Summon Devil   作:ばーれい

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第73話 勝者と敗者

 天空城ラウスブルグの大広間。そこは少し前にバージルが来た際に、ギアン配下の暗殺者との戦いの場になった場所であり多くの血が流れた場所だった。さすがに今では、その時の死体は片づけられているが、バージルの攻撃によって生じた瓦礫や焦げ跡、それに壁や床に飛び散った血痕はそのままだったのである。

 

 そこでバージルは、たいした被害もなかった剣の軍団と鋼の軍団に命じて片づけと修繕、清掃をさせることにしたのだ。

 

「おのれ……この屈辱、決して忘れぬぞ……」

 

 当然そんなことを命じられた将軍レンドラーは、非常に面白くなさそうにぶつぶつと文句を言っていた。生粋の武人である彼には、こうした地道な作業は耐え難い苦痛のようだ。

 

 しかし、彼の配下の戦士達は黙々と作業を続けていた。レンドラーもそうだが、元々は旧王国の騎士だった彼らはこうした作業の経験が少なからずあったのだ。なにしろ騎士といっても平原で正面からぶつかるだけが仕事ではない。砦や陣地で敵を迎え撃つのも重要な役目である。

 

 当然、そうした時に必要な防御陣地の構築や補修も騎士に必要な技能なのだ。今回はそれを生かして片付けと修繕を行っていたのだ。さすがに真っ二つになった柱は修繕のしようがなかったが、壁や床につけられた斬撃の跡くらいは修繕できるようだった。

 

「恨み言もほどほどにしておけ、将軍よ。ワシらは敗北した身、今は黙って従うのじゃ」

 

 一応、将軍も教授も直接バージルと戦ったわけではないが、彼らと同格の獣の軍団が壊滅的打撃を受けたうえ、バージル本人が無傷で平然としている様子を見て勝ち目はないと悟ったのだ。それにバージルは彼らの主たる「姫」の願いを叶えると言っている以上、既に彼を相手に戦う理由がないのである。

 

「教授よ、貴様はそう言いながら何もしていないではないか!」

 

 鋼の軍団が担当しているのは、主にこびりついた血痕の清掃だった。鋼の軍団を構成しているのは、ゲックが修理した機械兵器であるため、片付けなどの雑用には使えない。そのため、ローレットなどの老齢のゲックの体調管理も兼ねる三体の機械人形だけで作業を行っていた。

 

 ゲックに修復された彼女達三姉妹は、演劇用の機械人形であるため、比較的感情表現豊かであり、それぞれに個性もあった。例えば、次女のアプセットが黙々と手際よく作業をこなしているのに対して、末の妹のアプセットはお調子者のきらいがあり、この作業にあまり乗り気ではないようだ。

 

「教授にそんなことさせられるわけがないでしょう!」

 

 そんな三姉妹の長女であるローレットは、レンドラーがゲックを責めたことに憤慨していた。なにしろゲックは老齢だ。肉体もロレイラルの技術で延命措置を施していなければ、とうに死んでいてもおかしくはないのである。

 

 そんなやりとりをしながら仕事に励んでいた時、当のバージルはまるで王のように大広間の階段を登り切った先、その最上段に据え付けられた玉座に腰を下ろしながら、今朝ギアンから渡された書類を読んでいた。

 

 玉座に座っていると言っても、バージルは自分こそがこのラウスブルグの支配者であると誇示したいわけではなかった。ただ単に、大広間にはそこしか椅子がないから座っているに過ぎなかったのである。

 

 そこで読んでいたのは、帝国の研究施設で開発された新技術のことだ。

 

「融機強化兵士か……、随分と召喚兵器(ゲイル)に似ているな。何か関係があるのか?」

 

 バージルが提供させた情報のほとんどは元からギアンが持っているものではあったが、数少ない例外がゲックの研究成果だった。彼はかつて帝国の学究都市ベルゲンの研究施設で所長を務めていたほどの優秀な人物なのだ。

 

 そこでゲックが研究・開発を行っていたのが、バージルも口にした「融機強化兵士」である。

 

 これは人間をロレイラル技術で機械化し、さらに各世界の技術を用いて戦闘能力を強化した兵士のことだ。帝国はそれを軍に組み込むことで大きな戦力としようとしたのである。

 

 そうした融機強化兵の中でバージルの興味を強く引いたのが、そのコンセプトだった。人間と召喚獣の違いはあるが、融機強化兵も召喚兵器(ゲイル)も、ロレイラルの技術で改造するという共通点がある。いわば、融機強化兵は現代の召喚兵器(ゲイル)とも表現できるのである。

 

 この共通点は果たして偶然なのか、それとも召喚兵器(ゲイル)から影響を受けたのか、バージルはそれを尋ねたのである。

 

「どこで、それを……!?」

 

 バージルが召喚兵器(ゲイル)について知っていたことに、ゲックは目を見開いた。蒼の派閥や金の派閥の召喚師ならまだしも、それらとは全くの無関係に見えるこの男が、召喚兵器(ゲイル)について知っていたことに驚いたのである。

 

「直接聞いただけだ」

 

 誰から聞いたのかはバージルは語ろうとはしなかったが、ゲックはそれ以上追及せずに先ほどの疑問に答えた。

 

「……融機強化兵は召喚兵器(ゲイル)計画の研究成果をヒントにしたもの。似ていて当然じゃろうて」

 

「その割に研究は進んでいないようだが」

 

 召喚兵器(ゲイル)は名前の通り、兵器としての有用性は極めて高い。それと似た融機強化兵も戦力としては申し分ないだろう。帝国としては是が非でも完成させたいはずだ。

 

「ほとんどの研究者は襲撃によって殺され、研究成果も帝国を離れる前にほとんどワシが持ち出したからのう。進まなくて当たり前じゃ」

 

 ゲックが帝国で研究していたのはもう何年も前のことだ。その時点でかなり完成度の高い強化兵ができていたのだが、その研究施設は襲撃によって破壊され、研究者も多数失った。その上、これまでの倫理を無視した実験で、良心の呵責に耐えられなくなった責任者のゲックも帝国を離れてしまったのだ。ハードもソフトも失ってしまっては、融機強化兵に関する研究は停止せざるをえなかったのだろう。

 

「そうか」

 

 それで疑問は晴れたのか、バージルは再び視線を書類の束に落とした。逆にそれを見て驚いたのはゲックだ。バージルが融機強化兵の研究成果を求めたのは、それを手中に収めたいからだと思っていたのだ。

 

 それがこうもあっさりと、まるで興味を失くしたように話を終わらせたことがゲックには気になり、思わずその思いが声に出た。

 

「……お主、それをどうするつもりなのじゃ?」

 

「何も。……そもそも、こんなガラクタに利用価値などあるものか」

 

 冷たく言い放つ。融機強化兵を運用するのなら最低でも、素体となる人間が必要となる。バージルにはそれを集める術はなかった。そして、仮に運用できたとしても、普通の人間より強い程度のレベルでは話にならない。

 

 フロストあたりとも互角に戦える兵士ならバージルも興味が沸いただろうが、そもそも、それほどの力を持つ戦力を準備できたものがいたのなら、既にリィンバウムは統一されているだろう。

 

「あなた! 教授の研究を何だと……」

 

「ローレット、よいのじゃ」

 

 自分の父にも等しきゲックの研究成果をガラクタ呼ばわりされたとあっては、ローレットも口を挟まずにはいられなかった。もっとも、それはすぐに当のゲックによって制止させられたが。

 

 そしてローレットを止めたゲックは彼女を見て続けた。

 

「ワシはあの呪われた研究が続けられなければ文句はない」

 

 諭すように、落ち着いた声でローレットに己の考えを伝えた。あのままローレットがバージルに対して、反抗的な態度を取り続けていたらどうなっていたかわからない。いくら機械とはいっても、自分自身の手で直した彼女に愛情がないわけではないのだ。

 

 もっともいくらバージルは容赦がなくとも、先ほどの言葉くらいで斬り捨てる程、短気ではない。ゲックの心配は全くの杞憂だったのだ。

 

「……そういえば、貴様らは幼竜の奪還に失敗したのだったな。何が原因だ?」

 

「フン、思ったより手強い奴らがいたから引いたまでよ! 我輩が戦って敗北したわけではない!」

 

「ワシらも同じじゃ。……特に、お主と同じような銀髪の青年は強かった。機械兵器はほとんどこやつによって破壊されてしまったからのう」

 

 負け惜しみ同然の言葉を吐く将軍とは対照的に、ゲックは至極冷静に話した。

 

 二人はどちらも軍団を率いている身だが、性格は正反対なのである。

 

 レンドラーは謀略を嫌い猪突猛進のきらいはあるものの、騎士らしく正面からの戦いを好む指揮官であるのとは対照的に、ゲックは「教授」の二つ名の通り、本職は召喚師であり、研究者であるため、戦術に関してはレンドラーより劣る。しかし年相応の冷静さと堅実さを併せ持った指揮官なのだ。

 

「なにぃ? 教授よ、そいつはまさかネロとか名乗っていなかったか?」

 

「確かにそう呼ばれていたはずじゃが……」

 

 ゲックから青年の名前を聞いたレンドラーは、依然受けた屈辱を思い出すかのように体を震わせながら、声を絞り出した。

 

「一度ならず二度までも邪魔を……!」

 

 その言葉を聞く限りレンドラーが言った「手強い奴ら」の中に、そのネロが含まれているのだろうと、バージルはあたりをつけた。

 

(ネロ、か……)

 

 バージルはそのネロという名の男が、自分の血を引く存在に違いないと、半ば確信に近い考えを抱いていた。何の根拠もないが、やはり己の中に流れる血が、そうさせたのかもしれない。

 

(こいつらを殺していないところを見ると、随分と甘い……いや、人に育てられたのだから仕方ないか)

 

 以前感じた力で判断する限り、そのネロという男が負ける要素は見当たらない。たとえ人質を取られようとも問題にならない程の力の差がある。それは実質的に生殺与奪の権限を握っているのと同義なのだ。

 

 にもかかわらずレンドラーやゲックが生きているということは、彼らを見逃したということに他ならない。

 

 バージルにしてみれば、そんなネロの判断は手緩いものであったが、それも普通の人間に育てられたのであれば、そうなってもおかしくはないだろうと納得もしていた。

 

「一筋縄ではいかぬ相手ということくらいお主にも分かっておるだろう。……今は『獣皇』の回復を待つしかない」

 

 ゲックは床に伏している獣の軍団の長の二つ名を口にした。

 

 獣皇がバージルによって受けた傷は少しずつ回復していた。これはバージルが本気ではなかったこと、受けたのが炎獄剣ベリアルの炎だけであったため、火傷だけで済んでことが原因だった。もしベリアルの斬撃も受けていたら体の中まで焼かれ、命は失われていただろうし、バージルが本気だったら獣皇が灰になるまで燃やしていたことだろう。

 

「うむ。我が輩も所詮小僧などと、侮るつもりはない。……しかし、御使いに出した追っ手を戻さなくともよいのか?」

 

 レンドラーは頷きつつも疑問を呈した。ゲックの言う通り、今は大人しくしておくべきだろ言うのなら、まだ御使いの追跡から戻らない獣の軍団の者を呼び戻した方がいいと考えたようだ。

 

「やむを得まい。我らはあやつらの位置を把握しておらぬ」

 

 ラウスブルグから逃れた御使いへの追跡は、三つの軍団がそれぞれに行っていた。しかしレンドラーやゲックとは異なり、獣皇は追跡に加わってはおらず、配下の魔獣や亜人に任せていたのである。

 

 そのためそうした亜人や魔獣の位置はレンドラーやゲックは把握していなかったのだ。これでは中止命令も出せるわけがなかった。

 

「どうやらまだ話す余裕があるようだな。ならこれが終わり次第、次に行ってもらうか」

 

 暢気に話す将軍と教授を見て、バージルがぼそり言った。戦いの痕跡が残されているのはこの大広間だけではない。ギアン達がラウスブルグを制圧した戦いで生じた被害は、今もそのままのため修繕すべき場所はまだまだあるのだ。

 

「何ぃ……!?」

 

 だが、もう少しでこの地獄から解放されると思っていたレンドラーにとっては、バージルの言葉は再び地獄に突き落とす悪魔の言葉に相違なかった。

 

 

 

 

 

 忘れじの面影亭の昼の営業が終わり、少し経った頃。ネロは自分の部屋で行っていた得物の手入れを終え、食堂に来ていた。少し喉が渇いたので、水でも飲もうと思ったのである。

 

「むぐぐぐ……」

 

「何やってんだ、お前……?」

 

 しかしネロが食堂に行くと、フェアがテーブルに突っ伏していた。もっとも顔は伏せておらず、とても悔しそうに呻きながら、まるで仇でもいるかのように何の変哲もない壁を睨み付けていた。

 

「あ、ネロ……」

 

「らしくねぇな、売り上げがよくねぇのか?」

 

 普段から悩む素振りを見せないフェアが悩むとすれば、彼女の生活に直結する宿屋の経営に関してではないのか、そう勘繰ったネロは尋ねてみることにした。

 

「ううん、そっちは大丈夫。進歩してるってオーナーにも言われたし」

 

「じゃあ、何があったんだ?」

 

「実はね、ある人に注文を満たした料理を作れって、課題を出されているんだけど……何も思い浮かばなくて」

 

「そ、そうか……」

 

 思わず口ごもる。ネロにとってはできなくともたいして問題ではなことのような気もするが、やはり料理で生計を立てているフェアにとっては、達成を諦めることなどできはしないのだろう。

 

「……ちなみにどんな注文なんだ?」

 

 ネロは料理などからっきしだったが、興味本位で聞いてみることにした。

 

「『大自然の息吹が聞こえてくるような料理』だよ。……でも、サラダは安直だし、お肉とか魚をメインにするのは違う気がするし……」

 

 フェアが注文からイメージしたのは野菜だった。野菜は自然の恵みを受けて育まれているため、それは間違っているとは思えない。しかし、野菜をメインにした料理というと中々思いつかなかった。かといってステーキやグリルといった肉や魚をメインにした料理では、少し注文からずれている気がする。

 

「まあ、大自然っていうくらいだからな、野菜と……あとはキノコか?」

 

「キノコかぁ……確かにキノコも自然の中で育つからね。……でも息吹っていうくらいだから、素材の味を生かしたものだと思うの」

 

 机に突っ伏したままのフェアはキノコという食材については同意したが、それを使うことには難色を示した。今回の料理は素材本来の味を生かしたものにすると決めていたため、キノコでは注文の内容を満たす料理は作れないと考えているようだった。

 

「だからさっき、サラダとか言ってのか。……まあでも確かに、キノコを使った料理なんて肉かなんかの付け合わせとか、スープに入れるくらいだな」

 

 キノコの多くの種は安全上、加熱して食べなければならない。特に野山に生えているものならなおさらだ。そのため、生食できないキノコは食材の候補から外れているようだった。

 

 しかしそのネロの言葉を聞いたフェアは、何かを閃いたように勢いよく立ち上がった。

 

「スープ……、あっ、それいいかも!」

 

「は?」

 

 いきなり元気になったフェアに、ネロはわけも分からず声を漏らした。

 

「スープなら葉物だけじゃなくてお芋も入れた方がいいかな、確かまだ在庫はあったはずだし。野菜はミントお姉ちゃんにお願いして、あとは……キノコ!」

 

 ぶつぶつと料理の材料を集める算段をしているフェア。そして大きな声をあげたかと思うと、ネロの手を掴んだ。

 

「なんだよ?」

 

「これからキノコを採るの、すぐに行くよ!」

 

「お、おい……、俺も行く必要はないだろうが」

 

 なぜ自分も行かなければならないのか、甚だ疑問だったネロだったが、食事と寝床を提供してもらっている手前、あまり強くは言えなかった。

 

「あ、パパ、ママ、どこ行くの?」

 

 そこへ騒ぎを聞きつけたのかミルリーフがやってきた。昨夜まではセイロンから託された遺産の影響で、人の姿になることは出来なかったのだが、今ではいつものように元気に動き回っていた。

 

「これからネロと森にキノコを採りに行くの、一緒に来る?」

 

「うん! 行く行く!」

 

「マジかよ……」

 

 もはや出かけることは避けられないと悟ったネロは、小さな声で呟いた。

 

 

 

 トレイユの南東部に広がるシリカの森。この森は猛獣やはぐれ召喚獣も住処といているため、町中と比べ安全ではないが、山菜やキノコなどの山の幸が取れる場所である。

 

「やっぱり三人でやるとすぐ集まるわね」

 

「それが目的か……」

 

 フェアは何度か食材を採るためにシリカの森へ来たことがある。そのため、どういった場所にキノコが生えやすい場所があるか、抜け目なく把握していたようだ。おまけにネロとミルリーフまで連れてきているため、一人で来た時よりずっと早いペースでキノコを集められていた。

 

「し、仕方ないでしょ。ここってはぐれ召喚獣とか出るから、ちょっと怖いし……」

 

「…………」

 

 最後の方は聞こえるかどうかの小さな声だったが、ネロには聞こえていた。もっとも、剣士や機械兵器を相手に逃げずに立ち向かった奴の言うセリフではないだろうと、心中では思うが、それを言葉になどするわけがなかった。

 

「ママー! これって食べられるの?」

 

 ミルリーフが木の根元に生えているキノコを指さしている。呼ばれたフェアはミルリーフの脇までいき、一緒に見つけたキノコを見つめる。

 

「どれどれ……、これは毒があるから採っちゃダメだよ。採っていいのは最初に見つけた、このキノコだけだからね」

 

 そう言って先ほど見つけた目的のキノコを見せた。食用にできるキノコかどうかわからないのであれば、採らない、食べないのが鉄則だ。

 

「はーい!」

 

 元気に返事をして、すぐに周りの木を調べ始めえる。ミルリーフにとっては今回の食材集めも、この前にトレイユの町を見て回った時と、同じような感覚なのかもしれない。

 

 そしてそんなミルリーフの様子をネロは苦笑しながら見ていた。

 

「相変わらず元気だな、あいつは」

 

「もー、ネロもそんなこと言う暇あるんだったら、手伝ってよー!」

 

 ネロはこれでも自分の手でキノコを採ってはなかった。これでは連れてきた意味がないと、フェアは憤慨し文句を言う。

 

「この森は危ないんだろ? だったら俺が周りを見といてやるから、お前達は安心して採ってくれ」

 

 その言葉は決して嘘ではないが、見るからに面倒なキノコ探しを避けるための言い訳に近い。そのことはネロの言い方からはっきりと見て取れた。

 

「そう言って面倒くさいだけなんでしょ。第一、剣だって持ってきてないじゃない」

 

「なにしろ急に連れて来られたんでね。だが素手でもそこらの相手は何とかなるだろ」

 

 フェアの追求をネロは飄々とした様子で、肩を竦めながらかわした。それにネロが素手でも戦えることは最初にネロと会った星見の丘での一件で、フェアも十分に知っている。そのためそれ以上、追求できなかったのだ。

 

 そのようにしながら、森の中を探索していると急にミルリーフが声を上げた。

 

「パパ、ママ! 向こうに誰かいる! 早く行かなくちゃ!」

 

「あ、ちょっと……!」

 

 そう言ってミルリーフは返事も聞かず、森の中を走って行った。

 

「よくわかんねぇが追うしかないな。行くぞ」

 

「う、うん!」

 

 ネロはフェアの背中を叩いて、軽く急かしながらミルリーフの後を追っていく。最後のフェアも急な事態に困惑しながらも、この場で待つと言う選択肢はなかったようでネロを追って行った。

 

(しかし、一体どうしたんだ? 確かにミルリーフはまだ子供だが……)

 

 ネロはミルリーフを追いながら思考していた。これまでのミルリーフも子供らしく、後先考えない行動することはあるが、それでも自分の置かれた立場は理解していたはずだ。こんな無謀な行動をするとは思えない。

 

「ねぇ、ネロ……、確か少し前にもこんなことあったよね?」

 

「……あったかそんなこと?」

 

 並走するフェアの問いに、ネロはこれまでのことを思い出しながら言葉を返した。一応、最初にトレイユの町中を見物した時に、ミルリーフがどこかに行ってしまいそうになったことはあるが、その時はネロ自身が未然に止めており、フェアの言うようなことには当たらないだろう。

 

「ほら、リビエルがあいつらに追われていた時のこと!」

 

「なるほど、確かにそうだな。あの時もいきなりだった」

 

 ネロが納得したように頷いた。フェアが言っていたのはミルリーフが竜の姿だった時のことだ。ネロが思い出していたのは、人の姿の時のことだけだったため、思い当たることがなかったのだ。

 

 そしてその時のことを思い出すと、ネロは今回のミルリーフの行動について一つの可能性が浮かんだ。

 

「ってことはまさか、また御使いが……?」

 

「たぶん、そうだと思う。ミルリーフも真剣だったし……」

 

「もし本当にあいつらがいたら、ミルリーフのことは任せるからな」

 

 フェアも同じ答えを出していたようで、ネロはその考えが当たっていた場合には、自分が戦うつもりでいた。一応、ミルリーフには自衛できるだけの力があるらしいが、元々戦いに向く性格ではないため、不測の事態を考慮してフェアをつけた方がネロも安心して戦えるのだ。

 

「……わかった。けど、気をつけてね」

 

 それに対してネロが答えようとした時、視界が開けた。ため池を中心とした場所だ。その周囲には木はなく、太陽の光も森の外と同じように差している。おそらく天然の水場のようなものだろう。

 

 しかし、その森に棲むものにとって憩いの場になるはずの場所は戦いの場へと変貌していた。

 

 そこでは、狩猟民族のような露出が多い衣装で日焼けした体を包み、背に猛禽類のような羽を生やした女に、見るからに狂暴そうな獣と、槍や斧などで武装した亜人が戦っていた。

 

 数の上では圧倒的に優位な亜人達だったが、女は卓越した弓の腕を持っているようで、接近するのも随分と苦労している様子だ。

 

 それでも数を背景に少しずつ追い詰めているといったところか。

 

「ミルリーフ、フェアのところに行ってろ」

 

「パパ……」

 

 状況から見て、御使いは一人で戦っている女の方であることは明らかで、このまま放っておけばどちらが数に押し切られてしまうのも予想できた。そのためネロは、ミルリーフを下げ手助けすることを決めた。

 

 そして、まず手始めに女に近い一人の亜人めがけて走り出す。ネロの位置は亜人達の真横にあたるため、走った勢いを利用して放ったドロップキックは、亜人の側頭部に直撃し、ため池の方へ吹き飛ばした。

 

「一人相手によってたかってとは情けねぇな。少し相手になってやるぜ」

 

 亜人が池に落下し水柱を上げるのを尻目に、見事な着地を決めたネロは突然の攻撃に動揺する相手に手招きしながら挑発した。だが亜人達はすぐに仕掛けては来ず、代わりに助けに入った女が声を上げた。

 

「ニンゲン、貴様っ! 何の真似だ!?」

 

「うちの娘があんたを助けたいってことでね。少し手伝ってやるよ」

 

「ニンゲンの助けなど必要ない! オレは一人で戦える!」

 

 女の敵意はネロにも向けられている。おそらく彼女も召喚獣であり、人間に対し良い感情を抱いていないのだろう。それはネロも分かるが、今は言い争いしている場合ではなかった。

 

「そうかい。だがこいつらは、俺も敵と認識されたようでね。このままさよならは無理そうだ」

 

「くっ……」

 

 一度は様子を見るように下がった亜人達ではあったが、二人の周囲を囲むように動き始めた。それを見るや女は苦い顔をした。これでは先ほどのように距離を置きながら戦うのは難しい。

 

 それと対照的にネロは、本来の得物である剣も銃もないにもかかわらず、相変わらず涼しい顔をしながら呟いた。

 

「さて、掃除を始めるか」

 

 言葉とともにネロは、二十ほどの亜人へ向かって行く。

 

「お、おい……」

 

 女は思わず声を漏らした。いくら自分の力に自信があるからと言って、相手は人間より身体能力が優れている魔獣と亜人であり、数も向こうがずっと上なのだ。正面から挑むなど正気の沙汰ではない。

 

 しかし、ネロの身体能力は彼女の想像を超えていた。助走もつけないただの蹴りで魔獣が吹き飛び、背後からの槍の突きも背中に目がついているかのように躱し、あげくは両手で振り下ろされた斧まで片手で易々と止めてしまったのだ。

 

 自分達の十倍以上いた亜人達は、そうして瞬く間に蹴散らされ数を減らしていき、戦意を失った者達は囲みを解いて逃げていった。

 

「呆気ねぇな」

 

 逃げていく亜人達を見ながら呟く。人間よりも優れた肉体を持った亜人や魔獣だがネロにとっては、よく訓練された連携でもって向かってくる剣の軍団や、銃などの武器も使用する鋼の軍団よりも楽な相手だったようだ。

 

 確かに亜人や獣人は身体能力の高さは他の二つの軍団の者よりも優れているが、単純な力であれば魔帝を封じたデビルハンター以上のものを持っているネロに勝てるわけがないのである。

 

「貴様、何者だ!」

 

 しかしそれを知らぬ者、それも不信感を抱いている者が見れば警戒されてもしょうがないだろう。事実、女はネロに対して弓を向けていた。

 

「ネロ!」

 

「パパ!」

 

 そこへフェアとミルリーフが駆け寄ってくる。味方であるはずの御使いに弓を向けられたことで、居ても立っても居られなくなったのだ。

 

 しかしネロは狙われているにも関わらず、いつも通りの態度を崩さず口を開いた。

 

「おっと、あんたと戦うつもりはないぜ。そもそもあんたは――」

 

「そこまでだ、アロエリよ。それを下ろせ」

 

 御使いだろ、と言葉を続けようとした時、森の中からセイロンが出てきた。ネロはそれを見て、ようやくまともに話ができそうだと、安堵するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




Q.なんでバージルは掃除なんかさせてるの?

A.嫁を迎える準備です。



次回は2月25日(日)投稿予定です。

ご意見ご感想、評価等お待ちしてます。

ありがとうございました。

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