とある科学の発火能力者   作:東川

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3.電話と乙女

 とある高校の一学年某クラス。

 よく日の当たる窓際4列目の席で、逆鑑甲雄は不機嫌そうな様子を隠すことなく授業を受けていた。

 

 黒板には大きく“自分だけの現実”(パーソナルリアリティ)と書かれており、それに即した講義を行う小柄な教師が背伸びをしながら所々注釈を加えていく。

 

 それは、既に“自分だけの現実”を理解し、自分のものとして実践し、結果としてレベル5に至っている逆鑑にとっては退屈極まりない内容であった。

 もっとも彼は座学では常にこのような態度なため、特段能力開発の授業に限った話ではないのだが。

 

 そもそも、彼の通うこの高校の在籍生徒のレベルは0~2と高いものではなく、もとより高位能力者である彼がこの高校に通っていること自体が、周りからしてみれば既に不思議な話である。

 そこには浅からずも深くはない、子供の我儘のような事情があったりなかったりするのだが、ここでは割愛する。

 

 退屈な授業の終了を告げる鐘が鳴る。

 それは同時に本日の放課を意味する鐘でもあり、いそいそと帰り支度を始める周りの生徒に倣い逆鑑も通学用鞄を取り出す。

 

 同時にHRが終わるまでの間、放課後のクラスメイトのちょっとした喧騒をそれとなく聞き流しゆく。

 普段は騒がしく思える雑音も、心持ち次第では丁度いいBGMになることもあるのだ。

 

 

「うだー……さっぱりわかんねぇ」

「そりゃあきみ、授業の半分近く寝て過ごしてたらわかるもんもわからんわ」

「どうした上やん。今日はいつにも増して眠たそうな面してるぜぃ」

「そこは触れないでくれ。……ビリビリ中学生に目を付けられて、昨日は一晩中追いかけっこになってたんだから」

「ビリビリ中学生……? もしやと思うが貴様、その中学生とやらも女の子だったりするのかにゃー!?」

「うぐっ……いやそれはどうでもいいことだろ」

「どうでもいいわけあらへん! くそぅっ、どうして上やんばっかり……! ここまで来ると今日一日眠そうにしてたのも小萌せんせに涙目のお叱りを受けるためという作為を感じざるを得んわ……!」

「そんなわけねーって言ってんでしょ!? ―――あ、今日は特売だから先に帰るからな」

「させん!! 今日という今日はテッテー的に洗いざらい、事のあらましを吐いてもらうぜよ!!」

 

 

 ……静かに聞き流していたが、ギャーギャーと“ちょっとした”どころではない騒ぎ、というか乱闘が始まり、割と近傍の席に配置されていた逆鑑は嘆息する。

 

 誰だ、心持ち次第でこんなのが丁度いいBGMになるとか言ってたやつは。

 普段から、どちらかというと刺々とした攻撃的な類の不機嫌面を張り付けていた彼であったが、この時ばかりは珍しくどこか物憂げな、―――角の取れた不機嫌面を構えるのであった。

 

 

 中学後期の身体検査(システムスキャン)の段階で既にレベル5に達していた彼には、名門高校からのスカウトが引く手数多であった。

 逆鑑はそれが、とても嫌だった。

 その引く手があまりにも多く、あの手この手で自校に引き入れようと画策する大人たちに辟易し、大人の汚い側面をまざまざと見せつけられ、大いに失望してしまったのだ。

 

 その結果抱いた小さな反抗心から、進学先の高校は適当に選んだ。

 彼のこの意外な選択に、数々の謀略・絡め手を用いて誘いを掛けていた名門校は、あっさりと手を引くこととなる。

 

 ―――そこには自校のライバルとなる強豪校に取られるくらいなら無名な高校に行ってくれた方がいいや、というこれまた大人の事情や水面下の協定があったりなかったりするのだが、それは彼の窺い知ることではない。

 

 むしろ、彼の選択によって一番手を焼かされたのは進学先の無名校だったろう。

 学園都市の財産とも言えるレベル5の進学先である。

 彼の教育に必要な設備等を、学園都市上層部の意向により慌てて更新、導入をすることになった。

 

 おかげで能力開発の弱小校であったこの高校も、発火能力者(パイロキネシスト)用の測定装置や開発設備だけやけに最新で真新しい仕様となっている。

 それを受けた発火能力(パイロキネシス)を専攻する小学生にしか見えないほど幼い容姿の某教諭が歓喜のあまり小躍りしたとかそうでないとか。

 

 閑話休題。

 

 風紀委員の一員として学園都市の治安維持に努める逆鑑甲雄は、その能力の制圧力の高さから前線にて活動することが多い。

 そしてその中で、最近一つ。見過ごすことのできない、決して小さくはない懸念事項に感づき始めていた。

 無能力集団である筈のスキルアウトたちが、何故かここ最近力を付け始め、その活動が活発化してきているのだ。

 

 言うまでもなく、“力”というのは火器や刃物と言った兵器や武装ではなく、超能力の類である。

 

 その振るわれる能力の割合はレベル2~3が殆どで、稀にレベル4クラスの能力者がいる程度。

 と言っても、その能力を完全に使いこなして扱い方に工夫の一つでも混じっていれば厄介なものとなるのだが、直接現場で交戦する限りでは手にしたばかりの力をそのままに振るう、何というか“力に使われている”ような連中ばかりなので、今のところ彼の脅威となりうるような者は現れてはいない。

 

 そもそも、能力開発で落ちぶれてグレたような連中だ。

 彼らが皆一斉に、今から真面目に能力開発を受けたとしてもあれほどもまでに急激に力を伸ばすということも考えにくいし、その前提があるのだとすればそもそも不良活動が活発化するということがありえない。

 

 ―――きっと、何か裏がある。

 

 今は確証も何もないのだが、感じている違和感に間違いはないはずだ。

 決して短くはない年月、学園都市の厄介事を巡って走り回って来た彼は、そんな気配を敏感に感じ取っていた。

 

 

 ところで。

 

 そんなシリアスな思考の海に浸っていた彼の頭からは、現在進行形で身の回りで起きているはずの乱闘騒ぎなどすっかり抜けてしまっていて。

 その騒ぎの渦中から投げ飛ばされてきた黒髪ツンツン頭の少年に気付かず、ゴチィン! と頭を打ち付け合い、涙目になりがら現実に引き戻されてしまうのはしょうがないこと(?)なのであった。

 

 

 

~~~

 

 

 

「何で俺の周りの連中はことごとく頭ばっかり狙ってきやがるんだ」

 

 むすっとした表情でそう独りごちる逆鑑の手には、黒色の無骨なガラパゴス式携帯電話が握られていた。

 ……本当は最近購入したばかりのタブレットも持っているのだが、残念ながら先日とあるレベル5の少女に破壊されてしまったため家に置いてきている。

 

 下校の歩を進めながらアドレス帳を開き、目当ての人物を探し出す。

 

 ―――あった。

 

 何かの拍子で連絡先を手に入れてしまったきり、一度としてこちらから掛けることのなかった相手の名前。

 後は通話ボタンを押してしまえば掛かることだろうその画面を開いて、それでも尚、掛けるべきか思い悩む。

 

 思い立ったのなら早くに動いた方がいい。

 そうとわかっていながらもこんな葛藤を続けてしまうのは単に相手に苦手意識を抱いているからだ。

 

 が、かと言って人見知りの激しい彼に他の伝手があるわけもない。

 結局最後まで悩みつつも通話ボタンをプッシュすることになる。

 

 

 コールが2、3と続く。

 

 

 ……あ、出ない? 出ないならもういいよね……とせっかちにも切ボタンを押そうとした寸前に、まるでそれすらも読まれていたかのように通話が繋がる。

 

 

『もしもしぃ?』

 

「……食蜂か」

 

『あらぁ、逆鑑さん? 貴方の方から掛けて来てくれるなんてぇ珍しいこともあるものねぇ』

 

 どこか間延びした、世の男性を誘惑するような独特な甘い口調の返事が返ってくる。

 

「調べてほしいことがあるんだが」

 

 手短に済ませてしまいたい逆鑑としては挨拶もそこそこに(というかせずに)本題に入ろうとする。

 

『ちょっとぉ、久しぶりのお話なのにイキナリそんな入り方はないんじゃないかしらぁ』

「……苦手なんだよ、お前みたいなやつと話すの」

 

 逆鑑は正直に吐露する。

 

 どうせ見透かされているのだ。下手に取り繕ってもいいように弄ばれるだけということを学習している彼は、ある意味で食蜂操祈という少女の取り扱いを心得ていた。

 

『ひっどぉい。あんまり女の子にそういうことばっかり言ってると、嫌われちゃうんだゾ』

 

「知るか」

 

 そんなもの知ったことではないし、食蜂に心配される筋合いもない。

 とにかく、彼女のペースに巻き込まれてしまう前に用件を済ませるため、最近あった出来事と自身の感じている懸念、そして依頼したい事の内容を手早く説明する。

 

 説明の間、食蜂は黙ってこちらの話を聞いていてくれた。

 

 やがて用件を伝え終えると『……ふぅん』と一拍入れ、口を開く。

 

『つまりぃ、逆鑑さん一人じゃあ、どぉ~~~~しても手に余る案件だから、私の助勢力を頼りたいってワケねぇ』

「そこまでは言ってねえよ」

『でもぉ、ここで私が断っちゃえば他に頼れる人っているのかしら。ほらぁ、逆鑑さんってお友達少なそうだし』

「…………」

 

 その通りである。

 と言うか、そんな都合の良い相手がいるならそもそも“食蜂操祈”(こんなやつ)に頼ることになどならなかっただろう。

 

 食蜂の試すような言い草に顔を顰める。

 やっぱりいい、今の話は忘れろ。と口にしようとする。

 

 だが、学園都市最高位の精神系能力者はそんな彼の心理さえ読み取っていたのか、絶妙なタイミングで口を挟む。

 

『でも、いいわぁ。引き受けてあげる。せっかくの貴方からのお願いだものぉ』

「……あ?」

 

 意表を突いたそんな言葉に、思わずそんなこえが漏れてしまう。

 

「どういうつもりだ。お前がそんなに素直に返事をするなんて考えられねえけど」

「失礼ねぇ。ま、最近私のお友達がお世話になったみたいだし、今回はトクベツよぉ」

 

 

 お世話?

 

 お友達?

 

 

 はて、とまったく心当たりのない逆鑑の頭にはいくつかのクエスチョンマークが浮かぶが、取り敢えず一番気になったことを口にしてみる。

 

「おまえ、友達なんていたのか」

 

 

 

「……………………なにか言ったかしらぁ?」

 

 

 

「……いや」

 

 そんな電話越しからもわかるほどの凄みを引き出してしまうような地雷ワードだったのだろうか今のは、と若干気になりつつも、これ以上機嫌を損ねさせてしまわないよう話題を切り上げる。

 引き受けてくれるのならそれでいい。

 

「頼んだぞ」

「この程度の情報(ことぉ)、私の収集力でかかっちゃえばお安い御用よぉ。大船に乗ったつもりで―――」

 

 

 パチン、と携帯を折りたたむ。

 さて、とそのまま携帯を無造作にポケットに突っ込み歩き出そうとすると、響く無機質な着信音とバイブレーションに引き留められる。

 

 しばらく放っといても相手に諦める様子が見られなかったので渋々通話ボタンを押す。

 

「なんだよ、まだなんか用があんのか」

 

『ちょっとぉ!? 仮にも人にものを頼んでおいてその態度は失礼すぎるんじゃない!?』

 

 常に人を食ったような態度の彼女にしては珍しく、お怒りのようだった。

 もっとも、それすら意図しての演技の可能性があるのだが。

 

 はぁ、と隠そうともせず嘆息し、先を促す。

 

「それで、なんだよ」

 

 怒りに息を荒げていた食蜂は僅かに呼吸を整え――――その数秒後には、それまでと180度印象の違う、穏やかな声で先を紡いだ。

 

 

『―――ねぇ、“あの人”は元気?』

 

 

 ……“あの人”。

 

 食蜂がそう呼ぶのは、自分と同じクラスに所属するあの騒がしい―――どこまでもお人好しな、あの少年のことだろう。

 

 もちろん彼とは毎日学校で顔を合わせているので答えられない質問ではないのだが、素直ではない逆鑑はツンと突き放したような言い方をしてしまう。

 

「そんなの自分で聞けばいいだろ」

 

『今は、ダメ』

 

 彼女にしては珍しく、短く言い切られたその言葉に不意を突かれ僅かにたじろぐ。

 

『わかってないわねぇ。―――恋する乙女にはぁタイミングってものが重要なんだゾ☆』

 

 次の瞬間にはまた、人を小馬鹿にしたような、甘い声音で。

 

 そんな柄じゃねえだろうが、と鋭いツッコミを心の中で放ちつつ、彼はふたたび嘆息する。

 

「わっかんねえよ、そんなもん」

 

 そう呟きながら少年はどこか遠い目で、昼下がりの学園都市の、よく晴れた空を見上げるのであった。

 

 

 

 




既存キャラの口調、難しいです。
似非関西弁ってなんなんだよ。


追記:サブタイトルを変更しました。

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