一万三千字ですよ
遅くってすいませんでした
自宅のネット回線にトラブルが発生しまして、時々つながらない状況が多々発生しました
それと、うまく纏められませんでした
次で終わりの予定です
教会を飛び出した三人は止まることなく、子供が言っていた場所に向けて走っていた
行き先の正確な場所がわからない為、サーシャが先導する形で走っている
走りながらアスナが背後を見ると、大勢の子供達が付いてきていた
だが、サーシャは止める気はないらしく、走り続けている
木立の間を縫い、東六区の市街地に入って、裏通りを抜けていった
最短距離をショートカットしているようで、NPCショップの店先や民家の庭などを突っ切って進んだ
すると、サーシャが進路上を指差して
「あの曲がり角を曲がった先です!」
と、二人に教えた
二人が頷いたのを確認すると、サーシャはそのままの勢いで曲がり
「ギン! ケイン! ミナ! 無事!?」
と子供達の名前を呼んで、固まった
アスナとキリトの二人は、どうしたんだろと思いながら、曲がり角の先を見て、同じように固まった
なにせ、その先に居たのは……
「まったく! 依頼を受けた時はまさかと思ったけど、本当にやってるなんて思わなかったよ!」
三人にとって、見知った姿があったからだ
「君達がキバオウ派のプレイヤーだね? 君達の身柄はシンカー派の人達に引き渡すから、そのつもりで!」
そう言ってる人物の服装は、見慣れたオレンジ色の装備ではなく、私服姿だった
だが、その手に持っているのは彼の愛剣のレイアースだった
すると、その人物、ヨシアキがサーシャ達の方に振り向いて
「サーシャさん、三人は無事ですよー」
何時もの軽い調子で、告げた
すると、キリトとアスナに気づいたらしく
「あ、キリトとアスナちゃんじゃん。ヤッホー……」
そこまで言って、ヨシアキはアスナの腕に抱かれてるユイを見ると、コクコクと頷いて
「いつ、子供なんて産まれたの?」
そんなヨシアキの言葉に、二人は顔を赤くして
「「ちょっと待てー!!」」
思わず、大声を上げていた
その時
「みんなの……みんなの、こころが」
細いが、よく通る声が通りに響いた
気づけば、いつの間に起きたのか
アスナの腕の中で目覚めたユイが、宙に視線を向けて、右手を伸ばしていた
キリトとアスナ。そして、ヨシアキの三人が反射的にその先を見たが、なにもなかった
「みんなのこころ……が……」
「ユイ! どうしたんだ、ユイ!!」
キリトが叫びながら手を握ると、ユイは二、三度瞬きをして、きょとんとした表情を浮かべた
アスナも慌てて、ユイの手を握りしめ
「ユイちゃん……何か、思い出したの!?」
アスナが問いかけると、ユイも手を握って
「……あたし……あたし……」
ユイは呟きながら、眉を寄せて俯いた
「あたし、ここには……いなかった……ずっと、ひとりで、くらいとこにいた……」
ユイは何かを思い出そうとするかのように、顔をしかめて、唇を噛んだ
すると突然、顔を仰け反って
「うあ……あ……あああ!!」
その細い喉から、高い悲鳴が出た
「ッ……!?」
それと同時に、アスナの耳にSAO内でノイズのような音が初めて響いた
その直後、硬直していたユイの体中が崩壊するかのように激しい痙攣を起こした
「ゆ……ユイちゃん……!」
アスナも悲鳴を上げながら、両手でユイの小さい体を抱き締めた
「ママ……こわい……ママ……!!」
か細い悲鳴を上げているユイをアスナは、両手でさらに強く抱き締めた
数秒後、その現象は収まって、硬直していたユイの体から力が抜けた
「ねぇ、説明してほしいんだけど。色々と」
「こっちが知りたいよ」
ヨシアキとキリトの問いかけが、静寂に満ちた空間に聞こえた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ミナ、パンひとつ取って!」
「ほら、余所見してるとこぼすよ!」
「あーっ、先生ー! ジンが目玉焼き取ったー!」
「かわりにニンジンやったろー!」
「ケイン、まだあるから大丈夫だよ。ジンも横から取らない!」
その様子はさながら、戦場だった
「これは……すごいな……」
「そうだね……」
戦場さながらの光景を、二人は呆然と見ていた
「それに、ヨシアキさんは手慣れてるね……」
「だな……」
二人の視線の先では、ヨシアキが自分も食べながら、子供達の面倒を見ていた
はじまりの街、東七区の教会一階の広間
巨大な長テーブル二つに所狭しと並んでいる大皿には、卵やソーセージ、野菜サラダが盛られているが、それを二十数人の子供達が食べている
「でも、凄く楽しそう」
アスナはその食事光景を見て、微笑んでいた
アスナが居るのは、少し離れた丸テーブルで、キリトとユイ。サーシャも一緒に座っている
「毎日こうなんですよ。いくら静かにって言っても聞かなくて」
サーシャは若干呆れた様子で話すが、その表情は優しい
「子供、好きなんですね」
その表情を見たアスナが言うと、サーシャは照れたように笑みを浮かべて
「
「何となくですけど、解ります」
サーシャの言葉に、アスナはうなずいて視線を横に動かした
そこにはいつの間にかヨシアキも居たが、アスナの隣の椅子でユイが真剣な様子でスプーンを口に運んでいる
アスナはそんなユイの頭を、そっと撫でた
ユイという存在感がもたらす温かさは、アスナにとって驚くほどのものだった
キリトと触れ合っている時の、胸の奥が切なくなる愛しさとはまた違う、眼に見えない羽根で包み、また包まれるような温かさと、静かな安らぎを感じた
ユイはあれから数分後に目覚めた
だが、目覚めてすぐに長距離移動や転移をする気にアスナはなれなく、サーシャの強い勧めもあって一泊したのである
つまりは、一日経過しているのである
ちなみに、ヨシアキは元々泊まる予定だったらしい
一拍して起きたユイの調子は快調のようで、アスナとキリトはひとまず安心した
だが、基本的には状況はなんら変わっていない
微かに戻ったらしいユイの記憶によると、はじまりの街に来たことはないらしいし、そもそも保護者と暮らしていた様子すらないのである
そうなるとユイの記憶障害並びに、幼児退行といった症状も不明であり、これ以上は何をしたらいいのかもわからない
だが、アスナの気持ちは固まっていた
(これからずっと、ユイちゃんの記憶が戻るまで一緒に暮らそう……休暇が終わって、前線に戻る日が来ても、何かしらの方法はあるはず……)
ユイの髪を撫でながら、アスナが考えていると、キリトがカップを置いて
「サーシャさん……」
サーシャに声を掛けた
「はい?」
「……軍のことなんですが。俺が知ってる限りじゃ、あの連中は専横が過ぎることはあっても治安維持には熱心だった。でも、昨日ヨシアキが相手した奴らはまるで犯罪者みたいだった……いつから、ああなんです?」
「あ、それは僕も聞きたいです。僕も依頼を聞いた時はまさかと思ったんですが、本当だったんで」
キリトの言葉にヨシアキも続くと、サーシャは持っていたカップを置いて
「方針が変更された感じがしだしたのは、半年くらい前ですね……徴税と称して恐喝まがいの行為を始めた人たちと、それを逆に取り締まる人たちも居て。軍のメンバー同士で対立してる場面も何度も見ました。噂じゃ、上の方で権力争いか何かあったみたいで……」
それを聞いたヨシアキは、口元に手を当てて
「もしかして、最近シンカーさんに連絡が付かないのもそれかな……」
小声で呟いていた
その呟きが小声だった為に気付かなかったのか、キリトは頭を掻きながら
「うーん……なんせ今でもメンバー千人以上の
キリトが呼ぶと、アスナは視線をキリトに向けて
「なに?」
「奴はこの状況を知ってるのか?」
キリトの奴という言葉の嫌そうな響きで誰か察したのか、アスナは笑いを堪えながら
「知ってる、んじゃないかな……ヒースクリフ団長は軍の動向にも詳しいし。でもあの人、何て言うか、ハイレベルの攻略プレイヤー以外には興味なさそうなんだよね……キリト君のこととか昔からあれこれ聞かれたけど、
アスナの言葉を聞いたキリトはうなずいて
「まあ、奴らしいと言えば言えるよな……でも、となると俺達だけじゃできることもたかが知れてるしなぁ」
キリトはそう呟くと、カップを持って飲もうとした
が、鋭い視線を入り口の大扉に向けて
「誰か来るぞ。一人……」
「え……またお客様かしら……」
キリトの言葉を聞いたサーシャが腰を上げた瞬間、ノックの音が教会内に響いた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
来たのはユリエールという女性だった
このユリエールはALFこと、アインクラッド解放軍所属だった
しかも、このユリエールがヨシアキに軍の素行調査を依頼したらしい
そして、ユリエールは三人にお願いがあると告げた
彼女の説明によると、軍は最初からそんな名前ではなかったらしい
軍という名前になったのは、当時のサブリーダーのキバオウが実権を握ったかららしい
「最初はギルドMTDという名前で……聞いたこと、ありませんか?」
アスナは聞き覚えがなかったのか首を傾げたが、キリトが即答した
「《MMOトゥデイ》の略だろう。SAO開始当時の、日本最大ネットゲーム総合情報サイトだ。ギルドを結成したのは、そこの管理者だったはずだ。たしか、名前は……」
とキリトが思い出そうと、視線を上に向けていると
「シンカーさん」
ヨシアキが名前を告げた
そしてヨシアキが名を告げた瞬間、ユリエールの顔がわずかに歪んだ
「彼は……決して今のような、独善的な組織を作ろうとしたわけじゃないんです。ただ、情報とか、食料とかの資源をなるべく多くのプレイヤーで均等に分かち合おうとしただけで…」
その辺りの、《軍》の理想と崩壊に関しては、アスナも聞いていた
多人数でモンスター狩りを行い、危険を極力排除した上で安定した収入を得て、それを均等に分配しようという思想
それ自体は間違っていない
だが、MMORPGの本質はプレイヤー間でのリソースの奪い合いである
それはSAOのような異常かつ極限的状況のゲームにおいても変わらないのである
いや、むしろだからこそと言うべきだろう
だから、その理想を実現するためには組織の現実的な規模と強力なリーダーシップが必要なのである
しかし、その点において軍はあまりにも大きくなりすぎたのである
その結果、得たアイテムの秘匿が横行し、粛清、反発が相次いで、リーダーは徐々に指導力を失っていったのである
「そこに台頭してきたのがキバオウという男です」
その名を告げたユリエールは苦々しい表情をしていた
「彼は、シンカーが放任主義なのをいいことに、同調する幹部プレイヤー達と体制の強化を打ち出して、ギルドの名前をアインクラッド解放軍に変更させました。更に公認の方針として犯罪者狩りと効率のいいフィールドの独占を推進したのです。それまで、一応は他のギルドとの友好も考え狩場のマナーは守ってきたのですが、数の力で長時間の独占を続けることでギルドの収入は激増し、キバオウ一派の権力はどんどん強力なものとなっていきました。最近ではシンカーはほとんど飾り物状態で……キバオウ派のプレイヤー達は調子に乗って、街区圏内でも《徴税》と称して恐喝まがいの行為すら始めたのです。昨日、ヨシアキさんが痛い目に遭わせたのはそんな連中の急先鋒だった奴らです」
ユリエールはそこで一息ついて、お茶を一口含み、続けた
「でも、キバオウ派にも弱みはありました。それは、資財の蓄積だけにうつつを抜かして、ゲーム攻略をないがしろにし続けたことです。本末転倒だろう、という声が末端のプレイヤーの間で大きくなって……その不満を抑えるため、最近キバオウは無茶な博打に出ました。配下の中で、最もハイレベルのプレイヤー十数人による攻略パーティーを組んで、最前線のボス攻略に送り出したんです」
それを聞いたアスナとキリトは目を見合わせ、ヨシアキは苦い顔をした
七十四層迷宮区でフロアボス《ザ・グリームアイズ》にロクな準備も戦略も無しに挑み、無残に散った軍所属プレイヤー
コーバッツの一件は記憶に刻まれている
「いかにハイレベルと言っても、もともと我々は攻略組の皆さんに比べれば力不足は否めません。……結果、パーティーは敗退、隊長は死亡という最悪の結果になり、キバオウはその無謀さを強く糾弾されたのです。もう少しで彼を追放できるところまで行ったのですが……」
ユリエールは唇を噛んで、辛そうな表情で
「三日前、追い詰められたキバオウは、シンカーを罠に掛けるという強行策に出ました。出口をダンジョンの奥深くに設定してある
その状況を聞いた三人は絶句した
「み、三日も前に……!? それで、シンカーさんは……?」
アスナが反射的にたずねると、ユリエールは小さく頷いて
「《生命の碑》の彼の名前はまだ無事なので、どうやら安全地帯までは辿り着けたようです。ただ、場所がかなりハイレベルなダンジョンの奥なので身動きが取れないようで……ご存知のとおりダンジョンにはメッセージを送れませんし、中からはギルド
出口の設定をダンジョンやフィールドに設定した
だが、反目していたとは言えまさか同ギルドのサブリーダーがそこまでするとは思わなかったのだろう
もしくは、思いたくなかったのか
そうアスナが思っていると、ユリエールがポツリと「いい人過ぎたんです」と呟いてから、再び口を開いた
「……ギルドリーダーの証である《約定のスクロール》を操作できるのはシンカーとキバオウだけ、このままシンカーが戻らなければ、ギルドの人事や会計まで全てキバオウにいいようにされてしまいます。シンカーが罠に落ちるのを防げなかったのは彼の副官である私の責任、私は彼を救出に行かなければなりません。でも、彼が幽閉されたダンジョンはとても私のレベルでは突破できませんし、《軍》のプレイヤーの助力はあてにできません」
ユリエールは唇を強く噛んでから、視線を三人に向けた
「そこにヨシアキさんから強い二人が来てるよ。と連絡を貰いまして、いてもたってもいられずにこうしてお願いに来た次第です。キリトさん…アスナさん」
キリトとアスナを見た後、ユリエールは深々と頭を下げて
「お会いしたばかりで厚顔きわまると思いでしょうが、どうか、私と一緒にシンカーを救出に行ってくださいませんか」
このユリエールの懇願にアスナは最初、躊躇っていた
だが、ユリエールの真剣な気持ちとユイの一言で懇願を受け入れた
そして、翌日
問題のダンジョンに向かったのだが、驚いた事に、場所は第一層にあったのだ
どうやら、攻略の進み具合で開放されるタイプのダンジョンだったようで、最初に発見したキバオウはそこを自分の派閥のみで占有しようとした
だが、第一層にあるにしては不釣合いな高レベルモンスターによって、結晶アイテムを使いまくり、ほうほうの体で逃げてきたらしい
問題の
そして、ダンジョンの推定レベルは六十層に匹敵するらしい
だが、アスナは87レベル
キリトとヨシアキに至っては90レベルを超えているために、安全マージンは十分に取れている
そして、五人は件のダンジョンに突入したのだが……
「ぬおおぉぉぉぉぉぉりゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
久しぶりに二刀流装備のキリトが両手の剣を振るうたびに、モンスターが吹き飛び
「ちょいさああぁぁぁぁぁ!」
ヨシアキが剣と槍を振り回せば、モンスターがまるでボールのように打ち飛ばされた
この二人のまるで台風のような蹂躙で、モンスターはドンドン倒されていき、どこぞの無双ゲーム状態だった
その二人の後ろには、完全武装のアスナとアスナに手を引かれているユイ
そして、金属製のムチを持ったユリエールが居たが、出番はまったく無かった
アスナは手を額に当てて「やれやれ……」と首を振っていて、ユリエールは眼と口をポカンと丸くしていた
さらには
「パパー、お兄ちゃーん! 頑張れー!」
と、ユイが応援しているので、緊張感の欠片もない
ちなみに、お兄ちゃんというのはヨシアキである
なぜ、お兄ちゃんと呼ばれるようになったかというと、理由は至極単純
ユイがヨシアキに懐いたからである
会って数分で懐き、まるで兄妹のような掛け合いまで行われていた
ちなみに、それを見ていたサーシャ曰わく
「彼が優しいの、子供にはわかるんですよ」
とのこと
閑話休題
件のダンジョンに侵入して、すでに十数分が経過している
内部は予想より広く、深く、モンスターの数も多かったが、キリトの二刀とヨシアキの剣と槍がゲームバランスを崩壊させる勢い振り回されているために、女性二人の出番は一切なく、疲労も無い
「な……なんだか、すみません、任せっぱなしで……」
ユリエールが申し訳無さそうに首をすくめると、アスナは苦笑いして
「いえ、キリト君のはもう病気ですから……やらせときゃいいんですよ」
すると、モンスター群を蹴散らして一息ついていたキリトが唇を尖らせて
「なんだよ、ひどいなぁ」
と、愚痴った
すると、アスナが首をかしげながら
「じゃあ、わたしと代わる?」
と聞くと、キリトは頬をポリポリと掻いて
「……も、もうちょっと」
と、呟いた
それを聞いたアスナは吹き出し、ユリエールは声を殺して笑った
一息つくと、ユリエールは右手を振ってマップを表示してシンカーの現在地を示すフレンドマーカーの
この地下ダンジョンはマップがないため、
「シンカーの位置は数日間動いてません。多分、安全エリアに居るんだと思います。そこまで到達できれば、あとは結晶で離脱できますから……すみません、もう少しだけお願いします」
ユリエールが頭を下げると、キリトが慌てて手を振り
「い、いや、好きでやってるんだし、アイテムも出るし」
「うん。結構おもしろいアイテムが出たね」
「へえ」
二人の言葉に、アスナは思わず聞き返した
「何かいいもの出てるの?」
「おう」
頷きながら、キリトはウィンドウを手早く操作した
すると、ドチャリという音を立てて赤黒い肉塊がキリトの手中に出現した
そのグロテスクな質感に、アスナは顔を引きつらせて
「な……ナニソレ?」
とその肉塊を指差した
すると、キリトは目を輝かせて
「カエルの肉! ゲテモノなほど旨いって言うからな、あとで料理してくれよ」
「絶、対、嫌!!」
反射的に拒否すると、アスナもウィンドウを開いた
結婚したことにより、キリトと共通化したアイテム欄の《スカベンジトードの肉 ×24》という文字列をドラッグ
そのまま容赦なくゴミ箱マークに放り込んだ
「あっ! あああぁぁぁ……」
情けない声を上げて顔を俯かせたキリトを見て、ユリエールは我慢の限界に達したようでお腹を押さえて笑い声を漏らした
その途端
「お姉ちゃん、はじめて笑った!」
ユイが嬉しそうに叫んだ
ユイも満面の笑みを浮かべていた
それを見たアスナは、そういえば…と、思い返した
昨日、ユイが発作を起こしたのは軍に捕まっていた子供達がヨシアキによって救いだされて、安堵から全員が笑っていた時だった
どうやら、ユイは周囲の人の笑顔に敏感らしい
それはユイの生来の性格が理由なのか、あるいは今までずっと辛い思いをしてきたからなのか……
アスナは思わずユイを抱き上げて、ギュッと抱きしめて、この子の横では常に笑顔で居ようと、心に誓った
そして、アスナは視線を上げて
「さあ、先に進みましょう!」
シンカーを助けるために、歩を進めた
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ダンジョンに入ってからしばらくは水中生物タイプがメインだったモンスター群は、階段を降りる度にゾンビやゴーストといったオバケタイプに変わっていった
そのモンスター群にアスナは顔を青ざめたが、キリトとヨシアキは気にせずに次々と瞬殺していった
普通ならば、ハイレベルプレイヤーが適正以下の狩場で暴れるのはあまり褒められた行為ではないが、今回は他に人が居ないのと人助けという理由があるので気にする必要はない
時間があったら、サポートに徹してユリエールのレベルアップに協力したい所だが、今はシンカーの救出が最優先事項である
時間はあっという間に経ち、二時間が経過した
マップに表示されている現在地とシンカーの位置は着実に近づき、何体目かわからない黒骸骨剣士と鎌を持ったゴーストをキリトとヨシアキが倒したその先に、暖かい光が見えた
「あっ、安全地帯よ!」
アスナが言うとほぼ同時に、索敵スキルで確認したらしいキリトとヨシアキも頷いて
「奥にプレイヤーが一人居る。グリーンだ」
「うん、間違いない」
「シンカー!!」
二人の言葉に我慢しきれなくなったのか、ユリエールは名前を呼ぶと、鎧を鳴らしながら走り出した
武器を両手に持っていたキリトとヨシアキ、そしてユイを抱いていたアスナも慌てて後を追った
右に湾曲している通路を数秒間走っていると、十字路とその先に小部屋が見えた
部屋は暗闇に慣れていた目がかすむほど明るく、入り口部分に一人の男性が立っていた
逆光のために顔は見えないが、五人に向けて激しく両手を振り回していた
「ユリエーーーール!」
こちらの姿を確認したのだろう、男性は大声でユリエールの名を呼んだ
ユリエールも左手を振りながら、さらに走る速度を上げた
「シンカーーー!」
ユリエールが涙交じりに男性の名前を叫ぶと、その叫びにかぶせるように
「来ちゃだめだーーっ!! その通路は……っ!!」
男性の絶叫が聞こえ、アスナはギョッとして走る速度を落とした
だが、ユリエールには聞こえていなかったらしく、部屋に向かって一直線にユリエールは駆けていった
その時だった
部屋の数メートル手前で、五人が走っている通路と直角に交わっている通路の右端死角の部分に、突如、黄色いカーソルが一つ出現した
ヨシアキとアスナは素早く名前を確認した
表示されているのは《The Fatal-scythe》
運命の鎌という意味なのだろう固有名を飾っている定冠詞
それは、ボスモンスターの証だった
「だめーーーっ! ユリエールさん、戻って!!」
アスナが絶叫するも、ユリエールは止まらない
黄色いカーソルは、すっと左に動き始め、十字路へと近づいてきた
このままでは、出会い頭にユリエールと衝突するだろう
あと数秒も猶予はない
「くっ!」
「間に合え!」
その時、アスナの左右前方を走っていた二人の姿が消えた……ように見えた
実際は恐ろしい速度でダッシュしたのである
駆け出した瞬間、ズバンという衝撃音が周囲の壁を震わせた
瞬間移動とも思える速度で数メートルの距離を移動した二人
ヨシアキが右手でユリエールを抱きかかえ、左手で剣を抜いて地面に突き立て
キリトは右手の剣を地面に刺して、左手で剣身を支えた
その直後、凄まじい金属音が響き、大量の火花が散った
空気が焦げるほどの急制動をかけ、十字路のギリギリ手前で止まった三人の直前の空間を重い地響きを立てながら巨大な黒い影が横切った
黄色いカーソルは、そのまま左の通路に飛び込むと十メートルほど進んでから止まった
姿の見えないモンスターがゆっくりと振り向き、再び突進してくる気配がした
ヨシアキはユリエールを離して、剣を地面から抜いた
キリトも剣を抜くと、二人は視線を交わして、左側の通路に飛び込んだ
それを見たアスナは十字路に近づき、ユリエールを抱き起こして交差点の向こう側へと押しやった
ユイを降ろしてユリエールに預けると、アスナは
「この子と一緒に安全地帯に退避してください!」
と、短く叫んだ
ユリエールは蒼白な顔で頷くと、ユイを抱えて部屋へと向かった
アスナはそれを見送ると、愛剣を抜いて二人を追いかけた
その先には、両手に武器を構えて立っている二人が見えた
その二人の先に、身長二メートル半はあろうかというボロボロの黒いローブを纏った人型の姿があった
フードの奥と袖口から見えている腕には、濃密な闇がまとわりついて、蠢いていた
暗く沈んでいる顔の奥には、生々しい血管が浮いている眼球があり、ギョロリと三人を見下ろしていた
持っている武器は、右手の長大な黒い鎌
だが、凶悪に湾曲している刃からは、ポタリポタリと赤い雫が滴り落ちていた
見た目は、いわゆる死神の姿そのものだった
(だけど、レベル的にはたいしたことないはず!)
アスナはそう思い、ランベライトを構えた
その時
「アスナ、今すぐ安全エリアの三人を連れてクリスタルで脱出しろ」
と、キリトが掠れた声で言った
「え……?」
不思議に思ったアスナが反射的に聞くと
「こいつはヤバいよ……僕の識別スキルでもデータが見えない……強さ的には多分、九十層クラスだね……」
「…………!?」
ヨシアキの言葉にアスナは、息を呑んで体を強張らせた
その間にも、死神は滑るように空中を移動して、三人に接近してきている
「俺達が時間を稼ぐから、早く逃げろ!」
「き、キリトくんたちも…一緒に!」
「後から行くから、早く……!!」
最終的な離脱装置の転移結晶だが、万能の道具ではないのだ
クリスタルを握り、転移先を指定
そして、実際にテレポートが完了するまでに数秒のタイムラグがある
その間にモンスターの攻撃を受けると、テレポートはキャンセルされてしまうのだ
パーティーの統制が崩壊して勝手な脱出をする者が出ると死者が出るのは、それが理由なのだ
アスナは迷っていた
四人が先に転移してからでも、二人の脚力ならばボスに追いつかれることなく安全エリアに到達できる可能性もある
だが、先ほどのボスモンスターの突進速度は恐ろしいものだった
もし、先に脱出してキリトが現れなかったら……
アスナにとって、それだけは耐えられなかった
アスナはチラリと視線を小部屋の方に向けた
(ごめんね、ユイちゃん……ずっと一緒だって、言ったのにね……)
アスナは心中でそう呟くと、ユリエールに向けて
「ユリエールさん! ユイを頼みます! 三人で脱出してください!」
それを聞いたユリエールは、凍りついた表情で首を振って
「いけない……そんな……っ!」
「はやく!!」
その時だった
ユラリと鎌を振りかぶった死神が、ローブの裾から瘴気を撒き散らしながら恐ろしい速度で突進してきた
それを見たキリトは両手の剣を十字に構えてアスナの前に仁王立ちになり、ヨシアキはキリトの前で膝を突いて、槍を地面に突き立て、それを腕で支えた
アスナはキリトの背中に抱きつき、剣をキリトの二刀に重ねた
死神はそんな三人の武器を意に介さず、大鎌を三人の頭上目掛けて叩き降ろした
赤い閃光と途轍もない衝撃が、三人を襲った
アスナは自分がグルグルと回るのを感じていた
最初に地面に叩きつけられ、跳ね返り天井に激突、そして再び床に落下した
衝撃で呼吸が止まり、視界が暗くなった
アスナは朦朧とした意識のまま、自分とキリトのHPバーを確認した
二人とも、一撃で半分まで削られていた
無情なイエロー表示は、次の一撃には耐えられないことを意味していた
おそらく、ヨシアキも似た状況だろう
立ち上がらないと、アスナは本能的にそう思っていたが、体が動かなかった
その時
トコトコ、と小さな足音がアスナの耳元で聞こえた
はっと視線を向けると、この先に待ち受けている危険を知らないで進む子猫のようなあどけない歩みが視界に入った
細い手足に長い黒髪
それは、安全地帯に居たはずのユイだった
恐れなど微塵も感じてない視線で、死神を見据えていた
「ばかっ!! 早く逃げろ!!」
「危ない、ユイちゃん!」
必死に上体を起こそうとしながら、二人は叫んだ
その先では、死神が重々しいモーションをしながら再び、鎌を振りかぶっていた
あれほど広範囲の攻撃に巻き込まれたら、ユイのHPは間違いなく消し飛ばされるだろう
アスナもどうにか口を動かそうとしたが、唇が強張って言葉が出なかった
だが次の瞬間、信じられない現象が起きた
「だいじょうぶだよ、パパ、ママ、お兄ちゃん」
言葉と同時に、ユイの体がフワリと宙に浮いたのである
ジャンプしたのではない
まるで、見えない翼を羽ばたかせたように移動し、二メートルほどの高さで止まった
そして、余りにも小さいその右手をそっと、宙に掲げた
「だめっ……! 逃げて!! 逃げてユイちゃん!!」
アスナの絶叫をかき消すかのように、大鎌が赤黒い光の帯を引きながら、容赦なくユイに向けて振り下ろされた
凶悪な鋭い刃が、ユイの小さな白い掌に触れる
と思われた瞬間
鮮やかな紫色の障壁に、大鎌は阻まれて、大音響を伴って弾かれた
ユイの掌の前に浮かんでいるシステムタグを見て、アスナは愕然とした
【Inmortal Object】
そこには確かに、そう記されている
不死存在
それは、プレイヤーが絶対に持つはずのない属性であった
すると、黒い死神がまるで戸惑っているかのように目をグリグリと動かした
その直後、アスナを更に驚愕させる事態が起きた
ごうっ!! という響きを起こして、ユイの右手を中心に紅蓮の炎が発生したのだ
炎は一瞬広く燃えたかと思うと、一気に収束して細長い形に変わり始めた
炎はあっという間に巨大な剣へと、形を変えていった
焔色に輝いてる刀身は炎の中に現れると、延々と伸びていった
ユイの右手に現れた巨大な剣は、優にユイの身長を超える長さになった
まるでマグマのような輝きが、狭く暗かった通路を明るく照らした
剣の炎に煽られるように、ユイの着ていた分厚い冬服が一瞬にして燃え散った
その下からは、ユイが最初から着ていた白いワンピースが露出した
不思議なことに、ワンピースもユイの長い黒髪も炎に触れているのに一切影響を受けていない
ユイは自分の身長を超える剣を、ぶん、と一回転させて
ほんのわずかな躊躇いも見せないで、火の粉の軌跡を描きながらユイは《ザ・ファタルサイス》に切りかかった
あくまでも、システムが規定されているアルゴリズムに従って動かしているはずのボスモンスター
その血走っている眼球に、アスナは明らかに恐怖の色を見たような気がした
炎の渦を身に纏ったユイが、轟音を伴いながら空中を突撃していった
ザ・ファタルサイスは自身よりも遥かに小さいユイを恐れるように、巨大な鎌を前に掲げて防御姿勢を取った
ユイはそこに向かって、真っ向から巨大な炎の剣を思い切っり振り下ろした
激しい炎を噴出している剣が、掲げられていた鎌の柄とぶつかった
止まるかと思いきや、ユイの火炎剣が途轍もない熱で金属を焼き切れかのように鎌に食い込んでいった
ユイの長い黒髪とワンピース
そして、ザ・ファタルサイスのローブが千切れるほどの勢いでたなびき、時々飛び散る巨大な火花がダンジョンを明るいオレンジ色に染め上げた
すると、ごう、という爆音とともに、死神の鎌が真っ二つに切り裂かれた
その直後、いままで蓄積していたエネルギーを全て解放しながら炎の柱と化した巨剣がザ・ファタルサイスの顔面に叩きつけられた
「っ……!!」
三人はその瞬間現れた巨大な火球の勢いに、思わず目を細めて腕で顔を庇った
そして、あまりの眩しさに閉じていた目を開くと、そこにザ・ファタルサイスの姿はなかった