やはり雪風の幸運は間違っていない。   作:Rapter

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第七話 学内交渉〇五ニ一

 翌二十一日朝、学内の反雪ノ下派女子全員に激震が走っていた。彼女達にそれをもたらしたのは学内新聞である。学内新聞。その名の通り、学内の出来事などを載せる新聞である。その五月二十一日朝刊の一面には大きな見出しでこう書かれていた。

 

『雪雪同盟成ル』

 

その見出しの下にはご丁寧に彼女らの宿敵である雪ノ下雪乃と悪名高き島村雪風が握手をしている写真まで載っていた。

 一昨日の五月十九日には教室で険悪な雰囲気になっていたはずなのにどうして友好関係になったのか。島村雪ノ下間の関係齟齬に乗じ島村を我が方へ引き込み、さらなる対雪ノ下攻勢を展開しようとしていた彼女達にとっては青天の霹靂であった。

 目下の問題は悪名高き島村が雪ノ下側についたことであった。雪ノ下だけなら完全包囲による封じ込めは可能であったが、悪名高き島村が参戦したことによって状況は予断を許さないものとなっていた。これについて彼女達は主だった派閥の長を招集し対策を練っていた。今後の指針としては以下の三案が挙げられた。

 

第一案 飽ク迄対雪ノ下攻勢ヲ断行ス

第二案 速ヤカ二紛争終結ノ研究ヲ遂ゲ敵ト講和ス

第三案 対雪ノ下攻勢ヲ一旦終止シ交渉ニ於イテ敵同盟ノ分断ヲ図ル

 

 第一案を推したのは特に雪ノ下雪乃と同じクラスで特に軋轢がひどい田中島村一派を中心として対雪ノ下憎悪値(ヘイト)が強い人間が集まった派閥であった。ここでは便宜上、経戦派と呼称する。

 第二案を推したのは大人しい女子生徒を中心とした派閥だった。彼女らは雪ノ下雪乃との直接の軋轢は存在せず、また、対雪ノ下憎悪値(ヘイト)も低い、もしくはないと言っていいほどであった。反雪ノ下派に属しているのもどちらかと言えば自分たちがいじめの目標にされないための予防策のようなものだった。加えて、この派閥の数人は悪名高き島村と同じ小学校であり、その悪行をその目で見てきた。ここでは便宜上、和平派と呼称する。

 第三案を推したのはいわゆる頭脳系の人間がいる派閥であった。こちらも経戦派同様雪ノ下雪乃との軋轢はあるが、悪名高き島村を警戒しており、それの分断なしでは対雪ノ下攻勢は不可能という考えを持っている。ここでは便宜上、休戦分断派と呼称しておく。

 各派閥の比率は経戦派を一とすると和平派が五、休戦分断派が二であった。すなわち目下の問題に対しては反雪ノ下派の中において和平派が最大派閥ということになる。それを背景に和平派は会議の主導権を握ろうとした。しかし、普段大人しい和平派の面々の話を経戦派も休戦分断派も聞こうとしなかった。それに不快感を示した和平派は両派閥に対して対雪雪同盟単独講和を通達した。休戦分断派は残留の再考を促すために交渉を行ったが物別れに終わり、和平派は正式に反雪ノ下派から離脱、雪雪同盟との単独講和を模索することになったのである。これが本日五月二十一日朝の状況である。

 

 

 

 

 昼休みの教室、私の机の周りには三人が集まっていた。一人は雪ノ下さん。もう一人は時雨である。そして私、島村雪風である。

 

「それにしても、揺さぶりの方法は他にもあったのではないかしら」

 

雪ノ下さんがそう言った。その手には反雪ノ下派の女子生徒を恐怖させた学内新聞があった。

 

「でもこれが最も確実な方法でしたし」

 

時雨が弁明する。ちなみにこの記事を書いたのは時雨である。時雨は新聞部に入っている。その新聞部の現部長は私と小学校が同じであり、時雨は兄である私の威を借りる格好で新聞部で大きな発言力を持っていた。

 

「それは分かっているのだけれど、はっきり言ってこんなに大々的に宣伝されたらそれはそれで恥ずかしいわ」

 

雪ノ下さんの顔が少し赤くなる。どうやら、学内新聞のそれも一面に自分の写真が載っているのが恥ずかしいようである。

 

「まあ、どちらにしてもこれで相手方も動かざる負えなくなるよ」

 

私がそう言ったところで一人の訪問者があった。

 訪問者の名前はとなりのクラスの小林幸さんだった。私は彼女とは同じ小学校である。時雨の情報では一応、反雪ノ下派に名前を連ねている人物である。ゆえに、雪ノ下さんの鋭い視線が彼女に向けられていた。彼女の話は要約すると以下の条件で彼女が所属する派閥全員が我々と講和したいということだった。

 

講和条件

一、島村雪風及雪ノ下雪乃ノ物理的損害ハ之ヲ賠償スル

二、刑事責任ハ之ヲ受ケ入レル

三、民事責任ハ之ヲ追及セザルベシ

 

「小林さん。これではほとんど無条件降伏だけどいいの?」

 

私は言った。まさに要求されているのは第三項の民事責任は追及しないでの一つだけである。

 

「かまいません。あなたと条件闘争をするつもりはないです」

 

その目は明らかに覚悟を決めたものだった。条件闘争をすればその時間は私の攻勢にさらされることになる。ゆえに、刑事責任を受け入れることによって速やかに幕引きを図るつもりらしい。非常に正確な状況判断である。

 

「内気な友人達を守るためにうまく立ち回っていたことだけはあることかな」

 

私の言葉に小林さんは目をみはる。

 

「それはどういうことかしら」

 

雪ノ下さんは鋭い視線を私に浴びせる。

 

「どういうことって、そういうこととしか表現ができないけど」

 

私は視線で時雨に説明を促した。

 

「つまり、予防策です」

 

それに時雨が答え、説明を開始する。

 

「予防策?」

 

「はい。私の調査の結果では小林さんを中心とする派閥はそもそも雪ノ下さんと軋轢となりうる事案は存在しませんでした」

 

「確かにそうね。貴方の調査で初めて彼女が敵であることを知ったわ。でも、面白がって人を貶めることもあるでしょう」

 

雪ノ下さんは再び小林さんを睨む。

 

「それは小林さんの人物像を考えると少し無理があります」

 

「あら、ずいぶん彼女の肩を持つのね」

 

「肩を持っているのではありません。私の調査により推測される小林さんの人物像と合致しないというだけです」

 

「そう。それで、どのようにして彼女の人物像が予防策という話に繋がるのかしら」

 

「いじめられないための予防策ということです」

 

「保身のためにいじめる側と徒党を組んでいうことかしら」

 

「その認識で良いかと」

 

雪ノ下さんは小林さんへの鋭い視線を緩めない。

 

「保身のために不正を働く。下劣ね。吐き気がするわ」

 

その言葉に小林さんが表情をゆがめる。雪ノ下さんの容赦ない言葉が心を抉ったようだ。

 

「そう言いなさんな。小林さんも自身一人だけ保身ために反雪ノ下派に頭を垂れていたわけではないんだから」

 

私は小林さんに助け舟を出した。

 

「一人だろうが何人だろうが下劣なものは下劣よ」

 

「そうかい」

 

私は雪ノ下さんの説得を諦め、話を前に進めることにした。

 

「小林さん。こちらとしては条件を付け加えたい」

 

小林さんの表情が曇る。彼女は条件闘争をするつもりはないと宣言している。そこで条件を付け加えるという私の申し出は事実上、彼女にとって命令に等しい。

 

「そこまで身構えなくて結構だよ。追加の条件は我々に協力すること、もちろん君の友達も含めてね」

 

「私の友達の範囲は」

 

「このリストに載っている人たちだよ」

 

私は時雨からリストが書いてある紙をもらい、それを彼女に差し出す。友達の範囲を聞いてくるということはやはり彼女は頭が切れるらしい。

 

「了解しました」

 

彼女は渋い顔をしたままそれを了承した。

 

「大変結構。では条件を飲んでくれた見返りとして刑事責任については問われないようにこちらで口添えをしておこう」

 

その言葉を聞いて彼女の顔は急速に明るくなった。

 

「そんなことをできるんですか」

 

「できるとも。私を誰だと思っているんだい」

 

それで彼女は納得したらしい。

 

「ではそういうことで、雪ノ下さんもそれでいいよね」

 

私は雪ノ下さんに確認をとった。雪ノ下さんはもう一度小林さんを鋭い視線で見つめた。小林さんはその視線に怯えている。そんな彼女の状態を見て雪ノ下さんは、はあ、とため息をついた。

 

「その条件で、かつ刑事責任をまぬかれる代わりにと言ってはなんなのだけれど、ここで私に正式に謝罪してくれるかしら」

 

雪ノ下さんの提案は落としどころとしては悪くはない。今後、協力関係を築く以上、どちらが上かは明確にしなければならない。それは小林さんも分かっていたようだ。小林さんはそのまま屈んで頭を床につけた。いわゆる土下座の体勢である。そして彼女は声を絞り出して言った。

 

「道義上、許されないことだと理解していながら自らの保身のために貴方を貶める行為に加担したことを恥、深く反省しています。誠に……誠に申し訳ありませんでした」

 

こうして、和平派と我々の講和は成立したのである。

 

 

 

 

 

 

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