時は少し遡り、ネロやフェア達がドラバスの砦跡に向かっている頃、バージルはアティとポムニット連れてラウスブルグに戻っていた。
「それにしてもすごいところですねぇ……、昔話に出てくるお城みたいです」
リィンバウムの城とは違う荘厳さを備えたラウスブルグのあちこちを見ながらアティは感嘆の声を漏らした。
ラウスブルグは幻獣界メイトルパの古き妖精が造り出した世界を渡る船であるため、ちゃちな造りはしていない。むしろ敵の攻撃に備えて各種の迎撃兵器も装備されている頑強な要塞でもあるのだ。
それに城自体も「ラウスの命樹」と呼ばれる巨大な樹の中に造られており、それがまた幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「ところで、所々に傷みたいなものがあったんですけど……、あれはバージルさんが……?」
ポムニットがここに来るまでに何度か見かけた戦いの痕跡のことを尋ねた。バージルがここを手に入れるまでの経緯は聞いているが、彼が破壊したにしてはどこか違和感を覚えたのだ。
「あれは俺がやったものではない。おそらく奴らがここを落とした時のものだろう」
「……確か、ここは元々、召喚獣達の隠れ里だったんですよね」
バージルの言葉を聞いて、アティはこのラウスブルグはほんの少し前まで、召喚獣が暮らしていた所だったことを思い出した。それを最初に聞いた時アティは、まるで一昔前の「島」のような場所だと思ったものだ。
「ああ。……もっともここの住民は平穏に暮らすより、メイトルパに帰りたいと思っていたようだがな」
ギアン達がラウスブルグを攻めた時の経緯は既に知っている。彼らは守護竜や御使い達が隠していたラウスブルグの秘密、世界を渡る力のことを暴露し、煽り立ててそれを使おうとしない守護竜に反旗を翻させたのだ。
これはギアンの扇動が巧みだったということもあるが、住民達の望郷の念もまた大きかったということもあるだろう。事実、住民をメイトルパに連れて行くとしたギアンや、その方針を引き継いだバージルには反抗しなかったのだ。
「……せめて、ここにいる人たちだけでも帰してあげましょうね」
起こってしまったことに今更何を言っても遅いが、ラウスブルグに住む者達の故郷に帰りたいという願いくらいは叶えてあげたいと思った。
「そのつもりだ。……とはいえ、少し時間はかかりそうだがな」
バージルとしても人間界に行く前にメイトルパに行くことは受け入れていたため、あっさりと頷いた。ただし、アティとポムニットに頼んだ一件については必ずしも彼の思惑通りに進んだわけではなかったため、メイトルパ出発までに若干の時間はかかりそうだった。
「えぅぅ、ごめんなさい……」
「で、でもしょうがないじゃないですか! あんな風に頼まれたら断れないです!」
バージルの刺すような視線を受けて、ポムニットは弁解することもなく涙目になりながら謝ったが、アティは反論した。
城を動かすために必要な至竜と古き妖精。アティとポムニットにはそれを召喚できる者から誓約済みのサモナイト石を預かってくることを頼んだのである。もちろん一般の召喚師が誓約済みのサモナイト石を渡すことなどありえないから、ハヤトやマグナ、トリス等の知己の召喚師に話を通すことにしたのだ。
結果から言えば、至竜についてはメイトルパのエルゴの守護者である剣竜ゲルニカの力を借りられるようハヤトが協力してくれることになり、古き妖精についてはまだ目途はたってないが、マグナやトリスを通じて蒼と金の両派閥にも話を通しているので、多少の時間はかかってもサモナイト石を入手できる公算が高く、仮にそのサモナイト石を入手できなくとも、バージルが代わりに舵取りをすればいいだけなのでたいして問題はなかった。
むしろ問題は、その協力を得る過程でアティとポムニットが色々と頼まれてきたことである。
アティが担当したマグナやトリスの方は、人間界に行く時に彼らの仲間であるレナードを連れて行って欲しいということだ。彼を呼び出した召喚師は既に死亡してしまったため、レナードは今も元の世界に帰る術をずっと探しているらしいのだ。お人好しのアティはそれを聞いて断ることができず引き受けてしまったのである。
ポムニットの方も似たようなものであり、彼女の場合はハヤトとクラレットに同行させてほしいと頼まれたようだ。いくら強力な力を使える
そして、ゲルニカのサモナイト石はハヤトがこちらに来るときに持ってくると言う話になったらしく、ポムニットも手ぶらでサイジェントを後にしたのである。
もちろんそのことは、二人ともバージルに会った時に話したのだが、今になって蒸し返されるとは思っていなかったようだ。
「非難したつもりはない。それに俺も連れて行くかもしれん奴がいる」
ただ、バージルとしては別に蒸し返したつもりはなく、ただ今後の見通しを口にしただけである。そもそもバージルもネロを連れて行く可能性がある以上、人のことは言えないのが真実だった。
「……もしかしてお知り合いの人ですか?」
バージルが変わっていることはポムニットも感じていたが、それでも見ず知らずの者にまで気をかけるようなことはしないだろう。そんな彼がわざわざ連れて行くと決めたのだから知り合いか、もしくはそれに近い間柄ではないかと考えたようだ。
「そのようなものだ。あれは――」
「やめテくださイ、ひめさま!」
バージルが答えようとした時、ちょうど三人が向かっている方向から若い青年の声が聞こえた。もっとも、今いる通路が大きくカーブしているせいで、誰が話しているかは視認できなかった。
「何かあったんでしょうか?」
「さあな。行けばわかる」
先ほどまでアティのポムニットの迎えに出向いたバージルにも何が起こっているか定かではなかった。ただ、先ほど聞こえた声は聞き覚えがあった。あの青年の声は獣の軍団を率いる獣皇のものだったのだ。
獣皇はバージルとの戦いの中で重傷を負っていたのだが、もう起き上がれるようになっていたらしい。さすがの回復力といったとこか。
とりあえずバージルの言葉に従い、通路を少し進んで行くと先ほどの声の主である青年と、彼に引き留められているどこか儚げな雰囲気を漂わせる少女がいた。
「カサス! お願いだからそこをどいて!」
カサスと呼ばれた青年はほっそりとしており、ぱっと見人間に似ている容姿を持っているが、獅子のたてがみのような頭髪とそこから出ている耳からメイトルパの獣人であることがわかる。
獣人とはいえ、一見するとひ弱そうな外見をしている青年だが、彼こそがバージルとの戦いとの折、最も果敢に抵抗した獣皇なのである。
もっともカサスが獣皇としてバージルと戦えたのには理由がある。彼は賭け試合のためにリィンバウムに召喚されたのだが、その性格からそのままでは試合に向いていないと判断されたのか、「狂血の呪い」をかけられたのだ。
狂血の呪いはサプレスの憑依召喚術の一種で、その名の通り血を見ることで理性を失うほどの破壊衝動に襲われ狂暴化するのだ。そして同時に肉体も一回り以上大きく強靭なものへと変質するのだ。
その呪いが発動した姿こそ、獣皇の正体なのである。
「あなた一人でハ危険でス! 考え直しテくださイ!」
カサスが少女の前を遮るように立ちながら叫ぶが、少女はか細いながらもはっきりとした声で言った。
「でもみんな、また戦いに行ったんでしょ!? もう必要ないんだからそんなのダメだよ、止めなくちゃいけないの!」
そう言ってカサスを説得しようとするが、彼もまた譲らなかった。誰か一緒に行くならともかく、戦う力など持たない少女を戦いの場へ送るなんてカサスにはできなかったのだ。
「でも――」
「何をしている?」
もう一度、少女を説得しようとカサスが口を開いた時、バージルが二人に声をかけた。
「あの……これハ……」
バージルの声に驚いて振り返ったカサスは、声の主を見て若干の怯えを含みながらなんとか理由を答えようとしたが、上手く言葉が出ないようだった。そしてその代わりに少女が口を開いた。
「ギアンやみんなが戦いに行ったの! でも、もう必要ないから、だから私、それを止めたくて……」
「お前が行ったところで止まるわけあるまい」
既に戦う理由がないことを知らないのならレンドラーやゲックは説得できるだろうが、ギアンは無理だろうとバージルは判断していた。
「でも……」
少女が反論しようしたが、その前にバージルが続けた。
「そもそも貴様が戦う必要がないことを知っているのは、俺の話を聞いたからだろう。ギアンは何も言わなかったはずだ。……そんなことも話されていないお前に説得などできるはずがないだろう」
少女が、戦いが必要ないことを知っているのは、バージルとギアンの会話を聞いたからだろう。バージルがアティとポムニットを迎えに行く前にギアンと交わした会話をこの少女は聞いていたのだ。
「…………」
少女はバージルの言葉を無言で肯定するしかなかった。彼の言葉通り、ギアンは何も語らずに戦いに行ってしまったのだ。それが少女のことを信用していないという証拠なのだとしたら、仮に説得したとしても無駄に終わる可能性は非常に高いだろう。
「そもそもあの男は――」
「まあまあ、バージルさん。そのへんにしてくださいね」
さらにバージルは、ギアンについて言おうとした時、アティに遮られた。
「詳しい話はわからないですけど、戦いがあるならとりあえず止めましょう?」
「そうですね。バージルさんならすぐでしょうし、私もお手伝いしますから」
それにはポムニットも同意した。二人とも争いは好まない性格であるため、当然と言えば当然の反応だった。
「ち、ちょっト……」
しかし、カサスにしてみれば、何と無謀なことを言うのかと戦慄していた。あの傍若無人なバージルの話を遮っただけではなく、それを彼にさせようとしたのである。
もっともバージルはアティとポムニットの前で少女が戦いを止めたいという話をした時点で、こうなることは予想していたようで、少女のほうに視線を向けて口を開いた。
「……止めるだけだ。説得はそいつにやらせる」
こればかりは譲れないと有無を言わさぬ口調で言った。バージルの力を持ってすれば戦いを止めることは決して難しくはないし、そもそもまだ戦いが始まっていない可能性もある。
しかし説得に関しては、戦いの相手であるだろうネロ達の説得ならともかく、一度完膚なきまで叩き潰しているギアンの説得などまず不可能なことくらい、考えるまでもなく誰の目にも明らかだ。
それに、少女が止めたいと言ったのだから、彼女にやらせるのが道理でもあるだろう。
「……はい、わかりました」
睨むような視線に怯みながらも、少女はしっかりとバージルを見て返した。弱弱しげな雰囲気をしているが、意外と性根はしっかりしているのかもしれない。
「なら、すぐに行く。ついて来い」
少女の言葉を聞くなりバージルは踵を返して、先ほどまで歩いてきた道を戻って行く。これからすぐにギアン達が向かって場へ行こうと言うのだろう。
「……え?」
その行動に驚いたのはカサスだ。まさかこのラウスブルグで独裁者のように振舞っていたバージルが、こうもあっさり意見を受け入れるとは、にわかには信じられなかった。バージルの連れてきた二人は、彼にとって特別な存在なのかもしれない。
「それじゃ行こうか?」
「は、はい!」
アティから柔和な笑みを浮かべながら声をかけられた少女は、はっとして急いで歩いて行った。それにカサスも続こうとするが、こちらを見てもいなかったバージルに止められた。
「怪我人は邪魔だ。貴様は来なくていい」
怪我人のお守りまでさせられてはたまったものではないと思ったのか、バージルはそれらしい理由をつけて同行を止めさせた。もちろんこの理由ならアティとポムニットも同行を許しはしないだろうという計算もあってである。
「無理させちゃってごめんね、カサス。ゆっくり休んでね」
そして少女からもそう謝られたカサスには、もはやラウスブルグに残るしかできることはなかったのである。
カサスと別れたバージル達四人は、ラウスブルグと外部を繋ぐ転送装置に向かっていた。これから戦いの場へ向かうことになったが、まさか既に戦いが始まろうとしているとは思わなかったため、バージルは必要以上に急ぐ理由もなくいつもの速度で歩いていた。
「あ、そういえばまだ名前を聞いてなかったよね? 私はアティって言うんだけど、あなたの名前は?」
当然、後ろを歩く女性陣にも会話する余裕はあり、アティは先ほどから聞けなかった少女の名前を尋ねていた。
「え、えっと、エニシア、です……」
「いい名前ですね」
「私はポムニットです、よろしくね!」
アティがエニシアに微笑むと今度はポムニットが名乗った。
「は、はい、よろしくお願いします」
恐縮しながらエニシアはぺこりと頭を下げた。見るからにアティもポムニットも年上であるため、丁寧な態度になっているようだ。それとは逆に二人はエニシアの自信なさげな様子を心配しているのか、気さくな態度をとっていた。
「ところで、エニシアちゃんは戦いの場に行ったことはないよね?」
微笑みは崩さないままアティが尋ねた。先ほどのカサスとの会話からそうだと思っているが念のために確認したかったのだ。
「……はい、ないです」
エニシアの俯いて言った言葉を聞いたアティは頷くと、少し先を先導するように歩くバージルに声をかけた。
「バージルさん、戦いが終わるまで私がこの子の側にいてもいいですか?」
「構わん。ポムニット、お前もそうしろ」
バージルに異はなかった。もとより戦場の制圧は、自分一人でするつもりだったのだ。一緒に戦うと言われるよりはずっと気が楽なのである。
「はい、バージルさんも気を付けてくださいね」
「あの、ご、ごめんなさい」
バージルの指示にポムニットも頷いた時、エニシアは申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。
「何のことだ?」
「あの、一人で戦いを止めるようなことになってしまって……」
ギアンの連れて行った人数は正確なところはエニシアにも分からなかったが、ラウスブルグに残っているのがカサスだけの所を見ると、十人や二十人ではきかない規模であるのは間違いないだろう。
そのギアン達の相手の数は不明だが、少なくとも戦いを止めようとすれば双方の相手をしなければならない。おまけにこちらはアティとポムニットは自分の側にいることになってしまったので、実質バージル一人で何十倍、下手をすれば何百倍もの数の相手をしなければならない状況になってしまったのだ。
一応、彼の強さについてはエニシアも伝え聞いているが、それでもそうなってしまった原因である自分が謝罪しなければならないとおもったのかもしれない。
「大丈夫ですよ。だからエニシアちゃんは、みんなを説得できるように頑張りましょうね」
「そうそう、バージルさんならそれくらいへっちゃらですから!」
「は、はい、お願いします」
一見すると二人は随分と無責任なことを言っているが、実のところこれは、バージルの実力を最も近くで見てきたアティとポムニットだからこそ言える
信用の言葉であった。
「……ああ」
それが分かっているからこそバージルは、もう一度、今度は申し訳なさではなく謝意を示すために頭を下げたエニシアに対して、軽く頷き言葉を返したのである。
そして一行は、戦いの場へと向かうため、城の転送装置へと急いだ。
「くそッ……」
一方その頃、戦いが繰り広げられているドラバスの砦跡では、ギアンは思うように進まない苛立ちから不機嫌そうに舌打ちした。
相手はネロ一人とその他に分かれているが、どちらも追い詰めるどころか、劣勢になっているのだ。フェア達と砦の入り口付近で戦っている剣の軍団の兵士は、支援攻撃が可能な機械兵士は片っ端から破壊された影響からか、召喚術を有効に使ってくる相手に苦戦していた。
そして砦のど真ん中で、攻め寄せる剣の軍団と鋼の軍団を相手に単独で戦っているネロは、いまだ息切れひとつ起こしておらず、周囲には気絶した兵士や機能停止した機械兵士で埋め尽くさんばかりだ。
一応、教授を狙う男を、銃を使って押さえていることはありがたかったが、これほどの被害を出し続けている敵に礼を言うことなどありえない。
「クラウレ、何をしている! 早く竜の子を抑えるんだ!」
そこでギアンは一向に動こうとしないクラウレに、大声で当初の命令通り竜の子を確保するように命じた。仮にこの戦いの中、確保するのが難しくても、クラウレがこちらと通じているのではないか、という疑惑を抱かせることで、連携を断とうという考えだ。
しかし、それに返ってきた言葉は思ってもいないものだった。
「ギアン様、もうお止めください! もう御子さまを狙う必要など、もうどこにもはずです!」
「……そうか、僕を裏切るんだな」
ギアンの言葉は冷静そのものだったが、その声色からは隠しようのない裏切り者に対する憎悪が見えていた。そしてそれを魔力に変え、サモナイト石に注ぎ込み召喚術を発動した。
「消えろ、裏切り者めがっ!」
呼び出したのは獅子に猛禽類を乗せたような幻獣界メイトルパの召喚獣「凶魔獣レミアス」だった。獅子と猛禽類、二つの頭を持つ見た目から分かるように、この召喚獣は自然に生まれたものではなく、人の手によって複数の幻獣を融合されたキマイラのような魔獣である。見た目の異質さもさることながら、複数の幻獣を合成された力は目を見張るものがあるのだ。
「ハッ、いいもの召喚してくれたな!」
ネロの顔からにやりとした笑みが零れたるのと同時に、凶魔獣レミアスはその力を振るう前に、ネロの
「派手にいくぜっ!」
声を上げると、掴み上げた凶魔獣レミアスをまるで鈍器のように軽々と振り回し、敵の有無など関係なしに、手当たり次第に叩き付けていった。
人間の数倍は大きく、頑丈さも比較にならない魔獣は頭を掴まれた当初は抵抗するように暴れていたが、バージルとも拮抗するネロの力で何度も叩き付けられては、さすがに耐え切れなかったのか、今では意識を失っていた。
「そらよ、返すぜ!」
ひとしきり振り回し周囲の地形すら変えたネロは、その手足となった魔獣をぞんざいにギアンの方に投げ返した。凶魔獣という凶悪な名に反して、最後まで踏んだり蹴ったりな扱いだった。
「さて……、まだやるか?」
手についたごみをとるように両手を鳴らしたネロは、大きく数を減らした相手に言った。口には出していないが、もう既に彼の心境は残敵掃討に入っているようだ。
「っ……!」
ネロの派手な行動に気を取られていたゲックと、勝ち誇っているネロ自身に隙を見たセクターは、好機と捉え再び動き出そうとした。
「おっと、あんたも――」
牽制のために銃を取り出したながら「懲りないな」と言葉を続けようとした時、ゲックの方からどこか機械的な声が聞こえた。
「ソンナコト、サセナイ!」
声の発生元にいるのは青い色をした機械兵士がおり、片腕に装備されている大きな銃をセクターに向けていた。言葉を発することから、先ほどまでネロが倒してきた機械兵士とは一線を画す存在であるのかもしれない。
「チッ……!」
見るからに凶悪な威力を持っている青い機械兵士の銃を見たネロは、ブルーローズの銃口をその機械兵士に向けた。セクターに誰も殺させないのがネロの役目だが、同時にセクターを死なせないようにすることも求められているのだ。
「よすんじゃ、グランバルド!」
青い機械兵士がネロに狙われていることを悟ったのか、ゲックが叫んだ。それと同時にいつの間にか距離を詰めていたレンドラーが戦斧を構えながらネロに向かってきた。
「小僧! 今こそ決着つけてくれるわ!」
セクターがゲックのもとに辿り着くまでまだ時間がかかると判断したネロは、まず向かってくる将軍を相手にすることにして、左手で抜いたレッドクイーンを戦斧に勝ち合わせて、余裕たっぷりに口を開いた。
「いい度胸だ、オッサン。相手してやるよ」
「ぐ、ぬ……」
ネロの余裕の表情の通り、いくらレンドラーが力を加えてもレッドクイーンはピクリとも動かない。レンドラーは両手、ネロは片手で得物を持っているにもかかわらずだ。
「将軍よ、そこを退けぃ! アセンブル!」
レンドラーの不利を見たゲックは召喚術を発動させ、機界ロレイラルから濃い橙色の装甲にねじのような剛腕を持った召喚獣、
この召喚獣はかつてロレイラルを荒廃させた戦争時に開発されたもので、量産こそされていないが足よりも屈強な剛腕をロケットのように繰り出す攻撃は、推進剤による猛烈な速度も加わり、凄まじい威力を誇るのである。
「来いよ」
だがネロは、一切臆していなかった。むしろ右手を構えて、攻撃が来るのを今か今かと待っていた。
だが、
「何……!?」
だがそれは、召喚獣が斬られたからではなかった。その斬撃がネロにも見えなかったからである。とはいえ、ネロにはそれを行った者に心当たりがあった。つい先日戦ったばかりの相手だ。
(まさか……)
その名を胸中で呟こうとした瞬間、周囲に青い剣が大量に降り注いだ。砦跡にいる誰にも当たってはいないが、その動きを止めるには十分な効果を発揮した。
ネロの周囲にも降り注ぐが、剣山のように突き立てられた剣には目もくれず、ネロはそれを行った者がいる崖の上に向けて、小ばかにするように肩を竦めながら言葉を放った。
「何だよ? あんたも混ざりたいのか?」
「……そうではない。止めに来ただけだ」
その言葉通り、一瞬で戦いを止めたバージルは答えると崖から飛び降りて、ネロの近く、つまりは砦の中心部に着地した。
「な、何故ここに……!?」
バージルの姿に信じられないと言った様子で声を上げたのはギアンだった。彼は、たとえ自分達の作戦中にバージルが帰ってきたとしても、よほど時間をかけない限り、介入してくることはないと考えていたのだ。
「俺は頼まれただけだ。……あいつにな」
バージルの示した先にいたのはエニシアだ。その両脇にはアティとポムニットもいる。
「ひ、姫様!?」
レンドラーとゲックがうろたえた。それを見ながらエニシアは努めて冷静な様子で、二人に声をかけた。
「もういいの。もう戦わなくていいんだよ」
「しかしそれでは、あなたの願いを叶えることは……」
エニシアの願いを叶えるためにはどうしても至竜が必要だった。そのためにレンドラーを始め、この場にいる者は戦っていた。少なくとも彼らはギアンからそう聞かされ、また、信じていたのだ。
「ううん、大丈夫なの。もう誰も戦わなくてもメイトルパのお母さんには会えるから」
「……ギアン、これはどういうことじゃ?」
エニシアの言葉を聞いたゲックはギアンに尋ねた。いや、尋ねたというより詰問していると表現する方が適切かもしれない。なにしろゲックもレンドラーも、ギアンよりもエニシアの言葉を信じていたのだから。
「…………」
しかしギアンは無言のまま何も答えようとはしなかった。
「ギアン、どうしてそこまで戦おうとするの?」
「ハハハ、当然のことじゃないか。竜の子がいなければ私達の望みが叶うことはないんだから」
「何を、言っているの……?」
エニシアが尋ねることでようやく答えたギアンだったが、城を動かすのに竜の子が必要ないことは彼自身よく知っているはずだ。
「数日前にも言ったはずだが、呆けたか?」
バージルも呆れたように言う。しかし、その言葉を聞いた瞬間、ギアンは声を荒げた。
「嘘だっ! どうせ僕達を連れて行く気はないんだろう!? だから竜の子を手に入れるんだ! そして……」
彼はバージルの言葉を、いや、自分自身以外は何も信じていなかったのだ。だからラウスブルグを手中に収めているバージルと取引をするために、竜の子を手に入れようとしていたのである。
もちろん正常な判断さえできていれば、バージルにとって竜の子は必須の存在ではないことくらい理解できているはずだ。だが、彼は以前のバージルの言葉も自分に都合よく解釈し、ただのはったりだと思い込んでいたのである。
恐らくギアンはバージルにラウスブルグを奪われた時から、策略ではどうにもならない圧倒的な力を見せつけられた時から、心が折れてしまっていたのだろう。そして一種の自己防衛反応として言葉を都合よく解釈し、バージルに対抗できそうな竜の子に執着を示していたのだ。
「……愚かだな」
バージルはギアンが言い切る前に断じた。彼はもはやギアンにこれ以上付き合うつもりはないようだ。
「ギアン、もうやめて!」
エニシアは再び声をかけるが、ギアンは静かに、しかしどこか狂ったような声で言った。
「エニシア……、君も裏切るのか? いいや、できるはずがない。だって私はこれまでずっと君の願いを叶えて上げてきたんだからね」
狂ったような笑顔を浮かべながらギアンは言った。
「ギアン……」
「それとも君は、何よりも優先して君の願いを叶えてあげたことを忘れたと言うつもりはなのかい?」
そのギアンの言葉に、これまでは状況の急変対応できずただ話を聞くばかりだったフェアも我慢できず声を上げた。
「どんだけ恩着せがましいのよっ! 全部あんたが勝手にしたことじゃないの!?」
「うるさい! 邪魔をするな!」
叫んだギアンの体から魔力が発せられる。それと同時にギアンの額から血のような紅くねじれた角が生えていた。
「角……?」
「まさか、それは幽角獣の……」
唐突な変化にリシェルはぽつりと言葉を漏らしただけだが、アロエリはその角について何か知っているようだった。
「そうだ、アロエリ。ギアン様は幽角獣の血を引いておられるのだ」
「幽角獣……天使の系譜にも連なるメイトルパの聖獣……、それじゃあ、あの男はその力も……」
クラウレの説明に補足するような形でリビエルが口を開いた。人間が特殊な力を持つ存在と子を成して、その力が引き継がれるのは珍しいことではない。もっとも、その力に人間の体が耐え切れず、早逝することも少なくないが。
「その通り、こんな風にねッ!」
言葉と同時にギアンが「邪眼」と呼ばれる力を使うと物理的な制約は何もないのに、フェア達の体は痺れたように動かせなくなっていった。
「うぅ……!」
動くことはおろか、声も満足に出せないほど強力な呪縛だが、当然と言うべきかネロは何ともなかった。ただ、いつも通りとは言えない雰囲気を身に纏っていた。
「……テメェもあれか? 親に会いたいとかそういう理由でミルリーフを狙ってたのか?」
動けなくなっているフェア達のことも気にならないわけではなかったが、それ以上にギアンがミルリーフを狙う理由を尋ねた。先ほどのやり取りを見て、彼自身もメイトルパに行くことを望んでいるのは感じ取れたのだが、その理由までは分からなかったのだ。
「ああ、その通り。会いたいのさ。母と私を見捨てて幻獣界に帰って行ったあいつに復讐するためにね!」
「……つまり俺達はテメェのくだらねぇ復讐に巻き込まれたってわけか」
ネロはそう言って、右手を握りしめる。もはや彼は、ギアンが父に復讐する理由を聞くつもりも理解するつもりもなかった。
そして、ネロの目が一瞬赤い輝きを見せた。
(こ、これじゃ……まるで……)
ギアンはそんなネロの底知れぬ雰囲気に気圧されたように後ずさった。彼は今のネロに、少し前に完膚なきまで叩きのめされたバージルの姿が重なったのである。
だがいつの間にかネロは、大きく右腕を振りかぶってギアンの目前まで跳躍していた。
「何が復讐だ! クソッたれが!」
くだらない理由でミルリーフやフェア達を戦いに巻き込んだギアンにネロの右腕が叩き込まれた。その速さにまともな防御などできずギアンは吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた。
「ネ、ネロ……」
ギアンを殺してしまったのかと、フェアは震えた声でネロの名を呼んだ。
「…………」
しかし魔力を感じ取れるバージルは、ギアンがまだ生きていることに気付いていた。先日、バージル自身が見たネロの力を考えると、今回のギアンへの一撃は意識的にか、無意識かは不明だが、手加減したのだろう。
「……認めない」
そしてバージルの予想が正しいことを証明するように、ギアンが憎しみのこもった目でネロを見ながら立ち上がった。だが、既に戦う力を失っていることは誰の目にも明らかだった。
「こんなの、僕は認めない! 必ず……僕は船も、竜も、必ず手に入れて見せるんだ……!」
ここに至ってもギアンは自身の敗北を認めることはできなかった。彼にとって敗北を認めることは、復讐を、生きる意味を諦めることに他ならなかったからだ。
「ギアン、待って!」
呪詛のような言葉を吐きながらこの場から離れようとするギアンをエニシアは呼び止めるが、聞こえていないのか振り返りもせずよろよろと歩いて行く。
「…………」
ギアンの言葉を自分への反攻の布告と受け取ったバージルは無言で閻魔刀を構える。背を見せて逃げるだけの相手を殺すなど何の面白みもないが、面倒事は極力芽の内に刈り取るべきだ。
「待って! 待ってください!」
しかしエニシアの隣にいたアティの声がバージルの動きを止めた。彼女は急いでバージルの隣まで来ると、閻魔刀を持つ左腕を持ちながら口を開いた。
「もう戦いは終わったんです。これ以上、誰も傷つける必要なんてありません」
確かにアティの言うことも一理ある。既にここに来た目的は達成している。極端な話、ギアンの始末しようと思ったのはたまたまだであり、当初の目的ではない。その上、アティの意を無視してまで殺すほどの価値はギアンにはないのだ。
「……そうだな」
そう考えてバージルは矛を収めることにすると、アティは安心したように笑顔を浮かべた。
「さあ、戻りましょう? 久しぶりにいっぱいお話したいです」
「ああ」
バージルが頷き踵を返した時、ネロが呼び止めた。
「何だ?」
振り向いたバージルに、ネロはこれまで抱いていた疑惑を、ただ一言を持って伝えた。
「あんたは、俺のなんなんだ?」
そして、目の前の、自分と同じ銀髪を持つ男も同じように一言をもって答えた。
「俺は、お前の父だ」
「ぇ? ええええ!?」
もちろんバージルの言葉に一番驚いたのはアティであることはある種、当然のことだった。
今回の話の要約(嘘
バージル「I am your father」
ネロ「…………」
アティ「Noooooooo!」
冗談さておき、次回は来週の日曜日6月10日には投稿できるかと思います。
ご意見ご感想、評価等お待ちしてます。
ありがとうございました。