Summon Devil   作:ばーれい

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第93話 窮余の一策

 暗い部屋の隅で一人の少年が縮こまっていた。

 

 いつもなら彼の祖父が虐待同然の実験に連れ出す時間なのだが、いまだに現れていない。少年はいつ現れるか分からない祖父の幻影に怯え、鍵のかけられた部屋のドアから見えないように、ベッドの陰に身を隠していた。

 

「……?」

 

 そうしてどれだけの時間待っていたのだろうか。いつまで経っても祖父は現れなかった。

 

 もはや実験に飽きたのだろうか。そんな疑問が少年の頭によぎるが、すぐに打ち消す。あの男は自分を憎んでいる。メイトルパの幽角獣が祖父の娘に狼藉を働いた結果、産まれた自分を仇敵のようにしか見ていないのだ。仮に実験が終わったとしても、自分から興味を失うことなどありえない。

 

「…………」

 

 光の刺さない部屋の中で少年はいつしか、ベッドの陰から顔を出してドアの方を注視していた。暗くてよく見えないが、それでも誰の気配を感じることはなかった。

 

 いつもなら朝の訪れと共に部屋から連れ出され、虐待なのか実験なのか分からない時間を過ごし、日が落ちるころ、息も絶え絶えになった少年はボロ雑のようにこの部屋に戻されるのが日常だった。

 

 父や母が助けに来てくれるという希望など少年はとうの昔に捨て去っていた。祖父から二人に見捨てられたと聞かされたからだ。母にしてみれば望まぬ子を助けようとなど思わないだろうし、父は母すら捨ててメイトルパに逃げ帰ったのだという。もしこの世界にいれば祖父の憎しみを受けたのは父だっただろう。だから自分を憎む祖父の言葉でも、それが真実だと認めるしかなかった。

 

 そうしてどれだけの時間が経っていたか、少年には分からなかった。日の光すら差さないため時間の感覚がマヒしていたのだ。

 

「っ……」

 

 意を決してドアに近付く。やはりどれだけ近づいても人の気配は感じず、物音一つ聞こえなかった。

 

(……あれ?)

 

 ふと少年は気付いた。ドアに鍵がかかっていなかったのだ。今までにこんなことなどなかったし、そもそも記憶にある限りでは、この部屋に戻されたあとしっかりと鍵が掛けられた音も耳にしている。

 

 そっとドアに触れ、ゆっくりとそれを開ける。恐る恐る顔を出して、周囲を見渡すがやはり人の気配は感じない。

 

「…………」

 

 少年は息を殺して部屋を出ると、足音を立てないようにしながら階段を目指した。自分の部屋が地下にあることは知っている。だからまずは一階に行こうと思ったのだ。

 

 階段の下まで来ても一階からは物音一つしない。だが、異臭が漂っていることには気付いた。

 

(これって、血……?)

 

 祖父からの虐待で少年は血を流すことは珍しくなかったため、その異臭が血によるものだとすぐに気付いた。

 

 もしかしたら上で何かあったのかもしれない。それでも今は何も聞こえないため、きっともう全て終わっているはずだ。少年はそう言い聞かせて静かに階段を上っていく。

 

「ひっ……」

 

 その先で少年が見たものは、死体の山と床や壁に飛び散った大量の血痕だった。死体はどれも知らない人物だったが、彼らの着ている鎧にはどれも同じようなものであるため、きっと祖父が使っている兵だろうという推測はできた。

 

 不思議なのは、死体となっているのはそうした兵士だけで、彼らが戦った相手の死体は一切なかったことだ。その上、死体の中には胴を両断されているような、とても人間の仕業とは思えないものもあった。

 

 少年は足早にその場を後にすると、屋敷の中を当てもなくさまよった。いつの間にか太陽は昇りきっていたので、何かを探すのには苦労しない。

 

 しばらくして少年はある部屋の前まで来た。祖父の部屋だ。これまでにいくつかの部屋に入ったことはあったのだが、やはりこの部屋の扉の開けるのには勇気が必要だった。

 

 そして、扉を開けた先にあったのはやはり、祖父の死体だった。よほど恐ろしい目にあったのか、あるいは命乞いした上で殺されたかはわからないが、その恐怖で歪んでおり、とても自分を痛めつけて狂ったように笑っていた男と同一人物とは思えなかった。

 

「…………」

 

 しかし少年はそれを見ても、何の感情も湧かなかった。もう苦痛を受けることがなくなったという安堵も、抵抗する間もなく殺されたことへの嘲りも、そしてもちろん憐みや同情も一切感じない。

 

 残されたのはただ、虚無感だけだった。

 

 

 

「ああ、くそ……なんて夢だ……、いまさらあの時のことを思い出すことになるなんて……」

 

 聖王国との国境近くの都市、その場末にある宿屋の一室でギアンは目を覚ました。先ほどまでに夢に見ていたのは彼の子供の頃の記憶だったのだ。

 

 夢で見たあの日からもう何年になるだろうか。

 

 後になって分かったことだが、ギアンが閉じ込められていた屋敷を襲ったのは、当時から無色の派閥や紅き手袋を襲撃していた青いコートの男だという話だった。

 

 今でも彼の正体はもちろん、どういう理由であの屋敷を襲撃したのかも不明だった。いずれにせよ、あれがなければ祖父による虐待はもっと続いていたに違いない。その意味ではギアンの恩人と言っていいだろう。

 

 おかげでギアンはクラストフ家の跡取りとして、その全てを手に入れた。

 

 クラストフ家の全てを手に入れたギアンが最初にしたことは、自分の両親がどうなっているのかを調べることだった。祖父から聞かされていたのだが、やはり心のどこかでは、今でも自分のことを心配してくれているのではないかと期待していたのだ。

 

 そして実際に母はその通りだった。既に亡くなっていたが、死の間際までギアンのことを心配し、お守りまで作ってくれていたのだ。だが、父に関しては祖父の言葉通りだった。自分はおろか、母まで見捨ててメイトルパへ戻ったというのだ。

 

 それを知った時、何もなかったギアンの中に激しい憎しみが生まれた。自分があんなに苦しんでいた時も、母は死の淵にあるときは、父は故郷メイトルパで悠々と暮らしていたに違いない。それが許せなかった。

 

 それからだ。ギアンが手に入れたものを使って、父への復讐を果たそうとしたのは。そして都合のいい駒を集め、軍団を編成し、メイトルパへ渡るための「船」であるラウスブルグさえ手中に収めた。後は竜の子を手に入れれば復讐を果たせる。

 

 しかしその目論見はあっけなく崩れた。奇しくもギアンを救った男と同じ色のコートを着たバージルに。あるいは彼こそが、二十年以上前に派閥を襲撃していた男本人かもしれない。

 

「今に見てろ……僕は必ず竜の子を手に入れてやる……!」

 

 それでもギアンのミルリーフへの執着はますます激しくなるばかりだった。だが今のギアンからはラウスブルグを攻め落とした時のような冷徹さは感じられない。むしろどこか壊れているような、そんな危うさすら感じさせた。

 

 だが、それもそのはず、彼は竜の子をたった一人で手に入れようとしていた。前回はクラウレの裏切りという予想外の事態があったとはいえ、手持ちの戦力全てをつぎ込んでも竜の子を奪うことはできなかったにもかかわらずにだ。

 

 一応、ギアンには秘策があるようだが、それでも単独で挑むという暴挙は正常な思考を持っているのならまずやらないだろう。そういう意味でも彼は狂っているとしか言いようがなかった。

 

 そしてギアンは暗い笑みを浮かべながら部屋を出て行った。彼の切り札たる一つのサモナイト石をポケットにしまいながら。

 

 

 

 

 

 同じ頃、ラウスブルグでは最後の同行者であるハヤトとクラレットがようやく到着した。

 

「遅くなってしまい、申し訳ありません」

 

「随分かかったね。何かあったの?」

 

 頭を下げるクラレットにアティが尋ねた。アティが以前に手紙で聞いていた話では、それこそレナードが合流する前に到着していてもおかしくはなかったはずだが、現実にはレナードよりもずっと遅くの到着となったのだ。

 

「いや、予定通りに出発したんだけど、実は帝国にはいってすぐの町でお金に困ってるシルターンの人がいてさ。サイジェントに戻って仕事の紹介とかしていたんだよ」

 

 最近のサイジェントは数年前に大きな方針転換をした影響か、発展著しく色々なところで人を募集している。おまけに単純な作業が主の日雇いの仕事であればさほど素性を気にせず雇ってくれるのだ。

 

「本人は楽器の演奏で稼ぎたいようでしたけど……」

 

 クラレットが付け加えた。シルターンの楽器である三味線を使った演奏は確かに目を引くものがあるのだが、どうも気分が乗ってくると歌い出す癖がある上、想像を絶する音痴であるため、それだけで必要な稼ぎを得るのは難しいのが現状だった。

 

「なんだ、一度サイジェントに戻っただけだっただね」

 

 ホッとしたように息を吐いた。思ったより到着が遅くなっていたため、彼女は何かあったのではないかと心配していたようだ。

 

「……相変わらず甘いな」

 

 そんなアティとは対照的にバージルは呆れたように呟いた。彼にしてみれば見ず知らずの相手にそこまで世話を焼く必要などあるとは思えなかった。精々サイジェントの場所でも教えればそれで十分だろう。

 

「まあまあ、いいじゃないですか。これで後はネロ君達を呼びに行くだけですし」

 

 予定していたメンバーとはこれで合流したことになる。後はトレイユにいるネロ達が来れば全ての準備は完了するのである。

 

「ポムニットに言っておくべきだったか……」

 

 バージルは舌打ちした。ポムニットはちょうどついさっきトレイユにいるミントのもとへ行ったばかりだった。ハヤト達が来ることのがもう少し早かったなら、彼女にネロ達へ伝言を頼めたのだからタイミングが悪かったとしか言いようがない。

 

「……誰ですか、その方は?」

 

 聞き覚えのない名前にクラレットが尋ねた。

 

「バージルさんのお子さんです。……と言っても年は二人と同じくらいですけどね」

 

「え……?」

 

 アティの言葉にハヤトは思わず言葉に詰まった。自分と同じくらいの年の子供となれば、たぶんアティとの子ではないだろう。バージルの正確な年齢は分からないが、相当若い時の、下手をすれば十代の時にできた子供の可能性もある。

 

 見るからに堅物で融通が利かなそうなバージルがそんな年代で子供がいたとは、にわかには信じられなかった。

 

「お、お子さんですか……」

 

 彼女もハヤト同様に驚いているようだ。もっとも彼女の場合はバージルに子供がいたことよりも、アティが思いのほか落ち着いていることに目を見開いていた。

 

 クラレット自身にたとえれば、ハヤトに子供がいたようなものだ。正直、そうなったとしたら今のアティのように自然に振舞える自信はなかった。

 

「やつらが来ればすぐ出発する。至竜は準備して来たのだろうな」

 

「あ、ああ。どこに召喚すればいいか教えてくれればすぐにでも呼び出すよ。ゲルニカにも話はしてあるしな」

 

 いきなり話しかけられ頭を現実に戻されたハヤトは頷いた。

 

 どうやら先代の守護竜に代わりラウスブルグに魔力を供給する役割を担うのは、メイトルパのエルゴの守護者であり剣竜とも呼ばれるゲルニカのようだ。先代守護竜と比べても遜色ない力を持っており、ハヤトとも付き合いは長く親密な関係であるため、これ以上の適役はいないだろう。

 

「さすがに今すぐというのはハヤト君も大変でしょうから、今日は休んでもらって明日にしましょう? ポムニットちゃんも今日は泊まるって言ってましたし」

 

 すぐにゲルニカを召喚させても出発が早まるわけではない。だからアティは今日は長旅の疲れを癒すためにもゆっくりとしてもらおうと提案したのだ。

 

「構わん。……さっさと部屋に案内してやれ。」

 

 アティの提案だからか、バージルはあっさりと受け入れ、彼女に二人を部屋に案内するように言った。

 

「はい、それじゃ二人とも行こうか?」

 

 ハヤトとクラレットはアティの言葉に頷き、彼女について部屋から出て行った。

 

(これで城を動かすのに必要なものは全て揃った)

 

 二人が合流したことで城が「船」としての機能を取り戻すのに必要な「妖精」と「至竜」二つが揃った。それはつまり、ラウスブルグがリィンバウムを離れる時が確実に近づいていていることを意味していた。

 

 

 

 

 

 シルターン自治区からトレイユに戻って数日、ネロは一人でグラッドのもとを訪れていた。

 

「で、話って何だよ?」

 

 駐在所の椅子に腰掛けたネロは口を開いた。そもそも彼がここに来たのはグラッドに「話があるから駐在所まで来てくれ」と呼ばれたからだった。

 

「まあ、そう急かすなって」

 

 そう答えたグラッドは机の上から書類の束を取り出すとそれをネロへ渡してから正面に座った。

 

「そこに書いてある通り、ウルゴーラじゃ貴族が大勢殺されたことが分かって大混乱なんだ」

 

 ネロは渡された書類をぺらぺらとめくる。文字がびっしりと書かれていて、しっかり読もうという気は起きなかったようだ。それはグラッドも分かっていたことのようで、あまり真剣に見ていなくとも気にしていなかった。

 

「その中にかなりの大物も混じっていてな」

 

「大物?」

 

 よほどの重要人物だったのか、顔を顰めるグラッドにネロがオウム返しに尋ねた。

 

「摂政のアレッガ様、皇帝陛下に代わって実質的な政務を担っていた人だ」

 

 現皇帝マリアスはまだ幼い。それゆえアレッガが摂政として国を動かしていたのである。しかし、このアレッガという人物は決して清廉ではない。私利私欲を満たすことをよしとした強欲な人間だった。だがそれでも、無能というわけではない。税を上げたとしても現在の生活水準を維持できる程度に抑えるなど、決して民の我慢の限界を越えないように巧みに采配を取ってきたのである。

 

 そのように、まがりなりにも帝国を運営してきた摂政アレッガの死は新たな争いの引き金になりかねない事態なのだ。グラッドが暗い顔をしているのも、それが分かっているからだろう。

 

「そりゃ大変だな」

 

 まるで他人事のように言い放ったネロにグラッドは真面目な顔で口を開いた。

 

「……実はこの一件が明るみに出たのは、ちょうどお前達がシルターン自治区に行ってた時なんだ」

 

「おいおい、まさか俺がその摂政だかを殺したって言いたいのか?」

 

 ネロが肩を竦めながら訊く。その時に帝都にいたのは事実だが、少なくともネロは人を殺してはいない。それは紛れもない真実だった。

 

「いや、そうじゃない。……彼らは、悪魔に殺されたらしい」

 

「悪魔、ね……」

 

 グラッドが「悪魔」という言葉を使った時、彼の体が緊張しているのをネロは感じ取った。確か、グラッドは何年か前に悪魔と戦った経験があると言う話を聞いた記憶がある。きっと、その時のことを思い出したのだろう。

 

「お前は何か気付いたことはなかったか? 故郷じゃそういう悪魔を倒すのが仕事なんだろう?」

 

「……確かにあの帝都には悪魔がいたのは間違いない。俺もいくつか始末した。貴族の家があるあたりでも片付けたぞ」

 

 少し考えてからネロは答えた。自分が悪魔と戦ったことは、フェアとミルリーフがいた一緒にいたこととは異なり、特段隠す必要などないことだ。その上、ネロが悪魔を始末した場所は貴族の家々が立ち並ぶ住宅街であることから可能性は非常に高いだろう。

 

「……そうか」

 

 グラッドは難しい顔をしながら頷いた。どういう対応をとるべきか悩んでいるようだ。上層部へ正直に報告すれば、貴族が殺害されたと言う事情も鑑みれば、ネロが事情聴取を求められるのは間違いないだろう。そうなったらネロがはぐれ召喚獣であることも明らかになってしまう。それはグラッドにとって望む展開などではなかった。

 

 それに彼としても気になることがある。それは少し前、ネロ達がシルターン自治区へ行く前に、トレイユ近くまで来たアズリアとバージルが話していたことだ。

 

 その時の話では無色の派閥が使う術では悪魔を呼び出すことができないということだった。それに対して意見を求められたバージルは、悪魔を支配する存在を示唆し、それによって悪魔が呼び出されないようにしているのはないか、ということだった。

 

 しかし今回の一件を見る限り、彼の推測は外れていたように思える。あるいは別な方法によって召喚されたことも考えられるが。

 

 だが、この時グラッドは一つの可能性を見落としていた。いた、あるいは無意識的に考えないようにしていたのか。

 

 それは、バージルの示唆した存在が意図的に悪魔を送り込んだ可能性である。何を目的としているかは不明だが、もしそれが事実だった場合、一つだけ明らかなことがある。その存在は他のいずれかの世界ではなく、このリィンバウムに意識を向けているということだ。

 

「…………」

 

 グラッドがそんなように考え込んでいる間、ネロもまた押し黙っていた。彼もその悪魔に関わることで考えることがあったのである。

 

 それはあの貴族の屋敷で遭遇した黒髪の若い男のことだった。いまだ目的ははっきりしないが、グラッドの話を聞いてネロはある仮説が浮かんだのである。

 

(悪魔を使って暗殺ね……)

 

 呼び出した悪魔を使って貴族を殺す。これならたとえ悪魔の手によるものと分かっても、誰が呼び出しかまではわからない。暗殺の手段としては極めて有用だ。

 

(するとあれに書いてあったのは、標的の名前ってとこか……?)

 

 屋敷で手に入れた名前が羅列されているだけの本に書かれているのが、今回の被害者と合致すれば自分の仮説の裏付けになる重要な証拠となるだろう。そう感じたネロはグラッドから渡された書類を借りられるか尋ねてみることにした。

 

「なあ、ちょっとこれ借りていいか?」

 

「ん? ああ、いいぞ。読み終わったら戻してくれ」

 

 急に声をかけられたグラッドがネロに視線を向けてあっさりと了解した。もとよりこの書類はネロに見せていることから、機密性の高い文書ではないため、貸すことくらいなら問題はなかった。

 

「ああ、向こうに帰っちまう前には返すよ」

 

「……そうか。お前、もうすぐ帰るんだったな」

 

 それを聞いた時、グラッドは一つの案を思いついた。上層部にはネロが帰ってから報告すればいいのだ。既にこの世界にいないのだから彼が呼び出されることもない。

 

「それがいつになるかは分からねぇがな」

 

 借りるものも借りたし、そろそろ忘れじの面影亭に戻ろうと立ち上がりながら言った。

 

 あれからバージル達からの接触はない。ネロとしてもそろそろ今後の見通しが気になってきているようだ。

 

「帰る時は前もって言えよ。見送りくらいするからさ」

 

 それほど長い付き合いではないが、グラッドにとってネロは苦楽を共にした仲間には違いなかった。その仲間が生まれ故郷に帰るとなれば、見送りくらいしてやりたかったのだ。

 

「分かってる、ちゃんと言うって」

 

 ネロも世話になった相手に黙ったまま去るほど礼儀知らずではないのだ。

 

 そしてネロは「それじゃ借りてくな」と言って駐在所を後にした。

 

 

 

 

 

 駐在所から出たネロは中央通りを真っすぐ歩いて、ため池の方に向かっていた。

 

「あれ? ネロ君?」

 

 後ろから名前を呼ばれたネロは振り返り、その姿を認める口を開いた。

 

「……ああ、あんたか」

 

「こんなところで何してるの?」

 

 声をかけてきたのはポムニットだった。どうやらミントのところに遊びに来たらしい。

 

「帰るんだよ。さっきまで呼び出されてたからな」

 

「それなら一緒に行かない? せっかくだから色々話したいの」

 

 これまでネロと顔を合わせる機会はあったが、それほど話したりはしなかったのだ。いずれ彼がラウスブルグに来る時に話す機会は作れるだろうが、今日ここで会ったのも何かの縁だ。この機会に話をしてみるのも悪くない。

 

「……別にいいけどよ」

 

 ネロとしては急ぎの用事もなかったし、バージル絡みのことでポムニットの話に興味があったのも事実だったため、彼女の提案に乗ることにした。

 

「それじゃ、早速行きましょう!」

 

 ポムニットはネロを引っ張るようにして歩き出す。そのまま歩いていると、彼女はなにかを思い出したようにネロに向かって口を開いた。

 

「そういえば、呼び出されたって言ってたけど、誰に呼ばれたの?」

 

「グラッドの奴だよ。あんたも覚えてるだろ、この町にいる軍人だ」

 

 その答えを聞いたポムニットはいじわるそうな笑みを浮かべたネロの顔を覗き込んだ。

 

「もしかして何か悪いことでも?」

 

「なら俺はここにいねぇよ。悪魔絡みのことで少し聞かれただけだ」

 

 ネロの至極真面目な回答にポムニットは怪訝な顔を浮かべた。

 

「悪魔って、何かあったの?」

 

「少し前に帝都の方に行った時にちょっとな」

 

 さすがに詳しく話すと長くなるため言葉を濁したが、帝都で悪魔とあったという意味は十分に伝わったようだ。

 

「そうなんだ。最近は少なくなってきたんだけどなぁ……」

 

「……前はどうだったんだ?」

 

 ネロがリィンバウムに召喚される以前は、悪魔の出現頻度も被害もずっと多かったという話は何人かから聞いていたが、もしかしたら帝都で遭遇した男の手がかりになるかもしれないと思い尋ねてみることにした。

 

「この町はほとんど悪魔が出なかったらしいけど、ゼラムみたいに人が多いところは出やすかったみたいです。それに私の住んでる島は魔力が濃いから悪魔が出やすいみたいで、よく現れてたの。すぐ倒されちゃってましたたけど」

 

「そりゃそうだろうな」

 

 ポムニットが一緒に住んでたのは、大抵の悪魔を一蹴できるネロでも勝てなかったバージルだ。大悪魔であろうと相手にならないということは、剣を交えたネロにはよくわかっていた。

 

「でも最近はそんな風に現れることはめったになくなって、代わりに人に化けるような悪魔が多いって、バージルさんは言ってました」

 

「なるほどね」

 

 その話はネロがシルターン自治区やウルゴーラで始末した悪魔と同じであり、そこだけ見れば現在の悪魔の傾向と合致するのだが、それでもやはり、悪魔と繋がりが見える黒髪の男が気がかりだった。

 

「私の知ってることはこれくらいです。もっと詳しく聞きたいなら、バージルさんに聞いたほうがいいと思います。話は通しますから」

 

 バージルに直接頼み事ができるのはアティとポムニットを除けば、それなりの付き合いのある者に限られる。それ以外の者に関してはアティかポムニットを通じて話をつけることがほとんどだったのだ。

 

 ポムニットもそのあたりは分かっており、さらにはせっかく親子なのだからこれをきっかけに少しは仲良くなってほしい、とい勝手な願いもあったため、そう提案したのである。

 

「ああ、わかった」

 

 ネロとしても一度は、この世界の悪魔について詳しいバージルの話を聞く必要があると思っていたのだ。仲介してくれるならありがたく受けるつもりでいた。

 

 ちょうど話がまとまったところでミントの家についた。ポムニットが慣れたように野菜畑の方まで行ってミントを呼ぶのをネロは遠くから眺めていた。

 

「ネロ君、こっちだよ!」

 

 ミントがポムニット一緒に歩きながら手招きした。家の中でお茶でも飲みながら話そうというのだろう。

 

 ネロは大人しくそれに従って家の方に歩くが、内心では呼ばれ方に不満を持っていた。

 

(ガキじゃあるまいし、君は付けるなよ……)

 

 ポムニットもそうだが、ミントも君を付けてネロを呼ぶ。正直なところ二十代も半ばになって、同年代の女性から君付けで呼ばれるなど御免被りたかったのだ。一応ミントには会ったばかりの頃に今思っていることと似たようなことを言ったのだが、いまだに改善する兆しが見えないため、ネロは半ば諦めていたのだ。

 

「ん……、なんだこれ?」

 

 不意にネロの目に黒い粒が映る。まるで雪のような黒い粒が空から降り注いでいたのだ。

 

「うぅ……」

 

 不意に呻き声が聞こえたため視線を戻すと、ミントが膝をついて具合の悪そうに息を荒げており、ポムニットが焦ったように彼女を介抱していた。

 

「おい……、まさか、こいつが……?」

 

 この黒い雪が降り注いですぐにミントの体調が悪くなったのだ。ネロがそれを原因と考えるのも当然と言える。

 

 今確実に、トレイユで何かが起きていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回から本編再開です。今年中に4編は終わるのだろうか。

さて、次回は11月11日(日)に投稿予定です。

ご意見ご感想評価等お待ちしてます。

ありがとうございました。

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