ブーマー
幼い頃から、笑っていなさい、と言われ続けてきた。
まんまるの顔に、にっこり笑顔を浮かべて変なことをすれば、大概の人たちは笑ってくれた。
だから、僕はいつでもおかしなピエロだった。
それの何がいけないのかなんて、考えたこともなかった。
だって、みんなが笑ってくれるから、僕は毎日笑っていた。
最初は小学校の頃だった。
「お前ってすっげーデブ!!」
そう言われたけれど、僕は「バルーンみたいでしょ」といって跳ねまわって笑った。面白がって、他の子たちは僕をボールのように突き転がして遊んだ。
クラスではニコニコし、先生に指されたら頑張って面白い答えを言った。どれほど先生が怒っても、クラスメートのみんなは笑っていた。代わりに僕はしょっちゅうお説教をされた。
ガラスを割ったりするような、笑えない冗談は僕はやらなかったけれど、自分自身の顔に絵の具を塗ったりしてふざけるとクラスメートは笑っていたし、女の子たちはやぁだぁ、なんて言いながらもくすくすしていた。
こんなことばかりしていたから、僕の成績はとっても悪かった。母さんは怒っていたし、僕に家庭教師をつけさせた。そこでも家庭教師の人を笑わせようと頑張ったけれど、母さんと同じで家庭教師の人も笑ってはくれなかった。それどころか、とても怒って、この生徒は手に負えません、と言った。
それでも中学には普通に進学していた。そこでもやっぱり僕はおかしなピエロだった。もうこの年になると、女の子たちは成熟していて、花がこぼれるような笑みを浮かべるセクシーな子たちばっかりだった。
僕も、多感な中学生たちのご多分に漏れず恋をした。ブリジットは素晴らしい金色の髪を持っていて豊かなスタイルの、綺麗な女の子だった。いつも僕がヘマをやったり、笑わせるとはじけるような笑い声を聞かせてくれていた。
ドキドキしていると、僕の気持ちに気づいたらしいクラスメートの一人が、
手伝ってやるよ、と言って僕の代わりにこっそり彼女を呼び出してくれた。とても緊張しながら、僕は彼女に告白のイメージトレーニングをしていた。けれど、その場に現れた彼女は、学校の人気者、ピーターを連れていた。
「お前がブリジットのことが好きだって? さすがカール、冗談が上手いな!」
「ねぇ、本気でアタシと釣り合うなんて思ってないよね?」
二人に笑いながらそう言われた。二人は僕に見せつけるようにキスし、途端に周囲に隠れていたクラスメートたちがわっと湧いた。
「今どんなお気持ちでしょうか、カールさん?」
ふざけるように人気アナウンサーの真似をしたクラスメートに、筆箱をマイクのように差し出される。
「ぼくは」
笑顔は、僕の顔に張り付いたままだった。
ハイスクールに上がった。
僕は、悪かった成績が母さんが驚くほど良くなっていた。
正確に言えば、本来の力を出せるようになった、のだ。昔はおかしな答えを言えば、クラスメートは笑っていたが、大きくなるにつれて皆他人の答えがどうとか全く気にしなくなったので、僕もそこで笑いを取るのをやめて別の手段に切り替えただけのことだった。
有名な進学校に進んだ。そこにいた人たちは、みな品行方正で真面目な人たちばかりだった。僕はいかにおどけてみせても、時折ふふふっと笑うだけであまり大笑いはしなかった。常に面白がらせようとしたけれど、みんな僕と深く付きあおうとはしなかった。
一度、女子たちがこっそり僕の陰口を叩いていたことがあった。僕はそっとその場を立ち去ったけれども。
「ピーターってさ、何か気持ち悪いよね」
「うん、笑ってるのに何だろう……張り付いたような笑みっていうのかな」
その日は帰って鏡を見た。相変わらずニコニコしているピエロがいた。顔を縦に横にとぐいぐい引き伸ばしたり縮めてみたりして遊んでいたけれど、笑みはずーっと張り付いたまんまだった。
僕はカレッジに進学した。専攻は化学だ。進学した先では研究に打ち込んだ。勉強していると、とても楽しかった。余計なことは何も考えなくて済んだだから。
でもふと気づいたら、友人と呼べそうな人はいなかった。唯一、僕をかわいがってくれたのは教授だけだった。
「君は真面目だね。いいことだよピーター」
「はい、教授」
必死に研究をして、論文を書いた。出来上がった論文には自信があった。教授に見せると、教授は褒めてくれた。
「素晴らしいよ! ひょっとしたら新たな発見に繋がるかもしれない! 君が歴史を変えるのかもしれないぞ!」
そう言われて、ようやく僕を認めてくれる人が現れたと思って嬉しかった。
同じ研究室に所属しているマーガレット。僕は仄かな恋心を抱いた。彼女は決しておしゃれとはいえなかったし、化粧もしなければ髪の毛もボサボサだったけど、いつだって真面目で、熱心だった。
「マーガレット、その、僕と一緒に食事に行かないかい?」
「……ええ」
あの日以来、好意を持って女性に話しかけるのは初めてだった。マーガレットは相変わらず真顔で、無表情のままだった。だから、笑ってほしかった。
「マーガレット」
「何」
「見て見て」
僕はピエロのように、おどけた顔をいくつも作って見せた。僕の得意技だ。顔をくしゃくしゃにしたり、目玉をぎょろぎょろさせたり、と思いきや豚みたいにふごっと鳴いたり。クラスメートたちはよく顔をリクエストしては、僕はその期待に応えるべく顔を作った。いつしかやらなくなってしまったから、今回は久々の「再演」だ。
「・・・・・・何、その顔」
マーガレットは笑ってくれない。それどころかもっと唇をきっと引き結んでいる。・・・・・・いや、よく見ると、彼女の肩は小刻みに震えていた。
「ちょっと、やめて」
僕は目を思い切りつり上げるように指で引っ張った。
「やめてったら」
今度はつりさげるように指で押して、歯を剥きだして笑った。
「もう!」
そう言うと彼女は両手で顔を覆ってしまった。僕はその隙に音を立てないように彼女に近寄り、とびきりの顔を作って待機した。マーガレットが不意に静かになった僕を不審に思ったのか、ちらっと両目だけ出した。
「ばぁ」
僕がそう言った瞬間、マーガレットは弾けるように笑った。おなかを抱えてずーっと、苦しそうに体を折って、目から涙をこぼして笑い続けてくれた。
「ああ。もう! だからいやだったのに!」
涙を拭きながらマーガレットは真顔に戻ろうとしていた。ところが、今でも笑いは尾を引いているらしく、笑ったままの顔は戻らなかった。
「僕は君の笑顔が見たかったんだよ」
「冗談でしょ?」
「僕は本気だよ」
そう言うと、マーガレットの顔がすっといつもの無表情に変わった。
「それで、誰の差し金なわけ?」
「差し金?」
「『出っ歯で不細工なそばかす女の仏頂面を、他の顔に変えられるかどうか。俺は1ドル賭ける』って感じの賭けなんでしょ。よかったわね。一人勝ちじゃない」
「違うよ。誰がそんなひどいことを!」
「何言ってるの。私は一番可愛くないのに」
「そんなことない。だって僕は・・・・・・」
「何」
マーガレットは冷ややかな目で僕を見ている。もう騙されないぞ、と必死に茨の壁で自分とそれ以外を隔てようとしている。
たぶん、マーガレットは僕とほとんど何も変わらない。きっと同じ思いをしてきた者同士だ。だから。
「僕は、君が好きなんだ」
惹かれあうのも、当然だったんだろう。
いよいよ研究を発表する時が来た。とても緊張する。自分が注目されるのには慣れているけど、こんなにお堅い席では初めてだ。
「大丈夫だよ、ピーター。案外すぐ終わるものさ」
教授が僕の背中をばしばしと叩いてくれた。僕ははいと返事をしたつもりだったが、声はかすれて出ず、吐息しか出なかった。
「それでは、次は世紀の大発見をした、我らが偉大なる研究者をご紹介しましょう!」
来た。いよいよ僕が壇上にあがる時だ。スタッフさんは映し出すスクリーンの準備をしてくれている。プロジェクターの電源が入り、スライドをセッティングされていく。そうだ、原稿を持って行かなくちゃ。あれ、どこにしまったかな。しゃべる内容を忘れては困るから、メモ書きにしておいたんだ。もちろん、発表後の質問もたくさんあるだろうから想定出来る限りの質問は全て書き出して、それに対する答えもだいたい準備してある。たぶん、大丈夫だと思うんだけど。あれ、ケースにない。ってことはうっかり生でカバンに突っ込んじゃったか。うわぁ。ぐちゃぐちゃだ。これはひどい。あわててしわをぐいぐい延ばす。うわ、ハジっこが破けてる。メモだったからよかったようなものの、これが資料だったらマズかった。
あれ、そう言えば僕、呼ばれた・・・・・・っけ?
「どうも、ご紹介頂きました。トーマス・ジェバンシーです。早速ですが、発表に移りたいと思います」
割れんばかりの拍手が向けられた。壇上に立っている人に。僕をずっと励ましてくれたその人に。
「教授・・・・・・?」
「・・・・・・以上で、質疑応答を終えたいと思います」
僕がまとめた研究が、僕が予想していた質問と答えが。
「いやぁ、トーマス! 素晴らしいよ!!」
全部、教授が。
「想像もつかなかった! これは化学の世界に激震を起こしたと言える!」
発見したのは、僕で。
「まさに革命だ!」
褒め讃えられてるのは、教授で。
どうして?
どうして?
どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?
「教授! トーマス教授!」
「おお、ピーターか」
「あの、あなたは、なにも携わっていないですよね。僕の、研究に」
「携わっていない? 本気でそう言っているのかねピーター?」
「でも」
「聞きなさいピーター。たとえば君がこれを発表していたとしよう。それを、頭の古い年ばかり取った教授たちが受け入れてくれると思うかい?」
「で、でも」
「下手したら発表どころか、握りつぶされるかもしれない。何せ、従来の仮説をかたくなに信じていた教授たちにとっては立場をなくしてしまうような説だったからね。それも実証はより確かだ」
「でも、横取りして」
「横取り? 人聞きの悪い。私は君を育てたんだ。育てたものはふつう刈り取るだろう?」
「だからって・・・・・・」
初めてだった。
初めて、僕は腹の底から怒った。
だって、小さな小さな世界に住むあいつらと付き合ってきたのは僕だ。何日も何日も、寝ないで徹夜して、家にも帰らないで。
汗もかかず、睡眠時間も削らず、のうのうと生きてきたこの人のものなんかじゃない!
でも、僕の顔はだらしないヘラヘラとした笑顔しか作ってくれなかった。僕はこんなに怒っているのに。
「もういいかなピーター。ああ、研究室に出る予算なら存分に使っていいとも。なに、遠慮するな。礼代わりだよ。私もそこまで鬼畜じゃないからね」
そう言うと鬼畜はすたすたと歩いていってしまった。
僕はただ一人廊下に取り残された。
「・・・・・・どうかしたの、急に会いたいだなんて」
僕はどうしようもなくマーガレットに会いたくなって会った。深夜の呼び出しだったけど、マーガレットはいつもの無表情なまま応えてくれた。
「教授が・・・・・・研究成果を・・・・・・僕のだったのに・・・・・・」
それ以上は言いたくなかった。なんだか自分がひどくみじめに思えた。体ばっかり大きな、醜い役立たずであるようなそんな、気分だ。断片的な言葉だったけど、賢いマーガレットはすぐにわかってくれたらしい。何も言わずに僕の頭をゆっくりとなでてくれた。
そうして、僕は初めて泣いた。
「すいませーん。ピザをお届けに参りましたー!」
僕はもう何もする気力がなくなってしまった。確かに、僕は勉強に没頭出来ればそれだけでよかった。でも、人に注目されて認められることを知ってしまった。もしかしたら、と希望を抱いてしまった。そんな希望、きっと最初からなかったのに。
今の僕はひたすらピザなどの宅配サービスの食べ物を食べ、配達されてくる飲み物を飲み、ネットで購入した専門書を読むなどするような生活だった。家からは一歩も出なかった。そのうち僕の体はぶくぶくと膨らみはじめ、歩くのも億劫になるほどだった。時折、マーガレットから心配するようなメールが来たけれど、僕はもうマーガレットにも会いたくなかった。というよりも、こんな醜い体になった今は、幻滅されるのが怖くてイヤだった。
そんな時だった。ある時、リビングの窓ガラスを誰かが叩くような音がした。平手で力一杯、何度も何度も叩かれていた。
最初は酔っぱらいだと思った。夜だったし、この辺にはバーやパブがたくさんあったから。やけ酒をしたり、悪酔いしたりして帰ってくる人が時たまいるのだ。だからその手のだと思った。無視していればそのうちどっか行くだろう。
ばんばんばんばんばんばんばんばんばんばんばん。
・・・・・・僕はいないフリを決め込むことにした。電気代の節約のため、電気は最初から消してあった。電気がついているのは自分のいる部屋だけ。だから電気を消した。暗い中でパソコンの明かりだけが部屋と僕を照らす。そのうち外で窓を叩いていた阿呆はどっかへ行ったようだった。
異変がはっきり起こったのはその次の次の日だった。いつも頼んでいる宅配ピザに電話をかけたらつながらない。仕方ないので、二番目に近いピザ屋に電話をかけたが、やっぱりつながらない。いい加減にイライラして、ネットで近くのピザ屋か、適当な宅配サービスの店を探した。ネットで注文出来るサイトがいくつかあったから、そこでピザやチキンやパスタの類を頼んでおいた。そのうち届くだろう。僕はドリンクを取りにリビングの冷蔵庫へ向かった。コーラやソーダなどのドリンクはまだ大量にある。当分配達を頼まなくてもいいかな。そう思って一本コーラを取り出し、栓抜きで栓を開けて一口含んで、愕然とした。
ちょうど飲もうとして向いた方向は、一昨日の夜叩かれていた窓ガラスの方だった。そこには血にまみれた手形がいくつもいくつもついていた。イヤな予感がして、すぐさまカーテンをしめた。そしてコーラをテーブルにおいてから、家中の施錠を確かめにいった。
我ながら意外としっかりしていたようで、ドアはおろか窓もすべてきっちりと鍵がかかっていた。家中のカーテンも閉めておくと、すぐさまテレビをつけた。ひょっとしたら昨日のあれは、この辺で殺人事件が起きたからだろうか。あれは被害者で、助けを求めていたのだろうか。だとすれば、僕はその人を見殺しにしてしまったのではないだろうか・・・・・・。そんな疑問が沸いたが、それにしても地面には血のあとがなかったし、警察がこの辺にいるような気配もしない。パトカー一台たりとも通ってはいないのだ。どうしてだろうという疑問に、テレビは緊急ニュースですかさず答えてくれた。
「緊急ニュースです。先日から繰り返しておりますが、謎の伝染病が流行しております。感染すると、理性をなくし、食欲が増して非常に攻撃的な性格になります。感染の特徴としては、目が白く濁る、まともに声が出せなくなるなどの症状が出ます。感染者との接触は避けてください。なるべく、家にいて外に不用意には出ないようにしてください。現在、政府は軍による感染者の隔離を早急に行っています。これを見たみなさん、むやみやたらとパニックを起こさないように、冷静に行動しましょう。繰り返します・・・・・・」
ニュースのキャスターが、現実離れしたことを平気な顔で次々告げていく。なんだこれは? まるで僕がさっきやっていたゲームみたいじゃないか。4人の人間がゾンビを倒して脱出するという、ホラーゲームみたいな・・・・・・。
地図が表示された。どこで感染者が現れたか、どの程度かという目安の地図らしかったが、僕のいる州は、比較的中程度らしかった。でも油断は出来ない。すぐ真横の州は真っ赤に染まっていて、感染者が大量に出てしまっているらしかった。しばらく呆然としていた僕の頭に浮かんだのはーー
「・・・・・・マーガレット」
僕はあわててマーガレットの携帯へのナンバーをプッシュした。手が震えて上手くボタンが押せない。ようやくかかった。ぷるるるる。ぷるるるる。早く出てくれ!!
「・・・・・・ピーター?」
マーガレットの、淡々とした、でもどこかおびえたようにか細い声が聞こえた。
「マーガレット!! 無事かい!?」
「ピーター?」
「そうだよ、僕だ!! ねぇ、君や君の家族は無事なのかい? 無闇に外に出てはいけないよ!!」
「・・・・・・」
マーガレットは何も言わない。そういえば自分がずっと引きこもっていて連絡もロクに取っていなかったことを思い出した。
「し、しばらく連絡を取らなかったことは謝るよ。あのことがどうしても頭から離れなくて・・・・・・無力感を感じたんだ。それに、ずいぶんと、実は、太ってしまって・・・・・・」
「ピーター?」
「ああ、言いたいことはわかるよマーガレット、ごめん。ちゃんとダイエットするよ。室内で出来る限りのことはするよ。腹筋とか、腕立て伏せとか、柔軟体操だってするし、そうそう、水をつめるタイプのダンベルもあるから水道水でも詰めて鍛えるよ。前もちょっとぷよっとしてたけど、今はさすがにひどいからね・・・・・・嫌わないでいてくれると嬉しいよ」
「ピーター?」
「ああ、うん、いや、とにかくごめん。こうなってしまったのは仕方ないし、すぐには会えないだろうけど・・・・・・それでも、僕は君を愛してるよ」
「ピーター?」
「何だいマーガレット」
「ピーター?」
何かがおかしいと、疑問符が脳内に湧いた。
「ま、マーガレット?」
「ピーター?」
「聞いてるかい?」
「ピーター?」
イヤな汗が吹きだし、額からつつっと流れた。
「ピーター? ピーター? ピーター? ピーター? ピーター? ピーター? ピーター? ピーター? ピーター? ピーター? ピーター? ピーター? ピーター? ピー」
僕は耐えきれず電話を切った。
ピンポーン。
「ピーター? ピーター? ピーター? ピーター?」
すりガラスになっている部分に、人の形が見える。
トントントン。
「ピーター? ピーター? ピーター? ピーター?」
あのブルネットの髪と、体型と身長はたぶん、マーガレットで。
ピンポーンピンポーン。
ドンドンドン。
「ピーター? ピーター? ピーター? ピーター?」
じゃあ、「これ」がマーガレットなら、あのお腹辺りから垂れ下がっているように見えるあの赤黒い長いものは何なんだろう。
ピンポンピンポンピンポン。
ドンドンバンバンバン。
「ピィィぃィタァぁァ?」
僕は、マーガレットに会いたかった。
今こんな状態では、いくら勉強したって役に立たない。それに、本当に僕を必要としてくれたのはマーガレットだけだった。
今だって。そうだ。
「・・・・・・やぁ、久しぶりだね、マーガレット」
マーガレットは変わり果てていた。お腹は裂けて腸がだらりと出ていて、端の方は引きずってきたようでだいぶボロボロだ。どこもかしこも血にまみれていて、指先がドス黒く染まっていた。笑うと細くアーチみたいになる目はすっかり白く濁りきっていた。口元にも血がべったりついていて、にたにたと笑っていた。
「ぴータァ」
マーガレットは僕に抱きつこうと両腕を伸ばしてきた。生臭い鉄のような臭いがした。それでも僕は彼女を抱きしめた。
「マーガレット、僕は」
右肩あたりに鋭い痛みが走った。噛まれているとすぐに分かった。でも構わなかった。もうこんな、僕を否定するような世界なんていらなかった。
「マーガレット」
マーガレットは必死に噛みついているようだった。脂肪が厚くなってしまったから噛みきるのが大変なんだろうか。
「僕は、君に会えて幸せだったよ」
もう、笑っていなくてもいいよね。母さん。
涙が一筋こぼれて、何かを耳元で聞きながら僕は意識を失った。
これでもう僕は、彼女の飢えを満たすためにお腹におさまるだけの存在になるだろう。今になって思い返す。
どうして僕はあのときずっと笑っていたのだろう。
どうして僕は小学生の時、いじめられていて「イヤだ」って言えなかったんだろう。
どうして僕はブリジットやクラスメイトに手ひどい裏切りを受けた時、怒ったり悲しんだり出来なかったんだろう。
どうして僕は女の子たちに気味悪がられた時に、そんなことはないって言い返せなかったんだろう。
どうして僕は研究成果を教授に横取りされた時に、情けなく笑うことしか出来なかったんだろう。
もっと怒ればよかった。もっと泣けばよかった。
僕の人生、怯えて笑うばっかりだった。
唯一の救いは、マーガレットに出会えたこと。
彼女の前では、本当に楽しかったんだ。
「・・・・・・あれ、僕、生きてる・・・・・・?」
ふと目を覚ました。目に入ったのは自宅の天井だった。実は死んでいて天国なんじゃないかなとも思ったけど、外は相変わらず感染者たちがうろうろしていたり、何かに群がって食事をしている。
食事? あれ、この辺に食べられるような間抜けな人間が外出してたんだろうか? それに、玄関の扉は開けっ放しなんだから僕が食べられてもおかしくはなかったのに。
立ち上がって、僕は見に行くことにした。ところが、やたらと立ち上がるのが難しい。お腹の肉が増えている気がする。これ以上太ってどうするんだ僕は。しかもなんだかたぽんたぽんと液体の揺れるような音がする。夜中に水を飲みすぎた時みたいだ。何とか立ち上がれた。歩くのももっと難しくなっている気がする。よたよたしながら見に行った。
「・・・・・・マ」
ぐちゃぐちゃの血塗れの肉塊になっていた。それは、頭のあったはずのところには血で汚れてはいたけれど、多分ブルネットの髪があった。引き裂かれている布も、マーガレットのお気に入りのシャツで。
どうして同じ感染者のはずのマーガレットが、同族のこいつらに食われているのだろう。不意に、意識が落ちる前に聞いた言葉を思い出した。
「ごめんね」
彼女は、多分、まだ意識があったんだ。人間としての意識が。きっと僕に噛みついた後、僕が噛まれないように守っていてくれたのかもしれない。そして、攻撃性の増した感染者たちはせっかくの食べごたえのありそうな餌にありつけないのにイライラしてーー
「う、ぶ、ぇぇぇっ!」
のどの奥から何かがせり上がり、近くの感染者にぶっかかった。その途端、僕の吐いた黄色い液体がかかった感染者に、ほかの感染者たちが一斉に襲いかかってリンチし始めた。リンチの途中で、ほかの感染者に液体がつくと、そいつが今度は襲われた。いつの間にか、あちこちから感染者が走ってきていて、今やリンチは素手での殺し合いの乱闘になっていた。
「あ、ハ。」
口から出た声はもう、僕の声だと思えないくらいつぶれた声だった。
「アはハはハハはハハハははハハハ」
心底おかしかった。よってたかってみんな僕やマーガレットをいじめた癖に、今やこいつらは僕に命令されて殺し合いをしているようなものだ。
「アハははハはハあハハハはははハハハハはハ」
今まで僕はみんなを笑わせようとしてきたんだ。だから神様が僕を哀れんでくれたんだろう。
今度はみんなが僕を笑わせてくれる番だよ。
さぁ、僕を笑わせてよ。
お久しぶりです。じんわり復活……なんでしょうかね。まだ就活が終わってないので、まだ完全復活には時間がかかりそうです。
今回は対人戦で重要なあいつです。でも実際のプレイでは私BoomerよりもSmokerの方が得意だなぁ。愛の差故に。それはもうしつこく生き残って引きずりまくるよ。舌回復の点ではさっさと死んだ方がいいんだろうけど、せっかくダーリン使えるならずっと一緒にいたい乙女心。でも箱持ってないし遊ばせてもらってたのも壊れちゃったからしばらくダーリンに会ってない……。箱買おうかなぁ。