Summon Devil   作:ばーれい

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第98話 船出

 ネロは帝国軍が去るのを確認するまでその場を動かなかった。それはバージルも同じであり、二人はそれなりに近くにいたはずなのに会話はほとんどないまま時だけが過ぎた。

 

 そしてバージルは今日中にネロ達をラウスブルグに連れてくるように言うと、自分はさっさと帰って行ってしまった。もとより彼がトレイユまでわざわざ来た目的はギャレオとイスラにギアンを引き渡すことだったのだ。それを果たした以上、長居をする必要はないと判断したのだろう。

 

 そんなバージルも見送ったネロはようやく忘れじの面影亭に戻り、皆へこれまでの説明とクラウレ達四人の御使いに今日中にここを出て行く旨の話をした。

 

「ああ、わかった。すぐに準備をしよう」

 

クラウレは落ち着いて答えた。いずれこうなることは分かっていたことだ。驚いてもしょうがない。

 

「そっか、とうとう……」

 

 それは言葉を発したルシアンのみならず、この場にいる全員にも言えることだが、いくら覚悟していたとはいえやはり別れが目の前にくると寂しいものがあるようだ。

 

「俺はともかく、こいつらとはまた会うこともできるんだ。そう寂しがるなよ」

 

 故郷への帰還が目的であるネロとは違って、ミルリーフや御使い達はどこかに行くのではない。拠点をこの忘れじの面影亭からラウスブルグに移すだけなのだ。さすがにこれまでのように毎日のように顔を合わせることはできないだろうが、会おうと思えば会えるくらいには留まるだろう。

 

「……そういえば、御子さまはまだ全てを継承していませんけど彼は納得するかしら?」

 

 ネロの言葉を聞いて思い出したようにリビエルが口を開いた。ミルリーフや御使いがラウスブルグに留まる条件としてバージルが出したのが、準備が整うまでにミルリーフが至竜としての力を行使できるようになっていることだったのだ。

 

 だが現状ではその約束は果たされていない。ミルリーフ自身としては至竜となる決意は固めているが、最後の継承を行う前に今に至ってしまったのである。やむを得ぬ事情だとリビエル自身は考えているが、バージルが同じように考えてくれるかはわからない。むしろ冷酷そうな彼のことだ。平然とラウスブルグへの居留を断りそうだと心配していたのだ。

 

「大丈夫だと思いますよ。もう至竜もいるみたいですし。さすがに絶対に至竜になりたくないとか考えてない限りは分かってくれるはずです」

 

「心配しないで、ミルリーフはちゃんと至竜になるから」

 

 バージルをよく知るポムニットにミルリーフが答えた。至竜がもう一体加わることにはバージルも反対することはないだろうが、同時に慈善事業で受け入れるわけでもない。しかし、ミルリーフが至竜になると言っている以上、頭から断るようなことはしないだろう。

 

「それなら大丈夫ですね! 私からも言っておきますからそんなに心配しないでいいですよ」

 

「よろしくお願いしますわ」

 

 ポムニットの言葉にリビエルが頷く。まだほとんど信頼もされていない御使いの誰かが言うより、バージルに近しい彼女から言ってもらった方が納得してもらいやすいのは誰が考えても明らかだ。頼まない道理はなかった。

 

「しかし、軍はこれからどうするかな。大人しく手を引いてくれればいいんだが……」

 

 今回の件で派遣された審問会は、何の実績も上げることのないまま帝都への帰還を余儀なくされたのだ。その腹いせでトレイユが不利益を被ってしまっては何の意味もない。

 

「先輩に話してみようかな……」

 

 ミントが小さな声で呟く。こういった政治にも絡んだ話は学者肌のミントは苦手である。そのため、聖王国で政に携わっている派閥の先輩に相談しようと考えたのだ。

 

 バージルが関わっていることも考えれば、総帥のエクスに話をするのが一番だろうが、あいにく総帥とは一度も話をしたことはないのだ。その点、蒼の派閥の師範でもある先輩、ミモザ・ロランジュなら彼女の師であり派閥の議会議長グラムス・バーネットを通して総帥にも話を通すことができるため、最適の人選といえるだろう。

 

「もう、難しい話は後にしなさいよ。今はそんなことしてる暇はないでしょ」

 

 リシェルが呆れたように放った言葉にフェアが同調する。

 

「うん、そうだよ。荷物もまとめなきゃいけないし」

 

「あら、それならあなたもまとめなくちゃいけないんじゃない?」

 

「何それ? どういうこと?」

 

 フェアに言ったメリアージュの言葉が気になったリシェルが尋ねる。準備が必要なのはトレイユを去るネロやミルリーフ、御使い達だけはず、そう思っての疑問だった。

 

「ラウスブルグの舵取りをしてくれ、って話が来てるの。まだ行くって決めたわけじゃないけど……」

 

「それって他の世界に行けるってことでしょ!? いいじゃない、行ってきなさいよ!」

 

 元より好奇心旺盛なリシェルだ。羨ましがることはあっても、フェアが行くことに反対はないようだ。

 

「そうそう、ママも一緒に行こうよ!」

 

「御子さまもこう言っているのだ。一緒に来たらどうだ?」

 

 ミルリーフはもちろんフェアが来ることには賛成であり、続けて言ったアロエリもミルリーフの意思を建前にしているが、本心でもフェアが共に来ることを歓迎しているようだ。

 

「でも、お店もあるし、勝手に休むのは……」

 

 帝国軍が来る前に話した時も気になっていたのは、この忘れじの面影亭のことだ。先日シルターン自治区に旅行に行った時のようにオーナーから許可されたのなら話は別だが、どれくらいの間、店を閉めるのかも分からない以上、まず許されないだろう。

 

「ここの持ち主ってテイラーでしょ? 私から言っておくから気にしないで行ってきなさい」

 

「え? パパのこと知ってるの?」

 

 忘れじの面影亭のオーナーであり自身の父でもあるテイラーの名を出したメリアージュにリシェルが尋ねる。あの頑固で拝金主義の父がフェアの母とはいえ、言ってしまえばはぐれ召喚獣のメリアージュと知り合いだというのは驚くべきことだったのだ。

 

「ええ、フェアやあなた達が生まれる前からね。その後は私がああなっていたから付き合いはないけれど」

 

「ああ、だからだね。僕達が知らないのは」

 

 それを聞いてルシアンが納得した。メリアージュが異空間に囚われていたからリシェルもルシアンも彼女のことは知らなかったのだ。だからそうなっていなかった未来があれば、きっと二人はメリアージュのことをフェアの母親として認識していたことだろう。

 

「……で、フェア。どうするんだ」

 

「どうするもこうするもないじゃない。ここまでされて行かないなんて言えるわけないでしょ」

 

 最終的な確認を兼ねたネロの言葉に、フェアは口を尖らせて答えた。これまで彼女に行くなと言う者はいない。意志表示をしていないミントやグラッドもわざわざ口にしていないだけで、反対はしていないのだろう。もし反対ならば口に出しているはずだ。

 

「それじゃ、ミルリーフと一緒に準備しよう!」

 

 ミルリーフがフェアの手を引っ張って行く。これで最初にメリアージュが言った通り、彼女も出発の準備をしなければならなくなったのだから当然だ。

 

 そしてそれを合図に、ネロや御使い達もそれぞれ準備をするために部屋に戻って行った。

 

 

 

 

 

 それから一、二時間が経ち、自分の準備を終わらせたフェアはメリアージュに忘れじの面影亭のことを説明して回っていた。母にとっては十年以上離れていたのだ。物の配置も大きく変わっている上に、今日からしばらくフェアはここを空けるのだ。よく使うものの場所くらい説明しておかないと大変だろうとう考えのもとだった。

 

 一通り案内した後、食堂に戻ってきた二人はテーブルに座って、たいして重要でないものについて簡単に説明していた。

 

「あと、バカ親父が置いて行ったものは全部倉庫にしまってあるから」

 

 フェアにとって出て行ったきり何年も帰ってきていない父親に関するものは重要ではないらしい。実際、彼女が倉庫に取りに行くのは釣竿くらいなのだからあながち間違いでもない。

 

「あらあら、そんなところにしまわなくてもよかったのに」

 

「いいの! ずっと前に出て行ったきり帰ってきたことなんてないんだから!」

 

 メリアージュの言葉にフェアは声を荒げて言い放つ。彼女の父に対する印象は相変わらず最悪のようだ。

 

「相変わらずだな。あいつは」

 

 ここにいる間ずっと寝泊まりしていた部屋の片づけと、出発の準備を終わらせたばかりのネロがフェアを呆れた様子で見ていた。もともとほとんど着の身着のままでリィンバウムに召喚されたのだ。レッドクイーンやブルーローズを除けばネロの荷物はほとんどないのである。

 

「だが、父君のことで言えばそなたも似たような問題を抱えているのはないか?」

 

 同じく準備を整えて食堂に来ていたセイロンがからかうような顔で尋ねた。

 

「別に俺はあいつのことを憎んじゃいねぇよ」

 

 一緒にするなと言わんばかりに鼻を鳴らした。確かに実の父であるバージルとはいまだ良好な関係を築いているとは言えないが、別に双方の間に怒りなどの感情的な障害はないのである。

 

 ただ二十を過ぎて、異世界で実の父に会うという事態はさすがのネロも想像しておらず、その接し方については悩んでいるのもまた事実だった。

 

 分かりやすい例で言えば呼び方がそうだ。まさかミルリーフのように「パパ」と呼ぶなどありえないし、かと言って「お父さん」とか呼ぶのもどこか気恥ずかしく感じられるのだ。

 

「ならばよいのだ。我としてもそなたらが仲違いなどされても困るからな」

 

 ミルリーフや御使い達はこれから当面の間はラウスブルグに居候する形となる。その城の現在の主であるバージルとミルリーフの父代わりのネロが険悪な関係になってしまうのは避けたいところなのだ。

 

「ガキじゃないんだ。そんなことするかよ」

 

(こちらは割と本気で心配しているのだが……)

 

 ネロの言葉にセイロンは心中で突っ込む。なにしろネロもバージルも性格が性格だ。皮肉屋で口が悪いネロが意外と気が短いバージルを怒らせた日には城も崩壊しかねない。心配して当然だった。

 

「ちょっとあんたたち、暇なら手伝いなさいよ!」

 

 そこへ箒を手にしたリシェルが声をかけてくる。ネロやセイロンのように出発の準備がない者は、しばらく料理店や宿屋として営業できない忘れじの面影亭の掃除していたのだ。メリアージュが残ると言っても一人ではできる範囲も限りられてくるし、フェアが戻る時期も定かではないため、少し早めの大掃除といったところだ。

 

「うむ。そうしよう」

 

 ネロが答える前より早くセイロンが口を開いていた。いつも一歩引いたところか物事を見るセイロンだけにほぼ即答に近い形で答えたのにはネロも驚いた。それだけ、ここのことが忘れがたいのかもしれない。

 

「ああ。他の奴らもじきに終わるだろうし、手伝わせるか」

 

 どうせなら全員でやった方がいい、そのネロの考えを口にした時、他の御使いやミルリーフが食堂に顔を出した。実に素晴らしいタイミングだった。

 

 元はミルリーフを守るために協力していた者達だが、今はただの掃除も一緒にするほど親密な関係ができていた。

 

 人間と召喚獣。リィンバウムでは利用する者とされる者と分けられる両者だが、それでも信頼関係を築くことができるという証明だった。あるいはこうした関係こそが、理想郷とも称されるリィンバウムのあるべき姿なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、とうとう忘れじの面影亭を出る時が来た。

 

「礼を言う。世話になったな」

 

「うむ。またいずれ会うとしよう」

 

 クラウレとセイロンが入り口で見送ってくれている者達に言った。ありきたりなものだが、こうして別れの挨拶ができるのもミルリーフを巡る一件が無事に解決したおかげだった。

 

「ああ、またいつでも来いよ」

 

「歓迎するからね」

 

 グラッドとルシアンが言葉を返す。ミルリーフと御使い達は拠点をラウスブルグに移すだけだ。一時的にリィンバウムを離れることになるが、いずれは彼らが再びここを訪れることは不可能ではないのだ。

 

「うん! 絶対にまた来るからね!」

 

 ミルリーフが涙をこらえながらも笑顔で言った。彼女にとってトレイユは故郷であり、忘れじの面影亭は生家だ。仲間も多いそこを離れるということはやはり辛いもののようだ。

 

「ネロ君もまた、ね」

 

「そっちも元気でな」

 

 ミントにネロが返す。しかしネロはまた会おうとは言っていない。彼は本来いるべき場所へ帰るのである。もうリィンバウムに戻って来ることはないだろう。それはミント自身も分かっているはずだが、それでもまた会えることを信じたいのだ。

 

「ありがとうネロ君。おかげで私は私として生きて行くことが出来る。君が無事に帰れることを祈っているよ」

 

 先ほどの掃除の間にネロ達が帰ることを伝えられていたセクターが言った。復讐に残された時を全て捧げようとしていた彼が変わるきっかけをくれたネロに一言でも感謝を伝えたかったようだ。

 

「この人が無事に帰れたことは私達が確認しますから心配無用ですわ」

 

 リビエルは胸を張って言った。彼女も含めて御使い全員はリィンバウムにもう一度帰って来るまで城にいるのだ。必然的にネロの故郷にも行くことになるため、しっかり元の居場所に帰ったことを確認するのは容易いことだ。

 

「でも別な世界かぁ、どうせなら私も行ってみたかったなぁ」

 

 今回赴くことになる世界はメイトルパとここでは名もなき世界と呼ばれる人間界だ。順序としては、まずラウスブルグに暮らす召喚獣を元の世界に戻すため、最初の目的地はメイトルパであり、次が人間界に行くことになっている。

 

 なんにせよリィンバウムとは異なる世界を二つも見ることができるのだ。リシェルでなくとも行ってみたいと思う者は少なくないだろう。

 

「まだ言ってるの? もう諦めなさいよリシェル。土産話くらいするからさ」

 

 フェアの言葉からするとリシェルは準備や掃除の間に随分羨ましがっていたようだ。そのせいか、中々諦めきれないらしい彼女に若干呆れているようだ。

 

「ネロさん、この子をお願いね。しっかりしてそうに見えて、意外と無茶するから」

 

「ちょ、ちょっと、お母さん!」

 

 たった今リシェルに言葉を返した時とは打って変わって、フェアは焦ったように言う。

 

「ああ、わかってたよ。確かにこいつは頭に血が昇ると見境がなくなるからな」

 

「ネロも!」

 

 メリアージュとネロにフェアは顔を赤くして抗議する。二人の言うことに自覚はあるが、それでもはっきりと言われて気持ちのいいものではない。むしろ親戚の前で自分の欠点の話をされるような気恥ずかしさがあった。

 

「さあ、そろそろ出発しよう。このままではいつまでもいるわけにはいかない」

 

 別れの挨拶がいつまでも終わる気配を見せなかったところでアロエリが口を開いた。だが、実のところその言葉は彼女が自分自身に言い聞かせている言葉だった。

 

「……ええ、そうですね。そろそろ行きましょう」

 

 アロエリの意思を汲んでポムニットが出発を促した。ラウスブルグへの案内役を務める者からの言葉だ。名残惜しいがそれでも従わないわけにはいかない。

 

「あの、お世話になりました!」

 

 それまで中々お礼を言い出せなかったエニシアがぺこりと頭を下げた。ギアンのことが心配でここに来たはいいが、ほとんど彼につきっきりだったため、これまで感謝の言葉も伝えられなかった。それでも最後に言えただけよかっただろう。

 

 エニシアの言葉を最後にネロ達が会話を打ち切ったところで、ミントがポムニットに向かって短く言った。

 

「それじゃあ、またね」

 

「うん。また、来るからね」

 

 返す言葉もまた短い。しかし親友と言っても差し支えない二人である。別れの言葉はそれで十分だった。

 

「行きましょう」

 

 そしてネロ達に向き直ると彼らを先導するように前に出で歩き出した。

 

 後に続く彼らはポムニットから離れないように歩きながらも、忘れじの面影亭が見えなくなるまで何度も振り返り、別れを惜しむように手を振り続けた。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、ポムニットに案内されたネロ達はラウスブルグに辿り着いた。

 

 ラウスブルグはまさか堂々と空に浮かんでいるわけにもいかないため、常時ラウスの命樹の作り出した異空間に身を隠している。そのため、外界との行き来は転移の門(ゲート)と呼ばれる秘術を用いて行われる。これは言ってしまえば一種の転送装置のようなものであり、ラウスの命樹の命樹を作り出した古妖精の秘術である。

 

 古妖精達が造り出したラウスブルグにもその機能が備わっていて当然だった。

 

「久しぶりに帰ってきたようですわ……」

 

 まるで数年ぶりに帰ってきたように感じたリビエルが周囲を見回しながら呟いた。城の入り口から見えるこの景色は以前とほとんど変わっていない。それでも長い時が経っているように感じたのは、それだけラウスブルグを追われてから今までの出来事が濃密だったということだろう。

 

「うむ。実際は半年と経っていないはずなのに不思議なものだ」

 

「だが、正直なところ俺はこうしてお前達と共に戻って来れるとは思ってなかったぞ」

 

 セイロンに続きクラウレが言った。彼は、一度はギアンの側につき、他の御使い達と敵対することを選んだのだ。それがかつてのように同僚と肩を並べて生まれ故郷に戻って来ることになるとは想像もしていなかった。

 

「でも兄者、みんなもメイトルパに帰ることができるんだ。オレはこれでよかったんだと思う」

 

 アロエリが言う通り、クラウレの望みであった同胞の帰還は叶う。たとえ、彼が思った形ではないとしてもそれは喜ばしいことには違いない。

 

「それじゃあ、まずはバージルさんのところに行きましょう」

 

「うむ。……ところで彼はどこに?」

 

「大広間にいるならいいが、これほどの大人数だ。全員が入れる部屋は限られてくると思うが……」

 

 セイロンが尋ね、クラウレが心配した。なにしろ、この場にいるのはポムニットとエニシアも含めて九人だ。さすがにそこらの部屋では落ち着いて話もできない。

 

「……みなさん、大広間で待っていてください。呼んできますから」

 

 まさか、ぞろぞろとバージルの部屋に連れて行くわけにもいかない。そのため、とりあえず大広間にバージルを呼んでくる方向に帰ることにした。

 

「なら案内は不要ですわ。どうぞ呼びに行ってくださいな」

 

 リビエルが眼鏡を押し上げながら言う。案内が不要なのも当然、御使い達がラウスブルグに住んでいた期間はポムニットのそれより長いのだ。城の構造や部屋の位置については今でもよく覚えている。

 

「そ、それじゃあお願いしますね。すぐに呼んできますから」

 

 そう言ってポムニットは城の中へ走って行く。それを見送ってからネロ達も御使い達の案内で大広間に向かうことにした。

 

「随分とでかいもんだな」

 

「ほんとだねー……」

 

 城を見上げていたネロとミルリーフが感嘆したように言った。城の広さ自体は彼の故郷にある古城フォルトゥナ城と同程度と思われるが、高さをそれ以上だ。こんな巨大なものが世界を行き来する船だとは到底思えない。城以外の部分も含めれば一つの町がまるごと船になっているようなものなのだから当然だ。

 

「ここで最も重要な場所なのだ。それだけ防備を固める必要があったのだろう」

 

 御使いの長でありラウスブルグの持つ力も知るクラウレだが、彼もラウスブルグで生まれた世代であり、古妖精によって城が建造された経緯までは知りえなかった。

 

 それでも城にはラウスブルグの全機能を司る制御の間がある。その部屋の重要性を考えれば大層な城を造る理由足りえることは想像に難くない。

 

「でも二回も攻め落とされてるんでしょ?」

 

「一度目は里の同胞達がギアン達に同調していたこともあって、先代は戦うことを選ばなかったからな」

 

 フェアの言葉に往時のことを思い出しながらセイロンが答える。先代守護竜は至竜だ。その力を持ってすれば城に攻め寄せるギアン達や彼らに同調した十人を蹴散らすことは不可能ではなかっただろう。

 

 それでも同胞を傷つけることをよしとせず、さりとて彼らの要求であるラウスブルグの力を発揮することもよしとしなかった先代は死を選んだのだ。

 

「…………」

 

「まあ、そのおかげで俺は帰れるんだけどな」

 

 エニシアが暗い顔をしたのに気付いてネロはフォローの意味も込めて口を開いた。もっとも、仮にギアン達のことがなくとも、バージルによってラウスブルグが奪われていた可能性は高いだろうが。

 

「……その通りかもしれない。今回の件がなくとも、いつまでも隠し通せるとは限らないだろう」

 

 これまでは外界にラウスブルグの力が知られていないものだと思っていたのだが、ギアンが知っていた以上、完全に隠し通せたわけではない。いずれその力を求めて多くの者が押し寄せる可能性すらありえる。

 

「あの男の手に渡ったのが吉と出るか凶と出るか……」

 

 アロエリの言葉を聞いてセイロンが呟く。現在のラウスブルグの支配者であるバージルは、城の力を使うことを断じて認めなかった先代の意思に反する行動をしようとしているが、何が目的かはわからない。彼としてはそれが大きな悲劇に発展しないことを祈るしかなかった。

 

 そのまま、歩を進めた彼らはほどなくポムニットから示された大広間へ着いた。九人どころか何十人単位で入りそうな程大きな空間だ。正直、大きすぎる感も否めなかった。

 

「遅かったな」

 

 既に大広間にいたらしいバージルが声をかけた。それはラウスブルグに来ることを言っているのか、大広間に来るまでのことを言っているかは分からなかった。もっとも、特に起こっているわけではなさそうだったが。

 

「そう言うなよ。これでも急いできたんだ。……それで出発はいつなんだ?」

 

 ネロが肩を竦める。特段急いだわけではないが、言われっ放しでいるほどおとなしい性格ではなかったようだ。

 

「今日中に。今、確認に行かせている」

 

 バージルは自分を呼びに来たポムニットから話を聞くと、彼女に全員揃っているか確認に行かせたのだ。彼にしてみれば他の者などどうでもいいが、このあたりはアティやポムニットがうるさいのだ。

 

 出発はその確認が済み次第となるため、実際はあと一、二時間の内に出発となるだろう。

 

 そんな中で二人のやりとりを聞いていた御使い達四人は、それぞれ目線を合わせると頷き合った。

 

 そして四人を代表するかのようにクラウレが口を開いた。

 

「……一つ、聞かせてほしい」

 

「何だ?」

 

「あなたはこの城を手に入れて何をしようというのだ?」

 

 それは永きに渡りこのラウスブルグを守ってきた先代守護竜の最期を見届けた者としてのけじめだった。先代はラウスブルグが争いの火種になることを危惧していた。それは御使い達も、一度はギアンについたクラウレでさえも同じなのだ。

 

 もし、バージルの目的が世界に争いを齎しかねないなら、たとえ勝てないでも戦いを挑むだろう。少なくとも先代の意思に真っ向から反する者のもとでのうのうと暮らすわけにはいかない。

 

「……結果的には貴様らのためになるだろう」

 

 少し考えてバージルは答えた。人間界ですることを正直に話しても彼らには理解できないことは目に見えたいたため、己の計画が完遂された時のことを話したのだ。

 

「…………」

 

「気に食わなければ相手をしてやってもいいが?」

 

 納得できないのか黙り込む四人にバージルは貴様らの考えなどお見通しだとばかりに薄く笑った。

 

 だが御使い達がその言葉に答えることはなかった。その前にアティとポムニットが大広間にやってきたのだ。

 

「みなさん、ごめんなさい。ちょっとバージルさんから頼まれたことがあって……」

 

「確認はとれたか?」

 

「みなさんに頼んでます。人手は多い方がいいと思って」

 

「そうか」

 

 どうやらポムニットはバージルから頼まれた確認をレンドラーやゲック達に任せたらしい。彼らなら自分からの命令と言われれば断れないだろうし、随分と要領よくやったものだとバージルは意外に感心していた。

 

「もう少しで出発ですし、みなさんとの顔合わせは夕飯の時にして、部屋で休んでいてください」

 

「あ、先生、私が案内しますから!」

 

 ポムニットはアティに代わり「さ、こっちですよ」とネロ達を誘導し始めた。御使い達もこの場で確かめるつもりはなくなったらしく、大人しく彼女の後について行ったようだ。

 

「とうとう出発ですね。最初にこの話を聞いた時は本当に行けるのか心配でしたけど、なんとかなっちゃいましたね」

 

「もとより成算はあった。仮になくともなんらかの手段で向こうに行かねばならんが」

 

 それを聞いたアティが、そこまでして人間界に行く理由を口にした。

 

「……ご両親の形見でしたよね。取りに行くのって」

 

「そうだ。……より正確に言えば、それと俺の持つアミュレットと合わることでようやく手に入るもの――」

 

 

 

 それはかつてバージルが欲し、ついに手にすることができなかった父の力の象徴。

 

 

 

「――魔剣スパーダ」

 

 

 

 

 

 

第5章 希望の担い手 了




新年第一回目の投稿になります。今年はDMC5の発売という一大イベントもありますが、投稿頻度は落とさないようにしたいものです。

ところでサモンナイトの新作とかUXの新刊はいつになるのだろうか。



さて、次回は1月12日か13日に投稿予定です。

ご意見ご感想お待ちしております。

ありがとうございました。

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