Summon Devil   作:ばーれい

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第86話 トレイユを外れて

 世界を渡る「船」たるラウスブルグ。結界が張り巡らされたリィンバウムとそれを取り巻く世界において、自由な往来を可能にする「船」の価値は計り知れない。至竜たる先代の守護竜もそれを巡る争いが起きるのを恐れてその力を隠したほどだ。

 

 だが、ラウスブルグには「船」としての力だけではなく「ラウスの命樹」と「城」としての力がある。

 

 ラウスブルグは巨大な樹の中に造られた城だ。そしてこの巨大な樹が、魔力を宿すことで外界と隔絶された空間を生み出す「ラウスの命樹」なのである。これは結界を越える際にも利用されるが、これまでは人間の目から逃れるためにも使われてもいたのだった。

 

 当然のその間はずっと魔力を使用するのだが、至竜である先代の守護竜の存在により安定的な魔力の供給が可能であるため、常時使用されていた。おそらくこれが、はぐれ召喚獣の集落である「隠れ里」という名の由来になったのだろう。

 

 一旦、ラウスの命樹の生み出す空間に入ってしまえば、バージルのような規格外の存在以外には一切手を出せない安全地帯となるのだ。

 

 そして、その他に備えられているのが外からの攻撃に備える防御結界に攻撃用や迎撃用の各種兵器といったラウスブルグを「城」たらしめている装備である。

 

 これに船としての機動性や安全な空間を作り出すラウスの命樹が加わることで、ラウスブルグは難攻不落の飛行要塞と化すのだ。おまけに現在の浮遊城の主が()()バージルであるため、難攻不落さに磨きがかかったと言える。これを知っており、かつまともな思考ができるものならここを攻めようなどとは思わないに違いない。

 

 そうしたラウスブルグの機能を維持管理するのが「制御の間」と呼ばれる部屋にある制御装置だ。その装置の他にも部屋の正面には巨大な水晶が鎮座しており、そこから各所の映像を映し出すことも可能だった。いわば制御の間はラウスブルグの戦闘指揮所も兼ねているのである。

 

「……とりあえず制御の方は問題ないようだな」

 

 その部屋で制御装置を操るエニシアを見ながらバージルが呟いた。

 

「はい、ちょっと疲れましたけど、なんとかなりそうです」

 

 緊張から解放され方の力が抜けたのか、エニシアは大きく息を吐きながら答えた。

 

「姫様、ご無理はなりませんぞ!」

 

「これくらい平気だよ。将軍、心配しないで」

 

 今、エニシアがしていたのはラウスブルグの制御の訓練である。半分とはいえ古き妖精の血を引いているのは伊達ではなく、バージルから簡単な説明を受けただけで、容易く操作してのけた。

 

「し、しかし……」

 

 そう言われては立場上返す言葉がなかったレンドラーは、その矛先をバージルに変えた。

 

「そもそも全てお主一人でできるのなら、わざわざ姫様のお手を煩わせることもないではないか!」

 

 いまだ至竜はここにいないため、エニシアの練習に必要な魔力はバージルが供給したのだ。おまけに制御もできると言うのだから、レンドラーが文句を言うのも無理はない。

 

「バージルさんは悪くないの。私がお手伝いしたいってお願いしたんだから」

 

 正確にはエニシアはバージルに直接協力を申し出たわけではない。見るからに気難しそうなバージルに声をかけるのは、まだ会って数日の彼女にとってはハードルが高かったのだ。

 

 しかし、己の願いを叶えるのに自身は何もしないというのは、やはり申し訳なく思ったようで、アティを通じてバージルに何か手伝えることはないかと尋ねたのである。

 

 アティを通して話を聞いたバージルも、エニシアが古き妖精の血を分けた響界種(アロザイド)だというのは知っている。そのため、もしかしたら城の舵取りをすることができるのではないかと考え、今回試してみることにしたのだ。

 

(疲労も考えると長時間は無理か……)

 

 その結果は先ほどの言葉の通り、制御自体はあっけなく成功した。だがエニシアの様子を見る限り、長時間の制御は難しいというのがバージルの考えだった。

 

 ラウスブルグを船として使う場合、舵取り役は休みもなく制御し続けなければならない。これが純粋な古き妖精であればマナさえあれば生きられるため、何の問題もなく一人で制御することができるのだが、響界種(アロザイド)であるエニシアは、体のつくりは人間とほぼ同じであるため、食事も休養も必要なのだ。当然、一人だけで制御し続けることはできない。

 

(まあ、いないよりはマシか……)

 

 それでもエニシアが舵取りを担当していれば、バージルが制御を行う必要はなくなる。片手間の仕事でありながら、時間を取られることいい気はしていなかったバージルにとっては朗報なのである。

 

「バージルさん。そろそろお昼ですし、今日はこのへんにしましょう?」

 

「ああ、そうだな」

 

 アティの提案に頷く。エニシアが自分の代役になると分かっただけで十分な収穫だ。おまけにラウスブルグの制御というのは、車の運転のように知識や技術が必要なのではなく、古き妖精の血を引いていれば、たとえ人間との間に生まれた者でも可能であることも判明したので、バージルは結構機嫌がよかった。

 

「あの、先生。今日も勉強教えてもらっていいですか?」

 

 これで制御の訓練が終わりだと言うことを聞いたエニシアは尋ねた。以前は教授とも呼ばれるゲックが彼女の勉強を見ていたのだが、あいにく二日ほど前から昼間はセクターのところへ出かけ、戻ってからは翌日の準備をするという生活を送っており、その間はアティが代わりとなっていたのだ。

 

「うん、いいよ。お昼食べてからでいいよね?」

 

 アティは快諾した。もとよりエニシアの教師役はゲックがトレイユに行くと言った際に、彼女自身が代役となることを申し出たことだ。断るはずがなかった。

 

 ちなみにゲックがここ数日セクターのもとに通っているのは、簡単な整備についても教えているためだった。さすがに万全な整備や修復となると素人同然のセクターでは難しいが、簡易的なメンテナンスであれば多少の知識があればできるし、いちいちゲックの手を借りる手間も省けるなどメリットも大きい。

 

 たとえ教えを乞う相手が自分を改造した相手であったとしても、今のセクターにはそのあたりの分別をつけられる冷静さは取り戻しており、驚くほど素直にゲックの教えを受けていたのである。

 

 そこへカサスが制御の間へ入ってきた。まだ包帯はしているが歩く姿も自然で、もうバージルから受けた傷による影響はないようだ。

 

「みなさん、ごはんできまシタよ」

 

 どうやらカサスは、ここ最近食事を作っているポムニットから頼まれてバージル達を呼びに来たらしい。

 

 余談だが、ラウスブルグはマナを糧にして生きる妖精が作り上げたものだが、元はメイトルパの戦いを嫌う者を連れて世界を渡る船であるため、しっかりと調理設備は備え付けられている。それが随分としっかりとしたものだったので、ここに来て以来ポムニットははりきって料理を作っているのだ。

 

 ちょうどエニシアの練習も終わったところだったため、昼食をとるために一同は食堂に移動することにした。

 

「あ、バージルさん。確か午後からアズリアに会いに行くんでしたよね?」

 

「ああ、そうだ」

 

 バージルがアズリアに会いに行く理由はギアンのことだ。ドラバスの砦跡から逃げて以降、ラウスブルグにも来ず彼の足取りは不明のままだった。少なくともこちらに手を出せるほどの度胸も力もないだろうが、念のためアズリアに行方を捜すよう依頼するつもりでいたのだ。

 

「それじゃあ、手紙を渡してもらっていいですか?」

 

「……昨日何か書いていたと思えば、手紙だったか」

 

 バージルは昨夜、アティが机でペンを走らせていたことを覚えていた。エニシアの勉強に関する資料でも作っているのかと思っていたが、どうやら予想は外れたようだ。

 

「いきなりアズリアに会いに行くなんて言うから、急いで書いたんですよ」

 

「……そういえばそうだったな」

 

 思えば、アティにアズリアの件を伝えたのは昨日の昼食でのことだ。それから彼女はエニシアの勉強を見なければならなかったため、手紙を書く時間が取れたのは夜だったということだろう。

 

「それと、もしみんなに会ったらよろしく言ってくださいね。たぶんそろそろ帝国に入ってる頃ですから」

 

 現在、島を出ているのはバージル達三人だけではない。スバル、パナシェ、マルルゥも島を出て見聞の旅をしている。

 

「ああ、確かあの村に行くとかいう話か」

 

 バージルの言った「あの村」というのは、かつてルヴァイド率いる黒の旅団に滅ぼされたレルムの村である。今は金の派閥の協力もあって、はぐれ召喚獣の移住先として復興したという話だ。

 

「ええ。一人じゃないですし、心配はないとは思うんですけど」

 

 そもそも今回スバル達がレルム村へ行くのは、そこで往診するクノンの護衛も兼ねてのことだ。最近は姿を見せないとは言っても悪魔に襲われる可能性がある以上、クノン一人で行かせるわけにはいかないのだ。

 

 そもそもクノンがレルムの村で往診することになったのは、多種多様な召喚獣の診療ができる存在がいなかったからだ。そのことを手紙でアメルから相談を受けた結果、クノンが往診することになったのである。彼女なら普段から世界の垣根を超えた治療を行っているため、レルムの村でも活躍できるだろう。

 

 スバル達もレルムの村のある聖王国にはまだほとんど行ってなかったため、護衛も兼ねて一緒に行くことになったのだ。

 

 とはいえアティが把握しているのは、大まかな日程だけである。島にいるアリーゼやヤードとも連絡は取り合っているが、さすがに詳細な行程までは正確に把握することはできないようだ。

 

「……会えばな」

 

 スバルの母であるミスミからは、旅に出たスバルと偶然会うようなことがあったら、鍛えてやって欲しいとも言われているが、第一の目的がアズリアに会うことである以上、無駄な行動を取るつもりはなかった。

 

 それにスバルは、短期間とはいえバージルが直々に鍛えたのである。そこらの下級悪魔はもちろん、大抵の人間や召喚獣に後れをとるはずがない。心配は無用なのだ。

 

 

 

 

 

 それから数時間後のトレイユ近郊。帝国軍の駐在軍人であるグラッドは、自分の置かれた状況に緊張していた。

 

(なんでこんなことに……)

 

 ことの始めは今日も町の見回りに行くかと、駐在所を出たところに自分と同じ帝国軍人が来たことからだった。

 

 その軍人はグラッドが憧れるアズリア旗下の部隊の一員らしく、先のグラバスの砦跡のことについてアズリアが話を聞きたいとのことで、トレイユ近郊の野営地まで出頭せよ、という命令を持ってきたのだ。

 

 現在のアズリアは国境警備部隊の他に、無色の派閥や紅き手袋の取り締まりを専門とする部隊の指揮も執っている。ただ実務上、国境警備部隊はかつての副官に預けており、彼女自身は無色や紅き手袋への対応を主としているのが現状であった。

 

 今回のグラッドへの出頭命令もそうした取り締まりの一環だろう。なにしろグラバスの砦跡がギアン達に占拠されたのは、帝国全土での行われた一斉摘発の直後の出来事だったのだ。これでは全くの無関係と疑わない方がおかしい。

 

(虚偽報告がバレたらマズイよなぁ……)

 

 その一件についてはグラッドとしても何の報告もしないわけにはいかず、かといって正直に書けばミルリーフの身柄を軍が預かるなんてことになりかねないため、意図的に事実を捻じ曲げた報告書を作成したのだ。

 

 事実と異なる点は大別して二つ。一つは砦跡を占拠したのは、無色の派閥の幹部であるギアン・クラストフ率いる集団ではなく、ただの盗賊達だったという点だ。もし本当に無色の派閥の幹部が動いていたと知られれば、ほぼ間違いなく軍が動くことが予想されたからだ。そうなればミルリーフの存在も気付かれる危険性がある。

 

 二つ目はもちろんミルリーフの存在である。当然、占拠したとする盗賊達の目的も不明としたし、砦跡にグラッドが調査に行った時には、既にもぬけの空だったということにしたのだ。

 

 決して説得力のある話ではないが、虚偽と断定する証拠もない。事情を知るフェア達がわざわざ話すわけがないし、ギアンは行方不明、他の者はラウスブルグにいる。グラッドが口を滑らせなければ問題ないはずなのだ。

 

「ト、トレイユ駐在軍人、グラッドであります!」

 

 見張りの兵士に案内されて入った野営の天幕の中でグラッドが名乗った。階級が下の者から名乗るのはどこでも同じことのようだ。憧れの人物を前にした緊張から半ば怒鳴ったかのような声量になってしまったのはやむを得ないことだろう。

 

「そんなに緊張するな。別に取って食おうってわけじゃない」

 

 緊張してガチガチになるグラッドを見たアズリアが苦笑した。

 

 アズリアの執務室も兼ねている天幕の中は驚くほど質素なものだった。机は簡素な折り畳式のものであるし、風景画のようなインテリアもない。将軍の部屋としては極めて簡素なものなのだ。

 

「殺風景なところで悪いな。人を呼ぶことは想定していないんだ」

 

「い、いえ! そのようなことは……」

 

 現在アズリアは先に行った一斉摘発の後始末を行っているのだ。具体的には不審な動きを見せた箇所の再捜査や、これからグラッドにするような各都市から上がってきた報告の精査なのだ。それゆえ、軍人以外を呼ぶことは想定していないため、こうした簡素な部屋となったのである。

 

「さて、早速で悪いが話を聞かせてくれ」

 

「は、はっ! 何からご説明すればよろしいでしょうかっ!」

 

 遂に来たかとグラッドは構える。

 

「あの場にゲック・ドワイト――かつて学究都市ベルゼンの研究施設で総責任者だった召喚師がいたな?」

 

「……は?」

 

 思いがけない言葉にグラッドは頭の中が真っ白になった。

 

「軍の極秘情報を持っているあの召喚師の動向はある程度把握している。これまでも何度か辺境で騒ぎを起こしてはいたが、特に危険はないと判断され様子見に留めていたが……」

 

 かの老召喚師がトレイユ近郊にいたという話を得たアズリアはすぐにドラバスの砦跡の一件と結びついた。トレイユの駐在軍人からの報告では占拠したのは盗賊という話だったが、どうにも腑に落ちなかったのだ。

 

 かと言ってゲックがドラバスの件に関わっている証拠もなかったが、アズリアは「教授」の異名を持つゲックの技術や知識が無色の手に渡ることを危惧しており、念には念を入れその報告を行った駐在軍人から話を聞くことにしたのである。

 

「それは、その……」

 

 アズリアの鋭い視線を受け、グラッドはしどろもどろになりながら言葉を探した。

 

 しかし、彼が言い訳を口にする前に第三者が割って入った。

 

「アズリア・レヴィノス」

 

 言葉の主はバージルだった。帝国軍人ではない男の姿を認めたグラッドは思わず呟く。

 

「な、なんでここに……」

 

「そこの女に会いに来ただけだ」

 

 答えになってない答えだった。グラッドが尋ねたのはここに来た目的ではなく、どうやってここに来た方法なのだ。

 

「ああ、気にしないでくれ、私の知り合いだ。……と言っても、君も知っているようだな」

 

 バージルを見たグラッドの反応を見れば、少なくとも顔見知り程度であることは推察できた。

 

「アティからだ」

 

 バージルはグラッドのことなど眼中にないかのように、アズリアにアティから預かった手紙を渡した。

 

「わざわざすまないな。……しかし、わざわざこれを渡すためだけに来たのか?」

 

「いや、やってもらいたいことがある」

 

「……厄介ごとじゃないだろうな?」

 

 アズリアが不審な目線をバージルに送る。この男がとんでもないことを平然と言い出すから始末に負えない。自分の親友はよくこんな男と一緒になったと感心するほどだ。

 

「たいしたことではない。ギアン・クラストフという男の行方を捜してほしいだけだ」

 

「クラストフ……無色の家系か」

 

 さすがに無色の派閥の取り締まりを行っているだけのことはある。家名を聞いただけで無色の派閥の構成員であることに気付いたようだ。

 

「ああ。先日この近くの砦の跡地から姿を消してから行方知れずだ」

 

「ふむ……」

 

 バージルから状況を聞いたアズリアは一瞬グラッドに視線をやり、顎に手を当てて少し考えてから答えた。

 

「まあ、構わん。ただ、こちらが発見すれば相応の対応になるが?」

 

 何故バージルがその男の行方を捜せと言ってきたかはアズリアには分からないが、無色の派閥の召喚師であればその対応は決まりきっている。

 

「いいだろう。好きにしろ」

 

 バージルとしても今さら逃げた男がどうなろうと知ったことではない。大人しくしていれば望みも叶っただろうに、疑心暗鬼から身を滅ぼすことになったのだ。

 

「……ところで、何故クラストフは砦跡にいたのだ?」

 

「その男から聞いているとは思うが、奴は竜の子を狙っていただけだ」

 

(あ、終わった……)

 

 バージルの言葉を聞いた瞬間、グラッドは自身の辻褄を合わせが全て水泡に帰したことを悟った。これがただの得体のしれない奴の言葉なら、妄言と主張することもできたかもしれないが、アズリアとバージルのやり取りを見る限りそれも無理だろう。

 

「竜の子?」

 

「詳しくは手紙に書いてあるはずだ。後で読んでおけ」

 

 バージル自身アティの手紙を読んではいないが、概要自体は渡された際にアティから聞かされていた。そのため自分で説明する必要はないと思ったようだ。

 

「やれやれ、仕方ないな」

 

 相変わらずだなと言わんばかりにアズリアは息を吐いた。バージルのこうしたところは昔から変わらない。

 

「そういえば、少し気になることがあった。お前の考えを聞かせてくれないか?」

 

「言ってみろ」

 

 アズリアがあえてバージルに意見を求めるということは、悪魔絡みかそれに近いことだろうと判断し、まずは話を聞いてみようと思ったようだ。

 

「今回捕らえた無色の派閥の者が言っていたんだ。『悪魔が召喚できなくなった』と。確かに最近では悪魔が現れたという報告もないが……、お前は何か知っているか?」

 

「そもそもあいつらが使う悪魔を呼び出す術は、魔界とこの世界を繋げるだけのものだ。悪魔を操るわけではない」

 

 悪魔を使役することは不可能ではないとはいえ、生半可な技術でできるものでもない。リィンバウムより悪魔について研究が進んでいる人間界においても、悪魔を使役していたのは錬金術師アラン・ローウェルくらいなのだ。むしろ使役よりも、悪魔の力を利用したり、自らを悪魔と化したりする方が多いのである。

 

「なら、あの悪魔が自らの意思でこちらに来ないということか? とても信じられないのだが……」

 

 あんな知性もなく本能だけで動いているような存在がそんな判断できるとは思えなかったアズリアが言うと、バージルは否定して答えた。

 

「そうではない。悪魔を支配している存在がそうさせているのだろう。……理由は知らんがな」

 

 アズリアの考えは正しい。下級悪魔にそんな判断などできるはずがない。だからもっと上、それこそ魔界の支配者クラスの大悪魔がそうさせているということは容易に想像できる。とはいえその大悪魔が正体までは分からない。もっとも本命はムンドゥスで間違いないだろうが。

 

「……少なくともこちらを考えてのことではなさそうだな」

 

「当たり前だ」

 

 だがアズリアが気になったのはそうさせている悪魔ではなくその理由の方だ。短期的な視点で見れば悪魔が現れなくなったため、それによる被害もなくなり、無色の派閥が悪魔を用いた破壊活動を行うこともなくなったといいことばかりなのだが、もっと中長期的な視点で見れば、悪魔を呼び出せなくした存在のことが気にかかる。

 

 まるで何かの機会を待っているようなそんな気さえしているのだ。

 

 だが、こればかりどうしようもない。できるのは精々、悪い結果が出ないように祈ることだけだ。

 

 そうして溜息をついたアズリアはもう一つ、バージルに言っておかねばならないことがあったのを思い出した。

 

「ああ、そうだ。……昨日この近くでスバル達に会ったんだ」

 

 スバル達は帝国を始めリィンバウム各地を旅している。そんな彼らに、アズリアは身元の保証など色々と気を回していたのである。いわば帝国における保護者のような役目を担っているのだ。

 

 それには島でいろいろと世話になった礼という意味もあるが、彼らの話を聞くことで各地の生きた情報を得られるという打算もあった。将軍ともなると指揮下の部隊のことだけ考えていればいいというわけではない。振るう権力に比例し影響も大きくなっていく。軍からもたらされる情報の他に、独自の情報源を持つことは大きなメリットとなるのだ。

 

 そうした意味ではバージルも同様だ。もっとも彼の場合、そのあたりは心得ているのか、先の派閥の情報のように対価を要求することが多いが。

 

「そうか、アティにも伝えておく」

 

「そうしてくれ。……しかし、お前スバルに何かしたのか? お前のことを話したら顔色を悪くしていたが……」

 

 アズリアは彼らと会った時に、以前バージルと帝都で会ったことを話したところ、スバルだけ顔を青くしていたのである。他の三人は特段おかしな反応を示さなかったため余計に気になったのだ。

 

「少し鍛えてやっただけだ」

 

「ああ、なるほど……」

 

 それだけでアズリアはスバルの変化の原因を察した。よほどバージルの教えが厳しかったのだろう。ご愁傷様としか言いようがない。

 

「あいつら、次はトレイユに向かうと言っていたが、会って行くか?」

 

「いや、いい」

 

 もし会いに行くつもりなら彼らを探すくらいは手伝ってやろうかと考えていたが、バージルにその気はなかったようだ。特に会う理由もないから彼にしては当然の選択なのだろう。

 

「わかった。……それとクラストフの件も何か分かれば連絡する」

 

 それを聞いたバージルは頷くとさっさと天幕から出て行ってしまった。どこまでも好き勝手に行動するのは血のせいか。

 

「さて……」

 

 そう言うとアズリアはグラッドを向いた。

 

「あ、は、いえ……その……」

 

 何か言わなけれなと思うが、先ほどの自分には介入できない話への困惑と緊張のせいでうまく言葉が出なかった。

 

「そう混乱しなくとも、大丈夫だ。別に君を叱責するつもりはない」

 

「は……? その、よろしいのですか?」

 

 虚偽報告をした側であるグラッドとしては、それがバレた時点でまさか何のお咎めなしで済むとは思っていなかったので、思わずそんな言葉を口にしてしまったのだ。

 

「君の報告におかしな点は何一つなかった。それだけの話だ」

 

 それがアズリアの公式見解だった。 バージルの関与が明らかになった時点でアズリアは必要以上に首を突っ込むつもりはなくなっていたのだ。アティもついている以上、バージルが帝国に仇なす真似はしないだろう。むしろ、変に刺激して敵と認定されたらそれこそ一大事だ。

 

「……その、将軍は先ほどの男のことをご存じなのでしょうか?」

 

 少し言いづらそうにグラッドが尋ねた。アズリアの決定にはあのバージルと言う男が関わっていることは明白だ。

 

 その他にもバージルは彼の仲間であるネロの父親であり、ミントとも面識があるらしい。おまけに蒼の派閥にも顔が利くうえ、帝国初の女将軍とも顔見知りとなれば気にならないわけがなかった。

 

「ふむ。……まあ、友人の旦那、といったところか」

 

 アズリアは少し考えてから答えた。さすがにバージルとは友人というほどの間柄ではないし、仕事仲間というわけでもない。面識自体はアズリアがまだ海戦隊の指揮官だった頃からあるが、その時は敵同士だったのだ。結局、今の二人の関係性はアティがいてこそ成立するものだったため、彼女はそう答えたのだ。

 

「は、はぁ……」

 

 アズリアの言う友人とはあのバージルと一緒にいた赤い長髪の女性のことだろうか、と思案しながら曖昧な言葉を返した。

 

「さて、これで話は終わりだ。これからも職務に励めよ」

 

「はっ!」

 

 いくつか気になることはあったものの、結果的には丸く収まったことに安堵しながら、グラッドは大きな声で返答した。

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、次回からのサブイベントはスバル達+クノン達です。

次回は8月5日(日)に投稿予定です。

ありがとうございました。

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