やはり雪風の幸運は間違っていない。   作:Rapter

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第弐話 全力即時退避及予備交渉

 

 

「血の海でおぼれるのは、貴方のほうが先だと思うけれど」

 

 

そう呟かれた時、私の本能が、これまで私に幸運をもたらした直感が、ここは逃げろと叫んでいた。そこまで危険な相手か!『ご本人』は!!

 逃げるのは癪だ。なんとか主導を確保したい。ここで私は現状を考える。まずは位置関係である。前方には机がある。私と時雨は横に今日は並ぶようにして座っている。『ご本人』は私の右後方から私の右肩をおそらく左手で掴んでいる。

 それを踏まえて主導を確保するにはどうしたらよいかを考える。私自身で迎撃するのはどうだろうか。まずは、『ご本人』のいる右後方目がけて右腕でのひじ打ち。これで決まればいいが、おそらく『ご本人』はこの攻撃に対応してくる。私の攻撃動作の発生を感知すれば、左手を離し、バックステップ、距離をとるだろう。女子中学生がそんなことできるのかと思うかもしれないが、私の直感ができると判断しているのでおそらくできるのだろう。私は右腕ひじ打ちを実行している中、左手で時雨に『ご本人』の左側への展開を指示する。私も右腕ひじ打ち動作終了後、右側へ展開する。すかさず、足払い。この攻撃も『ご本人』は跳躍することで回避するだろう。だが、それが大きな隙となる。それを目がけて時雨が右ストレートで攻撃、しかしこれも回避される。いや、回避されるどころかおそらくその勢いを利用して背負い投げをかけられる。時雨は床にたたきつけられ、あえなく撃沈。なら、そこに私が左フックで攻撃だ。だが、これも回避される。そして、私が攻撃動作後、バランスを崩したところに『ご本人』の右足での蹴りがくる。その攻撃は私の頭部に直撃する。脳震盪を起こし私は倒れる。…………負けちゃったよ!ダメじゃん!!

 ならば作戦変更、直感に従い主導確保は放棄、三十六計逃げるにしかず。では、どのようにして逃げるか。この教室から外の空間に繋がっているところは廊下側にある2つの出入り口、そして窓である。現状の位置関係から言って屋外に通ずる窓からの脱出は不可能である。仮に可能だったとしてもロープ等がなければ脱出はできない。したがって屋外に通ずる窓は脱出口としては却下される。残るは廊下側の窓と2つ出入り口である。廊下側の窓は現状で閉まっている。これを開けて脱出するのは時間がかかり過ぎる。したがって廊下側の窓も脱出口としては却下される。残ったのは順当に出入り口からの脱出ということになる。脱出口は2つの出入り口ということになった。では、そこまでの脱出の流れをどうするかだ。脱出を基本とするなら最初の一手で私は動かないほうがよい。私が動けば『ご本人』は即座に追撃の体勢をとるはずである。おそらく、追撃されればただではすまない。なら、時雨に動いてもらうのはどうか。現状、右肩を掴まれている状況から言って、『ご本人』の意識は私に向いている。ならば、時雨が動けばそれに対する対応には一手遅れるはずである。そして人間と言うのは思いがけない方から攻撃が来れば意識は急速にその方に持って行かれる。そこが最大の好機となる。教室前方の出入り口に対し一気に離脱をかける。時雨も『ご本人』に対する一撃の後すぐさま後方出入り口に対して離脱をかける。これで、離脱は成功するだろう。『ご本人』が追撃してこれば『サッチウェーブ』を喰らわせてやるだけのことである。よし、これで行こう。

 私は足でモースル信号を打つ。ちなみに足でモールス信号を打つ時は足で床を叩くのがモールス信号でいうところの単音『トン』である。そして足で床をするのが調音『ツー』である。

 

「--・-・ ・・・- ・・ --- ・-・-・- ---- ・・- -・-- ・・ -・-・・ ---- ・・- -・-- ・・ -・-・・ ・-・-・- -・- --- ・・-・- -・-・・ ・・ ---- ・・- -・・ ・・- --・-・ ・・ ・-・-・ --・・ ・・ ・--・ ・-・-・- ---- ・・- -・-- ・・ -・-・・ ---- ・・ ---- ・・- -・・ ・・- ・-・-- ・・ ・・・- ・・ ・・-・ -- --・ --・ -・ ・・ ・--・ ・-・-・- ・-・・・ ・・・- --- 」

(時雨、攻撃攻撃、我右後方人物、送レ)

 

さすがにモールス信号は『ご本人』にも分からないだろう。

 

「--・ ・・- ・-・・ ・- 」

(了解)

 

すかさず時雨より返信がくる。よろしい。これで準備は整った。

 

「あら、震えているの。情けない男ね」

 

『ご本人』はどうやらモールス信号でのやり取りを私が恐怖で震えているとしか捉えなかったようだ。これも幸運である。

 

「-・-・- ・-・-・ ・-・-・- -・-・ ・-・-・- ・- ・・-・ ・-・-・- ・---・ ・・ ・-・- 」

(カウント3、2、1、0)

 

その符号後に我々は行動を開始した。

 まずは時雨の攻撃である。時雨は私の右肩を掴んでいる『ご本人』の手を掴み、それを捻る。『ご本人』はその攻撃に対応するため、私から意識が離れた。その瞬間に私も行動を開始する。すぐさま立ち上がり、机を飛び越え教室前方出入り口に急速離脱を試みる。それを見た時雨も『ご本人』への攻撃を終え、教室後方出口へ全力即時退避を開始する。すばらしい。ここまでは全くもって予定通りである。あとはこのまま出口から脱出し、『ご本人』が追撃してくるなら『サッチウェーブ』をするだけである。

 しかし、私はここで重大な事を忘れていた。それに気付いたのは教室前方出入り口に全力即時退避している途中であった。体勢が少しずつ崩れていくのである。足を見るとそこには来客用のスリッパが目に入った。そうだ。私は今、スリッパをはいていたのだ。スリッパで全力疾走をすれば当然、体勢は崩れるだろう。まずいと私は思った。しかしながら、止まるわけにはいかない。というか止まれない。体勢が崩れ、徐々に軌道がずれていく。そして私は教室前方出入り口の横の柱に強烈な頭突きをかました。

 

「ぴぎゃー!!!!」

 

私はそんな奇天烈な叫び声をあげて撃沈した。

 そして朦朧とする頭で上靴の偉大さを確認した。そして、私の決意は以前にもまして強くなった。

 

 

私の上靴を盗った奴!許すまじ!!

 

 

 

 

 

 私は目を開けた。見えるのは知らない天井……ではない。上体を起こし、周りを確認する。どうやら保健室のベッドの上に寝かされていたようだ。次に自分の腕時計を見て時間を確認する。腕時計は1630時を示していた。確か、教室での一件が1230時頃だから丸々4時間は寝ていたことになる。

 

「あら、目が覚めたのね」

 

聞き覚えのある声がした。顔を向けるとそこには『ご本人』がいた。私が寝かされているベッド横の椅子に座っている。彼我の距離は1メートルもない。

 

「ヒェッ!」

 

先ほどの恐怖がよみがえり、反射的に身を仰け反らせる。

 

「兄様!」

 

すると反対側から時雨の声が聞こえてきた。

 

「し、時雨?」

 

『ご本人』と時雨が私を挟んで両側に座っている。この状態は先ほどの敵対関係では生まれないはずである。ならば、『ご本人』と時雨との間に講和か停戦が発効したと考えるのが普通である。ということは一応、私の身の安全は確保されているということなのか。

 とはいうものの『ご本人』が怖いことには変わりがない。であるならばすることは一つである。私はベッドの上であるが出来うる限り身だしなみを整える。

 

「えっと、昼休み中、我が妹時雨との会話の間に不適切な発言がありました。ここにその発言を撤回して謝罪いたします。申し訳ありませんでした」

 

私は『ご本人』に頭を下げた。

 

「も、申し訳ありませんでした」

 

それを見て時雨も頭を下げた。

 

「……」

 

『ご本人』は沈黙している。まずい、こんな状況で謝罪しても火に油を注いだだけだったか。私は『ご本人』の顔色をうかがうため、少し顔を挙げた。すると『ご本人』の顔には驚愕の色が見えた。うん?どういうことだ。何か私はおかしなことしているか。

 

「えっと……怒りが収まらない様子でしょうか」

 

私は相手を刺激しないように下手に質問する。

 

「え……そ、そうね。その謝罪、受け入れます」

 

『ご本人』はそう宣言した。

 

「ふう」

 

その宣言に私と時雨は顔を見合わせ、胸を撫で下ろす。

 

「それで、私が寝ている間に何か話し合いがもたれたのか」

 

時雨に向けて質問する。

 

「はい。兄様が目を覚ますまでは停戦と言う形で」

 

「そうか」

 

そして、『ご本人』は先ほど『謝罪を受け入れる』と宣言した以上はもはや我々の間に紛争状態はないわけで何も心配する必要はない。言質を取ったしね。

 

「それにしても殊勝な心がけね。ちゃんと謝罪をするなんて」

 

『ご本人』は私を見る。どうやら私が素直に謝罪したことについて驚いていたらしい。

 

「これ以上敵を増やしたくなかっただけです」

 

私は正直なところを言った。

 

「そう」

 

『ご本人』は一度、持っている本に目を落としてから再び私を見た。

 

「そう言えば、あなた、確か私の上靴を盗ろうとした人物の情報を持っているそうね」

 

……この流れはまさか。

 

「ええ」

 

私はそう言いながら時雨にアイコンタクトを送る。時雨はそれに答えた。どうやら、あの後、情報が記載されている書類の回収には成功したようである。

 

「単刀直入に言うわ。その情報をこちらに渡してくれないかしら」

 

やはり、そうきたか。しかし、そんなことができるわけがない。

 

「それはできかねますね」

 

私は正直に答えた。

 

「理由を聞かせてくれる」

 

『ご本人』は冷静に質問してきた。しかし、若干声のトーンは下がっている。

 

「我々は昼休みに不特定多数を前にして『我々は雪ノ下雪乃の上靴窃盗を計画した人物の情報を持っている』と宣言してしまいました。ゆえに、貴方が窃盗を計画した人物に辿り着けば、それは我々が貴方に対して情報を提供したのだとそれらの人物は考えるでしょう。そしてその行為を敵対行動だと判断されてしまうと我々は現状遂行している活動とは関係のない敵を作ってしまうことになります。ゆえに、情報提供はできかねます」

 

「なるほど、論理的な考え方ね。でも、その論法、情報提供を拒否すれば私が敵になるかもしれないという考慮が抜けているのではなくて」

 

「二正面作戦が愚の骨頂。まあ、貴方が今何正面作戦を遂行しているかはそのすべてを把握しているわけではないのでわかりかねるが、ここで私を敵に回すことがどういうことかはよくわかっているでしょう」

 

「……」

 

『ご本人』は沈黙する。どうやら図星だったようだ。私の小学生のころの悪名は『ご本人』も知っているらしい。

 

「兄様。発言よろしいでしょうか」

 

そこに時雨が挙手をして発言の許可を求めた。私はそれにうなずく。

 

「情報提供をするべきであると考えます」

 

「それは今拒絶したが」

 

「先ほどの懸念を考慮してもこの方からの情報提供は必要であります」

 

時雨はおそらく5月17日朝に『ご本人』の上靴があったかどうかの情報のことだろう。

 

「確かにそうだが、我々の情報とその情報とでは量も精度もまるで違う。取引にならない」

 

「ならば、この方と共同戦線を敷くというのはどうでしょうか」

 

時雨がそう口にした時、私は非常に嫌な顔をしていと思う。

 

「は?正気か。女同士の泥仕合など傍から見ている分にはどうもないが、当事者になるなんて狂気の沙汰だぞ」

「しかし、先般、我々は裏切りにより協力者を失っております。それの補充もしなければ」

 

「質問の答えになってない」

 

『ご本人』と共同戦線を敷くということは『ご本人』と敵対関係にある女子全員と敵対関係になるということである。ただ情報提供するよりも大幅に敵を増やすことになる。それにまだ他に問題もある。

 

「それに、仮に共同戦線を確立したとしても敵が多すぎる。すべてに敵対していては、紛争は無秩序に拡大する。そうなればこちらも総力戦だ。収拾が不可能になる可能性もある。そんな危険は冒すべきではない」

 

「その総力戦決意の下、今回の事件に当たるべきです」

 

「精神論を振りかざしていいのは強度紛争、すなわち戦争だけだ。これは日常レベルの紛争!精神論はダメ!!」

 

時雨は怒りに身を震わせる。しかし、それを全面に出すことはない。

 

「……敵を作って出でも状況の打開を図らねば事件は長期化の様相を呈します!刑事責任追及を完遂するというのが今事件の処理基本方針ではありませんか!!ご自分でその方針を曲げなさるおつもりですか!!!」

 

その論法を出されると痛い。私はそこで沈黙する。

 

「なにやら私抜きで話が進んでいるようだけれど。共同戦線なんて、嫌よ。私」

 

『ご本人』は不快感を示す。その言葉に時雨がすかさず交渉に入る。

 

「共同戦線確立は貴方にとっても大きな利益となります」

 

『ご本人』は時雨の言葉に一応耳を傾けている。

 

「貴方も兄様のお話はお耳に入っていることだと思いますが」

 

「ええ、でも所詮噂話でしょ」

 

「いえ、それは事実です」

 

「……じ、事実。小学校で敵対した子を一家もろとも路頭に迷わせたという話が事実だというの」

 

『ご本人』は私を見て言った。

 

「うーん、そうですね。一部虚偽の情報がある」

 

「そうよね。事実であるはずがないわ」

 

「そうですとも、一家もろとも路頭に迷わせたというのが虚偽でしてね、正確には一家もろとも心中するまで追い詰めた、かな」

 

私は笑顔でそう訂正した。

 

「……」

 

さすがに黙る『ご本人』。どうやら、この提案に内心迷っているようである。

 

「お分かりになられましたか。兄様と共同戦線を確立すれば、貴方の敵対勢力は足並みがそろわなくなるでしょう。その行動方針を大幅に転換せざる負えなくなるはずです。もちろん、貴方に日頃かけられている圧力も大幅に減退することとなりましょう」

 

すかさず、時雨は畳み掛ける。

 

「いかかでしょう。この共同戦線確立、貴方にとって非常に価値のあるものではないでしょうか」

 

「……」

 

そのやりとりを見つつ、私は腕時計を見る。針はもう1700を指していた。

 

「よし、共同戦線に関しては要交渉としてひとまず場所を変えよう。もう17時だ」

 

そう言って私は下校の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 保健室を後にし、時雨とともに校門に歩いていく。そこには『ご本人』が立っていた。

 

「すみません。お待たせしてしまったようで」

 

「別にかまわないわ。ところで、一つ質問があるのだけれど」

 

「なんでしょうか」

 

「あなた達の名前を伺っていいかしら」

 

時雨と私は顔を見合わせる。そう言えば、名乗っていなかった。

 

「失礼、名乗るのが遅くなりました。島村雪風と申します。以後お見知りおきを」

 

「島村時雨です。お見知りおきを」

 

私と時雨はそう言って頭を下げた。

 

「そう。私は、もう知っていると思うけれど、一応名乗っておくわ。私の名前は雪ノ下雪乃よ。よろしく」

 

これが私と雪ノ下雪乃との『出会い』となった。

 




HOI的人物紹介

雪ノ下雪乃
厳格なる完璧主義者
生産効率     +5%
国家団結度増減得 +10%
与党支援     -20%
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