Summon Devil   作:ばーれい

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第79話 戦いの影

 ネロと戦った日の夜の内にラウスブルグへ戻ったバージルは、夜が明けるのを待ってギアンを呼び出した。

 

「一体何だい? そもそも夜中に抜け出してどこに行ってたんだ?」

 

 昨夜、たまたま夜遅くまで起きていたためかギアンは、バージルがラウスブルグから抜け出してどこかに行っていたのを知っていたようだ。

 

「トレイユだ」

 

「っ……、へぇ、それで何をしに行っていたのかな? まさか観光しに行った、なんて言わないよね?」

 

 間髪入れずに答えたバージルの言葉を聞いてギアンは一瞬言葉を詰まらせた。トレイユは言うまでもなく、ギアン達が狙っている竜の子が滞在している町だ。そこにバージルが行ったとなれば目的は一つしかないだろう。

 

「貴様らが苦戦しているという奴に会い行っただけだ」

 

「あのネロとかいう奴か。……それで、どうしたんだい?」

 

 ギアンとしては、少しくらいバージルが痛い目でも見れば溜飲が下がるのだがと考えているようだが、現在のいつも通りの様子からして、その可能性は望めないだろう。

 

 ならばせめてそのネロという男に、戦闘に支障が出るような傷でも与えてくれれば、こちらも楽になると思い尋ねたのだが、バージルはそんなギアンの思惑など読んでいたようで。

 

「叩きのめしはしたが、貴様の望むようなことにはなっていないだろうな」

 

 むしろネロの力を覚醒させたことで、ただでさえ強かったネロは、より大きな力を手にしたのだ。ギアン達が竜の子を奪取することは極めて難しくなったと言えるだろう。

 

「何故だ!? この城を動かすために至竜の魔力が必要なことくらい君にも分かっているだろう!」

 

 千載一遇の好機をみすみす逃がすような真似をしたバージルにギアンは声を荒げた。そして感情のままに詰め寄ろうとした瞬間、ギアンはバージルの視線で射竦められた。

 

「言ったはずだ。俺は竜の子を奪いにいったわけではない」

 

 立場を弁えろと言わんばかりにギアンを見下しながら言葉を放つ。そもそも本来の関係でいけばギアンがバージルに意見すること自体ありえないことである。彼らはあくまでバージルの許しを得てこの場に留まることを許されているだけにすぎないのだ。

 

「そもそも、あれを狙っているのは貴様らだけだ。俺にとっては次善の策ですらない」

 

 言葉を続ける。トレイユの竜の子などバージルは最初からあてにしていない。城を動かす第一の方策はアティとポムニットに任せているし、それがダメでも第二の、バージル自身が魔力の供給と舵取りを行うという方法がある。

 

 先の帝都への移動の際にバージルの魔力を使っていたため、問題は古の妖精の技法を使う舵取りだけだった。とはいえ、それもバージルが見る限り問題なく使えそうだった。

 

 そもそも大悪魔の転じた魔具でさえ、初見であろうと己が一部のように操ってしまうスパーダの血族であり、幻影剣など魔力の扱いに長けたバージルなのだ。いくら至竜や古妖精しか操れないと言われていても、自身の魔力を使って動いている(もの)を操れないはずがなかった。

 

 それに対して竜の子は、ラウスブルグを取り戻すため、あるいは死に追いやられた先代守護竜の敵討ちと称して反抗する危険性がある。少なくとも捕まえて来てすぐ城を動かせ、というわけにはいかないだろう。

 

「……ならば僕らはこれまで通りにするだけだ」

 

 うむを言わせぬバージルの言葉にギアンは冷や汗を流しもながらも、これまで通り竜の子の奪取を狙って行くと宣言する。

 

 バージルがラウスブルグを動かす算段があるにもかかわらず、ギアン達が執拗にトレイユの竜の子を狙うのには理由があった。彼ら、というよりギアンはバージルの自分達も連れて行く、という言葉を信用していなかったのである。

 

 だからこそ、城を動かすための竜の子を手に入れ、最悪の場合はそれを盾に自分だけでもメイトルパに連れて行こうと考えていたのだ。

 

 もっとも客観的に見れば、そんなことをしたところでバージルに斬られて終わりだということくらい分かりそうなものだが、ギアンは自身の思い通りに進まない現状に、冷静さを欠いているのかもしれない。

 

「勝手にするのは構わんが、あまり時間がないことは覚えておけ」

 

 その考えすら見透かしていそうなバージルの言葉にギアンは眉を潜める。

 

「……どういうことだ?」

 

「俺はこれから連れを迎えに行ってくる。そいつらが来ればあの至竜の子など不要だ」

 

 アティとポムニットが城を動かす方法を手に入れてくるのであれば、それで決定。たとえ手に入れられなくても、その時はバージル自身が動かす方向で確定する。

 

 つまり、どうあがいてもトレイユの竜の子が必要になる状況はこないのである。

 

 それでもバージルがギアンの行動を認めているのは、竜の子を万が一の際の予備として考えているからだ。

 

 アティ達が城を動かす方法を手に入れられず、かつ自分も動かせる状況にない時、代わりに動かせるものがいれば何かと便利なのは言葉にせずとも理解できるだろう。もちろん反抗の危険性がないことを確認してからの話になるだろうが。

 

「……戻りはいつ頃に?」

 

 バージルが戻って来るまでの間がギアンに残された時間なのだ。その猶予がどのくらいか、確かめるためにギアンは尋ねた。

 

「さあな。だが二、三日で戻ってくることはないだろう」

 

 アティとポムニットとの集合場所は聖王国西端にある都市、サイジェントだ。バージル一人で行く往路は大して時間もかからないが、帰りは徒歩での移動となるため、それなりに時間がかかることは予想できた。

 

「なら僕はここで失礼するよ。すぐに動く必要があるからね」

 

 ギアンは「まずは戦力を調査しなければ……」などとぶつぶつ言いながらバージルのもとから去って行った。

 

(小娘にも気付かないとは、相当に焦っているようだな)

 

 少し前から大広間の入り口付近で、気まずそうにこちらを見ている「姫」と呼ばれる少女にすら気付かないギアンを、バージルは呆れたように見ていた。もっとも彼も、自分を怯えを含んだ目で見る少女を無視して、サイジェントに行くべく大広間から出て行ったのだが。

 

 

 

 

 

 一方、バージルの襲撃から二日が経過し、トレイユでは平穏な日々が続いていた。ミルリーフを狙う者達も現在のところこれといった動きを見せず、バージルもあれ以来姿を見せていなかったためだ。

 

「はぁー、疲れた……」

 

 トレイユとしては平和でも、ここ数日、厨房という名の戦場は大混戦の様相を呈していたのだ。そこで一人で戦っていたフェアは、昼の営業が終わるとぐったりと机に倒れ込んだ。

 

「それにしても、最近は随分と混んでるな。まぁ、閑古鳥が鳴くよりはいいかもしれないけどよ」

 

「うーん、評判がよくなったのは嬉しいけど、慣れるまで大変だなぁ」

 

 リシェルやルシアンには、時間があれば手伝ってもらっているが、あいにくと今日はフェア一人で接客から調理までこなしていたのだ。これまでの客の入り具合なら一人でも大して負担にならなかったが、かなり混むようになった最近ではさすがに一人で対応するのは辛そうだった。

 

「これで宿泊客も来ればいいだがな」

 

 最近料理店としての、忘れじの面影亭は評判がすこぶる良くなっていた。リピーターも増えているし、これまで店に来たことのないトレイユの住人も大勢来てくれている。もっとも、ネロの言葉通り宿屋としては相変わらずの有様であったが。

 

「来るわけないでしょ、禁止令だってまだ解除されていないのに」

 

 ただ宿泊客については、フェアにも言い訳がある。無色の派閥や紅き手袋摘発のために、帝国全土に出された都市や町の外へ出ること禁止する命令が出されているのだ。そのせいでトレイユへ来る者がほとんどいないのである。これでは宿泊客がいなくて当然である。

 

「しかし、こう何もないと退屈で死にそうだ」

 

 ネロは厚手の手袋をつけた右手で頭を掻きながら大きな欠伸をした。悪魔の腕(デビルブリンガー)については隠しているわけではないが、わざわざ自慢するように人目に晒すのも抵抗があったので、これまで同じように手袋をしていた。

 

「ならウチで働いてみる? 暇つぶしにはなるかもよ」

 

「冗談、そんなことやってられっかよ」

 

 からかいも込めたフェアにたいしてネロは露骨に嫌そうな顔をして断った。そもそも彼の性格から考えて給仕などできるはずもない。それでもさすがに何もしないのは良心が痛むのか、準備や片付けくらいは手伝っていた。

 

 ちなみにネロの性格は、デビルハンターとして見ればかなりいい方だ。「まとも」と言い換えてもいいだろう。もっとも、腕がよくなればよくなるほど、それに反比例するかのように性格は悪くなる、という話がまことしやかに囁かれているデビルハンター業界においての話であるため、誉め言葉と言えるかは微妙なところだ。

 

「だと思った。私もネロに頼むくらいなら、ミルリーフにお願いするよ」

 

 そう言って屈託なく笑うフェアに、ネロへの恐怖など微塵も見られなかった。

 

「なあに、ママ?」

 

 自分の名前が呼ばれたこと気付いたミルリーフがテラスから尋ねてきた。彼女は少し前から庭で遊んでいたのだ。

 

「ううん、そろそろお昼にしようと思って、悪いけどみんなを呼んできてくれる?」

 

「うん!」

 

 大きな声で返事をするとミルリーフは疲れを知らないのか二階に走って行く。

 

「あー、腹減った」

 

 お昼と聞いて、急に腹が空いてきたネロは素直にそれを口にした。既に一般的な昼食の時間からはだいぶ過ぎている。食事の時間が遅くなってしまうのは、ここのような料理店の宿命のようなものだろう。

 

「もう、文句言う暇があるならテーブルくらい拭いてよ」

 

「はいはい、わかったわかった」

 

 フェアのお叱りを受けたネロは面倒くさがりながらも、立ち上がって布巾を取りに行った。

 

 その時、入り口から二人の男が入ってきた。

 

「ありゃ、やっぱり終わってたか……」

 

「まあ、仕方ありませんよ」

 

「お兄ちゃんにセクター先生!?」

 

 一人はグラッド、もう一人はフェアが「セクター」と呼ぶ男性だった。見た目は三十代から四十代といったところで、先生と呼ばれているのは、町中で私塾を開いており、そこにフェアもリシェル達と通っていたからだ。

 

「おう、見回りも終わったし、お前のところで何か食おうと思ってきたら、セクターさんを見かけてな」

 

「ええ、肩を貸してもらったんですよ。おかげで彼も遅れてしまってね……」

 

 セクターは昔から足が悪く、さきほどからも足を引きずらせて歩いている。きっとグラッドはそんなセクターのことが放っておけず、一緒に来たのだろう。

 

「せっかく来てもらったんだし、まかないでよかったら二人とも食べていってよ。私達もこれからお昼だしさ」

 

「お、助かった! 腹ペコなんだよ」

 

 来た甲斐があったと言わんばかりにグラッドは嬉しそうに言った。そんな彼と共にセクターも手近にあった座席に腰を下ろした。

 

「すまないね。営業は終わったばかりなのに」

 

「いいのいいの! でも珍しいね、先生がわざわざこんなところまで来るなんて」

 

 セクターは見ての通り足が不自由ため、ここまで来るのも一苦労なのは目に見えている。事実、忘れじの面影亭の営業で手一杯だったという理由もあるが、最後の授業を受けて以来セクターには顔を合わせてこなかったのだ。それでも最近、たまたま再会したことがきっかけで、ミルリーフのことやそれに関連する一件のことで相談するようになったのである。

 

「最近君の料理が評判だと言うのでね、せっかくだから食べてみたいと思ったんだよ」

 

 優し気な笑みを浮かべてセクターが言う。どうやらかつての教え子のことを心配して来たというのも理由の一つらしい。

 

「それならまかないでも評判通りの味にしてみせるから、期待してて!」

 

 そう言い残すとフェアは張り切って厨房で料理をし始めた。さきほどまでの疲れが吹き飛んだかのような手際の良さだ。

 

「…………」

 

 セイロン達御使いもまだ来ていない状況で、ネロはグラッドとセクターの隣のテーブルで手持ち無沙汰に待つしかなかった。別に人見知りしているわけではないが、フェアの知り合いとはいえ、見知らぬ者にフレンドリーに話しかけるような性格はしていないのである。

 

「もしかして君は……ネロ君、でいいのかな」

 

「なんで俺のこと知ってるんだ?」

 

 唐突に名前を呼ばれたネロは、声の主であるセクターを睨むように見た。彼の前でネロが名乗ることはなかったし、フェアもグラッドも名を呼んだことはなかったにもかかわらず、自分の名前を知っていたことを不審に思ったのだ。

 

「彼女が君のことを話していたんだよ。とても頼りになる人だと嬉しそうに言っていたよ」

 

「……そりゃどうも」

 

 セクターは厨房のフェアを見ながら朗らかに笑った。ネロも予想外の理由に怒るに怒れず、ぼそりと言うだけに留まった。

 

「ち、ちょっと!? やめてよ先生!」

 

 しかし。本人に面と向かっては言えない本音をまさかこんな形で暴露されるとは思わなかったフェアは、焦ったように声を上げた。そしてこれ以上、余計なことを言われないようにしっかりと言っておこう思った時、ミルリーフと御使い達三人が下りてきた。

 

「あら、お客さんですの?」

 

 セクターの姿を認めたリビエルが尋ねた。グラッドはともかく昼の営業は既に終わっているはずなのに、どうして客がいるのかと不思議に思っているようだ。

 

「昼を食べに来たんだけど、時間に間に合わなくてな。でもフェアがまかないを作ってくれるって言うからさ」

 

「なるほど……で、そちらの方は?」

 

 グラッドと同じテーブルに座っていることから、セクターを彼の連れと思ったリビエルはグラッドに尋ねた。

 

「セクターさんって言ってな、ここに来る途中で偶然会ったんだ。昔から私塾の教師をしていて、フェアもガキの頃に教わったらしいぞ」

 

「フェアの奴がいろいろ話してたみたいだから、お前たちのことも知ってるんじゃないか?」

 

 グラッドの説明に、ネロは余計なことを付け足した。それを聞いたセクターは困ったような笑みを浮かべながら言った。

 

「確かに何も聞いていないと言えば嘘になるが、詳しく知っているわけじゃありませんよ」

 

「なに、よほどのことでなければ問題あるまい」

 

 それでもフェアから聞いたことを否定しないところを見ると、少なくともミルリーフを取り巻く事情については、おおよそ知っていると考えていいだろう。セイロンとしてもラウスブルグの機能など、一部のことを除いては話しても問題ないと考えているようだ。

 

「まあ、確かにそうですわね。……ところでフェアって子供の頃、どんな感じでしたの?」

 

 年の割に大人びているフェアはどんな子供だったのか興味を持ったリビエルが尋ねる。

 

「ち、ちょっと……」

 

リビエルの言葉を厨房で聞いていたフェアは、抗議の声を上げようとしたが、それより先にセクターが口を開いた。

 

「彼女はとても元気でね。私も随分と手を焼かされたよ」

 

 どうやら子供の頃のフェアは随分と活発だったようだ。今とは正反対と言ってもいいだろう。だが、手を焼かされたとセクターは言うが、口調はとても穏やかであり決して度を過ぎていたわけではないのかもしれない。

 

「今でも何か事件があると、火元は大概あいつらだったしなぁ」

 

「私は巻き込まれただけ! 原因はリシェルだから!」

 

 グラッドが言う「あいつら」とはフェア、リシェル、ルシアンの三人である。フェアは否定するが、どうもグラッドはそう思っていないようだ。

 

 ちなみに事件と言っても取るに足らない、それこそ終わってしまえば笑い話で済むようなものばかりだが、解決する側のグラッドにとっては一応、事件という扱いらしい。もしかしたら真面目に書類の一つでも作っているのかもしれない。

 

「随分やんちゃだったんだな」

 

「今と比べるとね。でも根は変わってないんじゃないかな」

 

 ネロの呟きに答えたのはセクターだった。彼の言葉通り、普段のフェアは年齢に不釣り合いなほど大人びているが、意外と感情的になりやすいらしい。それをかつての教え子とはいえ、数回会っただけで分かったのだから、さすが教師というだけあってよく見ている。

 

「はいはい、その話はここまで! 料理も出来たんだからまずは食べよ」

 

 これ以上、子供の時のことを言われてはかなわないと言わんばかりに、フェアは大皿に乗った料理をテーブルにどんと置きながら会話に割り込んできた。

 

「おっ、こりゃ旨そうだ」

 

 テーブルに置かれた肉と野菜がふんだんに使われた炒め物を見たグラッドが率直な感想を漏らす。昼の営業の際の余り物を使った料理のようだが、香辛料の効いたそれは匂いを嗅ぐだけでお腹が減ってくる料理だった。

 

 いつもはそうした残り物を使った料理に、朝のパンの残りを添えて食べるのが常だったが、今日はそれだけではないようだ。

 

「今日はセクター先生も来てくれたし、特別よ」

 

 そう言ってフェアが持ってきたのは綺麗な楕円を描いたオムレツと、果実が使われているのか薄い赤色をしたプリンだった。

 

「プリンもつくなんて……今日は素晴らしい日ですわ」

 

 視線をプリンに釘付けにしたままリビエルが言う。彼女は甘い物に目がないのである。

 

「さて、全部出そろったし、食べましょ」

 

 そしてそのフェアの言葉で、いつも以上豪勢な昼食に手が付けられていった。

 

 

 

 

 

「はぁー、食べた食べた」

 

 見事に出された料理を全て完食したグラッドは、満足そうに腹を撫でながら言う。

 

「あんなに食べて……、午後もまた見回りでしょ? 大丈夫なの?」

 

 例の禁止令が出て以来、グラッドはいつも以上に町の巡回をしていた。今日もまた同じだとフェアは思っていたのだ。

 

「何だ、まだ見てないのか。禁止令は今日付けで解除だぞ。念のため午前中は一通り見て回ってたけどな」

 

「えぇ!? 全然知らなかったよ……」

 

 忘れじの面影亭は民家もない町外れにあるため、人伝いに情報が回ってくることはない。それゆえ町中の数箇所にある掲示板で情報を得るしかないのだが、そもそもフェアは営業があるため、頻繁に町中に行くわけに行かず、ネロや御使い達も今日は町中に行っていなかったため、解除の情報は全く知らなかったのだ。

 

「ならば、兄者を探しに行っても構わないんだな?」

 

 それまで大人しく料理を食べていたアロエリが尋ねた。禁止令が出ている間は大人しくしていることに異議を唱えなかった彼女だが、やはり内心では消息不明のクラウレのことが心配だったのだろう。

 

「ああ、その通りだ。……って、なら俺達も行った方がいいよな?」

 

「俺はいつでもいいぜ」

 

 極端な話、ネロはこれから最後の御使いでもあるクラウレの捜索に行ってもよかった。そう思うほどに何もすることがなかったのである。

 

「わ、私は、ちょっと今日は……夜の仕込みもあるし」

 

 しかし、ネロとは対照的にフェアは難色を示した。あらかじめ言われていたなら、それを見越して準備すればいいが、いきなり捜索に行くと言われても店の営業もあり、難しかった。

 

「いい。今日は空を飛べる俺が見て来る」

 

 それはアロエリも分かっていたのか、そう言った。とりあえず今日は彼女が空から周囲を見て、後日、空から見ることのできない場所を探そうと言うことだろう。

 

「残念だったな、ネロ。……だが、レンドラーやゲック達が来るかもしれないからな、気を付けてくれ。今日は俺も色々とやらなくちゃいけないことがあるからたぶん来れないし……」

 

 グラッドがネロに言葉をかけた。彼も帝国軍という組織の一員であるため、報告書の作成のような類の仕事もある。特に禁止令期間中に行った見回りの報告書に関しては、早期の提出が求められていたため、すぐにでも作らなければならなかったのである。

 

 そのため、仮にレンドラー達が奇襲を仕掛けてきた場合、グラッドは一歩で送れる形になってしまう。だから自分以上の強さを持っているネロに注意喚起という形で頼んだのだ。

 

「ああ、分かったよ……」

 

 ネロは答えながらも、先ほどのグラッドの言葉に僅かながらも反応を示したセクターをちらりと見た。

 

「さて、私はこのあたりでお暇させてもらうよ。皆さんの邪魔をしちゃ悪いからね。フェア君、お代はいくらだい?」

 

 ネロに見られていることに気付いたのかは定かではないが、セクターは帰ることにしたようだ。

 

「お店で出すような料理じゃないし、お代なんていらないよ!」

 

 やはりあり合わせの食材で作ったまかない料理でお金をもらうわけにはいかないのだ。ただ実のところ、プリンは作り置きしていた夜の部用の料理だったのだが、それでも出すと決めたのはフェアだ。今さらプリン代だけくださいとは言えない。

 

「いや、しかし……」

 

「それじゃ、また今度食べに来て! それがお代だから!」

 

 中々納得してくれないセクターにフェアは条件を付けた。それを聞いたセクターは観念したように肩を竦めてお礼を言う。

 

「……わかった。ありがとう、また必ず来るよ」

 

 そしてセクターが出て行ったところで、アロエリも立ち上がった。

 

「俺もこれから出かけてくる」

 

「うむ。……だが、無茶はするな。何かあったらまずはここに戻ってくるのだ、よいな?」

 

 セイロンが頷くが、釘を刺しておくのも忘れていない。仮にクラウレを見つけたとして、もしも敵と戦っていたらアロエリの性格からして、何をおいてもクラウレの助けに入ることだろう。

 

 しかし、それでは残されたセイロン達には何も情報が伝わらない。そのため、一度戻ってくるように言ったのである。

 

「ああ、分かっている」

 

 物分かりのいい返事だが、どこまで実効性があるかは疑問がある。意外と彼女は感情的なのだ。

 

 とはいえ、しっかりと返事もしている以上、他に何を言えるわけでもない。アロエリが言われた通りにしてくれるのを信じるしかないのだ。

 

「さて、私も夜の部の準備でもしようかな」

 

 アロエリが出て行くのを見届けたフェアは手際よく食べ終わった食器を集め始めた。

 

「俺はどうっすかな……」

 

 結局捜索にも行かないことになったため、やはり手持ち無沙汰になったネロは、することを何も思い浮かばないまま呟いた。

 

「ねぇ、パパ。それならミルリーフ、また町に行ってみたい!」

 

「そうだな、行ってみるか。お前らもいいよな?」

 

「うむ」

 

「目を離さないようにしてくださいな」

 

 一人で行きたいと言うなら論外ではあるが、ネロがつくのであれば、とセイロンとリビエルも反対ではないようだ。ミルリーフはそれを聞いて嬉しそうにしている。

 

「そういうわけで、俺達も出かけて来る。日が暮れるまでは戻るよ」

 

 フェアにそう言って、ネロとミルリーフは町に出かけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




トレイユ「は」とても平和です。



さて、次回は三周年記念も兼ねて5月6日(日)に投稿予定です。

ご意見ご感想、評価等お待ちしてます。

ありがとうございました。

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