この店におよそ似つかわしくない雰囲気を纏った好青年が来たのは、昼下がりのことだった。
「いらっしゃいませ!」
お昼時の来店でも彼女の勤務態度は崩れない。来店を告げるベルとともに溌剌とした声で客を迎える。
「初めまして、少し見させてもらうよ」
そう言ってぐるりと店内を見回す。物騒なものが大量に陳列されているものの、青年の笑みは崩れることは無かった。
彼女は来客前まで拭いていた、一見して落描きのような絵の額をカウンター内に下ろした。
「ああ、どなたからか聞いていらしたんですね、では当店の説明は不要、と」
「ああ、念の籠ったものの専門店なんだろう?知っているよ。…ちょっと欲しいものがあってね。」
「何がご入用ですか?お出ししますよ」
男は逡巡するそぶりを見せてから、秘密をそっと打ち明けるのように言った。
「…緋の目、なんだけど」
「ええと、そちらは現在在庫切れでして…」
「うーん、確かに入ったって聞いたんだけどな。もしかして予約済み?見せてもらうだけで良いんだ、できないかな?」
少し目を潤ませながら懇願する青年に彼女は思考を巡らせる。
青年の色気にやられた訳ではないが、客の希望はできるだけ叶えたい。しかし購入先の決まっているものを見せて、やっぱりどうしても売ってくれなどと言われても困る。
だが自分のツテで緋の目が入ったことを特定できる、上客になり得る人物。逃がすのは惜しい。
「…そうですね、良いですよ。ただし、ご購入はできませんからね?」
「本当かい!ありがとう、それで構わないよ」
彼女がカウンターの奥から戻って来ると、はたして青年は店内を物色しているところだった。
「こちらです」
彼は暫くの間冷たいまなざしをホルマリン漬けへと向けていた。
「ええと、緋の目のように普通の店でも扱っているようなものはあまり仕入れないものでして…この品に関しては不勉強な面があるのですが…何かご不快な点がございましたでしょうか…?」
「…へぇ」
慌てていろいろと言葉を重ねる彼女に、青年はそう平坦に呟いた。冷めた口調は彼の素を垣間見せる。
「あの「それより君、この…水槽に本が入っている冒涜的な状況はどういうことなんだい?」
少し苛ついた様子で尋ねる青年に、彼女はとりあえずいつも通りのセールストークを繰り広げることにした。
ただし、普段よりテンションは低めを心がけながら。
「…そちらは無限に遊びたいシリーズ、『防水ブックカバー』です。ブックカバーをつけることによって雨に濡れるどころか水没しても大丈夫、いつでも本を読める書痴にはたまらない逸品でございます。カバーを付けた本は温度16℃、湿度40%で保たれるので古書の保存にも便利ですね」
「なるほど…しかし、心臓に悪いねこれは」
恐らく本が好きなのだろう、だからこそ静かに怒っていたという訳か。
「まぁ私どもとしては水に濡れることがないと分かっていますが、確かに初めてご覧になるとそう思う方もいらっしゃるかもしれませんね。ご不快に思われたのなら展示の仕方を見直そうと思います」
「いや、ちょっとびっくりしただけだよ、分かりやすくて良いんじゃないかな…
これ、本の外側だけを覆っているように見えるけれど…ページをめくっても大丈夫なのかい?」
「はい、大丈夫ですよ。ご自由にお試しください」
青年は黙って水中の本をめくった。ページが歪むことも無ければ、文字がにじむこともない。
「凄い画期的だけど、念で作ったものを売り出すなんて随分酔狂なことする人がいるんだね。」
「遊び心を忘れない、というのが当店の方針でして」
「ああ、ここで作ってたのか。これは失礼。いや、ホントに欲しいよ。ああ、とりあえず緋の目ありがとう、面白いものを見させてもらったよ」
「いえ、ご満足いただき何よりです」
ねだって出させた割には未練を感じない言動を少し不思議に思いつつ、ひとまずカウンター内にホルマリン漬けの瓶を下ろす。
青年はゴソっと陳列棚から新書用、文庫用、雑誌用と書かれたものを1つずつ手に取り、カウンターへとやってきた。
「会計をお願いするよ」
「ええと、合計で200万ジェニーですね。」
はい、とこの店ではもう見慣れた黒いカードがカウンター上に置かれる。
「ありがとうございます。」
「ところで、ここって買い取りもやってるのかな?」
「ええ、念がこもっていればどんなものでも買い取りますよ」
「そうなのかい、じゃあまた来ようかな。良いものを見させてもらった。」
「またのご来店、お待ちしております」
普通の店(ただし裏の界隈の中で)