Summon Devil   作:ばーれい

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第74話 歪んだ連鎖

 シリカの森で、御使いが亜人や魔獣と戦っているところに助けに入ったネロは、これを難なく撃退したが、どうもそのアロエリという名の御使いは人間に良い感情を持っていなかったようで、弓を向けてきたのである。

 

 幸いそれは、直後に二人の間に入ったセイロンによって取りなされたが、それでもアロエリの態度は変わらなかった。ひとまず忘れじの面影亭まで戻ることにし、トレイユ近くまで歩いてきたがそれまで彼女は一言も話さなかった。

 

 かといって、このまま無言でずっと歩き続けるのも限界だったフェアはセイロンに尋ねた。

 

「セイロン、どうしてここに?」

 

「いや、なに。皆の姿が見えなかったのでな。大丈夫だとは思ったが、念のため探していたのだよ。まだ敵の手の者もいるかも知れんからな」

 

「よく森にいることがわかったな」

 

 答えたセイロンに、今度はネロが尋ねた。自分達を探していたことは分かったが、どうして森にいることがわかったのか、不思議だった。

 

「簡単なことだよ。ただ御子殿の魔力を追ってきただけだからな」

 

「そういえばセイロンって、そんなこともできたんだっけ」

 

 もしかしたら最初に来た時も、魔力を追って忘れじの面影亭までやって来たのか、とフェアは思った。魔力を感知すること自体は人間にもできるが、セイロンのようにそれを追跡することはできない。やはり彼に流れる龍の血がそうさせるのだろう。

 

「うむ。それで森に行ってみると丁度戦っているところだったから、見物させてもらったよ」

 

「見てたなら加勢ぐらいしろよ……」

 

「そうしてもよかったのだが、そなたは一人で戦うことに手慣れているだろう?」

 

「……まあな」

 

 愚痴のような言葉を吐いたネロに、セイロンは笑いながら言葉を返した。どうやら彼はネロが一人で戦う方が、実力を発揮できると見抜いていたようだ。飄々とした態度に反し、実は相当に鋭いのだろう。

 

「それにしても驚いたぞ。獣の軍団を相手に、あそこまで圧倒できるとは」

 

「うん! とってもカッコよかったよ!」

 

「まあ……、体の出来はいい方なんでな」

 

 無邪気に褒めるミルリーフはともかく、もしかしたらセイロンは自分が普通の人間ではないと勘付いているのかもしれない、そう考えたネロではあったが、ミルリーフのことで余裕が手一杯な現状で、そんな話をしても余計の混乱を招きかねないと思い、自分について説明することは憚られた。

 

「あれが獣の軍団なの?」

 

 そこにフェアが尋ねる。獣の軍団については、昨日セイロンの話の中で僅かに触れられただけだったため、彼女も詳しくは知らないでいた。

 

「そうだ。店主は見ているだけだったから分からぬかもしれぬが、凶暴さは他の二つの軍団より上だ。正面から戦うのは避けた方がいいだろう」

 

「まあ、確かにな」

 

 むしろネロにとっては、そここそがやりやすい点ではあったが、普通の人間にとっては危険な相手に違いない。

 

「……うん」

 

 二人の言葉を聞いてフェアは神妙な顔で頷いた。獣の軍団も他の二つの軍団以上に、危険な相手だと改めて認識したようだ。

 

「……ところで他の奴らはどうしたんだ?」

 

「リビエルに頼んで宿屋で待機してもらっているよ。あくまで目的地を告げずにいなくなっただけで、さほど心配はしていなかったからな」

 

 ミルリーフの不在に気付いた御使いは、リビエルに仲間を呼ぶことを頼み、彼自身はミルリーフの魔力を追ってシリカの森へ向かった。とはいえこの時点でセイロンは、何か厄介ごとに巻き込まれたとは考えてはいなかった。

 

「うっ、ごめん……」

 

 自分の不注意さが招いた事態だと感じたフェアは、素直に謝罪の言葉を口にした。

 

「御子殿も無事だ、そう謝ることもなからろう。次から御子殿と町の外に行くときは、一言声をかけてくれればよい」

 

「……あんたはよくても、リビエルあたりはうるさそうだな」

 

 結果良ければ全て良しの理論で、セイロンは次回から気を付けてもらえれば、特に言うことはないようだ。しかしリビエルあたりからはしつこく言われる未来がネロには容易に想像できた。

 

「だからこそ、我は何も言うつもりはないのだよ」

 

 どうやらがセイロンはリビエルが説教すると予想した上で、先ほどの言葉を言っていたようだ。

 

「ね、ネロぉ……」

 

「ま、諦めて大人しく説教を受けるんだな」

 

 それ聞いて、助けを求めるような視線を向けるフェアに、ネロはそっぽを向いて引導を渡す。

 

「…………」

 

 アロエリはその様子を見ようともせず、黙々と歩くだけだった。

 

 

 

 

 

「御子さま。御使いが一人アロエリ、参上いたしました。遅参となってしまったこと、そして此度の災難を防げなかったこと、誠に申し訳ございません」

 

 忘れじの面影亭に着いたネロ達は、集まっていた仲間から心配したという声を聞いていると、アロエリがミルリーフの前で跪きながら言った。

 

「う、うん」

 

 ただ、ミルリーフはそんな風に接せられることにまだ慣れていないのか、セイロンの時と同じように緊張した様子で頷いた。

 

 それを脇に控えて見ていた二人の御使いにネロは、アロエリの態度について尋ねた。

 

「あいつ、人間となんかあったのか? 随分と警戒されているみたいなんだけどよ……」

 

 これまでのアロエリの態度は非友好的だった。むしろこちらに敵対感情を抱いていると言っても過言ではない。同じ御使いであるリビエルやセイロンと比較にならないくらい態度が悪いのだ。同じ召喚獣であるはずなのに、なぜここまで違うのだろうか。

 

 そんなネロの問いに、近くにいたリビエルとセイロンが答えた。

 

「……彼女の祖先は、人間の扱いに耐えかねて逃げ出した者達なんですの。これまではそんな人間とは関わらずに生活できていたのですが、今のような否が応でも人間と関わらなければならない状況は、不本意でしかないのでしょう」

 

「アロエリ自身は里で生まれ育ったとはいっても、彼女らの同胞の悲惨な境遇はよく見てきたのだ。そう簡単に切り替えることはできんだろうな」

 

 ラウスブルグにいた頃から付き合いがある二人は、アロエリに対して同情的だった。

 

「だからってこのままじゃダメに決まってるよ。ミルリーフを守るためにも協力しなくちゃ」

 

「それは分かりますけど……、アロエリが人間に抱いている敵意はそう簡単に消せるものでありませんわ」

 

「でも……」

 

 リビエルの言葉にフェアが再び反論しようとした時、リシェルの大きな声が食堂に響いた。

 

「アンタねぇ、人間のことを何だと思ってんの!」

 

 驚いたフェアが、声が発せられた方を見ると、リシェルとアロエリが睨み合っていた。ネロ達が話している間に、何やら言い争いをしていたようだ。

 

「傲慢で強欲で卑怯者……、そう教えられてきたし、そう思ってもいる! 嘘だと思うなら他のこの世界に召喚されてきた同胞に聞いてみればいい! きっと同じことを言うはずだ!」

 

「ち、ちょっと、一旦落ち着いてよ!」

 

「そうですわ! 御子さまの前ですわよ!」

 

 声を荒げるリシェルに言い返すアロエリに、フェアとリビエルが仲裁した。リビエルもアロエリには同情的ではあるものの、無闇に言い争うことを推奨しているわけではないのだ。

 

「……で、何の話してたんだ?」

 

「ミルリーフを拾って、あの子を守るために戦ってきたことを説明したんだけど……、そんなこと信用できるかって言われて、それで姉さんが……」

 

 事情の説明を求めたネロに、フェアに宥められているリシェルに代わりルシアンが説明した。

 

 それをネロの横で聞いていたセイロンが、アロエリに言った。

 

「アロエリよ、我とリビエルはその言葉を信じ、共に戦うと決めたのだ。……しかし、それをそなたにまで強制するつもりはない。信じるか、信じないかは自分の意志で決めてくれ」

 

「…………」

 

 その言葉を聞いてアロエリは厳しい顔をしたまま、無言でいた。

 

「なあ、それは今すぐなくてもいいだろう? 一息ついて、落ち着いてからゆっくり考えた方がいいんじゃないか?」

 

 沈黙を破ったのはグラッドだった。焦って出した答えで悔いを残すよりも、熟考した上で出した答えの方が本人も自分達も納得できるだろう、思い考える時間を取って欲しいと言ったのだ。幸い敵がすぐ近くまで来ているというわけではないため、時間はある。

 

「ふむ、それもそうだな。……店主よ、済まぬが――」

 

「うん……、一晩置こうよ。みんなも少し混乱してるみたいだし」

 

 フェアもグラッドの考えには賛成していたようで、とりあえず冷却期間として今日一日設けることを提案した。さすがにそれに反対する者はおらず、この場は解散となり、明日また集まることとなった。

 

 

 

 

 

 ネロはシリカの森へ行った件の詳しい事情の説明もしながら、忘れじの面影亭から帰るグラッドとミントと共に歩いていた。

 

 本来ならその原因となったフェアがするのが筋なのかもしれないが、彼女が先ほどのアロエリのことでリシェルに捕まっていたこと、それにネロ自身も二人に聞きたいことがあり、あえてネロが事情の説明をすることにしたのだ。

 

「……今日は悪かったな。わざわざ手間取らせちまって」

 

 簡単にシリカの森へ行った経緯とそこであったことを説明し終えたネロは、最後に謝罪の言葉を口にした。普段の態度から我の強い性格だと思われることが多いが、幼少期から付き合いのある恋人やその家族の影響で、根は真面目なのだ。

 

「こっちは見回りしていただけなんだ。謝るなって」

 

 軽く笑いながら気にするな、と手を振るグラッドにミントも続いた。

 

「それにしても、料理の材料採りのためにあんなところまで行くなんて、フェアちゃんらしいなぁ」

 

「おかげで苦労させられたけどな……」

 

 フェアらしいのは結構だが、それに自分を巻き込むようなことはやめてほしいとネロは思う。決断して即行動という彼女のフットワークの軽さ自体を咎めるつもりはないが、せめてこちらの都合くらい確認して欲しかった。

 

「けどネロがいたおかげで、例の『獣の軍団』も撃退したし、あの御使いとも合流できた。それでいいじゃないか」

 

「その御使いは、あんなだけどな」

 

 確かに結果だけを見ればグラッドの言う通りなのだが、今度はアロエリという別の問題を呼び込んだとも言える。一応彼女は今、宿屋の一室を借りて御使い同士話し合っているのだ。人間への敵意を捨てろとは言わないが、せめてここにいる間は、一時的に封印して欲しいとネロは思っていた。

 

「でも、まだ知り合ったばかりなんだから、これから分かり合えばいいんだよ」

 

「……そうは言うが、相当根が深い問題なんだろ?」

 

「たしかに、あれだけ露骨に不信感を抱かれているんじゃなぁ……」

 

 ネロの言葉に同意するようにグラッドが呟いた。正直あの時のアロエリには、好き好んで近づきたいとは思えない。さすがに腰が引けると言うものだ。

 

「それだけ召喚術は、呼ばれる側の気持ちを考えてないってことなんだよね。召喚師の私が言えることじゃないかもしれないけど……」

 

「どういうことだ? 召喚術には相手を従わせる力でもあるのか?」

 

 実はさきほどミントが言った召喚術の持つ強制性こそ、ネロが聞きたかったことだった。機械ならともかく、身体能力は人よりも高い亜人が召喚されたというだけで、人間に唯々諾々と従っているというのだから、不思議に思っていたのだ。

 

「召喚術を使う時に交わす誓約も拒否権はないし、元の世界に還せるのは召喚した者だけだから、実質的に呼ばれてしまったら従うしかないの」

 

「それで逃げ出した奴らが集まったのが、あいつらの住んでたラウスブルグってことか……」

 

 召喚師によっては、呼び出す相手を便利な道具程度にしか思っていない者も少なくないはずだ。そういう輩は特に、召喚獣を過酷に使役するだろう。そしてそんな扱いに耐えかねて逃げ出したとしても、元の世界に帰ることはできない。

 

 そうしたリィンバウムで生きていくしかないはぐれ召喚獣が集まったのが、アロエリの生まれ育ったラウスブルグだった。当然そこに住む者は自分達を辛く当たってきた人間を恨み、それを次の世代に伝えていく。

 

 特に群れで生活するメイトルパの部族は仲間意識が非常に強い。そのため直接人間と関わることのなかったアロエリも、同胞が受けた苦しみを我が事のように感じ、人間に強い敵意を抱くようになったのだ。

 

「うん……、でも正直それはかなり幸運な方だと思う。ひどい時には人間にこき使われたり、討伐対象になったりすることだってあるし……」

 

「それに、みんなそれが当然だって思ってるんだ。……俺だって召喚術を習った時は何の疑問も抱かなかったし、はぐれ召喚獣を討伐した時も、相手がどんな事情ではぐれになったかなんて気にしたこともなかった」

 

「それこそさっき言ったように、これから地道に分かり合わなきゃいけないってことか……」

 

 二人から召喚獣がおかれている状況を聞いたネロは、息を吐きながらミントの言葉を繰り返した。幸いアロエリの人間に対する不信感は、伝え聞いたものだけで体験したものではない。

 

 それだけに、人間は悪い者ばかりではないと認識を変えさせる余地は残されている。しかし、あまり他人とコミュニケーションを取ることが得意ではないネロにとっては、非常に憂鬱だった。

 

 お人好しのフェア達であれば、特に気負いもなく話すことができるが、さすがにあれだけの不信感を抱かれている相手となど、何を話せば良いかすら思いつかなかった。

 

「ひとまずは明日になってからだな。あの様子じゃあ、出て行くって選択ありえないとは言い切れないし……っと、これから水道橋公園の方も見ないといけないんだった」

 

 ちょうどため池に着いた辺りで立ち止まったグラッドは、ネロに言った

 

「そういうわけで、俺はここで……。ネロ、ちゃんとミントさんを送るんだぞ」

 

「はいはい、わかったよ」

 

 投げやりに答えたネロに続いて、ミントがグラッドに言った。

 

「グラッドさんもお仕事頑張ってくださいね」

 

「は、はいっ!」

 

 余程嬉しかったのか、グラッドはいつもより上擦った声で返事をした。

 

 そしてグラッドは、ネロとミントが向かう方向とは正反対の道を歩いて行った。

 

 

 

 ミントと共にトレイユの町中を囲うように引かれた道を歩く。中央通りを挟み、南北にそれぞれ引かれた北側の道だ。その奥にミントの家があるのだ。町の中心部からはちょうど真北にあたる方角だ。

 

「それにしても、よく見回りなんて退屈なこと、飽きずにやれるな」

 

「……そんな風に言うってことは、ネロ君もやってたことがあったの?」

 

「いや……」

 

 素っ気なく答える。かつて騎士をしていたことは事実なのだが、協調がないせいで、まともな仕事を与えられなかったのだ。ネロとしてはこれくらいなら、多少誤魔化しつつ話してもいいのではないか、と悩んでいたため歯切れの悪い返答となってしまったのだ。

 

「あっ、ごめんね……、話したくないなら無理に言わなくてもいいの!」

 

 どうやらミントは、ネロが話すことを躊躇っていると受け取ったようで、すまなそうにそう言った。まずいことを聞いたと思ったのかもしれない。

 

「…………」

 

「…………」

 

 沈黙が二人の間を支配する。それもどこか重苦しい沈黙の空気だった。ネロはどうしたものかと宙を見上げ、ミントは時折そんなネロの様子を伺いながら、道を歩いていた。

 

 そして間もなく、目的地に着くところになって、ミントは意を決して尋ねてみることにした。

 

「あの……、これも嫌なら話さなくてもいいんだけど……、ネロ君ってさ、もしかして、この世界の人じゃなかったり、する?」

 

 その言葉に反応したネロは、思わず立ち止まりミントの方へ顔を向けると、二人の視線が交錯した。

 

「……なんでそう思うんだ?」

 

「召喚術の知識とか、普通の人とは知っていることに偏りがあったし、それに、その右腕から感じる魔力は、こっちの人とは比べ物にならないくらい大きかったから……」

 

 ネロの真剣な視線に怖気づいたりせず、彼の目を見て思ったことを口にした。

 

(迂闊だったか……)

 

 じっと見つめてくるミントから顔を逸らし、ネロは頭を掻いた。

 

 前者については、不用意に尋ねたネロのミスと言ってもいいが、後者は別だ。仮にこの世界の人間が、人間界とは異なり、魔力を感知できる者がいると知っていても、ネロには右腕の魔力を抑える術を知らないのだから、どうしようもない。

 

 ミントは疑問の形を取っているが、実際はほとんど気付いているのかもしれない。しかしだからと言ってネロは、ここで自分のことを話すつもりはなかった。

 

「悪いが、何も言うつもりはない」

 

「うん……」

 

 はっきりとそう言われたミントは、自分が信用されてないのだと思ったのか、捨てられた子犬のような寂しそうな顔をしていた。

 

 さすがにそんな顔をされては、罪悪感が湧いてくる。そこでネロは仕方なく、妥協案を提示した。

 

「そんな顔するなよ……。ミルリーフのことが片付いたら話すから、それまで待っててくれ」

 

 元々ネロが話そうとしなかったのは、自分の出自が明らかになるのを恐れたわけではない。ミルリーフのことでも負担がかかっているフェア達に、自分も召喚されてきただの、悪魔の血を引いているだの、余計な混乱は与えたくなかっただけだ。

 

 そのため、ミルリーフの一件さえ解決してしまえば、あえて話さない理由はないのである。

 

「うん、信じてるからね」

 

 ネロの言葉を聞いたミントはさきほどの寂しそうな表情から、嬉しそうな顔に変わった。普段はフェアやリシェル、ルシアンの姉のような存在だが、案外子供っぽい所もあるんだな、とネロは心中で思った。

 

 しかし、その約束は守られることはなかった。ミルリーフのことが片付く前に、右腕を使わざるを得ない相手に出会ってしまったからである。

 

 

 

 

 

 とりあえず無事にミントを送り届けたネロは、ため池で右に曲がり、忘れじの面影亭への道を歩いていると、どうも宿屋の方から言い争うような声が聞こえてきた。

 

「何だ……?」

 

 声だけだったため、ミルリーフを狙う者達が来たわけではなさそうだが、今の宿屋にはアロエリという問題を起こしそうな者がいる。さすがに戦闘にまでは発展しないだろうが、それでもネロは急いで戻ることにした。

 

「離して! 離してよぉ!」

 

「御子さまは必ずオレが守ります。だから一緒に奴らを追い払うんです!」

 

「いくらなんでも無茶ですわ!」

 

 走って戻ってきたネロの前にいたのは、予想通りアロエリと、彼女に手を引かれているミルリーフだった。アロエリにはリビエルが取り付いて、必死に止めようとしていた。フェアが出てこないところを見ると、不在にしているのだろう。先ほどリシェルに捕まっていたから、その関係で出かけているのだろう。

 

「ニンゲン、そこをどけ!」

 

「……ああ、そうかい」

 

 アロエリにそう言われたネロはさして興味がないように、宿屋に向かって歩いていった。実際、彼女がどんな選択をしようとどちらでもよかったのだ。

 

 しかし、アロエリの横を通った時、ネロはミルリーフを掴んでいた彼女の腕を左手で握った。

 

「別にあんたが出て行こうが、俺は構わねぇ。だが、こいつは嫌がってるんだ。さっさと離しな」

 

「パパぁ……」

 

「ネロ……」

 

 ミルリーフが泣きそうになりながら空いた手で、ネロのコートの袖を離すまいと掴んだ。リビエルはいつも以上に迫力のある様子に驚き、思わずアロエリから手を離した。

 

「っ……! 離せっ!」

 

 いくら力を込めてもびくともしないネロの手を忌々しげに見ながら、アロエリは怒りに満ちた顔で叫んだ。

 

「ああ、離してやるさ。お前がこいつを自由にしたらな」

 

「ふざけるなっ! 誰がニンゲンの言うことなど聞くか!」

 

 ネロの言葉を聞いてますます感情的になるアロエリに、ネロは溜息をついた。

 

(随分と冷静さを欠いてるな。……いつかの俺と同じみたいで気に食わねぇ……)

 

 数年前、当時の魔剣教団の教皇サンクトゥスが引き起こした事件。それに巻き込まれていく中で、教団に攫われたキリエを追っているときのネロと、今のアロエリはよく似ていた。

 

 とても話ができる状況ではないだろう。こういう時に効果的なのは一度、打ちのめしてやることだ。かつてネロが、ダンテにそうされたように。

 

「なら、力ずくでやるしかないな……」

 

 そう言ってネロは左手に力を込め、ミルリーフをアロエリの手から解放した。追ってアロエリの腕からも手を離した。

 

「ミルリーフ、少し離れてな」

 

「でも……」

 

「御子さま、どうかこちらへ」

 

 アロエリから視線を外さずに言った。それでもミルリーフは離れなかったが、ネロの意志を汲み取ったリビエルが、半ば強制的に距離を取らせながら叫んだ。

 

「言っておきますけど、殺し合いなんて許しませんからね!」

 

 リビエルは多少の怪我なら、治癒の奇跡を用いて治すことができる。だから多少の戦いはやむをえないと思ったのだ。そうでなくとも今のアロエリはまともに話を聞いてくれる状態ではないのだ。誰かが力ずくでも止める必要があった。

 

「安心しろ、きちんと手加減はしてやるからよ」

 

 果たしてネロはその言葉を誰に向かって言ったのだろうか。

 

「侮辱するなっ!」

 

 だが少なくともアロエリは、自分への嘲りの言葉だと判断したようだ。

 

 一飛びで距離を取ったアロエリは弓を構え、弦を引き絞った。距離を取ったとはいっても、弓の名手であるアロエリからしてみれば、至近と表現できる距離だ。外すなどありえない。

 

「Hey! What's up?」

 

 そんな距離にも関わらずネロはにやりと笑みを浮かべ、当てられるものなら当ててみろと言わんばかりに挑発した。

 

「ふざけた真似を……!」

 

 ますます怒りを募らせながらも、アロエリは一切の狂いなくネロへと矢を放った。しかし、それが目標に突き刺さることはなかった。

 

「何……!?」

 

「残念だったな、狙いはよかったぜ」

 

 ネロは左手を伸ばして矢を掴んでおり、余裕の笑みと共にそれをへし折った。

 

 そして今度はこっちの番だ、と言わんばかりに地面を蹴った。

 

「っ!」

 

 不意を突かれた形になったアロエリだったが、咄嗟に矢筒から矢を逆手に取り出し、それをネロに向けて振りかぶった。

 

「そんなもん食らうと思ってんのか?」

 

 しかしネロはさも当然のように、アロエリの手を掴み上げる。そしてそのまま持ち上げ、背中から地面に投げ飛ばした。

 

「くぅ……」

 

「何をそんなに焦ってんのかは知らねぇが、こんなざまの奴にミルリーフを任せられるワケねぇだろ」

 

 起き上がろうとするアロエリの見下ろしながら言った。おまけに矢を持っていた右手を踏みつけていた。これが実戦だったら彼女の生殺与奪の権は、ネロに握られたも同然だった。

 

「くそ、くそっ……!」

 

 自分の不甲斐な感じたアロエリは拳を地面に叩き付けた。いくら冷静さを欠いていたアロエリでも、ネロが本気を出していないことは嫌というほどわかった。

 

「……後は頼むぜ。ミルリーフ、行くぞ」

 

 もうアロエリに戦意がないことを確認したネロは、後をリビエルに任せることにして、ミルリーフと共に部屋に戻ることにした。

 

 アロエリが先ほどのような無茶な行動に出ることはなくなったとは思うが、それ以外のことは何も解決していない。しかしこれ以上は、人間である自分より、同じ御使いのリビエルやセイロンがやるべきことだと考えたのだ。

 

「う、うん……」

 

 アロエリを心配するような視線を送るミルリーフではあったが、近づくには二の足を踏んでいるようだ、やはり無理矢理連れて行かれそうになったことが原因で、彼女を少し怖がっているのだろう。

 

 そんなミルリーフを連れて宿屋に入ろうとした時、真面目な顔をしたセイロンに横から声をかけられた。

 

「アロエリは、またそなたに助けられたな」

 

 先ほどのことをいつから見ていたのかは分からないが、最初に彼女を止めていたのがリビエルだけだったことから、セイロンがここに来たのは、今よりほんの少し前だろう。

 

「別に助けたつもりはない。……それにあいつとはしっかり話しとけよ」

 

「うむ、そのつもりだ」

 

 今回のことはミルリーフを連れ出す前に解決したため、大事にはなっていない。しかしミルリーフと二人でラウスブルグを取り戻すことなど、実現可能性は限りなく低い無謀な計画に過ぎないのだ。

 

 それでも、アロエリ一人でやろうとしているのなら、ネロも邪魔はしなかった。たとえ無茶とか無謀とかは関係になしに、自分がやらなければならないことはある。それを知っているからだ。

 

 ネロがアロエリを止めたのは、嫌がるミルリーフを巻き込もうとしていたからだ。事が落ち着くまで面倒を見ると決めていたし、パパと呼んで慕ってくるミルリーフを見捨てるという選択肢などありはしなかったのだ。

 

 そしてそれは、御使いであるセイロンも同じはずだ。彼が、アロエリがしようとしていたことを知っているのか、ここまでの話からは分からなかったが、本人が彼女と話をすると言っている以上、いずれは明らかになるだろう。

 

「俺もこんなことあまりしたくはないんだ、頼むぜ……」

 

 疲れたようにそう言ってセイロンの肩を叩いた。

 

 やったこと自体は肉体的に疲労することではないが、それでも人間とたいして変わりないアロエリを踏みつけ、説教紛いの言葉を吐くなど、ネロにとっては楽なことではなかったのだ。

 

 もう二度とこんなことするかと心に決め、ネロはミルリーフと一緒に、忘れじの面影亭へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




感想の返信でも言いましたが、召喚獣関係の設定重すぎ。特にメイトルパとかシルターンとか。結界なかったら戦争待ったなしですね。



さて、次回は3月11日(日)投稿予定です。

ご意見ご感想、評価等お待ちしてます。

ありがとうございました。

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