Summon Devil   作:ばーれい

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第89話 旅の道連れ

 忘れじの面影亭の久々の宿泊客となったスバル達を迎えた翌日の早朝、ネロは庭にいた。セクターに借りた工具で昨夜の内に整備したレッドクイーンの調子を確かめるためであった。

 

 自作したブルーローズは整備も慣れているが、レッドクイーンはそうではない。いつもは製作した魔剣教団の技術局に整備を頼んでいるため、自分で分解までしたのは久しぶりなのだ。

 

 さすがにこのまま実戦に持っていくことはできないため、ここで簡単な試運転でもしようかと思ったのだ。

 

「さて……」

 

 レッドクイーンを地面に突き立てたネロは柄を捻るとイクシードが燃焼する。ここは問題ないようだ。

 

 次に柄に併設されたクラッチレバーを握りながらレッドクイーンを逆袈裟に振り下ろす。ネロの耳に聞きなれたエンジン音にも似た轟音が響いた。

 

「よう。こんな朝から何やってるんだ?」

 

 そこへスバルがやって来た。イクシードの出した音が聞こえたのかもしれない。

 

「こいつのテストだよ。昨晩整備したからな」

 

 昨日なにもなかったら夕食の前にやっておこうかと思っていたのだが、マルルゥを探していたミルリーフと会ったため、夕食後の夜に行うことになったのだ。おまけに久しぶりのことだったので思った以上に時間がかかってしまい、少し寝不足の感があった。

 

「へぇ、そんなこともできんのか。器用なんだな」

 

「ま、仕事柄な」

 

 得物の整備ができてないから仕事ができませんでは、デビルハンターなどやってられない。ある意味必須のスキルといえるかもしれない。あのダンテでさえ銃器の整備は自分でこなしているのである。

 

「どうだ? 相手になってやろうか?」

 

 スバルが斧を地面に突き立てながら言った。彼の得物らしい斧はレンドラーのものと比べて一回りは小さいものだった。一撃の威力より取り回しやすさを重視しているということだろう。

 

「そうだな。せっかくだし軽く相手になってもらうか」

 

 やはり仕上がりを確かめるには実戦に近い形式で行うのが最も適している。そうした意味ではスバルの申し出は渡りに船だ。

 

「へへっ、実はあんたの実力、気になってたんだ」

 

 スバルは笑いながら斧を担いでネロの正面に移動する。昨日バージルの息子と知った時は顔を青くしていたが、今は特に変わった様子はない。その後の交流でネロという個人を見ているのだろう。

 

 人格面ではそうだが、それでも一時的にも師であった者の息子。その力がいかほどのものか、気にならないわけがなかったようだ。

 

「そうかよ」

 

 ネロは不愛想に答えるとレッドクイーンを担いだ。そしてスバルも得物を構えているのを確認すると、先ほどと同じように逆袈裟に振り下ろした。これは左手でレッドクイーンを扱うにネロにとっては最も基本的な動作だった。

 

「やるねぇ!」

 

 レッドクイーンを受け止めたスバルはその予想以上の速さと重さに思わず口角を上げた。強い相手と戦えることに気分が高揚している様子だ。

 

 その状態でネロはクラッチレバーを握り、推進剤を噴射させる。ネロの力だけでなく噴射剤による加速も加わり、炎を纏ったレッドクイーンが得物ごとスバルを押し出す形となった。

 

「うおっと!」

 

 驚いたスバルはせり合うのは諦め、後ろに下がった。

 

「すげぇな、どうなってるんだそれ!?」

 

 急に炎を噴き出したレッドクイーンを興味津々に眺めながらスバルが声を上げた。まるで初めてのおもちゃを見た子供のような反応だ。

 

「悪いが、種明かしはなしだ!」

 

 一回打ち合っただけではまだ不十分。そう判断したネロが再びスバルに向かいレッドクイーンを振り下ろす。

 

「全然構わねぇさ!」

 

 それをスバルが嬉々として受け止める。

 

 そうしたことを一分ほど繰り返すと、ネロは唐突にレッドクイーンを下げた。

 

「え? なんだよ、もう終わりかよ?」

 

 若干不満そうに言うスバルにネロはレッドクイーンを担ぎ上げた。始まる前と同じ格好だが、もうそれを使う気はないようだ。

 

「ああ、もう十分だ。ギャラリーも増えてきたしな」

 

 ネロの言葉を聞いてスバルが横を見ると、パナシェとフェアが見ていた。イクシードの音を聞いてやって来たスバルと同じように、二人が打ち合う音を聞きつけて見に来たのだろう。

 

「にしても、助かったぜ」

 

 ネロはそれだけ言い残すと踵を返して歩く。見ていたフェアに「テーブルの準備はこれ片付けてからな」と告げて部屋に戻っていった。

 

 残されたスバルは乱れた呼吸を落ち着けながら、ネロとの打ち合いを思い返した。

 

(にしても、息の一つも切らしちゃいねぇ。やっぱ息子ってのは間違いねぇや)

 

 僅か一分程度の攻防で息が上がり汗も出てきたスバルとは対照的に、ネロは汗一つ、呼吸一つも乱れていなかった。恐らく全力には程遠い、本当に軽くやっていただけなのだろう。

 

 バージルもつくづく化け物染みた強さを持っているが、その息子も同じだと言うことがはっきりと理解できた。どうやら強さも遺伝するようだ。

 

 そんなことを考えていると、腹が減っているのに気付いた。先ほどまでは気分が高揚していて気にならなかったようだ。

 

「あー、腹減ったぜ! なあ朝メシはあとどれくらいなんだ?」

 

 それを聞いたパナシェは呆れたように眉間を抑え、フェアは苦笑しながら「今から作るね」と答えた。

 

 こうして朝のちょっとした運動は幕を閉じたのである。

 

 

 

 

 

 スバルはその後、朝食を食べると聖王国に向けて出発することになり、フェア達は店の玄関で彼らを見送ることにした。ただ、リシェルとルシアンだけはまだ姿を見せていない。昨日鍋を食べた後、家に帰ったのだが、もしかしたら寝坊でもしているのだろうか。

 

「いやー、しかし本当助かったぜ。久しぶりに屋根のあるところで寝れたよ」

 

 よほど気持ちよく寝れたのか、スバルは満面の笑みで礼を言った。それを聞いたフェアも笑顔を浮かべて答える。

 

「それならよかった。これからの旅も気を付けてね」

 

「またね、クノンお姉ちゃん!」

 

 ミルリーフもクノンに手を振る。

 

「またいつか、立ち寄らせていただきますね」

 

 今回の往診の帰りに立ち寄りたいところだが、復路は見聞の旅も兼ねて別なルートで帰る予定だった。もっとも、スバル達の考え次第ではまたトレイユに寄ることも考えられるが。

 

「その時はまたお鍋しましょうー!」

 

 フェアの作った鍋料理は実においしく、みな非常に満足できたものだった。そのため、マルルゥの言葉に反対するものはまずいないだろう。

 

「いいですわね、そうしましょう」

 

「ああ、約束だ」

 

 リビエルとアロエリが答える中、クラウレとセイロンはパナシェと話していた。

 

「それでは、気を付けてな」

 

「はい、クラウレさんありがとうございます。……それにその方の手がかりがあれば、ご連絡しますね」

 

 クラウレからこの周辺の状況を聞いたパナシェが謝意を伝える。クラウレは御使いの長としての責務からか、あるいは戦士としての習性からかは不明だが、ミルリーフを狙った襲撃の危険性がなくなった今でも周辺の状況には目を光らせており、よく出かけていた。パナシェにはそうして得た情報を伝えたのだろう。

 

「うむ、すまんが頼んだぞ」

 

 そしてパナシェはセイロンから、彼の探している人物の情報を得たら連絡して欲しいと依頼されたのだ。近くセイロンはリィンバウムを訪れた本来の目的である人探しを再開する予定だった。しかし、一人で探していたのでは砂漠の中から砂金を見つけるようなものなのだ。

 

 そのため、見聞の旅をしていると言うパナシェ達に頼み、それらしい情報があれば教えてもらおうと考えたのだ。

 

「もしバージル様と会われたら、問題なく進んでいますとお伝えください」

 

 クノンが頼んだ。バージルがいるとなれば、まずアティも一緒だと考えていいのだが、彼女達がアティの顔を知っているとは限らない。昨日鍋を囲んでいる時の話ではアティのことまで知っているとは確信できなかったのだ。

 

 ただ、バージルにさえ言ってもらえれば、アティにも話が伝わるのはまず間違いないため、そう言ったのである。

 

「ああ、分かった」

 

 いずれバージルと会うことになるのは間違いない。何しろネロは彼の支配下にあるラウスブルグで人間界に戻るのだから、顔を合わせて当然だ。

 

 そんなこんなでスバル達と別れの挨拶をしていると、リシェルとルシアンが走ってきた。

 

「ごめーん! 遅れちゃった!」

 

 肩で息をしながらリシェルが謝る。

 

「随分遅かったな。寝坊でもしたか?」

 

 にやりと意地の悪い笑みを浮かべながらリシェルに尋ねる。彼女らには昨日の内に朝食を食べ次第、出発すると言うことは伝えていた。その時は二人とも「見送りに行く」という話だったのにもかかわらず、遅れていたため寝坊したものとスバルは思っているようだ。

 

「ち、違うわよ! ちょっとパパに見つかっちゃって……」

 

 リシェルはそうまくし立てるが、実際のところ寝坊はしていた。それでもそのまま忘れじの面影亭へ向かえば間に合うはずだったのだが、運悪く父親のテイラーと鉢合わせになってしまったのだ。

 

 もともとリシェルは父親と折り合いが悪く、テイラーの小言につい言い返してしまい、長々と説教されてしまったのだ。

 

 当然そのことはルシアンも知っているのだが、さすがに実の姉の失態を言いふらす気にはなれず「あはは……」と力なく笑うにとどめていた。ただ、途中で父に言われたことを思い出し、フェアに向かって口を開いた。

 

「そういえばフェアさん、父さんが呼んでたよ」

 

 説教が終わり、姉が不機嫌になりながら出て行った時に父から頼まれたのだ。もともとルシアンは姉ほど父を嫌っていないし、むしろ二人の橋渡し的な役回りをすることが多いため、テイラーも頼みやすいのだろう。

 

「オーナーから?」

 

 フェアは少し嫌そうな顔を浮かべた。忘れじの面影亭の所有者であるテイラーから呼び出されることは珍しいことではない。しかし、行くたびに何らかの文句をつけられたのではやはり行きづらいのである。もちろんテイラーもただ貶めたくて文句ばかり言っているのではないことは理解しているが。

 

「あまり時間を取らせるのも悪いから僕達はそろそろ行くね」

 

「あ、ごめんね。なんかバタバタしちゃって。」

 

「また来なさいよ」

 

 パナシェの言葉にまだ何も言っていなかった二人が言うと、スバル達は手を振りながらも踵を返して街中の方に向かう。そこから中央通りを通ってトレイユを出発するのだ。

 

「行っちゃったか。……さて、それじゃあお店の準備しちゃいましょ。オーナーのところにも行かないといけないし」

 

 スバル達が見えなくなるまで見送ったフェアは、頭を切り替えて昼の営業に向けた準備をすることにした。

 

「私は仕込するから、ネロはテーブルの準備お願いね」

 

「ああ」

 

「ミルリーフもするー!」

 

 ネロと一緒ということでミルリーフも声を上げる。

 

 今の食堂のテーブルは昨夜のまま、みんなが顔を合わせて食事ができるように動かしてあるため、通常の営業用の状態に戻す必要があった。ネロは接客はやらないが準備は手伝っていたため、フェアはテーブルを拭くついでにやってもらおうと思ったようだ。

 

「それじゃ僕達は外の掃除するね」

 

 朝食前に食堂や玄関の周囲の掃除は終わらせているのは常だが、庭などの外の掃除までは手が回らないため、毎日しているわけではない。今回はリシェルとルシアンの時間がたまたま空いていたため申し出たようだ。

 

 そうしてそれぞれが動き出す。実に穏やかな朝だった。

 

 

 

 

 

 それから準備を整えて開店すると、今日も随分と混み合っていた。今では開店から昼時が過ぎるまではずっと満席状態が続き、最も込み合う時間帯には行列までできている。ネロが来たばかりの頃とはだいぶ違うように思えた。

 

 そんな戦場のような昼の営業が終わるとようやくネロ達の昼食となる。今日はそれに合わせたかのようにグラッドとミントも来ている。とはいえ、二人の来訪は珍しいことではないのだが。

 

 むしろ珍しかったのはフェアだ。いつもは休憩も兼ねてゆっくり食べるのだが、今日に限っては急いで食べるとすぐに出かけていってしまった。

 

 テイラーに会いに行くのだろうが随分とせっかちなことだ。

 

「それにしてもオーナーに呼ばれたなんて、一体どんなことでしょうね?」

 

「さあな。最近は客の入りも悪くねぇみたいだが」

 

 おいしそうにデザートを頬張りながら口にしたリビエルの疑問にネロが首を傾げながら答える。最近の忙しさから分かるように客の入りはいいし、それに伴い売り上げも上々だ。少なくともそれ絡みのことではないだろう。

 

「そうらしいな。街でも前以上に評判になってたぞ」

 

 見回りで街の話を耳にする機会の多いグラッドもネロに同意する。最近は悪魔の出没もほとんど確認されていない影響か、旅行者も増加していると言う話で、そうした者達からの評判も上々らしい。

 

「あるいは、お主らのことかもしれんな」

 

「あたし達? 何で?」

 

 セイロンに視線を向けられたリシェルとルシアンは顔を見合わせる。確かにリシェルは父と仲が良くない。しかし召喚師になるための勉強もしているし、そもそもこのことについてはフェアとは関係がないはずだ。

 

「居候させてもらっている我に言う資格はないのかもしれぬが、お主たち、給金をもらっておらぬのだろう? 父君が面白く思わぬのも道理ではないか?」

 

 テイラーにしてみればフェアは自分の子供達をただ働きさせている雇われ店長という見方もできるのだ。とはいえリシェル達が自ら手伝いをしているだけなのは承知だろうが。

 

「でも僕達は好きでしていることだから」

 

「そりゃ確かに最近はかなり忙しくなったけどさ……」

 

 二人ともセイロンの言葉には不服のようだ。しかしいつまでもこの手伝っていられるわけではないのも理解している。

 

「これこれ、そう不満そうな顔をするな。我はあくまで一例を言っただけだ」

 

「でも、確かに最近は二人でなんとか回している状態ですからね。もし病気かなにかでダウンしたら大変ですわ」

 

「そうよね。二人とも勉強もあるでしょうし……」

 

 リビエルの言葉にミントが続く。昔はリシェル達のどちらか、あるいは両方が店に出ることができなくてもフェアが配膳まで行っていた。しかし今の客の入りではそんなことできる余裕はない。

 

「かと言って俺達が手伝ったとしても、いつまでもできないしな」

 

「ああ、なんとか人手を確保するしかあるまい」

 

 アロエリとクラウレの兄妹が言う。いずれここを去る御使い達が協力しても一時しのぎにしかならないことは火を見るよりも明らかだ。やはり根本的な解決が必要なのである。

 

「何にせよフェアがいないんじゃあ……って、ちょうど帰ってきたか」

 

 経営者であるフェアも昨日人手不足については悩んでいるようだったが、それでも当の本人がいないのではいくら話しても意味はない。そもそも最初の話題から少しずれているような気もしたので、話を戻そうかとしたところフェアが戻ってくるのが見えた。

 

 テイラーの住む屋敷までの距離と移動に要する時間を考えると、それほど長く話さなかったのだろう。手には本らしきものを持っているため、それを渡すために呼び出されたのかもしれない。

 

「おかえり、フェアちゃん」

 

「ただいま、みんな」

 

 ミントに言葉を返すが、どこかいつもと違って見えた。

 

「ど、どうしたのフェアさん?」

 

「パパになんか言われたの?」

 

 幼馴染二人に心配されたフェアは、ゆっくりと右手に持った本をテーブルに上げると口を開いた。

 

「実は……、うちの店『ミュランスの星』に載ったの!」

 

 上半期の料理人特集と書かれた本には確かにフェアと忘れじの面影亭の名前が載っていた。

 

「やったね、フェアさん! あの『ミュランスの星』に載るなんてすごいよ!」

 

 本に載るのはスバルの持っていたものに続き二度目だが、今度は最も権威と格式がある「ミュランスの星」に載ったということは、それだけでも店に箔が付くと言うことだ。テイラーが呼び出すのも無理はない。

 

「それでね、副賞ももらったの。シルターン自治区への慰安旅行二人分だって」

 

「いいじゃないの、行ってきなさいよ。結構いいところよ、シルターン自治区は」

 

 せっかくもらったものだから使わないのももったいない。それに一度シルターン自治区を見たことのあるリシェルは行くことを勧めた。帝都近くにある自治区までならそこまで距離はなく、ミルリーフの一件も解決を見ているため特段支障もないのだ。

 

「うむ。時には休むことも大事だ」

 

「確かに最近働き過ぎのような気もしますし、羽を伸ばしていらっしゃいな」

 

 セイロンとリビエルの二人も同意する。残りの二人の御使いも反対ではないようだ。

 

「でもこれ二人分なんだけど……、誰が一緒に行くの?」

 

「はーいっ! ミルリーフが一緒に行く!」

 

 いの一番に名乗りを上げたのはやはりミルリーフだ。その好奇心旺盛な性格から行ったことのないシルターン自治区に興味津々のようだ。しかし、彼女の立場はそれを簡単には許してくれなそうだった。

 

「それなら私達も行きますわ!」

 

 御子であるミルリーフが行くのならば自分達御使いも同行するのが当然、と言わんばかりの勢いでリビエルだが、フェアはそれをぴしゃりと断った。

 

「無理。一人くらいならともかく四人は無理」

 

 最近の経営状況は上向いているとはいえ、かつての収支はとんとん、まともな貯蓄はあまりないのである。そんな状況で御使いに四人分の旅費を出せる余裕などあるわけがなかった。

 

「ならパパが来ればいいんだよ」

 

「俺?」

 

 まさか自分に話が振られるとは思っておらず、話半分で聞いていたらしいネロは、目を丸くして聞き返した。

 

「うん! パパはとーっても強いから大丈夫だよ!」

 

 名案だ、とばかりにミルリーフは自慢げに言った。確かに単純な戦闘力で言えばこの中でもダントツ、護衛としては何の心配もいらないだろう。しかし、彼らも御使いとしての矜持がある。そう簡単に自らの使命を他人に任せるわけにはいかないのだ。

 

「しかし御子さま……」

 

「私はいいよ。ネロだったら」

 

 御使いの長であるクラウレがミルリーフを説得しようとしたところ、フェアに遮られた。

 

 ネロがもうすぐ帰ってしまうことは彼女も知っている。あるいはフェアはこの慰安旅行をまがいなりにも家族としてやってこれた思い出にしようとしているのかもしれない。

 

「しかしだな……」

 

「まあまあ、ネロのこと信頼してないわけじゃないだろう? ここは任せていいんじゃないか?」

 

 グラッドがまだ諦めていない様子のクラウレを説得する。フェアがいいと言っている以上、彼としてもネロとミルリーフが同行することに異議はないようだ。

 

「それは、そうだが……」

 

「だいたい今更ちょっかいかけて来るやつらなんていないわよ」

 

 リシェルがグラッドに加勢する。そもそもミルリーフが至竜の子であることを知っているのはギアンの一派だけであり、それとは既に決着がついている。唯一気がかりなのは逃亡したギアンだが、彼が所属する無色の派閥も先の一斉摘発の影響で弱体化していることは確実で、今動きを起こすだけの余力はないだろう。

 

「クラウレ、ここは任せてみようではないか。御子さまにとっても意味のあることだ」

 

 セイロンもそのあたりは心得ていたし、ミルリーフにとっては親代わりの人物と共に行ける最初で最後の旅行になるかもしれないことを思う。だから、たとえ御使いの使命や矜持を曲げることになったとしても行かせるべきだと考えたようだ。

 

「セイロン……。わかりました、御子さま。どうかお気を付けて。ネロもよろしく頼む」

 

 そして、セイロンの言葉がどこまで伝わったかは分からないが、クラウレも折れた。セイロンに続き御使いの長たる彼まで同意したとなると、アロエリとリビエルの二人も認めないわけにはいかないだろう。

 

(まだ行くといった覚えはないんだが……)

 

 口では「ああ」と短く答えたが、内心はそう思っていた。とはいえ、ネロも出かけるのが嫌というわけではない。むしろトレイユに来て以来、街の周辺にしか出かけていないため、心中では少し遠出するのも悪くないと考えている部分もあった。

 

 ただ、やはり気にかかるのはフェアに負担をかけているところだ。今でさえ衣食住世話になっていて、この上さらに旅費まで出してもらうというのはさすがにネロも気に病むのだ。

 

(足しになるか分からねぇが、後で持ってる分渡すか。どうせ持って帰ったって使えねぇし)

 

 一応、ネロもこの世界の金は持っている。一般的な手段で稼いだ金ではないが。いずれにしてもこの金を使えるのはこの世界だけだ。人間界に持って帰ったとしても使えないのだ。

 

 だからこの機会に使ってしまおうというのだ。世話になっているフェアのために使うのならば惜しくはない。

 

「なら決まりだよ! ママ、いつ出発するの?」

 

 両親と一緒に旅行に行けることになり、嬉しそうなミルリーフはフェアに日取りを確認した。

 

「オーナーにも早く行けって言われてるし、明日にも出発しようか。ミルリーフもしっかり準備してね」

 

 テイラーの考えは「ミュランスの星」の効果で客が増える前に休みを取って、しっかり備えておけということだろう。フェアも思い立ったが吉日と言わんばかりの性格であるため、すぐに出発しようと言ったに違いない。

 

「はーい!」

 

「お手伝いしますわ、御子さま」

 

 準備と言ってもたいしたことをするわけではないが、それでもリビエルが手伝いを申し出るのは、それだけ彼女が大事にされている証拠なのだ。

 

「明日、ね……」

 

 随分性急なことだと思わなくもないが、特段用事もあるわけではないため文句はなかった。ただ、セクターから借りていた工具は出発の前までに返しておこうと思ってはいた。

 

 そしてネロがどうせならこれから返しに行くかと、席を立ったのを合図に他の者も立ち上がる。休憩は終わりというわけだ。

 

 しかし、その中でリシェルとルシアンだけは少し話し込むようにしていたのがネロには気になっていた。

 

 

 

 

 

 翌日、ネロ、フェア、ミルリーフの三人で行く予定だったシルターン自治区への慰安旅行には二人の追加があった。リシェルとルシアンである。

 

 昨日の段階では一緒に行くなんて一言も言ってなかったのに、いざ出発となって正門まで来たらこれである。フェアも少し呆れていた。

 

「昨日の今日でよく認められたわね。あんた達……」

 

 昨日の朝の段階ではリシェルは父テイラーと言い争いの喧嘩をしていたはずなのに、自腹とはいえシルターン自治区まで行きたいという話を同日にしてよく了承が得られたものだ、フェアは驚いてもいた。

 

「うん。でも、フェアさん達が三人で行くっていう話をしたら父さんも認めてくれたんだ」

 

 ルシアンもまさか許可が出るとは思っていなかったようで、その時の状況を話した。するとそこにリシェルが自慢げな顔で付け加えた

 

「あんた案外信頼されてないんじゃないの? だからパパはあたし達が一緒に行くのを認めたに違いないわ!」

 

「いや、それはないな」

 

 意気揚々と言った様子のリシェルの言葉をグラッドが否定する。

 

 そもそもこのシルターン自治区への慰安旅行という副賞を渡してきたのはテイラーだ。信頼されていないのならその時点で渡すことはなかっただろう。さらに言えば、仮に誰かをつけなければ遠出させられないほどフェアの信用がないからという理由でリシェルを同行させることはないだろう。そんなことをすればむしろ不安が倍増するというものだ。

 

「もう、何よそれ!」

 

 グラッドに対してリシェルが抗議の声を上げている時、ミントは旅行に行く中で最年長のネロに話しかけていた。

 

「ネロ君。みんなの引率、お願いね」

 

「分かってるが、そんなに心配いらねぇだろ」

 

 ミントから見ればフェア達はまだ子供だ。だから引率を頼むのは当然と言えるが、ネロとしてはミルリーフはともかく、他の三人についてはそれほど気を張る必要ないと考えていた。フェアはしっかりしているし、リシェルはシルターン自治区まで行ったことのあるような話で、ルシアンも無茶をするような性格ではないからだ。

 

「土産話、期待しているぞ」

 

「くれぐれも御子さまの安全には気を配ってくださいな」

 

「はいはい、昨日から何回も聞いたよ」

 

 セイロンの言葉はともかく、リビエルの言葉にネロは少し嫌そうな顔をしながら答えた。実のところこうした類の言葉は、昨日からしつこいまでに言われていたのである。さすがに何度もそう言われては辟易していた。

 

「俺も休暇が取れれば一緒に行ってやったんだけどな」

 

 リシェルの文句の嵐をかいくぐったグラッドが言う。さすがに昨日の今日では休暇を取る暇がなかったようだ。やはり街に一人しかいない駐在軍人が休暇を取ることはすぐに出来ないのだろう。

 

「ねぇー、早く行こうよー」

 

 ミルリーフは初めての旅行に待ちきれないのか、フェアの服の袖を引っ張りながら言う。

 

「そうだね、そろそろ行こうか。あんまり遅いと宿につけなくなっちゃうしね」

 

「よーし、それじゃしゅっぱーつ!」

 

 フェアの言葉を聞いたリシェルのやたら元気な声による宣言により、ネロ達五人の旅行が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からのサブイベントは原作とはかなり違ったものとなる予定です。

さて、DMC5ですが想像以上に面白そう。ダンテはとうとうバイクを武器にしそうだし、TGSが今から楽しみです。
ところでボスのゴリアテさんからはベリアルのような雰囲気を感じる……。



次回は9月16日(日)に投稿予定です。

ご意見ご感想、評価等お待ちしてます。

ありがとうございました。

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