その日の放課後、我々は反雪ノ下派への攻勢準備としてとある弁護士事務所へ向かっていた。その弁護士事務所は東京都台東区浅草8丁目53番地10号にある。そこへは当然、千葉駅から電車に乗り、東京まで繰り出し、そこから徒歩で向かう。
「それで本当に法的手段に訴えるつもりなの」
東京駅まで電車に揺られて移動している時、雪ノ下さんはそう私に質問をした。
「何をいまさら。それが処理基本方針でしょうが」
私は答えた。処理基本方針は当然雪ノ下さんも確認したはずである。
「それはそうだけれど、生徒を相手取った訴訟は難しいと聞いたことがあるわ。大丈夫なのかしら」
「それについては大丈夫だよ。今から会いに行くのは最強の弁護士だから」
「最強ってどれくらいなのかしら、その弁護士の腕は」
どうやら最強の定義に疑問を覚えたようだ。
「戦績は全戦全勝だよ」
「全戦全勝……そんな敏腕弁護士を雇うだけのお金は用意できるの」
「もうしてます」
私は時雨を指さして言った。時雨は大きなアタッシュケースを持っている。中身が中身なので結構重いはずだが、時雨はそんな素振りを見せない。
「……」
それ以降、疑問がなくなったのか雪ノ下さんは沈黙した。
電車に乗っている時は混雑していたため立ちながらの乗車となっていた。ある駅に差し掛かったときである。丁度、私達の前の席が空いたのである。
「時雨さん、座ったらどう?」
雪ノ下さんは大きなアタッシュケースを持っている時雨に気を使った。
「いえ、大丈……」
時雨がそう言ったところで、横から入って来た男性が空いている席に座ってしまった。少々強引に席に座った男性に雪ノ下さんはご立腹のようである。それにしても件の男性、帽子を被っているため断定はできないが私の知人かもしれない。私は数十秒、その男性を見ていたがそれでも分からなかった。それに、あまり他人の顔を凝視するべきではない。私はその男性から視線を外した。しかしながら、男性にご立腹な雪ノ下さんは柳眉を逆立てている。そして、時雨の方を一度見て決心がついたらしい。
「すみません。席を譲ってくださいませんか」
雪ノ下さんはその男性に話しかけた。その男性が顔を上げる。帽子に隠れたその顔が覗いた。やはりそれは私の知人であった。これから尋ねようとしている最強の弁護士であった。
「連れが大きな荷物を持っているのです。席を譲ってくださいませんか」
雪ノ下さんは丁寧に言った。私の知人は時雨の方を見る。その時に私と目があった。どうやら向こうも私のことに気が付いたようである。時雨も知人に気が付いた。
「雪ノ下さん、かまいませんよ、私は。それ……」
『それに、その人は私たちの知人です』と言おうとした時雨を制止した。雪ノ下さんもこの最強の弁護士とはこれから協力関係を築くことになる。ゆえにその人となりを知っておく必要がある。この状況はそれができるものであった。私は目線でそのまま続けろと合図をした。彼は再び手元にある本に目を落とした。
その態度がさらに気に食わなかったのだろう。雪ノ下さんはさらに機嫌が悪くなった。目を落としている彼の視界を遮るように手を出す。
「あなたですよ。席を譲ってください」
その語気は強くなっている。
「怎么办?」
彼は中国語を言った。
「中国の方ですか」
雪ノ下さんは少し考えたようなそぶりをすると
「你能交出座位吗?」
流暢に中国語を話始めた。それにしても帰国子女とは聞いていたが英語だけでなく中国語も達者なようだ。この人はやはり優秀なようだ。
「日本人です」
彼はその手に持った本の表紙を見せた。そこには中国語の教本があった。どうやらそこにあった言葉を話していたらしい。そのふざけた態度にさらに雪ノ下さんの機嫌が悪くなった。
「なら話は早いわね。席を譲りなさい」
もはやお願いではなく命令になっていた。
「なんで?」
彼も物おじせず答える。
「その目は節穴なのかしら?彼女が見えない?重い荷物を持っているわ」
「だから?」
「重い荷物を持っている人に席を譲るのは当然のモラルでありマナーではないかしら?」
「そのとおりです」
「だったら」
「しかし、重い荷物を持っているからと言ってそこの彼女がそれに耐えられないと断じてしまうのはいかがなものでしょうか?」
「は?」
「たとえば、貴方は私が重度の心臓病を患っており、電車に立って乗車することに耐えられないという可能性を少しでも考慮しましたか?」
「患っていらっしゃるのかしら?」
「いいえ」
「はぁ?」
「彼女は、見た目はか弱い女子中学生だが、先ほどから見ているに大きなアタッシュケースも持っているわりには、電車による揺れに対して全くと言っていいほどその身体は動揺していない。すなわち、着衣の上からでは判別できない深層筋及体幹筋が強じんであることが推察される」
「そんなことは」
「さらに彼女達の目的地は次の駅だ。わずか二分ほどの一駅区間ならば席を譲る必要はないどころか立ち座りの動作を余計に強いるのみだと判断し、申し出なかったまで、以上。何か、反論は?」
彼に捲し立てられたこともあり、雪ノ下さんは即座に反論できなかった。
「謝謝。では、島村さん、我が事務所まで案内しよう」
一通り言い終えた彼は私に言った。
「了解。行くよ。二人とも」
そう言った途端、雪ノ下さんの鋭い視線が私に突き刺さる。
「何、知り合いなの?」
言葉に棘を感じる。
「ええ、まあ」
「どうして、先に言わないのかしら?」
「最強の弁護士がどんな人間か体感してもらおうと思って」
「そう。彼があなたの言っていた弁護士なのね」
「そうだよ。どうだい?強そうでしょ、雪ノ下さんを言い負かすほどだから」
雪ノ下さんは笑顔だったが、目は笑っていなかった。
「そうね。生まれてこの方、あんなに腹が立つ屁理屈を聞かされたのは初めてだわ」
「それは結構。十分に体感できたようだね」
私はそう言うと電車を降りる。雪ノ下さんはそれに続いた。
その弁護士事務所は閑静な住宅地にある。その事務所は邸宅であった。その規模こそ雪ノ下家邸宅に負けるがそのお金のかけ方は負けず劣らずであった。その弁護士事務所の名前を古美門法律事務所という。そして現在、私達を先導している人間こそ古美門法律事務所の弁護士である古美門研介である。
「さて、到着だ。ようこそ。我が法律事務所へ」
古美門君は私達の方を向いて言った。
「いつみても無駄にお金がかかってるね。この事務所は」
「無駄とはなんだ無駄とは。高級な物に囲まれるのは素晴らしいことだとは思わないかい」
「思わないよ」
「無駄言うより趣味が悪いと言うべきではないかしら」
「まあまあ、雪ノ下さんも兄様も抑えて抑えて」
時雨が私と雪ノ下さんに自制を促す。
「立ち話もなんだ。そろそろ中に入りましょうか」
古美門君はそう言いながら事務所の扉に手をかけた。
「ただいま」
子供っぽい言い方で古美門君は言った。
「お帰りなさいませ」
その声の主は見た目どこにでもいそうな老人だった。この事務所で事務をしている服部さんである。
「こんばんは。服部さん」
「こんばんは」
「こんばんは」
私があいさつをするとそれに続いて時雨と雪ノ下さんがあいさつをした。事務所の中にも高そうなものがわんさかある。
「どうぞ、そこにかけてくれ」
古美門君はソファーを指した。我々は指示どおりにソファーに着席する。
「それで、今日はどういうご用件かな」
古美門君はいつもどおり足を机の上にあげてふんぞり返っている。
「そうだね。じゃあ、まずは彼女を紹介しておくね。こちら私のクラスメイトの雪ノ下雪乃さん。この人が今回の依頼の根幹をなす人だよ」
私は古美門君と服部さんに雪ノ下さんを紹介した。雪ノ下さんは先ほどことをまだ根に持っているようで古美門君を睨みつけている。
「それでこちらが私のほとんど専属弁護士の古美門研介君、こちらはこの事務所の事務をしている服部さんだよ」
次に古美門君と服部さんを雪ノ下さんに紹介する。雪ノ下さんは服部さんにはお辞儀をした。
「それで依頼の件だけど」
私は視線で時雨に合図を送る。時雨は古美門君に反雪ノ下派の面々の情報が記載された書類を渡した。古美門君はその書類を見る。
「そこに書いてある人間を民事訴訟で小突き回してもらいたい」
「小突き回すね。訴訟で高額な慰謝料をぶんどるみたいな感じでいいのかな」
「それでいいよ」
古美門君は私を見る。
「この書類によると島村さんとそこの目つきの悪いクソガキに対するいじめによって生じた精神的苦痛と物的損害の損害賠償請求といったところにだが」
「誰が目つきの悪いクソガキですって」
古美門君の言動にまたもや雪ノ下さんに火がついた。
「まあまあ、抑えて抑えて」
時雨は雪ノ下さんの肩を両手で掴み彼女を押し留める。
「それにしても、やはり『白いオーケストラ』は伊達ではないということか。ここまで精度のある情報を良く集められるとは。不足していたらこちらも忍びの者を出す予定だったのだが、これでは出番はなさそうだ」
古美門君は言った。一つだけ雪ノ下さんの前で発言してほしくない単語があった。
「『白いオーケストラ』って何かしら?」
そして雪ノ下さんも雪ノ下さんで件の単語に食いついた。
「『白いオーケストラ』っていうのは」
時雨が説明しようとしたが、私は手で時雨の口をふさいだ。
「……何?私に知られたくないようなことなの」
雪ノ下さんは人を殺せるような視線で私を見る。
「あんまり言いふらすことじゃないからね」
「別にいいじゃないか。教えてやれば。どうせその手の界隈じゃ有名な話だろう」
古美門君は無責任に煽る。
「島村君。確か協定には私たちはこの件に関しては情報を共有するのよね」
雪ノ下さんは話し始めた。どうやら協定の情報共有条項を持ち出すらしい。
「そうだけど」
「では、それに基づいて情報の開示を求めます。『白いオーケストラ』とは何かしら?」
雪ノ下さんは凄みのある笑顔を見せた。
「『白いオーケストラ』は今回の件には関係ないよ。だから開示は拒否するよ」
「あなたは訴訟に必要な情報をその『白いオーケストラ』というもので調査したのでしょう」
「そうだけど」
「なら、関係あるわよね。その情報に信憑性があるか判断するためには調査方法の開示、すなわちその調査を実質的に実行したと推察される『白いオーケストラ』なる組織についての情報開示を求めます」
筋の通ったこと言っているので反論できない。
「……分かったよ。教えるよ。教えればいいんでしょ」
私は降参した。
「時雨、説明お願い」
「はい。兄様」
時雨は説明を始めた。
「『白いオーケストラ』というのは兄様が創設した諜報網に対してCIAが付けたコードネームです」
「……CIA?それは……」
雪ノ下さんが言いよどむ。
「Central Intelligence Agency。対外諜報活動を行う米国の情報機関である中央情報局です」
「……そんなメジャーな機関に目をつけられるほどの組織なのかしら?」
「はい。現状では日本の対外及対内諜報のほぼすべてを実行しています。規模については私にも情報が開示されていないのでわかりません」
「あなた、いったい今まで何をしてきたの?」
雪ノ下さんが私の方を向いて言った。
「だってこの国まともなインテリジェンスがなかったんだもん。議員共に作ってって言っても誰も作ってくれないし。だったら自分で作るしかないでしょ」
「それで本当に作ってしまうところが兄様の恐ろしいところです」
「それで、雪ノ下さん。今の回答で満足かな?」
「……ええ、満足よ」
雪ノ下さんは規模の大きな話に少しついていけなかったようである。とにかくこれで、雪ノ下さんからの追及は終了した。私は古美門君との交渉を再開する。
「古美門君?もちろん受けてくれるよね?」
古美門君は片手の親指と人差し指をこすらせる動作をする。
「どれだけ出せる?」
私は時雨にもう一度目線で合図を送る。時雨はソファーの前のテーブルの上でアタッシュケースの中身をぶちまけた。テーブルの上に広がる札束。それに古美門君はすぐに飛びついた。
「手付金五千万、成功報酬一億」
「引き受けた」
即決であった。古美門君はテーブルの札束をすごい勢いでかき集めている。そして、雪ノ下さんはそんな古美門君を、ゴミを見るような目で見ていた。
「じゃあ、それでその他手続きよろしく。では帰ろうか」
「服部さん。島村様がお帰りです」
「お見送りします」
そう言いながら未だ古美門君は札束をかき集めていた。こうして、民事訴訟に関する準備は完了した。というよりは準備をすべて古美門君に丸投げした。
残る攻勢準備は刑事訴訟に関する準備と経済的攻勢に関する準備である。
刑事訴訟に関しては、まず、告訴もしくは告発をしなければならない。告訴及告発は捜査機関に対して犯罪を申告し処罰を求める意思表示である。告訴の方は被害者自身が、告発の方は犯罪を認知した者が行うことになっている。今回の場合、告訴と告発を私は両方することになる。告訴の方は私の上靴の窃盗に対して、告発の方は雪ノ下さんへのいじめに対してである。すでに、捜査機関、この場合は千葉県警になるが、それに対する書類などはすでに準備済みであり、後はそれを持って告訴と告発を行うだけになっていた。明日、宣戦布告を反雪ノ下派に行った後、それを実行する。
経済的攻勢に関しては、反雪ノ下派面々の経済基盤を破壊するという目的の下、彼女らの親を全て失職させるという方法を執る。すでに先ほど話題に挙がった『白いオーケストラ』によって反雪ノ下派の面々の親の失職手続きは完了している。あとは私の指示一つで実行される。
したがって、これで攻勢準備は完了した。後は明日の正午に堂々と宣戦布告するだけである。さあ、明日は久方ぶりの楽しい楽しい
HOI的人物紹介
古美門研介
騒がしい法律家
中立性変化 -1.0
服部さん
有能な事務員
指導力 +5%
対スパイ活動 +10%