「なるほど、な……」
「お二人の様子がおかしかったのは承知していましたが、そういうことでしたか……」
集いの泉。そこには四人の護人とバージルやカイル達の代表としてアティが集まっていた。
この場でファリエルとアルディラはこれまであったこと全てを話した。これは誰かに言われたことでもなく、あくまで二人で話をして決めたことだった。護人として彼らにはきちんと話さなければならないと思ったのだ。
「素性を偽っていたことは申し訳なく思っています……」
ファリエルは元々は無色の派閥の人間だ。島に住む者達を問答無用に喚び出し、今の状況に追いやった無色の派閥の人間なのだ。それを知られれば不信感を抱かれることは間違いなく、狭間の領域をまとめ上げ、護人となることなど不可能だろう。
むしろ、無色の派閥のやったことを考えれば、彼女を殺したいと考える者が出てもおかしくはなかったのだ。
「嬢ちゃんは確かに無色の人間かもしれねえ。だがよ、長い間護人として十分よくやってくれたさ。それは中身が誰であれ消えてなくなるもんじゃねえ」
「その通りです。むしろあなた達のおかげで、島の危機が未然に防がれたことについては、感謝こそすれ非難するつもりなどありませんよ」
ヤッファもキュウマもファリエルを責めるつもりはないようだ。そもそも彼女の問題は無色の派閥の人間であるということだけであり、彼女自身が住民に危害を加えたわけではないのだ。
むしろ、より重要なのはアルディラの方だ。彼女はこの島が破滅してしまうようなことをやってしまったのだ。これは島を護るべき護人としてはありえないことだ。
アルディラは自分がしでかしたことの重大さについてはよくわかっている。
主であるハイネルを蘇らせるためにアティや島の住民を捧げるなんて、とてもじゃないが許されるべきことではない。
そうして蘇らせたところで、彼は絶対に喜ばないことを確信していたのにも関わらず、それでもハイネルのことを諦めることはできなかった。どうしても愛しい人ともう一度会いたかった。
そんなことを考えてしまう自分は壊れたのだと思った。だからこそあの時フレイズの刃を受け入れるつもりだった。結局それは果たされることはなかったが、逆にそれが一層彼女を追い詰めることになった。
彼女はその後も、ハイネルへの想いを断ちきることはできなかったのだ。遺跡の一件でアティを危険に晒したことに後悔したはずなのに、この島へどんな影響をもたらすかも、よく分かっているはずなのに。
もはやアルディラはどうすればいいかわからなかった。そのため誰にも会わず、ただ無為に時を過ごしていた。
そこへクノンとアリーゼ達がやってきた。アリーゼ達は停滞していた状況を何とかしようと彼女に会いに来たのだ。
そこでクノンは言った。あなたは忘れてしまったのですか、あの方が最後にあなたに何を望んで眠られたのかを、と。
その言葉でアルディラは思い出した。ハイネルの願いはこの島を笑顔で満たしてほしい、ということだった。
みんなが笑っていてくれることが彼にとって一番の幸福なのだ。
それに気付いた時、彼女はもう一度だけみんなと会ってみることにした。そして、もし許されるのなら彼の願いのために生きようと思った。
「あんたもそうだぜ、アルディラよ。しでかしたことを悔やんでも、全部台無しにすることはするなよ。俺らは四人で護人なんだからよ」
ヤッファの答えは実にあっけなかった。
一見ヤッファはぐうたらそうに見えるが、実は護人の中で最も思慮深い。きっとその答えを出すのにもいろいろと考えたのだろう。そんな彼が許してくれるなら、それに応えないわけにはいかなかった。
「もちろんそのつもりよ」
力強く頷いた。
「ではこれで一件落着ですね」
キュウマが確認をとる。もちろん誰も反対する者はいなかった。
「ああ、アティ殿。一つお願いしたいことがあるのですが」
散会となったため、船に戻ろうとしたアティにキュウマが声をかけた。
「はい、何ですか?」
「バージル殿に、例の件はいつでもかまいません、とお伝えしていただけませんか?」
「かまいませんけど、何するんですか?」
「稽古をするのですよ。バージル殿とは以前から、我らの技を見てみたいと言われまして。私も彼の使う剣術には興味があったのでそのように約束していました」
「わかりました、必ず伝えます!」
バージルが戦闘の技術について、並々ならぬ関心があることは知っていた。部屋でラトリクスから借りてきた端末や本で読んでいるのも戦闘関連のものばかりであり、船の外で瞑想をしているのもより強くなるためなのだそうだ。
だからこそ、今回のこともその一環なのだろうと当たりをつけた。
(でも、どうしてそんなに強くなろうとしてるんだろう?)
彼女の知っているバージルは、既に比類なき強さを持っているのだ。さらなる強さを求める必要があるのだろうか。
(やっぱりあの時の言葉と関係あるのかな……)
アティは以前に彼から聞いたある言葉を思い出しながら船へ戻っていった。
船に戻ったアティから、護人達の話し合いの内容を聞いた。二人が特に罰を受けることなく許されたことについては、誰もが安堵していた。知らぬ仲ではないため、心配していたのだろう。
話が終わり、部屋へ戻ろうとしたバージルにアティが伝言を伝えた。
「キュウマさんが、稽古の件はいつでもかまわないって言ってましたよ」
「わかった」
いつも通りの短い返事をしながら部屋に戻る。
バージルは以前から各世界の独自の戦闘技術について興味を持っていた。
もっとも機界ロレイラル技術は科学技術、幻獣界メイトルパは種族特有の技術と、バージルが習得することができないものであったためあまり熱心ではなかったが、残りの霊界サプレスと鬼妖界シルターンについては別だった。
サプレスにはマナを源として奇跡や魔法といった技術体系がある。それは直接相手を攻撃するものから傷を癒すもの、心を読むものまで様々な種類がある。
バージルも魔力によって幻影剣という遠距離攻撃魔術を使っている。そのため、似たような技術である奇跡や魔法を習得できるのではないかとは考えたのだ。
もっとも、それは現状では難しかった。バージルは狭間の領域の者との意思疎通ができないのだ。
通常、召喚術で呼び出された者はリィンバウムの言葉に対応できるようになる。しかしそれは、人型やそれに近い召喚獣のみにしか適用されず、狭間の領域の住人はサプレスの言葉は話せてもリィンバウムの言葉は話せなかった。そのため奇跡や魔法は、本等で調べるを進めだけであった。
シルターンには固有の戦闘術が存在し、それを使用する者はサムライやシノビと呼ばれている。サムライは刀を使った剣術を使用する剣士で、シノビは忍術という一種の魔法のような技術を使用する者のことだ。
キュウマはシノビであり、サムライの使う剣術の心得もあるというのだ。なにしろ忍術は全く知らない戦闘技術であるため、それだけでも戦う価値はあるし、剣術にしても自分が使うものと同じであるとは限らないので、稽古とはいえ彼と戦うことができるのは幸運だった。
バージルは早速、風雷の郷に向かった。
郷に入ってすぐにキュウマに呼び止められ、鎮守の社で行うので先に行っていてほしいと言われた。どうやら何か準備があるようだった。
彼の言葉に従い、鎮守の社に行ったバージルは辺りを見回した。鎮守の社はシルターンの神社のような場所である。今は人気がなく、適度に広いので稽古には絶好の場所といえた。
しばらく待っているとキュウマがミスミを連れて現れた。
「申し訳ありません。ミスミ様がどうしてもと聞かないので……」
どうやら彼女も稽古に参加するようだ。
「なに、心配無用じゃ。これでも昔は白南風の鬼姫と呼ばれていたのじゃからな」
「構わん、まとめて相手をしてやろう」
ミスミは鬼神の力を強く受け継いだ鬼人族の者であり、その力は並大抵の召喚獣とは一線を画する。それを感じ取ったのか、バージルは彼女が参加することを承諾した。
「大層な自信じゃな、その自信が本当かどうか試してみるとしようかの!」
「ならば自分も心おきなくお相手致しましょう!」
自分達を格下に見ているような言葉にプライドを刺激されたのか、二人は随分やる気を出しているようだ。
バージルにとってこの稽古はシルターンの戦闘技術を見るためのものだ。そのため二人には、それを使ってもらわなければ意味がない。
その点から二人がやる気を出してくれたのは好都合だった。これならば出し惜しみはしないだろう。
準備は整ったとばかりに閻魔刀へ手をかけ、一言。
「来い」
その言葉が合図となり、稽古が始まった。
キュウマが身を隠すのと同時に、ミスミが薙刀を手に向かってくる。バージルがその一撃をかわしたところへ、追い打ちをかける。
「そこじゃ!」
言葉と共に風が刃と化して襲いかかる。彼女は風を操る術を得意としていた。
だが、それもバージルには届かない。素早く後ろに下がり回避したのだ。
「はっ!」
掛け声と共に上からキュウマが襲いかかる。キュウマの居場所は把握していたので、特に驚くことのなかったバージルは冷静に幻影剣で迎撃した。
「!」
ところが、幻影剣が当たったのは身代わりとなった丸太だった。キュウマはその隙にバージルの横合いに着地し、居合切りを放った。相手の虚を突いて倒すというシノビの極意を体現したような攻撃だった。
しかし、それで勝てるほどバージルは甘い相手ではない。キュウマの居合切りを閻魔刀の鞘で受け止めた。そしてそのまま鞘を振り抜き彼の刀を弾き飛ばす。
大きくのけぞるキュウマに一気に勝負をつけようとしたが、そうはさせまいとミスミが背後から薙刀を振り下した。だが、背後からの一撃であろうとバージルは、まるで背中に目でもついているように、振り向かずに鞘を使って薙刀を弾いた。
そして半円を描くように鞘で二人の足を払い、閻魔刀を抜き放った。
「わらわ達の負けじゃな」
閻魔刀の刃は二人を斬る寸前で止まっていた。それで勝敗は決したと判断したのか、体を起こしながらミスミが言った。
「まったく……我々二人がかりでも手も足もでないとは」
「まだまだ精進が足りぬようじゃの」
悔しさを感じないほど清々しい負けっぷりに二人は笑うしかなかった。
「こちらも面白いものをみることができた。礼を言おう」
二人の見せた技はバージルが望んでいたシルターン特有のものであった。それを見ることができただけでも、ここまで足を運んだ甲斐があるというものだ。
「……で、貴様はさっきからなにをやっている?」
「え……」
バージルが声をかけたのは社の入り口で立っているアティだった。
実は彼女はバージルが普段何をしているか興味があったので、様子を見に来たのだ。
「ああ、アティ殿。あなたも一緒にいかがですか? 帝国軍の剣筋にも対処できるようにしておきたいのです」
いつ帝国軍と戦ってもいいように備えておく。真面目なキュウマらしい言葉だった。
「え、ええ!?」
「やつらの剣術か……」
うろたえる彼女の近くで呟く。帝国軍とはこれまでに二度戦っているが、そのどちらも一方的に勝利したため、まともに戦ったことはない。当然、帝国軍の剣術など見たことはない。
「うむ。是非お手合わせ願おう」
「いや、ちょっと……」
「手加減はしてやろう」
とうとうバージルまで参加させようとしている。もはやアティに逃げ場はなかった。
ラトリクスの一角にあるリペアセンター。ここは怪我や病気の治療が行える一種の病院のような施設だ。そこでアティは診療台に座りながらクノンから治療を受けていた。
「珍しいですね。あなたが怪我をされるのは」
「ちょっとバージルさん達と稽古してるときに考え事しちゃってたから……」
言葉を交わしつつもクノンは慣れた手つきでアティを治療していく。
「これで大丈夫です。ただし、無理は禁物ですよ」
「ありがとう、クノン」
先程の稽古中、アティはバージルのことを考えていた。彼の強さを求める理由。それが何なのか、考えていたのだ。それが原因で注意散漫となり足を痛めてしまったのだ。もっとも怪我自体は大したことはなく、数日もすれば良くなるとのことだった。
「アルディラはいるか?」
そこへバージルがやってきた。彼とはラトリクスに入るまでは一緒だったが、どうやら別なところに用事があるらしく、そちらに向かったのだ。
「先程までここにおられましたが、今は資料室にいると思います。呼んできた方がよろしいでしょうか?」
「ああ」
クノンがアルディラを呼びに行くために退出した。彼の用事はアルディラに会うことだったようだ。
「あの……」
「何だ?」
診察台のすぐ近くに立っているバージルに話しかけた。アティが座っていることもあって、彼を見上げる格好になっていた。
その状態で彼女は尋ねた。
「なんでそんなに強くなろうとするんですか?」
――I need more power.無限回廊で垣間見たバージルの本心。現在でも圧倒的な強さを誇るバージルが更なる強さを求める理由。彼の行動の根本にあるもの。
非礼なのは百も承知だ。それでもアティは知りたかった。そして、できるなら彼を支えたいとも思った。
「力がなくては守れはしない。何も、自分の身さえも」
背中を向けて発したその言葉から寂しさの入り混じった悲哀と後悔、そしてそれらを覆い尽くさんばかりの怒りを感じた。
そう感じたアティはバージルを背中からぎゅっと抱きしめた。
「何のつもりだ」
「バージルさんが寂しそうだったから……ダメですか?」
「……勝手にしろ」
「はい、勝手にします」
バージルの許可も得たことで、アティはより強く抱きしめた。その背中からは彼の鼓動が聞こえる。
どちらも一言も話さずただ時間が流れていった。
その静寂を破ったのはクノンに呼ばれて来たアルディラだった。
「……お邪魔だったようね」
「へ……?」
部屋に入った瞬間目に入ったのは、まるで恋人のようにアティがバージルに抱きついている光景。
「あ、あの、……ち、違います! これは、違うんです!」
「大丈夫よ。全部わかってるから」
そう言うアルディラは全てを悟ったという表情をしていた。
「だから、違うんです!」
「心配しないで、誰にも言わないから。……それにしても妬けちゃうわね、あんなに大胆に抱きついちゃうなんて」
常に冷静なアルディラにしては珍しく、意地悪く笑いながら言った。どうやらからかっているようだ。
「そうじゃなくて……」
からかわれているとは露知らずアティは必死に否定する。
そんな二人をバージルは溜息をつきながら眺めていた。どうやら彼がここに来た目的を果たせるのはもう少し先になりそうだった。
本来なら次話とまとめて投稿するはずでしたが、思ったより長くなったので分割しました。
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