ネロがフェアと庭で話した翌日もトレイユは朝からよく晴れていた。そんな強い朝日が窓から差したせいか、ネロはいつもより早くベッドから抜け出していた。
「あれ? 今日は早いんだね」
「まあな」
食堂に顔を出したネロを珍しいものをみたような顔で迎えたのはフェアだ。ネロにとっては十分早起きに入る時間帯でも、彼女にとっては朝の準備をしている時間なのである。
「……昨日、さ、ネロと話した後、みんなやお母さんとも話したの。……みんな私のことを受け入れてくれた。ネロの言う通り、私の考え過ぎだったね」
「お前にとってはそれだけ大事なことだったんだろ」
「うん。だから怖かったんだと思う」
ネロから見ればリシェル達がフェアの出生を受け入れないなど、天地がひっくり返ってもあり得ないことだと分かりきっていた。にもかかわらず、ネロよりも付き合いが長いフェアがそれに気付けなかったのは、不安が大きくなりすぎて落ち着いて物事を見れなかったことに尽きる。
今にして思えば彼女も「どうしてそんなことで悩んでいたのだろう」と不思議に思っているかもしれない。
「何にせよ、丸く収まってなによりだ。……ところで、あの野郎の方はどうなってる? お姫様はまだ付きっきりか?」
「目は覚ましたみたい。だけど、落ち込んでいるって言うか、無気力って言うか……」
二人が言っているのはギアンのことだった。忘月の泉から意識を失った状態でネロに運び込まれたギアンは、この忘れじの面影亭でポムニットと一緒にきたエニシアによって看病されているのである。
意識自体は昨日の内に取り戻していたが、まるで生きているだけの人形のように無気力の状態が続いていたのだ。
しかしそれも仕方のないことかもしれない。ギアンにとってマナ枯らしは最後の賭けに等しかったのだ。それがフェアの手で浄化され、自身もネロの手で赤子の手を捻るようにあっけなく負けてしまったのである。
もとより不安定だったギアンの心はとうとう折れてしまったのだ。彼はこれまでの人生の全てをメイトルパにいる父への復讐に費やしてきたのだが、それが全て水泡に帰したのだ。燃え尽きたように無気力になったとしても不思議ではない。
「まあ、いいさ。あいつはたぶん捕まるだろうしな」
昨日のグラッドとの話では、ギアンのやったことは隠し立てができないだろうと言われていたのだ。そうでなくとも無色の派閥である以上逮捕は免れないだろう。
「そっか……」
それを聞いたフェアはギアンを憐れむように呟いた。父への復讐のためにトレイユ全体を危険に晒した結果がこれだ。同情するわけではないし、因果応報と言えばそれまでだが、彼にとってはあんまりな結末なのは間違いない。
そんなことを話していると食堂にミルリーフが入ってきた。
「おはよう、ミルリーフも早いね」
「あのね。ミルリーフ、パパとママにお話があるの」
二人にその言葉を伝えた時のミルリーフはとても真剣な表情をしていた。それだけにネロもフェアも威儀を正して、真面目に彼女の話を聞くことにした。
「……どうしたの?」
「ミルリーフ、至竜になる」
その話を聞いた時、ネロはとうとうこの時が来たか、と大きく息を吐いた。先代の守護竜や御使いの願い、そして自身の安全のためにも、クラウレが合流した時点でミルリーフが至竜となるのは既定路線だったのである。いわばこれまではネロ達に守られたモラトリアムに過ぎなかったのだ。
「理由、聞いてもいい?」
フェアが尋ねる。彼女もミルリーフが決めたことであれば、それに異議を挟むような真似はしない。しかし、もし彼女の決断が誰かに強要されたものであれば、決してそれを認めるつもりはなかったのだ。
「本当はね、パパとママとお別れしなくちゃいけないのは分かってるの! でもミルリーフはお別れなんかしたくなかった! パパとママとずっと一緒にいたいの!」
俯きながら本音を吐露する。ネロとフェアがいて、御使いがいて、仲間達がいる今の状況がミルリーフは好きだった。ずっとこのままでいたいと思うほどに。しかしいつまでも今のままではいられない。
「ミルリーフ……」
名を呟いたフェアは、これからもトレイユで忘れじの面影亭を経営していくことに変わりはない。しかし仲間達全員が変わらないということではないのだ。
例えばリシェルならじきに金の派閥の召喚師となるための勉強が本格的に始まるだろうし、ルシアンも同じ頃には軍学校に行くだろう。御使いにしてもセイロンはこの一件が落ち着き次第、リィンバウムを訪れた本当の目的である龍の姫を探すこととなっている。そしてネロは言わずもがなだ。
「だからこれまでずっと至竜にならないようにしてきた。一昨日の時もパパやママがすごく頑張ってたのにミルリーフはなんにもできなかった、至竜になればなんとかできたかもしれないのに……」
至竜にならなくともいずれ別れの時は来る。それはミルリーフも理解していたことだ。それでも彼女にとって至竜になるということは、その別れを間近に迫ったものとして認識してしまうことだった。その恐怖がマナ枯らしの時でもミルリーフに至竜になることを躊躇わせていたのだ。
「すっごく悔しかった。これまでずっとみんなに守ってもらってたのに、怖くてなにもできないのが悔しかった。だからこれからはみんなを守れるようになりたいの」
それが、ミルリーフが至竜になることを決意した理由だった。まだ生まれて一年も経っていないが、彼女は既に甘えるだけの子供ではなくなっていたのである。
「よく決めたな」
ネロはそう言って頭を撫でた。彼の場合、クラウレが合流して以来ミルリーフが悩んでいたことは何となく悟っていたため、彼女がそう決めたことを我が事のように嬉しく思ったのだ。
「うん、私もミルリーフがそう決めたなら何も言わないよ。でも、至竜になったからって何でも一人で抱え込まないで、困ったら頼っていいんだかね」
フェアもミルリーフが至竜になることに文句はなかった。それでもやはり相手は今まで子供だと思っていたミルリーフだ。心配だけはどうしてもしてしまうようだ。
「パパ、ママ……ありがとう」
自分の決断に反対することなく認めたくれた二人にミルリーフは感謝の言葉を伝えた。
「よし! せっかくだから今日の朝ごはんはミルリーフの好きな物作ってあげる。何が食べたい?」
今日はミルリーフが独り立ちすることを決めた日だ。好きなものくらい作ってあげても罰は当たらないだろう。
「本当!? そうれじゃあ甘いオムレツがいい!」
フェアの言葉に満面の笑みを浮かべてリクエストをするミルリーフをネロが笑いながら見ていた。このあたりはまだまだ子供と変わりないようだ。
「うん、甘いオムレツだね」
リクエストを受けたフェアは早速調理にとりかかる。つい先ほどまでミルリーフが大きな決断をしていたとは思えない程穏やかな朝の光景がそこにあった。
朝食を食べたネロはグラッドとミントの様子を見に行くことにした。一応、フェアの手でマナ枯らしが浄化された後、歩けるほどの快復したのは確認していたのだが、それでも昨日は姿を見ていなかった。大丈夫だとは思うが念のため確認しようと思ったのである。
とりあえずまずは近いミントの家に行こうとしたのだが、中央通り商店街の入り口近くで巡回が終わったばかりのグラッドとばったりと会ったため、先に駐在所で話をすることにしたのだった。
「随分と疲れているみたいだが、大丈夫なのか?」
商店街の入り口で会ってから駐在所に戻るまでグラッドは何度も溜息をついていた。一昨日はあれだけ弱っていたのだから、いくら原因が取り除かれたとは言っても、やはり体調が万全ではないのかとネロは心配していたのだ。
「体は大丈夫さ。これでも鍛えているからな。……ただ、今回の件は軍の上層部にも伝わったらしくてな……」
言葉を言い終わったグラッドは一際大きなため息をついた。どうやら後半の言葉こそが彼が疲れて見える原因のようだった。
「何だよ、叱責でも喰らったのか?」
「仔細を報告しろって命令が来てる。もしかしたら調査隊を送って来るかもしれないんだ」
茶化すようなネロの言葉に、グラッドがそれならどれだけよかったかと言わんばかりに肩を落とした。グラッドの届く帝都からの書面は発送してから二、三日後に来るのが常だ。にもかかわらず、事件翌日の朝には詳細な報告を求める命令書が届いているということは、それを発令した軍の上層部は今回の一件を注視しているということに他ならない。
ミルリーフの一件を始めとした軍に報告していないことが山ほどあるグラッドにしてみれば、非常に困った事態になりかねなかったのだ。
「言っとくが、ヤバそうになったら俺は誰であろうとぶっ飛ばすからな」
ミルリーフが軍にとって重要な研究の対象になるということは以前にも聞いている。もっとも至竜になることを決意したミルリーフを連れて行くのは非常に困難だろうし、それ以前にネロも黙っていないだろう。
ネロが本気で暴れたとすればかつてフェアの父親がラウスの命樹を切った帝国貴族を叩きのめしたのと同じ、いやそれ以上に徹底的に相手を叩きのめすだろう。下手をすれば帝国軍始まって以来の大醜聞にもなりかねなかった。
「そうならないように何とか誤魔化してみるさ。……ただ、こっちも言っておくけど、あのギアンまでは庇えないからな」
たとえ調査隊が来るのが避けられないにしても、ネロやミルリーフがバージルのもとへ行ける時間さえ稼げればそれでいいのである。だが、ネロが泉から運び込んだギアンについては、いくらグラッドと言えど、マナ枯らしを召喚した張本人であり、無色の派閥の召喚師であることから、庇うことはできなかった。
「……それにしても、もう解決したことにわざわざ調査隊まで送って来るのか?」
これがまだ続いているというのであれば帝国軍が調査隊を派遣するのも分かるが、今回の一件については既に解決を見ている。にもかかわらず、わざわざ軍人を派遣する必要があるのかとネロは疑問に思っているようだった。
「最近は上も神経質になってるんだと思う。ほら、前に話した悪魔のことで貴族からもだいぶ言われたみたいだからな」
ちょうどネロがフェア達とシルターン自治区への旅行から帰ってきたばかりの頃、帝都では悪魔によって多くの貴族が殺されていたことが発覚したのだ。さらに悪いことに犠牲者の中に、摂政を務めていたアレッガも含まれていたため、帝都の治安維持にあたっている軍に対する貴族の風当たりが非常に強かったのである。
こんな状況でまた対応を誤れば、軍に対する信頼は地に落ちてしまう。それだけは何としても阻止しなければならないため、相当に神経質になっているのだ。
ちなみにアレッガ亡き後、帝国は彼の取り巻き達が政治を仕切っているようで、少なくとも現在のところ大きな混乱は起きていなかった。
「やれやれ、お偉いさんも大変だね」
肩を竦めながらネロが答えた。どれだけ偉くなっても何もかも思い通りにできるというわけではない。それだけはこの世界も人間界も変わらないようだ。
「少なくとも俺みたいな下っ端にはわからない苦労があるんだろうな。偉くなるってのも考えもんだな」
グラッドも苦笑を返した。命令を受ける立場ではあるが、グラッドにとって帝都にいるような上級軍人は雲の上の人なのである。
なにしろグラッドがどれだけ優秀でも、彼らと同じ役職に就くのはほぼ不可能だからだ。なにしろ、そうした職務に任じられるのは帝都の軍学校を出ている者だけだ。そうでなければ軍の中央で出世することはできないとさえ言われていた。
丘段都市ファルチカの軍学校の基礎科しか出ていないグラッドでは、出世できて、どこかの部隊長といったところだろう。
「おいおい、出世欲とかないのかよ」
あまりに他人事のような態度にネロが半ば呆れながら尋ねると、グラッドは少し気恥ずかしそうに答えた。
「……一応、ちょっと本気で目指してみたいところはあってな、軍学校の上級科への編入試験を受けてみようと思ってるんだ」
「へぇ、どこだよ? 本気で目指したいところって」
少し興味を持ったネロがさらに聞く。
「『紫電』っていう国境警備の要の部隊さ。数年前にも悪魔を撃退してて、今じゃ帝国最強とも言われているんだ」
「ああ、いつだったか言ってたところか」
「紫電」という名前は以前にグラッドの口から聞いていたことを思い出した。確か陸戦隊なら誰しも憧れる部隊だったはずだ。
「ああ、そうさ。今までは夢のまた夢と思ってたけど、やってみようと思ったんだ」
「紫電」は出自で差別されることはない。条件を満たせばどんな軍人でも編入試験を受けることができる。しかしその条件が非常に厳しいものなのだった。
軍学校の上級科を出ていること。それが唯一の条件だった。
上級科は基礎科で優秀な成績を修めるか、編入試験に合格しなければ進めないところなのである。当然そこを出た者は体力や実技だけでなく、知識も優れたものを持っているのだ。
だが、逆を言えば「紫電」を率いるアズリアは体だけ、あるいは頭だけの軍人は必要ない、その両方を備えた軍人を欲しているということなのである。
「そうか。ま、頑張れよ」
明確な目標があるグラッドにネロは、素っ気ない言葉ではあったがエールを送った。彼がその夢を叶えられるかどうかを見届けることはできないだろうが、それでも世話になった者の成功は祈りたかったのだ。
駐在所を後にしたネロは、その足でミントの家に向かうことにした。彼女の家にはポムニットがいるから特に大事になっていることなどないはず。だから軽く声だけかけて帰ろう。そう考えて行ったのだが……。
「あ、ちょうどよかった。ネロ君も一緒に来て」
「は?」
ミントの家に着くと丁度ミントとポムニットはどこかに出かけようと家を出てきたところだった。そして、ネロの姿を認めたポムニットが言った言葉にネロは思わず聞き返した。
「ご、ごめんね、ネロ君」
話が呑み込めていないネロの背中をポムニットがぐいぐいと押す。当然ネロはそれを振り払って詳しい説明を求めた。さすがに何も説明せずにネロを誘ってしまったことを悪く思ったミントは謝罪して簡単に説明することにした。
「あ、実は町外れにある農園から頼まれて検査に行くことになったの。でも病み上がりには無理させられないって……」
ちらりとポムニットの方を見たミントの表情でネロは察した。大方またポムニットに反対されたのだろう。そして一緒に行くことを条件に認められたといったところか。
「そりゃそうだろ。俺だって賛成しねぇよ」
今回はネロもポムニットに賛成だった。軍人として訓練も受けたグラッドなら多少は無理もできるだろうが、畑作業こそするとはいえ、研究がメインの召喚師だ。あと一日二日くらいは大人しくしていた方が体のためだ。
「うぅ、でも……」
ネロにも反対されミントは見るからに落胆していた。彼女としては蒼の派閥の召喚師としての責任もあるからやろうとしていたのだが、こうも反対されるとやはり元気もなくなるというものだ。
「まあでも、あんたらの中でまとまったのなら止めはしねぇよ。さっさと行ってきな」
「ネロ君も一緒に行くの。逃がしませんからね」
うまいことを立ち去ろうとしたネロだったが、その企みはポムニットの手で阻止されてしまった。これでは何を言っても連れて行かれるのが目に見えている。ここは大人しくついて行ってさっさと戻ってくる方がいい、そう判断したネロは大きく息を吐いた。
「はぁ、わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」
「さあ、ネロ君も納得したところで早速行きましょう!」
「おー!」
(こいつ、病み上がりの割には元気だな……)
ポムニットの声にミントが答える。ネロは断じて納得したわけではないが、今更文句を言っても何にもならないため、心中では突っ込みを入れつつも大人しく二人についていくしかなかった。
ミントが検査などを頼まれたのはトレイユの西に位置するアルマンの農園からだった。この農園は亜人のような召喚獣を働かせて野菜などの作物を作っている、帝国でも有数の規模の農園だった。
「随分と厳重なところだな」
ミントが検査をしている間、手持ち無沙汰になったネロは、彼女から少し離れたところで周囲を見回しながら感想を口にした。農場の中自体は野菜や穀物を栽培する畑や農機具をしまう倉庫など機械がないことにさえ目を瞑れば人間界とさほど変わりなかった。
しかし農園の周囲には忍び返しがついた鉄柵が張り巡らされており、農園の経営者が雇ったのか警備兵も巡回していた。
「やっぱりこれだけ大きいと泥棒にも狙われやすいんですかねぇ」
「泥棒よりここで働いている奴らが逃げ出さないようにだろ。……そいつらをどういう風に扱ってるのか想像できるな」
ネロは周囲に張り巡らされた鉄柵と忍び返し、警備兵が誰に向けられたものであるか気付いていた。本来なら侵入者を防ぐために用いられるそれらは、ここでは刑務所のように中にいる者の脱走を防止するためのものだった。
それだけでここで働かされている召喚獣がどんな境遇にあるか、ネロには容易に想像ができた。脱走を防止するためのものがあるということは、召喚獣がそれを企てるくらい待遇が悪いということは容易に想像できる。最低限の食事だけ与えられ、過酷な労働を課される前時代の農奴のような扱いなのだろう。
「…………」
ネロの言葉でポムニットもここが召喚獣にとってどういう場所なのか気付いたらしい。顔を顰めて今も畑で働く亜人達を見つめていた。
「別に助けたきゃ助けりゃいいんじゃねぇの。あんたがやりたくねぇなら、あいつにでも頼めばやってくれるだろうさ」
ネロの言う通り、ポムニットがバージルに頼めばここにいる召喚獣を解放できるかもしれない。ただ、召喚獣に無理を強いるリィンバウムの仕組み自体を変えない限り、また新たな召喚獣がここで働かされる未来が待っているだけなのだ。
「いえ、もう間もなく出発ですから、そんなことする時間はないです」
ポムニットは首を横に振る。働かされている彼らを見て何とかしてあげたいという気持ちはあるが、もはやそんな暇はないだろう。近いうちにラウスブルグはリィンバウムを出発する予定なのだ。
「……ってことはそろそろあいつらともお別れか」
「そうなるでしょうね。……ああ、それとバージルさんから一つ頼まれたことがあったんでした」
いよいよ別れの時が近づいていることを知ったネロの呟きに頷いたポムニットは、バージルから任された仕事のことを思い出した。
「なんだよ?」
「ええ、実はフェアさんも一緒に来てはどうかと思いまして……」
「なんであいつが?」
ポムニットの言葉を聞いてネロは首を傾げた。メリアージュならまだ理解はできる。古妖精である彼女はもともとメイトルパ出身なのだ。しかしその娘であるフェアは生まれも育ちもリィンバウムだ。彼女をラウスブルグに乗せる必要などどこにもない。
「ネロ君もラウスブルグを動かすのには至竜と古妖精が必要なのは知ってるよね? 至竜はなんとかなったんだけど妖精の方は見つからなくて……、一応エニシアさんならその代わりができるみたいだけど、ずっとはできないみたいで、だから……」
「あー、確かにあいつも半分は妖精か……しかし、なんで母親の方じゃないんだ? あっちは本職だろう?」
納得したように頷いたネロだったが、それでもメリアージュに声をかけない理由にはならないため再度尋ねた。
「だ、だって私、あの人と話したことないからさすがに言い辛くて……、バージルさんにもどっちかでいいと言われてましたから……」
一応ポムニットとメリアージュは昨日エニシアを連れてきた時に顔だけは合わせていた。さすがにそれだけの面識しかない相手に一緒に来てほしいというのは難しいだろう。
「しかしフェアがそれを受けるかは別問題だと思うぞ」
正直なところネロの頭の中でもフェアがポムニットの話を受けるかは想像できなかった。もう少しミルリーフと一緒にいたくて受けるかもしれないし、もう一人前になったからとあえて距離をとろうとするかもしれない。
「そ、それはそうですけど……できれば受けてもらえるように手伝ってもらえたらなあって……」
ネロからもフェアに話をしてもらった方が、彼女が受けてくれる可能性が高くなる、そう思ったポムニットは先にネロに話をしたのだ。
「……まあ、話すくらいはいいけどよ」
別に知らぬ間柄ではないのだ。フェアにそれぐらいの話をすることなど難しくはない。それにネロ自身としても世話になった彼女には礼も兼ねて、自分の故郷を案内するのも悪くないという思いもあった。
「二人ともお待たせ。一通り終わったから帰ろっか」
そこへ検査の結果を農園の経営者に説明し終えたらしいミントがやってきた。具合も変わってはいない様子だ。検査とは言ってもそれほど厳格なものではなく、神経を使うほどのものではなかったのかもしれない。
「やれやれ、結局俺は見学に来ただけだな」
半ば強制的に連れてこられたネロがしていたことは適当に農園の中をふらついただけだ。これでは何のために来たのか分からない、とネロは肩を竦めた。
「帰るまで気を抜かないで。急に具合が悪くなるかもしれないんですから」
「だ、大丈夫だよ、そんなに気にしなくても」
ポムニットが油断するなとネロをたしなめるが、ミントはそこまで心配されても困ると言わんばかりに答えた。
そのように話しながら三人は農園から出たあたりでネロはミントに尋ねた。
「ところでよ、ここみたいなのが一般的な召喚獣の扱われ方なのか?」
リィンバウムにおける召喚獣の扱われ方は御使いやミントなど仲間達から聞いてはいたが、ネロ自身が直接目にしたのは今回が初めてだった。正直ここまで聞いた通りだとは思わなかったというのが正直な感想だ。
「……うん、そうだよ」
ミントが言い辛そうに答えた。彼女としてもああいう扱いは不本意なのだろう。
「俺も召喚されたばかりの時にバレてたらああいう扱いを受けてたってことか」
そうは言うが、ネロの場合その前に手が出ることは確実だ。それを本人も分かっているからか、どこか小馬鹿にしたような言い方だった。
「もちろん中には例外がいるから、全員が全員そういう扱いを受けているってわけじゃないんだけどね」
「バージルさんとか?」
ミントが付け加えた言葉にポムニットがつっこむ。
「あはは……、あの人は例外中の例外かな。総帥とも面識があるみたいだし」
力なく笑いながらしながらミントは答えるがその言葉に偽りはない。バージルこそ例外の最たるものなのだ。シルターンの人間のように一目で召喚獣と見抜かれない者ならば辺境の村でリィンバウムの人間に暮らすことは不可能ではない。
だがバージルの場合、一般人はおろか召喚師でも簡単に会うことはできない蒼の派閥の総帥にまで面識があるのだ。さらにミントは知らないが、金の派閥の議長、帝国の将軍にまで面識がある。いくら強大な力を持つとはいえ、一介の召喚獣が持つ人脈とは思えないほどの人脈だった。
(例外、ね……)
そういう意味ではネロも例外に該当するだろう。大多数の召喚獣はあのような扱いを甘受しているのに、ネロはフェアやミント達のように理解ある人物と出会うことができ、召喚獣としては恵まれた生活ができている。
だが、いつまでも召喚獣はその扱いを甘んじて受けるのだろうか、という疑問がネロの心中に残っていた。人間と召喚獣の関係は何らかのきっかけ一つで、すぐ壊れてしまうような危ういバランスの上に成り立っているような気がしてならなかったのである。
そして、ネロのその懸念はさほど遠くない未来に的中することとなるのだった。
DMC5のダンテ新武器にケルベロスがパワーアップして復活、ファウストの射撃武器も使いやすそうです。
気になるVも1の要素たっぷりで、想像以上に使うのが楽しみになりました。
さて、この第5章、4編も残すところあと2話となりました。年末年始くらいには終わらせたいですね。
ということで、次回は12月22日か23日に投稿予定です。
ご意見ご感想等お待ちしてます。
ありがとうございました。