寂しさなんてもの、遠の昔に忘れてしまっていた。
強がりじゃないわ。だって私は元から一人だったから。
一人でこの森の中の小屋の中に閉じこもっていたの。
アイツが来るまでわ、ね――
一日の始まりは、いつもあの子たちへの挨拶から始まる。私が作った唯一の話し相手で、唯一の家族。
「みんな、おはよう」
挨拶に合わせて彼女たちを動かす。小さな頭をコクリと倒して返事をしてくれる。
とても行儀が良くて、それでいて予想通りの動き。それはそうよね。私が操っている人形なんだもん。私の意のままに動いて見せて、意に反した動きは一切行わない。
「今日も良い子ね」
嬉しそうに飛び跳ねる人形たち。私の想像通りの分かりやすい喜び方。本当にもどかしい。
不意に私が手を止めると、一斉にみんなも動きを止めて無数の感情のないガラス細工が私を映してくる。
「やめてよ……見ないで」
拒絶の言葉を受けても、まだ見てくる。だって、私は動かしてないのだもの。動くはずがない。
「もうやだっ! どうして――どうしてこんな感情を思い出しちゃうのよっ!」
思わずお気に入りの丸い木のテーブルを叩いてしまう。
「び、びっくりしたぜ……」
顔を伏せていた私の耳に聞こえるはずのない声が聞こえる。
それはとても幼くて、それでいて元気の良さそうな容姿を思い浮かべさせられる。そんな声。
「誰っ!」
慌てて家の扉へと振り返るとそこには、黒くて大きな帽子が目に付く金色の長い髪の少女が箒を片手に、髪と同じ金色の大きな瞳を目一杯に広げてこっちを見ていた。
金髪の少女は私と目が合うと、途端にバツの悪そうな笑みを浮かべる。
「あ、いや、違うんだぜ? ちゃんとノックはし――てはないんだけど、私は怪しい者じゃないんだぜ?」
少女は慌てた手つきで帽子を取り、その中をこちらへ向けて見せてくる。だから何なんだろう?
「あのね、怪しいかどうかは私が決めるの。それにノックもしないで他人の家の扉を勝手に開けて入ってくる時点で――」
「――窓から見えたんだぜ」
目の前の少女は私の言葉を遮るようにして静かに告げてくる。その声にどこか真剣味を感じて、私は押し黙ってしまう。
「寂しそうな顔してるあんたが」
だからこの子は私の為に家の中に?
「寂しそうに一人で人形遊びするなんて――この幻想郷でも珍しい程の痛い趣味だ――」
「帰れっ! そして、二度と私の家の敷居を跨ぐなっ!」
ほんの一瞬でも気を許しそうになってしまった自分が恨めしい。
人の神経を逆撫でする少女を家から押し出すと、家の扉を勢い良く閉じて音を立てる。流石にこの行動の意味を汲めない程に無知ではないだろう。
そうして私は、再び訪れる孤独な時間を迎え入れた。
翌朝のこと。私が唯一にして絶対に孤独を忘れられる場所である夢。その安息の場所を奪うのは、家の扉が吹き飛ばされる凄まじい爆音だった。
「な、なにっ! 何なの?」
ベッドから飛び起きた私が最初に見たものは――お気に入りのテーブルの無残な姿。そして、テーブルを支えていた一本の柱を折り曲げた張本人である、昨日の金髪の少女が向けてくる笑顔。
「は、ははは……着地に失敗しちまったんだぜ」
この少女は悪魔か何かなの?
無残なテーブルの姿が歪み出す。
「私が何をしたって言うのっ? どうしてこんな――どうしてこんな酷いことするの?」
堪えきれない涙が溢れてしまう。でも、もうどうだっていい。
「わ、悪かったぜ……でもすぐに直せ――」
「この悪魔っ! 二度と私の前に現れないでっ!」
聞いたこともないような、自分のとても冷たい叫び声が耳に響く。
「……ごめん」
少女は私と目を合わせることなく、俯いたまま倒れる扉を踏みしめて出て行った。せめて、悪いと思ってるなら踏むなよ……。
耳が痛くなるような静寂が家の中に戻ってくる頃、私は壊れた扉を壁に立て掛けてから、みんなへの挨拶を始める。
どういう訳か今日のみんなは元気がないように思えて、余計に寂しさが募ってしまった。
次の日も、その次の日も、あの金髪の少女が私の家を訪れることはなかった。多分、懲りたのだろう。
これまで通りの生活に戻っただけ。それなのに何故か私の心には、大きな口をポッカリと開ける風穴が出来ているようで、どうにも戸惑う。
あの子たちも、あの日以来すっかりと元気をなくしてしまった。その理由は分かっている。分かってはいるけど、認めたくない。
だって認めてしなったら、私はもう一人には戻れなくなる。一人に耐えられなくなってしまうから。
そんな時。直した扉を激しく叩く音が聞こえてくる。
「また壊れたらどうするのよ?」
でも、少しだけ期待している自分がいる。自分でも驚くほどにね。
「まだ、敷居は跨いでないんだぜ?」
以前は聞こえなかった音のする扉が開き切ると、そこには金髪の少女があの時と同じように箒を片手に立っていた。
ただ、以前と少しだけ違うのは――
「なによ、それ?」
「この前テーブル壊しちゃっただろ? だからさ、同じ物は無かったけど、似たような形のやつを持って来たんだぜ」
少女の後ろに見える木製の四角いテーブル。高さは同じくらいだけど、決定的に形は違う。
「私のテーブルは丸かったんだけど?」
「あっ……」
得意げに笑って見せている表情が凍り付く。この子は形の認識も出来ないのか?
「ま、まぁ……買い換えようかとも思ってたし、丁度いいから貰ってあげるわよ」
どういうわけか、私の口からはそんな言葉が飛び出してしまう。お気に入りのテーブルだったのに。
「ほ、ホントか?」
「ええ。だから、その……せっかくだから、お茶でもしていかないかしら?」
分かってた。借りにこの子が代わりのテーブルを持ってきていなかったとしても、私はこの子を家に招き入れていたと思う――
「それじゃ、お言葉に甘えさせていただくぜ!」
「――ええ、いらっしゃい」
この一言が言いたかったから。
それからと言うものの、アイツは毎日のように私の家に訪れるようになった。最初は素直に嬉しかったわよ。確かにね。
ただ――
「は、はは……また失敗しちまったぜ」
ここの所、アイツの箒の暴れっぷりは目を見張るものになってきた。その度に私は扉を直す手間を掛けさせられる。
「仕方ないわね……ほら」
それでも、床に突っ伏すアイツ――魔理沙の小さくて暖かな手を握れる嬉しさの方が何倍も勝っている。それが嬉しくて仕方が無い。
だって、一人じゃないから。