初めてだよ!
「…リトくん! キリトくんってば!」
「……アキ! ヨシアキ! しっかりしろ!」
「目を覚ますのじゃ!」
「ヨシアキさん!」
「……ヨシアキ!」
ボロボロで倒れてる二人を囲みながら、アスナ、サジ、ヒデ、サチ、ムッツの五人が、心配そうに声を掛けていた
「あ……うぁ……」
「う……うぐ……」
呻き声と共に、二人の瞼が震えた
「キリトくん!」
「「「「ヨシアキ(さん)!」」」」
キリトとヨシアキの二人が目覚めると
サチがヨシアキに
アスナがキリトに飛びついた
「いててて………」
キリトは飛びつかれた衝撃で傷が痛んだらしい
「バカッ……! 無茶して……!」
「勝てたから、よかったがな……」
「肝が冷えたぞい……」
「……心配した」
「よかったです……」
全員安心しているようだ
「心配かけてごめん」
ヨシアキは素直に謝ったが
「……あんまり締め付けると、俺のHPがなくなるぞ」
と、キリトは冗談めかして言った
が、アスナはその言葉を聞いて、真剣に怒ったような表情をすると
「フンっ!」
と、小さいビンをキリトの口に突っ込んだ
「キリト……今のは自業自得だよ」
ヨシアキは首を振りながら、同じようなビンを呷った
二人の口の中には、緑茶とレモンジュースを混ぜたような不思議な味が広がった
すると、二人のHPが徐々に回復しだした
二人が飲んだのは(一人は飲まされた)、回復用のハイ・ポーションである
この後は五分もすれば、HPの数値は全回復するだろう
しかし、体の倦怠感は当分は抜けないだろう
キリトはポーションを飲み干すと、ビンを吐き出した
アスナはそれを見ると、顔をクシャと歪めた
すると、その表情を隠すように、キリトの肩に顔を当てた
その時に足音が聞こえたので、キリトとヨシアキの二人は視線を向けた
そこには、気まずそうなクラインの姿があった
「生き残った軍の連中の回復は済ませたが……コーバッツと後、二人死んだ……」
それを聞いたヨシアキ達は、表情を曇らせて
「そっか……」
「……ボス攻略で犠牲者が出たのは、六十七層以来だな……」
ヨシアキとキリトの言葉を聞くと、クラインは右拳を左手にぶつけて
「コーバッツの馬鹿野郎が……死んじまっちゃ、何にもならんだろうが……」
クラインは吐き出すように、呟いた
そして、頭を左右に振ってため息を吐くと、少し睨むような視線をキリトとヨシアキの二人に向けて
「それより……キリの字にヨシの字よ……お前ら! 何だよ、さっきのは!?」
質問された二人は顔を合わせると、ポリポリと頬を掻いて
「「言わなきゃダメ?」」
と、同時に言った
すると
「ったりめえだ! 見たことねえぞ、あんなの!」
クラインの言葉に、アスナ以外の全員がうなずいた
それを見た二人はため息を吐いて
「………エクストラスキルだよ。《二刀流》」
「……同じく《剣聖》」
二人の言葉に、周囲にどよめきが走った
通常、数多の武器スキルは系統だった修行で、段階的に習得できる
例を挙げると、剣ならば、基本の片手剣スキルが一定まで上がり条件を満たすと、新たに《細剣》や《両手剣》等が、新たな選択可能スキルとして開放される
興味深そうな表情でクラインが
「しゅ、出現条件は!?」
と、急き込むように聞いてきたが、二人は首を振って
「わかってりゃ、公開してるさ」
「右に同じく」
と、否定の言葉を口にした
「まぁ、そうだろうな……」
出現条件がはっきり判明していない武器スキル
ランダム出現とすら言われているのが、エクストラスキルである
身近な例を挙げるとクラインの《カタナ》やヒデの《ナギナタ》もそれに当たる
もっとも、カタナやナギナタはそれほどレアではなく、クラインのカタナは片手剣を、ヒデのナギナタは槍をしつこく修行していれば出現する場合が多い
このように十数種が知られているエクストラスキルだが、キリトの《二刀流》とヨシアキの《剣聖》
そして、ある男が有しているスキルだけはその限りではない
この三つは、おそらく習得者が一人しか居ない《ユニークスキル》とでも言うべきものなのだ
今まで二人は二刀流と剣聖をひた隠しにしていたが、今日から二人の名前が二人目と三人目のユニークスキルの習得者として知れ渡るだろう
これほどの人数の前で使用しては、隠し切れない
「ったく、水臭ぇなあ、キリトにヨシアキ。そんなすげえウラワザ黙ってるなんてよう」
「スキルの出し方が判ってれば隠したりしないさ。でも、さっぱり心当たりがないんだ」
「そうなんだよねぇ。気付いたら、出てたし」
ボヤくクラインの言葉に、二人は頭を掻いた
二人の言葉に、うそはなかった
一年ほど昔のある日のことだった
何気なく、スキルウインドウを見たら、キリトには《二刀流》のスキルが
ヨシアキの場合は《剣聖》のスキルが開放されていたのだ
きっかけなど、二人には皆目、検討もつかなかった
以来、二人はスキルの修行は常に、一人の時に人目に着かない時に行ってきた
ほぼマスターしてからは、攻略や依頼の時でも、よほどピンチにならない限りは使わなかった
いざという時の保身の意味もあったが、それ以上に無用な注目を集めたくなかったのだ
いっそのこと、誰か他の人が二刀流と剣聖スキルを持った奴が現れないか、と期待したが、誰も出なかった
キリトは指で耳の辺りを掻きながら
「……こんなレアスキル持ってるなんて知られたら、しつこく聞かれたり……いろいろあるだろ? その……」
と、つぶやいた
その言葉にクラインはうなずいて
「ネットゲーマーは嫉妬深いからな。オレは人間ができてるからともかく、妬み嫉みはそりゃああるだろうなあ。それに……」
とクラインは、意味ありな視線をキリトに抱きついてるアスナに向けて、ニヤリと笑い
「……まあ、苦労も修行のうちと思って頑張りたまえ、若者達よ」
「勝手なことを……」
「もう十分、苦労した気がします」
クラインの言葉に、二人はうなだれた
するとクラインは、後ろの軍の生き残りに
「お前達、本部までは戻れるか?」
と、問いかけた
すると、まだ十代と思しき男が頷いた
「よし。今日あったことを上にしっかり伝えるんだ。二度とこういう無謀な真似をしないようにな」
「はい。……あ、あの……有難うございました」
「礼なら、あいつらに言え」
クラインは、座り込んだままのヨシアキ達に親指を向けた
軍の生き残りの部隊は、ノロノロと歩み寄ると、感謝の言葉と共に頭を下げた
二人はそれに対して、手を振りながら、無事でよかったと言った
そして軍は部屋を出ると、転移結晶を使ってテレポートしていった
それを見送ったクラインは、さて、と言いながら両手を腰に当てて
「オレたちはこのまま七十五層の転移門をアクティベートしにいくけど、お前らはどうする? 今日の立役者だし、二人がやるか?」
「いや、任せるよ。俺はもうヘトヘトだ」
「僕もです」
二人は手を振りながら拒否した
「そうか……気をつけて帰れよ」
クラインは頷くと、仲間に合図した
六人で部屋の奥の大扉に向かって歩き出した
その向こうには上層に繋がる螺旋階段があるはずだ
扉の前で立ち止まると、クラインは振り向いて
「その……キリトよ。おめぇがよ、軍の連中を助けに飛び込んでいった時な……」
「……なんだよ?」
「オレぁ……なんつうか、嬉しかったよ。そんだけだ、またな」
まったく意味不明だ、とでも言うようにキリトは首を傾げた
クラインはグッと親指を立てながら、扉を開けて、仲間と一緒に扉を超えていった
そしてボス部屋には、ヨシアキ達とキリト&アスナが残った
部屋全体を覆っていた蒼い炎と妖気は、うそのように消えていた
周囲には回廊と同じような柔らかい光が満ちて、激闘の痕跡は一切見つからなかった
すると、キリトがまだ泣いてるアスナに視線を向けて
「おい……アスナ……」
「…………怖かった……キリトくんが死んじゃったらどうしようかと……思って……」
アスナの声は、全員が今まで聞いたことのないほどのか細い呟きだった
「……何言ってんだ、先に突っ込んだのはそっちだろう」
「あれは驚いたよ」
キリトはアスナの肩に手を置いて軽く抱き寄せて、ヨシアキは未だに泣いているサチの頭をなでていた
すると、アスナは呟くように
「わたし、しばらくギルド休む」
「や、休んで………どうするんだ?」
「アスナちゃん、副団長でしょ?」
二人の驚いたような声に、アスナは顔を上げて
「……君としばらくパーティー組むって言ったの………もう忘れた?」
「あ、そうなの?」
アスナの言葉に、ヨシアキはキョトンとした表情になった
そして、キリトの胸中には強烈な渇望が生まれた
そのことに、キリトは驚愕していた
(俺は……ソロプレイヤーのキリトは、この世界で生き残るために、他のプレイヤーを全員切り捨てた人間だ。二年前の全てが始まったあの日……たった一人の友人に背を向け、見捨てて立ち去った卑怯者だ……)
と、悩んでいると
「キリトくん」
何時の間に泣き止んだのか、サチがキリトを見ていた
「サチ………」
「キリトくんはね……もう、一人じゃなくっていいんだよ」
「だけど、俺は………」
サチの言葉に、キリトは頭を下げてうなだれている
すると、そんなキリトの肩に手を置いて
「気付いてる? キリトくん。手、離れてないよ?」
と、指差した
「っ! な、なんで……」
キリトは気付いてなかったようで、目を見開いて驚いていた
すると
「あのね、キリト。ぶっちゃけると僕も、一人になりたいって考えたことがあるよ。剣聖スキルが開放されてからは、特にね」
ヨシアキはそこで一拍置いて
「でもね、人ってのはさ、一人じゃ生きられないんだ。孤独に負けちゃうんだ」
「孤独に負ける……?」
「うん。キリトはさ、二年間のほとんどを一人で居たわけでしょ? だから、誰かと一緒に居たくなったんだよ」
ヨシアキの言葉にキリトは、黙った
「キリトはさ、罪悪感から一人にこだわってたんでしょ?」
「っ!」
ヨシアキの的を射た言葉に、キリトは肩が震えた
「でもさ、そろそろいいんじゃないかな?」
ヨシアキの言葉に、キリトはしばらく悩んで
「………俺でいいなら、一緒に居てくれ………」
そう宣言した
キリトの言葉を聞いて、サチは嬉しそうだった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日
場所 エギルの雑貨店2階
ヨシアキとキリトの二人は朝から、エギルの雑貨店の2階に避難していた
キリトはゆり椅子にふんぞり返りながら、ヨシアキは椅子の背もたれにもたれながら不良在庫の不思議な味のお茶を飲んでいた
「引っ越してやる……どこか、片田舎に隠居してやる……」
「まあまあ、こっちのギルドホームに来る? 匿うよ?」
不満タラタラなキリトを、ヨシアキがなだめていた
なぜ、こんなことになっているのか
その理由は、今朝にさかのぼる
朝、キリトが家を出たら、家の前にプレイヤー達が大挙して待っていたのだ
ちなみに、ヨシアキも同じだった
理由としては、二人とも
「軍の大部隊を壊滅させた悪魔って、どんなのだった!?」
や
「その悪魔を倒した、二刀流と剣聖の50連撃を教えてくれ!」
等である
「尾ひれがつくにも、程があるだろ………」
「噂ってのはそういうものだよ……あきらめよう」
キリトの呟きに、ヨシアキは諦めの滲んだ声で答えた
余談だが、二人は脱出するのに転移結晶を使ったほどである
すると、荷物を持ったエギルが現れて
「まあ、一度くらいは有名人になってみるのもいいさ。どうだ、いっそ講演会でもやってみちゃ? 会場とチケットの手配はオレが」
「「するか!」」
エギルの言葉に被せるように、二人は叫んでいだ
キリトはカップも投げており、しかも、投げた動作で投剣スキルが発動したらしく、オレンジ色のエフェクトを伴って高速飛行して、壁に当たった
「おわっ、殺す気か!」
圏内なのに、大げさに驚いたエギルにキリトは片手を挙げて
「ワリィ」
と、謝った
「にしても、アスナちゃん。遅いね」
「…確かに……」
先日のボス戦の戦利品をエギルが鑑定している横で、二人はアスナを待っていた
キリトは下取りしてもらった売り上げを、アスナと山分けする約束をしていたのだ
しかし、約束の時間を過ぎても、アスナは一向に現れない
フレンドメッセージを送ってあるので、ここに居ることは知っているはずだ
昨日はあれから、74層主街区で分かれた
アスナはギルド本部に休暇届けを出すと言って、KOB本部の55層グランザムに向かった
クラディールのこともあったので、キリトは同行しようか? と聞いたが、笑顔で大丈夫と言われたので、引き下がった
すでに、待ち合わせ時間から2時間が過ぎている
二人の胸中に不安がよぎり、お茶を飲み干し、エギルが鑑定を終えたタイミングで、階段を上る音がして、トビラが勢い良く開いた
「あ、来た……」
「よ、アスナ………」
二人はそこまで言って、遅かったな
と言うのをやめた
いつものユニフォーム姿のアスナは、顔面を蒼白にして、大きな目を不安そうに見開いていた
両手を胸の前で結んで、二、三度口を開きかけると
「どうしよう……二人とも……」
泣き出しそうな声で
「大変なことに……なっちゃった……」
と、言った
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新しく淹れたお茶を一口飲んで、ようやく落ち着いたアスナはポツポツと事の顛末を語りだした
「昨日……あれからグランザムのギルド本部に行って、あったことを全部、団長に話したの。それで、ギルドの活動をお休みしたいって言って、その日は家に戻って……。今朝のギルド例会で承認されると思ったんだけど……」
ヨシアキの座っていた位置に座って、アスナは視線を伏せてお茶のカップを両手で握っていた
ヨシアキは木箱に座っていて、エギルは気を利かせて一階に下りている
「団長が……わたしの一時脱退を認めるには、条件があるって……キリト君とヨシアキ君の二人と……立ち会いたい……って……」
「な……」
「マジで……」
二人は一瞬、わけがわからなかった
立ち会うとはつまり、デュエルをするということだろう
なぜ、そんなことになったのか
と、キリトが問いかけると
「わたしにも解んない……」
アスナは俯いて、首を振った
「そんなことしても意味ないって、一生懸命説得したんだけど……どうしても聞いてくれなくって……」
「でも……珍しいな。あの男がそんな条件を出してくるなんて……」
「本当だね」
「ええ。普段の攻略は私達に一任してぜんぜん命令とかしないの。でも、今回に限って……」
KOB団長は、その圧倒的なカリスマでギルドどころか、攻略組のほぼ全員の心を掌握している
が、意外にも指示や命令の類はほとんど発しないのだ
二人も、ボス戦では何度も肩を並べたが、無言で戦線を支えるその姿には敬服していた
そんな男が今回に限って、異論を挟んだ
その内容は、二人とのデュエル
「……ともかく、一度グランザムまで行くよ。俺が直談判してみる」
「僕も」
「ん……ごめんね。迷惑ばかりかけちゃうね……」
二人の気遣いにアスナは俯いた
「大丈夫、気にしないで」
「そうだぜ。何でもするさ。大事な……」
そこまで言ってキリトは固まり、それをアスナが見つめた
「……攻略パートナーの為だからな」
少し不満そうに口を尖らせながら、アスナは笑顔を浮かべた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最強の男。生きる伝説。聖騎士etcetc
血盟騎士団のギルドリーダーに与えられた二つ名は、片手の指では足りないほどある
血盟騎士団団長。その名はヒースクリフ
キリトの《二刀流》とヨシアキの《剣聖》が噂に上がる前までは、約六千人のプレイヤーの中で唯一のユニークスキル保持者として知られていた
十字を象った対の剣と盾を装備していて、攻防自在の剣技を操るそのスキルの名は《神聖剣》
二人は間近で何度も見たことが有るのだが、すさまじいのはその防御力なのだ
ヒースクリフのHPバーがイエローゾーンに陥ったのを、誰も見たことが無い
大きな被害を出した50層のボス攻略戦の時
崩壊寸前だった戦線を単独で十分間支え続けた話は、今や語り草になっている
<ヒースクリフの十字盾を貫く矛なし>
これはアインクラッドで最も堅固な定説のひとつである
55層に降り立ったキリトは、言いようの無い緊張感に包まれていた
(ここに来た目的は、アスナの一時脱退を認めさせること。デュエルすることが目的じゃない)
55層主街区グランザム
ここは別名<鉄の都>と呼ばれている
理由としては、他の街が石造りなのに対して、街を形成している数多の尖塔は全て、黒光りする金属で作られているのだ
鍛冶や彫金が盛んで(ユウの店もここにある)プレイヤー人数も多い
だが、街路樹の類はまったく存在せず、深まりつつある秋の風も相まって寒々しい印象がある
3人はゲート広場を横切り、磨きぬかれた鋼鉄の板を連ねてリベット留めした広い道をゆっくりと進んでいる
気付けば、アスナの足取りも重い
これから起きることを恐れているのだろう
そのまま十分ほど歩いていると、目の前に今迄で一際高い塔が見えた
巨大なトビラの上部からは、何本も銀の槍が突き出して、白地に赤い十字に染められた旗が垂れ下がり、風ではためいている
ギルド血盟騎士団の総本部だ
少し手前で立ち止まるとアスナは、塔を見上げた
「昔は39層の片田舎にあったちっちゃな家が本部でね、みんな狭い狭いっていつも文句言ってたわ。……ギルドの発展が悪いとは言わないけど……この街は寒くて嫌い……」
そう言ってるアスナの表情は、沈痛そうな面持ちだった
「さっさと用を済ませて、なんか暖かいものでも食いに行こうぜ」
「食い意地はってるね。キリトは」
「本当よ。君は食べることばっかり」
笑いながらアスナは、左手でキリトの右手を軽く握った
そして、数秒間そのままで居ると
「よし、充電完了!」
と意気込みながら、手を放した
「キリト、顔真っ赤」
「うっせい!」
ヨシアキが弄ると、キリトは歩き出したアスナの後を着いてった
幅広な階段を登った先には、開け広げられている巨大な門があった
その両脇には、長大な槍を装備した重装甲な衛兵が立っていた
アスナがブーツの鋲を鳴らしながら近づくと、衛兵達は槍を捧げて敬礼した
「任務ご苦労」
ピシリとした敬礼、堂々とした歩き方
その姿は、小一時間前のエギルの店での彼女の姿からは想像できない姿だった
衛兵が立っている門を、キリトは恐る恐ると、ヨシアキは飄々と通った
街並みと同じく、黒い鋼鉄で作られた一階は、大きな吹き抜けのロビーになっていた
街以上に冷たい建物だという印象の様々な種類の金属を組み合わせて作った精緻なモザイク模様の床を横切ると、巨大な螺旋階段が
金属音を響かせながら、筋力値の低いプレイヤーだったら絶対に音を上げるだろう高さの階段を登っていき、幾つものトビラを通り過ぎていく
何時まで登ればいいのか不安になった時、アスナは足を止めた
その前には、大きな鋼鉄の門
「ここか……?」
「うん……」
「相変わらず、大きいこと」
アスナは気乗りしない様子で頷いて、少しすると右手でノックした
そして返事を待たずに、トビラを開けて、中に入った
中はフロアを丸々使った円形の部屋で、壁は一面ガラス張りだった
そこから差し込む光が、部屋をモノトーンに染めている
中央には半円の巨大な机が置かれていて、その向こうに並んでいる五脚の椅子に、それぞれ男が座っている
キリトは左右の四人に見覚えは無かったが、中央の男は見間違いようもなかった
その男こそ、聖騎士ヒースクリフだ
外見に威圧的な感じはない
二十代半ばだろうか、学者然とした、削いだように尖った顔立ち
秀でた額の上に、鉄灰色の前髪が流れている
長身だが痩せ気味の体をゆったりとした真紅のローブに包まれているその姿は、剣士よりかは、この世界に居ないはずの魔術師のようだ
しかし、最も特徴的なのは、その目だろう
不思議な真鍮色の瞳からは、対峙したものを圧倒する強烈な磁場が放出されているようだ
会うのは初めてではないのに、キリトは気圧された
「お別れの挨拶に来ました」
アスナの言葉に、ヒースクリフは苦笑しながら
「そう結論を急がなくてもいいだろう。彼らと話させてくれないか?」
そう言って、視線を二人に向けた
キリトとヨシアキもフードを外した
「君達とボス攻略戦以外の場で会うのは、初めてだったかな? キリト君にヨシアキ君」
「いえ……前に、67層の対策会議で、少し話しました」
「右に同じくです」
二人は自然と敬語になっていた
ヒースクリフは軽く頷くと、机の上で骨ばった両手を組み合わせて
「あれは辛い戦いだったな。我々も危うく死者を出すところだった。トップギルドなどと言われても戦力は常にギリギリだよ。………なのに君達は、我がギルドの貴重な主力プレイヤーを引き抜こうとしているわけだ」
「貴重なら護衛の人選に気を使ったほうがいいですよ」
「あれじゃあ犯罪者ですよ」
二人の言葉に、机の右端に座っていた厳つい男が血相を変えながら立とうとしたが、ヒースクリフが片手で制して
「クラディールは自宅で謹慎させている。迷惑をかけてしまったことは謝罪しよう。だが、我々としてもサブリーダーを引き抜かれて、はいそうですかという訳にはいかない。キリト君にヨシアキ君」
ヒースクリフはそこで一旦区切ると、二人を見つめて
「欲しければ、剣で……《二刀流》と《剣聖》で奪い給え。私と戦い、どちらかが勝てば、アスナ君を連れて行くがいい。だが、負ければ、君達が血盟騎士団に入るんだ」
「「………」」
二人はなんとなく、目の前の男が理解できたような気がしていた
目の前の男も、結局は剣での戦いに魅入られている人間なのだ
脱出不能のデスゲームに囚われてなお、ゲーマーとしてのエゴを捨てきれない救い難い人種
つまりは、二人と同類なのだ
ヒースクリフの言葉を聞いて、我慢しきれないという様子で、アスナが口を開いた
「団長、わたしは別にギルドを辞めたいと言ってるわけじゃありません。ただ、少しだけ離れて、色々考えたいんです。それに、ヨシアキさんは」
とそこまで言った時、キリトが片手を挙げてアスナの言葉を止めて
「いいでしょう、剣で語れと言うなら望むところです。デュエルで決着をつけましょう」
その言葉を言ってしまった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「もーー!! バカバカバカ!!」
場所は変わって、セルムブルグ。<黄昏の風>のギルドホームの2階
何故か残っていて、しかも、帰ってきたヨシアキに詰め寄ってきたミズキをヨシアキが、開いていた窓から外に放り投げた
「わたしががんばって説得しようとしたのに、なんであんなこと言うのよ!!」
「僕まで巻き込んだよね、キリト? ねえ、バカなの? バカなの?」
「悪かった、悪かったって! つい、売り言葉に買い言葉で……って、ヨシアキにバカって言われたくねぇ!!」
小さい手でポカポカと叩いてきていたアスナの手を掴んで、なんとか落ち着かせながら、キリトはヨシアキに反論していた
「ふっ…キリト、忘れてない? 僕はギルドリーダーなんだよ? それなのに、どうやって他のギルドの所属になるのさ?」
「あ………」
ヨシアキに指摘されて、キリトは大きく口を開けた
そして、数瞬沈黙が続くと
「まあ、勝負は大丈夫だろ………一撃決着ルールでやるし。まだ負けると決まったわけじゃないし………」
と、キリトは視線を逸らしながら頬を掻いた
アスナは椅子に座りながら、足を組んで唸っている
「……こないだキリト君の《二刀流》にヨシアキさんの《剣聖》を見た時は、別次元の強さだって思った。でも、それは団長の《神聖剣》も一緒なのよね……あの人の無敵っぷりはもうゲームバランスを超えてるよ。正直、二人が勝てるのか判んない……でも、どうするの? 負けたらわたしがお休みするどころか、二人がKOBに入らなきゃいけないんだよ?」
「僕は交渉するけどさ」
「俺は、考えようによっちゃ、目的は達するとも言える」
「「え、なんで?」」
二人の視線が、キリトに集中した
少し強張っている口を動かして、キリトは答えた
「その、俺は、あ……アスナといられれば、それでいいんだ」
以前のキリトならば、逆さに振っても出てこないような言葉だった
一瞬キョトンとしていたアスナだったが、次の瞬間には音がなるほど顔を赤くした
そして、頬を膨らませると立ち上がり、窓際に歩いていった
背を向けて立つアスナの肩越しに、夕暮れのセルムブルグの風音がサヤサヤと聞こえてきた
キリトが言ったのは正直な気持ちだったが、ギルドに所属するのはキリトは抵抗があった
キリトは以前、一度だけギルドに所属した、今は存在しないギルドの名と、ここに居る少女を思うと、胸に鋭い痛みを覚えた
「キリトも正直になったねぇ……」
「うっせ!」
ヨシアキがしみじみと言うと、キリトは突っぱねた
(まあ、簡単に負ける気は無いさ………)
キリトはそう胸中で呟き、椅子から立ち上がり、アスナの隣に立った
しばらくすると、ポスッとキリトの肩に、アスナの頭が軽く預けられた