学園都市。東京西部に位置する、世界で唯一超能力研究の実用化に成功した独立研究教育機関。
総面積は東京都の三分の一を占め、都市の総人口230万人の内8割を学生が占めるという、学生の街である。
学生達は須らくカリキュラムに沿った能力開発を受けており、「手から火を生み出す」「手を触れずに物を動かす」「人の心を読み取る」等といった超常能力の行使を可能としている。
学園都市創立者の目的としては、「人間を超えた体を手にすることで神様の答えに辿り着く」ことだとか。
だが、精神の未発達な思春期の学生たちには、超能力という力は身に余る。
そんな崇高な目的の理解よりも先に、目先の力に溺れ、己の欲求を満たすことに終始する者も少なくない。
~~~
「あれ?」
ある夏の昼下がり。
中学生女子4人の集団は姦しく、公園で甘味を嗜んでいた。
突然頓狂な声を上げたのはその内、頭に花飾りを付けた少女、初春飾利。学園都市の風紀委員に所属する少女だ。
その声に対し、隣でクレープと格闘していた学友、佐天涙子が反応する。
「初春? どうしたの?」
「佐天さん。……いえ、あの銀行なんですけど、なんで昼間から防犯シャッターを下ろしているんでしょう―――」
―――と、それが言い終わるや否や、突然下ろされていたシャッターが内側から爆発して吹き飛んだ。
「きゃっ!?」
「なに、何なの!?」
突然の出来事に唖然とする二人。
周囲が通行人を含めてパニックに包まれる中、爆発の煙に乗じて銀行の内から逃げ出す3人の男の影を彼女は見逃さなかった。
「初春っ」
駆け出しながら、ツインテールの少女、白井黒子は言う。
「警備員への連絡と、怪我人の有無の確認を!」
「は、はいっ」
慣れた所作で指示を飛ばし、自身も現場へ駆けつけるため腕章を装着する。
「黒子!」
そんな彼女に駆け寄ろうとする少女が一人。
「いけませんわ、お姉さま」
だが、白井はその少女を制止する。
「学園都市の治安維持はわたくしたち
最後は微笑みながら言う白井に苦笑し、少女、御坂美琴はこの場は大人しく見守ることと決めたのであった。
「お待ちなさい」
突如として目の前に現れた少女に対し男たちは思わず足を止める。
現れた少女、白井黒子は右腕に装着された「風紀委員」の腕章を見せつけるように突き出し告げる。
「
刺すような眼差しと意表を突いた登場、このタイミングで風紀委員が現れるという事実に対し呆気に取られていた男たちであったが、目の前の『風紀委員』とやらがこんな華奢で小柄な少女であることを認識し直し、次第に「こんなものか」と馬鹿にするような嘲笑を浮かべ始める。
「こんな小娘がぁ?」
「ギャハハ、風紀委員も人手不足か?」
遂に声を上げて笑い始める三人。
対して白井は、むっと不機嫌そうに眉を顰めながらもコツコツ歩を進め、男たちとの距離を詰める。
「ほぉら、“風紀委員”のお嬢ちゃん。早くどこか行かねえと」
それに気づいた男の一人は、未だ笑いの余韻を残しつつもフラフラ動き出し――
「ケガしちゃうぜっ!」
―――猛然と、白井に掴みかかった。
が、
「そういう三下のセリフは」
白井黒子は至って冷静に対処する。
「死亡フラグですわよ?」
襲い来る男の足を引っ掛け、ぐるんと一回転。
男が認識していたのはそれまでで。彼はそのまま地面に背中から叩き付けられて意識を手放した。
「なっ!?」
「このガキ……ッ」
残された二人の男の内一人が、見せつけるように虚空に手を掲げる。
次の瞬間、男の掌には拳大の火球が生み出されていた。
「今更後悔しても遅えぞ……!」
男は脅すように、掌の火球を白井に向ける。
「……
「そうだ。俺はレベル3の強能力だ。悪いが、テメエには消し炭になってもらうぜ」
まったく、と白井は内心毒づきながら90度足の向きを変え、男たちから離れるように駆け出す。
白井の意図の読めない行動に動揺しかけた男ではあるが、すぐに我に返り火球を放つ。
「逃がすかよ!」
だが。
「だれが――」
その言葉と同時、白井黒子は掻き消えるようにその場から姿を消した。
白井に向けて放たれたはずの火球は、その突然の消失とともに行き場を失い地面に炸裂する。
「――逃げますの?」
そして白井の消失に狼狽える男の目前に、彼女はいた。
「なっ!?」
またしても、弄ぶように掻き消えた白井は男の後方上部に出現し、そのまま後頭部に蹴りを叩き込んで叩き伏せる。
無様に地面を転がり、男は後頭部の鈍痛に耐えながらも状況を把握しようと顔を上げた。
そこで、カカカッ、と連続した硬質な音が響く。
自身が地面に縫い付けられたと気付いた頃には、もうすべてが終わっていた。
「……!!
「これ以上抵抗するなら次はこれを、体内に直接テレポートさせますわよ?」
這い蹲った状態でアスファルトに縫いとめられた男は、既に反抗の気力を失っていた。
時は少し遡り、白井黒子が一人目の男を投げ飛ばし沈黙させた頃。
風紀委員へ応援要請を終えた初春飾利はバスガイドらしき女性と口論していた。
「ダメですっ。今は広場から出ては!」
「でも、男の子が……!」
ただならぬ様子で口論をする二人に、美琴と佐天は駆け寄る。
「どうしたの?」
「男の子が一人足りないんです! バスに忘れ物をしたって言ったきり……ッ」
「そんな……」
「じゃあ、私と初春さんで探します。少し前なら、まだそんなに遠くへは――」
「私も行きます!」
声を上げたのは佐天だった。
本来、風紀委員でもなく、身を守れる程の能力も持たない彼女を巻き込むことに抵抗を感じる美琴であったが、今は時間が惜しい。
佐天の真剣な眼差しを見て、美琴は決断する。
「わかったわ。手分けして探しましょう」
「はぁ、はぁっ、くそっ、いきなりレベル4クラスが出てくるなんて聞いてねえぞっ」
発火能力を持つ仲間があっさりと打ちのめされるのを見て、男は奪った現金入のバッグを抱えて一目散に逃げ出した。
仲間を見捨てるのは少々酷かも知れないが、この際どうこう言っていられない。
強能力者が敵わないのに、低能力者の自分なんて論外だ。
―――と、走り出すその先に、小さな男の子が一人。
「ガキか……。へへっ、丁度いいや」
男の顔は、凶悪な笑みで歪んでいた。
「うーん、一体どこに行っちゃったんだろう」
佐天は美琴と初春から分かれて迷子の男の子を探していた。
あの時、勢いに任せて咄嗟に捜索を申し出てしまったが、相手は白昼堂々銀行を襲うような凶悪犯。
そんな奴らが無防備な男の子なんて見つけたらどうなるかなんて、中学生の自分でもわかる。
―――そこで、はて、と。無能力者の女子中学生である自分も、見つかってしまえば一緒の扱いではないのかなーと、
思考が行き着くその寸前、彼女は見た。
「おいガキッ、ちょっと一緒に来い!」
「えっ、なにお兄ちゃん、だれ?」
無理やり男の子の手を掴み、逃亡しようとしている男。
佐天は思わず周りを見渡す。
だが、美琴も初春も近くにおらず、気付いていない。
「ッ、……あたしだって」
一瞬生じた迷いを吹り切り、佐天は視線を上げ、男を睨み付けて走り出した。
「やめてええええ!!」
女の子の叫び声。
それが佐天のものと気付き、御坂は血相を変えて声の方へと振り向く。
見ると、小さな男の子の腕を力づくに引っ張り連れ出そうとしている強盗犯と―――それを阻止すべく、必死にしがみ付く佐天の姿だった。
引き剥がそうとしても未だしつこくしがみ付いてくる佐天に対し、男は遂に痺れを切らし足を振り上げる。
佐天は数瞬先に来るであろう痛みに対し、思わず目を瞑る。
そして―――
発火能力者を無力化した白井黒子の耳にもその叫びは届いていた。
「佐天さんっ!?」
次の瞬間には足を振り上げる男が見えていたが、転移能力者である自分でももう間に合わない。
―――パン、という小さな炸裂音とともに、男の鼻先数センチの空間に小さな、小さな爆発が発生する。
「ぎゃっ! 熱ッ!?」
男は至近距離の爆発に目をやられ、その熱に痛む鼻を押さえて後ろに仰け反り倒れこんだ。
―――なにが起こったのか。
佐天は、来るはずの痛みに備えて強張らせていた体を弛緩し、恐る恐ると言った様子で目を開く。
その目に映るのは自分の手元で震える男の子。
そしてコツコツと、緩慢な動作で歩み寄り、自分たちと強盗犯の男との間に割って入るように立ち塞った黒髪の男子高生然とした少年の背中。
少年はおもむろに左腕を上げ、「風紀委員」と書かれた腕章を掲げ告げる。
「
少年はチラと、強盗犯の抱えるボストンバッグを見やってとりあえず、と呟き、
「お前を拘束する」
その姿を見て、助かったんだ、と安堵の息を漏らしかけた佐天だったが、「ふざ、けるなよおおおお!!」という怒声とともに拳銃を取り出す強盗犯を見て、思わず息が詰まる。
逃げて、と叫んでしまいそうになるが、情けないことに恐怖のあまり声が出ない。
しかし目の前の風紀委員らしき男子学生は、
「やってみろ」
と、あろうことか態々煽るようなこと言うではないか。
「舐めるなあ!!」
そして、パァンという、火薬の炸裂音が響く。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
同時に男性の野太い悲鳴が上がるのを聞き―――次に続く凄惨な光景を予想し、佐天は自身の血の気がサーッと一気に引いていくのを感じていた。
しかし、恐る恐る前を見てみると、予想に反して悲鳴を上げていたのは強盗犯の方だった。
強盗犯は紫煙を上げる拳銃をカランと落とし、同時に右手を押さえて蹲り悶えていた。
風紀委員を名乗る少年はそれを見て何かを感じた風でもなく、すたすたと近づき、そのまま慣れた手つきで手錠を掛ける。
こうしてあっけなく、事件は幕を引いたのであった―――
―――かに見えた。
ギャギャギャギャ、と、乱暴に火を入れたようなエンジン音。
音源を見ると、強盗犯の一人―――白井に最初に投げ飛ばされた男がいつの間にか目を覚まし、逃走用の車を動かそうとしていた。
「チクショウ! 風紀委員の野郎!!」
そのまま逃走するかと思えば、男はあろうことか転回し、フロントを佐天たちの方向に突き付けていた。
声も出せず茫然としていた佐天であったが、不意に「おい」と声を掛けられ振り向く。
「下がってろ」
声をかけてきたのは風紀委員の腕章を提げた少年だった。
だが、
「そ、それが、その……」
「?」
「腰、抜けちゃいました」
「…………」
あはは、と頭を掻く佐天。
少年は困ったように瞑目し額に手を当てた。
その反応に、だってしょうがなじゃない拳銃なんて向けられたのも火薬の音聞いたのも初めてなんだものでもやっぱりごめんなさいと、
脳内が高速で言い訳をしてそのまま謝罪するという忙しさとパニック加減を発揮していると、
「……いい、そこにいろ」
そう言い、少年は一歩前に出て、佐天たちを守るように立ち塞がる。
その背中。どこにでもいそうな、平均的な体躯の男子高校生の背中が何故かやけに頼もしく見えて。
差し迫る暴走車の脅威が目の前にあるにも関わらず、佐天は無意識に、不思議な安心感に身を委ねるのであった。
「はぁ。あの男、予想外にタフでしたのね」
少し離れた場所。銀行前で白井黒子は額に手を当てて自身の落ち度について反省していた。
やはり一度投げ飛ばしただけでは完全に意識を刈り取るには叶わなかったのだ。
そんな白井に、足元でアスファルトに縫いとめられた発火能力者の男は声を掛ける。
「おい、いいのか。お仲間の兄ちゃんピンチじゃねえか」
しかし白井は、男のそんな的外れな心配に思わずくすりと笑う。
「お仲間がピンチ? 状況をもっと良く見て仰りなさいな」
「? 何を……って―――!?」
男は驚愕する。
応援に駆け付けた風紀委員らしき少年がおもむろに手を翳したその先に。
身の丈を超えるほどの、巨大な青色―――火球が生み出されていた。
「な、あれは、……、
それは、
男は数秒、離れているここまで届く熱量と、圧倒的な存在感を放つ青い火球に呆気に取られて言葉を失うが、ハッと何かを思い出したような顔をして言葉を続ける。
「そ、そう言えば聞いたことがあるっ。風紀委員には捕まったが最後、身も心も切り刻まれて再起不能にする、最悪のテレポーターがいると……」
「誰の事ですの?」
白井はにっこりとスマイルを決めて問うが、男は目の前の現状から目を逸らさない。
「そして……風紀委員のどの支部にも属さず、どんな地区にもふらりと神出鬼没に現れてはあっという間に“敵”を燃やし尽くして制圧する、風紀委員最強の、青い炎のレベル5がいるとも……!!」
佐天は見惚れていた。
駆け付けた風紀委員の少年の背中越しに見える、生み出された巨大な青い火球、その存在に。
「綺麗……」
漏れ出るのは、どこか場違いな感想。
暴走車を走らせる強盗犯は、もう何も見ていなかった。
目の前の現実が受け入れられない。
それを許容してしまうことが、そのまま“死”に直結してしまうことを本能的に理解して。
男はあくまで盲目的に、半狂乱に、アクセルをべた踏みし目の前の脅威へと突っ込む。
「あ、―――ああああああああああああああああああああああ!!!」
今更気づいても遅い。
もう引き返すことはできない。
迫る距離は十間。
止まるどころか尚も加速する暴走車を見て、風紀委員の少年は苦笑を漏らす。
「これを見て引き下がらないのか」
彼は暴走車の運転手、その度胸ににある種の賞賛を送っていた。
これだけ死ぬ気になれるのならば、少なくともこんな犯罪を犯すこともなかったのではないか、と余計なお世話を巡らせながら。
そしてその意気に応えようと、片目を瞑り狙いを定める。
「―――じゃあな。加減はするから、恨むなよ」
学園都市230万人のトップ8に数えられる超能力者。
レベル5の一人の、その能力の一端が開放された。
「やりすぎですわよ」
遅まきながら駆け付けた警備員たちが損害の確認と犯人の身柄の確保に勤しむ中、切り取られたような静かな空間に彼らはいた。
「……威嚇のつもりだった。あれで引き下がると思ったんだが」
「あれはむしろパニックを誘発して捨身を誘ったようにも見えましたが……」
咎めるような口調の白井をさぞ鬱陶しそうにあしらい、彼は報告のためか何なのか、タブレットPCの操作を続ける。
警備員による損害調査には勿論爆破された銀行の件も含まれているが、どちらかと言うと“超能力者”のチカラの余波による公道破壊の被害の方が大きい気がするのはきっと気のせいではない。
ちなみに件の「引き下がらなかった強盗犯の彼」の命には別状なく、ちょうど引っくり返った車内で泡を吹いて気絶している所を警備員によって引き摺り降ろされているところだった。
“彼”の関わる事件の解決率は驚く程高く、彼が加わった時点で早期の解決が約束されるようなものなのだが、同時に都市の公共器物の破壊率も格段に跳ね上がってしまうというのは有名な話だ。
毎度口をすっぱくして言ってもこの調子なので、白井は既に達観の域に入っていた。
それでも同僚の風紀委員として何も言わないわけにはいかないので、嘆息しながらも注意するのだが。
そして、ジャリ、と。アスファルトの破片を踏み鳴らしながら彼らに近づく少女がいた。
「あんた、第8位」
「……3位か」
彼と同じく、学園都市最強のレベル5を冠する一人、
「相変わらず、派手にやってんのね」
「ああ」
「…………」
「…………」
「…………」
それきり黙り、またしても目線を落としてしまった彼に、御坂は少しばかりイラッ☆と琴線を刺激されてしまう。
言外に眼中に無いと言われたような気がして、なんだか気に入らなくなってしまったのだ。
「ちょっと、人と話す時くらい目を合わせなさいよ」
「仕事中だ。邪魔すんな一般人」
レベル5を一般人と称すのは如何なものかと御坂は考えるが、社会的な立場としては事実だ。
「でも、あたしだってたまに風紀委員の手伝いしてるし」
「頼んでねえし、少なくとも俺は知らねえよ」
「……アンタ、何様よ」
「風紀委員様だ」
にべもない、そんな回答の数々に、御坂の頬が僅かにヒク付くのを見逃さなかった白井黒子は二人の間で困ったようにあわあわと狼狽える。
学園都市の三指に入るエリート学校、常盤台中学のエースにしてレベル5の彼女に向けてこのような態度を取れる者はそう多くはいない。
兎に角仲裁に入ろうと口を開きかける白井であったが、そんな彼女よりも御坂の行動は早かった。
「―――あ」
そう、声を漏らしたのは少年の方。
ビリッ、と。小さな異音が鳴ると同時、彼の操作していたタブレットPCが煙を上げて動作を停止したのだ。
沈黙。ややあって向けられる胡乱げな視線。
「何しやがる」
それが向けられた御坂美琴は明後日の方向を向きつつしれっと答える。
「別に? どうせあんたの愉快な花火の力で熱暴走でも起こしたんじゃないの?」
「お前と違って俺はそんなヘマはしねえ」
「な―――!? あたしだってそんなこと滅多にやらかさないわよ!!」
「お、お二人とも落ち着いて」
徐々にヒートアップする二人の論争。
白井が必死に仲裁に入るも、二人は既に臨戦態勢に入っていた。
御坂の前髪からは漏れ出る微量な電流が僅かなスパークを起こしており、少年の周囲には何やら青色の揺らめきらしきものが見えている。
正に一触即発といった空気を察し、周囲の警備員たちは心なしか数十メートルほどの距離を取り、白井は柄にもなく神様に祈りを捧げている。
そして、そんな祈りが通じたのか。
「あ、あのっ」
どこからどう聞いても無害な少女の声が、剣呑な雰囲気を突き破り通った。
「さっきは助けてくれてありがとうございました」
礼儀正しくぺこりと頭を下げる少女、佐天涙子。
その登場に、二人はバツが悪そうに能力の予兆を沈め、白井は涙ながらに内心で最大級の感謝を送った。
そして、無垢な瞳で礼を言われた彼はというと、なんだかむすっとしたような顔でぷいっとそっぽを向いてしまう。
「別に気にするな、あれくらい」
「でも、私は助かりました。蹴られそうになった時も、銃を向けられた時も、車が突っ込んできた時も結局私は何もできなかったですし」
「……ん」
もじもじっと顔を下に向けながら告げられてしまった彼は、どこか居心地悪そうに「まあ。次は気を付けろよ」と呟き、ポケットをまさぐる。
ややあって取り出した煙草を咥えると足早に、近くの路肩に止めてあったバイクに跨りエンジンを掛ける。
「ちょっと、逃げる気!?」
ハンドルを握り、今にもバイクを発進させてしまいそうな少年の背に慌てて声を掛ける御坂。
対する少年は、いつの間に火を付けたのやら煙草から紫煙を漂わせつつ、苦々しそうに目線だけを御坂に向けて言い放つ。
「お前も少しはそこの娘の礼儀正しさを見習え、ビリビリ娘」
「なっ!?」
御坂は顔を真っ赤にしてなにやら反論を紡ごうとするが、その隙に彼は愛車を発進させ、あっという間に声の届かぬ彼方へと行ってしまった。
取り残された美琴はというと顔を真っ赤にして俯き、肩をプルプルと震わせている。
「あ・の・男~~~!! 私をあんな風に呼んだ男は! これで二人目よ!!」
うがー、と御坂はぶつけどころを失くした怒りを口から火に変えて吐き出す。
もちろん彼女は“電撃使い”《エレクトロマスター》なのでそんなものは幻視なのだが、妙な迫力を伴ったそれはひょっとすると強盗犯の発火能力者よりも迫力あるものだった。
「あの、白井さん」
「? どうかしましたか」
「もしかして私、あの人の気に障るようなこと言っちゃったんでしょうか?」
なんだか不機嫌そうだったし、目もまともに合わせてくれませんでしたし、と先ほどのやりとりからの不安材料を口にしていく。
しかし、そんな佐天を見て取った白井は事もなげに「ああ、そんなことでしたの」と言う。
「彼のアレはいつものことですので、お気になさらずに」
「え?」
「彼、ああ見えて照屋さんなんですの」
「ええっ!?」
「本人は絶対にそんなこと認めないでしょうけれどね」
苦笑しながら言う白井。
何というか、ちょっと衝撃的な事実だった。
まさかあの無愛想な態度がすべて照れ隠しによるものだったとは。
「そっかー、…………難しい人なんですねー」
あ、でもそう考えてさっきのやり取りを思い返してみるとなんだか可愛く見えてくるかも……と佐天が思考を巡らせていると、警備員たちの合間を縫ってひょこひょことこちらに駆けて来る初春の「佐天さ~ん」と呼ぶ声に引き戻される。
「あの、大丈夫でしたか?」
「あ、うん。あの人に助けてもらったからね」
「それであの人は……ってあれっ、もう行っちゃったんですか!?」
あの人、普段どこにいるかわからないからなかなか
そんなRPGのエネミーみたいな言い方をしなくても……と、そこでふと、そういえば彼の名前を聞いていなかったなあと思いだした佐天は、白井に訊ねてみる。
「彼の? ああ、そういえば彼、名乗りもせずに行っちゃいましたわね」
白井は若干呆れたように嘆息する。
「彼は風紀委員に所属する、学園都市の“発火能力者”の中の最高位。青色の炎を操るレベル5、
その名前は―――」