誰か、俺に文才をくれ!!
あれからキリト達は運悪く、リザードマンロードの集団に遭遇してしまった
その結果、キリト達13人が迷宮区の最上層の回廊に到着したのは、安全地区を出てから三十分が経っていた
しかも、途中で軍のパーティーにも会わなかった
「ひょっとして、もうアイテムで帰っちまったんじゃねぇ?」
おどけたようにクラインが言うが、全員でそうではないだろうと感じていた
その結果、回廊を進む足取りが自然と速くなっていた
そして、回廊を半ばまで歩いた時
全員の不安が的中してしまったことを知らせる音が、回廊内を反響して全員の耳に届いた
全員、咄嗟に立ち止まって、耳を澄ませた
「あぁぁぁぁぁ………」
かすかに聞こえたそれは、悲鳴に間違いなかった
モンスターの咆哮ではない
全員は顔を見合わせると、一斉に駆け出した
しかし、敏捷力パラメーターが勝っている
アスナ、キリト、ヨシアキ、ムッツの四人がクラインたちを引き離す形になったが、構ってられなかった
青く光る畳を、四人は風の如く疾走した
やがて、彼方にキリトとアスナが開けた、あの扉が見えた
すでに左右に大きく開かれて、内部の闇で燃え盛る青い炎の揺らめきが見えた
そして、その奥で蠢く巨大な影
断続的に響いている金属音
そして………悲鳴
「バカッ……!」
アスナが悲痛な叫びを上げると、更にスピードを上げた
三人もそれに追随する形で、速度を上げた
システムアシスト限界ぎりぎりの速度だった
ほとんど浮いてるように、走っている
回廊の両脇に建っている柱が、猛スピードで後ろに抜けていく
扉の手前で四人は急激に速度を落とした
ブーツの鋲から火花を散らしながら、入り口ギリギリで止まった
「おい! 大丈夫か!」
キリトが叫びながら、半身を中に入れた
扉の中は
地獄絵図だった
床一面、格子状に青白い炎が吹き上げていて、部屋の中央で四人に向けて背中を見せて立っている巨体
青い悪魔、ザ・グリームアイズだ
そのザ・グリームアイズを挟んだ、向こう側
そこに軍のプレイヤー達が居た
キリトとヨシアキの二人は咄嗟に、状況を確認した
禍々しい山羊の頭部から燃えるような呼気を噴き出しながら、悪魔が右手に持っているのは、巨大な斬馬刀と呼べる大剣を縦横に振り回していた
まだHPバーは三割も減っていない
その悪魔の向こうで逃げ惑っている小さな影
軍のプレイヤー達だ
もはや、統制もなにもなかった。キリトは咄嗟に人数を確認して、歯噛みした
二人足りないのだ
(転移アイテムで逃げてくれたんなら、いいんだが………)
そう思った時、一人が斬馬刀の横腹で薙ぎ払われて、壁に叩きつけられた
HPバーは危険を示す赤になっている
どうして、こうなっているのか
軍のプレイヤー達が居るのは、悪魔を挟んで反対側
これでは、脱出もままならない
そう思ったキリトは、倒れてるプレイヤーに向かって大声を張り上げた
「何をしてる! 早く結晶アイテムを使え!!」
その言葉に、軍のプレイヤーは絶望の張り付いた顔で
「だ、だめだ………! く……クリスタルが使えないんだ!!」
それを聞いた四人は、絶句した
「な……」
「なんてこと……!」
「まさか<結晶無効化空間>なんて!?」
「……最悪だ!」
SAOでは幾つか罠が用意されているが、その中でも最悪に分類されるのが
<結晶無効化空間>だ
結晶無効化空間内では、文字通りあらゆる結晶アイテムが発動しないのだ
今まで迷宮区でも稀に見られたトラップだったが、ボス部屋がそうだったのは今までなかった
「何を言うか………ッ! 我々解放軍に撤退の二文字は有り得ない!! 戦え!! 戦うんだ!!」
その声は間違いなく、コーバッツだった
「「馬鹿野郎……!」」
キリトとヨシアキの二人は思わず叫んでいた
結晶無効化空間で二人居なくなっている
そこから考えられる答えは………ひとつしかなかった
死んだ、消滅したということだった
それだけはあってはならない事態なのに、コーバッツはなにを言ってるのか
キリトとヨシアキの二人は、全身の血が沸騰するような憤りを覚えた
特にヨシアキはギルドを率いる身として、激しく怒りを覚えた
あの男は面子に拘って、戦うことしか考えていない
その時だった
「おい、どうなってるんだ!!」
「状況は!?」
キリト達の背後に、遅れていたクラインたちが追いついた
キリトとヨシアキの二人は、手早く状況を説明した
すると、クラインの顔が歪み
「な……何とかできないのかよ……」
全員で斬り込めば、軍全員の退路を確保することも可能かもしれない
だが、緊急脱出不可能のこの空間で、こちらに死者が出ないとも言い切れなかった
人数が少なすぎるのだ
普通、攻略には30人以上で乗り出すのが定石なのだ
軍のプレイヤー達を含めても、約20人足らず
その時だった
悪魔の向こうで態勢を建て直したらしく、コーバッツの声が響いた
「全員……突撃……!」
十人のうち、二人はHPがギリギリまで減っていて床に倒れ付している
残る八人を四人ずつ、横列に並べて、その中央に立ったコーバッツが剣をかざして突進した
「やめろ……っ!」
「よせーー!」
キリトとヨシアキの二人が叫ぶが、届かなかった
それはあまりにも無謀な突撃だった
八人で一斉に突撃しても、満足に剣技を繰り出せないで混乱するだけなのだ
それよりかは、防御主体の態勢で、一人ずつがダメージを与えながら次々とスイッチするべきなのだ
悪魔は仁王立ちになると、地響きの伴う雄たけびと共に、口から眩い噴気を撒き散らした
どうやら、あの息にもダメージ判定があるらしく、青白い輝きに包まれた八人の勢いが緩んだ
その隙を見逃さず、悪魔が巨剣を地面に突き立てた
一人が掬い上げられるように斬り飛ばされて、悪魔の頭上を越えて、キリト達の前の床に激しく叩きつけられた
その人物は、コーバッツだった
キリトとヨシアキの二人はHPバーを確認して、顔を歪ませた
コーバッツのHPは消滅していた
コーバッツは自分の身に何が起きたのか理解できないという表情で、ゆっくりと口を動かした
有り得ない
無音でそう呟いた直後
コーバッツの体は、耳障りな音響を伴って、爆散した
余りにもあっけない消滅に、キリトの傍らではアスナが、ヨシアキの背後ではサチが短い悲鳴を上げた
リーダーを失った軍の部隊は呆気なく瓦解した
喚き声を上げながら逃げ惑い、全員のHPは既に半分を超えていた
「だめ………だめよ………もう」
アスナの呟きにキリトがハッとして、腕を伸ばすが
遅かった
「だめよーーーーー!!」
アスナは腰の細剣を抜刀しながら、その二つ名の通りの速度で駆け出した
「アスナ!!」
キリトは追いかけながら、背中の愛剣を抜いた
「っ! 皆、行くよ!!」
「「「「「おう(うむ)(はい)!」」」」」
ヨシアキは剣を抜きながら全員に言うと、駆け出した
それに続いて、サジたちもそれぞれ武器を構えて駆け出した
「あっ! ……どうとでもなりやがれ!!」
クラインも刀を抜いて、鬨の声を上げながら追随した
アスナの剣技
細剣上位技<スタースプラッシュ>は不意打ちという形で、悪魔の背中に直撃した
だが、HPはろくに減らない
グリームアイズは怒りの叫びと共に振り返って、猛烈な速度で斬馬刀を振り下ろした
アスナは咄嗟にステップで避けるが、避けきれずに、衝撃波で転んだ
そこに、追撃が容赦なく繰り出された
「アスナーーーーっ!」
キリトは身も凍る恐怖を感じながら、斬馬刀とアスナの間に身を滑り込ませて、ギリギリのタイミングでキリトの剣が僅かに、攻撃の軌道をそらした
途方もない衝撃が、キリトの体を襲った
擦れ合う刀身から火花を散らして振り下ろされた巨剣が、アスナの少し横の床に激突して、轟音と共に深い孔を穿った
「キリト!」
「ああ! アスナ、下がれ!」
そのタイミングでヨシアキが駆け寄り、キリトはアスナに下がるように叫ぶと、悪魔の次の攻撃に備えた
その全てが必殺の威力を秘めていて、二人に次々と襲い掛かってきた
とても反撃を入れる余裕などなかった
グリームアイズの攻撃は基本的に、両手用大剣の技だったが微妙にカスタムされているらしく、二人には先読みが出来なかった
二人は全神経を集中させてパリィとステップに徹しているが、攻撃力が凄まじく、HPがジリジリと削られていく
視界の端では、クラインの仲間達とサジたちが軍のプレイヤー達を運ぼうとしているが、中心で二人と悪魔が戦っているために、遅々として進まない
「ぐっ!!」
「がはっ!!」
悪魔の攻撃がとうとう、二人に直撃した
痺れるような衝撃と共に、HPが一気に減った
元々、二人の装備とスキル構成は壁仕様《タンク》ではない
このままでは、とても支えきれなかった
死の恐怖が、凍るような冷たさとなって二人の全身を駆け巡った
最早、離脱する余裕すらなかった
残された選択肢は一つだけだった
どうやら、二人は同じことを思ったらしく、視線が合った
二人は小さく頷くと
「アスナ! クライン! 十秒だけ持ちこたえてくれ!」
「サジ! ヒデ! こっちもお願い!」
二人はそう叫ぶと、タイミングを合わせて剣を悪魔の巨剣にぶつけて、無理やりブレイクポイントを作った
そして一気に後退すると、アスナ、クライン、サジ、ヒデの四人がそれぞれ応戦しはじめた
だが、アスナとクラインの二人の武器は速度重視で重さに欠ける
そして、サジの武器は重いが、速度に欠ける
ヒデのは装備の耐久度があまり高くなく、鍔迫り合いに向かない
とても悪魔の攻撃を捌ききれないだろう
二人は床に片膝を突いたまま、右手を振った
すると、ウインドウが開いた
ここからは、一切のミスは許されなかった
二人は早鐘のような鼓動を抑え付け、右手の指を動かした
所持アイテムのリストを動かして、選んだ武装をオブジェクト化
装備フィギュアの設定を変更
スキルウィンドウを開き、選択していた武器スキルを変更
全ての操作を終えて、OKボタンを押すと
キリトは背中に新たな重み
ヨシアキは腰と背中に武器が着いたのを確認すると、顔を上げた
「「いいぞ!」」
クラインは一撃くらったらしく、HPが減っていた
サジとヒデはなんとか無傷らしいが、武器が磨耗しているのがわかった
現在、悪魔と対峙しているアスナも数秒の間にHPが減っていて半分を下回ったイエロー表示だった
二人の声を聴いたアスナは、背中を向けたまま頷くと
「イヤァァァァ!」
裂帛の気合と共に、純白の残光を引いた突き技を放った
その一撃は空中でグリームアイズの剣と衝突して、火花を激しく散らした
大音響と共に両者がノックバックして、間合いが生まれた
「「スイッチ!」」
そのタイミングを逃さず叫び、二人は敵の正面に飛び込んだ
キリトはそのまま、悪魔が振り下ろした巨剣を右手の剣で弾き、左手を背中に持って行き
ヨシアキは左手を腰に持っていって
「……スターバースト・ストリーム!」
「……ヴォルカニック・エクスプロージョン!」
その技を発動させた
キリトの技は、まるで太陽のコロナの如く荒々しく繰り出され
ヨシアキの技は、火山の噴火の如く凄まじい威力で放たれる
だが、悪魔もただ喰らうだけではなかった
悪魔は二人からの連撃を喰らいながらも、巨剣や拳、足や尻尾で攻撃してきた
二人は悪魔の攻撃を喰らいながらも、攻撃を止めなかった
「グオォォォォォォ!」
悪魔は憤怒の雄叫びを上げながら、巨剣を縦横無尽に振り回す
「うおおおおおあああ!」
「はああぁぁぁぁぁぁ!」
二人も負けじと、雄叫びを上げながら剣を振り回す
ヨシアキは太ももの投剣を指の間に挟んで、3本同時に投擲した
キリトは右手の剣を振り上げて悪魔の胴を斬ってから、左手の剣を振り下ろして肩を切る
二人の体に攻撃が食い込み衝撃が走るが、それすら何処か遠い世界の出来事のような気がした
それほど、二人の脳内ではアドレナリンが過剰分泌されていた
その結果、全身をアドレナリンが駆け巡り、剣が悪魔の体を捉える度に、脳内にスパークが走った
速く、もっと速く! 限界を超えろ!!
二人には普段の二倍の速度で振られている剣すら、遅く感じて、物足りなさを覚えた
その結果、システムアシストを超えた速度で剣を振るい続けた
「………ああぁぁぁぁぁぁぁ!」
「………うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
雄叫びと共に放ったキリトの十六連撃目が、グリームアイズの胸を
ヨシアキが背中から抜いた槍が、グリームアイズの胴を
貫いた
「ゴァァァアアアアアアア!!」
そして、悪魔が口と鼻から噴気を撒き散らしながら天を仰いで絶叫して
その全身が硬直した
次の瞬間
グリームアイズは膨大な青い欠片となって、大音響を伴って爆散した
部屋中に、キラキラと輝く光の粒が降り注いだ
「終わった……のか……?」
「か………勝った……の?」
二人は呆然と呟いて、戦闘の余熱で眩暈を感じながら、ふと自分のHPバーを確認した
赤いHPバーが、ほんの数ドット残っていた
それを他人事のように眺めながら、二人は全身から力が抜けるのを感じた
そのまま二人は、傾いた勢いで
床に倒れた
二人の手から落ちた武器が、床に落ちて、金属音を連鎖させた
二人の耳には、心配するように名前を呼び続ける声が聞こえたが
そのまま、二人の意識は闇の中に消えた