範囲にいた悪魔は例外なく消し飛ばされた。

 

「……確かに遠慮なくやれ、と言ったが、ここまで派手にやるとは……」

 

 その光景を見ていたネスティが呆れを滲ませながら呟いた。レヴァティーンの魔力弾が着弾した周囲は小さなクレーターができており、砂も大量に巻き上げられ、砂塵として降ってきていた。

 

 さすがに観客席にまで直接的な被害はないものの、明らかにやり過ぎだ。あの悪魔をまとめて倒すにしても、もっと適切な召喚獣はいたはずだ。少なくともレヴァティーンは屋外など十分な広さを持つ場所で呼び出すべきだと思った。

 

「よし、終わり! ……って、あれ? そういえばシャムロックとかフォルテは?」

 

 先ほどまで悪魔のことで頭が一杯だったトリスだったが、こんな状況にもかかわらず大会に出場していたシャムロックやフォルテが一向に現れないことを不思議に思った。彼らなら真っ先に悪魔と戦うと思っていたのだ。

 

「もしかしたら、他の所にも悪魔が現れたのかもしれない。……念のため、他の場所も調べてみよう」

 

 試合場にいた悪魔は殲滅したものの、他の場所に悪魔が現れた可能性は否定できない。フォルテやシャムロックがいないのも、その悪魔と交戦しているのかもしれない。そんな予想が頭をよぎったネスティが提案した。

 

「うん!」

 

 トリスは大きく頷くといの一番に出口に走っていった。その後ろ姿を見ながらネスティは考える。

 

(先ほどの悪魔、偶然現れたとは考えづらい。狙いは恐らく陽動といったところか、だが……)

 

 こんなところで意図的に悪魔を呼び出すことをする者の狙いを推測するのは難しいことではない。しかし、ネスティが気になったのは別なことだった。

 

(悪魔を召喚した技術……少なくとも召喚術ではなかった)

 

 もし召喚術によって悪魔が召喚されたのだとしたら、自分かトリスが気付くはずだ。だが、実際には悪魔が現れるまで何の変化も感じ取ることが出来なかったのだ。したがって、悪魔を召喚したのは召喚術とは別の技術ということになる。

 

 だが、ネスティはその技術について、言いようのない不安を感じていた。

 

(本当にそれは、人が制御できるものなのか……?)

 

 ネスティはあの悪魔から、どの世界の召喚獣からも感じたことのない恐ろしさと嫌悪感のようなものを感じていた。そしてそれはきっと自分だけではない、とも思っている。誰もがあの悪魔には似たようなものを抱いているに違いない。

 

 だからこそネスティは憂慮しているのだ。そんな存在を呼び出せる技術は、果たして人の手でコントロールできるのか、いつか手痛いしっぺ返しを食らうのではないか、と。

 

「どうしたのー? 早く行くよー!」

 

「……ああ、今行く」

 

 トリスの声でネスティは思考から現実へと意識を移した。そして足早に彼女のもとへ歩いていく。

 

(たとえ相手が何であれ、するべきことは変わらない)

 

 いくら憂慮したところで悪魔の出現を抑えることなどできはしないのだ。今は自分の役目を果たすことを考えるべきだ。ネスティはそう己に言い聞かせるように胸中で呟いた。

 

 

 

 

 

 繁華街の悪魔を殲滅したバージルは、導きの庭園でアティを見つけた。どうやら彼女は庭園側に逃げた人々を守りながら一緒にここまで来たようだった。そして今は果てしなき蒼(ウィスタリアス)を納め、母親に抱えられた怪我をした子供を召喚術で治療している。

 

「向こうは片づけた。行くぞ」

 

「あっ、はい。こっちもすぐ終わりますから、もう少し待ってください」

 

 召喚術で呼び出したサプレスの天使に治癒のための魔力を供給しながらそう返す。バージルが見たところ、逃げている途中で転倒したことによる傷のようだった。ほとんどがうっすらと血が出る程度の軽傷のようだが、尖った石かガラスの破片のようなもので切ったような傷があった。まだ年端も行かない子供にとっては我慢し難い怪我だろう。

 

 とりあえずバージルはアティの邪魔をするつもりはなく、大人しく治療が終わるまで待つことにした。

 

「はい、これで大丈夫ですよ」

 

 治療自体は、ものの一分ほどで終わった。もう傷跡も全く残っていない。天使が扱う奇跡やなど魔力を使う技術は、即効性という点においてロレイラルや人間界における治療よりも優れており、こうした状況では非常に頼もしい存在だった。

 

 母親は何度も深々と頭を下げながらアティにお礼を言って庭園を去って行った。バージルが現れた悪魔を倒したということを知らない母親にしてみれば、まだ繁華街からさほど離れていない導きの庭園にいるのは不安なのだろう。

 

「お待たせしました。さあ、行きましょう」

 

「ああ。だが、大劇場に現れた悪魔はもういないか……、少しはマシなやつがいるようだな」

 

 アティと大劇場への道を進みながらバージルが言った。誰が戦ったのかは分からないが、相当混乱しているだろう状況で、少数とはいえ、たいして時間もかからずに悪魔を倒したことは称賛に値することだ。

 

「よかった……」

 

 それを聞いたアティがほっとしたように息を吐いた。だが、バージルはこれでひと段落とは考えていなかった。

 

「どうだかな。奴らの狙いが聖王の抹殺だとしたら、別の手を打つかもしれん」

 

「それって、直接襲いに来るってことですか?」

 

 真っ先に頭に浮かんだことを尋ねた。

 

「それも一つだ。……それに、もう一度悪魔を召喚するかもしれん」

 

 悪魔を呼び出している張本人を何とかしない限り、悪魔が召喚されるのを止めることはできない。大混乱の只中にいる大劇場でそんなことをするのは限りなく不可能に近いことだろう。

 

「でもさっきは何とかなったんですよね? なら次も大丈夫なんじゃあ……」

 

「先ほどと同じような雑魚が召喚される保証はないがな」

 

「え……? 呼び出してくる悪魔ってこれまでに戦ってきたような、私たちでもなんとかなるくらいの悪魔だけじゃないんですか?」

 

 さらっと重要なことを口にしたバージルに、アティが確認するように尋ねた。

 

「そもそも奴らが悪魔を呼び出す術は召喚術のように指定したものを呼び出すわけじゃない。さすがに大悪魔は無理だろうが、中級悪魔なら召喚することはできるはずだ。……もっとも、そうした悪魔が何も考えず召喚されることなど、ほとんどないだろうが」

 

 悪魔を召喚する魔術は、簡単に言えばリィンバウムと魔界を繋ぐ小さな扉を作り出すものだ。それゆえ大きな力を持つ悪魔は、それを通ることはできないし、多少の知恵を持つ悪魔であれば、そんなものに入るものはかなり少ないのだ。

 

 それが下級悪魔しか召喚されない仕組みだろう。本能だけで動くような下級悪魔だから、何も考えずにこちら側に現れるというわけだ。

 

 これについてはバージル自身が二年前に実際の魔法陣を見ているため、大きな間違いはないだろう。

 

「それで、召喚される悪魔って、どれくらい強いんですか?」

 

 進む速さは落とさずにアティは聞いた。ずっと前を向いているが顔を顰めている。状況に憂慮している様子だ。

 

「高位の召喚獣か、お前のように大きな魔力を持っていなければ対抗できんだろうな」

 

 バージルが思い浮かんだのは、話に出ている悪魔を召喚する魔術を見つけた館で戦ったゴートリングだった。この悪魔は個体で多少の力の差はあるが、総じて下級悪魔を圧倒する力と人語を話せる知能を備えた、中級悪魔の典型といえる悪魔なのだ。

 

「それは……」

 

 言葉に詰まったアティが苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。バージルの言うような召喚獣を呼び出せる者はほんの一握りだけだ。もし現れたらどんな状況になるか考えたくもなかった。

 

「……そういう悪魔は俺がやる。無用な心配だ」

 

 アティの反応を見てか、バージルが言葉を返した。彼が下級悪魔よりもずっと強い中級悪魔と戦うことは不思議ではないが、それを口にするのは不言実行の彼にしては非常に珍しいことだった。

 

 それはもしかしたら、少し前にハヤトやマグナから戦う理由を聞いたことで、彼自身にも何か変化があったのかもしれない。

 

「ごめんなさい……」

 

 それを聞いたアティは自分に協力できない自分の力を悔やんでか、謝罪の言葉を口にした。

 

「謝る必要などない。俺が勝手にすることだ」

 

 アティの顔を見て断じるようにそう伝えたバージルは、前へと向き直った。

 

 その顔には、何かを決断したような決意の色があった。

 

 

 

 

 

 

 

 




※原作主人公の戦闘タイプ

ハヤト:戦士タイプ。ただし誓約者なので召喚術も強力。召喚術は遠距離攻撃用として、強力なものを撃つ傾向。

マグナ:戦士タイプ。召喚術は補助系メイン。近接戦闘でもよく使用。

トリス:術師タイプ。物理は素人に毛が生えた程度。でもネスティより強い。

アティ:物理タイプ。召喚術は補助中心だが、魔剣メインなのであまり使わない。

恐らく本文中に書くことはなさそうなので、ここに書いておきます。物理が多いなぁ。

さて、次回更新は11月5日(日)頃の予定です。何とか今年中にこの章は終わりそうです。

ご意見ご感想お待ちしてます。

ありがとうございました。

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