学園都市における能力者とは、その能力の強さからレベル0~5の格付けがなされている。
しかし、能力の強さ=戦闘力の高さとは、必ずしも直結しない。
~~~
「ああ、もうっ、しつこい……」
学園都市の3指に入るエリート学校、常盤台中学の制服に身を包んだ少女、
頻繁に後ろを振り返りながら走るその顔は焦燥に駆られており、その息は切れ切れ。
その後ろから下卑た笑いを上げながら追従するのは、確認できるだけでも6,7人はいる、見ず知らずの年上の男たちであった。
「お嬢ちゃ~ん、お兄さんたちそろそろ疲れちゃったよ。どこかイイところに休憩しに行かなぁい?」
「ッ、誰が……!」
付いて行ってたまるものか。
せめてその下品な面と性根を叩き直して出直して来い、と宮羽根はお嬢様にあるまじき雑言を頭の中で吐き捨てる。
既に通報は済ませている。
あとは警備員か風紀委員の到着を待つだけなのだが、彼らがそれを大人しく待っていてくれるはずもなく、こうして逃げ回る破目になってしまった。
常盤台中学に在籍していることから、彼女の能力は大能力者よりの強能力者という高めの水準に達しているのだが、その能力の性質から「追ってくるチンピラ集団の撃退」には適したものではない。
「あっ!」
バシュッ、と、足元が弾ける。
不良集団の一人が何やら能力の行使をしたのだろう。
突然の事態に足がついてこれずもつれ、そのまま転んでしまう。
「痛ぁ……」
転倒の拍子に肘と膝を擦り剥いてしまったようだ。
普段この手の痛みとは無縁の生活を送っていただけに、これが足を止める原因になってしまう。
そこににやにやと、獲物を追い詰めたことによる喜色を浮かべた男たちが近づいてくる。
そのおぞましさに身を駆られ、宮羽根は咄嗟に自身の能力を展開する。
「イテッ!」
「ああん? 何だこりゃあ」
男たちは倒れこんだ彼女に近づいた直前、立ち塞がった見えない壁のようなものにぶつかり足を止める。
その能力の名は、
空気中の窒素を固定化し、障壁を作り出す能力。
その障壁はちょっとやそっとのことで破れることはなく、使い方によっては人ひとりくらいならば固定化した壁の中に閉じ込め身動きを封じることもできるレベル3の強能力。
ただ、その範囲もせいぜいが一人か二人分が限界で、6,7人など以ての外。
また、能力の発動中は常にその障壁に触れていなければならず、壁を設置して逃走するという芸当を行うには未だ拙い。
そのため手を中空に翳し、男たちがこれ以上近づいて来れないよう狭い路地裏を塞ぐべく、障壁を作り出したのだった。
男らは障壁の存在に気付くとガンガンと蹴りや体当たりを始める。
だが幸いなことに障壁は彼らの思っていた以上に強固なようで、破れる気配はない。
これなら時間は稼げるかな……と安堵の息を漏らしかけた宮羽根であったが、男たちの表情には諦めや陰りの気配は見えない。
それどころか、「これなら試すにはちょうどいいかもな」などと口々に発している。
やがて男たちは距離を取る。
その手元には、電撃や火炎や、恐らく投擲用のものと思われる鉄塊など様々な能力の予兆で。
その顔に浮かぶのは一様に、まるで手に入れたばかりの力を試すサンドバッグを見つけたかのような、嗜虐に染まった笑み。
障壁を支える宮羽根の右腕が、微かに震える。
侮っていた。所詮
しかし、彼らは皆およそレベル2~3程度の能力を持ち合わせていたようで。
―――一人や二人分の能力ならともかく、この人数の能力者の“集中砲火”に耐えられるほど、宮羽根の能力は頑丈ではない。
「ひっ……」
破られる。
そう確信して目を瞑った瞬間だった。
「通報のあった女生徒ってのはアンタでいいのか?」
障壁を展開する宮羽根の背後から、一人の少年の声が通った。
「
そんな声に、場に居合わせた者全員の視線が集まる。
その注目の先には、どこかの高校の制服に身を包み、どこか不機嫌そうな様子を醸した少年が立っていた。
その左腕には“風紀委員”の腕章が提げられており、その登場こそはこの場で宮羽根の待ち臨んだシーンであった。
―――しかし。
「はぁ? 風紀委員だぁ?」
「つーか、一人かよ」
数瞬、静寂に包まれた路地裏の空気だったが、それも次第に、何の武装も見受けられずたった一人でのこのことやってきた風紀委員の少年に対する嘲笑に変わってゆく。
それを受けて、元より不機嫌そうであった少年の顰め面に更に僅かな苛立ちが上乗せされる。
少年はコツコツと早足に宮羽根との距離を詰め、追い越し、不良集団の前に立ち塞がろうとする。
宮羽根は僅かに逡巡する。
いくら風紀委員の訓練を受けた学生とはいえ、平均レベル3相当の力を持つこの数の男たちを相手に、果たして無事でいられるものだろうか、と。
そんな思考に耽っていたからであろうか。
宮羽根の判断が僅かに遅れた。
「あ、ちょっ、待っ―――」
時既に遅し。
―――ゴチィン、と。
少年は、宮羽根の展開した見えない障壁に強かに顔面を打ち付け、まるでお笑い番組のSEで使用されるような気の抜けた衝突音が鳴り響いた。
僅かな静寂。
そして。
「ギャハハハハハハハ!!」
「なんだコイツ、まじかコイツひあははっははは!!」
まるでコントのようなその一部始終を見て、不良少年たちは憚ることなく声を上げて笑い出した。
あわわわと、慌てて能力を解除する宮羽根であったが、
「うるせえッ」
ガゴッ! という突然響いた鈍い音に体を怯ませる。
見れば、怒りに肩を震わせていた風紀委員の少年が、壁に拳を叩き付けた音らしかった。
「な……!?」
拳の通った跡には何か青色の残滓らしきものが漂っており。
そして信じられないことに、鉄筋コンクリート壁に穿たれたその拳には傷一つついておらず、穿たれた壁にはビキビキと罅が入っていた。
「いい度胸だ。テメェら全員、覚悟は出来てるんだろうな」
少年がそう言い放った瞬間、日の光の通らない薄暗い路地裏が、青色の光に包まれた。
「っ―――!」
突然の事態に、宮羽根は思わず顔を覆って目を瞑る。
そして、次に目を開いた時、目前の光景に驚愕することになる。
「―――!…………!! うそ……!」
額に滲む汗は、数秒前までそこで唸りをあげていた膨大の熱量のせいからだろうか。
その目に映るのは、プスプスと煙を上げて倒れ伏し呻き声をあげる不良少年の集団と、左腕を虚空に留めた状態で立ち尽くす風紀委員の少年の姿だった。
少年はぼそりと「先に仕掛けてきたのはそっちだからな」などと呟き、掲げていた左腕を下ろす。
その目つきの悪さは、先ほどまでの比ではない。
……いやぁ、これは口が裂けても「あの見えない障壁を張ったのは私です」とは言えなくなっちゃったなあ。などと思考を巡らせていると、手持無沙汰にジッ、とこちらに目を向けていた少年と目が合う。
僅かな緊張が走る。
何か言わなければと逡巡するも、思ったように言葉が出ず、「あの、えっと…」などという情けない声が出るばかり。
それを見かねたらしき少年は、困ったように頭をガシガシと掻き口を開く。
「そのうち警備員が来ると思うから、事情とかそういうのはそいつらに言ってくれ」
それきり言うと少年は「じゃ」と言って踵を返して歩き始めてしまう。
……え、それだけ?
もっと他に、なんかないの?
そもそもこちらもお礼すら言えていないことに気付き、宮羽根は慌てて少年を引き留めようとする。
「待ってくださ―――っつぅ……!?」
そこで、気が抜けた拍子に思い出したかのようにぶり返してきた擦り傷の痛みに、伸ばしかけた腕を思わず引っ込める。
……ああ、なんて情けない。
世間から能力開発のエリート校と称される学校に通っていながら、身に着けた能力を行使してもチンピラ集団に追われただけで為すすべもなく弄ばれるばかり。
挙句、窮地を助けてくれたひとにお礼を言うこともできず、ただ転んで擦り剥いただけの傷を押さえて蹲ってしまっている。
あまりの情けなさに涙がじわりと滲んでくる。
このまま、あわや嗚咽をもらしてしまおうかという時だった。
「―――ケガしてんのか?」
その声に顔を上げると、先ほど立ち去ろうとしていたはずの風紀委員の少年が、困ったような表情を浮かべてこちらを見ていた。
「待ってくださ―――っつぅ……!?」
風紀委員の少年、
元々人付き合い等は得意な方ではなく、助けた少女にかける言葉も思い当たらないためこのまま立ち去ろうとしていたのだが、何やら痛みを堪えて蹲る少女に気付いて放っておくことはできなかった。
「ケガしてんのか?」
声を掛けると、どこか驚いたように顔を上げた少女と目が合う。
―――その目には涙が滲んでいた。
……あー、あー。本当にこういうのは得意じゃない。苦手だ。
そんなことを考えながら、学生服のポケットに手を突っ込み、ゴソゴソと何かを取り出す。
「……見せてみろ」
言って少女の傍にかがみ、その手を取る。
途中、「あっ」と小さく声を上げられたが無視する。
ひんやりとした柔らかな感触に若干ドギマギしつつ、それを察されないよう更に顔をしかめて患部を見ると、日焼けを知らないお嬢様然とした白い肌に数センチ大の擦り傷ができており、血が滲んでいる。
そこに取り出した清潔なハンカチを当て軽く止血し、消毒した後に大き目の絆創膏を貼ってやる。
膝小僧にも同様の擦り傷ができていたため、同じく処置をする。
その間、両者は無言だった。
逆鑑は治療のためとはいえ女性の肌に触るという事態に穏やかではない心持であったが、決して目を合わせるということはしなかった。
そのため、女生徒がどんな表情を浮かべているかはわからない。
やがて、長いようで短いような処置が終わり、立ち上がる。
「ン。たぶん大丈夫だと思うけど、気になるようなら警備員に言ってもっと丁寧な治療をしてもらえ」
そんなことを言いながら、また先ほどのように立ち去ろうとする。
すると、「あのっ」と声を掛けられる。
振り返ると、何やらぼうっとした様子で逆鑑を見上げる少女の姿。
「あの、ありがとうございました。助けていただいて、絆創膏も……」
「……気にしなくていい。それよりこんな所、もう一人で歩いたりすんなよ」
言って、またポケットに手を突っ込みタバコを取り出す。
口に咥えたそれに自身の能力で火を付け、そのまま少女に背を向けて歩き始めた。
宮羽根千咲は去ってゆく少年の背中を見つめ続け、そしてその少年により処置を受けた箇所に視線を落とす。
痛かったはずの傷もいつの間にか熱を沈めている。
その患部に優しく指をなぞらせ、先ほどの光景を思い出し、なんだか顔が熱くなり始めていることに気付いた、
―――そんな時だった。
ガツゥンッ! と、先ほど少年が障壁に激突した時よりもどこか爽快な快音が路地裏に響き、慌てて音のした方向に目を向ける。
「
そこにはゲンコツを握りしめて憤怒の形相を浮かべた、
「痛ッてぇ……なにしやがる黄泉川!! ……先生」
逆鑑と呼ばれた少年も、怒りをあらわにして叫ぶ。
だが、黄泉川というらしき警備員を呼び捨てにした瞬間、更に形相が強張りそうになったのを見て取って遅まきながら先生と付け加えたらしく、どうにも締まらなかった。
「……別に、学園都市製の害のないやつなんだからいいだろ」
「そういう問題じゃないじゃん! というか、風紀委員のお前が率先して風紀を乱してどうすんだって話じゃん」
「意味わかんねえ。つーか拳骨とかイマドキ古いんだよ!」
そんな二人を見て、なんだか乙女な雰囲気に毒されかけていた宮羽根は現実に引き戻されてしまい。
あはは、と乾いた笑いを上げるのであった。
~~~
「―――ということがあったんです」
宮羽根は先日経験した一連の出来事について、彼女の所属する“派閥”の女子たちと話していた。―――もちろん、自分が泣いてしまった
「まあ、あの辺りは物騒だから、一人で歩くときには気を付けるようにしなければいけませんわね」
「でも、その殿方についても気になります。聞いた限りでは相当に高位な能力者と存じますが……」
「男なんて皆野蛮なものだと思っていましたけれど、考え物ですわね」
「でも、襲ってきたのはその野蛮なひと達なのでしょう?」
「風紀委員らしいですけれど、どこの支部の方なのでしょう」
この話題は刺激の少ない“学園の園”で過ごすお嬢様たちにしてみればなかなか興味深いものであったらしく、皆楽しく姦しく感想を言い合っていた。
そんな中、それまで静かに話を聞いていて、何かを考えるような仕草をしていた“派閥”の主催者である金髪の少女は口を開く。
「ふぅん。彼、相変わらずの解決力をしているのねぇ」
誰に言うでもなく小さく呟かれたその言葉はお喋りを続ける女子たちの声に掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった。
しかし、少女が何か言葉を発したということには皆感づいたらしく、次に発する言葉は聞き逃さないようにと皆口を閉じ、静寂が生まれる。
その雰囲気を見て取った少女もまた、口を開く。
「なんだかとっても興味力のある話だけどぉ。宮羽根さん、その人にまた会いたいなんて思ってももうそんな危ないところに一人で行っちゃダメなんだゾ☆」
少女はきゃるんっと片目を瞑り、ウインクを決める。
名指しされた少女は僅かに顔を赤らめ、恥ずかしそうに俯いた。
その様子を見て取った金髪の少女もまた、思いを馳せる。
(“あの人”ほどではないにしろ、彼の特性もなかなか考え物よねぇ)
少女はふぅ、と物憂げに溜息を付いて足を組み、手にしたティーカップをゆっくりと口に運ぶのであった。
学園都市製の「害のないタバコ」というのは原作に登場していない独自設定にあたるかもしれません。
でも、あの都市ならそれくらいならありそうですよね。
ニコチンもタールも入ってないタバコなんて、どこに需要があるかはわかりませんが。
また、オリ能力持ちのオリキャラを投入しましたが、たぶん今回限りの出演になります。