Summon Devil   作:ばーれい

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第84話 鋼鉄の心 前編

 バージルはもう話すことはないと言い残し、アティと共に去っていったが、忘れじの面影亭ではいまだ話は続いていた。

 

 ただ、その内容は少々本題とは逸れた内容ではあったが。

 

「それでさ、セクター先生のことなんだけど……」

 

 少し言いにくそうに口ごもりながらフェアが話を振った。先ほどまではミルリーフやバージルに関する話をしていたため、全く話に出てこなかったが、恩師のあの姿、そしてゲックに対する殺意は明らかに異常だった。

 

「確か、融機強化兵とか言ってたな、あいつ」

 

 バージルがセクターのことをそう呼んでいたのをネロは覚えていた。それと彼の姿を見るに、肉体を人為的に改造した兵士がその融機強化兵なのだろう。そしてそのセクターが執拗にゲックを狙っているということは――。

 

「特殊被験体V-118融機強化式特務兵士。ワシの狂気が生み出した罪の証なのじゃ」

 

 ネロの思考が答えへ至るのとほぼ同時に、ゲックが重々しく口を開いた。

 

「それじゃまさか……ロレイラルの技術を使って……」

 

 ゲックと同じく機界ロレイラルの召喚術を使うリシェルは、セクターが使っていた装備の技術がロレイラルのものだったことに気付き、そこまで思い至ったようだ。

 

「学究都市ベルゼンに設けられた帝国軍の実験施設にいたワシは、あやつのようなロレイラルだけに限らず、メイトルパ、シルターン、サプレスの素材を組み合わせて強化兵士を作る研究に携わっていたのじゃ」

 

(どこにもあの男みたいなことする奴がいるんだな)

 

 ゲックの告白を聞いたネロは、ゲックがかつてフォルトゥナの事件で会った一人の男と重なって見えた。

 

 その男の名はアグナス。教団の技術局を統括し、ネロのレッドクイーンにも搭載されているイクシードの基本システムも構築した技術者だ。

 

 しかしその裏で悪魔の研究も行っており、悪魔の力を人間に宿すという実験も行っていたのだ。当然、成功例は多くはなかった。ネロ自身教団本部で実験に失敗し自我を失った者達を見てきていし、教団騎士をしていた頃には悪魔に憑依された人間を始末していたが、もしかしたらその中の一部は実験の失敗例だったのかもしれない。

 

 技術者や研究者としてはゲックもアグナスも優秀なのは間違いないだろうが、なぜやっていいことと悪いことの区別がつかないのかとネロは不思議に思う。あるいはそうした倫理観を捨てることができるから優秀と評されるのだろうか。

 

「そんな……軍がそんなことをしているなんて……」

 

 ゲックから語られた内容は、軍は帝国の平和を守るものだと信じてきたグラッドには到底信じられないものだった。しかし、それを否定するものは何もなかった。

 

 その上、ゲックの言葉を裏付ける生き証人が食堂に現れた。

 

「だが、それが真実だ……」

 

 息を切らし、体を引きずるようにして現れたセクターは忌々し気にゲックを睨み付けると、グラッドに言葉をかけた。

 

「グラッド君、軍に入った時にベルゼンの実験施設が重要な警備対象であることは説明されていただろう? それに軍が強力な兵器の研究に熱心なことも知っているはずだ」

 

「た、たしかにそうだけど……」

 

 軍人としては先輩にあたり、軍のことも自分以上に知っているセクターの言葉に、グラッドは反論の言葉は出せなかった。

 

 しかしそれでも自分が所属している帝国軍が、そんな非道な実験をする組織だとはやはり信じたくはないようだ。

 

「それにこの体を見ただろう。それが何よりの証拠だ」

 

「…………」

 

 明らかに人とは異なる鋼の体。ゲックの言葉を、帝国軍の所業の証拠を裏付ける決定的な証拠を前にグラッドは何も言えなかった。

 

「だから私は、私の体をこうしたゲックを許せない。……それとも私には復讐の権利すらないというのかい?」

 

 セクターの言葉は先の戦いでも何度も邪魔をしたネロや、自身の復讐を止めようとしていたフェアやミントに向けられたものだった。

 

「う……」

 

「…………」

 

 フェアもミントもその言葉に返せるものはなかった。しかし、ネロだけは座ったままセクターの方に向き直ると、呆れた風に口を開いた。

 

「権利があるとかないとか知らねぇよ。そもそもそんなこと言うなら、俺があんたの邪魔をする権利もあるってことでいいんだよな? ……もっともそんな体で何ができるとも思えねぇけどよ」

 

 息を切らし、体を引きずっていることからも分かるように、今のセクターからは先の戦いほどの戦闘力は失われたと見て取れた。そんな状態で機械人形に守られたゲックを殺せるとは思えない。

 

「ふざけるな! 私は……」

 

「ふざけるなは俺の台詞だ。復讐だ何だと言う前に、自分の体を治すことから考えろ」

 

 どうしても今すぐにゲックを殺したいセクターを遮り、ネロは立ち上がった。

 

 そして先ほどと同じように拳を入れ、セクターの意識を飛ばした。

 

 ネロにとってはセクターの復讐などどうでもよかった。この場でゲックに挑みローレット達に敗れたとしても関係のないことだ。しかし、フェアやミントはもちろん、リシェルやルシアン、グラッドもセクターに死んでほしくないと思っているはずだ。

 

 だからこそネロは体を治すことを優先させるため、意識を奪ったのだ。幸いなことにここにはセクターを改造した張本人もいる。

 

「おい、あんたならできるだろ? 治せよ」

 

「む……」

 

 セクターを壁に寄りかからせたネロに話を振られたゲックは、驚いたように声を漏らした。

 

「で、でもネロ……」

 

 確かにセクターを治すとしたらゲックが最も適任だが、当のセクターに復讐相手として見られているゲックに任せるのはどうかとフェアは思ったのだ。

 

「こいつにはちょうどいい薬だろ? それに心配なら俺もついて見張っててやるよ」

 

 セクターを見ながら言った。いつまでも復讐復讐と騒がれても面倒だし、復讐心を燃え上がらせているセクターには、憎き復讐相手に治されるということが頭を冷やすきっかけになるだろうと思ったのだ。

 

「ワシは構わぬ」

 

 そうしている間にゲックも決めたようだが、それにリシェルが異を唱えた。

 

「で、でもこいつは先生を改造した本人なのよ、何するかわからないじゃない!」

 

「そんなに心配なら俺がついてるさ」

 

 リシェルの心配は理解できるため、ネロはゲックが余計なことはしないように、自分がついていることを提案した。

 

「私も、ついています」

 

 そこにエニシアも声を上げた。

 

「教授ならこの人のことを必ず治してくれると私は信じています。だからそれを見届けるためについていたいんです」

 

「し、しかし、これはワシの……」

 

 エニシアの気持ちはありがたい。自分をここまで信じて貰えることは臣下冥利に尽きるのだが、自分の過去の因縁に端を発するセクターの一件にまで関わらせるのは申し訳なく思ったのだ。

 

 しかしゲック達の都合など知ったことではないネロにとって、エニシアの申し出は大いに結構なことだった。

 

「いいじゃねぇか。そこのお姫様も見てたら、余計なことはまずできないだろうしな。リシェルもそれでいいだろ?」

 

「……治さないと絶対に許さないんだから!」

 

 さすがにリシェルもネロだけでなく、さきほどゲックを説得して見せたエニシアも立ち会うとなれば、ゲックを信用するかは別として納得せざるを得なかったようだ。

 

「とはいえ、必要な工具もない。今すぐは難しいかもしれんのう。まずは今の状態を確認するのが先決じゃ」

 

 セクターの状態を見ようとしていたゲックが言った。今回は先の戦いの後、そのままこの忘れじの面影亭まで来たのだ。

 

一応、常備している工具と部品はあるものの、それだけではセクターを治すことは難しいため、まずは状態だけでも把握しておこうとしたのだ。

 

「……ふむ、こやつの家はどこじゃ? そこでなら修復できるかもしれん」

 

「どういうこと?」

 

 先ほどは今すぐ治せないと言っていたのに、セクターの体を調べると考えを変えたことを不思議に思ったフェアが声を上げた。

 

「素人に毛が生えた程度だが、こやつの体には手が加えられている。恐らくは自分でしたのじゃろう」

 

「そっか! それなら先生の家にはそのための工具が揃ってるってことだね!」

 

 合点がいったと言わんばかりのルシアンの言葉にゲックが頷き、ネロに向かって口を開いた。

 

「では、そこまでこやつも運んでくれ。……それと案内もな」

 

 ネロが立ち会うのは先ほどの話から分かっていたことであり、まさかまかり間違ってもエニシアに運ばせることなど出来ないし、自身も体力的に厳しい。ネロがその役を担うのは消去法から行っても当然のことだった。

 

「運ぶのはいいが……」

 

「あ、先生の家までは私が案内するから!」

 

 そういえばネロはセクターの家を知らないということに気付いたフェアがフォローする。もっともセクターの家は私塾も兼ねているため、フェア以外にも昔からこの街に住んでいる者なら誰でも案内できるが。

 

「うむ、では行くかの。ローレット、お前には手伝ってもらうぞ。ついてくるのじゃ」

 

「教授の仰せのままに」

 

 ゲックは助手代わりに機械人形三姉妹の長女を指名したが、当然残りの二人からは文句の声が上がった。

 

「えー! ミリィも行きたーい!」

 

「オ供シマス」

 

(……こんなだから連れて行かないんだろうな)

 

 ミリネージもアプセットも長女のローレットに比べれば性格やコミュニケーション能力に問題があるのは明白だ。フェアがゲックの立場でも助手にはローレットを選んでいただろう。

 

「あなた達は先に帰ったグランバルドの面倒でもみてなさい。どうせ一人だけ帰らされていじけてるでしょうし」

 

 グランバルドはセクターとの戦闘によって損傷を負ったため、剣や鋼の軍団の兵士達と共にラウスブルグへ戻っている。あの末弟は体こそ機械兵士とは言っても、電子頭脳はローレット達と同じ機械人形のものである。そのため、本来の機械兵士よりずっと人間染みているのだ。

 

「確かにそうかも……。グラちゃん、ああ見えて子供っぽいし」

 

「…………」

 

 あなたも十分に子供っぽいよ、という言葉をフェアは飲み込んだ。確かにグランバルドの言葉遣いは幼子のそれに近かったが、ミリネージもまたお調子者の子供みたいだ。ちょうどセクターの私塾に通っていた頃のリシェルに近いかもしれない。

 

 そうこうしているとセクターを肩に担いだネロが声をかけてきた。

 

「それじゃ行こうぜ。フェア、案内頼む」

 

「うん。それじゃ行ってくるね、ミルリーフ」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 ネロとフェアがミルリーフに見送られている時、ゲックはレンドラーに声をかけていた。

 

「将軍、お主は……」

 

「姫を置いて我が輩だけ先に帰るわけには行かぬ。立ち会うことができぬのなら外で待っているだけだ」

 

 いくらもうネロ達は敵ではなくなったとはいえ、主を護衛もなしに残すことなどレンドラーにはできなかった。エニシアが立ち会うというセクターの治療の場には同席できなくとも、その部屋の外で待っているつもりだった。

 

「何だ、オッサンもくるのか。まあ勝手にしろよ」

 

「何だとはなんだ、小僧!」

 

 適当に答えたネロの言葉に反応してレンドラーが叫ぶ。案外、先の戦いであしらわれたことを根に持っているのかもしれない。

 

「そんなに怒らないで、将軍」

 

「ぐ、む……」

 

 エニシアに宥められ仕方なく矛を収めたレンドラーを連れて、ネロ達はセクターの家へと向かって行った。

 

 

 

「はぁ……」

 

 それを見送ったポムニットは大きく息を吐いた。正直なところ、彼女はかなり気疲れしていた。さすがに今日はいろいろあり過ぎた。バージルと一緒にラウスブルグに来たかと思うと、戦いの場へ移動し、その場であの気難しいバージルとエニシア達、そしてミント達の間を取り持ったのだ。

 

 この忘れじの面影亭に来てからはほとんど口出ししておらず、精々、御使い達がラウスブルグに戻れるようバージルに提案したくらいだが、あまり大勢の前で発言することなどなかったポムニットには、今日程度の人数でも随分と負担だったのかもしれない。

 

「お疲れ様。今日はありがとうね」

 

「いいのいいの。気にしないでください」

 

 ミントはバージルに対して口利きしてもらった礼を受けたポムニットは首を振って答えた。どちらもあまり気にしていないようだが、今日の功労者は間違いなくこの二人だ。

 

 バージルとの対話のきっかけを作ったミントとそれを実現させたポムニット。どちらかがいなければ今日のこの場は設けられなかっただろう。

 

「ポムニット、と言ったか。今日は我らの為に気を回してくれて感謝する」

 

 クラウレはそこへやって来ると頭を下げた。彼の言っていることが、ラウスブルグへ戻れるように気を利かせたことだということは分かった。とはいえ、ポムニットとしてはそこまで考えてやったことではなく、有体に言えばその場の思い付きだったのだ。そこまで礼を言われることではない。

 

「そ、そんなことないです! むしろ勝手に言っちゃってよかったかなって思ってました」

 

「はっはっはっ、むしろ言ってくれなかったら我らは根無し草になってしまうところだったのだ。気にすることはない」

 

 セイロンはそう呵々大笑する。ここまで豪快に笑い飛ばしてくれるとポムニットも気が楽になった。

 

「それにしてもあんた、よくあいつになんか言えるわねー」

 

「うん。僕なんか目を合わせるもできないかも」

 

 リシェルに続いたルシアンが同意した。バージルの愛想のなさは今に始まったことではないが、やはりまだ若い姉弟にとっては、とっつきにくい相手であることに変わりはない。

 

「もう、バージルさんはそんな悪い人じゃないのよ?」

 

「そうですよ。確かにちょっと怖いかもしれないですけど、優しい人なんですよ」

 

 心外とばかりにミントとポムニットが否定する。もうバージルと十年以上の付き合いになるポムニットはもちろん、ゼラムにいた頃の付き合いでミントもバージルは二人が言うような者ではないことはよく分かっていたのだ。

 

 二人揃ってバージルを擁護する立場を取ったことでリシェルはあることに気付いた。

 

「あ、もしかして美人には優しいとか?」

 

 ミントもポムニットも美人と表現していい容姿をしているし、バージルと一緒に帰ったアティも同性のリシェルが見惚れる程だ。案外、バージルと言う男は彼女達のような美人には甘いのかもしれない。

 

「……って、それならあたしも大丈夫かも!」

 

 もしそうならきっと自分にも優しくするに違いないと、謎の自信に満ちながらそう言ったリシェルを、ルシアンは呆れたような視線を向けた。

 

「何言ってるの、姉さん?」

 

「ほらほら、バカやってないでお前らも帰ったらどうだ? たぶん、あいつらはしばらく戻って来ないだろうし」

 

 そこにグラッドが割り込んできた。この場に残っているのがポムニットを除き、顔見知りだけであるため、これ以上待っても何も進展がないのは明らかだ。セクターの修復もそんなにすぐ終わるとは思えないし、実質的に解散になったも同義だろう。

 

「どうする、姉さん?」

 

「確かにそうねぇ、待ってるのも退屈なだけだし、今日は帰りましょ」

 

「そうか、それなら途中までは一緒だな」

 

 帰ることを決めたブロンクス姉弟にグラッドが言う。どうやら彼も戻るつもりだったようで、ここに残るだろう御使い達に向けて口を開いた。

 

「それじゃ悪いけど、この辺でな。あいつらが戻ってきたらよろしく言っといてくれ」

 

「ああ、伝えておく」

 

 アロエリの返事を聞いて頷いたグラッドはリシェルとルシアンを伴って忘れじの面影亭を後にする。

 

「……彼、ちょっとらしくありませんでしたわね」

 

 一見するといつも通りに見えるグラッドだったが、どこか気落ちしたような声をしていたことにリビエル達は気付いていた。

 

「仕方あるまい。自分の信じていたものに裏切られたようなものなのだからな」

 

 あっさりとそう返すアロエリだったが、内心、グラッドの気持ちは痛いほど分かっていた。彼女自身、兄クラウレから自分がギアンのもとについたと聞いた時には、今のグラッドと同じ気持ちを抱いたのだから。

 

「……どうしてこんなことをするんでしょう?」

 

「それが人の……いや、我らの性、なのだろう」

 

 ミントの呟きにセイロンが答えた。帝国が融機強化兵の研究を進めたのは、聖王国や旧王国との戦いに備えてのこと。それは国家という人の集団の闘争本能あるいは生存本能が働いた結果という見方もできる。

 

 翻って、その闘争本能や生存本能は人間固有のものではない。例えば霊界サプレスの天使と悪魔は昔から戦いを続ける敵同士であり、鬼妖界シルターンは人と妖怪が争うことは少ないが、様々な国家が争う乱世である。

 

 さらに機界ロレイラルに至っては機界大戦と呼ばれる戦争によって荒廃した世界である。唯一、幻獣界メイトルパは相互不干渉が基本であるため、大きな争いは起きてはいないが、サプレスの悪魔が侵攻してきた時には反抗したように、生存のために戦うことを放棄したわけではないのだ。

 

「せめて、治るといいですね」

 

「うん……」

 

 そして二人はリィンバウムの生存競争に巻き込まれたセクターの治療が上手くいくよう祈った。

 

 

 

 

 

 一方、セクターの家に着いて彼の私室に入ったネロ達は、簡素な寝台にセクターを寝かせた。工具と交換用の部品もある程度揃っているようだった。

 

「ふむ。いくつか数が少ないものもあるが、一通り揃っておるか。これなら何とかなりそうじゃな」

 

 ローレットが集めた部品を見たゲックは誰にともなく呟いた。この部品を見る限り、やはりセクターは自分の体の整備くらいはしていたのは間違いないだろう。とりあえずこれだけの部品があれば、しばらくは動きに支障のない程度には治してやれそうだった。

 

「よかった……」

 

「とはいえ、本格的な修復までの繋ぎじゃ」

 

 安堵の溜息を吐いたフェアに忠告するようにゲックが口を開いた。部品は一通り揃っていると言っても、やはり完璧な修復を行うまでは足りなかった。そのため教授としては、この後、城にある部品を使って完璧な修復を行うつもりでいるようだ。

 

「一旦、戻るわけにはいかねぇのか?」

 

 ここまで来てと思わないわけでもなかったが、どうせなら一度で全部終わらせた方が効率もいいのではないかと思ったのだ。

 

「仮に一度戻るにしても、最低限の処置はして行かなければなるまい」

 

 忘れじの面影亭でセクターの体を見た時は、相当酷使された上に、ネロからの二度の打撃によって相当ガタが来ていた。さすがに命に関わるほどではないが、これ以上動かしては修復したとしても二度と歩けなくなる恐れもあったのだ。

 

 おまけにセクターの性格も考えると、歩けなくなる可能性があったとしても復讐を優先するだろう。そう考えたからこそ、ゲックは今の内に最低限の処置だけはしないと判断したのだ。

 

「それなら今できるだけのことをしてあげてね」

 

「無論、そのつもりでおりますじゃ」

 

 もっとも、せっかく部品の数や種類が揃っているのだから、エニシアの言う通り、ゲックはできる限りのことはする気でいるようだ。最低限の処置だけではなく、だいぶ本格的な修復になるだろう。

 

「さて、教授の邪魔になるわけにはいかん。我が輩は部屋の外で待っている」

 

「じゃあ私も。ネロ、後はよろしくね」

 

 元々立ち会うのは、ネロとエニシアだけという話だったし、たいして大きくもない部屋に、寝台に寝かされているセクターを除いて六人もいたのでは、精密な作業をするのは難しいということくらい想像がつく。レンドラーに続いてフェアも部屋を出て行くことにしたようだ。

 

「あんたはこっちだ、お姫様」

 

「は、はい」

 

 手招きされたエニシアは部屋の角に背を預けるネロの隣まで移動した。この場所ならゲックとローレットの邪魔になりにくく、ゲックの動きもよく見える絶好の場所だった。

 

「ここで座ってろ」

 

 ネロはわざわざ移動させたのか、椅子を示しながらエニシアに促した。

 

「え? でも……」

 

「俺はいいんだよ。立ってた方が見やすいしな」

 

 ネロはゲックのことを疑ってはいない。最善を尽くすと信じている。しかし、それとリシェルとの約束は別な話だ。彼女にゲックが余計なことをしないように見張ると約束した以上、ネロはそれを律儀に守るつもりなのだ。

 

 そうして始まったセクターの修復は、実にスムーズに進んでいった。あらかじめセクターの状態を確認していたというのもあるが、一番の要因はゲックの老齢とは思えぬ手際のよさだった。

 

「この体でよく戦えたものじゃ。普通ならただ生活するだけでもキツかろうに」

 

「そこまで悪かったのか?」

 

 ゲックの呟きを聞いたネロが眉をひそめた。さっきの忘れじの面影亭の時はともかく、ドラバスの砦跡ではそこらの兵士よりいい動きをしていたため、意外に思ったようだ。

 

「あれほどの動きができたのが不思議なくらいじゃ。……これもこやつの執念かもしれんのう」

 

「執念、ね……」

 

 ゲックの言葉をネロはオウム返しに呟いた。ゲックがセクターの体を改造したこと、セクターがそのことを恨んでゲックを狙っていることは知っている。しかし、それに至るまでの経緯、例えばゲックが彼を改造したのは偶然だったのかなど一切知らないのだ。

 

 ネロが何を思ってそう呟いたのかは知るよしもなく、セクターの修復は進められていく。それからは特に会話もなく、指示を出すゲックの声と返事をするローレットの声だけが部屋に響く。

 

 エニシアは不安げにゲックやセクターを見ているが、それを口には出さなかった。それは教授への彼女なりの信頼の証なのだろう。

 

 そうしてしばらく経った時、ゲックは工具を机に置いて大きく息を吐いた。

 

「……終了じゃ。ひとまずは安心じゃろう」

 

「お疲れ様でした、教授」

 

「……たいしたもんだな。正直、驚いたよ」

 

 こんなに早く終わるとは思っていなかったネロは、素直に驚きの言葉を口にした。まるで名外科医のメス捌きのように素早く正確に、そして迷いなく修復を進めていくゲックの手腕に、多少の心得があるネロも思わず感嘆したのだ。

 

 次いでネロは隣に座っているエニシアに声をかけた。

 

「あんたもお疲れさん」

 

「いいんです。私が好きでしたことですから」

 

 エニシアはそう言うものの、ただ礼を言うだけでは悪い気がしたネロは、せっかくだからそれらしく振舞ってみることにした。

 

「お手をどうぞ、お姫様」

 

 まるで姫に仕える騎士の如く、無駄に様になっているネロは恭しく頭を下げた。

 

「は、はい」

 

 エニシアは少し顔を赤くしつつも差し出されたネロの手を取って立ち上がった。

 

「今日は付き合わせて悪かったな。助かったよ」

 

 さすがにこれ以上はむずがゆかったネロはいつもの調子で言った。

 

「終わったようだな」

 

 その会話を部屋の外から聞いていたのかレンドラーとフェアが室内に入ってきた。

 

「それにしても随分早かったのね」

 

「この爺さんの手際がよくてな」

 

 自分と同じことを思っていたらしいフェアに、ネロは今回の立役者を教えた。

 

「昔取った何とやら、じゃよ」

 

「……何で先生をこんな体にしたの?」

 

 自嘲気味に言ったゲックにフェアは思い切って聞くことにした。セクターのことを罪の証とも言っていたことは聞いていたし、この機会に聞きたかったのだ。

 

「……当時のワシは強化兵士の実験に夢中じゃった。しかし、ふとしたきっかけから自分のしてきたことの異常さに気付いたのじゃ」

 

「きっかけ?」

 

「無色の派閥も似たような実験をしていたようでな。その実験体の死体がワシのもとへ届けられたのじゃよ。資料としてな」

 

 かつてのことを思い出すかのようにゲックは目を閉じて言葉を続ける。

 

「その死体にはこの世のものではないほど鋭利なもので斬られたような傷があった。それを見て、どれほど優秀な強化兵士を作っても、この傷をつけた者にしてみれば、ただの人間となんら変わりはないのだと思ったのじゃ」

 

 これまでの研究を丸ごと否定されたような衝撃は、夢中で研究を進めていたゲックの頭を冷やすには十分な効果があったのだ。

 

「そして夢から覚めたワシは、己のしてきたことに後悔した。好奇心を満たすためだけにどれだけの非道をしてきたのか悟ったのじゃ。しかしワシはこれまでの実績、立場に縛られ、逃げ出すことができなかった。じゃからせめてもの償いにこやつの命を救った。それがただの代償行為だと分かった上でな」

 

「救ったってことは、その前にこいつは死にそうだったってことか?」

 

 てっきり五体満足の状態で改造されたものと思っていたネロは思わず聞き返した。

 

「詳しくは知らぬが、任務で重傷を負ったらしくてな。ワシのもとに来た時は虫の息じゃった。そこで生体部品の技術を応用して、消去するはずの自我をプロテクトの中に押し込めた。時期を見て解放するつもりだったのじゃ」

 

「つもり、ね……」

 

 ゲックの言い方からすると、それが叶わなかったのは明らかだ。

 

「どこかは知らんが、施設を襲撃し数体の強化の兵士を暴走させたのじゃ。じゃがワシは好機だと思った。こやつや部下を見捨てることになったとしても、ワシは全てを捨てて逃げたのじゃ」

 

「え? でも先生は……」

 

「おそらく何らかの影響でプロテクトが破壊されたのじゃろう。そして施設から脱出し、ここに流れ着いた、といったところじゃろうな」

 

「…………」

 

 黙り込んだフェアを見てもう聞かれることはないだろうと判断したゲックは、まずエニシアに謝ることにした。

 

「さて、昔話はこれでしまいじゃ。……姫様、この度はこの年寄りの我儘に付き合わせてしまい、申し訳なかった」

 

「ううん、いいの。気にしないで」

 

「姫様もこう言っておるのだ。教授よ、あまり気にするでない」

 

 エニシアとレンドラーに言われ、ゲックは頷くと、引き揚げる前にこれからのことをネロとフェアに伝えることにした。

 

「こやつはそろそろ目を覚ますじゃろう。次は二、三日後に来るが、それまでは戦闘は控えておけと伝えておいてくれ」

 

「うん、わかった」

 

 フェアの返事を聞いたゲックは満足げに頷くと、エニシアとレンドラー、ローレットと共にセクターの家から出て行った。ラウスブルグに戻るのだろう。

 

「さて、俺達も戻ろうぜ」

 

「え? でも先生は?」

 

 まだ意識の戻らないセクターを置いてはいけないとフェアは思っているようだが、ネロは寝台の上にいるセクターに視線を向けると、フェアに一言だけ伝えた。

 

「こいつにも時間は必要だろ」

 

「あ……、うん」

 

 ネロの視線、そして言葉から実はセクターの意識が既に戻っていて、先ほどの話を聞いていたことを悟ったフェアは、ネロと一緒に部屋を出て行くことにした。彼女も、復讐に燃えるセクターには一人で考える時間が必要だと思ったようだ。

 

「…………」

 

 そしてただ一人残されたセクターはゆっくりと目を開けると、じっと考え込むように自室の天井を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回からサブイベント編、最初はセクター先生からです。

それはそれとして、遂にDMC5が発表されましね。何度もあのトレーラー見返しています。来春が待ち遠しい。

サモンナイトも新作か新刊が出るといいなあ。



さて次回は7月の8日(日)に投稿予定です。

ご意見ご感想、評価等お待ちしてます。

ありがとうございました。

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