間桐臓硯になりました。―ありえんから始まる聖杯戦争―   作:桜雁咲夜

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回路と属性

 間桐家に雁夜が戻った次の日。

 

 早朝、雁夜は以前使用していた部屋で――昔いた時よりも小奇麗に掃除された室内で――柔らかな布団で寝ていた所を桜に起こされた。

 

 昨夜は、驚きの連続だった。

 

 食事の後によくよく周囲を見れば、旧時代前とした屋敷は様変わりしていた。外だけでなく屋敷内もだ。

 ロウソクの燭台やシャンデリアが置かれていた場所にはLED電球が人工的な光を灯し、台所は使い勝手の良さそうなシステムキッチンにかわっている。

 リビングには大きな液晶テレビが置かれ、テレビ台の中にはDVDデッキと最近出たばかりのゲーム機がソフトと共に入っていた。

 そして薪で沸かす風呂も、追い焚き機能付きの某メーカーのシステムバス、トイレも最新のウォシュレット……と神秘の秘匿はどうしたのかと、魔術師ならば逆に問い詰めたくなる所行である。

 

 だから(くだん)の臓硯が昨日の夕飯時のように、朝食を――もちろん、和食の手の込んだものを――手早く用意していたり、テレビの朝のニュース番組を見ながらそれを食べることになったとしても、昨日よりは動揺していなかったはずだ。

 

 

 そんな雁夜も、朝食後に工房で魔術を教えるというので着いて行った先で驚きのあまり、足が止まった。

 

 

 屋敷の地下に作られていた蟲蔵は一見すると、地下への入り口が洞窟に繋がっているかのようだった。ここが工房なのだそうだ。

 雁夜がおぼろげに覚えている幼い頃に放り込まれた蟲蔵は暗く、湿気と得体の知れない腐臭が漂い、ギチギチと蠢く気味の悪い蟲達しかいない空間だった。

 しかし、今の蟲蔵は暗さと湿気はあまり変わらないまでも、水が流れるせせらぎのような小さな音と緑色の淡い光の中に浮かぶ泉があり、どこかに空気を循環させる換気口でも作られたのかまるで深い森の中のような空気を感じる。

 あの会談時に臓硯が言っていたように淫蟲はことごとく処分されたのだろう。

 

 そして、この泉はただの水が湛えられているわけではない。

 冬木の地脈より霊力を受けている地下水を組み上げ、その水によって人工的な泉を作っているのだ。この泉の水の魔力を養分として、暗所においてエメラルド色の幻想的な光を放つヒカリゴケを育て、それを蟲達の餌としているのだという。

 もちろん、一部の肉食の蟲には三ヶ月に一度、牛一頭分の肉を与えているのだと付け加えて。

 

「餌代がかかって仕方ありませんが、あの子達もいないと困るので仕方ないのです」

 

 人の血肉を餌としなくとも、魔力を含む植物や水でも代用できるのだと変わり果てた蟲蔵を入り口から呆けたように口を開けて見つめる雁夜に、桜と手を繋いで階段を先に降りた臓硯は言った。

 

「あの……雁夜さん、降りないならそこ退いて貰えないすか? さすがにこれ抱えて横はすり抜けられないんで……」

 

「――――あ。……悪い、すぐ降りる!」

 

 大きなファイルケースと道具箱のようなものを抱えるように持って、最後に地下に降りようとしていた龍之介に背後から声をかけられ、固まっていた雁夜は、はじけたように慌てて階段を走り降りた。

 

 

 

 

 

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆

 

 

 

 

 

「さて。それでは今日から、雁夜さんが参加することになったので、復習を兼ねて魔術回路と属性についての話からしましょうか」

 

 私は龍之介が持ってきたファイルケースと道具箱を受け取り、奥に設えた大理石の机の上に置いた。

 雁夜さんは初めての、桜にとっては二度目の見るそれに視線があつまった。

 

「魔術回路とは、魔術師が体内に持つ擬似神経であり、生まれながらに持てる数が決まっていて、本来は増えることも減ることもない内臓です。ただ、内臓に例えるくらいですから、移植によって増やすことも減らすこともできなくはないのですが、あまり現実的ではありません。

 そのため魔術師の家系は一本でも魔術回路が多い後継ぎを誕生させようとします。それゆえ古い家系の魔術師ほど強力で一般の人間には魔術回路を持つ人間はいないのです」

 

 道具箱の中からキリル文字が刻まれた年代物のナイフを取り出し、ファイルケースの中身の書類を広げる。

 

「魔術回路を起動し使用すると肉体がそれを拒んで苦痛が現れます。そして、一度回路を開いてしまえば、その後は術者の意思で起動と待機の切り替えができるようになります」

 

「俺の場合は、自分の血を見ることが起動スイッチ。使用時は……例えるなら虫さされが超痛痒い感じ? アレが全身を駆け巡るからわりとツライ」

 

「わたしは、おく歯を思いっきりガチンってかむの。でも使ってる時は、龍ちゃんみたいに痛いってあんまり感じない……?」

 

 龍之介と桜が自分の回路の起動方法と使用時の感想を言葉にした。

 ちなみに私は、魔術の行使に全く痛みを感じない。これは、もう人を辞めてしまっているためだろうと愚考しているので誰にも話はしていない。

 

「そうですね、使用時の痛みも切り替えイメージも人によって様々です。雁夜さんは、一度魔術回路を起動させていますよね? その時を思いだすといいですよ。龍之介くんも桜ちゃんも初めて回路を開いた時の状態が起動スイッチになっています」

 

 龍之介の時は何をやっても回路が起動せず、冗談まじりに口にした『本物の龍之介は自分の赤が一番きれいだと思っていたのだから、いっそ自傷してみては?』を半ばヤケで行い、結果動いた。

 あの時は、本気でやるとは思っていなかったため、最初に教えるはずだった使い魔使役よりも先に治療魔術をまず教えることになった。

 

「切っ掛けはどうあれ、回路が起動できるなら問題はありません。できないようであれば起動方法から模索することになりますが……」

 

「開いた時……? 昔、蟲蔵に入れられた時だから……」

 

 雁夜さんはそう言いながら、思い出していたのかだんだんと顔色が悪くなっていった。

 もしや、トラウマスイッチを押してしまったのだろうか。

 

「次に属性ですが、これは魔術師がそれぞれ得意とする魔術の方向性を決定するものです。ちなみに私の属性は水と土の二重属性です。そのため、この属性についてなら問題なく教えることはできるのですが……それ以外である、桜ちゃんについては基礎と属性が関係しない魔術しか教えられないのが残念です」

 

 私は、自分を見上げてくる桜の頭をなでた。

 最低限度のことしか、本当に教えられない。それ以上は桜の魔力回路を弄ってしまうことになるし、間桐の外道魔術を教えるわけにも行かないのだ。

 

「わたしのぞくせいが珍しいから?」

 

「そうですね。前にも桜ちゃんに言った通り……架空元素・虚数は扱う人は殆どいない。だから、自分で自分を守れるようにならないと殺されちゃう可能性もあるんです。今は私や龍之介くん、虫さんたちもいるけど守り切れない可能性も出てくるからです」

 

 虫さんたち……これは桜に与え、育てさせた蟲だ。

 

 平時の姿は赤いトンボや青い蝶をしているが一旦命令を受ければ、それぞれがグロテスクな翅刃虫へ変わる。蜂はそのままオオスズメバチの一種に拙いながらも魔力を注いで育て使い魔にしたものだ。

 

「うん……だから、わたしは遠坂のお家に帰っちゃいけない……」

 

「桜ちゃん……!」

 

 雁夜さんが、寂しそうに呟いた桜を跪いて抱きしめた。

 

「…………わかった。すぐに、お母さんやお姉ちゃんのもとに送り届けてあげるよ。行こう!」

 

 そしてそのまま、桜を抱き上げて階段の方へと向かおうとする。

 

 ……何を聞いていたんだ、この人は。

 話を聞かない人だと思ってはいたが、さすがにこの行動はマズイ。

 

「――――だめ!」

 

 私と龍之介が声をかける前に、桜が雁夜さんを止めた。

 

「雁夜おじさん……わたしはもう間桐さん家の子なの。遠坂のお父さんは、私に生きてて欲しかったからおじい様にわたしたんだよ?」

 

「桜ちゃん……」

 

 泣きそうな……いや、泣いている桜が毅然として言った台詞に、雁夜さんは言葉を失った。

 

「雁夜さん、昨日龍之介くんが話したではありませんか。魔術師は一子相伝。次子以降は魔術は教えられないと。それでは、桜ちゃんは生きられないのです」

 

 昨日、龍之介がした話を再度私は口にした。

 封印指定と否応もなく今後来るであろう危険性を。

 

 桜にこれを話して理解して貰うことは本当に大変だった。

 

 突然親元から離された、たった五歳の女の子である。

 いくら、利発な子供とはいえ、理解力はただの子供と変わらないのだ。

 

 雁夜さんに説明しながら、私は桜を引きとったあの日のことを思い出していた。




お久しぶりでございます。
今回は少し短めかも。

次回は過去話で、桜ちゃんが間桐家に来た時のお話です。
今回よりは間を空けずに投稿できるかと思います。


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