「「オオオォォォ!!」」
二人は雄叫びを上げながら、同時に突撃した
キリトは右手の剣を横薙ぎに、ヨシアキは左手の剣を振り下ろした
茅場はキリトの剣を盾で、ヨシアキの剣を剣で防いだ
火花が散り、三人の顔を明るく照らした
金属がぶつかり合う衝撃音がゴングとでも言うように、三人の剣戟が一気に加速し始めて、周囲の空間を圧した
それは、キリトとヨシアキが経験してきた数多の戦いの中でもイレギュラーで、人間的な戦いだった
三人は一回ずつ、お互いの技を出し合った
その上、全ソードスキルをデザインしたのは、他ならぬ茅場である
キリトとヨシアキの二人はソードスキルを一切使わず、その手に握られている剣を己の本能に任せて振るった
当然のように、システムアシストは得られない
だが、二人の限界まで加速された知覚により、二人の両腕は通常時を上回る速度で動き、自分の目にすら剣の残像が数本に見えた
だが、茅場はその全てを舌を巻くほどの正確さで叩き落としていく
しかも、少しでもスキが生まれると鋭い一撃を二人に対して放ってくる
それを二人は、反射神経で弾き逸らす
局面はいわゆる膠着状態に陥った
二人は少しでも茅場の思考と反応を読もうと、茅場の両目に集中させた
茅場……ヒースクリフの真鍮色の両目はあくまでも冷ややかなままだった
かつて、二人のデュエルの時に見せた人間らしさは欠片すら見当たらなかった
その時、ヨシアキの腹部にヒースクリフの蹴りが直撃した
「グッ!?」
その衝撃でヨシアキは、壁際まで飛ばされた
「くそぉっ……!」
その時、キリトは焦りと恐怖から〈二刀流〉ソードスキル最上位技《ジ・イクリプス》を発動した
「キリト、ダメだぁぁぁ!」
ヨシアキの叫び声とヒースクリフの勝利を確信した笑みを見て、キリトは自分の失策に気づいた
キリトは焦りと恐怖で、自分のセンスではなくシステムに頼ってしまった
一度発動したソードスキルは止められない
その後、瞬間硬直時間が課せられてしまう
しかも、キリトの放つ攻撃の軌道は全て茅場に把握されている
キリトの放っている剣は全て、茅場の十字盾に防がれている
その最中、キリトは心中でアスナに謝った
(ごめん……アスナ……せめて、君だけは……生きてくれ……)
そしてキリトが放った最後の左突き攻撃が、十字盾の真ん中に当たり火花を散らした直後、キリトの左手に握られていたダークリパルサーが、砕け散った
「さらばだ……キリト君」
技後硬直により動きの止まったキリトに対して、ヒースクリフの剣が真紅に染まりながら迫り……
(キリト君は……わたしが……守ってみせる!!)
その声が頭の中に響いた直後、キリトの目の前に凄まじい速度でアスナが立った
(アスナ……なぜ……!?)
アスナの後ろ姿を見たキリトが瞠目した
システム的麻痺により動けない筈のアスナが、キリトの前に立った
キリトを守るために、胸を敢然と張り、両腕を精一杯に広げて
アスナの姿を見た茅場にも、驚愕の色が見えた
だが、斬撃は誰にも止められない
全てがスローモーションで見えるなか、そのアスナを誰かがキリトに向けて押し倒した
その直後、その人物
ヨシアキの体を、ヒースクリフの剣が切り裂いた
その光景を誰もが呆然と見ていた直後、ヨシアキがヒースクリフの両腕を広げるように押さえて
「キリトー! アスナー! 決めろぉぉー!」
と叫び、HPバーが消滅していたヨシアキは
ポリゴンを撒き散らしながら、爆散した
ヨシアキが爆散した直後には、キリトとアスナは駆け出していた
二人で、ヨシアキの愛剣の〈レイアース〉を握りながら
「「ハアアアァァァァ!!」」
二人は叫び声を上げながら、その剣で
ヒースクリフの胸を貫いた
そして、二人の耳に
ゲームはクリアされました……繰り返します……ゲームはクリアされました……繰り返します……
というアナウンスが聞こえて、二人の意識はそこで闇の中に飲まれた……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
気づけば、全天が燃えるような夕焼けだった
「ここは……」
キリトは空中に立っていた
そして、周囲を見回していると
「キリト君……?」
背後から、声が掛けられた
キリトが振り向くと、そこに居たのはアスナだった
「アスナ……」
二人が見つめあっていると
「あれ? キリトにアスナちゃん……?」
聞こえないはずの声が、二人に聞こえた
二人が振り向くと、そこに居たのは
「ヨシアキ……」
「ヨシアキ君……」
死んだはずのヨシアキだった
「二人は……死んだってわけじゃあ、ないよね?」
ヨシアキが問い掛けると、二人は頷いて
「俺達は生きてるけど……」
「けど、ヨシアキ君が……」
と気まずそうに言った
するとヨシアキは微笑んで
「二人が生きてるなら、良かった……」
と言ってから、周囲を見回して
「それで……ここ、どこ?」
とキリトとアスナに問い掛けるが、キリトは首を振って
「悪い、俺もわからないんだ……」
と言うと、アスナが下を指差して
「二人とも、あれ……」
呆然した様子のアスナの声を聞いて、二人は視線を下に向けた
三人の視線の先にあったのは、最下層から徐々に崩壊していってる巨大浮遊城、アインクラッドだった
「これは、一体……」
その光景を見ていたキリトが、呆然と呟くと
「なかなか、幻想的な光景だろ?」
という声が聞こえて、三人はゆっくりと振り返った
そこに居たのは、ヒースクリフではなく、現実世界での研究者という風体の茅場晶彦だった
キリトとヨシアキは不思議だった
直前まで殺し合っていた男が目の前に居るのに、穏やかな感情で居られた
「あれは、どうなってるんだ?」
「比喩的表現……と言うべきかな」
キリトの問い掛けに、茅場は静かに喋りだした
「現在、アーガス本社地下五階に設置されたSAOメインフレームの全記憶装置でデータの
「あそこに居た人達は……どうなったの?」
アスナが心配そうに問い掛けると、茅場は崩壊していくアインクラッド城を見ながら
「生き残った全プレイヤー、六千百四十七人のログアウトは完了している」
と説明すると、アスナは安心そうに微笑んだ
「……死んだ人達は? 死んだ僕がここに居るなら、今まで死んだ約四千人だって、元の世界に戻せるんじゃ?」
ヨシアキが問い掛けると、茅場は開いていたウィンドウを閉じて
「命は、そんなに軽々しく扱うべきものではないよ。彼らの意識は帰ってこない。死者が消え去るのはどこの世界でも、一緒さ。ヨシアキ君と君達とは……最後に少し話をしたくて、この時間を作らせてもらった」
茅場のその言葉にキリトは、それが四千人を殺した人間の言う台詞か、と思ったが、不思議と腹は立たなかった
その代わりに、キリトはずっと思っていた質問をした
「なんで……こんなことをしたんだ……?」
その質問は、この事件を知った全ての人間が思っただろう質問だった
キリトの質問に、茅場は苦笑を漏らして、数秒間沈黙すると
「なぜ……か。私も長い間忘れていたよ。なぜだろうな。フルダイブ環境システムの開発を知った時……いやその遥か以前から、私はあの城を、現実世界のあらゆる枠や法則を超越した世界を創り出すことだけを欲して生きてきた。そして私は……私の世界の法則を超えるものを見ることができた……」
そう言うと茅場は、静謐な光を湛えた瞳をキリトとヨシアキに向けて、すぐに顔をアインクラッド城に戻した
その時、風が少し強く吹いて、茅場の白衣とアスナの長い髪を揺らした
アインクラッド城は既に、半分近くまで崩壊していて、雲海の中に消えていっている
「子供は次から次へ、いろいろな夢想をするだろう。空に浮かぶ鉄の城の空想に私が取り付かれたのは、何歳の頃だったかな……その情景だけは、いつまで経っても、私の中から去ろうとしなかった。むしろ、年を経るごとに、どんどんリアルに、大きく広がっていった。この地上から飛び立って、あの城に行きたい……長い、長い間、それが私の唯一の欲求だった。私はね、キリト君、ヨシアキ君。まだ信じてるのだよ……どこか別の世界には、本当にあの城が存在するのだと……」
茅場の言葉に二人は不意に、自分達がその世界で生まれて、剣士を夢見て育った少年であるような感慨に捕らわれた
そして一人の少年はある日、しばみ色の瞳の少女と出会い、恋に落ちて、やがては結ばれて、森の中の小さい家でいつまでも暮らして……
「ああ……そうだといいな」
「ええ……本当に……」
二人の言葉に、キリトに寄り添っていたアスナも頷いた
そして、再び沈黙が空間を支配した
視線を動かすと、崩壊は城以外にまで及んでいた
無限に広がっていた筈の雲海と赤い夕焼け空が、遥かかなたで白い光に呑み込まれて、消えていっていた
気づけば、光の浸食は至るところで発生していて、ゆっくりと近づいていた
「……言い忘れていたな。ゲームクリアおめでとう、キリト君、アスナ君、ヨシアキ君」
ポツリと告げられた言葉を聞いて、三人は右側に立っていた茅場を見た
茅場は穏やかな表情で、三人を見ていた
「……さて、私はそろそろ行くよ」
茅場がそう言って背中を見せると同時に、強い風が吹いて、三人は目を一瞬閉じた
そして再び目を開くと、茅場の姿は消えていた
茅場はどこに行ったのだろうか……
現実世界に帰還したのだろうか……
いや……そうではあるまい
意識を自ら消去して、どこか別の世界にある本物のアインクラッド城へと旅立ったのだ
仮想世界の浮遊城はすでに、先端部分を残すのみであった
自分達が到達したのは、四分の三の七十五層までだった
見ることが叶わなかった七十六層より上の層が、目の前で儚く崩落していく
世界を包み込み、消去していく光の幕も大分キリト達に迫っていた
オーロラのように揺らめいている光が触れる度に、無限に広がっている雲海と夕焼け空そのものが、粒子のような破片を撒き散らしながら消えていく
アインクラッド城最上部には、華麗な尖塔を持つ巨大な真紅の宮殿が存在していた
ゲームが予定通りに進行していたら、キリト達はその宮殿で魔王となったヒースクリフと戦うことになっていたのだろう
主無き宮殿は、その基部だった最上層が崩落しても、定めに抗うかのようにしばらくの間、浮遊し続けた
赤い夕焼け空をバックに一際深い紅に輝いている紅き宮殿は、最後に残った心臓のようだった
やがて、破壊の光が容赦なく真紅の宮殿を包み込み、下部から無数の紅玉となって分解していき、雲海のなかに零れ落ちていった
最後まで残っていた尖塔が崩れるのと、光の幕がその空間を飲み込んだのはほぼ同時だった
巨大浮遊城アインクラッドは完全に消え去り、世界には幾つかの夕焼け空と雲の連なりと小さな水晶の浮島
そして、その一つに立っているキリトとアスナ。そしてヨシアキだけとなった
すると、ヨシアキが視線を上に向けて
「そろそろ……お別れだね……」
と呟いた
それを聞いたキリトとアスナは、悲しそうな視線をヨシアキに向けた
「ヨシアキ……」
「ヨシアキ君……」
ヨシアキは二人の視線を受け取ると、微笑んで
「ねえ……最後にさ、名前を教えようよ」
と、二人に提案した
ヨシアキの提案を聞いた二人は、キョトンとした様子で
「名前を……?」
「教える……?」
と呟いた
二人の呟きを聞いたヨシアキは、頷き
「そ、僕は向こうの人達に君達を紹介するため。キリト達は結婚したんだから、現実世界でも会いたいでしょ? まあ、もし僕の住所がわかったら、墓参りに来てくれれば嬉しいかな?」
と、笑みを浮かべながら言った
すると二人は、泣きそうな顔で
「ヨシアキ……」
「ヨシアキ君……」
と、ヨシアキを見つめた
「あー……ほらほら、そんな顔しないの。僕はこの結果に満足なんだからさ」
泣きそうな顔をした二人に対して、ヨシアキがそう言うと、二人は
「満足してるの……?」
「お前は死んだのにか……?」
と、ヨシアキに問い掛けた
「うん……ギルドの皆を、ちゃんと現実世界に帰せたからね……こう言うのもなんだけど、あの日の約束が果たせて……良かったよ」
「あの日の約束……?」
ヨシアキのセリフに、キリトは首を傾げた
「うん……二年前の始まりの日に、ギルドの皆に言った言葉なんだけどね……『僕が死んでも、皆だけは帰す』って約束したんだ」
ヨシアキの言葉を聞いて、二人は瞠目した
「ヨシアキ君……」
「お前……」
二人が瞠目していると、ヨシアキは頬を掻いて
「まあ、そんなことよりさ。名前、言おうよ。まず、僕の名前は吉井明久。今年で16だね」
と、現実世界での名前を名乗った
するとキリトは、数瞬目を閉じて
「俺の名前は、桐ヶ谷……桐ヶ谷和人。俺も今年で16だな」
と、名乗った
その瞬間、キリトの中でもう一人のキリトこと、桐ヶ谷和人の時間が動き始めた
キリトの本名を聞いたヨシアキは、微笑みながら頷くと、視線をアスナに向けた
「きりがや……かずとくん……」
アスナはキリトの本名を一文字ずつ噛み締めるように発音すると、笑みを浮かべて
「そっかぁ……年下だったのかー……わたしはね、結城……明日菜。17歳です」
「ゆうき……あすな……」
キリトはアスナの本名を聞くと、愛おしい様子で反芻した
「桐ヶ谷和人に結城明日菜か……よし、覚えた!」
ヨシアキはそう言うと、二人に背を向けて
「それじゃあ、僕はこれで……二人に幸あれ!」
と言ってから、残っていた雲間の中に消えていった
二人はヨシアキを見送ると、互いに見つめ合いながら
「アスナ、待っててくれ。必ず、アスナの所に行くからな」
「うん……わたしも、キリト君を探すよ……それで、二人でヨシアキ君との約束、果たそう」
と誓い合った
そして、二人は抱き合って
「愛してる、アスナ」
「わたしも、愛してるよ……キリト君」
とお互いに囁きあいながら、二人の意識はそこで途切れた……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こうして、史上初にして最悪のVR事件
SAO事件は一旦、幕を閉じた
だが、一人の男のエゴにより、完全には終わらなかった
それを解決するために、少年少女達は新たな世界で剣を振るう
全ては、友と愛しい者のために……
アインクラッド編、完