Summon Devil   作:ばーれい

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第63話 背水の陣

 聖王家を狙う無色の派閥の計画はほぼ想定通りに進んでいた。

 

 まずゼラム各所で悪魔を呼び出すことで騎士団の戦力を分散させるとともに、大劇場への増援を実質的に不可能とした。ただ、三箇所で悪魔を召喚したにもかかわらず騎士団が対応できたのは、最初の二箇所だけだったため、やや、過剰だったと言えなくもなかったが。

 

 その上で無色の派閥は、大劇場の観客席に悪魔を召喚した。混乱を引き起こし、自分達の行動を目立たせないようにするためだった。そしてそれも、成功したと言っていい。思った以上に早く、召喚した悪魔を倒されてしまったが、逃げ惑う観客に混じり聖王家の観覧席にまで接近することができたのだから。

 

 さらに大劇場の周囲には、ゼラム各所で悪魔を召喚した者達が集合し、こちらでも悪魔を召喚することになっていた。これにより仮に聖王が逃走を図った場合でも討ち取れる、そうでなくとも足止めにはなるだろう。

 

 準備は万全、逃走経路にも手を打ってある。後は、護衛を排しつつ聖王の首を取るだけだった。

 

 しかし、一見すると堅実に見えるこの計画は、聖王が大劇場に来ることを知ってから立案したものであり、事前に必要最低限の調査しか行うことが出来なかったのだ。それゆえ、不確定要素が多く状況の変化に対応できないという危険性を孕んでいた。

 

 例えば無色の派閥の想定では、聖王国側の戦力は騎士団のみを見積もっていたのだが、実際に始まってみると、マグナやトリスといった蒼の派閥の召喚師に加え、ハヤトやバージル、アティといった聖王国とは関わりの薄い者まで悪魔と戦っていた。

-

 その上、大劇場の周囲にはもう一人、無色の派閥の計画を阻止せんとする者が来ていた。

 

(はあ……、あの程度の距離を移動するのにこんなに時間がかかるなんて……)

 

 蒼の派閥の本部前でアズリアと別れていたイスラが息を吐きながら心中で愚痴った。人ごみの中をすり抜けながらきたとはいえ、やはり普通に来るよりだいぶ時間がかかってしまったようだ。

 

「さて……」

 

 呟き、人々が逃げ惑う周囲へ視線を向ける。普段の大劇場の前でこんなことをしていたら、不審人物に思われていたかもしれないが、悪魔が現れたせいで混乱している現状では誰も気に留めないだろう。

 

「あいつ……」

 

 一通り辺りを見たイスラの目に一人の男の姿が映った。年齢は三十代半ばといったところで、服装も周りの者と代わり映えしない地味なものであるが、イスラはその男が無色の派閥か紅き手袋の一員ではないかと思ったのだ。

 

 とはいえそれは、かつて無色の派閥に身を置いていた者としての勘に過ぎず、確たる証拠は何もない。だからイスラはかまをかけることにした。

 

 気配を消して男の背後から忍び寄る。男は懐から紙のようなものを取り出していた。あまりに集中していたのか、あるいは単に鈍いだけなのかは分からないが、イスラがすぐ後ろにまで迫っても全く気付いていないようだった。

 

「なにしてるの? こんなところで」

 

「! ……いや、何も……」

 

 急に話しかけられた男は驚きながら振り返った。そして手にした紙をズボンのポケットしまい込んだ。

 

「へー、そう。……僕はてっきり計画の確認かと思ったよ。……聖王暗殺の、ね」

 

「っ!」

 

 その言葉を聞いた男は顔色を変えて服の中からナイフを取り出し、イスラへと襲い掛かった。

 

「ガッ……」

 

 しかし、手にしたナイフを使うことはできなかった。その前にイスラの手にした短剣で心臓を刺し貫かれたのだ。

 

 短剣は彼の本来の得物ではないが、戦闘ではなく今のような使い方ならば問題なく扱えた。

 

「相変わらず分かりやすいね。……おかげでこっちはやりやすいけど」

 

 そう言いながらイスラは倒れそうになる男とすれ違いざまにズボンにしまい込んだ紙を抜き取った。

 

 彼にしてみれば、今回のように殺そうとしてくる相手は容赦なく返り討ちにすればいいため、非常にやりやすい相手だ。無色の派閥の兵士にしても、紅き手袋の暗殺者にしても、命令に忠実であるように教育するのはいいが、そのせいで幹部クラス以外は柔軟性に欠けている者も少なくない。

 

「これは……、召喚術じゃないみたいだけど……」

 

 男の死体からだいぶ離れたところでイスラは抜き取った紙を開いた。男の反応から、てっきり今回の計画をメモしたものかと思っていたのだが、紙に書いてあったのは、召喚術とは異なる魔法陣だった。

 

 とりあえずアズリアが来たら彼女に渡せばいい、と考えたイスラは紙を懐にしまい姉を探そうと踵を返した。

 

「ん……?」

 

 その時、少し離れたところに悪魔が現れた。「懲りないな……」と口から愚痴をこぼしたものの、イスラは、無色の奴らの好きにさせるつもりはなかったのである。

 

 そんなことを考えながら、剣に手をかけた時ある考えが頭をよぎった。

 

(あれ? これって……)

 

 懐に入れた紙へと視線を落とした。もしかしたらこの紙に書かれている魔法陣こそが、これまで何度も悪魔を召喚してきた手段ではないかと思ったのだ。

 

「もしかしたら、とんでもない当たりを引いたのかもね」

 

 自分を落ち着かせるようにイスラはあえて口に出した。本当に手の中にあるものが悪魔を呼び出す魔法陣であるのだとすれば、恐ろしく重要なものだ。なにしろこれまで一切明らかにされてこなかった悪魔を呼び出す術の手がかりなのである。どんな手を使ってでも姉に渡さなければならない。

 

「…………」

 

 無言で紅の暴君(キルスレス)を抜剣した。現れた悪魔はイスラも何度か戦ったことがあり、抜剣せずとも対応できるのだが、万全を期すために全力を出すことに決めたのだ。

 

 そして姿を変じたイスラが悪魔へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 同時刻、大劇場内部では聖王家の観覧席にまで接近した暗殺者と、それを阻止せんとする者達の戦いが繰り広げられていた。本来であれば、観覧席にまで接近されることなどありえないことだが、騎士団としても大劇場に現れた悪魔に対応せざるをえず、それにより防備が手薄になったところを暗殺者に狙われ、観覧席の手前まで肉薄を許してしまったのだ。

 

 それでも、最後の防衛線を突破されずにいたのは、その前に立ち塞がるフォルテ、ケイナ、シャムロックの三人がいたからだった。

 

「……ったく、やりにくいったらねぇぜ!」

 

 疲れを押し隠しながらフォルテは、手にした大剣を暗殺者へ振り下ろしながら叫んだ。単純な実力では暗殺者よりもずっと上なのだが、暗殺者達の連携と扉の前から動けない場の制約、そして武闘大会の試合後の連戦という悪条件が重なり苦戦していた。

 

「つべこべ言わずにさっさと構えなさい!」

 

 後ろで矢を射ながらケイナがフォルテを叱咤し、シャムロックも言葉を続けた。

 

「もうすぐ応援が来るはずです。それまで耐えましょう!」

 

 二人とも武闘大会に出場しており、置かれた状況はフォルテと大差ないため、各々の言葉は自分自身に向けられたものでもあるかもしれなかった。

 

 そもそも、彼らがこの場に来たのは悪魔の出現が原因だった。

 

 順調に武闘大会を勝ち進み、準決勝まで駒を進めたフォルテだったが、同じく勝ち進んでいたケイナを連れて大劇場を出た。実は二人はこの大会に出場するにあたり喧嘩をしていたのだが、ほぼ目的を果たしたフォルテはケイナに事情を話そうと思ったのである。

 

 ただ簡単な話でも、人に聞かれてもいい話でもないため、大劇場ではなく人目につきにくい場所で話そうと連れ出したものの、目的地まで歩いていたところで悪魔が出現したのである。

 

 それを見たフォルテは何かを感じたのか、ケイナを連れて来た道を引き返した。連れられてきた彼女も状況とフォルテの珍しい焦った顔を見て、理由を問い質すのは後回しにすることにして一緒に来たのである。

 

 そうして大劇場に戻ったフォルテは、偶然シャムロックと会ったため、彼に状況を話し協力を要請した。元々、シャムロックはフォルテの込み入った事情と今回の武闘大会出場に関する内幕を知っていたため、断るはずもなく、現在戦場となっている観覧席まで急いだのである。

 

 彼ら三人が来た時には騎士達は残り数人にまで数を減らしていた。観覧席の中の防備がどの程度かは不明だが、かなり危険な状況にあったのは間違いない。フォルテ達はすんでのところで間に合ったのだ。

 

 しかしそれでも、暗殺者達を押し返すまではいかず、残っていた数名の騎士達もそこからの戦いで傷つき倒れてしまった。これでは観覧席の中に進ませないようにするのが限界だったのだ。

 

「……! 来ました、応援です!」

 

 そんなある種の膠着状態を打開したのは騎士団の応援だった。暗殺者達の来た方向、つまりは彼らの背後を塞ぐように向かってくる増援にフォルテ達は安堵しながら武器を構え直した。死に物狂いで向かってくることを警戒していたのだ。

 

「…………」

 

 しかし、暗殺者達は守りの構えを見せたまま、向かって来ようとしない。

 

 彼らに共通したことは誰もが一枚の紙を手にしていたことだった。

 

「っ、ケイナッ!」

 

 彼らのやろうとしていることを本能的に悟ったフォルテは相棒に声をかけながら走りだした。

 

 だがケイナが弓で射るのも、フォルテが剣を振り下ろすのも間に合わなかった。それを証明するように空中に魔法陣が発生し、そこから悪魔が飛び出してきた。

 

 この狭く逃げ場もないところで悪魔を召喚するなど暗殺者にとっても自殺にも等しい行為である。しかし、聖王暗殺を企て、現に実行している彼らにしてみればこのまま大人しく捕まっても、待っているのは極刑以外ありえない。むしろ自分が召喚した悪魔に殺される危険性があっても、この状況ひっくり返せる可能性がある以上、この手段に賭けない道理はなかった。

 

 そもそも彼ら暗殺者は、目的を果たすためなら命を捨てることくらい何の躊躇いもなくやってのけるだろう。彼らはそれだけを果たすために育てられ、教育されてきたのだから。

 

「くそっ!」

 

「出過ぎです、下がってください!」

 

 悪態をついたフォルテにシャムロックの声が届いた。悪魔の召喚を防ぐために暗殺者達の方へ向かっていたフォルテだったが、召喚を許してしまったため、シャムロックやケイナと離れてしまったのだ。

 

 そしてそれを好機と捉えたのか、それとも召喚した悪魔から逃れるためか、守りに入っていた暗殺者達は一斉に、フォルテの方へ向かってきた。

 

「止められない数ではありません、抑えましょう!」

 

「ったりめぇだ!」

 

 フォルテの援護のために前に出たシャムロックの檄にフォルテが応じた。召喚された悪魔の数は思ったより少なく、増援の騎士達に向かった悪魔は多くいたため、フォルテ達の方に向かってくるのはそれほどではない。

 

 そして彼らはケイナの援護のもと、死に物狂いに攻める暗殺者と悪魔の攻勢に立ち向かった。寡兵とはいえ、フォルテ、シャムロック、ケイナの三人は腕も立つが、二年前に多くの悪魔と交戦した経験もある。決して勝機のない戦いではないのだ。

 

 当然、無傷ではすまなかった。体のあちこちに傷をつくりながらの戦いだ。それでも三人は一歩も退くことはなかった。騎士団がここに辿り着くまで、なんとしてでも観客席を守り抜かなければならない。

 

 三人の守りを突破することができず、背後からは騎士団の攻撃を受けたとあっては、悪魔も暗殺者も次々とその数を減らしていった。特に暗殺者は悪魔からも襲われた者も少なからずいたようだ。

 

「何とか……なりそうだな」

 

「ええ、そうですね。ですが、最後まで気を抜かないように」

 

「わーってるって、そんなことはよ」

 

 勝利が見えたことで軽口を叩く余裕ができたフォルテとは違い、シャムロックはあくまで真面目な言動で通していた。

 

「そうよ、ただでさえあんたは――」

 

 フォルテにケイナが声をかけようとした時、彼女の目に床から透過するように現れた非常に大きな鎌が目に入った。ちょうど彼女とフォルテ達との中間に現れたそれは二人の方に向かっていた。

 

「――後ろっ!」

 

「っ!」

 

 叫んだケイナの言葉に反応した二人は、咄嗟に剣で身を守る。

 

「くっ……!」

 

 鎌に狙われたのはシャムロックだったが、辛うじて剣による防御が間に合い、大事に至ることはなかった。それでもその一撃は想像以上に強力だったようで、それを弾いたシャムロックの手にはまだ痺れが残っている様子だ。

 

「気を付けて! まだいるわっ!」

 

 その上、さらに二本の鎌が天井と床から突き出された。

 

「ちっ……、通りで少なかったわけだぜ」

 

 これを悪魔の攻撃と判断したフォルテが言う。先ほど暗殺者達が召喚した悪魔は決して少なかったわけではない。今まで潜んでいただけなのだ。

 

 その二つの鎌が今度は応援に来て今も悪魔と戦っている騎士の中の二人に襲いかかった。

 

 さすがにシャムロックほどの技量を持たなかった二人の騎士は悪魔の鎌にあっけなく斬られてしまった。だが、それで満足しなかったのか、鎌は次の獲物定めて動き出した。

 

「でりゃああぁぁっ!」

 

「はああぁぁっ!」

 

 しかし、今度は目標を斬ることはできなかった。その前にシャムロックにされたように弾かれたのである。

 

「あなたは……!?」

 

 その人物を見たシャムロックは驚きの声を上げた。どちらとも面識のある人物だったが、まさかここにくるとは思わなかったのである。

 

「あの蒼い騎士、あなただったんですね」

 

「そこの男に頼み込まれてな、まさかこんなことになるとは思っていなかったが……」

 

 シャムロックは蒼い鎧を着たルヴァイドに声をかけた。武闘大会では「蒼の騎士」という名で出場しており、兜も被っていたのだが、今は名を偽る必要はない。

 

「まだ試合してなかったあんたならともかく、そっちの旦那は大丈夫なのかい」

 

「無用の心配だ。むしろ、この状況で大人しくしている方が体に悪い」

 

 そしてもう一人は直前の試合でシャムロックと戦っていた赤銅色の鎧を着たサイジェント騎士団の軍事顧問ラムダだった。

 

 彼はシャムロックとの試合で腕を負傷してしまっていたのだが、先ほどの様子を見る限り怪我の影響は全く見えなかった。おそらく召喚師かストラを扱う医者にでも治してもらったのだろう。普通なら完治までひと月以上かかる怪我が数時間もかからずに治すには、それくらいしか考えられないのだ。

 

 ともかく、ルヴァイドとラムダというフォルテやシャムロックにも引けを取らない剣の腕を持つ存在を援軍を得られたことは幸運なことだった。応援に来た騎士の実力であの鎌を操る悪魔を相手にしても被害が増えるばかりだ。

 

 そんなことを考えていると、鎌しか見せていなかった悪魔がゆっくりと壁から抜け出てきた。その姿は仮面をつけ、ゆらゆらと揺れるマントのような体をした悪魔だった。これまでの挙動からみるに、少なくとも壁や床をすり抜ける力を持っているのは間違いない。

 

「ちっ、演劇の仮面なんかつけやがって……、似合ってねーんだよ」

 

「……あれが奴らの本体だ。あの仮面さえ破壊すれば倒せる」

 

 フォルテの嫌味っぽい言葉にラムダが真面目に説明した。

 

 今回現れた鎌を扱う悪魔は「シン・サイズ」と呼ばれる悪魔だった。仮面を媒介に現れる悪魔の中では少しは強力な力を持つ悪魔である。この種の悪魔の特徴は体が半実体化しているため、単純な物理的な攻撃は意味をなさず、先ほどのように壁や床をすり抜けることもできるのだ。

 

「さすがはサイジェント騎士団の軍事顧問だな」

 

「……単なる受け売りだ。実際に戦ったことはない」

 

 ルヴァイドの素直な称賛にラムダは言葉を返した。

 

 サイジェント騎士団は三年前の無色の派閥との戦い以来、聖王国に騎士団の中で最も悪魔への対策が講じられている騎士団として名が知られている。ところが、その騎士団の軍事顧問という大役を務めているラムダでも悪魔との交戦経験は多くなく、対悪魔の戦術については、今もアティとバージルの手で書かれた資料をもとに訓練が行われているのが実情なのだ。

 

「どうやら奴らはこちらに狙いをつけたようですね」

 

「今の状況でこの悪魔まで任せるのは無理でしょうし、私達が相手するしかないわね……」

 

 三体のシン・サイズは他の悪魔と戦っている騎士団には目もくれず、つかず離れずの距離で五人の周囲をゆらりと漂うだけだった。一見すると敵意がないようにも見えるが、実際に相対する五人は、多かれ少なかれ悪魔と戦った経験があるため、油断せずにその動きを注視していた。

 

 幸いフォルテ達に向かってきていた悪魔はその数をだいぶ減らしており、残りもケイナが矢を射ったため、彼ら三人にルヴァイドとラムダを含めた五人全員でシン・サイズの相手をすることは可能だった。

 

 このシン・サイズは魔界にも古くから存在する悪魔であり、フォルテ達のような剣士と戦い方は心得ていた。懐に入られないように距離をとってさえいれば、剣士の攻撃には対応することができる。だが逆を言えば、鎌の攻撃範囲からも外れることも意味する。だからシン・サイズは距離をとったまま攻撃できる手段を編み出していたのだ。

 

 円を描くように動いていたシン・サイズだったが、一向に仕掛けてこないフォルテ達にしびれを切らしたのか、一体の悪魔が両手に持った鎌を大きく振りかぶって五人に向かって投げた。

 

「そう何度も……!」

 

 シャムロックが同じ手は通用しないとばかりに飛んできた鎌を受け流した。唐突な行動だったといえ、十分な注意を払っていたため冷静に対処することができたようだ。

 

「っ! 投げただけじゃないのか……!」

 

 受け流した鎌が大きくカーブし戻ってきたのを見てルヴァイドが声を漏らしながら剣を構えた。まるで意志を持っているかのような動きではあったが、決して反応できないほどのスピードではない。

 

 ルヴァイドによって再び弾かれた鎌だが、やはり重力に従って落下することはなかった。先ほど同じように再びこちらを狙うように曲がってきたのだ。やはりただ投げただけではなかった。

 

 シン・サイズは鎌を遠隔操作しているようだった。

 

 しかし、腕に覚えのある者が五人も揃っていれば、鎌の一本程度では動きを抑えることなどできはしなかった。

 

 だが、同時に彼らも悪魔に対して有効打を与えることができないでいた。

 

「あの鎌は何とかなるが、周りの悪魔を何とかしなければジリ貧だな……」

 

 呻くようにラムダが言った。

 

 自在に動き回る鎌も数が一本だけであるため、間隙を縫って鎌を投げたシン・サイズに攻撃をかけることは不可能ではなかった。だが、そうすると別のシン・サイズによって防がれてしまうため、どうしても本体である仮面に攻撃を届けさせることができなかったのだ。

 

 かといって長期戦になるのも好ましくない。時間をかければ騎士団の応援を得て、多少の被害を覚悟のうえで強攻することできる。しかし、そもそもそれまでシン・サイズがここに留まるのかは疑問である。散発的にしか仕掛けてこないこちらを見限ることも十分考えられた。シン・サイズは床でも壁でも透過できるからこの場から離れることも容易いだろう。

 

 だが、それはフォルテにとって許容できないことだった。特に彼の後方にある観覧席には何としても行かせてはならない。

 

 そんな思いがあったフォルテは、この膠着した状況を打破すべく悪魔に向かって走り出した。

 

「ちょっ……、あのバカ……!」

 

 相棒をそう罵りつつもケイナは弓を弾いてフォルテを援護する態勢に入った。そんな隙だらけの彼女を見逃すはずもなく、後方から鎌が飛んできた。

 

「やらせんよ」

 

「こちらは我らに任せろ」

 

 それを弾いたのはラムダだった。彼とルヴァイドがケイナを守るように両脇に立った。飛び出したフォルテの援護に集中させようという考えからだ。

 

 そして走りだしたフォルテの前に鎌を持ったシン・サイズが立ち塞がった。

 

「自分に任せて下さい!」

 

 フォルテの支援のために後ろについていたシャムロックが叫び、悪魔に斬りかかった。

 

 それは鎌に止められたものの、少なくともそのシン・サイズはすぐにフォルテを攻撃することはできないだろう。

 

「あんたはあいつを狙いなさいっ!」

 

「おう!」

 

 一体の鎌を持ったシン・サイズに連続で矢を射かけながら声を上げたケイナにフォルテは一言をもって応えた。

 

 もう彼の邪魔をする者はいない。目の前には両手が空いてただ宙を漂うシン・サイズだけだった。その悪魔に向けてフォルテは飛び上がり、渾身の力を込めて剣を振り下ろした。

 

「ぐっ……」

 

 しかしその一撃は鎌で止められた。シン・サイズは鎌を呼び戻していたのだ。おまけにこの悪魔は剣であろうと容易に倒せる相手ではないのだ。それはシャムロックが苦戦していることからも見て取れた。

 

「くそっ……!」

 

 先ほどの一撃を決められなかったことが悔しかったフォルテは吐き捨てた。しかし、このまま自暴自棄になるわけにはいかないと振り下ろしてきた鎌を剣で受け止めた。

 

「!?」

 

 その瞬間、一発の銃声が響いた。

 

「コマンド・オン! ギヤ・メタル!」

 

 それとほぼ同時に機界の召喚術独特の詠唱。そうして召喚されたのは裁断刃機(ベズソウ)はフォルテに気を取られていた上、銃弾を受けてひびが入っていたシン・サイズの仮面をあっさりと両断した。

 

「こいつは……!」

 

 フォルテが安心したように呟いた。裁断刃機(ベズソウ)を召喚したのが誰か分かったのだ。

 

「はっ、いいとこに来たなあ、お前ら!」

 

 召喚術と狙撃で援護してくれたネスティとレオルド、それに倒れ伏した負傷者を比較的に安全な場所に移していたトリスとレシィに言った。

 

「まだ来るよ!」

 

 同胞が倒されて油断ならない相手と思ったのか、残った二体のシン・サイズはこれまでとは逆に猛攻を仕掛けてきた。

 

「トリス、力を貸してくれ!」

 

「うん、やっちゃって!」

 

 一体は倒したものの、まだ予断を許さない状況にあることを悟り、協力を求めたネスティにトリスは即答して彼の肩に手を置いて、魔力を注ぎ込んだ。

 

 これは一人の魔力では扱えない召喚術を使う際に他者から魔力の供給を受けられる召喚支援(サモンアシスト)という簡易的な儀式だ。決して珍しくはないものだが、それを行うのが供給する魔力を相手に合せられるトリスが行えば、支援を受ける召喚師は限界を超える召喚術さえ扱えるようになるのだ。

 

 これこそ彼女やマグナ、そしてその先祖が調律者(ロウラー)と呼ばれる所以だった。

 

 そしてその恩恵を余すところなく受けたネスティは召喚術を発動した。現れたのは、はさみのような刃を持ち、ロレイラルの技術の粋を集めて開発された高性能機青刃の騎士(シェアナイト)だった。

 

「コマンド・オン、シェアスラッシュ!」

 

 ネスティの命令を受け青刃の騎士(シェアナイト)がシン・サイズへ突っ込む。もちろん悪魔もそれに反応して迎撃しようと構えた。しかし、フォルテとケイナはそれを許さなかった。

 

「させねーよ!」

 

「大人しくしてなさい!」

 

 矢で仮面を狙い、悪魔の注意を逸らしたところでフォルテが鎌へと剣を振り下ろし、シン・サイズの防御を崩した。

 

 まさにその瞬間、青刃の騎士(シェアナイト)の刃が仮面を突き刺した。崩れるように倒れたシン・サイズだったが、地面に着く前にその体は消えてしまい、残ったばらばらになった仮面だけが残された。

 

 そして残り一体となったシン・サイズも命運は尽きかけていた。

 

 シャムロックに加え、ルヴァイドとラムダまで同時に相手取ることになったため、さすがに追い詰められていたのだ。そして不用意にラムダへ振り下ろした鎌が戦いを終わらせる決着となった。

 

「でりゃあああ!」

 

 気合の入った言葉と共にラムダは大剣を振り下ろす。しかし、ただの一撃ではない。のけぞるほど振りかぶった体を強烈な踏み込みで引き戻し、それによって生じた力を振り下ろす剣に集中させる。シルターンの居合を彼なりの工夫で再現した技だ。

 

 その威力は悪魔の不用意な振り下ろしでは勝てるはずもなかった。大きく弾かれはしたが、それでもまだ手を放さなかったのはさすが悪魔といえるだろう。

 

「甘い!」

 

 しかし、そこにルヴァイドが追撃をかけた。このタイミングから考えてラムダの迎撃が成功すると見切って仕掛けていたようだ。このあたりは長く戦場で戦ってきた経験に基づいた判断だろう。

 

 そうして武器を失ったシン・サイズの仮面にシャムロックの剣が突き立てられていた。

 

「これで終わりですね」

 

 苦戦していた悪魔に勝ったというのに冷静に周囲を確認するあたり、トライドラの砦を任されていたのは伊達ではないようだ。

 

 騎士団の方を見れば、そちらも決着はついたようで負傷者の治療を始めていた。そしてその中の指揮官らしき騎士が観覧席に入っていく。中の聖王家の無事を確認するためだろう。

 

「……ふう」

 

「ねえ、いいの?」

 

 大きく息を吐いたフォルテにケイナに尋ねる。ここで戦ってきたのは聖王家を守るためだったのだろう。にもかかわらず会おうとしなくていいのだろうか。

 

「……そういや、まだ話してなかったな」

 

 相棒に理由も話さずこの戦いに連れてきたことを申し訳なく思いながら言った。そしてフォルテはもう隠すつもりはなかった。

 

「俺は――」

 

 フォルテが口を開いた時、先ほど観覧席に入った騎士が大きな音を立てて扉を開けた。心なしか顔色も悪い。

 

「陛下が行方知れずだ……」

 

 騎士が絞り出したその言葉は、事態はいまだ収束に向かっていないことを示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公勢は僅かにトリスが出ただけ、DMC要素は敵悪魔だけの63話でした。たまにはこんな話もいいのではないでしょうか。

さて、次回で戦いの決着、次々回でそのまとめをする予定なので、後2話でこの章も終わりになると思います。そして年内には4編に入ります。

そしてその次回は11月18日(日)頃に投稿予定です。

ありがとうございました。

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