横合いから突撃してきた二人は、サラマンダーの前で止まり空中でホバリングした
すると、蒼き侍が早口で呪文を唱えてそれを空中に発射した
それは閃光魔法だったようで、空高くで眩い光を発した
その閃光魔法でシルフとケットシーの会談参加者は、ようやくサラマンダーの襲撃に気づいたらしく、椅子を蹴倒しながら立ち上がった
「ツユカちゃん……ユーヤくん……」
リーファが心配そうにその名を呼ぶと、キリトが視線を向けて
「あの二人は、リーファの知り合い?」
と問い掛けた
「うん。
キリトからの問い掛けにリーファがそう答えると、キリトは笑みを浮かべて
「使えるなー……」
と言うと、いきなり急降下した
「ちょっと! キリト君!?」
急降下したキリトを見て、リーファも慌てて急降下した
キリトはサラマンダーと二人の間を通り抜けて、そのままの勢いで隕石のように地面に着地した
それにより、土煙がまるで雲のように舞い上がった
サラマンダーの部隊がキリトの着地した地点を見つめていると
「双方、剣を引け!!」
キリトの怒号が周囲の空気を震わせた
「うわっ!」
上空に居たリーファですら、思わず耳を塞いだ
恐るべき声量である
「そちらの指揮官と話がしたい!」
キリトがそう言うと、サラマンダー部隊の中から一際大柄な男性プレイヤーが前に出てきた
そのサラマンダーの装備は、他のプレイヤーの装備と比べるとかなり高ランクであることが分かる
「スプリガンがこんな所になんのようだ? どうせ、末路は同じなんだ。話くらいは聞いてやる」
その指揮官はそう言いながら、キリトを見つめた
それを心配しながら、リーファは緑色の着流しを着ていて女性にしては長身のシルフ族の女性
シルフ族の領主、サクヤの隣に着地した
そのサクヤの隣には、トウモロコシ色に輝くウェーブヘア、その両脇から突き出た三角形の大きな耳はケットシーの証拠である
大胆に晒された小麦色の肌に、ワンピースの水着に似た戦闘スーツを纏っている
両腰には、長い三本の爪が突き出たクロー系の武装を装備している
スーツのお尻の部分から伸びている縞模様の長いシッホは、本人の緊張感を表しているようにピクピクと震えている
恐らく、この女性がケットシー族領主のアリシャ・ルーだろう
サクヤはリーファに気づくと、目を見開いて
「リーファ!? どうしてここに!? いや、それを言ったらあの二人もだが……そ、そもそもこの状況は一体!?」
リーファはサクヤの慌てる様子を見て内心では、サクヤがこんなに取り乱してるのは初めて見たなぁ……と思いながらも、キリトを見ながら
「簡単には説明出来ないのよ。一つ言えるのは、あたしたちの運命はあの人次第、ってことだわ」
「……何がなにやら……」
リーファの説明を聞いて、サクヤは頭を掻きながらキリトの背に視線を向けた
サクヤの見た目は、ランダムでアバターが形成されるALOにしてはかなりの美貌である
女性にしては秀でた長身
腰辺りまで伸ばした黒に近いダークグリーンの髪
抜けるように白い肌に、切れ長の目、高い鼻筋
薄く小さい唇はまるで刃のようで、刃のような美貌という言葉がしっくりくる
帯に無造作に差しているのは、彼女の愛用の武器である大太刀である
一目見たら、確実に忘れないだろう姿は、領主選挙での得票率が八割近いというのも納得である
もちろん、その得票の全てがその美貌だけではない
今となっては領主の多忙さ故にあまり狩りには出られず、数値ステータスも高いとは言えないが、デュエルの大会では常に決勝戦にその名を刻むほどの剣の達人であり、更には公正な人柄で人望も篤い
アリシャ・ルーのほうも、サクヤと同じようにかなりの美少女振りである
長い睫毛にクリクリと大きな目
ちょっとだけ丸く小さい鼻
これもまた、領主に選ばれるのも納得の姿だ
「俺の名はキリト。スプリガン=ウンディーネ同盟の大使だ。この場を襲撃するからには、我々四種族との全面戦争を望むと解釈していいんだな?」
キリトのその言葉を聞いて、リーファは頬をひきつらせた
キリトが語ったのは、完全な嘘である
「……スプリガンとウンディーネが同盟だと?」
サラマンダーの指揮官もさすがに驚いたらしいが、すぐに表情を改めて
「……護衛の一人も居ない貴様が、その大使だと言うのか?」
と問い掛けた
するとキリトは、背後に着地した二人を肩越しに親指で示して
「護衛はこの二人だが、そうだ。この場にはシルフ・ケットシーとの貿易交渉に来ただけだからな。だが、会談が襲われたとなればそれだけじゃすまないぞ。四種族で同盟を組み、サラマンダーに対抗することになるだろう」
と言った
キリトの言葉を聞いて、サラマンダーの指揮官は二人を見やり、紅き槍使いは口を開こうとしたが、それは蒼き侍に止められた
「たった三人……
サラマンダーの指揮官はそう言うと、背中から巨大な両刃式直剣をギャリィン! と音高く抜いた
その剣は、暗い赤に輝く刀身に絡み合う二匹の龍の造形が見て取れた
「……オレの攻撃を三十秒耐え切ったら、貴様を大使と信じてやろう」
「随分と気前がいいね」
キリトは飄々とした声で言うと、同じように背中からその巨剣を抜いた
キリトの剣は鈍い鉄色で、装飾の類は一切ない
キリトは羽を広げて震動させて、サラマンダーと同じ高さまで飛んだ
その瞬間、その二人の間で圧縮された闘気が電気のようにスパークしたような気がした
(……三十秒……)
リーファは祈る思いで、喉を鳴らした
キリトの実力から考えると、三十秒耐えるというのは余裕のある条件と思える
だが、あのサラマンダーの指揮官が発している殺気も尋常ではない
「……まずいな」
その時、リーファの隣に立っていたサクヤが低く呟いた
「え……?」
「あのサラマンダーが持っている両手剣。レジェンダリーウェポンの紹介サイトで見たことがある。《魔剣グラム》……ということは、あの男が《ユージーン将軍》だろう。知っているか?」
リーファの呟きサクヤがそう返すと、リーファは顔を白くして
「……な、名前くらいは……」
と答えた
その答えにサクヤは軽く頷いてから、再び口を開いた
「サラマンダーの領主《モーティマー》の弟……
「全プレイヤー中、最強……?」
サクヤに続けてリーファがそう言うと、サクヤは頷き
「ってことになるかな……とんでもないのが出てきたもんだ」
後半は僅かに、絶望感を滲ませながら呟いた
「……キリト君……」
リーファはキリトの名前を呟いてから、キリトの無事を祈り、胸元で両手をぎゅっと握りしめた
上空では、キリトとサラマンダーの指揮官
ユージーンの二人が睨み合っていた
そのままの状態が続き、誰かが喉を鳴らした瞬間
ユージーンがなんの予備動作も無しに、一気にキリトに肉薄した
ユージーンはそのまま剣を振り上げて、キリトに対して振り下ろした
だが、キリトも流石の反応速度で動いた
持っていた剣を掲げて、防御の態勢を取った
ユージーンの剣を防いでから、カウンターの一撃を叩き込むつもりなのだろう
そして、もう少しで二人の剣がぶつかると思われた瞬間
ユージーンの持っていた剣が朧気に霞み、キリトの剣を通り抜けた
その直後、ダガアァァァン! という轟音が響き渡った
キリトの胸部に直撃した斬撃は巨大なエフェクトフラッシュを発生させて、キリトはまるで叩き落とされた木の葉のように地面に激突した
「な、なにあれ!?」
ユージーンの剣を見て、リーファは驚愕の声を上げた
「魔剣グラムのエクストラアタックだ!」
「魔剣グラムには《エセリアル・シフト》っていう、剣や盾で受けようとしても非実体化してすり抜けるエクストラ効果があるんだヨ!」
サクヤに続いて、アリシャ・ルーが説明した
「そ、そんな……!」
リーファは慌ててキリトの無事を確認しようと、激突により発生した土煙に視線を凝らした
だが、その直後に土煙の中からまるで弾丸のようにキリトが飛び出してきて、ユージーンに突撃していった
「ほう……よく生きてたな!」
と、感嘆するように言ったユージーンに対して、キリトは
「なんだよ、さっきの攻撃は!」
と言いながら、その巨剣をユージーンに叩き込んだ
激しい剣戟の音が、立て続けに周囲に響いた
どうやら、武器の性能頼りだけの剣士ではないらしい
リーファの眼にも捉えきれないキリトの連撃を、ユージーンは的確にその魔剣で弾いている
そして、キリトの連撃に僅かな隙が生まれた瞬間
再び、魔剣グラムが牙を剥いた
横薙ぎに振るわれた剣を、キリトは反射的にその巨剣で弾こうとした
だが、当たる寸前で再びその刀身が霞み、キリトの腹部に直撃した
「ぐはぁぁっ!!」
キリトは肺の中の空気を全て吐き出すような声を上げながら、空中をクルクルと回るように吹き飛ばされた
だが、すぐに羽を限界まで広げてブレーキを掛けて体勢を立て直した
「……効くなぁ……って、おい、もう三十秒経ってんじゃないのかよ!」
とキリトが喚くと、ユージーンは不敵な笑みを浮かべて
「悪いな、やっぱり斬りたくなった。首を取るまでに変更だ」
と言った
「この野郎……絶対に泣かせてやる」
ユージーンの言葉を聞いたキリトは、獰猛な笑みを浮かべながら剣を構えた
だが、リーファには勝負の行方は見えたも同然に思われた
魔剣グラムのエクストラアタックを防ぐには、弾き防御《パリィ》に頼らずに全てを避けるしかないだろう
だが、剣同士の高速近接格闘戦において、それはほとんど不可能である
リーファと同じ結論が出たのだろう。サクヤが声を押し殺すように
「厳しいな……プレイヤーの技術は互角と見るが、武器の性能が違いすぎる。サーバーに一本しかないあの魔剣に対抗できるのは、同じく伝説武器の《聖剣エクスキャリバー》だけだと予測されているが、そちらは入手方法すら未解明だからな……」
と言った
「キリト君……」
リーファはキリトの名を呟きながら、勝利を祈った
確かに、もはや状況は絶望的かもしれない
だけど、あのキリトならば
初心者のくせして、何度も規格外の強さで状況をひっくり返してきた謎のスプリガンならば……
(お願い……勝って……)
リーファはそう思いながら、胸元で強く両手を握りあわせた
ユージーンが羽から赤い光の帯を引きながら、切り払ってきた
その攻撃をキリトは、ランダム飛行で危なっかしく回避していく
絡み合う二人の飛行軌跡が、空中に複雑な模様を描いていき、時折、パパッとエフェクトフラッシュを散らしては再び離れた
リーファが視線を合わせると、キリトのHPは半分以上も減り、注意域を示す黄色になっていた
ルグルー回廊でサラマンダー部隊に襲われた時、多重攻撃魔法を耐えきったキリトの防御力を容易く貫通してくるとは、ユージーンの攻撃力はやはり尋常ではない
すると、いつの間に呪文を詠唱していたのか、キリトが掲げた右手が黒く輝いていき……
数瞬後、立て続けに爆発音が響き周囲に黒い煙が発生した
それは、幻惑系の広範囲魔法なのだろう
煙はあっという間に広がり、太陽の光すら遮り視界が悪くなった
リーファはキリトを見つけようと、必死に眼を凝らした
数秒後
「眼くらましのつもりかぁぁ!!」
という叫び声の直後、ユージーンが呪文を詠唱する声が聞こえた
爆発が起きて煙は拡散して消えた
ふと気づくと、キリトの姿が見当たらない
ユージーンも探しているらしく、周囲を見回している
だが、どこにもキリトの姿は見当たらない
すると、会談参加者のケットシーの一人が
「まさかアイツ、逃げたんじゃ……」
と呟いた
すると、リーファがそのケットシーを睨みつけながら
「違う! キリト君は逃げたりなんかしない!」
と、声を張り上げた
リーファのそれは確信だった
ルグルー回廊でサラマンダー部隊に襲撃された時に、キリトが言った言葉
『俺が生きてる限り、絶対に仲間は見捨てない』
リーファはキリトのその言葉を信じていた
(キリト君……っ!)
リーファがキリトの名前を心中で呼んだ時、蒼き侍
ユーヤが顔を上に向けた
それと同時に、リーファの耳に、力強い羽の羽ばたきの音が聞こえてきた
リーファもユーヤに続いて、上空を見上げた
すると、空に輝く太陽を背にキリトがユージーン目掛けて急降下するように現れた
リーファに数瞬遅れて、ユージーンも気づき真上を見上げた
しかし、強烈な太陽光に顔をしかめて左手を顔の前にかざした
並のプレイヤーだったら、太陽光を避けるために水平移動しようとして、そこをキリトに叩き落とされていただろう
だが、流石と言うべきだろう
ユージーンの剛毅な口元がギリッと引き締められて、次いで大きく開かれた
「ドアアアァァァッ!」
天地を揺るがす気合いと共に、ユージーンはサラマンダーの真骨頂である重突進を太陽目掛けて行った
ユージーンは真紅の光の帯を垂直に引きながら、ロケットの如く急上昇していった
その真上から突進してきているキリトは、これまで両手で握っていた黒い巨剣を右手一本で構えていて、左手は大きく後ろに引かれているので、リーファからはよく見えない
強烈な太陽光の中、キリトの左腕が閃いて、高々と掲げられた
その左手に握られていたのは、オレンジ色の剣だった
それはリーファですら、初めて見た剣だった
キリトがスイルベーンで買ったのは、あの巨剣のみ
その後も買った様子は無かったはず
(一体、どこで?)
リーファが知らないのも、無理はなかった
その剣は、リーファが地下都市で一時ログアウトしている間に偶然見つけて、思わず買ったものだった
キリトはその剣を見た時、かの浮遊城で自分とアスナを守って散った友人を思い出したのだ
(ヨシアキ……お前の力を貸してくれ!)
キリトはそう思いながら、ユージーンに突撃した
そしてユージーンは、キリトが両手に構えた剣を見て、不敵な笑みを浮かべた
どうやら、キリトの二刀流を苦肉の策と思ったのだろう
二刀流の概念は、決して新しくはない
だが、挑んだ者は多く居ても、実戦レベルで使いこなしているプレイヤーをリーファは知らない
なぜならば、両手に持った二本の剣を高度に連携させて操るのは至難の技なのである
現実の話になるが、剣道の試合でも、大小二本の竹刀を持つのはルール違反ではない
だが、中学校や高校の公式戦では禁止されており、大学以上でも、二刀を使う選手はめったに居ない
その理由は、二本の竹刀を使いこなしてゆうこうとされる打突を繰り出すことの困難さが原因だ
それとまったく同じことが、仮想世界での二刀流にも言えるのである
だが、リーファは涙に濡れた眼を見開きながら、キリトのことを信じた
ユージーンの振るった魔剣が、空気を切り裂く音を立てながら、キリトに迫った
その交差する軌道で、キリトが左手の黄昏色の剣を振り下ろした
剣同士が当たる直前、ぶん、と魔剣が唸りを上げて震動した
《エセリアル・シフト》によって透過したその刃が、吸い込まれるようにキリトに肉薄した
が、当たる直前にギャイン! という鋭い金属音が響き、それと同時に魔剣グラムが大きく弾かれた
弾いたのは、キリトがほんの僅かな時間差で振り上げた右手の大剣だった
まるで、針の穴を通すような完璧なタイミングで、キリトは魔剣グラムを弾いた
まさか、弾かれるとは思っていなかったユージーンは、驚愕で僅かに体の動きを止めた
それを見逃さず、キリトが
「お……おおおああああー!!」
雷鳴の如き雄叫びを上げながら、両手の剣を霞む程の速度で次々と繰り出した
左手の剣を袈裟懸けに振り下ろし、それに連動するように右手の大剣を突き刺した
次の瞬間には、刺した大剣を引き戻しながら、左手の剣が左下からユージーンの体を切り裂いた
そして気づけば、右手の大剣の重い一撃がユージーンに叩き込まれた
黄昏と黒の剣光が美しく融けあい、その神速の連続攻撃は、まるで荒々しく吹き出すコロナのようだった
あのような速度で二刀を操れるようになるには、どれほど長期間で血の滲むような訓練をしたのか
リーファには想像すら出来なかった
ユージーンもただ食らうだけでなく、魔剣グラムを振るって防いでいる
だが、エセリアル・シフトは連続で発動出来ないようで、キリトの二刀による連続パリィに次々と弾き返されている
「ぬ……おおおお!!」
地上に向かい、ドンドンと押し込まれていくユージーン将軍が、野太い咆哮を上げた
身に纏っている防具のどれかの特殊能力か、ユージーンを薄い炎の幕が覆い、キリトが僅かに押された
その瞬間、魔剣を高々と大上段に構えて……
ゴッ! という大音響を伴いながら、キリトに真正面から叩き込んだ
それに対しキリトは、臆することなく突進してユージーンに迫ると右手の大剣を雷光の如き速度で振り下ろした
その結果、エセリアル・シフトを発動させることなく魔剣グラムを弾き、魔剣グラムはキリトの左肩を掠るだけで終わった
その直後
「ら……ああぁぁぁぁ!!」
キリトは凄まじい気勢と共に、左右の剣を振るった
その剣の軌跡は、ユージーンの体を六角形に切り捨てた
その数瞬後、ユージーンの体は大きく爆発して一つのリメインライトだけを残したのだった