Summon Devil   作:ばーれい

78 / 130
第77話 父と子

 満月の光が降り注ぐトレイユの街並みを、ネロは一人疾走していた。その目は視界にはいないはずの青いコートの男を捉えていた。

 

 その男が一体何者であるか、ネロには皆目見当もつかない。仮にミルリーフを狙うレンドラーやゲックの仲間だったとしたら、わざわざ忘れじの面影亭から距離を置く必要はないため、その線は考えにくい。

 

(となると狙いは俺ってことか)

 

 わざわざ殺気を放ったこと、そして自分を誘い出すかのような動き、それらからも男の狙いは自分であることだと導き出せる。

 

 しかし、その理由が何も思い当たらない。人間界ならともかくここは異世界であり、ネロのことを知っている者も数えるほどしかいないのだ。

 

(直接聞き出すしかないな……!)

 

 思考しつつ、地面を強く蹴って飛翔する。さすがに人目があるかもしれないトレイユの正門を通るつもりはなかった。

 

「さて……」

 

 悠々と門を飛び越えて着地したネロは、男の気配を感じる方を見ながら呟いた。だが、まだ姿を視認することはできない。男がいる場所はシトリス高原と呼ばれるなだらかな丘が続く草原である。その丘が男の姿を隠していたのだ。

 

 だが、男はしばらくの間そこから動いていない。少なくとも、もう移動するのはやめたようだ。それを感じ取っていたネロは歩いて男のいる場所へ向かうことにした。

 

 一つ丘を越えると、すぐに男の姿を見つけることができた。しかし月でも見ているのか、後ろ姿しか見えない。それでもネロがゆっくりと近づくと男は、待っていたとばかりに振り返った。

 

 後ろへ撫でつけられた銀髪にはっきりとした目鼻立ち。総じて整った顔立ちをしているが、その目は並々ならぬ意志の強さと、全てを切り裂くような冷たさが感じられる。それだけであの殺気を放ったのは間違いなくこの男だとネロに思わせるには十分だった。

 

 そして男は、相手を見極めるにために立ち止まったネロへと口を開いた。

 

「You showed up」

 

 低いがよく通り、瞳と同じく背筋が冷たくなるような力を感じさせる声だった。

 

 ネロはその言葉への返答として、寸分の間も置かずブルーローズを突きつけた。

 

「随分と回りくどいことをしたじゃねぇか、何が狙いだ?」

 

 男が質問に答えるとは思えないが、さすがに問答無用で撃つ気にはなれなかったのだ。だが、まともな答えを返さなければ、ネロは突きつけた銃が脅しではないと証明するつもりでもいた。

 

「銃か……」

 

 これまでとは打って変わり、男の言葉にはせせら笑うような侮蔑の意志が込められていた。

 

 それの一瞬の後、ネロは何の躊躇いもなく、ブルーローズの引き金を引いた。僅かの時間差を置いて撃ち出された二発の銃弾が男に向かう。

 

 しかしいつの間に右手で抜いていた刀を盾にするかのように回転させ、男は銃弾を受け止めた。その時、一瞬だけ目を細めて銃弾を見たが、すぐに地面に並べるように二発の銃弾を置くと、それを刀でネロへと弾き返した。

 

 だが、ネロはそれにも十分反応していた。左手でレッドクイーンを振り下ろし、帰ってきた銃弾を正確に叩き落として見せた。そしてそのままレッドクイーンを地面に突き刺し、柄を捻る。エンジンが燃焼するような音が響く。だが燃え上がっているのは燃焼装置だけではない。ネロの闘争本能も燃え上がっていたのだ。

 

「話す気はねぇか……。なら話したくなるようにしてやるだけだ!」

 

 言葉と共にレッドクイーンを構えて突っ込む。それと同時に柄に併設されたクラッチレバーを握り、推進剤を噴射させた。その機構「イクシード」自体はフォルトゥナの騎士に配属される剣カリバーンにも搭載されているが、ネロのレッドクイーンは改造し、推進剤の噴射量を可能な限り高めているのだ。そのせいで噴射の際に炎が漏れ出すが、耐久性に問題はない。

 

 推進剤によって異常なまで加速された斬撃が振り下ろされる。しかし、それほどの加速にもかかわらず、男は顔色の一つすら変えずに左手に出現させた赤熱した岩石のような大剣で受け止めた。

 

「そんなものも持ってんのかよ……!」

 

 忌々しげに舌打ちしつつネロは呟いた。直接剣を交えてみて分かったが、男が持っているのは魔具と呼ばれる魔界の道具、それも相当強力な武器だった。そして右手に握られた刀からも並々ならぬ力を感じる。恐らく刀の方も魔具で間違いないだろう。

 

 只者ではないと思っていたのだが、まさか魔具まで持っているとは完全に予想外だった。

 

 だがネロとしても引くつもりはなかった。刀身をぶつけ合ったまま柄を捻り上げ、イクシードを噴かせる。噴射口からは炎が溢れ出していた。

 

 だが、炎を出したのはネロだけではない。男の持った大剣からも、まるでネロの闘志が伝播されたように炎が迸った。奇しくも、双方とも炎を纏った大剣を左手でぶつけ合っている構図となった。

 

 二人は左手に持った炎の大剣を合わせたまま睨み合い、動きを見せず一種の膠着状態となっていた。しかしそれは、左手に力を込めていたからではなかった。

 

 男は右手に持った刀で斬りかかることくらいはできそうだが、何故か、力を量るかのようにじっとネロに視線を合わせたままであり、ネロもそんな男を警戒して右手の悪魔の腕(デビルブリンガー)を使うことができないでいた。いまだ底の見えない相手に、不用意に殴りかかることはさすがに躊躇われたのである。

 

「仕方ねぇ……!」

 

 それでも、さすがにこのままでは埒があかないと判断したネロは、一旦仕切り直すために男の大剣を弾き上げ、後方に跳躍する。こちらから向かって行ったのに、引くことをなってしまったことは面白くなかったがやむを得なかった。それほどまでにネロはこの男のことを脅威と見なしていたのである。

 

「Humph」

 

 距離を取ったネロに対して男は鼻を鳴らしながら右手の刀を鞘に納め、大剣を右手に持ち替えていた。

 

 ネロもそれに応じるかのようにレッドクイーンを担ぎ、悪魔の腕(デビルブリンガー)を見せつかるかのように胸の前まで上げた。そしてここからは全力で戦うという意思を示すために口を開いた。

 

「Let's rock!」

 

 言葉と同時に悪魔の腕(デビルブリンガー)を男へ向かって伸ばした。しかし、それに反応していたのか男は大剣を使いそれを防いだ。

 

 ネロにとっては悪魔の腕(デビルブリンガー)で掴み寄せられるのがベストだったが、それを許すほどの相手とも思えない。そのため、そうなった時のことを考えていたのだ。

 

「逃がさねぇ!」

 

 ネロの右腕はそれを防いだはずの、男の大剣をがっしりと握っていた。それと同時に、ネロは跳びながら右腕を元に戻した。まるで伸びたゴムが元に戻るかのような勢いで男に突っ込みながら、ネロは左手でレッドクイーンを構えた。

 

 それを防ぐための大剣はネロが押さえている。つまり男がこの攻撃から逃れるには大剣を捨てるしかないのだ。

 

 ネロとしては大剣を捨てようが、レッドクイーンの攻撃を受けようがどちらでもよかった。どっちに転んでも不利にはならないのだ。

 

「…………」

 

 男は無言のまま大剣に炎を纏わせた。どうやらその炎は質量を持っており、ネロの右腕は大剣から引き剥がされてしまった。

 

「チッ……!」

 

 舌打ちしつつもネロはレッドクイーンを振るうが、男は直撃する前に後方へ飛び難なく避けた。

 

「どこかで見たことある炎だ……」

 

 ネロは今も男の大剣に纏う炎を、再び?忌々しげに見ながら吐き捨てた。「どこかで」と言っているが。実際のところネロはその炎を持った悪魔のことを知っていた。

 

 それは数年前に魔剣教団の教皇が引き起こした事件の際に、戦ったベリアルという悪魔が纏っていた炎と同質のものだった。男の大剣は同じような炎を出す能力があるようだ。それがベリアルを殺して魔具にしたのか、あるいは偶然同じような力を持っている魔具なのかは不明だが、男の実力ならベリアルを殺し魔具にしたと考えた方がすっきりするように思える。

 

 ネロがそんなことを考えていると、男は何かに気付いたのか視線ネロの後方に向けながら口を開いた。

 

「例の竜の子か、その他にも何人かいるようだが……」

 

「っ、何だと……!」

 

 男の言葉にネロは目を見開き、次いで苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた。気付かれないように出てきたつもりだったが、誰かに見られていたらしい。男のことに集中しすぎて、注意力が散漫になっていたのかもしれない。

 

(あいつらが来る前に何とか……)

 

 今のフェア達では戦ったところで勝ち目はないと判断したからこそ、一人でここまで来たのだ。何としてもこの男と戦わせてはならない。そうネロが思った時、あることに気付いた。

 

「例の竜の子……?」

 

 ネロは男が口にした言葉を繰り返す。竜の子といえばミルリーフのことだと思うが、男がなぜそのことを知っているのかは分からない。

 

「やはり貴様らのもとにいたか……」

 

 男は質問に答えない。だが、ネロ達がミルリーフを守っていることを知っているのは、トレイユにいる者を除けばほんの一握り。レンドラーやゲック達のようにミルリーフを狙っている者達だけなのだ。

 

 それだけでもこの男はミルリーフを狙う者達の仲間であると判断するには十分だった。ここに来た時は、男の狙いは自分だとばかり思っていたが、自分を排してからミルリーフを奪うという算段だったとすれば、理屈は通る。

 

「それを知ってるってことは、俺があいつをテメェらみてぇな奴らに渡さねぇってことも分かってるよなぁ!」

 

 ミルリーフが狙われていると悟ったネロの心に、これまで以上の闘志が湧き上がる。こんな慈悲の欠片もないような冷徹な男にミルリーフを渡せるわけなどない。

 

 男へと跳躍し、ネロはレッドクイーンを振るう。先ほどと同じようにイクシードを使いつつだ。

 

 しかし、その一撃を当てることは叶わなかった。それでもネロは先ほどのように引きはしなかった。イクシードにより強烈な加速がかかっているレッドクイーンを流れるように操り、次の斬撃へと繋げていく。

 

 だが、今のレッドクイーンを操れるのは簡単なことではない。天性の才能を持ったネロにしかできぬことだ。それはレッドクイーンと同じ改造を施したものはフォルトゥナの騎士団長も含めて誰一人いないことからも明らかだろう。

 

 だが、そのネロの連撃をもってしても男には一撃も当てられない。全て躱されるか右手に持つ大剣で防がれるかのいずれかでしかなかった。

 

「ネロ!」

 

 後方からフェアの声が聞こえる。いつの間にここまで接近していたようだ。予想以上の速さだ。

 

「もういい」

 

 次いで男の言葉が耳に入った。何がもういいのかはわからないが、少なくとこの戦いを切り上げるような意味でないのは間違いない。

 

「っ……!」

 

 フェアの接近と男の不穏な言葉に、ネロは仕方なく、あえて男の大剣にレッドクイーンをぶつけることで、男の動きを阻害することにした。どの程度効果があるかは分からないが、何もしないよりはマシだ。そして後ろを振り向いて叫んだ。

 

「来るんじゃ――」

 

 来るんじゃない、そう叫ぼうとした瞬間、ネロは腹部に強烈な、高圧の電撃が走るような痛みを感じた。下半身に流れ出た血が伝う感触を感じながら、ネロは何とか正面を向いた。

 

 男はいつの間にか大剣を左手に持ち替えていて、右手で腰にぶら下げた鞘から刀を抜いていたのだ。ネロの腹に突き刺さっていたのはその刀だった。

 

(くそが……!)

 

 まだネロの戦意は衰えを見せていなかった。しかし、体の方はそうはいかない。まるで全身に鉛がこびり付いているかのように、どんどん重くなっていったのだ。

 

(キリ、エ……)

 

 頭も重くなり、俯き薄れゆく意識の中、ネロは想い人の名を呟いた。人間界で自分の帰りを待っている大切な人。

 

 ここで死んでは二度と会うことはできなくなる。そんなのは嫌だった。

 

 しかしそれとは裏腹にネロの意識はどんどん薄くなっていった。

 

「――――!」

 

 もはやネロは自分の名を呼ぶ声さえ聞こえなくなっていた。

 

 それを合図にしたかのように刀が引き抜かれる。同時にネロの体はちょうど仰向けに倒れるように傾いていった。視界もそれに合わせて地面から男の足、腹へと移っていき、そして顔が目に入る。男は相変わらず表情一つ変えず、その目は冷たかった。

 

(こいつ……)

 

 だがネロはその目の中に冷徹さとは別の感情が秘められているのに気付いた。

 

 けれど、それが何かは分からなかった。

 

 それでも、きっとこの男は自分と何らかの繋がりのある人間だ。

 

 ネロがそう確信するのと、彼の意識が闇に溶けていったのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 ネロを刺した男、バージルは草原に仰向けに倒れた自らの息子を見下ろした。

 

 この一連の動きは全てバージルがネロと戦うために仕組んだものだった。

 

 余計な邪魔を入れないために、真夜中にネロにだけ殺気を浴びせ、このシトリス草原まで誘い込んだのである。

 

 そこまでして戦いたかった自分の血を引く息子は、確かに悪くはなかった。あの年にしては技量もある方だし、単純なパワーも自分とほぼ互角だ。特にあの右腕の力には目を見張るものがある。

 

 ネロ自身には魔人化する力はないようだが、右腕だけは別だ。あの腕からはまるで魔人化しているような力を感じるのだ。

 

(血の薄さからか、あるいは腕に傷でも受けたか……)

 

 ネロの腕についてバージルは思考する。自身や弟はこのようなことは起きなかったことを考えると、体に流れる悪魔の血の影響とも考えられるが、同時に腕に悪魔の攻撃を受けたことで、自己防衛反応を引き起こし変質したとも思われたのだ。

 

(感情的になるのが欠点だが、まあ及第点、といったところか)

 

 閻魔刀の根元までついたネロの血を振り払う。そして口元を緩めながら胸中で自身の息子をそう評した。やはりバージルは、己の血を引くのなら強くあらねばならないと考えているようだった。

 

 身体能力については言うことはないし、技量も年齢相応。だが精神面においては高い評価を与えることはできなかった。特に仲間が迫っていると知ってからの決着を急ぐような戦い方は、甘すぎると言わざるを得ない。

 

 それまでの戦いでネロは自分の力量を少しは感じ取っていたはずだ。それなのに攻め急いだ。よほど自分と仲間達を戦わせたくなかったのだろうが、それでもあのがむしゃらに攻めるだけというのはいただけない。

 

 もちろんバージルとて熱くなるなとは言わない。感情がもたらす力の大きさは彼もよく知っているためだ。彼が気にしているのは遮二無二攻めるという戦い方だ。これでは感情が力をもたらしても、それを生かすことなど出来はしないのだ。

 

 こうした点はベリアルとの戦いの中で、心は怒りに燃えていても戦闘においては普段以上に冷徹だったバージルだからこそ、気になったことなのかもしれない。

 

 一息ついたバージルは閻魔刀を手元で回転させてから鞘に戻した。

 

「ネロっ!」

 

「パパっ!」

 

 その時、ようやく到着したらしい白い髪をした少女と竜の子がネロに駆け寄る。その二人に続いて、さらに倒れ伏したネロをバージルから守るように立ち塞がった。

 

 その中の一人がバージルを見て顔を驚愕の色に染めた。

 

「バ、バージルさん……!?」

 

 自身の名を呼ばれたバージルは視線をその声の主に向けた。

 

「……ミント・ジュレップか」

 

 彼女とは知らぬ間柄ではない。ゼラムにいた頃には一度とはいえ共に蒼の派閥の仕事をしたこともあるし、その際にポムニットと親交を深めたのか、よく訪ねてきたこともあったため、名前は記憶していたのだ。

 

「どうして、こんな……」

 

 リビエルが必死の形相で治癒をかけているネロを見たミントが震える声で尋ねた。彼女の知るバージルは、何の考えもなしにこんなことをする人ではなかったはずなのだ。

 

「すぐにわかる」

 

 そもそもバージルがネロの腹を刺したのは、力の覚醒を促すためだった。

 

 他の悪魔はどうか知らないが、スパーダの血を引く者は生まれながらに全ての力を引き出せるわけではない。未熟な体を守るかのように血に宿る強大な力は封印されたように眠ったままなのだ。そして、それを解放するためには死にかける程の強力なショックが必要なのである。

 

 実際、弟ダンテはバージルに刺されたことがきっかけで悪魔の力に覚醒したし、バージルも似たようなものだった。そしていまだ右腕だけという中途半端な力しか目覚めていないネロも、これで更なる力が目覚めるはずだ。

 

 ただ気になるのは、ネロの悪魔としての力がどのような形で発現するかだ。己や弟のような形か、あるいはそれとは異なる形となるか、それを確認する必要がある。バージルがこの場に残っているのはその理由からだった。

 

「よくもネロを……、絶対許さないんだから!」

 

 先ほどまでネロの側で座り込んでいたフェアは、ネロを刺したことなど気にしてもいないようなバージルの言葉を聞いて、怒りが込み上げてきたのか大声で叫んだ。

 

「貴様らに用はない、消え失せろ。さもなくば……」

 

 閻魔刀の鍔を左の親指で押し上げながら言う。ネロの仲間にも竜の子にも興味はないため、立ち去るなら何もするつもりはなかった。しかし同時に、邪魔をするのであれば躊躇いなく斬り捨てるつもりでもあったのだ。

 

「っ……」

 

 バージルの迫力に押され、フェアは少し後ずさってしまった。それでもネロをここに置いていくなんてできない。それを口にしようとした時、彼女のすぐ後方、から大きな衝撃と光が伝わってきた。

 

 それこそがネロが覚醒した証だった。

 

 

 

 

 

 深い闇のまどろみの中で、右腕が悪魔の腕(デビルブリンガー)となる前の夜に夢を見たことをネロは思い出した。

 

 キリエを危険に晒したことを悔いて、力が欲しいと願い、見た夢だった。

 

 その夢で自分に語り掛けた男が、たった今自分を刺した青いコートの男だった。

 

 なぜ今になって何年も前の夢のことを思い出したのかは分からない。それでもネロは今まで忘れていた、いや、気付かないふりをしていた魂の叫びを感じ取った。

 

 それは夢に出てきて、今は自分を刺した男、そして自分に近しいと感じる青いコートの男と同じ叫び。

 

「もっと力を……!」

 

 それを口にした時、ネロの中で燻っていた命の炎が一気に燃え上がった。そしてネロの周りの闇も一気に吹き飛ばした。

 

「ッ……!」

 

 赤い光を放つ両目を開き、ネロは覚醒した。その際に発生した衝撃と光によって、近くにいたリビエルとミルリーフは悲鳴を上げた。他の仲間達にはさほど影響はなかったが、驚きと畏怖を込めた目でネロを見ていた。

 

「ネ、ネロ……」

 

 フェアも仲間と同じような感情を込めた声で名前を呼んだ。彼女や仲間が何に対して驚いたのか、ネロには聞かなくとも分かった。もう一人の自分、あるいは己の力の象徴ともいえる青白い光を放つ悪魔。それがネロの後ろにいたのだ。

 

「ほう……」

 

 しかしバージルはフェア達とは対照的に、感心したような声を漏らした。ネロから感じる力は紛れもなく悪魔である自分と同種の力なのだが、このような形で力が発現するとは思いもよらなかったようだ。

 

「スカしたツラしやがって……」

 

 ネロは余裕ある態度を崩さないバージルが気に食わなかった。それはつまり自分に起きた変化さえこの男は予想していたとも取れ、最初から今に至るまでこの男の手で踊らされていた可能性すらある。

 

 元より気が長くはないネロは、ここで何もしないという道は選べなかった。自分を守るように立っていた仲間の間を縫って、バージルの前に立った。

 

「悪いが、好きにさせてもらうぜ」

 

 仲間にそれだけ言い残すとネロはレッドクイーンを無造作に構えると再びバージルに向かって駆けた。そして先ほどと同じようにレッドクイーンを振り下ろすが、それに合わせるかのように背後の悪魔もネロと同じ動作で剣を振り下ろした。

 

「っ!」

 

 それを避けずに閻魔刀で受け止めたバージルは、このリィンバウムという世界に来て初めて押し勝つことができなかった。むしろネロの剣圧に閻魔刀を押し戻されたのである。単純な力比べでは、魔人化されると分が悪いようだ。

 

 ネロはそれを好機と見たのか、畳みかけるようにレッドクイーンを振るった。しかしバージルは受け止めるつもりはないようで、全て躱すか、いなしていった。それ以外にもネロと同じように魔人化し、正面から迎え撃つこともできたが、それをするつもりはないようだ。

 

 バージルにとってネロは様々な意味でも、魔人化してまで戦う相手ではないのである。

 

 実際にバージルは何度目かの振り下ろす斬撃を寸前のところでネロの横に回り込んで回避すると、彼の腹を閻魔刀が収められた鞘で殴りつけた。背後の悪魔によって攻撃力は相当強化されたネロだったが、バージルやダンテのように肉体自体は強化されていないようで、痛みで動きが鈍る。

 

 バージルはこの好機を逃さず、さらに鞘でもう一発殴りつけると、そのまま右手で服ごと持ち上げ、投げ技の要領でネロを地面に叩きつけた。

 

「クソッ……!」

 

 地面に叩きつけられたネロは肩で呼吸をしているものの、意識までは失ってはいなかった。だが、これ以上戦うつもりはないようで、己のみっともない姿を悔いているのか拳で地面を叩いた。

 

 それで諦めがついたのか、ネロは荒くなった息を整えながらバージルに尋ねた。

 

「本気じゃないだろ、あんた」

 

 刀を抜かせたのも最初の一回だけであり、それ以降バージルは鞘と体術のみで力が覚醒したネロを抑え込んだのだ。こんな扱い受けたのはフォルトゥナの事件の際に戦ったダンテ以来だった。

 

「当然だ」

 

 バージルは断じた。確かに魔人化や閻魔刀を使っていないため、その言葉は間違いではないが、ネロが力を覚醒してからは手加減などしていなかった。もう少し時間がかかっていれば息切れくらいは起こしていたかもしれない。それだけの強さがネロにはあったのだ。

 

「こっちは全力で、殺す気でいってこのザマだ」

 

 自分ではこの男に勝てない。そう認めるしかなかった。

 

「貴様も悪くはなかった。その力をうまく使えればもっと強くなるだろう」

 

「……そりゃどうも」

 

 バージルの思いがけない言葉に目を瞬かせた。

 

 だがその次の言葉にネロはさらに驚くことになった。

 

「……貴様が望むなら、人間界まで連れて行ってもいいが?」

 

「は?」

 

 あまりにも呆気なく口に出た言葉にネロは思わず聞き直してしまった。なぜネロが人間界から来て、かつ帰りたがっていることを知っているかもそうだが、少なくともネロが知る限り、この世界から出るのは限りなく不可能に近い。間違っても隣町にいくような感覚で行けるところではないのだ。

 

「近々人間界に行くのでな。帰りたいのなら連れて行こう」

 

「そんな方法があるなら是非教えてもらいたいね」

 

 ネロはあえて返答を避けた。今さらこの男が嘘を言うとも思えないが、かといってすぐさま飛びつくことはできなかったのだ。バージルが言うように簡単に移動できるのであれば、はぐれ召喚獣の問題などとうに解決しているだろう。

 

「……知らないのか? そいつらと共に居て」

 

「……何のことだ?」

 

 バージルがネロの後ろにいる御使い達に視線をやりながら言った言葉に、思わずネロは聞き返した。

 

 それを聞いたバージルはネロと御使い達の関係を察すると、僅かに憐みの視線をネロに向けると口を開いた

 

「なるほど、利用されているだけか。……まあいい。ラウスブルグが正常に稼働すれば、別の世界に移動することができる。……当然、人間界に行くことも可能なわけだ」

 

 バージルはネロが人間界へ送ることを条件に協力しているとばかり思っていた。しかし、ラウスブルグの力を知らないらしい彼の反応を見て、力を利用されているのだと判断したようだ。

 

 人間界出身であることを話していないことなど知る由もないバージルにとっては、そう考えるのが自然だったのだろう。

 

「…………」

 

 バージルから話を聞かされてもネロは沈黙と保ったままだった。人間界へ行く方法がまさかこんな身近にあったことに、驚きを隠せないようだ。

 

「今すぐに答えろとは言わん。しばらく時間をやる。次に会う時まで考えておけ」

 

 沈黙を思考と捉えたバージルは少し時間くらい与えても構わないと考えて言うと、踵を返してこの場から離れていった。

 

 バージルがラウスブルグを「世界を渡る船」として使えるようになるまで、もう少し時間がかかる。当然それまで待つのは可能だし、場合によってはもう少し時間を与えても構わなかった。

 

 最初の人間界へ送っていく提案といい、こうした条件は()()バージルが出すものにしては破格のものだった。しかも見返りを求めてもいないため、かつてのバージルを知る人物なら目を丸くするに違いない。

 

(我ながら甘すぎるか……)

 

 とはいえ、それはバージルも自覚しているところだった。少なくとも力を覚醒させたことや、先ほどの提案をしたこと、どちらもバージルに利することではないのは確かなのだ。

 

 それでも、ネロにそうしたのは彼が自身の血を引く者であり、バージル自身、アティやポムニットと暮らしてきて「家族」というものに特別な想いを抱いているからかもしれない。

 

 なんにせよバージルは、甘い対応をしたという自覚はあるものの、それ自体に後悔はしていないのだけは間違いのないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ネロのスパーダ式成人式をお送りした77話でした。

バージルも息子と遊べたうえに、成長を実感できてきっとご満悦でしょう。



さて次回は4月15日(日)に投稿予定です。

ご意見ご感想、評価等お待ちしてます。

ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。