間桐臓硯になりました。―ありえんから始まる聖杯戦争―   作:桜雁咲夜

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理解と反発と

 カラーリングしていない黒髪に銀縁の眼鏡。これで服装センスが残念であれば残念なオタクに分類されそうなものだが、その部分は割とまともらしい。

 そんな雨生龍之介は、高等学校教諭を目指す大学生だ。

 

 本来の歴史ならば、"死"というものを知るためにシリアルキラーとして将来は名を馳せていたかもしれないが、あいにくとここの龍之介は別人である。

 例え、右手の甲に「令呪の兆し」と呼ばれる聖痕が現れ(普段は化粧品のコンシーラーとファンデーションで隠しているが)、それが原因で折角受かった地元の大学を蹴ることになり、学費と生活費のためにバイトに追われようと、歳の離れた友人だが胡散臭い魔術師の弟子になったとしても、夢は変わらない。

 

 そんな彼は、愛車であるマジェスティから降りてヘルメットを弄びながら、下宿先兼弟子入り先の家の玄関前にいる挙動不審な男にどう対応するべきか悩んでいた。

 その不審人物には、面識はなくとも彼が誰であるかという見当もついているのだが。

 

 やがて携帯を取り出して、何回か操作しながら画面を見つめ、頷くとそれをしまい込んでから不審人物に声をかけた。

 

「――あのー……なんか用すか?」

 

「うぇっ!?」

 

 龍之介がおずおずと背後から声をかけると、まるで鳥か蛙が潰れたような声を黒いパーカーを着た不審人物――間桐雁夜は上げた。

 

「……だ、誰だ!?」

 

「いやいや……それは、こっちのセリフでしょ。門の所の呼び鈴も、玄関前のチャイムすら押さずにさっきから何やってんすか?」

 

 彼の目的も、彼自身についても龍之介は知っているのだが、あえてそれは御首にも出さない。

 

「ここは……間桐家で間違いないんだよな? 俺は十年前にここを飛び出した次男の雁夜だ」

 

「あー……それじゃ、リフォームされてるからびっくりしたんすね。間桐さんで、間違い無いすよ。俺は雨生龍之介っス。この家で下宿させて貰ってます」

 

「は……下宿……? おい、どういうことだ!? 何を考えてるんだ、爺は?! お前も魔術師なのか!? おい!」

 

 雁夜は、龍之介の襟元を掴み怒鳴りつけた。

 

「ちょ!? 落ち着いて!」

 

 ああ、やっぱり、こうなるかー……と、龍之介は少し遠い目になりながら、現状を知らせるために師の使い魔の羽蟲を探した。しかし、蚊よりも小さなその蟲を咄嗟に探すのは困難であり、早々に諦めるはめになった。

 とはいえ、玄関先でこんなに騒いでいるのだから、恐らく気がついてそろそろあらわれるはずだ。

 

「とにかく! ……事情はよくわかりませんけど、何か用事があってきたんでしょ? 家の中(なか)に案内しますから」

 

 その言葉に雁夜の手の力が緩んだ。

 掴まれた襟元を直してから龍之介が玄関ドアに手を掛けると、同時に中から扉が開かれる。

 

「――全く、何を騒いでいるんですか?」

 

 年の頃なら50代前後の着物姿の男性……が、中から姿をあらわした。

 

「また知らない奴が……! おい、臓硯はどこだ?! 雁夜が帰って来たと伝えてくれ!」

 

 雁夜の影で、コッソリと手をあわせて首をすくめ、龍之介はその男性に謝る。

 その姿に男性――臓硯は、軽くため息をつくと、彼等を招き入れた。

 

 

 

 

 

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆

 

 

 

 

 

 とりあえず、雁夜さんは龍之介とともに応接間に通した。

 夕飯時ではあったし、一緒に夕飯を……とも考えたのだが、雁夜さんの口から"臓硯"の所業が桜に伝わることは避けたかった。我侭だとは思うが「優しいおじい様」として見られている今を壊したくはなかったのだ。

 

 応接間から少し離れたダイニングへと戻ると、桜は床に足が届かない椅子に座ったまま足をブラブラとさせて、カレーにもサラダにも手を付けず、テーブルに伏せるようにして私のことを待っていたらしい。

 

 私に気がついて、はっとしたように飛び起きた。

 

「おじい様、お客さまですかっ?」

 

 少しお行儀は悪いが、その態度は微笑ましく私は思わず笑みを浮かべた。

 

「先に食べていてよかったのに、待っててくれたんですか」

 

「ひとりで食べるのはおいしくないし、みんな一緒がいいから」

 

「じゃあ、もう少し待たせてしまいますね……雁夜さんが来たので、これから少しお話してきますので……」

 

 手早く煎茶をいれて、茶請け用に煎餅を用意する。

 紅茶でも良かったのだが生憎とティーパックのものは切れていた。それならば、時間と手間を考えれば急須でいれた緑茶に勝るものはないだろう。

 

「え……雁夜おじさん……?」

 

「きっと、雁夜さんは桜ちゃんが心配で来たんでしょう」

 

 雁夜さんと聞いて桜は何やらソワソワしている。

 母親と姉と一緒に、会うことも多かったからそれを思い出しているのかもしれない。

 

「お話……終わったら、おじさんとお話したいです」

 

「じゃあ、難しいお話が終わったら、みんなで御飯を食べましょうか?」

 

 話にかかる時間によっては、折角圧力鍋も使ってじっくり煮込んで柔らかくなった牛スジカレーは冷めてしまうだろうが温め直せば良いし、サラダも冷蔵庫にしまって置けばいいだろう。

 ……さすがに、真夜中までかかることはないと思いたいが。

 

「はいっ! お腹へったけど……終わるの待ってます!」

 

 嬉しそうに桜は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 応接間にて、ソファーに座る雁夜さんと龍之介、そして自分の前に茶碗を置き、茶請けをテーブル中央に置いた。

 雁夜さんは、私は使用人だと思っているのか、茶を置いた段階ではイライラした表情ではあったが会釈をしてくれた。龍之介はそんな私達の方を見ている。

 

「さて――――お待たせしてすみませんでしたね。話をお伺いしましょうか」

 

 当然、臓硯が座るべき場所に私が座ったため、雁夜さんは驚愕の表情を浮かべた。

 

 雁夜さんが覚えている臓硯は、おぞましい手段によって延齢に延齢を重ねてきた不死の魔術師であり、間桐の血脈の大本たる人物。何代にも渡り間桐家に君臨し、現代に生き残る正真正銘の妖怪という、禿頭で顔はおろか手足もしわだらけの矮躯な老人だろうが、今の私とはあまりにも見た目が違う。

 長く伸ばし、ゆるく一つに縛った白髪混じりの藍色がかった黒髪。穏やかそうな優しい顔だとよく言われる顔と、雁夜さんよりは低いが、あの臓硯よりも20センチ以上高い身長と割としっかりとした体格。

 これで同じ人物だと思うのはどう考えても難しいだろう。

 

「あんたが臓硯……だと……? 何の茶番だ!?」

 

 雁夜さんが怒りと驚きの余り、立ち上がった。その拍子に、テーブルに手を叩きつけるように置いたせいで、茶碗が不穏な音を立てた。

 

「それに、コイツまでここにいるのはどういうわけだ?!」

 

 龍之介を指さし、部外者はいらないとばかりに声を荒げる。

 

「あ、静かにしているから、気にしないで。この家の関係者として話を聞いてるだけなので」

 

 コイツ呼ばわりされた龍之介はサッと手を上げて、そう言ってから携帯を取り出してそちらを弄りだした。

 

 そういえば。携帯電話といえば、この世界で元の世界と変わっていることの一つだ。

 何故か一部の精密機械が異様に発達し、PCや携帯電話などはその恩恵を受けており、携帯電話なら世代で言えばスマートフォンが出る一歩手前。PCもネットブックのような小型で手軽に持ち運べるサイズが、かなり安い値段で店に並んでいる。

 ネット環境も同じ事で、これらに関して言えば十年は先を進んでいるだろう。

 

 実際の歴史を知る者として、私は何か気持ちが悪く、必要にかられて通話のために携帯は購入したものの他の物には手を出してはいない。

 龍之介は、若さもあるのか携帯だけではなく、ネットもPCも気軽に使用しているようではあるが。

 

「……彼は、私の弟子です。ですから、部外者ではありませんよ。

 そして、私に関してですが……簡単に言えば、臓硯であって臓硯ではない。

 私を構成するもの、一つ一つは臓硯で間違いないけれど魂は違う」

 

 雁夜さんの目を見ながら、私は言う。

 鶴野さんに説明した際も同じ事を言った記憶があるが、逃げ出すという選択をした彼とは違って雁夜さんにはもっと説明が必要だろう。

 

「……まあ、この事については、またにしましょう。今は、貴方がここに戻ってきた理由を聞くことからです。何か話があって来たのでしょう?」

 

 自分の茶碗を手に取り、茶をすする。

 雁夜さんが来た理由は原作知識もあるから理解しているが、聞かないことには始まらない。

 

「……噂を聞いた。間桐の家がとんでもなく恥さらしな真似をしている、とな」

 

 やはり桜のこと。

 時期はズレたが、行動自体もズレているわけではないようだ。

 

「遠坂の次女を養女として迎えたそうだな。まさかとは思うが、この"弟子"と結婚させて間桐の血筋に魔術師の因子を残すつもりか?」

 

 最初に言った"臓硯であって臓硯ではない"が引っかかっているのか口調自体は詰問というより、疑問という形態になっている。

 

「間桐臓硯、取引だ。俺は次の聖杯戦争で間桐に聖杯を持ち帰ろう。その対価に遠坂桜を解放しろ。新しい代の間桐が産まれなくとも、聖杯で不老不死を得て、あんた自身が生き続ければ済む話だろう」

 

 これで原作の臓硯ならば一笑に付して、刻印虫の話へと話が移るのだろう。

 

「……ねえ、俺も少し話してもいい? 臓硯さん」

 

 携帯を閉じた龍之介がおもむろに話を切り出した。

 

「構いませんよ、龍之介くん」

 

 私が許可を出すと、龍之介はホッとした様子で雁夜さんの方に顔を向けた。

 

「……雁夜さん。突然だけど、魔術属性と起源とか、封印指定って知ってる?」

 

「は……? 魔術などという忌むべき穢らわしい物の話など知るわけ無いだろう」

 

「うん、そう返してくると思った。でも、魔術が穢らわしいかそうじゃないかなんて、使い手と魔術の内容によるよ? ちなみに、俺の属性は「水」で起源は「伝達」ね。起源はともかく、俺の属性自体は珍しいものじゃない。この属性と起源っていうのは人それぞれなんだけど、稀に珍しい属性を持って生まれてくる人がいる」

 

「それが何だと言うんだ? 今までの話と何が関係すると言うんだ?」

 

「遠坂の次女――桜ちゃんは、稀な属性を持っているんだ。しかも、そんな属性を持っているのに自衛の手段もなく一般人として暮らしたら大変なことになる」

 

 そして、龍之介は私に話してくれたように、雁夜さんに対してそのままであった場合に起きえた危険性について話をしていった。

 その言葉に雁夜さんの表情は、驚愕と嫌悪の色に染まっていく。

 

「……少なくとも、ここなら両親に会いに行く事も、お姉さんに会うこともできる。それに、教えてるのは蟲を使う魔術じゃない。だから、雁夜さんが思うような――」

 

「お前に何がわかる!? 弟子のお前にそんな説明されても『はい、そうですか』などと納得なんてできるか!」

 

 龍之介の言葉を遮り、雁夜さんは激高し声を荒げた。

 無理もない。家に帰すことは、文字通り不可能だと言っているのだから。

 そして、憎悪の対象だった"臓硯"の弟子から説明されているのだから、頭で理解しても納得はできない。

 

「……私は本当に貴方の知る臓硯ではありません。だからこそ、自分の手の届く範囲は幸せにしたいと思っています」

 

「だから、それは茶番だろう!?」

 

「いいから聞きなさい! ……信じられないのはわかりますが、実際こんな目にあった私が一番信じられないのですから」

 

 そして、私は死した自分の身に起きた信じられない出来事を話し始めた。




やっと環境も整ったので投下です。
リアル引越し疲れたよ……orz

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