間桐臓硯になりました。―ありえんから始まる聖杯戦争―   作:桜雁咲夜

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さくらとおじいさん 前編

 養子の話を遠坂家に持ちかけたのは、今から三年前――――それは、龍之介が初めて冬木に訪れた時のことだ。

 思い立ったが吉日と、秘密裏に飛ばした蝶の形をした使い魔の蟲を通し、遠坂邸の時臣の書斎にて私は話を切り出した。

 

 桜を養子として貰い受けたいと。

 

 もちろん、遠坂時臣からは返事は待ってほしいと告げられた。それに対しての私の返事は是。

 もとより、すぐに返事がもらえるとは思っていない。むしろ突き返されるのではないかと思っていたのだ。

 

 それから、更に一年ほど過ぎ……養子の件については了承の返答を貰った。

 他にも、数件養子にしたいと問い合わせがあったらしいのだが、桜の将来を考えて、後継者が定まっていない間桐が一番良かったらしい。

 しかし、まだ幼い凛が体調を崩して寝こむ事が多かったため、万が一の場合を考えて引き取るのは桜が小学校に入学する直前ということで話がついた。

 

 ゆえに、桜ちゃんとはその引き取りの日に初めて会うことになるのだろうなと私は思っていたのだが。

 ……世の中というものは、やはり私の思うとおりには進まないようである。

 

 

 

 ある日の夕方、私は買出しのために徒歩で商店街に向かっていた。

 龍之介はバイトが有るため、帰宅が遅くなるので夕飯はいらないと連絡をもらっていたので夕食については問題ない。

 そのため、明日の献立について考えながら、住宅街の中ほどにある公園の前を横切った。

 

 ふと、公園の中に目をやると、幼い少女が一人うつむいて地面を見たままブランコに乗っている。

 

 公園に一人で子供を放置するなんて……と思った後に、この時代では然程、珍しくなかったことを思い出した。公園に子供を一人で遊びに行けなくしたのは、後の時代に出てくる変質者たちだろう。

 とはいえ、他に子供がいるわけではないし、本当に一人でいるのならばそろそろ帰宅するべき時間である。

 

「お嬢ちゃん。そろそろ日が暮れるから、家族が心配するし帰ったほうがいいんじゃないかい?」

 

 私は、不審がられるのを承知で公園の中へ入り、声をかけた。

 これで、怖がって帰るならば問題ない。逆に、話しかけられたら話をしながら交番の駐在さんのところへ連れて行けばいい。

 

「……おとうさまもおかあさまも、おねえちゃんがしんぱいなんだもん。さくらはいなくたっていいの」

 

 顔を上げた少女から、予想外の言葉が帰ってきた。

 まだ幼いながらもしっかりした言葉使いで利発な受け答えをする、この少女こそ桜だったのである。

 

 

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆

 

 

 遠坂桜にとって、その年老いた人は初めて見るタイプの人だった。

 父方の祖父母はすでにもう亡く、母方も祖母しかいない。

 だから、祖父と呼べる存在とは会ったこともない彼女は、こういう人のことをおじいさんと呼ぶのだろうかと考えた。

 父が着ている洋服とは違う、お正月にしか見たことがない着物を着たおじいさんは晴れているにもかかわらず傘を持ち、買い物の途中なのか大きなカゴバックを抱えていた。

 『知らない人に付いて行ってはいけません』と母親からは言われている。

 しかし、付いて行ってはいけないだけで、話をしてはいけないとは言われていない。

 

「桜ちゃん。お母さんもお父さんも桜ちゃんが要らないわけじゃないんだよ? だから、心配させるのは良くない。日が暮れる前にお帰りなさい」

 

 隣のブランコに腰掛けて、優しく間桐臓硯と名乗ったその人は言う。

 

「そんなことないもん。おねえちゃんはおとうさんにかまってもらえて、おしえてもらえてるのに、さくらはかまってもらえない」

 

 実際、桜が父と姉が何かしている所に近づいた時、酷い剣幕で母に怒られた。

 その後、父にも怒られ……なぜ怒られたのか、桜にはよくわからなかった。

 

「とはいえ……もう暗くなるんだよ?」

 

 桜の言葉に、おじいさんは困ったような表情を浮かべた。

 大人から見れば、ただの子供のワガママにしか過ぎない。

 

 しかし、子供にとっては重要なことなのだ。

 自分は愛されていないのか? 必要とされていないのか?

 

「おとうさんも、おかあさんもきらいっ」

 

 少女の足元から、砂埃が上に向かって舞い上がる。 

 臓硯は、それに対してハッとしたように 周囲を見回した。

 

「おねえちゃんはもっときらいっ! だから、おうちにはかえらないのっ」

 

 目から涙を流した桜は歯をぎゅっと噛み締め、その周りには黒い影のような"モヤ"が包んでいた。

 

 

 

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆

 

 

 

 桜が影を操る――私の記憶ではステイナイトの大聖杯の接続下で"黒桜"にならなければ、使用できなかったはずだ。

 

 ……が、今の状況はどういうことだろう。

 

 子供ならではのワガママから、負の感情が激化して一時的に使用できるようになったのだろうか。

 いや、もしかすると、今この瞬間に魔力回路を初めて起動したのかもしれない。

 そして、幼い子供故に暴走したとも考えられる。

 

「桜ちゃん……」

 

 桜の周りには黒い影があり、桜の感情でその影は形を変えている。

 桜の属性の虚数から作られる魔術は、存在するが目に見えないもの。不確定を以って確定を拘束、実の世界から平面の世界へと飲み込む禁呪である――――と私の中の臓硯の知識は伝えている。

 

「おとうさまもおかあさまも、おねえちゃんもきらいだもん! みんなこまればいいの!」

 

 泣きながら桜は影に命じている。

 このままでは、桜は暴走したまま影を使用してしまう。

 

 私はため息をついた。

 本来ならば、こんなことはしたくなかったのだが……

 

「――――Поставьте.

 Она кладется чтобы спать」

 

 できるだけ、後遺症がないように加減した気絶の魔術を桜にかける。

 さすがに私の魔力に抵抗することは、難しかったらしくそのままブランコから落ちるようにして桜は眠りについた。

 慌てて私は彼女を抱き起こす。前のめりに落ちたため、砂場で窒息などしては危険だし、打ち所が悪いなどということがあっては困る。

 幸いなことに子供の柔軟性の高さか怪我らしい怪我もなくホッとした。

 

 とはいえ、子供に保護の使い魔もお守りの護符もつけていないとは、遠坂時臣はどこまでうっかりなのか。

 

 そんな益体もないことを考えながら、眠ってしまった桜をどうしたものかと思案する。

 

 遠坂邸に連れて行く……不可侵条約があるからそれはできない。

 交番に届ける……やはり、これしか無いようだ。

 

 抱いて移動するわけにも行かないので、常に自分とともにいる蟲たちを使って桜の向きを変え、背中に背負うと私は交番に向かって歩き出した。

 

 

 

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆

 

 

 

 

 頭の痛みで目が覚めた時、桜は誰かに背負われていることに気がついた。

 大きくて広い背中だが、父親とは違う匂いがするし、高さも違う。

 ぼんやりする目に見えたのは白い髪と肩にかけた藤のカゴバックの紐で……先ほど公園であった臓硯というおじいさんだと桜は思った。

 彼は桜を背負ったまま、日本語ではなさそうな桜が知らない言葉の優しい唄を歌いながら歩いている。

 『知らない人についていってはいけない』という母の言葉を思い出したが、名前も知っているのだから知らない人ではない。だから問題はないはずだと桜は結論づけた。

 

「……ん……おじさん……」

 

 身じろぎして、背負われたまま桜は声をかけた。

 

「おや……もう起きたのかい? 交番まで寝たままだと思ったんだが……」

 

「こうばん……おまわりさんのところ?」

 

「そうだよ。お家に帰りたくないって言っても、一人であそこにおいておくわけにもいかないからね」

 

 まだ五分もたっていないはずなのに、術が弱すぎたか……と呟いた彼の声は桜には聞こえていない。

 

「……なんだか、さくら……あたまいたい……」

 

 我慢できない痛みではないのだが、全身の力が抜けたような気がする。

 

「さっき、額をぶつけたせいかな……桜ちゃん、立てるかい?」

 

 コクンと頷くと桜は彼の背中から、地面に降りる。

 そっと、桜の額を優しく撫でながら、彼は先ほどの歌と同じ桜の知らない言葉を紡ぐ。

 

「――さ。これで、もう痛くない」

 

 手に"温かい何か"が集まっていたのはわかった。

 それが何かか桜にはまだわからないが、たしかに痛みは消えた。

 

「すごい! おじさん、すごーい!! これ、さくらもできる?」

 

 キラキラと子供らしく目を輝かせて桜はまくし立てた。




 
すごく久々すぎてすみません……しかも前後編の上に、視点がコロコロ変わるので劣化もいいところです。

途中で出てくるキリル文字は、ロシア語の呪文です。
マキリ時代の正統魔術はきっとロシア語と言うか、スラヴ語だったと思うんだ…!
(´・ω・`)

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