第拾話 戦勝
勝利宣言を行った後、すぐに私と雪ノ下さん、時雨で集まっていた。
「それにしても、あっけないものね」
雪ノ下さんは言った。彼女にしてみればそうなのだろう。自分に危害を加えていた人間がものの見事に一掃されたのだから。
「まあ、戦争なんてそんなものだよ。勝敗は、事前準備で九割は決してる」
私は言った。あれだけ準備を重ねたのだから、勝てるのは当たり前、というより勝つのが当然であった。
「とは言っても今回は相手が弱すぎたたけのような気もします」
時雨はそのように今回の紛争を評した。その評価は結構的を射ていた。
「実際にそのとおりだよ。所詮はただの女子中学生の集団だしね」
「……」
雪ノ下さんは勝利したというのに、うかない顔をしていた。
「どうしたの。雪ノ下さん。浮かない顔してるけど?」
私はそれが気になったので質問してみた。
「いえ、ただ……」
「ただ?」
「私はこんなに簡単に駆逐できてしまえるような相手に苦戦していたのかと思うと……」
「自分が情けない?」
「……」
「別に気に病むようなことじゃないよ。今回とった手は本来中学生ができるようなものじゃないからね」
「貴方だからできたということかしら?」
「別に私だけとは言わないけど、今回とった手を使うならそれなりの人脈と資金が必要かな」
「私にはそれがなかった……」
「まあ、そうだね。でも、それらが揃っていれば雪ノ下さんだって同じことするでしょ?」
「……分からないわ」
「そうかい」
雪ノ下さんの顔は暗いままだった。
さて、その後、交渉が持たれた。なんの交渉かというとずばり『五・一七事件処理行動連携協定』の今後の取り扱いについてである。反雪ノ下派の駆逐によって終わりのように見えるが、そもそもこの『五・一七事件』は私の上靴盗難事案と雪ノ下さんが被った被害の解決が目的なのである。現在、反雪ノ下派の面々は警察署、民事訴訟については訴訟提起したばかりであり、進展はまだない。それぞれで決着がつくのは二か月後くらいであろう。
「さしあたっては向こうの決着がつくまでは雪雪同盟は継続かな?」
「そうでしょうね」
「では、それで」
こうして雪雪同盟の継続が決定された。
「じゃあ、区切りをつけるという意味で、ここは祝勝会といきますか」
私は言った。時雨はその言葉を待ってましたと言わんばかりに拍手をしている。
「どこに行きますか?」
時雨は目を輝かせている。
「もちろん、食事に量があって、お金のかからない……食べ放題の店だ」
「やったー」
時雨は無邪気な子供の用にはしゃぐ。
「雪ノ下さんはどこに行きたい?」
「私は結構よ」
「何を言ってるんだい?主賓の一人は雪ノ下さんだよ?」
「嫌よ。私、そんな何が出てくるか分からないようなお店に行きたくないわ」
「えー。じゃあ、他に案あるの?」
「だから私は行かないと言っているのだけれど。それに私にはこの後予定が……」
予定があると言いかけたところで雪ノ下さんは何かを思いついたらしい。
「そう言えば、あなた達、明日何か用事はあるかしら?」
明日は土曜日である。私と時雨ともども用事はない。
「ないけど」
「この後は?」
「いや、ないよ。この後は祝勝会をしようって言ってるんだから」
「祝勝会の後は?」
雪ノ下さんはくい気味に聞いてきた。
「ないけど」
「そう。じゃあ、とっておきの場所に案内するわ」
雪ノ下さんはそう言った。とっておきの場所ってどこだろうという疑問が私の頭の中を支配した。
その約一時間後、私と時雨は雪ノ下さんに連れられて都内の高級ホテルにやってきていた。なんでここに連れられてきたんだろうか?時雨も首を捻っている。そして、ここに私と時雨を連れてきた張本人である雪ノ下さんはなぜかドレスアップしていた。ドレスアップしているということは何かのパーティーがあるといことだろうか。私と時雨は雪ノ下さんに先導されてホテル内に入った。
「今日はここで雪ノ下親族一同が主催するパーティーがあるの」
雪ノ下さんは私の疑問に答えてくれた。
「つまりは政治資金パーティー?」
「そうね。位置付けとしては同じような物よ」
「だってさ」
「そうですか……」
時雨がしょんぼりしたような声を出す。なぜかというと、普通のパーティーならば出てくる食事はピンからキリだが雪ノ下家が開催する規模ならばかなりの品質の食事が出てくるだろう。しかし、政治資金パーティーとなるとそうはいかない。政治資金パーティーというのはいわば政治資金のカンパを募るパーティーである。つまり、出てくる食事はそんなに高いものではない。だからこそ、時雨はしょんぼりしたような声をだしたのだ。ただ飯を喰らいに来たのに全く以て厚かましい限りである。
「質はともかくとして量はそれなりにあるでしょ。それで我慢することだね」
「はい」
やはり、時雨はしょんぼりとした声だった。
ところで、ここに来て、私は一つのことが気になった。それは私と時雨の服装である。ずばりそれは中学校の制服であるわけだが。
「そういえばドレスコードってこれで突破できるのかな」
「そうね。大丈夫ではないけれど……貴方ならば大丈夫ではないの?」
雪ノ下さんは言った。疑問形の後ろには雪ノ下家より優位にいるのだから、という言葉が続くのだろう。そうしているうちにエレベータに乗り、最上階のパーティー会場に私は足を踏み入れた。
会場に踏み入れた私は辺りを見回す。パーティー会場には目当ての料理が予測よりも大量に配置されていた。
「雪乃ちゃんと……あれ?島村君とその妹ちゃん」
パーティー会場の出入り口で突っ立っていた。私と雪ノ下さんに話しかけた人物がいた。
「姉さん」
「こんばんは」
「こんばんは」
「雪乃ちゃんはともかくとしてどうして島村君と妹ちゃんがここに?」
「まあ、端的に言えばただ飯を喰らいいに来ただけだよ」
「ただ飯?」
「そう、ただ飯」
「まあ、どっちでもいいや。お父さん呼んでくる?」
「ああ、お願いするよ」
そう言って雪ノ下(姉)さんは雪ノ下君のいると思われる方へ歩いて行った。その数分後、少し早歩きで雪ノ下君がやってくる。雪ノ下(姉)さんも戻ってきた。彼女は男子を連れてきていた。
「島村さん、こんばんは」
雪ノ下君は顔が少々引きつっている。今、一番会いたくない相手に会ったからであろう。
「ああ、こんばんは」
「今日はどうしてこちらに?」
「いや、娘さんに招待されてね。ただ飯を喰らいに来た」
「ただ飯を……そうですか。どうぞ、存分に召し上がってください」
「ああ、そうするよ。ところで」
私は雪ノ下君を睨む。
「今日は政治資金パーティーらしいね」
雪ノ下君の額から汗が流れる。
「いえ……政治資金パーティーではあ「同じようなものだろ」はい」
反論しようとした雪ノ下君ではあったが、その反論を私は抑え込む。
「……おかしいなぁ。私のところには正式にそんな通達は上がってきてないけど」
「……」
「なんだい、私の息のかかってない資金なんか集めて何をするのかなぁ?」
私は雪ノ下君のまわりをグルグル歩く。
「野心があるのは結構。でも、もう少しうまくやらないと私に筒抜けだぞ」
「……」
「まあ、飼い犬に寄生するノミの分際で何ができるのかは知らないけどね」
「……」
「雪ノ下君」
私は雪ノ下君を正面から睨む。
「次はないと思え」
「はい」
「もういいよ。下がれ」
雪ノ下君は頭を下げて向こうに行った。その背中はやけに小さく見えた。
「自分の父親が自分と同い年の中学生に顎で使われているのを見ると、なんだか複雑ね」
「それが資本主義社会というものだよ。お金の集まるところには人が集まる。人が集まるところには権力が集まる。ようはお金を握っている人間が一番強い」
「ふーん。さすが、お母さんとガチンコでやり合うだけあるね」
雪ノ下(姉)さんが言った。
「え!?陽乃さんのお母さんとやりあったの?」
「うん。島村君はお母さんと視線でやり合ってたもの」
連れてきた男子と雪ノ下(姉)さんは私について会話をしていた。雪ノ下(姉)さんの言葉を聞いて男子は私の顔を驚愕の顔で見る。
「島村君、紹介するね。彼の名前は「葉山隼人、十五歳、生年月日平成六年九月二十八日、血液型B型、特技サッカー、ギター、学力もそこそこ、運動神経も悪ない、博愛主義的思想も持っており、円満な人間関係を最良としている。見た目が良く性格も良いことから集団を扇動する能力は高いと推察される。裏を返せば、特定の個人を守るのは最も苦手とする所、かな?雪ノ下さんとは幼馴染ってところかな?どう?合ってた?」……」
他の三人がなんだコイツはみたいな目で私を見てくる。
「すみません。兄は人のことを必要以上に調べる癖がありまして」
時雨が三人になぜか弁解のようなことをしている。
「どうして葉山君のことを調べていたのかしら」
「彼自身のことを調べてたわけじゃないよ。今回の事が警戒情報として上がってきてたからね。雪ノ下家と紛争状態になって法廷闘争となった場合には専属の弁護士が出てくるでしょ。そこの項目に彼の名前もあっただけだよ」
「なるほど、それで雪ノ下家と紛争になった場合、決着はどうなるのかしら?」
雪ノ下さんが鋭い視線を私に向ける。
「決着かい?一瞬だよ。法廷闘争に移行する間もなく終わる」
「それは君が負けると言うことかい?」
葉山君とやらが私に少々挑戦的な質問をしてきた。答えとしてはそんなわけがない。
「違うよ。雪ノ下家が一瞬で負けるの。まあ、当たり前だよね。たかが、地方の県議会議員と私とでは持ってる力が違いすぎるよ」
葉山君とやらが絶句する。まあ、雪ノ下君が主催しているパーティーで主催者の雪ノ下君に対して『たかが地方の県議会議員』とのたまったのである。それは絶句されても仕方がない。
「……ね。面白いでしょ。島村君」
「……ああ」
葉山君とやらは言葉を失っている。
「……自己紹介した方がいいのではないの?彼に」
雪ノ下さんは私にそう言った。私は時雨の方を見る。時雨は頷いた。私は葉山君とやらにの前に立つ
「島村雪風だよ。以後お見知りおきを」
「雪風の妹の島村時雨です。以後お見知りおきを」
私と時雨は葉山君とやらに自己紹介をした。
「それで?なんで彼を連れて来たの?」
私は雪ノ下(姉)さんに聞いた。
「え?ああ、隼人と雪乃ちゃん。三年ぶりだから会わせてあげようと思って」
「そうかい。では邪魔者は退散するとしよう。時雨」
時雨は私の言葉に自分の鞄の中からラッパを取り出す。そして、私は近くにあった机からナイフを拝借すると、軍刀のように掲げる。
「突撃ぃぃぃ!!!!」
私の号令と共に、時雨は突撃ラッパを鳴らす。周囲にとっては迷惑以外の何物でもないが、私と時雨はそんなことは気にしない。
「突撃ぃぃぃぃぃ!!!!」
突撃ラッパを終えた時雨も叫ぶ。私と時雨は一心不乱に料理に突撃した。いや、正しくは突撃しようとした。つまり、実際には突撃できなかったのである。なぜなら、雪ノ下さんがその場から離脱しようとする私の髪の毛を思い切り引っ張ったからである。
「痛ッ!!!」
私は結構大きめの悲鳴を上げた。私はその場に屈みこむ。時雨が心配して私のもとに駆け寄る。
「何するの!」
私は少し怒って雪ノ下さんを見た。
「ご、ごめんなさい。少し強く引っ張り過ぎたわ」
「強いとか弱いとかじゃなくて人の大切な髪の毛を引っ張るってどういう了見なの!」
「あなた、男のくせに髪の毛が大事なんていうのね」
「島村家のしきたりなの!」
「そ、そう。ごめんなさい」
雪ノ下さんは私が結構怒っていたので素直に謝った。
「それで?何?」
「……何というほどのことはないのだけれど……」
雪ノ下さんの態度が釈然としない。理由として考えられるのは……
「葉山君とやらと話したくないの?」
「……」
どうやら図星のようである。
「幼馴染のくせに仲が悪いのかい?」
私は雪ノ下さんと葉山君とやらを交互に見る。雪ノ下さんは頑なに葉山君とやらと視線を交わそうとしない。
「まあ、仲が悪いならわざわざ話す必要はないと思うけど?」
「ええ~。お姉ちゃん、感動の再会的なものを見たくて連れて来たのに~」
雪ノ下(姉)さんがいかにもわざとらしく言った。
「私には関係なさそうだし、そろそろ行っていい?」
「……」
雪ノ下さんは俯いて私の制服の袖をつかんでいる。本当に葉山君とやらと話がしたくないらしい。
「じゃあ、料理を席に運ぶの手伝ってくれない?」
「え、ええ」
「結構。では、仕切り直しだ」
私はもう一度ナイフを軍刀に見立てて掲げる。そして、目標の料理に向けた。
「突撃ぃぃぃ!!!!」
「突撃ぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
時雨が再び突撃ラッパを鳴らす。私と時雨は料理目がけて突撃を開始した。そして、突撃をする私達に少し呆れ気味の雪ノ下さんがそれに続いた。