私と時雨はホテルのロビーのソファーに寝かされていた。理由は簡単。食べ過ぎたのである。
「く、苦しい」
私のお腹はパンパンに張っていた。
「さすがに食べ過ぎましたね」
時雨のお腹も例によってパンパンである。
「……」
そんな私と時雨を呆れたような様子で雪ノ下さんが見ていた。
「あんな量をよく食べられたものね」
雪ノ下さんは葉山君とやらとのお話を回避するために私と時雨に食べ物を運ぶ役目をしてもらった。
「料理とテーブルの間をあんな頻度で往復したのは初めてよ」
雪ノ下さんはおよそ二十往復くらいしていた。
「他人のお金で食べる食事ほどおしいものはないからね」
いつもの食事ならどのような状況であろうが、食べればその対価としてお金を払わなければならない。しかし、今日は違う。今日のお金は政治資金パーティーである。すなわち、お金を出しているのは雪ノ下君である。私はお金を払わなくてよい。そして、カンパも一切出していない。食事中はお金のことを考える必要はない。食が進むのは当然のことである。
しかし、厳密に言えば、雪ノ下君が出しているお金の大部分は、私が県連に流している資金である。ということは結局自分でお金を払って食事をしているのと変わらないではないかとの指摘もあるかもしれない。だが、注目してほしいことがある。それはお金の大部分ということである。そう、大部分であるが、全部ではないのである。すなわち、全部でない一部分ところに我の利益があるということなのである。
食べた量が量なので、なかなかお腹の張りは収まらない。私と時雨は、口から食べたものが出ないように留意しながら、寝ている姿勢から座った姿勢になった。時雨は前の雪ノ下邸と同じく、お腹がいっぱいになったことによって睡魔に襲われているようである。私もお腹がいっぱいなので何も考える気がしない。
そんな時である。私の目の前を大人数のおそらくSPに守られながら移動するある人を見た。今思い起こしてみれば、雪ノ下さんにこのホテルに連れてこられた時からロビーにはSPらしき人間がちらほら見えていた。それはこのためだったんだなと思い至った。私はソファーから立ち上がり、その人を追いかけて待つように声をかけた。
「ちょっと、ちょっと、待って」
いきなり声をかけたものだから、周りのSPたちが咄嗟にその人を守りに入った。
「私、わ・た・し、だよ!」
SPに守られている人はSPの影からひょっこりと顔をだし、私を確認するとすぐにSPたちを退かせた。私のところにまで近寄ってきて、頭を下げた。
「ご無沙汰しております。島村さん」
「ああ、お久しぶり。今日はちょっと渡したいものがあるんだ。時雨」
私は自分の隣にいるであろう時雨に声をかけた。しかし、応答がなかった。なぜなら、時雨はさきほどいたソファーで座ったまま爆睡していたからである。
「ごめん。ちょっとこっちに来て」
私はその人を連れて、先ほどのソファーの所まで戻ってきた。雪ノ下さんが戻ってきた私と私が連れて来た人を見て茫然としていた。
「時雨。起きて」
私は時雨を起こそうとする。しかし、起きなかった。所有者の了解がないが仕方がないので、私は所要のものを時雨の鞄から出した。所要のものは一通の封筒であった。
「はい」
私はその一通の封筒をその人に渡した。
「……これは?」
その人はその封筒が何なのか分からなかった。
「中身を見てもいいよ」
私がそう言うと、その人は封筒を開封して、周りからは見えないように、その文章の題名を見た。その人の顔色がすぐに変わる。
「CIAに流す前にわざわざ教えてあげたんだからうまく使ってよね」
「はい。ありがとうございます」
その人はすぐにSPに予定の変更を告げて、ホテルから出て行った。
私はその一連の行動を終えて、さきほどのソファーにまた座った。雪ノ下さんは私を凝視していた。
「何?どうかした?」
私はその視線が気になった。
「……今の人……総理大臣よね」
「うん」
今日はおそらく政治家の誰かと会う約束があったのだろう。その情報も上がってきていたと思うが、私は総理大臣の動向は別にどうでもいいので、その情報には目を通していない。
「……あなた、総理大臣とも面識があるの?」
「まあね」
別に総理大臣だけではなく、現内閣の閣僚とは面識があったりする。
「……それで首相に何を渡したの?」
本来ならそんなこと言えるわけがないが、どうせ三日後には分かることだし言ってしまってもいいかな。私は人差し指を口に当ててオフレコにしてくれと合図を送る。雪ノ下さんはその意を解し頷いた。私は雪ノ下さんの耳元で情報の内容を話した。
「えっとね。五月二十五日にね。北朝鮮が核実験を行うっていう情報だよ」
「!!!!」
雪ノ下さんが驚愕したような顔になる。
「……あの、聞いておいてなんなのだけれど」
「うん?どうかしたの」
「そんな重要情報、私に話していいのかしら?」
「いいよ。どうせ、三日後には分かることだしね」
でも、と私は付け加える。
「正式に報道されるまでは漏らしちゃだめだからね。もし、漏らしたら」
少し真剣な顔になって私は雪ノ下さんを見る。
「も、漏らしたら……」
「お、怒っちゃうんだからね!」
「……」
雪ノ下さんは少し呆れたように私を見た。
その後、雪ノ下(姉)さんが部屋の用意ができたということで雪ノ下さんを呼びに来た。そして、なぜか私と時雨の部屋も用意されているとのことだった。その理由を雪ノ下さんに聞くと。
「なぜって、明日明後日は予定がないのでしょう。だから、少し付き合ってもらおうと思ってあなた達を連れて来たのよ。食事代の対価と思ってもらって結構よ」
とのことだった。どうやら、私を雪ノ下夫人に対する牽制として使いたかったというのが本音らしい。別にそこにいるだけで牽制になるのならば別にいいので、その思惑にのってあげることにした。
用意された部屋のベッドに時雨を放り投げ、私は食後の腹ごなしということで少し出かけることにした。私はエレベータに乗ろうと廊下を歩いた。エレベータの前に付くと一階に行くために下階に行くためのボタンを押す。ピンポーンと音とともにエレベータの扉が開いた。
「あ、雪ノ下さん」
そこには雪ノ下さんがいた。雪ノ下さんはエレベータを降りる。
「あら、島村君。どうしたの?」
「いや、食後の腹ごなしに少し出かけようかと」
「……こんな時間から?」
雪ノ下さんは言った。現在の時刻は二〇〇〇時。確かに中学生が出かけるには遅い時間ではある。
「うん。まあね」
「そう」
しかし、雪ノ下さんはそんな私を責めることはなく、何か考えるような素振りを見せた。
「では、私も連れて行って」
雪ノ下さんはそんなことを言った。
「なんで?」
雪ノ下さんは眉間にしわを寄せる。少し怒らせたようだ。
「質問を返すようだけれど、私を連れていけないような場所に行くつもりかしら?」
「いいや」
「では、私を連れて行っても問題ないわよね」
「まあ、そだけど。別に遊びに行くわけじゃないよ」
「かまわないわ。ここにいるよりマシだから」
雪ノ下さんの本音は『ここにいるよりマシ』という言葉に凝縮されているみたいだ。
「じゃあ、まず、着替えてきてね」
私は雪ノ下さんの服装について注文をつけた。彼女は今、ドレス姿である。さすがにそれで街中をうろつくのはよろしくない。
「分かったわ。それじゃあ、ロビーで待っていてもらえるかしら」
「うん。分かったよ」
雪ノ下さんは自分の部屋に歩いて行った。
そして、雪ノ下さんがロビーに現れたのは一時間後だった。……時間に制限を設けなかったのは私だけど、だからと言って一時間も待たされたのはたまったものではない。さらに、ロビーに現れたのは雪ノ下さんだけではなかった。
「なんで、こんなにいるんだろうか?」
「……」
「それに関しては私が説明してあげるよ」
雪ノ下(姉)さんが私の前に出てきて言った。
「理由は簡単。雪乃ちゃん、迷っちゃったんだよね」
「迷った?どこで?」
「このホテル内でだよ」
「は?」
確かにこのホテルは都内でも有数の規模を誇る。しかし、構造は極めて単純でこのホテル内で迷うなんてことはまず考えられない。そこで迷うと言うことは……。
「もしかして、雪ノ下さんって、方向音痴?」
「……」
肯定のようである。
「まあ、方向音痴なら仕方ないね」
「ほ、方向音痴ではないわ。ただ、初めての場所だと地図があっても自分のいる場所が分からなくなってしまうだけよ」
雪ノ下さんはそう反論した。
「巷ではそれを方向音痴と言うんだよ」
「……」
雪ノ下さんは顔を真っ赤にして押し黙る。
「それで、ここに来るまで時間がかかったのは分かったよ。でも、私は雪ノ下さん一人の同行を許可したんだよ。今の迷ったという説明だけでは他の人も来てる理由になってないよね」
私は雪ノ下(姉)さんに質問した。
「それはね……」
雪ノ下(姉)さんは雪ノ下夫人の方を見る。
「こんな遅い時間に娘だけでは外出させられません」
雪ノ下夫人は言った。
「娘だけでは外出させられないから自分も同伴すると?」
「ええ」
「それは貴方に外出を止められたご息女のご提案ですか」
私は雪ノ下さんの方を向く。
「ええ、そうです」
雪ノ下夫人も雪ノ下さんに視線を移しながら答えた。雪ノ下さんは私と自分の母親の視線を避けるように俯いた。
雪ノ下さんは夫人への牽制のために私をこのホテルに招いたのである。したがって、私がこのホテルから外出すると夫人への牽制が効かなくなる。それを恐れて私の外出先への同伴を申し出たのであろう。しかし、外出は夫人が許可しなかった。私なら何も言わずに出てくるが、わざわざ保護者に外出の許可を取ろうとしたのか、もしくは、迷子の状態から脱した時に外出しようとしていることが夫人に露呈してしまったのか。どちらにしても、外出ができなくなってしまった以上、私に同伴することは不可能となった。だが、夫人への牽制がない場にはいたくないという雪ノ下さんは、夫人を私に同伴する自分の同伴にすることで牽制がない場に置かれないようにしたというところだろう。
「うん。夫人の同伴は委細了解した。それで、あとの二人は?」
私は雪ノ下(姉)さんと葉山君とやらを見た。
「私はなんだが面白そうだから」
「俺は……陽乃さんに引っ張られてきて……」
「つまり興味本位ってこと?」
「うん」
雪ノ下(姉)さんが頷く。葉山君とやらはそれを見てため息をついた。
「まあ、いいよ。同伴を許可するよ」
「ありがとう。お姉さん、物分りのいい子大好き」
雪ノ下(姉)さんはかなりオーバーなリアクションをした。
「後で後悔してもしらないよ」
私は雪ノ下(姉)さんに釘を刺しておいた。どこまで通用するか分からないけどね。
「じゃあ、行こうか」
こうして、私は雪ノ下さんと雪ノ下夫人、雪ノ下(姉)さん、葉山君とやらの三名を伴って夜の東京に繰り出した。
徒歩で約三十分。ようやく目的地についた。目的地は都内にひっそりと建っている料亭であった。雪ノ下さんをはじめ、同伴した各員には徒歩行軍による疲れが見えていた。
「ご苦労様。着いたよ」
私は各員に到着を知らせた。
「……ここが目的地?……何?まだ、食べたりないの?」
雪ノ下さんはまた私が食事をするのかと思ったのだろう。
「そんなわけないでしょ。まあ、中に入れば分かるよ」
私は雪ノ下さん達を先導して料亭の中に入った。玄関に入ると女中さんが私達を出迎えてくれた。私はここではもはや顔パスできるほど頻繁に来ているので、いつもならば、すぐに所望の部屋に通される。だが、今日は雪ノ下さん達がいるのでそうはいかない。
「すみません。島村様、そちらの方々は……」
女中さんは雪ノ下さん達のことを言った。
「ああ、私の連れだよ。通してあげて」
「かしこまりました」
私と雪ノ下さん達は部屋に通された。通された部屋には十数人の人がいた。その十数人の人達はある人は普通の背広を着ていたり、ある人は陸自の制服を着ていたり、ある人は米海軍の軍服を着ていたりと所属、国籍ともに多種多様であった。
私が部屋に入るとその全員が私のことを認識して、立ち上がり、それぞれの礼をした。
「お久しぶりだね。みんな」
私はそれに笑顔で手を挙げながら答えた。わたしはそのまま部屋の中央まで行き、彼らに混ざった。彼らと近況を報告しあった。その報告が終わると次第に部屋の入口で立っている人間達に注目が行く。
「Mr. Simamura あの方々は?」
米海軍の人が私に質問した。
「ああ、私の連れだよ」
「……どうして、ここへ?」
「ついてきたいと言ったからだよ」
「……そうですか。どうしましょうか?」
その質問の意味は今から話し合うことは部外者がいては話せないのでどうしましょうかと言う意味だ。
「そうだね……誰か、あの人たちの相手をしてくれる人はいないかい?」
「では、私が」
そう言って出てきてくれたのは一人の米海軍の女性軍人だった。階級は大佐だった。
「うん。じゃあ、頼むよ」
私は彼女を引き連れて、雪ノ下さん達の前まで行く。
「じゃあ、この人とお話しててね」
「ちょっと待って」
雪ノ下さんが声を挙げた。
「なんだい?」
「この集まりはなんなのかしら?」
雪ノ下さんは私を見て言った。
「なんだと思う?」
「そうね……見たところ軍事関係者が多いようだけれど」
「そうだね。まあ、各省庁と米軍関係者を交えた会合かな」
「……それで、貴方がその主催かしら」
私はそれに頷く。
「金曜会……」
雪ノ下夫人が呟いた。
「おや、雪ノ下君から聞いていてのかな」
「ええ、まあ」
雪ノ下夫人はそう答えた。
「そうかい。結構」
私は雪ノ下さん達の方を見て、改めて言った。
「ようこそ、金曜会へ。歓迎するよ」
HOI的人物紹介
葉山隼人
微笑む素人
全資金 -5%
平時消費財需要 -2%
全原油 -5%