Summon Devil   作:ばーれい

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第65話 夢のその先へ

「あらあら、すごい顔ぶれが集まったものね」

 

 金の派閥の総帥ファミィ・マーンは、大劇場の打ち合わせや会議に使われる一室に集まった面々を見て思わず苦笑した。

 

 聖王暗殺の一件から一夜明けた今日の夕方、この部屋に集まったのは蒼と金、両方の派閥の長と昨日の事件の際に自ら戦いに身を投じたハヤトやマグナ、トリス達であった。もちろん急な話であったため、欠席者も全体の約三分の一にあたる五名と少なくないが、それでも十二名は出席していた。

 

「うん、それに彼もちゃんと来てくれたしね」

 

 最後に席に着いた人物に視線向けながらエクスが言う。それに釣られて他の者も思わずその人物に目を向けた。

 

「…………」

 

 視線を向けられたバージルは足を組みながら無言を貫いた。実際のところ、彼がなぜここに来たのかは隣に座るアティにもよくわかっていなかったのだ。

 

 そもそも今回は、自分の身を顧みず悪魔と戦った者達に栄典を授与するという名目で召集されたものである。そうした栄誉や勲章には全く興味がなさそうバージルがこんな名目で来るとは、召集を任せられたエクスも考えていなかった。

 

 ちなみにこの場にいるのは、バージル、アティ、エクス、ファミィの四人の他に、大劇場で悪魔と戦ったトリス、ネスティ、シャムロックの三人とハヤト、クラレット、マグナ、アメルのゼラムの各所で戦った四人、さらに聖王暗殺の情報を提供したアズリアも出席していた。

 

 イスラやフォルテ、ケイナ、ルヴァイドはそもそも出る気はなく欠席で、ラムダは既にサイジェントへの帰途へついていたため、そもそも出席できる状況ではなかったのだ。なお、バルレルやレオルドは護衛獣であるため、そもそも召集対象になっていなかった。

 

 その十二名が揃い、少し時間が経ったとき、この部屋に聖王スフォルトが入ってきた。

 

「みな、よく集まってくれた」

 

 少数の騎士を控えさせているものの、つい昨日暗殺されかけた王としては随分少ない護衛だ。勇敢と見るか、無謀と見るかは人それぞれだが、いずれにしても聖王は、何の考えもしにそうしているわけではないだろう。

 

 スフォルトが所定の場所についたことを確認したエクスは口を開いた。本来であれば、こうした司会のような役目は王城に努める者達が行うのが常だが、彼らは事件の事後処理に追われているため、エクスが引き受けたのである。

 

「……さて、全員揃ったようだし早速君達に勲章を――」

 

「そんなものは後にしろ。さっさと本題に入れ」

 

 エクスの言葉を遮ったバージルに周りの者達が訝しんだ。集められた名目を考えれば勲章の授与などは十分本題に入るものなのだ。

 

 しかし、彼の言葉を聞いたエクスは聖王と目を合わせ、お互い軽く頷き合うと口を開いた。

 

「そうだね。……単刀直入に言えば、実は君達の力を借りたいんだ」

 

「頼みたいこと?」

 

 トリスがオウム返しに言葉を返すと、聖王スフォルトはゆっくりと、しかしはっきりとした厳かな口調で答えた。

 

「……私は困難を痛感した」

 

 一旦言葉を切ると、聖王は出席者全員を見渡した。極一部は興味がないとばかりに腕を組み、目を閉じているが、それ以外は威儀を正して聖王の言葉に耳を傾けている。

 

「此度の一件、悪魔によって犠牲となった者は少なくない」

 

 そこで犠牲者へ祈りを捧げるように僅かばかりの時間、目を閉じた。

 

「だがそれ以上に由々しきことは、それに対する抜本的な対策が何もないことなのだ」

 

「悪魔に対してもそれを呼び出した無色の派閥に対しても、現状僕達は受け身でしかないことはみんなも理解していると思う」

 

 スフォルトの言葉を引き継ぎエクスが言った。悪魔が出現するようになって以来、戦力配置の見直し、対悪魔の戦術及び即応体制の構築と悪魔に対抗できるよう変化しているが、所詮それは対症療法の域を出ていないのが現状だった。

 

 そしてそれは無色の派閥に対しても言えることだった。聖王国だけでなく、無色のテロ行為による被害が大きい帝国でも、無色の派閥に対する対反乱作戦が実行されているが、各国にそれぞれ拠点を構える無色を完全に壊滅させることはできていないのだ。

 

「特に問題なのは、人の手で悪魔が召喚された場合ね。今回みたいに、立て続けに召喚されると対応しきれなくなってしまうもの」

 

 今度はファミィが言った。さすがにいつものような微笑は浮かべておらず、真面目な顔である。

 

「そう、だからそれを何とかするために力を貸して欲しいんだ」

 

「あの、具体的に何をすれば……」

 

 再び口を開いたエクスの抽象的な言葉にマグナが尋ねた。彼としても悪魔を何とかしなければ、と思っていたため協力することに躊躇いはない。しかし実際に何をすればいいか分からなかったのだ。

 

「何も難しいことじゃないよ、マグナ。世界を回って悪魔や無色に関する情報を集めてくれればいいんだ」

 

「……それって、あたしやネスがやってたのと似たようなこと?」

 

「やることは似たようなものだが、範囲は広がるし、調べる対象も違うがな」

 

 生来の気質か、あるいは妹弟子が本当に分かっているのか心配だったのかは定かではないが、ネスティがぴしゃりと言った。

 

「まあ、やることは同じなんだし、大丈夫でしょ」

 

 少し前までトリスとネスティはメルギトスが引き起こした事件の調査を引き継ぎ、聖王国中を旅していたのだ。その時と同じようにことをすればいいのであれば、まず問題はないだろうとトリスは楽観視しているようだ。

 

「あのな……」

 

 気楽すぎるトリスに対してネスティが呆れて何か言葉を口にしようとした時、ファミィが言った。

 

「あくまでも協力なんだから、お仕事で行った時にやってくれればいいのよ。そうでしょ?」

 

「ああ、その通りだ。気負わなくていい」

 

 確認を求められた聖王が微笑を浮かべながら返した。悪魔や無色の派閥への対策は何も彼らだけに押し付けるのではない。むしろ聖王国内については各都市の騎士団が中心として進める腹積もりのようだ。

 

 マグナやトリスに期待するのは聖王国以外での情報収集だ。聖王国も間諜など国外の情報源はあるが、悪魔関連は危険性も考慮し相当な戦闘力を持っていなければ成功の見込みはないだろう。その点、彼らは強大な魔力を持ち、悪魔との戦闘経験もある。十分適した人材なのだ。

 

「それなら俺達も協力できそうだな」

 

「ええ。……とは言え、私達はあまりサイジェントから動きませんけどね」

 

 ハヤトとクラレットも協力することに異存はなかった。ただ、普段はエスガルドやカイナからの情報で動くため、マグナ達のように積極的に国外へ出かけるのは少ないのが実情だった。

 

「……私がここに呼ばれたのは、帝国内で活動する際の便宜を図ってほしい、ということか?」

 

 話を聞いていたアズリアがここで口を開いた。彼女もこの集まりには栄典の授与以外にも、何らかの目的があると考えていたため、こうした内容に話が飛ぶことには驚いていないようだ。

 

「もちろんただでとは言わないよ。悪魔や無色の情報は全て共有する、ということではダメかな?」

 

 帝国はマグナ達の調査に協力するだけで、他に聖王国が得た情報も提供されるのだから費用対効果も高い。アズリアとしても無色の派閥に対抗するために、聖王国の協力を得たいと考えていたため、エクスの提示したものは願ってもない好条件だった。

 

「むしろ、そうした情報を一元的に管理する組織を新たに創設した方がいいのではないか?」

 

 しかし、アズリアとしてはより密接な関係を構築したいという思惑もあり、その提案を口にした。

 

「……面白い考えだ。ただ、今すぐに結論は出せぬな」

 

 それに真っ先に興味を示したのは聖王スフォルトだった。実際に悪魔を目の当たりにして、一刻も早く対して何とかしなければ、と焦燥にも似た思いがあるのかもしれない

 

「今すぐの判断など求めてはいません。今後の協議が必要でしょう」

 

 アズリアが同意し、聖王も納得したように頷いた。彼女もさすがにこの場でそこまでの答えは求めていなかった。今回は今後の足がかりができただけで十分だと考えているのだろう。

 

 その話が一段落したのを確認したエクスはシャムロックを見て口を開く。

 

「君は民を守るための騎士団を作りたいと言っていたよね」

 

「……はい、その通りです」

 

 そのためにシャムロックは武闘大会の優勝を目指していたのだ。結局それは彼が準決勝に駒を進めた直後に現れた悪魔によって、なし崩し的に中止になってしまったため水泡と帰してしまったが。

 

「そなたらの献身、ディミニエから聞いておる。……民のための騎士団、聖王家の名において認めよう」

 

 昨日、彼らが守った観覧席には聖王こそいなかったが、その娘である王女ディミニエがいたのだ。彼女がスフォルトに働きかけてくれたのは間違いないだろう。

 

 もちろんその裏には、悪魔への対抗戦力の拡充という思惑もあるのだろうが、シャムロックはそれでも構わないと思っていた。昨日のように民が悪魔に襲われる事態になれば、思惑などあろうがなかろうが守るために戦うのだから。

 

「……はっ」

 

 シャムロックは膝をつき首を垂れ、そして迷うことなく宣誓した。

 

「私と私の仲間は全ての民のため、剣を振るうと誓います」

 

 いずれ正式な場に置いて、もう一度宣誓することになるだろうが、騎士団を認めてくれた聖王に宣誓する機会などもうないかもしれない。そう思ったからこそシャムロックはこの場で宣誓したのだ。

 

 それを受けた聖王も言葉を返した。

 

「汝ら騎士団は、国に囚われず己の信義に従い、あまねく民の騎士として働くがよい」

 

 こうしてシャムロック率いる自由騎士団は聖王家を後ろ盾に正式に発足したのである。

 

 

 

 シャムロックが席に戻ると、他の者の視線はまだ意思表示をしていないバージルに視線が向けられた。意志を表明してないのはアティも同じだが、唯我独尊、傲岸不遜を地でいくバージルが先ほどから話を聞いているだけのため、ある種の不気味さが感じられ逆に注目を集めたのかもしれない。

 

 そんな雰囲気の中、エクスは目を閉じたままのバージルに言った。

 

「……さて、バージル、君には――」

 

 エクスは悪魔の知識や戦術の分野で協力して欲しい旨の言葉を告げるつもりだったが、その前にバージルによって遮られた。

 

「何を頼まれようとそれを受けるつもりはない」

 

 バージルは目を開いて一瞬アティに視線を向けて、言葉を続けた。

 

「俺()にはやるべきことがある。だから貴様らに協力することはできない。……ただ、同時に貴様らの邪魔をするつもりもない。それが、こちらができる最大限の譲歩だ」

 

 それを聞いたアティは驚いて目を見開いた。さすがに状況を考え、声は上げなかったが。

 

 先ほど視線を向けられたことからバージルの言う「俺達」にはアティも入っているようだが、彼からは何の話もなかったのだ。別にバージルに協力すること自体はやぶさかでない。むしろ自分の力を必要としてくれて嬉しいくらいだ。

 

 しかし、彼は一体何をやろうとしているのか、アティには全く見当もつかなかった。もちろんそれは他の者も同じだった。

 

「やるべきこと……?」

 

「答える必要はない」

 

 にべもなく断るバージルの言葉を聞きながらエクスは考える。栄典の授与が本題ではないとわかった上でわざわざ来てくれたのだから、協力を得られるのではないかと思っていたのだが、どうやら当てが外れたようだ。

 

(しかし、それならどうして来たんだ?)

 

 元々こちらの依頼を受けるつもりなどなかったのなら、彼の性格から考えてわざわざ足を運ぶことはないだろう。きっと何か別の意図があるはずだ。

 

(彼が言ったのは、やるべきことがあるということ、こっちの邪魔はしないということの二つ……)

 

 まず考えられるのは、エクスがアズリアに言ったように聖王国内での便宜を図って欲しい、あるいは支援をして欲しいということだ。ただ、もしそうであれば既に口にしていて然るべきだ。そしてそれがないということは、その考えは違っていたということになるだろう。

 

(要望があればもう言っているはず、それがないということは、まさか邪魔をしないということを言いに来た……いや、そんなことを言うために来るとは思えない)

 

 エクスはそこまで思考したところで、ある考えに思い至った。

 

 バージルは邪魔をしないために、こちらのやることを大まかにでも把握する必要があった。そのためにここまで来たのではないか。相手が何をしようとしているのか分からなければ邪魔をする、しないの話ではないからだ。

 

(問題は、彼がそこまで気を遣う人物か、ってことだけど……)

 

 バージルに視線を向ける。既に彼は言うべきことは全て言ったというような様子で、先ほどと同じような我関せずの姿勢に戻っていた。隣にいる彼と最も親しいだろうアティも先ほどの様子を見る限り、バージルが何を考えているかは知らないようだった。

 

(こちらへの協力は得られなくとも好意的中立の立場さえ取ってくれるのなら、よしとしよう)

 

 下手に詰問して先ほどの言葉を翻されればそれこそ一大事だ。それにエクス自身は双方に利害があったとはいえ、二年前にバージルに仕事の依頼を受けさせることに成功している。そのため今回のように長期に及ぶような話ではなく、短期で終わるようなものなら条件次第では受けてくれるかもしれない。

 

 そう考えたエクスはバージルへの話はこれで終わりにするため聖王と視線を交わし、頷き合った。そして聖王が口を開いた

 

「そういうことであれば無理強いするわけにはいかぬ。すまなかったな」

 

「……それなら、詳細は個別に詰めるとしましょう。時間も限られていることですし」

 

「そうだね。次にいこうか」

 

 少し悪化した感がある場の空気を変えるために発言したファミィにエクスも同意し、名目上の本題である栄典の授与へ話を進めた。

 

(バージルさん……)

 

 しかしアティは、先ほどのバージルの言葉のみならず、ここに来たことといい、今日の彼の言動がずっと気にかかっていた。考えて答えが出ることではないが、彼女は心中で帰ったら尋ねてみようと決心していた。

 

 

 

 

 

 その後、二人が夕食をとり部屋に戻った時には日も暮れており、空には満月が浮かび月光が部屋を照らしていた。

 

「あの、先ほど言っていたことなんですけど……」

 

 大きな窓から月を眺めていたバージルの隣に立ちながらアティが意を決して尋ねた。

 

「ああ、悪かったな。言う機会がなかった」

 

 アティに視線をやったバージルはそう軽く返し、さらに言葉を続けた。

 

「俺は、いずれこの世界に来るだろう魔帝ムンドゥスを倒す。お前にはその協力を頼みたい」

 

 バージルはムンドゥスについて、アティにはまだ話していなかった。昨日の時点でバージルも自身の戦う理由が変化していることから、彼女に話してもよかったのだが、そのタイミングを掴めぬまま今日呼ばれてしまったのである。

 

「魔帝、ムンドゥス……?」

 

 そもそもアティはムンドゥスのことすら知らないので、バージルは簡単に説明することにした。

 

「昨日も現れた悪魔の住む世界、魔界の支配者と考えればいい。奴は二千年前に人間界……俺のいた世界に来た時は親父に封印された」

 

 このあたりは直接父から聞いたわけではないため、その詳細については不明だ。いくつか資料や文献によれば何人かの協力者もいたということだが、その真偽も定かではない。

 

「それから十年ほど前にも復活したようだが、恐らく弟に敗れ、今も再封印されているはずだ。……だが、その封印もいずれ解ける。そしてその時に狙われるのは、このリィンバウムだ」

 

 バージルの見立てでは約二千年の間ムンドゥスを封じ続けたスパーダの封印に比べ、ダンテの封印はそう長くは持たないと見ていた。あの魔帝がそう何度も長時間封印されたままとは考えにくいし、今ならともかく、十年ほど前のダンテの力は当時のバージルと大差ないため、父が行ったような封印をできたのか微妙なところなのだ。

 

 さらに近年リィンバウムに現れる悪魔の中には魔帝が関与している可能性がある悪魔もいたため、それらを考慮すれば魔帝は他の悪魔に指示を出せる程度まで力を取り戻していると考えられる。

 

 持ってあと十年。それがバージルの予測だった。

 

「……えっと、聞きたいことはありますけど……大事なのはバージルさんがその魔帝という悪魔を封印するってことですよね?」

 

 その説明で疑問に思ったことはいくつかあったが、ここで重要なのはバージルの目的なのだ。

 

「話が早くて助かるが、少し違う。俺は魔帝を封印するつもりなどない。殺すつもりでいる」

 

「でも、これまではその……お父様も、弟さんも封印しかできなかったんですよね……?」

 

 意図的ではないにしろ、アティの質問は核心をついていた。これまでバージルの父と弟がムンドゥスに挑み、どちらも勝利を得ているが殺しきれなかったのだ。そしてその不死性こそが魔帝を魔界の支配者たらしめている理由でもあった。

 

「ああ、その通りだ。……だが俺は、いつまでも先送りするつもりはない。次で、終わらせる」

 

 魔帝ほどの存在ともなると、どれほど強力な封印であろうと永遠のものではない。封印は所詮、次の世代への問題の先送りでしかないのだ。スパーダもダンテも封印のみに留めたことについては、それしか手段がなかったのだろうし、今さらバージルは何も言うつもりはなかった。

 

 だが、自分はそこで妥協などするつもりはなかった。必ず己の手でムンドゥスを、二千年前から続く因縁を終わらせる。それだけの力が今の自分にはあるとバージルは確信していた。

 

「分かりました。そういうことでしたら、もちろんお手伝いします。……でも、一つ聞いてもいいですか?」

 

 その答え自体は最初から決めていたことだった。たとえバージルのやろうとしていることが何であろうと、アティは協力するつもりでいたのだ。今さら相手が魔界の支配者であろうと断るつもりなどなかったのだ。

 

「何だ?」

 

「どうして今になって話してくれたんですか? 先ほどの説明を聞く限りでは、弟さんが十年位前に戦った時には、こうなると思っていたんですよね」

 

 もし自分の力が必要ならその時に話してくれてもよかったのではないか、そう考えたのだ。

 

「たとえ知らされなくとも、お前は悪魔が現れればお前は戦うだろう。だがムンドゥスが直接率いる悪魔はこれまで現れた悪魔とは違う。最低でもフロストクラス、幹部ともなればベリアルと同等かそれ以上だ。まず勝ち目はない」

 

「…………」

 

 その様子を想像してアティは背筋が寒くなった。フロストだけでも相当の強敵なのに、自分では敵わなかったベリアル以上の悪魔もいるのだから絶望的だ。バージルの影響で強化された魔剣果てしなき蒼(ウィスタリアス)を使っても、ベリアルを相手にしても勝てる気はしなかった。

 

「十年前の俺は、それもお前の自由だと思っていたが、今は違う」

 

 バージルが真剣な目でアティを見た。

 

「バージルさん……」

 

 思わず彼の名前を呟いた。うっすら頬が上気していることを自覚しつつも、アティはバージルから目を逸らすことはしなかった。

 

「俺はお前に死んでほしくはない。……いや、死なせるつもりはない」

 

 今のバージルにとってアティこそが魔帝と戦う最大の理由である以上、彼女を死なせたくないと思うのは当然のことだった。

 

「あ、う……」

 

 まさかバージルからここまでストレートな言葉を言われるとは思っていなかったアティは、顔を真っ赤にして言葉にならない声を零していた。それをまだ伝わっていないと考えたのか、あるいは言わなければならないと思ったのか、バージルはさらに言葉を続けた。

 

「アティ、俺にはお前が必要だ。だから協力してほしい」

 

「……私だって、バージルさんと一緒じゃなきゃダメなんです。だから一緒に戦わせてください」

 

 アティもあらためてもう一度、共に戦うことを望んだ。しかし以前のように単純に手伝いたいという理由ではなく、はっきりと自分の意志でバージルと共にあることを望んだのである。

 

「ああ、頼む」

 

 バージルはそう答えると手をアティのあごに手をやり、そのまま自分の方に軽く持ち上げた。理由はないが、無性にしたくなったのだ。

 

「ん……」

 

 顔を上気させたまま目を閉じる。

 

 そして月の光によって作られた二人の影が重なった。

 

「んっ……すき……」

 

 アティがバージルの頭を抱きしめるように持つと、バージルもそれに答えるようにアティの体を抱きしめる。部屋の中には、唾液の交わる音が部屋に響いている。

 

 しばらくしてようやく顔を離した二人の間を、光を反射して光るアーチが繋いでいた。

 

「アティ」

 

「はい……」

 

 バージルに名前を呼ばれたアティが潤んだ瞳で見つめる。それが合図になったかのようにバージルはアティをベッドまで運んでいく。

 

 長い夜はまだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第4章 いつか夢見た日 了




第4章完結しました。これで本作のバージルはほぼ完成です。

それもあって、次回のサモンナイト4編のDMC側のメインキャラは変更となります。……
候補者が二人くらいしかいないので簡単に分かるかと思いますが。

そんな新章が始まる次話は12月24日頃投稿予定です。

とりあえず掴みも兼ねて3~4話は隔日投稿しようかなと思ってます。その中でバージルの立ち位置も明らかにする予定です。

ご意見ご感想お待ちしてます。

ありがとうございました。

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