待っててくれた方、ありがとうございます!
え? 待ってない? さいですかー
翌日
場所 血盟騎士団本部
そのある一室に、ヨシアキ、キリト、アスナの三人が居て、三人の前には、血盟騎士団の団服を着た大柄な男性プレイヤーが居た
その男性が告げた言葉を聞いて、アスナは目を見開いた
「く、訓練!?」
「はい、新しく入団したキリト。ならびに、協力者となったヨシアキ両名の実力を把握するために、私を含めて五人でパーティーを組み、ここ55層の迷宮区を突破。そのまま56層主街区まで到達してもらう」
大柄な男性
戦斧使いゴドフリーは淡々と告げた
「なに言ってるの! キリトくんもヨシアキさんも、あなたなんか比較にならない程強いわよ! 団長とのデュエルを見てないの!?」
アスナは激昂した様子で、怒鳴った
「あれは私も拝見しました。しかし、それとこれとは別問題です。いくら副団長でも、規律は守っていただきます」
大人の余裕からか、ゴドフリーは威厳のある顔で断言した
すると、アスナがなおも言おうとしたが
「アスナちゃん。落ち着いて」
と、ヨシアキが制した
「ヨシアキさん。でも!」
「彼が言ってることには、一理あるよ。僕とキリトの実力を把握するために訓練するのは」
ヨシアキの言葉に、アスナは口をつぐんだ
すると
「今更、こんな低層で時間を潰したくないからな。一気に突破するが、構わないな?」
キリトが挑発的に言った
すると、ゴドフリーは顔をしかめて
「フンっ! 30分後に、街の西門に集合だ!」
そう告げると、部屋を去った
「はぁ……キリト……今の言い方はないでしょ? 怒らせてどうすんの?」
ヨシアキはため息を吐くと、キリトを咎めた
「今更、中層程度に時間なんか掛けられないだろ」
「まあ、そうだけどさ………」
キリトの言葉に、ヨシアキは肩を竦めた
すると、アスナが近寄り
「ゴメンね、キリトくん。せっかく、二人っきりになれると思ったのに………」
アスナはそこで一旦区切ると、真顔になり
「いっその事、キリトくんと二人きりでどこかに夜逃げしようかしら………」
と、呟いた
「勘弁してくれ。そしたら、俺がギルメンに呪い殺されるわ」
アスナの言葉に、キリトが嘆息すると
「そうだよ、アスナちゃん。嫉妬と怒りと悲しみが可能にする極地があるんだから………」
と、ヨシアキが遠い目をしていた
「実感が篭ってるな、ヨシアキ」
「なにがあったの?」
キリトとアスナの二人が聞くと、ヨシアキは視線を窓の外に向けて
「何回も命懸けの鬼ごっこをしました…………」
ポツリと呟いた
ヨシアキの呟きを聞いた二人は、しばらく沈黙すると
「まぁ……その……うん、おつかれ」
「苦労したんだね……」
キリトは優しい表情で、肩に手を置いて
アスナは、どこからかハンカチを出して、涙を拭いていた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
三十分後
ヨシアキとキリトの二人は、西門の前に居た
が、二人の顔には驚愕の表情が張り付いていた
その理由は、既に来ていたゴドフリーと一人の団員の他に
「「く、クラディール!?」」
そうその場には、過日に問題を起こしたクラディールが居たのだ
「うむ。お前達の間に、なにがあったのかは私も知っている。だがまぁ、以前の事は水に流すとしようではないか!」
ゴドフリーは、ガッハッハッハと笑いながら、キリトとヨシアキの肩をバシバシと叩いた
すると、クラディールが二人に近づき
「先日は……大変失礼しました………」
と、深々と頭を下げた
様変わりした様子のクラディールに、二人は顔を見合わせた
「二度と無礼な真似はしませんので……許していただきたい……」
クラディールの顔は、垂れ下がった長髪に隠れて、二人には見えなかった
「「あ……ああ……」」
二人が同時に頷くと
「よしよし、これで一件落着だな!!」
再び、ゴドフリーの笑い声が聞こえた
二人にとっては、腑に落ちない所ではなかった。絶対になにか企んでいる
二人はそう思ったが、俯いているために、クラディールの表情は見えなかった
SAOにおける感情表現は、誇張的な反面、微妙なニュアンスを伝えにくいのである
二人はやむなくこの場は納得したことにしておき、警戒を怠らないように言い聞かせた
そして、二人が歩き出そうとした時だった
「待て。今日の訓練は限りなく実践に近い形式で行う。危険対処能力も見たいので、諸君らの結晶アイテムは全て預からせてもらう」
「……転移結晶もか?」
キリトの問いかけに、ゴドフリーは当然と頷いた
キリトとヨシアキの二人は、渋々と言った様子で、ポシェットの中から結晶アイテムを取り出してゴドフリーに差し出した
結晶アイテム。特に、転移のクリスタルはこのデスゲームにおいては、最後の生命線と言っても過言ではない
だから二人とも、結晶アイテムは絶対に切らさないようにしていた
クラディールともう一人の団員は、おとなしく差し出した
念の入った様子で、ゴドフリーはポシェットの中まで確認すると
「よし、出発!」
と、先頭に立って歩き出した
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
55層のフィールドは、草木の少ない広い荒野である
時間を掛けたくない二人は、駆け抜けることをゴドフリーに提案したが、腕の一振りで退けられてしまった
その様子から、筋力値を優先的に上げて、敏捷度を上げてないことがわかった
二人は諦めて歩き続けた
数度モンスターと遭遇したが、ゴドフリーの指揮に従う気になれなかった二人は、全てのモンスターを一撃で屠っていった
そして、幾つかの小高い丘を登り終えると、灰色の岩作りの迷宮区がその威容を見せた
「よし、ここで一時休憩!」
ゴドフリーの野太い声で、全員その場で立ち止まった
「「………」」
二人としては、一気に迷宮区を越えてしまいたかったが、なにを言っても聞き入れてくれないだろう
と諦めて、近くの岩場に座った
気付けば、時間は正午を回ろうとしていた
「では、食料を配布する」
ゴドフリーはそう言うと、革の袋を5つオブジェクト化して、キリトとヨシアキに放り投げた
二人は受け取ると、袋の封を開けて中を見た
中に入っていたのは、NPC売りの硬焼きパンと水の瓶だけだった
そのことに、二人はため息を吐いた
本来だったら、キリトはアスナの手料理を
ヨシアキはギルドのメンバーと共に、自分の作った料理を食べているはずだったのだ
そのことを考えると、少し虚しくなった
二人はパンと瓶を取り出して
キリトは自棄気味にパンをかじってから、水を含み
ヨシアキは大きく一口、水を飲んだ
その時、二人は視線を感じたので顔を動かして確認した
そこには、クラディールが居た
が、クラディールは袋の封も開けずに、ノッペリとした表情で二人を
正確には、“二人が持っていた瓶を”見ていた
そのことに、二人は直感的に危機を感じて、瓶を放り投げた
そして、手を口の中に入れて、飲んだ水を何とかして吐き出そうとした
が、ここはゲームの世界
現実では出来るかもしれないが、ここでは出来ない
そして気付けば、二人は地面に倒れ伏していた
いや、二人だけではない
ゴドフリーともう一人の血盟騎士団の団員もだった
キリトとヨシアキの二人は、攻略組の条件反射でHPバーの辺りに視線を向けた
HPバーの周囲を緑に点滅している枠が囲っていた
((ま、麻痺状態……!))
それは、麻痺異常を示す枠だった
四人が倒れると、クラディールの体が震えた
「く、クククク………」
クラディールはフラリと立ち上がり
「クヒャハハハハ!」
と、狂気に染まった表情で奇声を上げた
「ク、クラディール! どういうことだ………これは訓練ではないのか!?」
訳がわからないからか、ゴドフリーが喚いた
が、クラディールは返答することなく、笑い続けている
「ゴドフリー! 早く解毒結晶を!」
キリトが声を張り上げると、ゴドフリーは震える手を動かして、腰のポシェットから解毒結晶を取り出すが
「ヒャッハァァァ!」
ゴドフリーの腕ごと、クラディールが乱暴に蹴り上げた
クラディールは蹴り飛ばした結晶を拾うと、腰の袋に乱雑に入れた
すると、クラディールのHPバーの周囲が犯罪者を示すオレンジ色の枠に囲まれた
「ゴドフリーさんよぉ! 馬鹿だ馬鹿と思っていたが、あんた筋金入りの
クラディールの甲高い声が、荒野に響く
「あんたにも色々と言ってやりたいことはあるけどよぉ……オードブルで腹がいっぱいになっちまっても困るしよぉ……」
そう言いながらクラディールは、無造作に腰の剣を抜いた
分厚い刀身に陽光が当たり、キラリと光った
「ま、待て! クラディール………お前、何を言って……」
「うるせぇ。いいから、もう死ねや」
ゴドフリーの言葉を遮り、クラディールは剣を振り下ろした
剣が当たり、自分のHPバーが大きく減少したことで深刻さに気付いたゴドフリーが大声で叫ぶが
全て、遅すぎた
クラディールは、無造作に剣を二度三度と振り下ろし、ゴドフリーのHPが危険域を示す赤に染まると、そこで一旦止めた
それを見たキリト達は、流石に全損させないか
と、安堵したが
クラディールは口の両端を醜く吊り上げると、剣を逆手持ちにすると
ゆっくりと、ゴドフリーに突き刺した
それに比例するように、HPバーもゆっくりとした速度で減少していく
そして、少しずつ体重を掛けていって
「ヒャッハァァァァァァァ!」
「グアアァァァァァァァ!」
二人の声が重なった瞬間
ゴドフリーのHPが、無くなって
ゴドフリーの体が、爆散した
クラディールは地面に刺さっていた剣を抜くと、グルンと首だけを動かして、もう一人の団員を見た
「ひ、ヒィっ!」
その団員は逃げようともがくが、思うように動けない
クラディールはそんな男の近くに、ヒョコヒョコと奇妙な足取りで近づき
「……お前にゃ何の恨みもねえけどよ………残念ながら、俺のシナリオだと、生存者は俺一人なんだよなぁ………」
そう呟くと、剣を振り上げた
「た、助け!」
「いいか~? 俺達のパーティーは~」
団員の懇願にも耳を貸さず、クラディールは無慈悲にも剣を振り下ろした
「荒野で犯罪者プレイヤーの大群に襲われて~」
二度目
「勇戦空しく四人が死亡~」
三度目
「俺一人となったものの犯罪者を見事撃退して、生還しました~」
四度目の剣戟で、団員のHPバーが全損した
本来だったら、全身が粟立つ不快な音なのに
クラディールには賛美歌に聞こえるのか、爆散するオブジェクトの破片の真っ只中
恍惚とした表情で、体を痙攣させていた
((初めてじゃないな………))
二人は、同時にそう確信していた
確かに、クラディールは先ほどまで犯罪者を示すオレンジカラーではなかったが、フラグを建てずに人を殺す方法など、数多ある
クラディールの視線が、とうとう二人に向けられた
クラディールの顔には、歓喜の表情が張り付いていた
そしてクラディールは、剣を地面に引きずる不快な音を立てながら二人に近づいた
「よぉ」
クラディールは地面に這い蹲っている二人の傍にしゃがんで、ささやいた
「おめぇらみたいなガキ二人の為に、関係ない奴を二人も殺しちまったよ」
その言葉を聞いた二人は、クラディールを睨み
「その割には、嬉しそうだったじゃねぇか」
「そうだよ、殺人鬼さん」
二人はなんとか時間を稼ごうと、必死に頭を動かしていた
今、辛うじて動くのはキリトは口と左手のみ
ヨシアキは口と右手のみだった
麻痺している状態では、ウィンドウは開けない
だから、誰かにメッセージを送ることも出来ない
それでも、時間を稼ぐためにも
焼け石に水とは思いながらも、キリトはクラディールから見えないように左手を動かして
ヨシアキは視界の端にあるものを見つけて、隙を伺っていた
「お前みたいな奴が、なんでKOBに入った? 犯罪者ギルドのほうがよっぽどお似合いだぜ?」
「で、最後は牢獄行き」
二人が言うと、クラディールは狂気に染まった笑みを浮かべて
「クッ、決まってんじゃねぇか。あの女のためだよ」
軋んだ声で言いながら、尖った舌で唇をなめまわした
それがアスナのことだと気付いた二人は、全身がカッと熱くなって
「貴様ッ………!」
「お前みたいな下種が、触っていい人じゃないんだよ……っ!」
そう言いながら、クラディールを睨みつけた
「そうコエェ顔をすんなって、所詮ゲームなんだぜ? 心配すんな。おめぇの大事な副団長様は、俺がきっちり面倒見てやっからよ……いろいろ便利なアイテムもあることだしなぁ……」
クラディールは近くに落ちていた毒入りの水瓶を拾い上げて、不気味にウィンクすると
「それに、おめぇら。さっき面白いことを言ったよなぁ? 犯罪者ギルドのほうがお似合いとかよぉ」
「「事実だろ」」
「いやいや、褒めてるんだぜぇ? いい眼してるってよぉ」
クラディールは喉の奥から、くくくくく……と甲高い笑い声を漏らしながら、何を考えたのか、左手のガントレットを除装した
そして、純白のインナーを捲ると、露わになった腕の内側を二人に見せ付けた
「「な………っ!?」」
そこにあったものを見て、二人は驚愕に目を見開いた
タトゥーだった
カリカチュアライズされた漆黒の棺桶の図案
蓋はにやにや笑う両目と口が描かれて、ずれた蓋の隙間からは白骨の腕がはみ出している
「「ラ……
そう口走った二人に、クラディールはニヤリと笑いながら頷いた
《ラフィン・コフィン》
それは、かつてアインクラッドに存在した。最大最凶の
冷酷にして狡猾なリーダーに率いられて、次から次へと新たな殺人手段を考案、実行して、三桁にも上る犠牲者を殺し続けた
一度は対話による解決も実行されたが、メッセンジャーを買って出た男も即座に殺した
ゲームクリアの可能性を下げるに等しいPK行為に、彼らを駆り立てる動機すら理解出来ないのに、対話による解決など、土台無理だったのだ
やがて、攻略組からボス戦並の合同討伐部隊が組織された
そして、血みどろの死闘の果てに壊滅したのも、そう昔の話ではない
なお、その討伐戦にはヨシアキ、キリト、アスナの三人も参加していた
しかし内通者が居たのか、情報が漏れていて、殺人者達は迎撃態勢を整えていた
その戦いにおいて、仲間を守るために半ば錯乱しながら、キリトは二人、ヨシアキは三人の命を奪う結果になった
「これは……復讐なのか? お前はラフコフの生き残りだったのか?」
「それとも……お前が内通者だったのか?」
掠れるような二人の問いかけに、クラディールは吐き捨てるように
「ハッ! 違げーよ。それに、俺がラフコフに入れてもらったのは、つい最近だぜ? ま、精神的にだけだけどな。この麻痺テクもそん時に教わったんだぜ? ……っと、やべえやべえ」
クラディールは機械的な動作で立ち上がると、音を立てて大剣を握りなおした
「おしゃべりもここら辺にしとかねえとな……麻痺が切れちまうからな。そろそろ再開するとすっかァ。デュエルん時から、毎晩夢に見てたぜ……この瞬間をなァ……」
ほとんど真円にまで見開かれた目には、妄執の炎が滾っていた
両端が吊り上げられた口からは長い舌を垂らして、クラディールは両手で持った大剣を振り上げた
その時、キリトが左手首の動きだけで投擲用のピックを投げた
キリトとしては、被ダメージ量の大きい顔面を狙ったつもりだったが、麻痺による命中率低下判定のせいで軌道がズレて、左腕に刺さった
それにより、クラディールのHPはほんの僅か減った
「痛ってぇなぁ………」
クラディールは大剣を一旦下ろすと、左腕から投剣を抜いて
「じゃあ、まずはテメェからだ」
と剣を逆手持ちにして、キリトの右腕に突き刺して左右に動かした
「グゥっ……!」
「キリト!」
痛みはないが、まるで異物を押し込まれたような不快感にキリトが唸ると、ヨシアキが心配そうな声を上げた
「クククク………気分はどうだ、黒の剣士さまよぉ~」
狂気の篭った声でクラディールが問い掛けるが、キリトは無言でクラディールを睨むだけだった
「おいおい………なんか言えよ」
クラディールはそう言うと、剣を引き抜いて次に左足に突き刺した
「死にたくねぇとか言ってみろよ……つまんねぇだろうがよぉ」
クラディールはそう言いながら、剣を左右にひねっている
その時、キリトのHPが黄色に染まった
「キリト!」
ヨシアキが心配そうな声を上げ、体を動かそうともがくが、麻痺のために動かない
「つまんねぇガキだなぁ………このまま殺しちまうぞぉ?」
クラディールはつまんなさそうな顔をしながら、剣を足から引き抜いて、腹に突き刺した
その攻撃で、キリトのHPが危険域を示す赤に染まった
(このまま死ねば、現実に帰れるのか? それもいいかもしれない……)
キリトは今まで、何人も死んだ人たちを見てきた
だが、その死は慣れ親しんだゲームオーバーに近かったから、どうしても信じられなかった
本当は、死んだら何の変哲もなく帰れるのではないか?
キリトの脳裏に、そんな考えがよぎった
だが、その瞬間
キリトの心臓を、途方も無い恐怖が掴んだ
(俺が死んだら……アスナはどうなる? この世界に一人置いていって……こいつによって、同じ責め苦を味わうのか? ………待て、それだけは……ダメだ!!)
そう思った瞬間
キリトは左手で、剣を掴んだ
「お? お? なんだ……やっぱり、死ぬのは怖いってか?」
「ああ…そうだ………まだ、死ぬわけには……いかない!」
キリトはそう言いながら、左手で剣を押し戻した
それを見たクラディールは狂気に染まった笑みを浮かべて
「そうそう……そうこなくちゃなぁ!」
剣に全体重を掛けて、剣を押し込んだ
キリトも片手で、必死に抵抗を試みた
だが、これはキリトに対してあまりにも不利だった
その結果、少しずつキリトに剣が減り込んでいき
HPバーが残り数ドットとなって
「キリトーーーー!!」
「死ねぇ! 黒の剣士!!」
ヨシアキの叫び声とクラディールの声が響いた
その時だった
一陣の白と赤の色彩の風が奔った
そして、気付けばクラディールがキリトの上から押し飛ばされていた
「な!?」
「え?」
クラディールとヨシアキの声には、驚きが含まれていた
その二人の視線の先に居たのは
「間に合った……間に合ったよぅ……神様、間に合ったよ……」
血盟騎士団の制服を身に纏った一人の少女
血盟騎士団副団長<閃光>のアスナが、右手に愛用のレイピア<ランベライト>を持って、泣き顔を浮かべていた
アスナはキリトの近くに、崩れるように膝をついた
「キリト君……生きてるよね?」
「ああ……生きてる」
キリトの言葉を聞いたアスナは、右手でポシェットからピンク色の結晶を取り出すと、左手をキリトの胸部に当てて
「ヒール!」
アスナがそう叫ぶと、右手に持っていた結晶が砕け散り、キリトのHPが一瞬にして全回復した
アスナはそれを確認すると、泣きながら笑顔を浮かべて
「待っててね、すぐに終わらせるから………」
そう言って立ち上がり、地面に刺していたランベライトを抜いた
「あ、アスナ様……なぜ、ここに? これは………事故! そう、事故なのです! 訓練でちょっとした事故が!」
クラディールは冷や汗をかきながら、言い訳を陳べるがアスナは聞く耳を持たず、ツカツカと歩み寄った
そして、右手が煌いた
「ぶあっ!」
それと同時に、クラディールの言葉もとぎられた
理由は至極単純
アスナのレイピアが、クラディールの口を切り裂いたからだ
既にクラディールには
クラディールが口を抑えながら、顔をアスナに向けると、その顔には憎悪の色が浮かんでいた
「このアマァ………調子に乗りやがって……ケッ、丁度いいや。どうせオメェもすぐに殺ってやろうと……」
クラディールの言葉は、最後まで続かなかった
それは、アスナが機関砲並の速度でレイピアの連撃を行ったからだった
「ぐ、ぐぉ……っ!」
クラディールは両手用大剣で防ぐのがやっとで、攻撃する余裕もなかった
アスナの剣尖は無数の光の帯を引きながら、目にも止まらぬ速さで次々とクラディールを切り裂き、貫いていった
その攻撃は、アスナより一回りレベルが高いキリトにも見えなかった
「ぬあっ! くああぁぁぁぁっ!」
半ば恐慌状態に陥ったクラディールは、デタラメに剣を振るうが、アスナには当たらなかった
そして、クラディールのHPが黄色から赤に変わった時
クラディールの手から、大剣が落ちて、クラディールは頭を地面にこすり付けた
「わ、わかった!! わかったよ!! 俺が悪かった! もうギルドも辞める! あんたらの前には二度と現れねぇよ! だから!」
クラディールの甲高い叫び声を、アスナは無表情で眺めていた
すると、アスナはゆっくりとレイピアを掲げて、逆手持ちにした
そこから数センチ持ち上げられて、土下座しているクラディールの背中に突き立てられようとした
その瞬間、クラディールの体が震えて
「ひぃぃぃぃぃっ! 死に、死にたくねぇーーーっ!」
甲高い叫び声を聞いて、アスナの右腕がガクッと、まるで見えない障壁にぶつかったの如く止まった
アスナの葛藤が、キリトには手に取るようにわかった
(俺が知る限り、アスナはまだこの世界でプレイヤーの命を奪ったことはない……)
そして、この世界では、相手を殺すと現実の世界でも実際に死ぬ
PKというネット用語で包んでいても、それは列記とした殺人行為なのだ
(そうだ、やめろアスナ。君がやっちゃいけない)
キリトは内心でそう叫んでいたが、正反対に
(だめだ、躊躇するな。奴は、それを狙っているんだ!)
と、思っていた
そして、キリトの思いはコンマ一秒後に当たってしまった
「ッヒャアアアア!」
土下座していたクラディールが、奇声を上げながら、いつの間にか握りなおしていた大剣を振り上げた
「あっ………!?」
ぎゃりぃぃぃぃん! という、金属音と共にアスナの手からレイピアが弾き飛ばされた
アスナはその衝撃で体勢を崩し、キリトの近くに倒れこんだ
「アアアア甘ぇーーーーんだよ! 副団長様ァァァァァ!!」
狂気を滲ませる絶叫と共に、どす黒い赤のエフェクトを纏った剣を、なんの躊躇いもなく振り下ろした
「アスナ!!」
キリトは麻痺の残っている体を必死に動かして、アスナを背後に庇った
そして左手をかざして、防御の体制を取った
その瞬間
キュドッ!
という音と共に、黄色い閃光がアスナとキリトの上を走った
「がっ!?」
そして、鈍い音と共にクラディールに刺さっていたのは
蒼い槍だった
そして、この場において、槍を装備しているのは一人しか居ない
アスナとキリトの二人は、後ろに振り向いた
そこには、膝立ち状態のヨシアキが正に、投げた証拠に右手を突き出していた
そして、その一撃で残り二割ほどだったクラディールのHPはなくなっていた
クラディールは手から剣を落として、膝立ちになると視線をヨシアキに向けて
「この……人殺し野郎が……」
と、笑って
ポリゴンとなって、爆散した
すると、ヨシアキは
「君もだよ……」
と、呟いたのだった
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ポリゴンが消えると同時に、キリトは仰向けに倒れこんだ
すると、レイピアを回収したアスナがキリトの横に膝を突いて右手を出すが、ビクッと引っ込めて
「キリト君……ごめんね……わたしの……せいだよね……ごめんね……」
と、両手で顔を覆って泣いた
「アスナ………」
キリトは、カラカラに乾いた喉でようやく、その一言だけ呟いた
「ごめんね……わたし……も…もう……キリト君には……あ…会わな……」
アスナがそこまで言った時、麻痺が抜けた体をキリトは動かして、両手で抱きしめた
そして、その勢いのままキスをした
「ん………っ!」
アスナは一瞬、眼を大きく見開くと、両手でキリトを押し飛ばそうと抵抗した
が、筋力値で勝っているキリトの力を振り払えるわけもなく、キリトはさらに力を込めてアスナを抱きしめた
これは間違いなく、ハラスメント防止コードに抵触する行為だ
恐らく、アスナの視界にはコード発動を促すアイコンが出ていて、OKボタンを押せば、キリトは一瞬にして黒鉄宮の牢獄エリアに転送されるだろう
しかし、キリトは一瞬たりとて力を緩めずに、口を離すと顔を肩にうずめて
「俺の命は君のものだ、アスナ。だから、君のために使う。最後の瞬間まで、一緒に居る」
と低く呟くと、キリトは両腕で一層強くアスナを抱きしめた
すると、アスナも両腕でキリトを抱きしめて
「……わたしも……わたしも、絶対に君を守る。これから永遠に守り続ける。だから……」
と、涙声で呟いたが、最後まで続かなかった
そして、ヨシアキは微笑みながら、視線を外して上を見上げた