Summon Devil   作:ばーれい

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第5章 希望の担い手
第66話 世界の迷い子


 太陽が沈み、空には星が輝き始めた頃、帝国の北部山岳地帯にある宿場町のトレイユへと伸びる道を、外套を纏いフードを被った一人の男が歩いていた。

 

 その男は片刃の大剣を背負っているため、冒険者のように見る者も多いだろう。ただ、奇妙な点が一つだけあった。騎士が身に着けるような金属製の籠手を身に着けていることはまだいいものの、問題はそれを右腕にしかつけていないことだ。

 

 肘まである大きな籠手を片腕にしか身に着けていない様は、見る者にどこか不格好な印象を与えることだろう。

 

 しかし、当の本人はそんなことなど全く気にした様子は見せていなかった。

 

 そんな中、男は歩きながら空を見上げ、ついで目を凝らして周囲を見渡して呟いた。

 

「……今日は野宿だな」

 

 あまりこの辺りの地理に明るくなく、地図も持っていなかった男は、もう少し歩けば宿場町まで着くことなど知るはずもなかったのだ。そのため、今日はこの近くで野宿することにしたようだった。

 

 街道をはずれ木々の中を少し進むと、先に小高い丘が見えた。木も近くにあるため、雨露をしのぐこともできそうだ。

 

「ここにするか」

 

 この場を今日の寝床に定めた男が、ふと空を見上げた。さきほど見た時はまだ僅かに太陽の光が残ってはいたが、今の空には丸い月が輝き、いくつもの星が散りばめられていた。これで僅かに残る雲さえなければ絶景といってもいい光景が広がっていたことだろう。

 

 その時、流れ星が空を横切った。

 

「へえ……」

 

 思いがけない光景に声を上げると、それに呼応するかのように次々と流れ星が見えた。雨のように流れる星々などこれまで見たことがなく、思わず見入ってしまっていた。

 

「ん……?」

 

 そこへ虹色に輝く、一際大きな流れ星が見えた。いや、これは見えるというより――。

 

「っ!」

 

 自分に向かって落ちてきた流星に対し、男は咄嗟に右腕をかざし、受け止める構えを見せた。

 

 落下する流星が目論見通り男の手の中に収まった瞬間、凄まじい衝撃と轟音が発生した。それは、もしも地面に落ちていたら、大きなクレーターが作り出すことくらい容易く想像できるほどの衝撃だった。

 

 実際、男が被っていたフードは衝撃が生み出した風圧で脱がされ、輝くような銀髪が露になるが、当の本人はそのアクシデントを楽しむかのように、薄く笑いながら涼しい顔で流星を受け止めていたのだ。

 

「ふう……」

 

 衝撃が収まり息を吐く。

 

 そして、流星を素手で受け止めるという離れ業を見せた男は、手の中に収まったものを地面に落とした。

 

 受け止めた腕を見ると、先ほどまでつけていた籠手は影も形もなく、素の状態の右腕が露になっている。しかしそれは甲殻のような質感を持ち、淡い光を放っていた。到底普通の人間のものとは思えない姿だ。

 

「ちっ……」

 

 それを見た男は舌打ちをすると、とりあえずの応急処置として袖を伸ばした。これで手首までは隠せるだろう。もっとも、この場は彼一人しかいないのだから大して気にする必要もないだろうが。

 

「何だこれ……、タマゴ、か……?」

 

 不意に視界の中に七色に光るものが入っていることに気付いた。視線を動かすと、その正体が先ほど受け止めた流星だったことが分かった。いや、正確にはタマゴと表現した方がいい物体だった。

 

 思わずしゃがみこんで、それをまじまじと見つめる。

 

「あの~」

 

 背後からそう声をかけられた。

 

「……何の用だ?」

 

 周囲は暗いが念のため右手をポケットに突っ込み、振り返ってみるとそこにいたのは子供が三人、男が一人に女が二人だ。年の頃は三人とも十代半ばくらいだろう。声をかけてきたのはその中の、男より白っぽい銀髪を後ろでアップにしている少女だった。

 

「この辺りからすごい音が聞こえたから来たんだけど……」

 

「あー、それはこいつが落ちてきた音だろうな」

 

 目の前のものを示した。すると少女も男の隣でしゃがみこんだ。

 

「タマゴ……?」

 

 彼女がそう呟いた時、急にそのタマゴが動き出した。それが放つ光もさらに増しているように見える。

 

 そして、一際大きな光が放たれ視界が遮られたかと思うと、タマゴが割れるような音が聞こえた。

 

「これって……竜?」

 

 光が落ち着いた時、タマゴがあった場所にいたのは、人間界の西洋の竜に似た生物だった。とはいえ背や尻尾など、西洋の竜なら鱗で守られている箇所は、鱗ではなく人間の皮膚のような質感を持った桃色の皮膚で覆われていた。

 

 頭部には柔らかな角のようなものもついている。手は羽のような役割も持っているのか体の割に大きいようだ。そして背には淡い光を放つ結晶のようなものが浮いていた。

 

 その小さな竜の子供は、じっと目の前にいた男と少女を見ていた。

 

「うわ、可愛い!」

 

 もう一人のうさぎの人形がついた大きな帽子を被った少女が、竜の子供を抱きかかえながら笑う。当の竜は嫌がるどころか、「ピィピィ」と鳴いて喜んでいるようだ。存外、人懐っこい生き物なのかもしれない。

 

「姉さん、どうするの? この子……」

 

 大きなゴーグルを頭に着けた少年が当惑したような表情をしながら二人の少女に尋ねる。

 

「そりゃ連れて帰るに決まってるでしょ。このままになんて、できるわけないじゃない」

 

 姉さんと呼ばれたところを見ると彼と、帽子の少女は姉弟らしい。

 

「あのねえ――」

 

 それを聞いた銀髪の少女が何か言おうとした時、これまで黙って話を聞いていた男が口を開いた。

 

「話してるとこ悪いんだけどよ、あいつらはあんたらの知り合いか?」

 

「え?」

 

 そう言われた三人は男の視線の先を見やった。

 

 そこには鎧を着た男が四人ほどこちらを見ながら立っていた。

 

「何よ……あんたたち……?」

 

 帽子の少女が少し怯えたように尋ねた。

 

「……その竜をこちらに渡してもらおうか」

 

「あんたたちが誰か知らないけど、せめて理由くらい説明して欲しいんだけど」

 

「その必要はない」

 

 白い髪の少女の言葉には何も答えない。

 

「なるほど、知り合いじゃないってわけね。……にしても物騒だな、交渉するつもりなら殺気くらいは消した方がいいぜ」

 

 その反応を見た男が軽口を叩いた。殺気を放つ者を前にしているというのに、驚くほど落ち着いているようだ。

 

「その竜は我らのものだ。理由を教える必要も、交渉の必要もない」

 

「へえ、その割にこいつには随分と嫌われているみたいだな。はっきり言って説得力ないぜ、その言葉」

 

 鎧の男たちに向けて威嚇するように鳴き声を上げている竜の子供を見ながら、バカにするような笑いを放った。

 

「そ、そうよ! 話すつもりはないなら出直してきなさいよ!」

 

「…………」

 

 それが頭にきたのか、あるいはこれ以上の話し合いは無用と思ったのか彼らは一様に剣を抜いた。

 

「ちょ、ちょっと二人とも、そんなに挑発しちゃまずいって!」

 

 それを見た銀髪の少女が、男に言葉をかけた。しかしその口は全く止まる様子を見せなかった。

 

「何だよ、やる気なら最初からすればよかったじゃねえか。……それともあれか? 勝つ自信がなかったのか?」

 

 いやらしい笑みを浮かべながら男は煽る。

 

「……始末しろ!」

 

 それに鎧の男は答えず、三人の人間に命令を下した。

 

「ハッ、図星で答えらんねえか?」

 

 武器を構えた者が向かっていきているにも関わらず、男は背の大剣を抜くこともせず、右手をポケットに突っ込んだままニヤニヤした笑いを続けていた。

 

「シャアッ!」

 

 鎧の男の一人が奇怪な掛け声を上げながら振り下ろした剣を、流れるように左へ動き回避した銀髪の男は、そのまま隙だらけの腹へ蹴りを叩きこんだ。

 

「おいおい、これでダウンかよ、案外あっけねえな」

 

 一撃で昏倒した男を見下ろしながら呟いた時、彼の背後に鎧の男が武器を構えていた。

 

「ピィ!」

 

 警告してくれたのか、竜の子供が鳴き声を上げた。

 

「心配すんな、気付いてるよ」

 

 呟いて振り向きもしないまま左手を後ろへ伸ばし、近づいていた男の、剣を持った腕をさも当然のように掴んだ。

 

「仲良くオネンネしな!」

 

 その腕を持ったまま体を回し、遠心力を利用して放り投げた。その先にいるのは三番目に向かってきた鎧の男だった。当然、大の人間がぶつかって平気なはずもなく、二人の男は仲良く意識を失ったようだ。

 

「ぐっ……」

 

「さて、最後は……」

 

 命令を下した男が狼狽する様を尻目に、銀髪の男が呟いて地面を蹴った。瞬きする間に接近し、左手で鎧の男の顔面を殴りつける。

 

 それほど力を込めたつもりはなかったが、それでも意識を刈り取るには十分な威力を持っていたようで、殴られた男は目を回して倒れ伏した。

 

「たいしたことねえな、こいつら」

 

「ピィピィ!」

 

 そこへ竜の子供が嬉しそうに鳴きながら飛んできた。どうやら生まれたばかりの関わらず飛行能力は持っているようだ。

 

「おう、さっきは助かったぜ」

 

 わしわしと頭を撫でる。別にあの時の声がなくともどうとでもなったが、だからといってそれが礼を言わない理由にはならないのだ。

 

「お前ら怪我はないんならさっさと帰った方がいいぜ? あいつらが目を覚ますかもしれないしな」

 

「うん、わかった。……って言うか、あんた何者!?」

 

「ね、姉さん、失礼だよ」

 

「ルシアンの言う通りよ、リシェル。助けてもらったんだからお礼くらい言わないと」

 

 リシェルと呼ばれた少女にそう言うと、白い髪の少女は男の方を向いた。

 

「あの、助けてくれてありがとうございます。えっと……」

 

 男は少女たちに名乗っていなかったことを思い出した。

 

「ああ、そういえば言ってなかったな……。俺はネロだ」

 

 この時ネロは、彼女らと長い付き合いになることは全く予想していなかった。

 

 

 

 

 

 ネロを含めた四人は、先ほどの星見の丘から宿場町トレイユに向かって町道を歩いていた。

 

「旅人になってもう随分長いの?」

 

「……いや」

 

 ルシアンという少年の質問にネロは若干答えづらそうに否定した。

 

 道中でいろいろと尋ねられたネロは、自分は旅人でその道中に、たまたまあの場に居合わせたという作り話をした。悪意はないとはいえ、もともと人をだますのは好きではないネロは、彼の話をすっかり信じ込んでいる三人に悪い気がしていた。

 

 もちろん全てが作り話というわけではない。実際、この世界を旅しているのは間違いないし、あの場にいたのも偶然なのは本当だ。しかし、彼は重要な事実を話してはいなかった。

 

 それはネロがこの世界に召喚された召喚獣であるという事実である。

 

 もともとネロは人間界のフォルトゥナという都市に住んでおり、そこで悪魔退治を生業としていた。このリィンバウムとかいう世界に来たのは、仕事の一環で日本のナギミヤという場所を訪れたのが直接の原因だった。そこでは年に何人もの行方不明者が出ており、それが悪魔の仕業ではないかと疑った者が様々なルートを通じてネロに依頼してきたのだ。

 

 その調査の一環で、郊外の誰も住んだ様子がない建物を調べていると、いつの間にかこの世界にいたのだ。普通は近くに呼び出した召喚師という人間がいるらしいが、ネロがこの世界に来たときはそんな者はいなかったのだ。

 

 最初にこの世界に来たときは、随分面倒な目に遭ったものだ。召喚師のいない召喚獣ははぐれ召喚獣と呼ばれ、どこの国でも色眼鏡で見られるものなのだ。ネロはそうした背景を知らずにいたため、召喚された帝国という国のある都市でひと悶着起こしてしまったのだ。

 

 ただ、状況を把握できれば順応は早かった。まだ召喚されて五日程度しか経っていないのに、その振る舞いは既に、この世界の普通の人間と大して変わりなかった。

 

 それはネロ自身がこうしたことにはある程度の慣れがあったからだ。

 

 悪魔退治という仕事に国境はない。それゆえ時には、言葉も文化も違う国に行くことだってある。彼自身も故郷のフォルトゥナとは全く違う文化を持つ国に行ったことは一度や二度ではない。郷にいては郷に従えというわけではないが、スムーズに仕事を進めるためにも、無駄な軋轢を生まないように行動するのは極めて重要なのだ。

 

 そうした経験が生かされたからこそ、ネロはいち早くこの世界に馴染むことができたのである。

 

「それはともかく、本当にいいのか? 自慢じゃないが、俺は金に余裕なんてないぞ」

 

 先ほど提案された話を本当に真に受けていいのか、悩んでいたネロはあらためて尋ねた。

 

「だけど、あんなところで野宿するよりはマシでしょ。ここはフェアに甘えときなさいよ」

 

 うさぎの帽子を被ったリシェルという少女が呆れたように言う。口調からすると気が強い子なのかもしれない。

 

「そうそう、助けてくれたお礼なんだから遠慮しないでよ」

 

 そう答えたのは白っぽい銀髪の少女がフェアというらしい。どうも彼女は宿屋兼食堂を営業しているらしく、野宿しようと思っていたネロに寝床の提供を申し出たのが始まりだった。

 

「まあ、そういうことならありがたく世話になるか」

 

 その言葉には、これ以上無理に断っても三人は納得しないだろうという考えと、やはり野宿するよりもちゃんとした場所で眠りたいという思いがあったためだ。

 

 しばらく歩くと正面右手に明かりが見えた。あれが目的地のトレイユという町だろう。

 

「トレイユってところは、意外と近くにあるもんだな」

 

 これなら先ほどの星見の丘で野宿などしようと考えず、もう少し歩いていればトレイユに辿り着くことができていたかもしれない。

 

「まあ、フェアさんの宿は町はずれにあるんだけどね」

 

「……よくそんなところでやっていけるよな」

 

 宿というのは客の入りをよくするために人通りが多い場所など立地がいい場所にあるのが一般的だ。ネロが仕事先で使うのもそうした利用しやすいホテルなのだ。

 

「あはは! 確かにそう思うわよね!」

 

 それを聞いたリシェルが笑いながら同意するのを見ながら、フェアは少し諦めたような口ぶりで答えた。

 

「仕方ないでしょ、立地条件が悪いのはどうしようもないんだし」

 

「でもフェアさんの料理はおいしいから、お昼はいつもお客さんで一杯なんだよ」

 

「でも、泊まりの客が一人も来ないんじゃ宿屋の意味ないじゃない」

 

 ルシアンがなんとかフォローしようとするが、リシェルにばっさりと言われた。

 

 町の中に入りそんな話をしながら、大通りを道なりに歩いていると、ため池についた。

 

「じゃあ、あたしたちはここでね。フェア、その子の世話頼んだわよ」

 

「またね、フェアさん、ネロさん」

 

 そう言って二人は西の方に歩いて行った。どうやらこの姉弟の家はこの先にあるようだ。

 

「うちはこっち。もう少しで着くから」

 

「ああ。……にしても全く起きねえな、こいつは。さっきまではピィピィうるさかったってのに……」

 

 そう言ったネロがフェアの背で寝息を立てている竜の子供の顔を覗き込む。あの戦いの後、この竜の子はフェアが預かるということで話がまとまったのだ。それには、あの鎧の男たちのような竜を狙う存在が来るかもしれないという理由もあったが、それ以上に悲しそうな鳴き声を上げる竜の子を放っておくことができなかったのである。

 

「見てる分にはいいけど、あまり大声出さないでね。この子、ぐっすり眠ってるんだから」

 

 フェアはネロが竜の子を起こさないようにくぎを刺した。

 

「分かってるよ、俺もうるさいのはごめんだからな」

 

 そう返答したネロは大人しく黙り込んでフェアの後に続いて歩いた。道はいつの間にか石畳から、砂利すら敷かれていない、人や動物によって踏み固められただけの道になっていた。

 

 その先には一軒の建物が見える。町中にあった建物と比べても大きな部類に入るそれこそがフェアの営んでいるという宿屋だろう。

 

「お待たせ、ここが『忘れじの面影亭』よ」

 

「……随分と洒落た名前だな」

 

 共に中に入りながら率直な感想を言う。もしこの名をフェアがつけたというのなら、彼女は年齢の割にませているのかもしれない。

 

「ち、違うから! 名付けたのは私じゃなくて、オーナーだから!」

 

 ネロの生暖かい視線を受けたフェアは誤解だといわばかりに釈明する。

 

「後ろの、起きるぞ」

 

「うぅ~、……ちょっと待ってて、寝かせてくるから」

 

 指摘され、図星を突かれた形になってしまったフェアは、少し悔しそうな顔をしながら竜の子を寝かせに行った。

 

「……ちょっとからかい過ぎたか」

 

 そう言って近くにあった椅子に腰かけた。どうやらここは食堂に類する場所らしく、椅子やテーブルが何組も置いてあったのだ。

 

 ここに来て十日、食事などの際に店員と言葉を交わしたことはあったが、こんな会話を交わしたのは初めてだった。そのため、少し無遠慮すぎたかもしれない。

 

(しかし、人間界とは違う世界か。違う世界に飛ばされたのは初めてだな……)

 

 ネロは職業柄、生まれ育ったフォルトゥナとは、全く異なる地へ行くことも珍しいことではない。

 

 なにしろネロは数多のデビルハンターの中でも、世界最高と評されているのだ。単純な強さで言えば、さらに上にダンテがいるのだが、ダンテはあまり評判がよくないのである。その原因が生来の性格と、便利屋としての日頃の行いにあることは否めない。

 

 それに引き換えネロは口こそ悪いものの、仕事は早く正確だ。おまけに教団騎士として戦っていた経験からか、周囲への被害へも考えられる柔軟さも持ち合わせていた。

 

 それらを考慮すれば、ネロに人気が集中するのも仕方のないことだった。

 

(まあ、悪魔が出ないのは、気が楽だけどな)

 

 仕事の時は悪魔がいるのがほぼ確定しているため、警戒しているのだが、この世界に来て十日経つが、()()()()()()()()()()()()()()()ため、ネロも必要以上に気を張ってはいなかった。

 

(とはいえ、さっさと帰らないとな……)

 

 フォルトゥナでは恋人であるキリエが待っている。彼女のためにもできる限り早く帰りたかった。

 

(とりあえず、俺を召喚した奴を探すか、直接人間界に帰れる方法を見つけるしかないな)

 

 最初にこの世界に来たときは、自分を召喚した存在を見つけることはできなかった。しかし、まさか誰の関与もなくこの世界に来たとは考えにくい。きっと、召喚した者はどこかにいるはずなのだ。

 

 仮にそれが見つからなくとも、人間界に行ける手段を見つけられれば、それで構わない。人間界と魔界を行き来できる手段すらあるのだから、召喚術という異世界の存在を呼ぶことができる手段が現にあるわけだから、その他にも異世界を行き来する方法もあって然るべきだ。

 

「お待たせ」

 

 足を組んで考え事をしていると、フェアが戻ってきた。手には鍵を持っている。

 

「はい、これが部屋の鍵。部屋は「蒼天の間」っていうところで、廊下を真っすぐ行った一番奥なんだけど、案内した方がいい?」

 

 どうやら持っていた鍵がネロの寝床となる部屋のものだったようだ。

 

「すぐそこだろ? なら一人で大丈夫さ」

 

 そう言いながら鍵を受け取った。この建物は町中にあったものと比較すると大きいものの、ネロがこれまで利用してきたホテルなどと比べると、小さい方だ。もっとも、この「忘れじの面影亭」はホテルというより、ゲストハウスやB&Bの方が形態としては近いかもしれない。

 

「うん、わかった。……それじゃあおやすみ。また明日ね」

 

「ああ、おやすみ」

 

 そして先ほど言われた通りに食堂を出て廊下を進む。その突き当りの部屋が「蒼天の間」だった。

 

「……へえ、意外と綺麗にしてあるもんだな」

 

 部屋に入り、中を一通り見たネロが感心したように言う。家具はベッドと机くらいしかなく、装飾品も風景画など壁に掛けるようなものだけで、総じて地味な印象を与えるが、それでいて決して味気ないというわけではない。名前の通り、蒼やそれに近い色でまとめられたそれらは、気取りがない味わいがあった。

 

「はあ……」

 

 どっと疲れを感じたネロは着ていた外套とコートを机に放り投げ、ベッドに身を投げた。一人になった今では右手を隠す必要もない。右手をずっとポケットに入れたまま出さないようにするのは、簡単なようでなかなか気を張るものだった。フォルトゥナでは隠してはいないし、仕事で外国に赴くときは手袋で隠していたため、それほど気を配ったことはないのだ。

 

(明日、手袋か何か買いに行くか……)

 

 ネロにとって右手を隠すことは最優先ではないが、人間と召喚獣で露骨に態度を変える者も少なくないこの世界では、バレないにこしたことはない。だからこそ、余裕がない路銀を使っても失った籠手の代わりに、手袋でも買おうと思ったのだ。

 

 ちなみにネロが着けていた籠手は、召喚された初日に起こしたいざこざの果てに戦うことになった兵士から奪ったものであり、買ったものではない。

 

「……後は明日でいいか」

 

 ベッドで寝転びながら明日の行動を考えていると眠気に襲われる。さすがにこんな朦朧とした意識で考え事などできそうないと思い瞼を閉じた。

 

 ほどなくしてネロは眠りに落ちたのか、蒼天の間に穏やかな寝息が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 




DMCも4からネロが主人公になったので、サモンナイト4編に入る本作もメインキャラはネロとなります。もちろんバージルも出ますけど。

なお、本作におけるフォルトゥナの事件は、バージルが閻魔刀を持っており、魔剣スパーダもないため、以下の通り原作と大きく異なっています。

1.ビアンコ・アンジェロがいないため、ネロはアグナスのところで恒例行事をしておらず、魔人化も体得していない。

2.トリッシュが教団に持って行ったのはフォースエッジだったため、神はDMC4ほどの戦闘力を発揮できなかった。

3.オリジナルの地獄門は起動できないため、教団は小地獄門で代用したものの、最終的な被害は原作より小さくなった。

その他にも変更はありますが、本作に関わりそうなのは以上の3つです。

さて次回は12月26日(火)に投稿予定です。ちなみに、これまでのように朝ではなく20時頃の投稿となると思われます。

ご意見ご感想お待ちしてます。

ありがとうございました。

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