Summon Devil   作:ばーれい

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第72話 浮遊城の主

 ネロ達が三人出かけた翌日、忘れじの面影亭には朝から一人の男が来ていた。時はちょうど朝食の準備をしていた時だったので、ネロ、フェア、リビエルの三人と話す形となっている。

 

 赤い髪に、頭から二本の手のひらほどの角を生やした男で、少なくとも人間には見えない。しかしリビエルは、どうやらその男と知り合いであるようだった。

 

「やれやれ、まさかこんな辺鄙なところにいるとはな。流石の我も探すのに時間がかかったぞ」

 

「あなたは……、本当相変わらずですわね」

 

 リビエルが呆れたように息を吐いた。どうやら彼の尊大な口調は以前かららしい。

 

「辺鄙な場所で悪かったわね」

 

 当然出会って間もない男にそう言われたのだからフェアは面白くない。そんな彼女を宥めながらネロが尋ねた。

 

「で、あんたが御使いってことでいいんだな?」

 

 リビエルの態度からして間違いないだろうが、確認の意味も込めての言葉だった。

 

「うむ。我はセイロンだ。……して御子殿は?」

 

 セイロンはいまだ姿が見えないミルリーフの居所を尋ねた。やはり態度は尊大でも、彼もれっきとした御使いのようだ。

 

「まだ寝てるよ」

 

「まあ、こんな時間だしな」

 

 昨日ミルリーフと一緒に寝たフェアが答え、ネロは同意した。なにしろまだ朝食もできていない時間なのだ。昨日の外出で疲れているミルリーフが、起きて来なくとも無理はない。

 

「あっはっはっは、確かに一理あるな。では起きてくるまで待たせてもらうとしようか」

 

 ひとしきり笑って、そう言ったセイロンを見たフェアは、諦めたように息を漏らすと声をかけた。

 

「はあ……こんな時間に来るくらいだし、朝ごはんも食べてないでしょ。あなたの分もつくってあげるから、座って待ってて」

 

「うむ、感謝するぞ。実は昨日より何も食べてないのでな、腹ペコなのだ」

 

 その言葉を待っていたとばかりに、セイロンは答えてフェアの言葉に従って、空いているテーブルに腰かけた。そしてネロとリビエルも、同じテーブルについた。

 

 無造作に隣に座ったネロを見て、セイロンは少し驚いたような顔をして呟いた。

 

「お主……」

 

「何だ?」

 

「いや、何でもないぞ」

 

 しかしすぐ思い直してセイロンは首を振った。彼の態度を少し不思議そうに眺めたネロだったが、すぐに興味をなくし視線を戻してあくびをした。

 

「そういえばセイロン。追手はどうしたの?」

 

 自分も追われていたのだから、セイロンもそうだろうと思ってリビエルは尋ねた。もっとも単純な戦闘力は、自分より上のセイロンを心配してはいなかったが。

 

「それなら二日ほど前から姿を見せていないな。もっとも何度現れたところで、龍人族の長となる我を倒すことなどできぬがな。まったく、歯ごたえのない奴らよ」

 

 これまでネロ達が戦った将軍の部下も、教授の機械兵器も、決して弱いわけではない。そんな存在を相手にここまでのセリフを言えるのだから、セイロンの実力は相当のものに違いないだろう。

 

 しかしネロはそんなことより、セイロンの言った単語が気にかかった。

 

「龍人族?」

 

 その姿からセイロンが召喚獣だということは想像がつく。だから龍人族というのは彼の種族の名前なのかもしれない。

 

「そうよ、セイロンはシルターンの種族の一つである龍人族なの」

 

「まあ、その名の通り龍と人、双方の特徴を持つ種族と考えれば分かりやすかろう」

 

 リビエルとセイロンから簡潔に説明された内容は、ネロの想像とたいして違っていなかった。

 

「そのシルターンにも人間はいるんだな。てっきりここにしかいないのかと思った」

 

 ネロの知る召喚獣はどれも人間とは多少なりとも異なる姿であったため、無意識の内に他の四つの世界には、人間はいないものだと思い込んでいたのだ。

 

「そう思っても仕方ない。異なる世界に同じ種族がいるというのは、非常に珍しいことなのだからな」

 

(同じ種族、ね……)

 

 セイロンの言葉を聞いてネロは人間界のことを思い浮かべた。ネロの生まれ育った世界もリィンバウムやシルターンと同じように、人間が存在するのだが、何か関係があるのだろうか。

 

 リィンバウムとシルターンはともかく人間界は、他の二つはもとより魔界以外の世界との繋がりは極めて薄い。にもかかわらず、同じ人間という種族が偶然、存在するなどありえるのだろうか。

 

 ネロはどこか作為的なものを感じずにはいられなかった。

 

「ネロ、悪いけどミルリーフ起こしてきてくれない? そろそろご飯できるからさ」

 

 少しの間、思考に沈んでいたネロにフェアが声をかけた。いつもより少し早い時間になるが、それでも食事は一緒に摂った方がいいと思い、彼女はミルリーフを起こすよう頼んだのだ。

 

「ああ、了解。おまえの部屋で寝てるんだよな」

 

 起こしてくることを了承すると、ネロはミルリーフの寝ている部屋を確認しながら立ち上がった。

 

「うん、よろしく!」

 

 そしてフェアの答えを聞くと、一階の奥にあるフェアの部屋に向かった。

 

 忘れじの面影亭の廊下は宿泊客がいなくとも、フェアの手によってしっかり手入れが行き届いているようで、実に綺麗な姿を見せていた。そんな、部屋や食堂とは異なる石張りの廊下は、木製のものとは一味違った情緒を感じさせた。

 

 その廊下を歩いたネロは目的の部屋に着くと、無遠慮にノックもせずドアを開けた。

 

「そろそろ起きろ、メシだぞ」

 

「う~、パパぁ?」

 

 寝惚けた目をしたミルリーフが体を起こした。

 

「ほら、いつまでも寝惚けるな、目を覚ませ」

 

「うん……」

 

 頼りない返事だったが、ミルリーフはゆっくりとベッドから立ち上がった。そして一つ大きな欠伸をした。どうやらまだ眠気が取れない様子だ。

 

「まずは顔で洗ってからだな」

 

 そんなミルリーフの様子を見たネロは呟いた。

 

 

 

 顔を洗ったミルリーフと共にネロは食堂に戻った。そこには既に朝食の準備が整えられており、後はネロとミルリーフの到着を待つばかりだ。少し遅くなってしまったらしい。

 

「悪いな、遅くなった」

 

「ううん、そんなことないよ。……ミルリーフはもう目が覚めた」

 

「うん! おはよう、ママ!」

 

 顔を洗って眠気も吹き飛んだのか、ミルリーフはいつのように元気よく言った。

 

 そこにリビエルが口を開いた。

 

「御子さま、急で申し訳ありませんが紹介させていただきますわ」

 

 リビエルがそう言うと、セイロンは立ち上がりミルリーフの前に言って跪いた。

 

「御子殿、お初にお目にかかります。我が名はセイロン、御使いの端くれとして、先代に世話になった者です。御子殿の力となるべく推参いたしました。客分として迎えられた身ではありますが、微力を尽くしますので、以後、お見知りおきを」

 

「う、うん、よろしく……」

 

 先ほどの尊大な態度はどこへやら、セイロンの礼節を弁えた堂々とした態度にミルリーフは、少し気圧されながらも頷いた。

 

「さて、そういうわけで店主よ。我もしばらくはここで厄介になるのでな。光栄に思うがいいぞ」

 

 そう言ってセイロンは笑った。どうやら先ほどの真面目な態度は、ミルリーフの前だけのようだ。

 

「……大変だな」

 

「はぁ……、まあ仕方ないでしょ。あいつらに追われているのに、見捨てるなんてできないし」

 

 また居候が増えることに、同情した視線を向けられたフェアが答える。それを聞いたネロは、フェアの言った「あいつら」という言葉に引っ掛かりを覚えた。

 

「なあ、敵の狙いがミルリーフってことは知ってるが、一体あいつらは何者なんだ?」

 

 これまでに将軍のレンドラーや教授のゲックと戦ったことはあるが、そもそも彼らが協力関係にあるのか、それとも全く別の組織なのか、ネロはいまだに敵の全体像を掴みかねていた。

 

「ふむ、それはな……」

 

「ねぇ、お話は後じゃダメ? おなかすいたよー」

 

 それにセイロンが答えようとしたが、ミルリーフによって遮られた。おいしそうな食事を前に我慢を強いるのは、とても辛いことなのだ。

 

「その話ならみんなが来たらにしようよ」

 

「そうですわね、せっかくの朝食が冷めてしまいますわ」

 

「まあ、そうだな。……悪いがその話は後でしてくれ」

 

 フェアにリビエルもミルリーフと同じ考えのようだ。ネロとしても、今話をしなければならない理由もないため、話を後回しにするように頼んだ。

 

「ああ、構わないとも」

 

 セイロンはそれを快く受け入れ、まずは朝食をとることにした。

 

 

 

 

 

 食事を食べて少しするとリシェルやルシアンが宿屋に姿を見せた。ちなみにグラッドとミントもフェアが呼んでいるが、まだ来ていない。二人ともリシェル達とは姉弟とは違い、一人暮らしのためすぐには来れないのだろう。

 

「聞いたわよ、昨日ミルリーフと出かけたって話じゃない。どうして誘ってくれなかったのよ」

 

「しょうがないよ、姉さん。僕達は勉強があったんだから」

 

 リシェルに詰め寄られるフェアを、ルシアンが庇う。詰め寄られたフェアも弁解する。

 

「出かけたって言っても、ちょっと中央通りのお店をみただけ。どこか遠出したわけじゃないんだから、そんなに怒らないでよ、それに二人の邪魔なんてしたら、オーナーから怒られるし……」

 

「それは、わかるけどさぁ……」

 

 リシェルやルシアンが勉強しているのは、二人の父であり忘れじの面影亭のオーナーでもあるテイラーが、普段姉弟を自由に遊ばせる条件だった。定期的に勉強さえしていれば、割と自由にしていても文句は言われないのはありがたいが、それでもリシェルは自分が好きではない勉強をしていた時に、フェアがミルリーフと出かけるという楽しそうなことをしていたという事実を知って、面白いわけはなかった。

 

「それなら今度みんなで遠出しようよ。お弁当くらい作るからさ」

 

「よーし、約束よっ! 必ず行くんだからね!」

 

 フェアの出した条件にリシェルは、即断で乗ってきた。案外これが狙いだったのかもしれない。

 

 その話がまとまったところで、グラッドとミントが遅くなったことを詫びながら入ってきた。

 

「悪い悪い、遅くなった」

 

「ごめんね、みんな」

 

 全員が席についたところでフェアが話を切り出した。

 

「それじゃあ、みんな揃ったし、まずは――」

 

「我の紹介からだな。我はセイロン、リビエルと同じく御使いだ。以後よろしく頼む」

 

 いきなりセイロンがフェアの言葉を遮って名乗りを上げた。フェアもまずはセイロンの紹介からと考えていたので、手間が省けたという見方もできなくもないが、やはり急に言葉を遮られて機嫌の悪そうな顔をしていた。

 

「御使いってことは、また例の遺品だかを持っているんだよな?」

 

「うむ、その通りだ。この話が終わったら御子殿にお返しするつもりだ」

 

「ふーん、それで何の話をするの?」

 

 リシェルも含めここに来た四人には、今から何の話をするかは伝えてなかった。

 

「御子さまを狙う敵についてですわ」

 

「確かこれまでの敵は、『剣の軍団』と『鋼の軍団』って名乗っていたな」

 

「名前から考えると同じ組織かな、って思うけど……」

 

 グラッドがこれまでの敵集団の名前を挙げると、ルシアンが自分の考えを口にした。

 

「ほとんど間違っていない。その二つに魔獣や亜人で構成された『獣の軍団』を含めた三つがラウスブルグを制圧した部隊なのだよ。『姫』と呼ばれる少女を頂点とした集団の、な」

 

「なら、その『姫』だかを何とかしちまえばいいのか?」

 

 組織と戦うにあたって頭を潰すのは基本である。とはいえ、ミルリーフを諦めてもらうだけで、こちらの目的は達成するのだから、ネロも必ずしも叩き潰さなければならない、とまでは考えていなかった。

 

「詳しくはわからん。我もその『姫』を見たのは、遠くから一度だけ。年の頃は店主とさほど変わらないとは思うが、どうも普段からほとんど表には出ないらしいのだ」

 

「それじゃあ、実際に率いていたのは他の誰かってこと?」

 

 ルシアンの質問が飛ぶ。セイロンの話を聞く限り、「姫」が一団の指揮を執っているとは考えにくい。

 

「そうだ。実際に軍団を率い、ラウスブルグを落としたのは人間の青年だった。確か……、クラストフと名乗っていたか」

 

「クラストフ? それってもしかして……」

 

 ミントが驚いたように声を上げた。どうもその名に聞き覚えがあるらしい。

 

「何か知ってるの? ミントお姉ちゃん」

 

「クラストフ家っていうのは、無色の派閥に属する召喚師の家系で、『魔獣調教師』と呼ばれているの」

 

「無色の派閥ね、確か前の話じゃあ、関係ないってはずだったよな?」

 

 ネロが以前ミントやグラッドから聞いたことを思い出しながら言った。その時の話では無色の派閥は、現状何かにちょっかいを出す余裕はないという話だったのだ。

 

「派閥全体としてはそうよ。でも、個々の動きまでは……」

 

 そもそも無色の派閥は個々の召喚師の集まりだ。ある程度全体の動きを決める幹部などは存在しているが、個々の細かい行動まで指揮命令下に置いているわけではないのである。

 

「なら、あくまでその、クラストフ家独自の行動ってことか?」

 

「たぶん、そうだと思うけど……」

 

 ネロの確認に、ミントが自信なさげに答えた。どうやら判断するだけの材料が足らないらしい。

 

「何にせよ今は、残る二人の到着を待つのが一番だと思いますけれど」

 

「うむ、それが先決であろうな」

 

 リビエルとセイロンの御使い二人は、残りの御使いの到着を待ちたいと考えているようだ。

 

「結局、現状維持が一番ってことね……」

 

「とはいえ、警戒は怠らないようにしなとな」

 

 リシェルとグラッドもその方針に異論はない様子だ。他の者も同じ考えらしい。

 

「では、話はここまでにして御子殿にこれを受け取っていただこう」

 

 セイロンが取り出したのは、尖った牙のようなものだった。

 

「念のため、前と同じように庭に行ってやろうよ。じきにお昼の営業も始まるし」

 

 フェアの言葉に従い、庭に移動することにした。

 

 

 

「『守護竜の牙』に宿る大いなる力よ。その力を後継者たる御子へと受け継がせたまえ」

 

 庭に移動すると、セイロンは遺品をミルリーフへ献上しながら口上を述べた。

 

 それがきっかけとなり守護竜の牙は光を放ち、それがミルリーフの中に吸収されるように入っていった。するとミルリーフの姿は、以前の竜の姿まで戻ったが、特に姿に変わったところは見られなかった。

 

「戻っただけ……?」

 

「でも魔力は前よりも大きくなっているみたいね」

 

 少々拍子抜けした変化に落胆したようなリシェルの言葉に、ミントが魔力について言及した。

 

「それだけではないぞ。我が託されたのは、竜としての身体能力を司る力だからな。本来の姿での戦い方も身についているはずだ。……ただ、こうした力の継承は魂に負担をかけるため、力が適応するまでは人の姿に変じることはできないだろうな」

 

「それって、大丈夫なの? リビエルの時は」

 

 フェアが竜に戻ったミルリーフを抱きながらセイロンに尋ねた。この前リビエルがした時は元気そうにしていたから、なおさら不安だった。

 

「なに心配はいらんさ。遅くとも明日の朝には人の姿に戻れるようにもなるだろう」

 

「それに私の託された力は、魔力の制御に関するもので、適応に時間がかからないものですし」

 

 魔力自体、元々ミルリーフは少ないながらも持っているものであるため、ある程度、それこそ他の生物と変わらないくらいには制御出来ていたのだろう。そうした下地があるため、リビエルが託された力を継承するのも一瞬で済んだに違いない。

 

 しかしセイロンに託された力は、これまでは全く使ってなかった竜の姿での戦い方を含んだものであるため、適応に時間を要するのだ。

 

「意外と大変なんだな」

 

 ネロが率直な感想を言った。親の力をそのまま継承するにも、全くのノーリスクというわけにはいかないようだ。

 

「この継承術は死の間際の竜が、残る命を全て使うことで可能となる最後の手段なのだよ」

 

 これはもしかしたら多くの子を産まないであろう竜が、我が子に力を継承させることで、少しでも種の存続を図ろうとする固有の力なのかもしれない。

 

「ともかく、これで二つの力が御子さまに継承されたことになりますわね」

 

「じゃあ後いくつあるんだ?」

 

「残りの二人の御使いに、先代はそれぞれ知識と記憶が託された。それを継承すれば御子殿は先代の全てを受け継いだことになる」

 

 グラッドの質問にセイロンが答えた。これまででちょうど半分の力を、ミルリーフは継承したことになる。

 

「ならそれまでは、十分に気を付けないとな。なにしろ相手は無色の派閥だしな」

 

「私ももう少し調べてみますね。少しはあてもありますし」

 

「僕達も父さんに聞いてみようか?」

 

「そんなことしたら勘繰られちゃうじゃない! こっそりパパの書斎に忍び込んで調べてみましょ」

 

 それぞれが敵の、特に無色の派閥の召喚師であるクラストフ家について警戒しているようだった。

 

 しかし既にラウスブルグは、話に出た一団から別の者に制圧されていたことなど、誰も知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 それとほぼ同時刻、ある山脈の上空に姿を隠したラウスブルグが浮いていた。

 

 「隠れ里」と呼ばれ多くのはぐれ召喚獣が暮らしながら、リィンバウムの空を漂う巨大な樹とそこに城、それがラウスブルグである。遥か昔、戦いを嫌った幻獣界の古き妖精と「至竜」と呼ばれる存在によって、ラウスブルグはリィンバウムまでやってきたのだ。

 

 結界で守られているリィンバウムに辿り着くことができたのは、ラウスブルグそのものと表現しても過言ではない、巨大な樹「ラウスの命樹」のおかげだ。このラウスの命樹には、魔力を宿すことで外界と隔離された空間を生み出す力があるのだ。そこに強大な魔力を持つ至竜がエンジンとなり、魔力のみで生きられる妖精が舵を取ることで、リィンバウムの結界を越えたのである。

 

 しかしリィンバウムでは、世界を渡ってきた幻獣界の者達は受け入れられず、その上、舵を握っていた妖精も各地へ散らばっていってしまった。それ以来ラウスブルグは、永きに渡って空を漂い続けていたのだ。

 

 移動することはできなくとも、守護竜として留まった至竜とラウスの命樹の力は健在だ。ずっと身を隠すことであらゆる敵から守られてきたのである。

 

 しかし永き時の果てに、ついにラウスブルグの主は変わった。守護竜は自らの死を持って、その座をある一団に明け渡したのである。

 

 そしてそれが起きたのがほんの数日前。しかし、すでにその者達は主の椅子から引きずり落されていた。

 

 ラウスブルグの奥、かつて守護竜がいた吹き抜けの大広間に立つ、現在の主バージルに。

 

「首尾はどうなっている?」

 

「……いや、まだ確保できていない。思ったより手強い奴がいるらしくてね」

 

 バージルはいまだ戦いの後が残る大広間を訪れていた青年に尋ねた。彼は不本意な話をしなければならないことに悔しさを感じながら、それでも平静を装って報告した。

 

「たかが幼竜の確保にすら手間取るか。……元々期待していなかったが、無様な結果だな」

 

 もともとバージルはこの城を動かすのに必要な、至竜と妖精の確保にはあてがあった。そのため青年らが実行している守護竜の子を確保することには、たいした興味などなかったのだ。

 

「それは君のせいじゃないか。もう少し戦力があればこうはならなかったはずだ」

 

 この城を手に入れるために戦いで、バージルは青年の指揮下にある軍団と交戦し、大きな被害を与えている。帰ってきたばかりでまともに戦いの準備ができていなかった「将軍」率いる「剣の軍団」と、御使いの追跡に指揮官の「教授」が不在にしていた「鋼の軍団」はともかく、その二つの代わりに矢面に立った「獣の軍団」は、リーダーである「獣皇」も含め、ほぼ壊滅状態だった。

 

 その上、青年が直接指揮を執っていた紅き手袋の暗殺者達は、生存者一人いない有様だった。

 

「俺のことが気に入らなければ、今すぐに出て行っても一向に構わんが? もっとも出て行くのは貴様だけだろうが」

 

「ぐっ、それは……」

 

 鼻を鳴らしたバージルにギアンは口を噤んだ。

 

 そもそもバージルは全て自分の伝手を使ってラウスブルグを動かす算段だったのだ。最悪の場合は、自分自身で魔力供給と制御を行うことさえ視野に入れていた。そこにギアン達の座る椅子など存在しなかったのだ。

 

 しかし彼らが「姫」と呼ぶ少女や、青年も自身の目的を果たすため、どうしてもラウスブルグが必要だったようで、ここに残らせてほしい、そして幻獣界にも行って欲しいと頼み込んできた。

 

 それを聞いたバージルは条件を付けて、それを認めることにした。

 

「黙るなら最初から口にするな。……それで例の件はどうなっている?」

 

 彼の口にした「例の件」というのも、前述の条件に関連したものだった。

 

 バージルの出した条件は二つ、一つは自分の命令に従うこと、という勝者が敗者に課すものとしてはありきたりなものだ。当然、彼らの至竜の子を奪取するための行動もバージルの承認を得て実行していた。バージルとしてもどんな方法であれ至竜を手に入れられるのなら文句はないのだ。

 

 そしてもう一つの条件は、青年達が知りうる全ての情報を提供することだった。なにしろ青年は無色の派閥の召喚師なのだ。その立場を利用して得られる情報は、非常に大きな価値を持つ。特に、一般には失われた術を使う無色の派閥の秘伝であれば、どこも高く買い取るだろう。

 

 今のところ金に困ってないバージルだが、寄り道をする程度で大金が手に入るのであれば、それに越したことはない。

 

 しかしそれには当然、「魔獣調教師」の異名を持つクラストフ家の若き当主でもある青年、ギアン・クラストフがその条件を受け入れることが必要だった。

 

「……明日にはできる」

 

 結果から言えば、ギアンは条件を受け入れた。

 

 召喚師にとって秘伝というのは、代々行け継がれてきた召喚術の技術や研究成果などのことを指す。それを提供しろというのは、財産全てを取り上げるのに等しく、召喚師ならまず承諾することはないだろう条件なのだ。

 

 その上、バージルがギアンに要求したのはそれだけではなかった。無色の派閥や紅の手袋が各地に置く拠点の場所など、組織の存続に関わる情報まで求めたのである。

 

 もちろんそれを提供してしまえば、ギアンは無色の派閥にとって裏切り者になる。命を狙われることになるのだ。

 

 それでもギアンは条件を呑んだ。彼は、自身の目的をどうしても果たしたいようで、そのためには派閥の情報など、いくらでもくれてやるつもりでいたのである。

 

「その言葉、違えるなよ」

 

 身長差から見下ろすような形になっているが、たとえそうでなくとも、バージルがギアンを見下してしたのは変わりないだろう。

 

 バージルにとって、ギアン達はいてもいなくても変わらない存在なのだ。こちらの出した条件を承諾したから、ここに留まらせているのであって、そうでなければ斬り捨てるだけの存在に過ぎない。

 

「理解しているさ。僕としても君ともう一度戦うつもりはないよ」

 

 ギアンとしてもそうしたバージルの態度に、悔しさを感じないわけではなかったが、もう二度と彼と戦うのはごめんだった。

 

 そもそもバージルはかつて、無色の派閥をたった一人で壊滅寸前まで追い詰めた男なのだ。ギアンの持つ戦力では、あまりにも数が少なすぎる

 

 ちなみに、当時のギアンはまだクラストフ家の当主ではなかったが、その影響は二十年近く経った今でも少なからず残っており、いまだ往時の勢力は取り戻せていない。一時はセルボルト家によって回復したが見えたが、それも当主のオルドレイクの死亡と同時に衰えたのだ。

 

 その上、送り出した偵察員はことごとく未帰還となり、情報もろくに集まらない。そうしている内に襲撃はぴたりと止んだため、派閥は対策を練ることより、勢威の回復に注力することになったのである。

 

 当然、ギアンもバージルがしてきたことは知らない。それを知っていれば、正面から戦おうなどとは思わなかっただろう。

 

「ならいいがな」

 

 そう言いつつもバージルの視線の冷たさは変わらない。ギアンの言葉など微塵も信用していないのが、ありありと伝わってきた。その様子にギアンは「きっとこの男は、誰も信用なんてしないんだろうな」と内心で思いながら、退出することを伝える。

 

「……それじゃあ僕は戻らせてもらうよ」

 

 大広間を去るギアンを興味なさげに視界から追いやったバージルは、先ほどギアンの言葉に出た「手強い奴」のことを考えた。

 

 その当てもある。今からおよそ十日前に感じ取った力。それは間違いなく自分と同じスパーダの血を受け継ぐ者の魔力だった。ただし弟ではない。ダンテであればもっと強い魔力を持っているからだ。

 

 おそらく自分の血を引く者。バージルは直感的にそう思った。なにしろ、自身と似た魔力を発しているのだから。

 

 アティと自分の間には子供はいないが、バージルには心当たりがあった。まだリィンバウムに来る前、フォルトゥナを訪れた際のことだ。

 

 その時の子であれば、二十代半ばといったところか。その年齢であれば、仮に力が覚醒していなくとも、そこらの大悪魔相手にも引けはとるまい。ギアン達が苦戦するのも当然だ。というより、勝ち目はまずないだろう。

 

「どの程度か試してみるのも一興か」

 

 にやりと顔を歪めながら、自分以外誰もいない大広間で呟いた。今のバージルはあるものを取りに出かけている、アティとポムニットを待っているに過ぎない。少し出かけるくらいの余裕は十分にあるのだ。

 

 そうしてバージルは、いつ頃出かけるのか、頭の中でその算段を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 




バージルがネロをロックオン。でも直接戦うのはもう少し先になりそうです。

さて、次回更新は2月11日(日)頃となります。

ご意見ご感想、評価等お待ちしてます。

ありがとうございました。

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