Summon Devil   作:ばーれい

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第64話 心の道標

 大劇場の観覧席前で戦いが繰り広げられていた頃、裏通りでは一人の暗殺者が建物の陰に身を隠していた。

 

(なんであいつがここにいるんだ……)

 

 彼はゼラム中に悪魔を召喚して回っていたのだが、次の目的である大劇場前に向かう途中で自分達の暗殺対象である男を見つけたのだ。

 

 スフォルト・エル・アフィニティス。エルゴの王の直系の子孫であり聖王国の国家元首。その男が護衛も連れずに人がほとんどいない路地裏にいたのである。

 

 本来は大劇場の観覧席にいるはずの男がこの場にいるということは、大劇場で行うはずの暗殺計画は始まる前から失敗だったのだ。それはつまりこれから実行する予定だった大劇場前での陽動作戦も無意味のものとなったのである。

 

(今なら……)

 

 自然な動作で服の中に仕込んだ短剣に手が伸びる。計画通りにいかなくとも標的である聖王さえ殺害すれば成功なのだ。おまけに向こうは一人だ。たとえこちらが自分一人しかいなくともやる価値は十分にある。

 

 そうして短剣を取り出そうとしたとき、一枚の紙に手が触れた。悪魔を召喚する術式が記された紙だ。

 

(いや、待て……)

 

 それに触れた瞬間、男にある考えが浮かんだ。このまま直接聖王を狙うより悪魔を使おうと思ったのだ。向こうはまだこちらには気付いていないので、仮に悪魔では倒せなくともそこに意識さえ集中していれば、不意を突いた攻撃が可能になるはずだ。

 

 そう判断した暗殺者は一旦距離をとるため走りだした。

 

 

 

 

 

 それとほぼ同時刻、ハヤト達は大劇場に向かうため、裏通りを走っていた。

 

「嘘みたいに人がいないな。こっちに来たのは正解だ」

 

 ハヤトは周りを見ながら言う。裏通りの道は狭いものの、人とほとんどすれ違わないためスムーズに進むことが出来ていた。

 

「こんなところで悪魔と会っては逃げ場もありませんからね。みなさん大通りの方を使っているのでしょう」

 

「ったく、そんなことならさっきもこっちを通ればよかったぜ」

 

 クラレットの言葉を聞いたバルレルは、大劇場から波止場まで来るのに裏通りを使わなかったことを後悔していた。その様子から相当に混んでいたことは想像に難くない。

 

「それにしても、こう何もないと向こうも決着がついていると思いたいです」

 

「そうだね。それが一番だ」

 

 虫のいいことだと思いつつもアメルがその言葉を口にすると、ハサハを抱えながら走るマグナが賛意を示した。人によってはアメルの考えは甘いと言われるかもしれないが、戦いなどないほうがいいに決まっている。

 

 そんなことを話しながら大劇場を目指していると、金属音や何かがぶつかる音が聞こえてきた。

 

「おにいちゃん……また、あいつら……」

 

 ハサハは音の元凶が悪魔であることを感じ取ったようだった。

 

「……すぐ近くですね。行きましょう」

 

「ああ、そうだな」

 

「急ぎましょう!」

 

 クラレットの言葉に顔を見合わせたハヤトとマグナは無言で頷き言った。

 

 音の発生源は今いる通りの一本隣の道からだったため、そこに行くまでにはさほど時間もかからなかった。

 

「え……?」

 

 しかし、そこで見たのは空中に浮く無数の黒い影のような剣が、悪魔へと襲い掛かる様だった。

 

そして、それを引き起こしたであろう人物の手には、虹色の粒子が纏い輝く剣が握られていた。

 

「せ、聖王さま……」

 

 政治や国家に疎いアメルでも今日の武闘大会で演説した聖王の姿は十分印象に残っていたようだ。それでも変装でもしていれば別だったかもしれないが、見た目は演説時と変わらない五つのサモナイト石で彩られた王冠を被っていたため、すぐ気付いたのである。

 

「なんでこんなところに……?」

 

 聖王の姿を見た者が思い浮かんだ言葉をマグナが口にした。そもそも、この国の王家は極端に国民の前に姿を見せることは少ない。随分前に嫡子である王子が死亡した際の国葬の時に姿を見せたくらいで、後は二年前の戦いで聖王自ら軍勢の指揮を執るまで姿を見せたことはなかったはずだ。

 

 それほどまで姿を見せることがない聖王がなぜこんなところにいるのかと疑問に思うのは必然だった。

 

「君たちは……?」

 

 無数の漆黒の剣を消し、手に持った剣も下げた聖王は、その疑問には答えず逆に質問で返した。彼はある目的をもって大劇場を抜け出して来たのである。いまだ果たせていないが、仮にそれを果たせていたとしても事情は話せなかっただろう。

 

(なんか随分と違うな……)

 

 聖王の声は演説のときに聞いたものとは若干異なっていた。あの時は少し無理をして厳かな声を出しているような感じがしていたので、きっと今の声がこの人の地声なのだろうとハヤトは考えた。

 

「あ、ええと、俺たちは……」

 

 質問に答えなかったことにはマグナはたいして気にしていなかった。一国の主からしてみれば、どこのだれとも分からない者達の疑問に答えようなどとは思わないだろう。

 

「マグナ、そんな悠長に話している時間はなさそうだ」

 

 ハヤトがサモナイトソードを抜きながら、聖王に自分達のことを説明しようとしていたマグナに忠告した。その視線の先には凄まじい嫌悪感を催す見たことのない悪魔の姿があった。

 

 人間のような形をしているが、大きさは二倍近くある。ただ、人間のように一対の手足があるのではなく、代わりに生えている四本の腕で這うように動いていた。

 

 さらには背中からも一本の腕が生えており、それを含めた五本の腕の中には肉や骨が剥き出しになっている。おまけに脇腹からは巨大な目玉が剥き出しになっており、そうした姿が嫌悪感を催す一因となっていた。

 

「……見たことのない悪魔ですね」

 

「気持ち悪ィ奴だな」

 

 顔を顰めただけのクラレットの思っていたことをバルレルが言った。とは言え二人とも警戒は怠っていない。容姿の醜さと強さは関係ないのだ。むしろこれまで戦ったことのない悪魔であるため、最大限の注意を払っているようだ。

 

 相手の出方を見るハヤト達六人に対し、聖王スフォルトは再び空中に剣を出現させた。

 

「ここは私に任せてくれ」

 

 言葉と同時に無数の剣が悪魔に殺到する。十本や二十本では足りぬ数の剣が悪魔に突き刺さり、悪魔はその歩みを止めた。

 

「すごい……」

 

 アメルがその圧倒的な光景に驚きの声を漏らしたが、抱えられていたマグナから降りていたハサハは悪魔の脅威がまだ去っていないことに気付いていた。

 

「まだ……いきてる……」

 

 その言葉が発せられるのと、まるで笑い声のような悪魔の声が消えたのはほぼ同時だった。

 

 悪魔は全身を剣に貫かれていたが、ニタニタと笑っており、刺さった剣すら意に介さず動き始めた。そしてどこからか仮面を取り出し顔に装着した。するとみるみるうちに体が巨大化していく。人間二人分だった全長が、目測でさらに倍近くまで大きくなっていった。

 

 そしておもむろに足に当たる二本の手で立ち上がると、肉が剥き出しになった右手を大きく振り上げた。周りの建物ごとハヤト達を吹き飛ばすつもりなのだ。

 

「くそ……!」

 

 それに気付いたマグナ達は一斉に距離をとったが、ハヤトは聖王の動きがやや緩慢なことに気付いた。いくら強力な力を持っているとはいっても、スフォルト自体はただの人間に過ぎないのだ。正確な年齢は知らないが、自分達のような動きができるほどの若さはないだろう。

 

 そう悟ったからこそ、ハヤトは聖王のもとに急いだ。今日この場で会っただけの間柄ではあるが、みすみす見殺しにすることなど彼にはできなかったのだ。

 

「急いでくれ!」

 

 もはやなりふり構っていられないハヤトが聖王とともに走りだした瞬間、悪魔の右腕が振り下ろされた。石造りの建物も造作なく破壊した一撃が迫りくるが、すんでのところで躱すことはできた。

 

「…………」

 

「君に救われたな……」

 

 肩で息をしながら立ち上がるハヤトに聖王の声がかけられた。

 

「話は全部終わってからにしよう」

 

 目の前の悪魔に集中していたハヤトは言葉を敬語に直す余裕もなかった。あんな攻撃を続けられたら攻める機会なんて得られそうもない。悪魔の動きが止まっている今、こちらが攻めない理由はなかった。

 

「クラレット、マグナ、援護を頼む!」

 

 言葉を残し、悪魔へと走り込む。狙うは巨大化した原因と思われる仮面、あれを破壊して元に戻るならそれでいいし、そうでなくとも頭部にダメージを与えて不利になるはずがない。

 

「ディアボリック・バウンド!」

 

「ボルテージ・テンペスト」

 

 クラレットが召喚したサプレスの悪魔が戦槌を振り下ろし、マグナが召喚したロレイラルの兵器が電撃を降らせる。どちらも広範囲に破壊をもたらす召喚獣であるため、本来ならこんな街中で使うものではないが、悪魔の周囲はもはや瓦礫の山と化しているため、遠慮なく使用したようだ。

 

「っ、たいして効いてない……! バルレル、奴の注意を引いてくれ!」

 

 召喚術による攻撃では効果が薄いと悟ったマグナはハヤトの攻撃の隙を作るためにバルレルに言った。

 

「ったく、護衛獣使いが荒いぜ……! チビすけ、テメェも手伝えよ!」

 

 バルレルの頼みを受けたハサハは妖気から雷を発生させた。それ自体は先ほどのマグナが召喚術で行った物より威力は低いが、それでも目くらましとしては十分な効果があった。

 

「テメェのデケェ目ん玉に風穴開けてやるぜぇ!」

 

 召雷の陰で悪魔の横に飛んでいたバルレルは脇腹の目玉目掛けて手にした槍を投げた。近距離でかつ標的も大きかったため、容易く命中する。そして元々すぐ取れるようになっていたのか、その目玉はあっけなく地面に落ちた。

 

 悪魔がそれを拾おうと背中の腕を伸ばしたとき、ハヤトのサモナイトソードによる一撃が悪魔の仮面に直撃した。

 

「っ、硬い……!」

 

 しかし想像以上に仮面は強固で、若干の傷しかつけることしかはできなかった。

 

 何度か斬りつければ破壊は出来るかもしれないが、至近にいるハヤトを悪魔が放っておくはずもなく、振り払おうとする腕に当たり弾き飛ばされてしまった。

 

「大丈夫ですか!? すぐ治しますから!」

 

 何とか着地したハヤトにアメルが駆け寄り、傷を癒し始めた。受けたのが先ほど避けた腕の振り下ろしだったのなら、ハヤトは死んでいなくとも重傷は負っていたかもしれない。無造作に振り回した腕だったから軽傷で済んだのだ。

 

「何してるんだ、あいつ……?」

 

「え……?」

 

 息を整えながらアメル治療の受けていたハヤトの耳にマグナの声が耳に入った。

 

 それが気になりマグナが向いている方へ視線をやると、そこには奇妙な踊りのような動きをしている悪魔の姿があった。

 

「一体、何を……っ!」

 

 そう言った時、体の異変に気付いた。体に宿る魔力がどんどんなくなっているのに気付いた。あの悪魔の仕業に違いない。

 

「しまった……!」

 

 体に宿る魔力が全て枯渇すれば魂を維持できなくなり、死に至る。もちろんそうした魔力が切れる状況は平時でも召喚術を使い過ぎた場合など、少なからずある。しかしそれは、無意識の中でストッパーがかかることによって使えなくなるだけであり、命に関わることはない。ところが悪魔がやっていることは、問答無用の吸収であり防ぐ術は悪魔を倒すしかない。

 

 これまでに戦った悪魔はこうした魔術めいた業は使って来なかったため、完全に虚を突かれた形になってしまったのだ。

 

「マグナ……」

 

「なんとか、いけます……!」

 

 重い体を何とか動かして立ち上がったハヤトは近くのマグナへ声をかける。ハヤトもマグナも常人より遥かに多くの魔力を有している。そのため、まだ辛うじて動くことはできたのだ。逆に聖王は強力な魔剣を持ってはいるが、体も有する魔力も常人とたいして変わらないため、他の者達と同じく意識を失わないようにするので精一杯だったのだ。

 

 なんとか立ち上がった二人が悪魔に向かい合ったとき、何を思ったか悪魔は奇妙な踊りを止めた。見ると聖王がつけた傷は全て治っていた。おそらく奪った魔力は自身の回復に使ったのだろう。

 

 しかし踊りが止まったと言っても、状況は好転しなかった。その悪魔の後ろからこれまで何度も戦ったことのある下級悪魔スケアクロウが現れたのだ。数は片手で数えられるほどだったが、辛うじて戦闘ができそうなのが二人だけとあっては、状況は絶望的だろう。

 

「ああ、これはかなりキツイな……」

 

「でも逃げるわけにはいかないでしょう?」

 

「当たり前だろ」

 

 それでも二人は逃げる気はなく、もちろん戦意も失っていなかった。そして片手で剣を持ち、悪魔へ向かって歩いていくが、そこに後ろから声をかけられた。

 

 

 

「それで殺されては元も子もないと思うがな」

 

「っ!」

 

 聞き覚えのある声に二人は反射的に振り向いた。

 

「バージルさん……」

 

「どうしてここに……」

 

 そこにいたのはこちらに向かって歩いてくるバージルと、クラレット達を介抱しているアティの姿だった。バージルはマグナとハヤトの質問には答えず、二人を追い越して悪魔へと歩いていった。

 

「ノーバディ……、やはりこのクラスも召喚できるか」

 

 ぶつぶつとバージルは独り言を呟いた。「ノーバディ」とは仮面をつけて巨大化した悪魔のことである。この種の悪魔はあまりにも知能が低かったため、名前さえ与えられなかった下級悪魔である。そのため誰でもない(ノーバディ)と呼ばれているのだ。

 

 しかし長い間、魔界で生き延びてきた実力は本物で、単純な力だけなら中級悪魔にも匹敵するのだ。おまけにこれまでハヤト達が見たような巨大化や魔力の吸収と言った魔術的な力を持っており、魔界においてもこの悪魔を好き好んで相手にするものは少ない。

 

 そしてこの悪魔が現れたことで、無色の派閥や紅き手袋の構成員が使う悪魔を呼び出す魔術は、中級悪魔を呼び出せる能力があることが証明された。とはいえ、このノーバディが現れたのはこの悪魔が知性を持たないため、何の考えもなしに暗殺者が魔術で作り出した魔法陣に飛び込んだからだろう。いくら力があっても頭は下級悪魔以下なのだから当然である。

 

「…………」

 

 考察もそこそこにバージルはベリアルを右手に持った。そこにスケアクロウが一斉に飛びかかってきた。

 

「Scum」

 

 身の丈ほどもあるベリアルを片手で軽々と振り回し、横一閃にスケアクロウを薙ぎ払った。ベリアルに宿る炎獄の炎で焼かれたスケアクロウは依り代すら残らずに一瞬で焼却された。

 

 そこへノーバディは先ほど落とした目玉を拾ってバージルへ投げつけてきた。ノーバディの体は強力な毒を含んでおり、人間なら僅かに触れただけでその部分が解け落ちてしまうだろう。当然投げてきた目玉にもその毒はたっぷり含んでいるのだ。

 

「くだらん……」

 

 鼻で笑ったバージルはもう一度ベリアルを振るって目玉を両断する。本来なら飛び散る猛毒を含んだ体液は、振るった際の炎で全て焼き消された。

 

 それと同時に大量の幻影剣が上空から降り注ぎ、ノーバディの体を貫いてその肉体を固定した。背中の腕に至っては当たり所が悪かったのか、生え際あたりで大きく斬り裂かれ、力なく垂れ下がっている。

 

 バージルはその上でノーバディの正面にエアトリックで移動し、ベリアルを構えた。

 

「Be gone」

 

 言葉と共にノーバディの顔面にスティンガーを叩き込む。飛び込んで突きを放つだけの単純な技だが、それゆえバージルほどの実力者が使えば、全力を出さずとも凄まじい破壊力を持つ一撃となるのだ。

 

 その威力を余すところなく受けたノーバディは、その巨体がゴムボールのように吹き飛び建物を三軒ほど貫いたところで止まった。もしこの悪魔が幻影剣で多少なりとも固定されていなかったら、もっと遠くまで吹き飛ばされていただろうことは想像に難くない。

 

 もちろんスティンガーをくらったノーバディは絶命しており、その際に飛び散った肉片が周囲の建物を溶かしていた。最後まではた迷惑な悪魔だった。

 

「ちょっとやりすぎじゃないですか?」

 

 あっけなく戦いを終えて戻ってきたバージルをアティは少し不満そうな顔で迎えた。

 

「これでも手加減はした。しかも無人の家だ。気にしても仕方あるまい」

 

 念のため周囲の魔力を探り人がいないことを確認した上でノーバディを飛ばしたのだから、問題ないだろうという意思を込めて言葉を返した。

 

「むぅ……」

 

「それにあいつらを見ただろう。無駄に手加減して、もう一度あれを使われていれば死んでいたぞ」

 

 ハヤトやマグナはともかく、その他の者達はもう一度ノーバディが魔力を吸収していれば死んでいた可能性が高い。バージルのような半人半魔はともかく、その他の者は魔力がなければ魂を維持できなくなり死に至るのだ。

 

 実際に幻獣界メイトルパでは「解魂病」という体内の魔力を吸い取るカビの一種によって亜人の祖にあたる人間が絶滅している。ノーバディの奇妙な踊りはまさしく死を呼ぶ舞なのである。

 

「そうですけど……」

 

 バージルの言葉への反論の言葉が見つからずアティは言葉尻を弱めた。

 

 そこへマグナとハヤトに声をかけられた。

 

「また助けられましたね」

 

「ああ、ヤバかったからな、本当に助かったよ。……それにしても厄介な悪魔だったな」

 

「相性の問題だ。あれさえ使われなければ勝っていただろう。次にやる時は余計なことなどさせずにさっさと殺すべきだな」

 

 ハヤトの言葉に答えを返した。バージルが見た限り、ハヤト達ならばノーバディを相手に勝利を得るころは十分に可能だったと考えていた。にもかかわらず今回のような結末になった原因はやはり魔力を奪われてしまったこと、ひいてはそれをさせるだけの余裕を悪魔に与えてしまったことが全ての原因だった。

 

 スケアクロウがいたとしてもノーバディのような中級クラスの力を持つ悪魔は一体だけだったのだから、猛攻に継ぐ猛攻を仕掛けて何もさせずに殺してしまえばよかったのだ。

 

「彼らをあまり責めないでやってくれないか。あれに倒せなかった原因は私にもあるのだ」

 

 バージルは別に責めているつもりなどなかったが、彼と初対面のスフォルトにしてみれば、ハヤトとマグナを責めているように聞こえたのだろう。二人を庇うように言った。バージルはちらりと視線を向け、服装からその人物が誰なのか悟った。

 

「……聖王か、一体こんなところで何をしている。わざわざ殺されにでも来たのか?」

 

「ち、ちょっとバージルさん!?」

 

 大陸最大国家の元首が相手でも変わらないバージルの態度に、アティが焦りながら抑えようとした。

 

「確かに不用意だったのは認めるが、殺されに来た、というのはどういう意味だね?」

 

「聞いてないのか? 今回悪魔が現れたのは貴様を暗殺するためだ」

 

 それを聞いたスフォルトは目を見開いた。

 

「暗殺、だと……」

 

「……その様子では聞いてないようだな」

 

 当初、バージルはスフォルトが自身の暗殺計画を知っていて、ここにいると思っていたため、彼の行動が理解できなかったが、その前提が間違っていたのなら納得がいく。

 

「ならば先ほどの悪魔を召喚したのも私の暗殺のためか?」

 

「そうだ。もっとも、召喚した本人は死んだがな」

 

 ノーバディが現れた直後、一人の人間を襲った事実をバージルは当然把握していた。悪魔の出現場所の周囲にはその人間しかいなかったため、まず間違いないだろう。

 

「…………」

 

 スフォルトはそれを聞いたきり何やら考え込むように黙ってしまった。バージルはもう聞かれることが何もないと判断すると口を開いた。

 

「アティ、直に騎士団が来る。さっさと戻るぞ」

 

 実のところもうバージルは、騎士団らしき人間が近づいているのに気付いていた。スフォルトを探しているのか、暗殺者の残党がいないか確認しているのかは定かではないが、こんなところにいては面倒ごとに巻き込まれるのが目に見えている。だからさっさと帰ることにした。

 

「え、ち、ちょっと……」

 

 驚くアティをよそにバージルは彼女を樽のように脇に抱えると建物の上に向かって飛び上がった。

 

「……あの」

 

「何だ?」

 

 聖王に対しての接し方や騎士団との接触を避けたことなど、今さらバージルがしたことに文句はない。むしろ彼らしいとさえ思うほどだ。しかしアティは彼の抱え方には異議があった。

 

「せめて抱え方を変えて欲しいな、って。一応私達は、その……」

 

「……ああ」

 

 はっきりとは言わないが、彼女の言わんとしていることは長い付き合いのバージルには十分想像できることだった。

 

 脇に抱えるような抱え方から両手を使った持ち方へ。つまりいわゆるお姫様抱っこというやつに変えたのだ。どうもアティはこういったことに憧れのようなものがあるようだ。若干子供っぽいからか本人もなかなか言い出しにくそうにしているが。

 

「これで満足か?」

 

「……はい、満足です」

 

 恥ずかしそうにアティは頷く。いまさらこの程度ことで恥ずかしがってどうするんだとバージルは思ったことあるが、島の女性陣曰くはそれとこれは違うらしいので詳しく突っ込むようなことはしない。

 

 アティにとって幸福な時間はとりあえず宿につくまで続きそうであった。

 

 

 

 

 

 ノーバディとの戦いを終えたバージルとアティは騎士団との接触を避けてさっさとは宿に戻った。特にアティは久しぶりに魔剣を使ったためか、疲れながらも幸せな様子で夢の中にいた。

 

 バージルはそんなアティの様子を見ながら、椅子に腰かけ今日のことを振り返る。とはいえ、その中心は今日現れた悪魔のことではない。彼にとって今日相手にした悪魔程度は一考に値しないのだ。

 

 そんな彼の思考の中心は、ハヤトとマグナに尋ねる理由となった、スパーダが人間を守った理由、引いては自分自身が戦う理由についてだ。

 

 スパーダは人間を守るために魔帝と戦ったが、その理由はハヤト達の話を聞いても、いまだ分からない。しかしバージルは、そのことについて以前のように気にならなくなっていた。

 

(いつまでも親父のことを追っても無意味だ)

 

 バージルが父の足跡を追っていたのは、かつてはスパーダの比類なき力を手に入れるためだった。そして今までは同じ道を歩んでいる者として、知る必要があると思っていた、一種の義務感からだった。

 

 しかし昨日悪魔を倒そうと思ったのは、ただアティのためだった。彼女のためにバージルは悪魔と戦ったのである。

 

 それを考えれば、父の戦った理由など些細なことだった。今のバージルを突き動かしているのは一人の人間を守るためだった。それ自体は二年前から抱いていたことだが、今ではそれが最も大きな理由となっていたことに気付いたのである。

 

(こいつはまた悪魔が現れれば今日のように戦おうとするだろう。そしてそれは、魔帝が来ても同じだろうな)

 

 勝てない相手だと思ってもアティは逃げないだろう。他の人間が同じことをすればバージルは愚かなと一蹴しているだろうが、ことアティに限ってしまえば、彼女らしく、むしろ好ましいとさえ思うのだ。

 

 そんなアティだからこそバージルにとっての特別な存在となっているのだが、彼としてもみすみす彼女を死地に追いやることなどするつもりはなかった。

 

 来たるべき魔帝率いる魔界との戦い、バージルはアティを守るために戦うと決めたのだ。

 

 そしてその決断が結果的に人間を守ることに繋がっていることにバージルは気付いていた。

 

 もしかしたらそれも父スパーダと同じあり方かもしれない。スパーダも悪魔には持ち得ない人を思う感情を持ったからこそ魔帝ムンドゥスに反旗を翻し、魔界と敵対する道を選んだ。

 

 そしてバージルも魔界と、魔帝と敵対する道を改めて選択した。これまでのように悪魔が憎いからでも、己の力を証明するためではない。アティを守るために、バージルは魔帝ムンドゥスを滅ぼすのだ。

 

 そこまで考えた時バージルは父の意思を悟ったような気がした。

 

(そうか、親父はこのために……)

 

 スパーダが己に閻魔刀を、弟にリベリオンを託したその意味を理解したのである。

 

 ダンテに、魔界で最も頑強な物質で造り出した反逆(リベリオン)の名を持つ魔剣を託したのは、彼が己の「意思」を継ぎ、人を守り続けて欲しかったから。

 

 そしてバージルに、人と魔を分かち、魔を食らい尽くす閻魔刀を託したのは、己が成し遂げられなかった魔帝の討滅と人界と魔界の分離という「役目」を果たして欲しかったから。

 

 そしてダンテはテメンニグルで父の魂を継ぎ、バージルは今になってようやく己のあり方を見つけた。

 

 表面上は全て父の願った通りになったのだろう。

 

 しかしそれは運命で定められたものでも、スパーダや他の誰かに誘導されたものでもない。バージルのこれまでの見聞、体験、出会い、別れ、その全てがあってはじめて見出したものなのだ。

 

 たとえ受け継いだ魔剣が閻魔刀でなく、リベリオンであろうと彼は魔帝を滅ぼそうとしただろう。そうするのは彼がスパーダの息子だからではない。父に託されたからでもない。

 

 バージルがバージルだからこそ、アティのために魔帝を滅ぼすことを選んだのである。

 

 

 

 

 

 

 

 




体内の魔力の関係で意外と相性がいいノーバディでした。バージルに直腸スティンガーくらわなかったのは幸運でした。

さて、次回は12月2日(日)頃に投稿予定です。

ご意見ご感想お待ちしてます。

ありがとうございました。

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