トレイユからたっぷり時間をかけて歩いたネロ達はようやくシルターン自治区についた。帝都ウルゴーラの郊外、高い岩山の麓に位置するそこは、見るからにリィンバウムとは異なる建築様式の建物で埋め尽くされていた。
(壁はともかく、屋根は見たことあったな……)
朱色を主とした外壁はネロの記憶にはないものだが、屋根を覆っている四角形の黒い板のようなものはリィンバウムに召喚される前に訪れていた日本という国で見たことがあった。異世界とはいえ同じ人間がいる以上、意外と共通点も多いのかもしれない。
「ママ、見て! 真っ赤なおうち!」
「ここがシルターン自治区なんだ、すごいね!」
トレイユとは全く違う景色に驚き目を輝かせたミルリーフとフェアは嬉しそうに言い合った。ここまで時間をかけて歩いてきた甲斐があったと言うものだ。
「さあ、こんなところで騒いでないで行くわよ! 私が案内してあげるからついてきて!」
一度ここを訪れたことがあるリシェルは自信たっぷりに宣言した。ここはまだ自治区に入ったばかりの場所であり、見所は他にいくつもある。時間も無限にあるわけではないので、名所を多く見るには時間を無駄にするわけにいかないのだ。
そしてリシェルをガイドにシルターン自治区の中を進んで行く。帝国有数の観光地だけあって観光客らしき人も多く見られ、そうした人達をターゲットにした土産品店や料理店が軒を連ねていた。
「うわぁ、すごいね……」
トレイユの中央通りも活気に満ちていたが、ここはそれ以上だ。その迫力に圧倒されたようにルシアンが呟いた。
ネロも同じように周りを眺めていたが、ルシアンのように圧倒されたわけでもミルリーフやフェアのように好奇の視線を向けているわけでもなかった。
(…………)
「どうしたのネロ? そんな怖い顔して」
とても楽しんでいる様子には見えないネロに気付いたフェアが尋ねると、ネロはぶっきらぼうに答えた。
「なんでもない。店の品定めをしていただけだ」
それを聞いたリシェルは呆れたように笑う。
「気が早いわよ。お店はここだけじゃないんだから」
シルターン自治区の入り口から真っすぐ伸びている道は、道幅も広いメインストリートと言えるものだ。それだけに店も多いが、シルターンの豊富な料理を楽しむのならこの周辺に限定するべきではないのだ。
「わかってるよ」
ネロも言葉を返す。しかしそもそも、さきほどの言葉は周囲を難しい顔で見ていた言い訳に過ぎなかったのだ。
(……またか)
ネロは一瞬自分の右腕を見る。先ほどからロングコートと厚手の手袋に隠された右腕が疼いていたのである。それはつまり、近くに悪魔がいるということに他ならない。
だが実は、右腕が疼くのは今日二度目のことだった。自治区に来る途中の帝都の中でも同じように右腕が疼いたことがあったのである。
悪魔は人が多く居住しているところの方が現れやすいということは、ネロも経験上知っている。この世界に現れる悪魔は元が同じである以上、人間界に現れる悪魔と変わりないはずだ。だからトレイユより遥かに人口が多い帝都で悪魔が現れたとしても不思議ではない。
問題は、悪魔の気配を感じても当の悪魔が姿を見せないことだ。本能で生きているような連中が手当たり次第に暴れないのは実に奇妙なのである。
(仕掛けるなら夜か……)
だがネロはこれと似たような状況を知っていた。むしろ数年間デビルハンターとして稼いでいたため、人間界に現れるような悪魔に関してはほぼ全てのパターンを知っていると言っても過言ではない。
そうした記憶の中には今回の同じような状況があった。その時現れたのは悪魔憑き、すなわち悪魔に憑りつかれた人間だった。
悪魔憑きと言っても、憑りつかれる悪魔によってその行動は異なる。大抵の場合はただの依り代と化してしまい、悪魔によって体も意識も支配されてしてしまう。しかし、憑りついた悪魔が余計な知恵をつけていると、普段は憑かれる前と変わらぬように過ごし、好機を見て本性を現し襲いかかるような手段を用いる場合があるのだ。
今回感じ取った悪魔もそうした類の存在であるとネロは考えていたのだ。
もっとも、いくら知恵をつけたとはいえ、所詮は下級悪魔。右腕で悪魔であるかを判別でき、戦闘能力も申し分ないネロであれば始末すること自体は容易いことだ。しかし、いくら悪魔とはいえ姿は人と変わらない。そんな存在を殺すところを見られれば間違いなく犯罪者として扱われかねなかった。
そのため、もしその悪魔を狩るのであれば、周囲の状況には十分に気を付けなければならないのである。その他にも、あえて悪魔の正体を暴いて始末するという方法もあるが、それは逆に自ら周囲を危険に晒すという意味でもあり、安全には気を配るという意味ではたいした違いはない。その意味では決して楽な仕事というわけではない。それでも、ネロはデビルハンターとしてプライドも持っており、悪魔を見逃すなどするつもりはなかった。もし見逃してしまえば恋人に会わせる顔がなくなってしまう気がした。
しかし同時に、今のネロはフェア達の保護者的立場でもある。分かれて行動するのは論外だし、彼女達を危険に巻き込むわけにもいかない。結局のところ、夜中になってから行動するしかなかった。
そしてネロは周囲への警戒を怠ることなく、前を歩く四人のあとを歩いて行った。
「あーあ、惜しかったなぁ……」
テーブルに突っ伏したフェアが口を尖らせながら呟いた。手には一枚のチラシが握られている。どうやらそれが、彼女が少しばかり不機嫌になっている原因のようだ。
「仕方ないよ、フェアさん。そんなのがあるなんて全然知らなかったんだから」
「本当にあんたは料理バカねぇ……」
ルシアンは宥めようとしているが、リシェルはそんなフェアに呆れたような視線を送っている。
フェアの握っているチラシに記載してあるのは「名物料理コンテスト!」と題された創作料理の大会だ。シルターン自治区活性の為の新名物を決めるものらしく、優勝者には食材が一年分もらえるらしい。
おまけに料理人のプライドを刺激するような文言もあったのだが、開催されるのがもう少し先であるため日程的に参加は不可能だったのだ。
「ママの料理だったら優勝できたかもしれないのにね」
普段からフェアの料理のおいしさを知っているミルリーフも残念がっている。シルターン自治区でもこれまでいろいろな料理を食べたが、やはり母親の料理が一番のようだ。
「ありがとね、ミルリーフ」
その言葉にフェアが礼を言っているとルシアンがドアの方を見ながら口を開いた。
「それにしてもネロさん遅いね」
一通りシルターン自治区を刊行した彼らは、これまで名物やシルターン料理の食べ歩きをしていた。そして今日の最後の食事としてこの店を選んだのである。
大きな通りに面した大型の店舗であり、観光客にも人気なのか席に案内されるまで多少の時間を要したほどだ。店内は忘れじの面影亭のように大きな部屋にいくつものテーブルが置かれたスペースと簡易的な部屋に分かれたスペースがある。フェア達が案内されたのは後者のほうだった。
そしてネロは席について注文をするなりトイレに行くと言って席を立ったのだが、まだ戻ってきていなかった。
「満席みたいだし、混んでるんでしょ。それに頼んだ料理もきてないんだから別にいいじゃない」
心配性な弟の言葉にリシェルは投げやりに答えた。それにここはシルターン自治区だ。リィンバウムの人間ではないと分かっても、他の場所ほど露骨に態度を変えられることはない。
そんな話をしていると、ちょうどそこにネロが戻ってきた。それを見るなりリシェルはそれ見たことか。と言わんばかりにルシアンに視線を返した。
「あれ? パパ……」
席についたネロに気付いたことがあったのか、ミルリーフが声をかけようとした時、再びドアが開かれた。そこにいたのは注文した料理を手にした店員だった。
「いいタイミングだったね、ネロ」
料理が並べられていく中、フェアが言った。もう少し戻ってくるのが遅かったらみんな先に食べていたかもしれない。
「ああ、そうだな。……で、どうしたんだ、ミルリーフ?」
ネロはフェアにそう答えると、今しがた何か言おうとしたミルリーフに尋ねた。ちょうど店員が来たため、途切れてしまったのだ。
「ううん、何でもないよ」
「それならいけどよ……」
ネロがそう返したあたりで、料理も全て出そろったようだ。店員は「ごゆっくりどうぞ」と言って部屋を出て行く。
「さ、食べましょ!」
様々な種類の作り立ての料理からは食欲をそそるような香りが立ち昇っている。ここに来るまでにそれなりに食べてきたのだが、また食欲が湧いてくるようだ。
そして誰からともなく、料理に手を付けていった。
「うぅ、食べ過ぎた……」
店での食事を終えた一行は今日の宿に戻っていた。宿泊の手続きはフェアに任せ、ルシアンはロビーにある椅子でもたれながらぐったりしていた。
「だらしないわねぇ」
彼がこうなったのは食べ過ぎが原因である。さきほどの店に入る前にも何件かで食べ歩きしたのがよくなかったのだろうが、もともと少ししか食べていなかったミルリーフはともかく、他の三人も満腹であれど、彼ほど具合は悪そうではないため、単にルシアンは食が細いだけだろう。
「お待たせ。手続き終わったよ」
「はい。リシェルお姉ちゃんたちの部屋の鍵だよ」
フェアから任されたのか、ミルリーフがリシェルに部屋の鍵を渡す。さすがに今のルシアンに渡そうとは思わなかったようだ。
「ありがと、ミルリーフ。ほらルシアン、行くわよ」
「う、うん。それじゃみんな、また明日」
見るからに息も絶え絶えの状態のルシアンはリシェルの肩を借りながら部屋に向かった。リシェルも何だかんだ言って肩を貸すあたり、姉弟仲は良好らしい。
「ネロは私達と同じ部屋だけど、それでいいよね?」
一人部屋をもう一つ借りるより、多少無理しても二人部屋に三人泊まった方が料金的にお得なのだ。それに三人とは言っても、その内一人は子供であるため、さほど窮屈な思いはしないだろうという考えもあった。
「ああ、構わねぇよ」
リシェルとルシアンの分は別だが、ネロの分の旅費は全てフェア持ちだ。ネロとしてはわがままを言える立場にはないのである。
ネロの同意を得たところで、まずは部屋に行くことにした。
「へー、うちの部屋みたいなものなんだ」
寝間着に着替えたフェアが改めて部屋の中を見回していった。
部屋の内装は外壁のような朱色を基調としたものではなく、床は木材そのもの色を、壁は白を主としたものになっておりオーソドックスな部屋と言える。その点は忘れじの面影亭とたいして変わらなかった。
ただ、それでもベッドやタンス、窓枠などには朱色が使われている。もしかしたら朱色というのはシルターンの人々にとって、重要な色なのかもしれない。
「真っ赤よりは全然いい」
実のところネロは、部屋の中も外壁と同じ色になっていることを覚悟していたのだ。それが拍子抜けするくらい普通の部屋にほっとしているようだ。
「自治区も観光地、客商売だからね。こっちの人にも泊まりやすい部屋にするのは当然でしょ」
「そういや、お前のところも変ってわけじゃないのに、ほんと誰も泊まらないな」
もっともなことを言うフェアにネロが突っ込んだ。
「うちは立地が悪いだけ! もっといいところにあれば絶対泊まってる人はいるから!」
「その割に飯時は入ってるじゃないか」
忘れじの面影亭は立地が悪くとも料理がうまい店と評判だ。だからシルターン自治区まで来ることができたのだが、本来の宿屋としては一向に客は入らない。むしろネロは宿屋として認識されていないんじゃないかと思っていた。
「そ、それはそうだけどさぁ……」
フェアとしても自覚はあった。今はネロ達がいるから、という言い訳が立つかもしれないが、仮に彼らが去ったとして宿泊者が増える保証はどこにもなかった。
一応料理人としては本にも掲載されるくらいになり、実際に営業中は行列ができるほど混んでいる。当然売り上げも十分で、生活費に困っているわけではないし、オーナーから文句を言われているわけでもない。
それでもやはり宿屋と掲げている以上、フェアも複雑な思いを抱いているようだ。
「ふぁ……」
そんな言い合いをしているとミルリーフが大きく欠伸をした。今日は朝から動き続けていたのだ。疲れていてもおかしくはない。
「少し時間は早いが、そろそろ寝とくか? 明日もあることだし」
「うん。……ほらおいで、ミルリーフ。一緒に寝よ」
この部屋にはベッドは二つしかない。そのためどちらかがミルリーフと寝なければならないのだが、さすがにフェアと比べ身長があるネロにそんなことを頼むわけにはいかない。
「うん……」
眠い目を擦りながらミルリーフはフェアの元に行く。彼女がベッドに横になったのを見たネロが、大きな鏡の傍にあるランプのところに行きながら言った。
「明かり消すぞ」
ネロとしてはあまり眠くはないが、ミルリーフが寝るのには邪魔になるだろうと思ったのだ。
「それじゃあ、おやすみ。ネロ」
「ああ」
フェアはミルリーフの隣で横になりながら言った。ネロは背負ったレッドクイーンを壁に立てかけ、コートを脱いでベッドに横になりながら答えた。
(寝静まったら行くか……)
もっともネロはこれから一仕事する予定だったため、寝るつもりはなかった。もちろんそれにはフェア達を巻き込むつもりはなかったため、二人が寝入った頃を見計らって出て行く算段だった。
それからしばらくして、ふとした拍子に目が覚めたミルリーフは無造作に起き上がり、周りを見渡した。同じにベッドにはフェアが穏やかな寝息を立てて寝入っていたが、隣のベッドは誰もいないもぬけの殻だった。
「パパ……?」
最初はトイレにでも行っているのかと思った。しかし、コートはおろか立てかけられていた得物までなくなっていることに気付くと、彼が出て行ったのだと思った。
「ママ! 起きて!」
「……なに? どうしたのミルリーフ?」
いきなり大きな声で起こされたフェアは眠そうな顔で尋ねた。
「パパが、パパがいないの!」
「ど、どういうこと?」
ただ事ではない様子に眠気が吹き飛んだフェアは聞き返すとミルリーフは、偶然起きたらネロの姿がなく、レッドクイーンもなくなっていたことを話した。
「探しに行こう!」
フェアの決断は早かった。すぐに普段着に着替えるとミルリーフと共に部屋を飛び出した。一瞬、リシェル達にも協力を頼もうかと考えたが、すぐに追いかけた方が早く見つかるかもしれないと思い、すぐに宿から出て探すことにした。
「ミルリーフ、どっちに行ったと思う?」
宿は自治区の入り口近くの大通り沿いにある。夜は始まったばかりであるため宿の外は多くの人で賑わっていた。この中からネロを探すのは容易ではない。そもそも自治区の中の方へ行ったのか、自治区を出て帝都へ行ったのかすらも分からない状況だ。
確率は二分の一。フェアは最初にネロがいなくなったことに気付いたミルリーフに任せることにした。
「たぶん……あっち」
「わかった。行こう!」
ミルリーフが指さしたのは自治区の外、帝都の方向だった。それを確認したフェアはミルリーフを抱いて走りだす。こっちの方がミルリーフが走るより速いのである。
それから自治区を出たフェアとミルリーフは帝都の中を探し回るが、トレイユの何倍も広くシルターン自治区以上に通りを歩く人も多い帝都でネロを見つけることは困難だった。
「見つからないね……」
半ば諦めながらフェアはミルリーフを見た。もしミルリーフが疲れているようだったら一度戻ることを考えた方がいいかもしれない。
「……ねぇ、ママ。ミルリーフ思い出したことがあるの」
「どんなこと?」
しかしミルリーフはこれまで見たことないような真面目な顔をしていたため、フェアはよく話を聞くことにした。
「今日お店でパパが戻ってきた時、変なにおいがしたの。そのときは何のにおいか分からなかったけど、思い出したよ。……あれパパが銃っていうのを撃ったときのにおいだよ」
「ってことは、ネロは戦ってたってこと……?」
いくら人の声で騒がしかったとはいえ、フェア達に銃声が聞こえなかったということは、もしかしたらネロはトイレではなく店の外にまで行って銃を使うような状況にあったのかもしれない。
そしてフェアは、ネロが宿から抜け出したのもそれに関係しているような気がした。
「わかんない……でも……」
「このままってわけにはいかないよね?」
フェアの言葉にミルリーフがこくんと頷いた。もちろんフェア自身も同じ意見だ。先ほどまでの諦めはとうに消え失せていた。
「よし、それじゃあもう一度探してみよう!」
やる気を取り戻したフェアがそう宣言した時、彼女の視界の端にネロの姿が映った。すぐに道を曲がり見えなくなったがあれは間違いなくネロだ。
「いた! 見つけた!」
ミルリーフを抱えてフェアは走りだす。距離はだいぶあるし、周りの雑音も大きいため声を出しても届かないだろう。姿も見えない以上、直接追いつくしかない。
そうしてネロが姿を消した通りへ入ったフェアとミルリーフだったが、そこには既にネロの姿はなかった。この通り自体も先ほどまでいた所に比べ人通りが少なく、どこか不気味な印象を与えた。
「変なところだね……」
それはミルリーフも同じらしく、二人は恐る恐るといった様子でその通りを進んでいく。次第に背後から聞こえる喧騒も小さくなり、まるで人のいない異世界へ迷い込んだような気さえした。
「どこ行ったんだろ……?」
しばらく進んでも全くネロの姿が見えないため、思わずそう呟いた瞬間、ちょうど目の前の建物から銃声が聞こえた。
「っ……!」
思わずミルリーフを抱きしめながらフェアは近くの物陰に隠れた。しかし銃声はそれ以降、聞こえなくなった。
「ネロ、かな……?」
銃声ということでネロのことを思い浮かべたフェアがゆっくりとその建物へ近づいた。さきほど気付かなかったが、どうやらそこは酒場のようだ。
そしてゆっくり扉を開けると、レッドクイーンを手にいくつもの血だまりの中に立つネロがいた。
「パパ……?」
ミルリーフの声で気付いたのか、ネロがフェア達の方へ視線を向ける。次いで苦虫を嚙み潰したような顔をした。まさか彼女達がここにいることは想定外だったのだろう。
「あー、来ちまったのか」
そう口にしたネロはまいったと言わんばかりに頭を掻いた。
「あの、ネロ……これは?」
フェアの言葉に正直に答えることにした。ここまで来てしまった以上、嘘を言うわけにもいかない。
「仕事だよ。前にも言ったが俺の仕事は悪魔退治……と言っても今回はボランティアだけどな」
悪魔が存在するのを知って見逃せばそれは新たな犠牲が生まれるのを黙認したにも等しい。デビルハンターという職業は慈善事業なのではないが、ネロは献身的な恋人の影響か、こうして依頼の有無に関わらず悪魔を狩ることは珍しくないのだ。
「これが、悪魔……」
フェアはゆっくりと近づいて既に死体となっている悪魔の姿を見た。それほど光量があるわけではないので細部までわかったわけではないが、それでも人の体の一部らしきものは見えたため、すぐに目を背けた。
「こいつらは悪魔憑きって言ってな。悪魔に体を乗っ取られた人間なんだよ」
レッドクイーンを肩に担ぎながら難しい顔をしていた。ここにいる悪魔を始末したのはネロだが、彼とて元は人間であった存在を殺すのに何の躊躇いもないわけではない。しかし悪魔が現れる媒体となってしまった人間を救う術がないのも事実。ネロにできるのは、せめて安らかに眠ることができるように、死を与えることだけなのだ。
「もしかして宿に行く前もこんなのと?」
「……気付いてたか。気を付けたつもりだったんだけどな」
やはりフェアやミルリーフの予想通り、ネロは悪魔と戦っていたようだ。もっともそれは狙ったものではなく、偶然すぐ近くに悪魔憑きがいたため仕方なく片付けただけだったが。
「……これでお仕事は終わったの?」
「ああ、たぶんな」
ミルリーフの問いに答える。今のところのネロの右腕が疼くことはない。少なくとも近くに悪魔がいないのは間違いない。しかし、これで帝都の悪魔が全て片付いたとは思わなかった。シルターン自治区にそしてこの酒場と一日の内に二度も悪魔と遭遇したのだ。他にいたとしても不思議ではない。
しかし、確固たる証拠もなしにこれ以上悪魔を捜索することは難しいし、何よりこれ以上二人を付き合わせるわけにもいかない。そう考えてこれで切り上げることにしたネロは、フェア達を先導するように酒場の入り口に歩く。
「さあ帰ろうぜ」
「で、でもここはどうするの?」
凄惨な殺人現場と化している酒場を放っていくのはどんなものかとフェアが尋ねた。
「明日になったら誰か気付くだろ。それとも面倒事に巻き込まれたいのか?」
こんな現場に居合わせて素直に返してくれる者などどこにいないだろう。いくら悪魔とはいえ、それを知らぬ者からすれば、ネロは間違いなく大量殺人の主犯なのだ。おまけに召喚獣ともなれば問答無用で殺されかねない。もっとも返り討ちにあうのが関の山だろうが。
「う……」
それはやはりフェアも分かっているようで短く呻くと大人しくミルリーフを抱えたままネロに続いた。しかしネロは扉を開けることなくその前で立ち止まっていた。
「パパ、どうしたの……?」
思わずミルリーフが尋ねると、ネロは無言のままコートを脱いで頭から二人を隠すようにフェアにかぶせた。長身のネロが着ていたものだったため、フェアが頭からかぶってもまだ丈に余裕があるようだ。
「え……?」
いきなりの行動に目を丸くして驚いていると、ネロが耳元に口を寄せ小さな声で言った。
「外に誰かいる。そのまま顔を見られないようにしてろ」
そしてネロは鋭い視線をドアの外にいる何者かに向けた。フェアには伝えていないが、ネロは外にいる何者かの放つ殺気を感じたのだ。右腕が疼かないため悪魔ではないだろうが、どうもきな臭い。
姿を見られないようにフェアとミルリーフに自分のコートを着せたネロは、いっきに扉を開けて外に出た。
視界に入ったのは二人。開けたドアの近くの一人と、酒場全体を視界に入れるように対面の街灯の近くにいた一人だ。
ネロはドアの近くにいた男のみぞおちあたりに拳を叩き込んだ。強烈な痛打によって意識を失った男が頭から地面に倒れ込む。下は石畳だ。歯や鼻の骨が折れたかもしれないが、命に別条はないだろう。
「っ!」
その様子を見たもう一人の男がパニックを起こしたのか、顔を青くして何か叫ぼうとしていた。
「させねぇよ」
しかし男が叫ぶより早く間合いを詰めたネロが右腕で男の口を塞いだ。
「気を付けろよ。じゃなきゃあんたのこのナイフみたくなるぜ」
ネロはいつの間に抜き取ったのか、その男の得物らしい短いナイフを左手に持っており、それをまるでおもちゃのように粉々に握り潰した。もちろんネロの左手には傷一つついていない。
「……!」
それを見た男は青かった顔をさらに青くして、何度も首を縦に振った。それを見たネロは口を開いた。
「ここで何してるかなんて野暮なことは聞かねぇよ。……てめぇらに命令した奴のところまで連れてってもらおうか」
できるなら何をしていたかまで聞きたかったのだが、この場を誰かに見られるのも望まないことだったので、恐らく酒場の悪魔にも関係しているだろう、彼らに命令した者のところへ案内してもらうことにしたのだ。
ネロは知らないことだったが、男は金で雇われ、酒場に入る者の監視と朝まで出てきた者がいればそれを殺す仕事を与えられただけの存在だった。
当然、命を捨ててまで雇い主に義理立てするはずもなく、男はネロの要求に何の抵抗もなく頷いたのだった。
今回も思ったよりはやく投稿できました。
DMC5のダンテの新武器はどれ使い勝手よさそうなのでないより。でもバルログって炎獄の主とのことですが、ベリアルの後釜なのでしょうか。ちょっと気になるところです。
さて、次回は10月13か14日に投稿予定です。いつもとは違う時間になるかもしれませんがよろしくお願いします。
ご意見ご感想お待ちしてます。
ありがとうございました。